連載小説
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四章
      ※

 荒く息をつきながら、エルフィスは右手のナイフを落とす。それからポケットに手を入れ、取り出した小さな鍵をエイリアの方へと放った。足枷の鍵だ。
 彼女は慌てた様子で、もどかしげに鍵を外して駆け寄ってきた。
「――何という無茶を!!」
 涙目で咎めるように言うエイリアの大きな声に顔をしかめながら、エルフィスは彼女が身体に巻きつけているシーツの端を取り上げる。
「ちょっと端っこ貸して」
 適当に丸めると、それを口に銜えてきつく噛み、左掌を貫通するナイフを引き抜いた。脳天まで突き上げるような激痛に視界が白み、噛みしめた歯の間から押し殺しきれない苦悶の呻きが洩れる。傷口から湧水のように溢れ出す赤い血が、震える指を伝って床に溜まり、広がっていった。
 その手をやや乱暴に取り上げられ、エルフィスは気絶しそうになった。見ると、エイリアが涙を零しながら両手で傷口を包みこみ、胸元に掻き抱いている。
「もう……こんな事はしないでください……」
 淡い光が零れ、暫くの後に痛みが引いていった。おそらく治癒の魔法なのだろう。
「……ありがとう」
 礼を言うとエイリアは激しく首を振った。
「私の方こそ……助けていただいて、ありがとうございました。それから、ずっと誤解していて、ごめんなさい……」
 瞳を潤ませて見上げてくる彼女を暫く見つめていたエルフィスは、何度か瞬きすると不意に顔を近づけ唇を重ねた。
「んんっ!?」
 急な出来事に思考が追いつかず身体を硬くしたエイリアの顔が、やがて徐々に赤くなる。慌てて唇を離して数歩後退すると、
「ななな何をするのですか、突然!?」
「可愛かったから、つい」
 しれっと言うエルフィスに、頭から湯気でも出しそうな様相で、
「……やはり貴方は、よく分かりません」
 俯きながらエイリアは呟いた。

 エルフィスは踵を返した。そろそろエイミーを安心させてやろうと思ったのだ。
 開きっ放しの扉へ向かうと、エイリアもついてくる。扉をくぐったところで、
「……派手にやったもんだね」
 階段口の方から声が聞こえてきた。
 振り返ると、僅かに顔を青ざめさせたアマルダが佇んでいた。エルフィスは彼女に、自身の血で濡れたナイフを向ける。
「あんたも、俺から奪うの?」
 アマルダは向けられたナイフに――というより、それを握るエルフィスの目に息を呑んだ。昨日まで一緒に暮らしてきた者たちを殺し尽くしておきながら、狂気の片鱗すら身受けられない平静そのものの瞳だ。
 彼女が目を閉じ、ゆっくりと首を振ると、エルフィスもナイフを下ろした。そのまま床に落とす。
 自室の扉をノックして呼びかけると、エイミーは、いつでも開けられるように鍵を差しこんだ状態で待機していたのかと思うほど、すぐに扉を開けた。血塗れのエルフィスに一瞬身体を硬直させるが、その後ろにエイリアの姿を認めると、震えながら涙を零し始めた。
「ぅわあああああああん!!」
 そして、血に汚れるのも構わず飛びついてくる。
 ――のでエルフィスはそれを躱して、エイミーをエイリアに任せた。顔から突っこみ、もぎゅ、などという鳴き声を洩らす彼女を他所に、アマルダの方へ向かう。
「出来れば奴隷たちを解放したい。それとも、あんたは、まだこの商売を続けるの?」
 姐さん、という呼び方をしない事で、自分の意思を示したつもりだった。
 アマルダは苦笑とも嘆息ともつかない吐息と共に、奴隷棟の鍵を差し出す。
「潮時ってやつさ」
 そして、存外すっきりとした表情で微笑んだ。


