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第二章 再会

一年の月日が経過した。

「よし、終わり!」

一年前、この大陸の通貨を持たない俺は資金を稼ぐ為、ギルドに入った。
幸い、放り出された初日は昼頃だった為、宿代と食事代を何とか確保し、一番安い宿に泊まる事が出来た。これが夕方や夜だったら知り合いも誰も居ない俺は野宿する所だった。

「御苦労さん」

当初は簡単な依頼を引き受けて信用を得る事に奔走し、その後は様々な任務等をこなし続けてきた。現在では、かなり危険な依頼等を行なっている。
しかし、難易度の高い依頼を一人でこなしてきたわけじゃない。
ギルドでは中級者以上の資格を持つものは必ず相棒(バディ)が必要になる。
バディの決め方は多種多様で上級者とも組む事が出来る。
だが実際、上級者と組んでも能力差や経験の差の格差が激し過ぎて、それを実行に移す中級者は、あまり居ない。殆どの中級者は同じランクの者達と組む。
その為、余程の事が無い限り、上級者と組む事はない。
自分の腕が未熟なままでは上級者のお荷物となり、危険な状況になりかねないからだ。上級者ともなれば危険な任務等が増える為、二人以上のチームを組んで任務に当たる。その為、たった一人の足手まといがチーム全員の足を引っ張る。それだけは何としても避けなければならない。それを防ぐ為、中級の資格を持つ者が上級の資格を持つ者と組む場合、簡単な試験が行なわれる。それに合格できなければ上級者と組む事が出来ない。実際、そう言った試験を行なってきた中級者の話を聞けば、かなりハードな内容らしい。

「あんたも手伝ってくれよ、上級者だろ」
「何故、この俺が中級者のお前を手助けしなければならない?」

しかし、その逆もまた、しかりで上級の者が中級の者と組む事がある。
それは中級の資格を持つ者にバディが居ない時だ。

「本来、上級者の俺は別の依頼をしている筈なのによ」
「俺は別に、あんたと組むつもりはなかった…ギルド長が言うから相棒にしたんだよ」
「なんだと?」

どうやら今の俺の言葉で完全に上級者のプライドを刺激したようだ。

「お前…誰に、そんな口を聞いたのか分かっているのか?」
「知るか!何もしなかった奴に言われたくない」
「この…許さんぞ!」
「五月蠅い、吠えるだけじゃなくて掛かって来いよ」

瞬間、大気中の魔力が震えた。
一触即発の空気。

「貴様…塵一つ残さないくらい消し炭にしてやる!」
「これくらいの挑発に乗るなんて、あんたも未熟だな!」
「きさまぁああっ」
「ストップ!!」
「仲間割れは止めなさい!」

仲裁に入ったのはリエス=エリオンさんと、その妻レナスさん。
リエスさんは『悠久の翼』の総帥で、その実力は未知数だ。
一方、レナスさんは『悠久の翼』の参謀であり、エルフ族だ。

「止めないでください!リエスさん」
「落ち着け!ロイ=ギュート」
「これが落ち着いて居られますか!」
「仮にも貴方は上級者なのよ?」
「ですが…!」

リエスさんは興奮の治まらないロイをなだめる。
そして、レナスさんが俺の方を向く。

「カズキくん」
「なんですか?」

レナスさんはため息を吐く。

「もう少し先輩の彼を敬う事は出来ない?」
「無理ですね…彼は任務に参加せず、在ろう事か愚痴をいいました」
「分かってるけど、もう少し言い方がないかしら?」

レナスさんは諭すように言う。

「確かに彼は任務に参加してないけど、いざという時は動くのよ?」
「いざってどんな時ですか?」
「君の手に負えない強敵に遭遇した時よ」
「それが上級者のする事ですか?上級者って言うのは後輩を補佐したり、教えに導く存在ですよね?」
「それはそうだけど…」
「彼はそれをしてません、なぜ、そんな人を敬う必要があるのですか?」

俺はレナスさんに喰い下がる。

「すみません…レナスさん」
「カズキくん…」
「初級に戻してください」
「どうして?」
「やっぱり俺…団体行動が苦手です、初級なら一人でもやれます」
「でも今の君の実力を発揮するには初級じゃ無理よ?」

