連載小説
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出会い〜オマケ〜
 


あの一夜を経た翌日。
二人はあのままお互いに離れず風呂、就寝を共にして朝も泰華が帰りたくないといったのに対して、服装を変えてリラックスした格好で一緒にいようと諭され一度家に帰り待ち合わせをして町に出ていた。

ちなみに昨日の泰華の寝間着は茜華がコンビニで買ってきたもので自分が金を出すからと少し大きめのものを意図して買って、からかっていたエピソードもある。

「茜華さんの私服…良いです。」

茜華には何がそんなに嬉しいのか分からないがとにかく感動しているようだ。
白いインナーにデニムのジャケット、下はガウチョパンツと女性らしくもありそれでいて泰華には格好良さも感じられていた。

「そうか?適当に邪魔くさくない服ってだけなんだが。」

嘘である。
デート、二人の認識は一致しているか不明だが少なくとも茜華はかなり考えた服装。

そりゃ考えるだろ?だって初めてのデートなんだから。

泰華はパーカーに大きめな迷彩のズボンである。互いに私服で行く宛も無いのでとりあえず店が多く入っていて、選択肢のできる建物へと向かったのだ。


そこまで大きくはないが地方の寒村などは比べものにならないくらいの町だ。
そこのデパートでフラフラと目的もなく微妙なキョリ感で二人は歩いていた。

「泰華、少し歩きづらいんだが。」

「そ、そうですか…」

キョリ感とは物理的な意味でも精神的な意味でも、だ。
精神的な方を感じているのは茜華だけであろうが。
手をつなぎ、それだけでは足りないとばかりになるべく近づいて歩いていた。泰華は少しショックを受け離れる。

そこまで露骨に悲しまれるとどう反応したらいいのか分からなかった茜華。
昨日のことを思い出し、その感情はさらに強くなる。

「…もう少しなら近づいても良いぞ。」

パァと表情が明るくなり先程のキョリに戻るがもう茜華は諦めていた。
何より、幸せそうにしている泰華を間近で見ていたかったから。

「何か見に行きたいものはないのか?」

「そうですね…」

「…」

「…」

片や真剣に悩み・考え、片やそんなに悩むことかと不思議に感じる。
軽い気持ちで聞いてはいけなかったのか。

「なら、あたしは下着を買いに行きたいな。」

「えぇ!」

泰華は、なら僕はどこかで時間を潰してー、と茜華から離れあたふたする。
ククッとのどの奥で笑い少し微妙な感情になるヘルハウンド。

キョリ感とはこれ。
どうしても少しからかいたくなってしまうのだ。

「なんだ、泰華選んでくれないのか?…恋人なのに」

「…頑張ります!」

「嘘だよ」

ガーンと聞こえてくるような表情の変化にやはりニヤケてしまう。
また意味もなくプンプン怒っているがもう本気でないことは分かってしまったなりの対処を施す。

「なら、化粧道具見に行っても良いか?」

「こ、今度はなんですか?」

もう騙されまいと身構えている野生の小動物にもう一回からかいを入れたい衝動を抑える。

「仕事柄、偉い奴の前に行くことがあるから。しっかりしたのを買わないといけないんだよ。」

「な、なるほど。分かりました。」

「なんだ、その手は。」

差し出された手の意味が分からないとするとこれまたプンプンと怒り始める。

「繋いで下さいよ!」

無理矢理ではあるが茜華の手を取り歩き出す。
泰華の行く方向は茜華の目的地と逆なので教えると恥ずかしそうにして言われた方へと向かった。

茜華に違和感はなかったがいつの間にか恋人繋ぎにしていたのは泰華のささやかな勇気であったのだろうか。


ーーーーー☆ーーーーー

「チークってなんですか?」

流石に普通の薬局化粧品コーナーとは違って一つ一つのアイテムのコーナーが大きい。
そんな中にいる二人の片割れはメイクについて知らないため質問が飛んできた。

「日本語で言えば頬紅って感じか。文字通りだが頬の辺りの肌色をよく見せたりするもんだな。てか、泰華は化粧したのことあるのか?」

「あるわけ無いじゃないですか!」

「フッ…怒らなくてもいいだろう?」

「…怒ってないです。」

チークを見つつおかしなやりとりをする。泰華はなぜか分からないが弄られているのに完全に怒りはしない。

「というか茜華さん、チークとかいるんですか?」

「どういう意味だ?」

マジマジと恋人、になったばかりのヘルハウンドを見る。
人間と異なって肌は黒いが張りがあり、非常に綺麗な黒だ。もちろん、色をよく見せる必要があるのかという意味であったが他の感情が言葉を乗っ取る。