 鍵を回すと、扉の向こうの気配が変わる。いつの間にかエルフィスも、それが分かるようになっていた。
 扉を開けると、だいたい一人か二人は逃げ遅れた者がいるものだが、今日に限って言えば常にも増して災難だったろう。血塗れのエルフィスの姿に、二人の少女が喉を引きつらせる。
 苦笑して、アマルダが前へ出た。
「全員、家へ帰る準備をしな!」
 彼女たちは――そして、それぞれの部屋から顔を覗かせた女性たちは無言だった。聞き間違いか、性質の悪い冗談か。何にせよ疑っているのだろう。
「安心なさい。貴女がたをここへ縛りつける枷は、もう存在しません」
 そう言ってエイリアが声をかけると、彼女たちはザワめいた。御使い様だ、という声が聞こえてくる。
「……どういう事?」
 一人の女性が歩み寄ってきた。エルフィスがこの屋敷へ来た日に、彼を介抱してくれた女性だ。
「枷はないって……あの男たちは?」
「俺が殺した」
 エルフィスの言葉に、彼女はギョッとしたような表情になる。が、
「……そのナリじゃ、まるっきり嘘って訳でもなさそうだね」
「見たければ案内するよ」
 遠慮しとく、と彼女は頭を振った。
「明日になったら、あたしが馬車で全員を大きな街まで連れてくから、今夜中に準備しときな」
 今から出発するのでは到着は深夜になってしまうし、大人数とはいえ夜の旅は危険が伴う。明るくなってからというのは、やむをえない判断だった。
 惨劇のあった屋敷で一夜を明かすのもぞっとしないが、これも仕方がない。それが嫌だからといって野宿をし、夜行性の獣にでも襲われて被害者の仲間入りをするのに比べれば、我慢も出来るだろう。
「あんたは、これからどうするの?」
 めいめい散らばっていく女性たちを眺めながらエルフィスが訊くと、アマルダは肩を竦めた。
「さあね……とりあえず、この国は出る事になると思うよ。いまさら償うなんてガラじゃないし、償えると思うほど傲慢でもないつもりだし。あんたは、どうするんだい?」
「俺も、この国を出るよ。金を溜めながら遠いところへ行って、後は……そうだな。料理人の修業をするのも面白いと思う」
「いいね。縁があったら、いつか食べに行くかもしれないよ」
「……ない方がよくない? 縁」
 そうだね、とアマルダは苦笑した。

      ※

 手の空いた女性陣は、厨房へ入って旅に耐える食料の調達をしていた。
 保存のきかないものは食べられる範囲で食べ、残りは置いていかざるを得ない。そのため、食料を調達している者たちとは別に、食事の用意をしている者もいた。
 エルフィスはアマルダに頼まれて、男たちを埋葬する手伝いをしていた。既に血塗れなので、死体を運ぶ事にも開き直りめいた前向きさがある。敷地内の広い場所へ穴を掘り、横たえて顔に布をかぶせた男たちを、一人また一人と埋めていった。
 その間に別の女性たちが、エイミーの指示で風呂の用意をしてくれていた。何にせよ、その返り血は落とせという事らしい。
 自分だけなら水で洗って服を着替えればいいとも思ったが、心情的にエイリアを風呂に入れたかったので、エルフィスは、彼女たちにも礼を言っておいた。そのエイリアも、魔力で薪を一瞬で燃え上がらせる事で、風呂の用意に貢献すると言っていたが。
 石だの木だのという適当な墓標を前に、アマルダは片膝をついて俯いていた。彼女が神に祈るとは思えないが、死者への祈りは信仰とは別のところにあるのかも知れない。
 エルフィスは、彼女を残して踵を返した。葬るだけならともかく、殺意を以って殺した相手を悼むのは傲慢だろう。