それは自分自身が一番理解している。
団体行動が苦手な俺は、ずっと初級クラスだった。
その為、俺よりも後に入った者は次々と中級の資格を持ち始めた。
だけど俺だけは、ずっと初級資格のみ…それが半年前の事だ。
それを見かねたギルド長のレナスさんが直接、リエスさんに推進した。
その後、中級資格の試験を受けた俺は見事に合格した。

「最初の君は実戦も何も知らない素人だと思ったけど…実際、君の戦いを見てきた私には分かる、君は…誰かの為に実力を伸ばしてきたのね?その人を支えれるくらい強くなる為に…その人と共に歩んでいける様に…そうでしょ?」
「はい…今の俺の実力では“彼女”に追いついていません」
「その人は恋人?」
「それは分かりません」

俺は胸に下げてある蒼玉の勾玉を手に取る。
勾玉は淡い輝きを放っている。

「まぁ、いいわ…今日は解散しましょう」
「そうだな…こんな状態じゃ、無理だろう」

リエスさんは立ち上がる。
ロイは納得のいかない様子で俺を睨みつけている。

「二人とも…帰り際くらい争うなよ」

そう言い残してリエスさんとレナスさんは立ち去った。

「おい」
「なんですか?」
「言う事があるだろ?」
「何かありましたか?」

ロイのこめかみがピクリッと動く。
すると彼は召喚術を唱えた。

「『我が問いかけに答えよ 炎の精霊イグニス』」

複雑な紋章が展開され、そこから炎に包まれた美しい少女が現れた。

「およびかい?マスター」
「ああ、奴を燃やしてくれ…アニス」
「お安い御用だ」
「焼け死なない程度にな」
「あいよ」

アニスと呼ばれた炎の精霊は俺に向き直る。
昼の猫の様な瞳、目元はかなり釣り上がっている。
彼女は何も着衣してない代わりに、その身体には炎が纏われている。
何を隠そう、ロイは精霊使いである。

「悪いね、マスターの命令とあれば、やるしかないんだ」
「あんた…掟を忘れたのか?ギルド内同士の争い御法度だぞ」
「これは“争い”ではない…単なる“試合”だ…互いの腕試しさ」

次の瞬間、炎の精霊は両手の炎を俺に飛ばす。

「くっ」

俺はそれを間髪の所で回避する。

「やるじゃん」
「本気か!?」
「当たり前だろ?試合だぜ、楽しもうぜ!」

イグニスは次々と炎の弾丸を飛ばす。
俺の戦闘スタイルは主に近接型だ。
自分の間合いに相手を捉えないと意味が無い。
一応、斬撃を飛ばす中距離技もあるがコントロールが上手くいかない。

「回避してるだけじゃ勝てないぜ」

全くその通りなのだが近接型の俺は回避をするのに精一杯だ。
一方、遠距離型のイグニスは休む事無く炎の弾丸を飛ばしている。

「(これじゃ、埒が明かない…練習中の“あれ”をやるか)」

俺は足の裏に力を集中させ、それを一気に爆発させる。

「なっ!?」
「あれは“ステップイン”」

俺はイグニスの射程圏内に踏み込んだ。

「俺の間合いだ」
「くっ…このっ」
「はぁっ!!」

俺は自分の得物を横薙ぎに気合一閃…だが。

「なにっ」
「やるじゃないか」

俺の斬撃はロイの展開した物理魔法障壁に阻まれた。

「ステップインとは想定外だ」

俺は驚きを隠せない。

「中級者とは思えないほどの実力だ」
「な、なぜ!?」
「大丈夫か?アニス」
「マスター、わりぃ…」
「気にするな、俺とアニス…二人で一人なんだからよ」

二人で一人…?どういうことだろうか。

「意味が分からないと言う顔をしてるな」
「言葉どおりの意味だぜ?」
「精霊使いとは単に精霊を使役して精霊魔法を操るだけではない」
「上級者ともなれば、あたし等と一緒に前線に出て戦うんだよ」
「勿論、その際、精霊魔法以外に防御魔法を使って精霊を護る事も出来る」
「ならっ…」