「茜華さん、そんなに綺麗な肌してるのに…」

「…そうか?」

自分自身の頬を人差し指でつついて見るがよく分からない。
このように直球で誉められるとどうして良いか分からないのはこれまたキョリ感をつかみ損ねているのだろうかと茜華は感じる。

「まぁ、一応ピンクというか。血色がよく見えるようにするんだとさ。」

とりあえず説明を続けたのだが泰華は止まらない。

「ん?…茜華さん、つかぬ事をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?改まって。」

相手の行動を何となく推測してしまう茜華も流石に何がいいたいのか分からない。

「…今、スッピンですか?」

「…」 

そうか、流石にまずかったか。
交際経験がない茜華はいつも何となく決めている服を賢明に考えたのだ。
そこまで頭が回らなかったのは我ながら情けなくなる。

「そうだな、いや、その…」

急に羞恥心が押し寄せ言葉が濁る。
ここで沸く疑問、なぜ、スッピンかどうか聞いてきたのか?

もしかしたら何か気になること、ネガティブなことに気付いてしまったからか。
皺シミはないはずであるし、くすみもない…はずである。

今日泰華を送り出してから鏡でみた自身の顔を必死に思い出そうとするが全く記憶が蘇らない。

そんなこんなで考えを巡らせているのも泰華の一言で解決するのだが。

「僕、お化粧していないのにこんなに綺麗な人とお付き合い出来てるんですね…」

小さな男を見ると感動か、何かとてつもない喜の感情が見える表情でプルプルと震えている。

「あ、あんまり恥ずかしいこと言うなよ。」

ぐしぐしと強めに頭を撫でるのは照れ隠しだ。
理解はしていてもやはり慣れない真っ直ぐさに少し困ってしまう。
ぎこちなくもイチャラブしている二人の間に割り込みの声がかかった。

「何かお探しでしょうかぁ〜?」

40代くらいの人間の女の人。化粧品コーナーの店員で端から見れば何か悩んでいるように見える二人へとマーケティングをしにきたのは言うまでもない。

「こちらの商品よろしければお試しどうでしょうかぁ?」

のんびりしているが、有無を言わせないような強さはある。

「…じゃ、お願いします。」

するとすぐに茜華をいすと机のあるところまで引っ張っていき座らせ見本品を開けて試しはじめた。
ちなみに、茜華の持っていたのは少しオレンジの混じったピンク色でパウダーチークで、ブラシが頬を染めていく。


「どうでしょうか!」

「は、はぁ…」

この様な、茜華の数少ない苦手なもの。悪意のない、しかし、対応が馴れ馴れしい接客。
いつも悪いと思いつつ、嫌そうな表情で断っており今回受けたのは当然一人ではなかったためだ。

「お客様は非常に地肌がお綺麗なため、この量で大丈夫かと思われます!さらに今はやや明るめの色ですが、もう少し暗めのモノがよろしければ今お持ちします!白めのモノがよろしいでしょうか?赤めのモノがよろしいでしょうか?お客様のお好みを仰って頂けると…」

延々と続くこの感じ。
イヤという感覚よりは苦手なのだ。悪意の相手にはそれ相応の対応も思いつくだろうがなにせ相手は真逆、善意の固まりで自分の仕事を全力でしている者。
蔑ろにはできないため始末が悪いのだった。
しかし、ここでもいつものとは違う要素。

「うわぁ!茜華さん綺麗ですね!よくわからないんですけど、僕がリクエストしても良いですか?」

「お、おい!」

「はい!!もちろんでございます!旦那様の方からもぜひに!」

「だ、旦那様!?…あっ、えーとなら〜もっとピンクの薄いやつで茜華さんのもともと持っているものを引き立たせるのがあれば。」

「畏まりました!」

すっくと立ち上がり、奥にあるスタスタと試し用の商品棚へと向かっていった。

「た、泰華」

「すみません。茜華さん、あんまり得意じゃない雰囲気っぽいのに。でも僕、我が儘通したくなっちゃいました。」

ニッコリ微笑み茜華へと顔を近づける。
イヤではないため顔自体は背けないがその二つの朱い目は泰華へと向かない。

「こんなに、色っぽくなるなら他の茜華さんも見てみたいです。」

照れながらも、また本心をぶつける。幸い近くに店員はおらず聞かれてはいないが。

「…チッ、分かったよ。」

わざとらしく面倒くさいなあ、と呟くが茜華の方は本心でないことが既にバレていた。
しかし、泰華は茜華の得意じゃない雰囲気だと何故わかったのか。
隣に泰華がいて、店員に粗悪な態度をとっていると思われたく無いが為にメイクを了承したのに。
これまた直接聞いてはいないのに何故か泰華は話し始める。

「茜華さん、合理的ですから。たぶん必要な時以外は店員さん呼ばない主義だろうなと思ったんです。だって、自分に分からないことは聞くのに勝手に寄ってきた店員さんは茜華さんが持ってる知識まで話してくるかもしれないですから。」