「お風呂が沸きましたよ」
 そう知らせに来たのは、枯葉色の髪の少女だった。
 全員の視線が自分に集まるのを感じ、エルフィスは僅かに目を大きくする。
「いちばん汚れてる奴が、最初に入る訳にもいかないでしょ」
「大丈夫だよ、エル兄ぃ。お風呂は二つとも沸かしてあるから、みんなはもう一つの方を使うし」
「そうそう。だから、さっさと御使い様と入っといで」
「うん――ん?」
 あまりに自然なアマルダの言葉に思わず頷きかけて、踵を返そうとしていたエルフィスは足を止めた。
 エイリアの方は驚きすぎて言葉が出てこなかったのか、何度か虚しく口を開閉してから、
「なっ――何を言い出すのですか貴女は、突然!?」
「……いま一瞬、ちょっと嬉しそうな顔したね?」
「し、してません!」
 女性陣の生温かい視線に更に顔が赤くなっていくのでは、抗弁の説得力は限りなくゼロだった。
「でもエル兄ぃは背中の方も血がついてるし、一人じゃ綺麗に落とせないかも知れないよ?」
「うう……ですが、それならエイミーでもいいはずでは――」
「あたしは、ごはんの準備を手伝わなきゃならないし……」
「なぜ目を逸らすのです……。なぜ棒読みなのです……」
 アマルダのよくない影響を受けているらしいエイミーに、エイリアは嘆かわしげな表情になる。
 どうやら彼女は遊ばれているだけらしい事を理解し、エルフィスは踵を返した。
「ほらほら、行っちゃうよ? どうするんだい?」
「うう……ああ、もう! 分かりました!!」
 自棄になったように赤い顔で叫び、エイリアもその後を追った。

      ※

 エルフィスと共に浴場へ来ること自体は珍しくはなかったが、彼の前で服を脱ぐのは初めてだった。
 普段の場合は、彼は足枷に繋がる鎖の端を持って扉の外で待機しているのだが、今日はそういう訳にもいかない。自分で服を脱ぐのは、ベッドで脱がされるのとは違う羞恥があった。
 エルフィスの方は特に気にした様子もなく、さっさと服を脱いでいる。筋骨隆々という訳ではないが、贅肉の少ない引き締まった身体つきをしていた。エイミーの言っていた通り、背中や服の下にも返り血が入りこんでいる。
 ふと見惚れている自分に気づき、エイリアは慌てて後ろを向いた。
「あっ、あの……先に入っていてください」
「分かった」
 エルフィスの姿が戸の向こうへ消え、やがて頭からお湯をかぶるような音が聞こえてくる。
 エイリアは深呼吸を一つすると、服――というかシーツと布切れ――を脱ぎ、タオルで前を隠した。戸に手をかけるが、それを開ける勇気が出ず、そのまま更に何度も深呼吸を繰り返す。
「お……お邪魔します」
「別に邪魔じゃないよ」
 一体どれほど立ち尽くしていたのか、鏡越しにエイリアを見返してきたエルフィスは、既に全身泡に塗れていた。
「すみません……背中、流しますね」
 エイリアは慌てて彼の背後に膝をつき、受け取ったタオルで背中を擦る。
「強くないですか?」
「平気」