俺は再びステップインを使って今度は術者であるロイの射程圏内に入る。

「精霊使いの、あんたを叩けばいいだけの話だ!」
「はぁ…俺は、お前を見くびっていたようだ」
「なに…?」

突如、背中に熱い何かが走る。

「ぐっ」

右脚を地につけて踏ん張る。

「マスターに手出しはさせねぇ」

更に追い打ちをかける為、イグニスは炎の弾丸を放ってきた。

「ぐっ、がはぁ」

無数の炎の弾丸が無防備な俺の背中に容赦無く放たれる。
ついに支えの失った俺の身体は前に倒れ込む。

「精霊使いを狙えば、こうなる事くらい予測できなかったのか?」
「くっ…」

うつ伏せ状態になった俺は立ち上がる。

「(くっ…こいつの実力を侮っていた…さすが上級者だな)」
「もう一度だけチャンスを与えよう…謝罪する気はないか?」
「俺は何も間違った事は言ってない!」
「そうか…」

すると背後に巨大な熱源反応を感じた。
振り向けばイグニスの掌に巨大な火の玉が集められている。

「(あれを受けたら全治何ヵ月だろうな)」
「くらいやがれ!特大のファイヤーボール!」

迫る巨大な火の玉。

「やらせはしない!」

その時、凛とした懐かしい声が響いた。





あの約束から一年が過ぎた。
彼と別れた後、私は再び行方不明の両親を捜す旅に出た。
だけど情報が少なかった為、中々、手掛かりを見つける事が出来なかった。
そうこうしている間に何の手がかりもないまま一年の月日が経った。
今ではライブラを拠点に両親の情報を収集している。
下手に動くより、このほうが遥かに効率が良い事が分かった。
勿論、旅だって悪くない…多くの人々と交流できる利点がある。
けど一人旅はあまり味気が無い。
旅をするならパートナーが居た方が毎日が楽しい。
妖刀『夜桜』が居るけど彼女は戦友という感じ。

「カズキは元気にしてるかな」

―彼の事よ…毎日、頑張ってると思うわよ―

私の頭に落ち着いた艶やかな女性の声が響く。

「そうかな」

―ええ―

私はその声に何のためらいも疑問を抱く事無く話す。
それもその筈、彼女は自分の意思を持った妖刀『夜桜』。
元々、父親の刀だったけど父が旅立つ前、私に託した。

「もうすぐ逢える」

―嬉しい?―

「うん」

一人っ子の私にとって彼女は姉の様な存在である。
時には助言し、時には叱咤してくれる彼女は私の大切な相棒。
けど両親が見つかれば、この関係も終わる。
だから、この今の時間一つ一つを大事にしていきたい。
永遠の別れにはならないから…。

「カズキ…貴方に早く逢いたい」

私は紅玉の勾玉の首飾りを握り締める。
この首飾りは私が持っていた蒼玉の勾玉と交換した。
その為、彼は蒼玉の勾玉、私は紅玉の勾玉を所持している。

「この魔力の熱源は…」

―炎の精霊イグニスね―

「誰か戦っているのかな?」

―行くのでしょ?―

「うん」

私は妖刀『夜桜』を構えながら熱源魔力の方向へ向かった。

そこで見た光景に私は自分の目を疑った。
イグニスと戦闘を行なっていたのは黒い瞳と黒髪の青年。
見間違う筈もない、あの青年は一年前、異世界から来た…。

「(カズキ!?)」

声をかけようとしたけど踏みとどまった。
すぐにでも彼の許へ行きたい衝動を抑え、現状を確認する。

「(どうしてカズキがイグニスと戦っているの?)」

―(理由は分からないけど彼の方が劣勢ね…背中に火傷を負っている)―

「(許さない…私の大切な人に…!)」

―(落ち着きなさい…怒りはイヅナに力を与えるけど、それは一時的なもの…怒りは心を曇らせ、見えるものも見えなくする)―

「(分かってる)」

私は『夜桜』を固く握りしめる。

―(大切な人を傷つけられて怒るのは“人”して当然だけど、まずは落ち着きなさい)―

「(うん…)」

私は固く握りしめた手を緩め、現状を把握する。
イグニスは膨大な炎の魔力を掌に収束し、最後の一撃を放とうとしている。
炎の耐性のないカズキが、あれを受けたら、かなり危険な状態になる。

「(夜桜!)」

―(静寂の心を忘れずに…いい?)―

「(うん!)」

私はカズキを護る為、行動に出た。





現れたのは一年前に別れた稲荷の美少女飯綱(イヅナ)。
全身を覆う瑠璃色の着物を着衣し、幅十センチ弱の薄瑠璃色の帯を締め、白い足袋と草履を履いている。そして、あの時と変わらず尾てい骨辺りには一本の尻尾があり、頭頂には尖った獣の耳が見える。