それを考えたら多分、苦手なんだろうなぁと。
引き続きはにかみながら何となくで感じたことをつらつらと並べていく。

「別にあっち行けの一言で片づけるかもしれないだろう?」

やはり、見透かされているのは釈なので反撃にできるが意味をなさない。
泰華はクスクスと公共の場の為笑いが大きくならない程度に声を出しさらに続ける。

「悪意のある酔っ払いさんですら傷つけないように帰すヘルハウンドさんが懸命に仕事をしている人を拒めるとは思えません。」

「はぁ…」

無駄であったことを自覚して溜め息を吐く。

まさにこれだった。
もちろん謙虚な構えを忘れはしないが、自分は人より少しだけ頭が回る。
故に色々なことに気づきイラつく。
幼い頃から周りの人間も気づかないことが多かった。

そこは良いのだ。

問題は気付こうとすらしない存在の数々。
「髪切った〜?」「新しいバックだね!」なんてそんな事を気にしている暇があったら今目の前に落ちているゴミを拾え、そう、ずっと感じていたことだった。

「泰華、このオレンジ駄目か?」

昨晩の告白から今まで、いや、一週間前にこいつとあってから茜華も分かってはいたが泰華といると心地良いのだ。
苦し紛れの質問だが、目の前の小さな男に対してはすぐに話題を変えられると確信していた。

自分のことを好いていてくれていることだけは理解していたから。

「もちろん、駄目ではないです!でも僕はもう少し大人びた方がもっと良いかと思いました!…あっ、そうか!逆子供っぽくするとどうなるか。ちょっと店員さんに言ってきます!」

走ろうとした泰華を掴み、それは止めようと必死に説得する。
その時、茜華は自身の頬が染まっていたのをチークが隠していることに密かに感謝していたのであった。


ーーーーー☆ーーーーー


「いやぁ、思ったより長くかかりましたね。」

「あたしの事なのに泰華がいちいち口を挟むからだろう?」

そこから一時間半ほど店にいた。
知識が無い分恋人より熱心に店員の説明を聞く泰華、それに対し熱心に説得する店員と事あるごとにそれで良いです、と切り上げを狙う茜華。
その三つ巴の、あるいは2対1、戦いの末いつも買っているものとは違うものを買うことになった。

「泰華、やっぱり払うって。」

「プレゼントさせて下さいっ!」

支払いの際は茜華と店員が試した商品を片づけている間に泰華がさっさっとレジに持って行き茜華が受け取るのに金銭は必要なかった。

「その代わり、今度会うときはつけてみて下さい!」

あっ、いえ!お化粧してなくても茜華さんはお綺麗です!ただ、僕も一緒に選んだのやつですっごく似合ってると思うんですよ!もし良ければですが… 

最大限のフォローを入れつつ意味のない弁解をしている。
なぜなら茜華の答えはとうの昔に決まっていたのだから。

「なら、有り難くそうさせて貰うよ。」

「本当ですか!?」

今度は茜華が嬉しそうにする泰華の手を取り恋人繋ぎにする。
一瞬、間ができるが泰華が強く握り返し二人は笑顔になる。

「茜華さん、僕食べたいモノがあるんです。」

「なんだ?」

行く宛もなかったので願ったり叶ったりだ。

「クレープですっ!」

食べたこと無かったのか、などとシラケるようなこと言わない。
目の前の小さな男がワクワクの目で見ている以上、これは茜華も素直に喜んでいる姿が見たかった。

「んじゃ、向かうか♪」

「はい!」

歩き始めると茜華の手握るのにも慣れ、泰華の腕振りに過剰にならない程度に合わせる。

「泰華はなんのクレープが食べたいんだ?」

他意のない文面通りの質問だが泰華は口ごもる。
これまでのものとは違ってさほど困る質問でもないとは思ったのだが、それほど悩むなら茜華も助け船を出す。

「イチゴか?チョコか?それともバナナか?」

あー、食事系統のサーモンとかか。
などと、種類を知らなかった時のためにある程度数を出して知ったかぶりが出きるようにした。
しかし、返事は小さく恥ずかしさが滲んだものであった。

「…かさんと。」

「ん?」

「茜華さんと食べたかったんです…」

大いなる勘違い。
どちらかがといわれると答えは難しいが少なくとも茜華はイラつく。いや、イラついていただろう。

都合のいい女キャラしかでない男性向けアニメや完璧な男しかでてこない女性向けマンガ。
そのワンシーンになるようなセリフで普段なら確実に鳥肌ものだが、泰華が本気で言っていることは分かった。