 鏡の中で目を閉じている相手を少し可愛く思いながら、襟足の生え際に残っていた血を泡のついた指先で拭い去った。
「ついでだから、お前も洗っちゃおう」
「え……いえ、私は自分で――」
「というか、心情的に洗いたい。他の男が触った跡なんか、さっさと消したいし」
「ぁう……」
 鏡越しの真剣な眼差しに、エイリアは俯く。発火しそうな熱を頬に感じるのは、もう何度目だろうか。
 問答無用で場所を交代させられ、座らされた。
「髪の毛、前に持ってって」
「はい」
 ゆっくりとお湯をかけられたかと思うと、何故か指先で背中をなぞられる。
「ひぅ!? な、何を……?」」
「ああ、ごめん。綺麗だなと思って」
 爆発しそうになった。あまりに恥ずかしいので、お湯を汲み直した手桶を膝に置き、バシャバシャと片手で顔を洗う。
「そのタオルは意味あるの? さんざん見られてるのに」
「……貴方は、もう少し女心を察してください。恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」
 ついでに言うなら、同じタオルで身体を洗うというのも、むず痒い照れくささがあった。
 そりゃ失礼、と、あまり反省した様子もなくエルフィスは石鹸を泡立て直す。左肩に手を置かれ、優しく背中をタオルが上下し始めた。触れ合っている場所から、彼の体温が伝わって来る。
 肩から腕へと手が滑り、その後をタオルが追う。が、それは左手に到達する前に動きを止めた。エイリアが訝るように顔を上げると、
「何で震えてるの?」
「えっ……? あ……」
 鏡の中のエルフィスの視線を追えば、確かに指先が小さく震えていた。胸元へ引き寄せ、右手で握る。
 どれほど心を落ち着けても、ふと気を抜いた瞬間に、未遂だったとはいえ拭い去れない輪姦の恐怖が溢れ出すのだ。それは感情とは切り離されて、身体に刻みこまれた烙印のようなものだ。
「――すみません。少しだけ時間をください。すぐ治まりますから」
 相手に心配をかけたくなくて、何でもない事のように言いながら、背中を丸めてギュッと目を瞑る。と――
 突然、背後から腕を回された。そのまま優しく抱き竦められる。
「えっ――あっ、あの!?」
 エイリアは僅かに抵抗するが、エルフィスは何も言わなかった。鏡の中の彼は目を閉じたまま、震える彼女の手を両手で包みこむ。
 エルフィスの左手の甲に薄く残る傷跡を見ながら、エイリアはその手当てをしたときの事を思い出した。今の彼の手は、あのときの自分の手のようだと思う。傷を癒し、苦しみから救いたいと願う手だ。
 俯き、唇を震わせる。
「……少しだけ、わがままを言ってもいいですか?」
「……いいよ。何?」
 耳元で囁かれる言葉は温かかった。じんわりと身体に浸みこんでいくようだ。
「私の傷を……癒してください。私の汚れを……拭ってください。私の……恐怖を――殺してください!」
 顔を上げ、振り返る。触れられる距離にあるエルフィスの目を見つめ、
「抱いて――」
 ください、と続く言葉は、重ねた唇を通して彼の中へと消えていった。