「カズキ!大丈夫?」

背中越しに聞こえる透き通った凛とした声。
イヅナは妖刀『夜桜』で真正面から巨大な火の玉を受け止めていた。

「い、飯綱…なんで、ここに?」
「説明は後にする!まずは…」





私は巨大な火の玉を跳ね返す。

「はぁっ!!」

そのまま巨大な火球はイグニスへ迫る。

「ちっ」

イグニスは舌打ちし、火球を消滅させた。

「稲荷か…」
「そうよ」

私は『夜桜』の切っ先をイグニスに向ける。

「お前の目的は何?」
「目的?そんなもん、ねぇよ」
「何ですって…?」
「あたしはただマスターの命に従っただけさ」
「なら、お前の主は誰?」
「俺さ、稲荷の娘さん」

イグニスの傍に一人の男が現れた。
服装は魔導師が好んで着るローブ。

「俺が命令したのさ」
「なぜ?」
「そいつが俺に無礼を働いたからさ」
「無礼?」
「そうだ、だから制裁を与えたのさ」
「そう…だけど、いささかやりすぎじゃない?」
「んなことねぇよ、あたしはちゃーんと手加減したからな」
「そうは見えなかったけど?」

いつでも攻勢に出られるよう私は瞳に闘志を燃やす。
私は静寂な炎…内に秘める燃え上がる情熱の炎は決して消えない。

「マスター、どうする?」
「どうもこうも試合は終わり…これ以上戦ったら俺の立場が危うい」

男はそう言うと指をぱちんっ、と鳴らす。
すると魔法陣が現れ、イグニスは、その場から消える。

「命拾いしたな」

男はそう言い残し、森の中を歩いて行った。
気配が消えた事を確認した私は『夜桜』を鞘に収めてカズキに向き直る。

「カズキ…大丈夫?」
「あ、ああ…なんとかね」

私はカズキの背中に回り込むと火傷を見る。
イグニスが言った様に焼けただれてはいない…けど痛々しい。

「格好悪い再会だな」
「そんな事無い」

今度はカズキの真正面に向かい、しゃがみこむ。
あの時から、あまり変化が見られないけど瞳に強い意志を宿している。
また顔立ちは一年前より、少し精悍になっており、どきりっとした。





俺は真正面のイヅナの顔を見た。
顔つきは一年前と同じく綺麗だが、より美しさに磨きが掛かっており、髪も長くなっている。少し視線を下に移せば俺が一年前、イヅナに渡した紅玉の勾玉の首飾りがあった。

「それ…」
「えっ」

イヅナは俺の視線の先にある首飾りを見た。

「まだ持っててくれたんだ」
「当たり前じゃない…これはカズキがくれたんだよ?」
「そうだけど…旅先で落とすと思ったから…」
「迷惑だった?」

イヅナは少し悲しい顔をした。
俺はイヅナにこんな顔をさせる為に言ったわけじゃない。

「迷惑じゃないさ、嬉しいよ」
「本当?」
「ああ、本当だ」
「カズキ…!!」
「うぉっ」

イヅナは俺に飛びついて来た。
その影響でイヅナから女性特有の良い香りがし、形の整った胸の膨らみを衣服越しに感じながら俺は顔を赤くした。





私はカズキの胸に飛び込んだ。
彼に触れる事が出来なかった一年が十年の歳月に思えた。
カズキの香り、カズキの髪…その全てが愛おしかった。
もしかしたら私が旅に出ている間に他の娘がカズキの伴侶になっているんじゃないか心細かった。また“あの時”と同じ思いになるのは嫌だった。
一応、私の魔力を込めた蒼玉の勾玉の首飾りをカズキに手渡したけど、それは“常に身につける”必要がある。少しでも身体から離せば、たちまち私の魔力が弱体化し、私の魔力の保護範囲外となり、他の娘に狙われるようになる。だけど気配を探っても居ないと言う事はカズキはいつも首飾りを身に付けていたのだろうか?