「なら、お願いしないとな!」

泰華は一瞬意地の悪い茜華を見つめるが、改めて自分の言っていることが恥ずかしいのを自覚したうえで声に出す。

「僕とクレープ食べましょう?」

身長差から見上げる形になるため上目遣いの成人男性。
茜華から見ると○学生にしか見えないのだが。

「仕様がないなぁ。」

そうこう言っている間に目的の店へと着いたのだが何とも言い難い空気となる。

「か、改装…?」

店はシャッターが降りており張り紙が一枚。
大きく『改装中』の文字があり泰華もまた何とも言い難い表情となっている。
いや、分かりやすく悲しみと惜念と、我慢が混じっている。

「泰華」

当然、声の出先は茜華。
昨晩恋人となったばかりのもの、に散々見せてきたのだが、情けない所を見せまいと茜華の方をみる。

「作るか!」

「…はい?」

「これからあたしの家でクレープ作ってやるよ♪」

まさかの提案にぽかんとしてしまうが、茜華さん、家、クレープとどうにか思考が繋がった途端に返事は出ていた。

「出来るんですか!?」

「泰華が食べたいならなんとでもしてやるさ。」

あたしけっこう料理得意なんだぞ?
ニカッと泰華に笑顔を向けるとスーパーのある階へと向かう。

「茜華さん…」

これ以上ない喜びと共に改めてまだまだ恋人の知らないところがたくさんあってこれからが楽しみになる泰華だった。

ーーーーー☆ーーーーー


今は茜華の家に向かっている途中である。土手を歩いている二人はちょうど落ち始めた太陽の光を浴びていた。

「買いこんだなぁ。」

クレープの材料はもちろん、泰華がシチューが好きだというのでこの際だと惣菜クレープを作ることとした。
クリームチーズやサーモン、葉物の野菜を使用するものだ。 ちなみに、今は泰華と茜華が一つずつ買い物袋を持っていた

「楽しみです!」

泰華の嬉しそうな顔を見て、昨晩では混乱していたが今は違う。
たかが手料理でここまで喜ぶ小さな男をもっと幸せにしてあげたいという気持ち。

「いっぱい作ってやるからな。」

よしっと、自分の中で気合いを入れていると泰華が真面目な顔で茜華に向き合う。

「茜華さん。」

「どうした?」

ふっーと息を吸い一瞬止まったかと思うと勢いよく話し始める。

「出会いは茜華さんにとって最悪でしたよね。泣きながら…いえ、泣いてはいませんでしたがそれでも泣きべそをかきながら情けない姿だったと思います。」

「そんなことはないぞ。」

本心を即答する茜華に泰華は嬉しくなってますます笑顔になる。

「勢いで茜華さんの初めての人になっちゃって、正直自分勝手なところもありました。特に自分を許せないところがあったので。」

今から挽回したいと思います。

茜華には分からなかった。
一つ、何がいいたいのか。今この話題が何に繋がるのか。
二つ、なぜこんなに大きな声で勢いよく喋っているのか。
三つ、泰華を全く自分勝手などと思ってないが訂正すべきなのか。

しかし、もう泰華は、目の前の小さな男は叫んでしまっていた。

“昨日は本当にすみませんでした!でも僕、茜華さんを好きになってしまいました!!僕と付き合ってください!!!!”

そう、泰華が自身を許せなかったのは告白を茜華にさせてなぁなぁでヤってしまったこと。
自分からもしっかりと気持ちを伝え両想いで付き合いを始めたかったのだ。

人目もある中での大声の告白。
クスクスと笑い声が聞こえるが茜華は清々しい気分である。

「当たり前だろ?あたしは泰華が好きだ。」

ギュッと抱きついたのは泰華である。恥ずかしさのあまり我慢の限界になっていた。
しかし、すぐに顔を上げ付け足すように話す。

「で、でも、あんまり意地悪しないで下さい…」

その頼みの表情のゾクゾクし、やはり泰華の色々なところに惹かれたのを自覚する。

「とかいって、今晩も泊まったらエッチなことする気だろ?」

ん?と泰華の鼻をつつくと小さい声ではいと肯定し走り出した。
正確に茜華の家も知らないのに。

「全く…」

ククッと喉を鳴らすヘルハウンド。
それは、これから楽しい毎日が待っていると思うと胸の高鳴りが止まらないことからきていた。

「茜華さん!早くきて下さい!」

「うぉーし!捕まえてやるから待ってな!」

これが恋人となった二人の初めての思い出


18/01/22 10:47更新 / J DER
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■作者メッセージ
師走忙しいですねホント

一週間前には終えるつもりが中々追い込まれました。
年内にあと二本とか妄想してますが無理そうですかねぇ。

色々はしょってこのかたちなので、いつも通り読んで楽しい方だけに向けたのもです。

まぁ、なんとなくまた書いていくのでよろしくお願いします。
それでは。

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