 啄むような、触れ合うだけのキスを暫く続ける。
 自分から求めるのは初めてだったなと、エイリアは思い出した。望むものが与えられ、満たされる事がこんなにも心地いいものだとは思わなかった。
 背中はエルフィスの胸板に、ぴったりと寄り添っている。気を遣っているらしい彼の手は、恐怖を溶かすように優しく身体を撫でてくれていた。肩から二の腕、前腕、そして手の甲の側から指を絡ませ、優しく握る。同時に、エイリアがおそるおそる伸ばした舌先が、迎えるように相手のそれでくすぐられた。
「んぅ……ん、ふ……ぅ……」
 ぴりぴりした甘い刺激が舌先から広がり、エイリアの顎が仰け反った。その喉元をエルフィスが指先で上下にさすると、甘える子猫のような声が鼻から抜ける。
 大きな温かい手が肌の上を滑る感触は、石鹸の泡のせいもあって普段よりも滑らかだ。肌同士の擦れるぬるりとした感触や、ふとした瞬間に出来た隙間から空気が押し出される、くちゅ、ぷちゅっ、という音の一つ一つが浴室内に反響して、羞恥と興奮を高めていく。
 エルフィスの手は、やはり優しく肌を撫でさすりながら、ゆっくりと胸へ移動した。一度お腹まで下がってから泡を掬い取るように乳房を下から支え、両手の指で谷間を撫で上げながら一周し、再び下から持ち上げるように、やわやわと揉む。
「ぁん……あっ、ゃあ……!」
 泡で滑りが良くなっているせいか、それは舌での愛撫に少し似ていた。
 エルフィスは時折、思い出したように指先に付着した泡で乳首を弄んでいる。
「んっ……ふぁ……焦らさないで、ください」
「……別に、焦らしてる訳じゃないんだけど」
 微苦笑を浮かべる彼に、エイリアは少しだけ拗ねて見せた。自分の事を気遣って優しくしてくれているのは分かるのだが、今度は優しすぎるのだ。やはり女心を分かっていないと思う。
「もっと……その――普通にしてくれていいです、から」
「そう?」
 何となく、とんでもない事を口にしたような気がして、エイリアが赤くなっていると、エルフィスは胸から手を離し、中指の先だけで乳首を転がし始めた。
「ひんっ!? やっ――やっぱり……んんっ――駄目っ! 駄目です、それ……やぁっ……!」
「駄目なの? 喜んでるみたいだけど……」
 クリっと硬く勃った乳首をつままれ、軽く捻られる。
「ぃ――ああっ……!」
 前言撤回。全く優しくない。いつも通りだった。
 焦らしている訳ではないというのも、どうせ泡のせいで目測が狂ったとか、そういう意味に決まっている――エイリアは自身の軽率さに涙目になる。
 その間にエルフィスの右手は指の間に乳首を挟んで円を描くように胸を捏ね回し、同時に左手が下へ移動した。中指が割れ目をなぞるが、泡と、それとは別のぬるりとした液体のせいで、押し広げるまでもなく指先が秘唇の間へと潜りこむ。
「やぁっ……!」
 ビクンッと腰が跳ねそうになりながら、エイリアは慌ててその手を押さえた。
「胸が駄目なんだから、こっちはいいんじゃないの?」
「そんな、事っ――言ってませんし、む……胸だって触ってるじゃないですか……」
 ついでに言うなら押さえられた手も、その指先はやはり焦らすように秘唇の内側を蠢いている。
「貴方は、いやらしい人です……ぁん……!?」
「何を今更」
 耳元で囁いたエルフィスは唇でエイリアの耳たぶを銜え、チロッと舌先で舐めた。
「抱いてくれなんて言ったのは、お前でしょ?」
 首筋を舐め上げられ、にゅぷっ、と指先が中へ入って来る。同時に親指と人差し指がクリトリスをつまんだ。
「ぁあんっ……!! ゃ、駄目……つまんじゃ……掻き回しちゃ、駄目――ぁはあ!」
 潜りこんだ中指が曲げられ、一層強い快感に背筋が伸びる。
「大丈夫。今回は、ちゃんと入れる前は寸止めにしとくから」
「やっ――はぁっ! そっ、れも! 充分――んんっ……酷い、です……ああっ!!」
 首も背筋も仰け反らせて、大きく腰を跳ねさせたエイリアは、ついに座っていた椅子から落ちてしまった。耳障りな音で椅子が床を滑る。