「ねぇ…カズキ」
「ん?」
「聞きたい事があるの」
「なにを?」
「私がカズキに手渡した首飾り…あれは持ってる?」
「持ってるよ」

カズキはそう言うと蒼玉の勾玉の首飾りを取り出して掌に乗せた。
それは紛う事なき私が旅立つ前、カズキに手渡した首飾りだった。
私は改めて確認する。

「ずっと身につけててくれたの?」
「ああ」
「どうして?」
「これがあると不思議と心が落ち着くんだ」
「なんで?」
「何でって聞かれても、これがあるといつもイヅナが傍に居て見守ってくれているような感覚があったんだ」

私はその言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。
異世界から来たカズキには魔力を感知する能力が全くない。
それにも拘らず、私の存在を感覚だけで感じたと言う事はカズキには秘められた潜在能力があるのかもしれない。それが何なのか分からないけど、きっとカズキにとって頼もしい能力であるのは間違いない。

「そっか」
「変な事言った?」
「ううん」

私はギュッとカズキを強く抱きしめる。
今の顔をカズキに見せる事が出来ない…私の顔は真っ赤だから。
だから、その顔を隠す様にカズキを力強く抱き締める。
けど激しい胸の鼓動が私の想いを否応にカズキへ伝えている。

「(カズキも感じているのかな?)」

私は鼓動が聞こえる様にカズキを抱きしめる。





イヅナに抱き締められている俺は戸惑っていた。
一年と言う歳月は俺にとって決して長いものではなかった。
イヅナの実力に追いつく為、鍛練を行ない、休む時は休み、食べる時は食べ、寝る時は寝た。身体を壊してしまっては元も子もない。
だがイヅナの行動を見るに長い歳月だったのだろうか…。

「(こう言った時はどうすればいいのだろう…)」

考え抜いた結果、俺はイヅナを抱き締め返す。

「カズキ…」
「よく分からないけど…イヅナ、おかえり」
「ただいま、逢いたかった」
「そう?」
「うん…カズキが居ない一年間、とても寂しかった」
「どうして?」
「だって…」

イヅナは、そう言うと俺の顔を見る。
整った顔立ち、透き通った肌、艶やかな唇…。

「っ!?」

突然の不意打ちに俺は驚いた。

「い、イヅナ…?」

イヅナが唇を重ねてきたからだ。

「だって私…カズキの事が好きだから…」
「え?」

突然の告白に俺は自分の耳を疑った。

「ううん…好きよりもっと大好き」
「ええと、それは好物を出された時の、あれ?」
「違うよ」

再び、イヅナは唇を重ねてきた。
今度は少し長い口づけ。

「女性が男性に気持ちを伝える時に使う言葉だよ」

俺は驚きを隠せない。
イヅナが俺を…?何処にでもいる普通の人間だぞ。
いや…そもそも、イヅナの様な美少女に告白される事自体ありえない。
だけどイヅナの琥珀色の瞳は嘘や偽りなんかじゃなく本気だ…。

「あ、いや…その…なんというか…」

美少女の告白に俺は、どう返していいのか分からない。

「気付いてなかった?」
「どう言った経緯で?」
「最初に出会った時…カズキ、首飾りをくれたでしょ?」
「う、うん…だが、あれは…」
「それだけじゃない」
「え?」
「首飾りもそうだけど一番は私の一目惚れ」
「ひ、一目惚れ?」
「うん…カズキを見た瞬間、身体中に電撃が走った」

イヅナはそう言うと程良く膨らんだ形の良い胸に俺の手を添えた。

「ねぇ…分かる?」
「な、なにが?」
「私の心臓…凄くバクバクしてる」

着物越しでも直に俺の掌に伝わるイヅナの鼓動。

「もう一度言う…カズキ、私は貴方を愛してる」

大好きから更にランクが上がった。
自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
イヅナの胸に手を当てているのもあるが一番は彼女の愛の告白だ。

「お、俺でいいのか?」
「カズキじゃなきゃダメなの」
「あー…なんていうか、その…ありがとう」

俺は精一杯の言葉を返す。

「カズキは私の事…好き?」

更にイヅナは追い打ちをかけてきた。

「(その顔は反則だ…)」

俺は隠す様に空いた片手で口元を覆う。
上目遣いで俺を見るイヅナが凄く可愛い。
世代交代した現魔王の影響なのだろう。

「今、言わなきゃ駄目か?」
「今、言わないでいつ言うの?」

イヅナは質問を質問で返してきた。

「女の私に恥をかかせるつもり?」
「うっ」

確かに“据え膳食わぬは男の恥”と言う。加えてイヅナは美少女だ。
その美少女から愛の告白をされて答えないのは男としてどうかと思う。

「もしかして他に想い人が居るの?」





カズキの表情が少し変わった。

「居るよ」
「えっ」

私は自分の耳を疑った。
これでは、あの時と同じ…。

「ど、どんな人…なの?」
「その人は今、一人旅をしているんだ」
「…」
「俺はその人に追いつく為、毎日、鍛練をしてきた…いつか、その人と一緒に肩を並べて戦いたいから…今の俺じゃ、その人に相応しくない」