 床に蹲りながら、エイリアは肩で大きく息をしていた。下腹部には、まだ甘い疼きが残っている。
 正直、危なかった。椅子から落ちた拍子にエルフィスの指が抜け、その快感でイってしまいそうになったのだ。
「……ちょっと、やりすぎた。ごめん」
「うぅ……そうですよ。今回は、ちゃんと優しく抱いてください」
 エイリアが涙目で頬を膨らませると、エルフィスは彼女を抱き起こして額に軽く口づけた。
 優しく抱きしめられ、エイリアも相手の背中に腕を回す。お返しのように頬に唇を触れさせ、
「……入れてください」
 羞恥を滲ませた震える声で囁いた。
 頷く気配があって、やがて両手で腰を持ち上げられた。エイリアも膝立ちになって、屹立したエルフィスのモノの上に、ゆっくりと腰を下ろす。
「んっ……んあぁ!」
 硬く、熱い感触が膣口を貫いた。確かに自分の中に感じる相手の存在に、えもいわれぬ幸福感がある。抱きしめる腕に一度、ぎゅうっと力を籠めてから、身体を離し、
「ぁ……」
 自分を見つめているエルフィスと目が合った。
 特に普段と、表情に大差がある訳ではない。瞳に浮かぶ感情にも、変わった何かは見て取れなかった。敢えて言うなら、それは、当たり前にそこにあるものを当たり前に確認しているような感じで――
 恥ずかしくなって、エイリアは目を伏せる。その瞬間、小さな吐息の音が聞こえた。
「……やっぱり可愛いな、お前」
 スルリと首の後ろに手が回され、引き寄せられる。
「えっ――!? あ……んぅ……」
 唇が重なり、求め合うように舌が絡み合った。目を閉じる直前に見えたエルフィスの優しい微笑を瞼の裏に思い浮かべ、唇の間から洩れ出しているはずなのに頭の中で響いているようにも感じる卑猥な水音に頬を熱くしていると、
「んうっ!?」
 その状態で下から突き上げられる。
「んっ、んんっ……んぅっ――ふ、ぅ……んぁっ――あぁっ、ゃぁん!!」
 快感で舌を動かす余裕がなくなり、振動で唇を重ねているのも難しくなった。
 互いの唇から伸びる唾液の糸が切れて自身の顎に垂れるのを感じながら、背を反らすエイリアは、そのまま倒れてしまわないようにエルフィスの首に両腕を回した。
「あっ――はっ、やあっ……。いっ、いいです! 気持ちいいです、エルフィス!!」
 淫らな快楽を受け入れるような言葉が自然と飛び出した事で、エイリアの顔は更に赤くなり、表情は蕩けていく。相手の動きに合わせて自分からも腰を動かし、慣れてきたところで再び唇を求めた。
 エルフィスは舌を吸いながら一旦動きを止め、エイリアを横たわらせるとその片脚を持ち上げ、再び突き入れ始めた。
「やっ、あっ、な――何、これ……!?」
 エイリアは、お腹の中で何かがぶつかり合うのを感じる。それが子宮だと気づいたとき、自分たちのしている事が、他ならぬ『生殖行為』なのだという事を思い出した。
 人間と御使い――別の生き物同士の生殖行為。このままエルフィスに精子を注がれれば、自分は彼との子供を孕むのだろうか。
 それも悪くない、と思う。初めてという訳でもないし、そんな覚悟は、とうに出来ていた。
「あっ、あぁっ……やっ――はぁっ! 来てっ――来てください、エルフィス……!!」
 縋るように手を伸ばすと、その手が掴まれ、指を絡めて硬く握られる。
「やっ、ぁん――あっ、ああっ……もうっ――だめえええええええええっ!!」
 きつく目を閉じて強く手を握り返し、エイリアは激しく身体を痙攣させた。同時にエルフィスも動きを止め、快楽に耐えるように目を細めている。
 膣内で彼のモノが震え、吐き出された熱い液体が子宮口を叩いているのが分かった。
「あ……はぁ……はぁ……、ん……は……ぁ」
 脱力しきって横たわるエイリアが見上げると、エルファスも小さく微笑う。膣から彼のモノが引き抜かれ、んっ、と声が洩れた。
 見つめ合ったままエイリアはゆっくりと目を瞑り、エルフィスもゆっくりと身体を倒す。
 二人は当たり前のように、口づけを交わした。