私は、どうにか声を絞り出す事が出来た。

「名前を教えて…」

自分で聞いて理不尽だけど耳を塞ぎたかった。
だけど、これを聞かなければ私は一生後悔する事になる。

「その人は…」

聞きたくない…だけど聞かずにはいられない。

「飯綱」
「えっ?」

予想外の名前に私はカズキの顔を見た。
カズキは優しい瞳で真っすぐ私を見ている。

「私?」
「そうだよ」

その表情は嘘や偽りなんかじゃない。

「バカ…」
「えっ?」

私はポツリ、と呟く。

「バカ!」





火が付いた様にイヅナは連呼する。

「バカバカバカ!」
「えぇっ!?」
「私が…私が…どんな気持ちで…聞いてたと思ってるのよ!」
「い、いや…あの…」
「私…凄く不安だったんだから!」
「ご、ごめん…」

俺はしゃくりあげて泣くイヅナを抱きしめる。
泣かせるつもりはなかった…ただ女の子、それも美少女から告白されて、どう返せばいいのか分からなくて、ずっと考えてた。
その時、イヅナから“他に想い人が居るの?”と聞かれて反射的に自分の気持ちを素直に伝えただけだった。しかし、良かれと思って伝えた、その答えが逆にイヅナを不安にさせてしまったようだ。

「イヅナ…ごめん」
「ひっく……ひっくっ……」

泣き崩れるイヅナを強く抱きしめる。

暫らくして落ち着きを取り戻したイヅナに声をかけた。

「大丈夫か?」
「うん…平気」

俺はイヅナの目元に溜まった涙を、そっと拭う。

「ごめんな…不安にさせて」
「ううん…私の方こそ取り乱してごめんね」

イヅナは涙のあとを感じさせない笑顔で微笑む。
その顔を見た瞬間、今度は別の意味で顔が赤くなった。

「どうしたの?」

イヅナは小首を傾げ、俺の顔を覗きこむ。

「い、いや…」

イヅナは両膝を地面につけ、両手を地面に乗せて俺の顔を覗きこんでいる。
その為、程良く膨らんだ形の良い乳房が着物の胸元から顔を覗かせている。

「(うぅ、イヅナ…気付いてないのかよ)」

艶やかな長い髪の毛が両肩から垂れ下がっており、より妖艶さを醸し出す。
そのあまりにも無防備な状態に俺が戸惑っていると声が聞こえた。

―イヅナ―

「なに?夜桜」

その声の主はイヅナの妖刀『夜桜』。
彼女はずっと黙って俺達の行動を見ていたが俺の心を読んだ様に話す。

―今の格好を確認しなさい―

「えっ?」

イヅナは夜桜に言われて初めて今の自分の格好に気付いた。

「あ…」

見る見る内にイヅナの顔が真っ赤になる。

「見た?」
「えっと…」
「見たの?」

イヅナは少し涙ぐんでいる。

「うん…白くて薄い透明な肌襦袢を」
「エッチ!!」
「なんで!?」
「うるさいうるさいうるさーい!」

こうして俺達は一年ぶりの再会を果たした。

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本来、飯綱(イヅナ)の様に初(うぶ)な魔物娘は殆ど居ないかもしれません。
何故か?彼女達は非常に人間の男性を誘惑するのに長けているからです。
魔物娘の種族によっては人間の男性が劣情する衣服を好んで着たり、誘惑する言葉を発したりと色々あります。もっとも分かりやすいのは現魔王の原種サキュバスです。
その為、飯綱(イヅナ)の様な個体は珍しいかもしれません。
筆者は敢えて、そこに目を付け、初な稲荷を書きました。
稲荷のまた違った一面です。筆者は素直に可愛いと思いました。

文章にもある様に筆者は団体行動が苦手です。

12/10/28 21:33 蒼穹の翼

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