「おやおや、妬けちまうねえ」
 ニヤニヤしながら言うアマルダの背後では、他の女性たちが赤い顔で囁き合っている。
「……凄かったね」
「うん……御使い様でも、あんな声出すんだね」
「でも、ちょっと可愛かった」
 風呂場の窓の外では女性陣が全員で出歯亀と化していたのだが、その事実は彼女たちの優しさと僅かな後ろめたさで、当人たちには黙っておかれる事となる。
 何となく身内の恥を晒しているような気がして、エイミーは額に手を遣り赤い顔で俯いていた。

      ※

 もう一度お互いに身体を洗い合って、二人で浴槽に浸かる。
 もともと大柄な男たちが使うために作られたからか、一緒に入っても特に問題はなかった。先程の行為の余韻もあって、恥ずかしいという難点はあったが。
 エイリアは開き直ったかのように、身体を寄せてきている。安心しきった表情で、肩に頭を乗せてきていた。
 肌が触れ合う感触自体は気持ちいいので、エルフィスも、それを拒む事はしなかった。収まった下半身が、再びやる気を出そうとするのが困りものではあったが。わざとやっている可能性も考えたが、彼女の表情を見るだに、それもなさそうである。
「ねえ、エルフィス」
「……ん?」
 そういえば、いつの間にか名前で呼ばれている――ふと、そんな事を思いながらエルフィスは振り返る。穏やかに微笑むエイリアと目が合った。
「私と契約してもらえませんか?」
「……勇者とかになる気はないって言ったよね?」
 今このタイミングでそれを言う事と、まだそんな事を言っている事に軽い失望を抱きながら嘆息する。しかし彼女は小さく噴き出し、
「違います。契約というのは、伴侶として、です。生涯の」
「は……、え……?」
 生涯の伴侶。その単語が真っ白な頭の中を空転し、やがて意味を理解できると共に慌てて顔を背けた。手で顔を覆う――熱い。何となく、耳まで赤くなっている気がする。
 恥ずかしかった――商品だと割り切っていたから何だって出来たが、そういう個人的な関係の異性という存在は、死ぬほど恥ずかしい。行為の途中までは調教の延長だと自分を騙していたが、もう無理である。
 背後で、ふふふっ、と堪え切れなかったかのようにエイリアが噴き出した。
「……何?」
 ムスッとしながら肩越しに視線を遣ると、
「いえ……どうやら私は、まだ貴方の事を誤解していたようです。でも、それが少し嬉しいんです……」
 そんな自分が可笑しくて、と彼女は、また笑う。
 エルフィスは両手で顔にお湯をかけ、髪を掻き上げて長く息を吐き出した。
「……そういうのは、契約とは言わないと思う。手続き上の事はともかく」
「そうですね。正確には、求婚です。エルフィス……私を妻として娶って――」
 バシャッという激しい水音が、エイリアの言葉を遮った。
「……出来れば、そういう事は、こっちから言わせてほしい」
 自分のものであったはずの彼女だが、もう、そういう捉え方は出来そうになかった。求め、求められ――望み、望まれる相手だ。
 腕の中のエイリアへ、エルフィスは囁く。
「俺と結婚してほしい。上手く言えないけど、ずっと俺を見ててもらいたい。俺の隣で、ずっと、俺にとっての確かなものでいてほしい」
「……はい。喜んで」
 自分は世界一幸せな女だと誇るような笑顔で、エイリアは頷いた。そのままエルフィスを強く抱きしめ、その首筋を唇で強く吸う。
「ふふ……キスマーク、つけちゃいました。これで、もう貴方は私のものです」
 悪戯っぽく微笑い、
「私にも、貴方のものだという印をつけてください」
 そう言って彼女は首を反らした。
 全く悔しくない負け気分で苦笑し、エルフィスも白い首筋に赤く誓いの証を刻みこんだ。


「……ブン殴りたくなってきたねぇ、あのバカップル」
 こめかみを引きつらせるアマルダの背後で、他の女性たちは一様に、やめときゃよかった、と表情で語っている。
 もともと当人たちには打ち明けるつもりなどなかった出歯亀行為ではあるが、なけなしのプライドであっても守りたいという全員一致した意見によって、改めて黙っておく事が暗黙の了解で決定された。
「もう……ばか」
 やっぱり身内の恥を盛大に晒している気がして、エイミーは真っ赤な顔で耳まで塞いでいた。

      ※

 流石に血の跡の残る住居棟で夜を明かす気にはなれず、エルフィス、エイリア、エイミー、アマルダの四人は、奴隷棟の空き部屋で朝を迎えた。
 とはいえ空室は二部屋しかなく、エルフィスは、エイミーの『三人で一緒に寝たい』という強硬な主張によって、彼女たちと同室という事になった。
 もともとベッドは大きめのものが揃えられているため、三人でくっついて眠っても、それなりに余裕はあった。エイリアが細身で、エイミーが小さいからこそではあったが。
 朝日の眩しさでエルフィスが目を覚ますと、俯せで肘をついているエイリアと目が合った。
「おはよう……何?」
「おはようござます。寝顔を見ていました……可愛いなぁ、って」
「…………」
「そうやって照れるところも含めて、愛おしいです」
 クスッと笑う相手に、エルフィスは朝から苦虫を噛み潰したような気分になる。
「……性格悪くなってない?」
「たぶん貴方の影響です」
 これは、もう何を言っても無駄だろう――勝ち目がない事を悟って、エルフィスは溜息をついた。

 寝たフリしててあげるんだから優しいよね、あたし――二人の間に挟まれて丸くなりながら、エイミーは気づかれないように嘆息した。


 それでも着替えを見られるのは恥ずかしいという乙女心の謎に小首を傾げながら、エルフィスは先に着替えて部屋を出る。
 顔を洗って食堂へ行くと、既に起きていた数人の女性たちが挨拶をしてきた。
 昨夜同様、彼女たちは食事の用意をしてくれている。足の早い食材を優先して使用してはいるが、やはり食べきれるものではなかった。
 それを誰より惜しんだのは、やはりというかエイミーだった。諦めるまで随分と時間をかけていた。
 遅れて現れたエイリアは、ここへ来たときの服装に戻っていた。鎧も含めて。
 相変わらず実用性とは程遠く見えるが、天界の武具であるなら見た目通りではないのだろう。服装が気分にも影響を与えたのか、彼女は凛とした表情をしている。
 一緒に現れたエイミーは以前町に行ったときに買った服を着ていて、他の女性たちにしきりに可愛がられていた。
 気化しそうな勢いで赤くなる彼女が少し心配になるが、害はないと判断してエルフィスは放っておく事にした。髪飾りが彼の見立てだと分かると、視界の端でエイリアが少し拗ねたように頬を膨らませたので、そのうち何か贈ろうと思う。
 最後の食事を終え、全員で片づけを済ませた。
 前日に選り分けておいた保存の利く食料から自分たちの分を手に取り、エルフィスは外へ出る。馬屋へ行って二頭引き出すと、その片方の手綱を後ろについてきたエイリアへ渡した。
 二頭立ての馬車へは、女性たちが次々に乗りこんでいた。御者台にはアマルダ。街まで女性たちを送り届けた彼女は、馬の一頭と馬車を売って、何処とも知れぬ場所を目指すのだという。
 全員が乗りこんだ事を確認して、アマルダは振り返る。
「それじゃあね。あたしに言う資格はないけど、三人とも元気で」
「うん。あんたも」
 エルフィスも手を上げて返し、走り出す馬車を見送る。馬車から顔を覗かせ、お幸せに〜、と手を振る女性たちにエイリアが赤い顔で俯いて肩を震わせていた。開き直ったのは二人きりのときだけで、他人からからかわれるのは苦手らしい。人の事は言えないが。
 いつの間にか乗れるようになっていた馬へ跨る。エイリアも、先にエイミーを乗せてやってから跨った。
「これから、どちらへ?」
「うん……お前といる事で、俺を勇者だと思うような奴がいるとこは御免だけど」
「では、親魔物圏を目指した方がいいかもしれませんね。ここからだと、北東でしょうか」
 貰った地図を見ながら、エイリアが呟く。
 それを後ろから覗きこみながら、エイミーが目を輝かせた。
「北って寒いんでしょ? 雪っていうのが降るんだよね?」
「そうだな……雪が見られるとこまで行ってみようか?」
 エルフィスが地図から顔を上げたエイリアへ視線を向けると、
「はい。何処へでも、ご一緒します」
 馬を寄せて来た彼女は少し背伸びをして、エルフィスの耳元へ囁いた。
「ずっと一緒です……愛していますよ、エルフィス……」
 赤くなった顔を隠すために、エルフィスは彼女に先んじて馬の腹を蹴った。
11/12/02 17:45更新 / azure
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■作者メッセージ
 最後のえっちは全く予定になかったので、いちばんバタバタしていたかも知れません。ついでに書いている途中で我に返ってしまい、枕を抱えて顔をうずめてベッドの上でバタバタ――は二次元美少女だけに許された行為なので自重しましたが。
 エロを書いて恥ずかしくなくなる日は来るのだろうか? ともあれ上手く書けたためしのないイチャラブえっちにチャレンジ。
 勢いで書いていたため、各章の長さはまちまちです、いちおう三章までは、使ってるエディタの設定ではページ数だけは揃ってるんですけどね。この章は書く事がもうなくて短くなりました。予定になかったえっちは、つまるところ水増しというやつです。何故そういう事を暴露するのか、恥ずかしいからデス!
 狂人は、いつかリベンジしたい。エルフィスに関しては、読んでくださった方にどう受け止められているのか不安ではありますが。やっぱこいつ頭おかしい、と全否定ではなく思っていただけていたら及第点といったところでしょうか。

 最後にスペシャルサンクス。
 沈黙の天使さま、遊牧民さま、チャットの方でアドバイスをいただき、ありがとうございました。

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