連載小説
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イグニス夫妻の熱風お悩み相談塾
 あきらめるな! うつむくな!

 本誌の大人気コーナーが、お試し版に大出張!

 読者の皆様が抱える、迷い、悩み、苦しみを、イグニス夫妻が吹き飛ばします!


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[ 其の一 〜 お悩みネーム : 槍兵志望さん (十八歳/男性)

 イグニスさん、旦那さん、こんにちは。
 僕は騎士団に入り、槍兵として国防に携わる事を夢見ている人間です。
 ……いや、『夢見ていた人間』と過去形で書くべきでしょうか。

 今は亡き僕の祖父は、騎士団槍兵隊隊長として活躍した、心優しき強者でした。
 僕はそんな祖父に憧れ、「自分も同じ道を歩みたい!」という夢を抱き、その第一歩として騎士団士官学校を受験し……二年連続不合格という、最悪の結果を叩き出してしまったのです。

 弱きを助け強きを挫き、力無き人々の盾として、槍として、その人生を歩んだ祖父。
 知力体力共に貧相貧弱極まりないくせに、身の程知らずの夢を抱いた愚か者の僕。
 天国の祖父は、こんな軟弱な孫が生まれてしまったという事実を嘆いていることでしょう。
 いつか天寿を全うし、祖父と向き合うその時に……僕は一体、どんな顔をしていればいいのでしょうか。

 己の価値も、道も、見失った僕に、お二人のお言葉をいただきたいのです。
 夢を諦め、違う道へ進む勇気をいただきたいのです。
 イグニスさん、旦那さん、何卒よろしくお願いいたします ]


 ★ 旦那さんのお答え ★

 諦めんなよ! 諦めんなよぉっ!
 どうしてそこで諦めるんだ! 夢を追わないんだ! 弱い自分と向き合わないんだ!
 お祖父さんに憧れているんだろう? 尊敬しているんだろう?
 だったらどうして、もっと努力しないんだ!? 自分自身を追い込まないんだ!? 勉強と鍛錬を積み重ねようとしないんだ!?

 君は、大きな思い違いをしていないかっ!?
 士官学校の試験は、受験生を振り落とすための意地悪な装置じゃないんだぞ!?
 騎士とは、戦場や災害現場といった最悪の状況下でも、人間の気高さ、尊さ、強さ、そして未来を示す大切な存在なんだよ!
 士官学校の試験とは、そんな人間になるための、そんな存在になるための、その覚悟を問う、第一関門なんだよ!!

 僕はね、君に問いたいんだ!
 そうして士官学校を目指して、合格して、その先に、君は結局どうなりたいんだ!?
 お祖父さんのような、心優しい強者になりたい? うん、それはわかるよ! よくわかる!
 けれどもそれは、お祖父さんの人生の模倣に過ぎない! 君が君である事の証明にはならないっ!

 大きな挫折を経験し、絶望と無力感に囚われている君は、天国のお祖父さんに合わす顔がないと言っているね!?
 それは違うよっ! 断じて違うっ!!
 もしもお祖父さんが悲しんでいらっしゃるとするならば、それは弱気と迷いの虫に喰い付かれ、己の内側に宿った大切な力に気付いていない孫を思い、心配するがゆえの悲しみなんだ!

 君は自分自身の無力さを知った! 挫折を知った! 夢を追うことの難しさを知った!
 だからこそっ!! だからこそ僕は、君に騎士の道を目指し続けて欲しい! 強く、優しく、たくましい、超一流の槍兵になって欲しい!

 君は自分自身の心と体で、己が信じた道を真っ直ぐに歩むことの難しさを知ったんだ! 失敗がもたらす恐怖と、心の痛みを学んだんだよ!
 ならば将来、騎士となり、様々な理由によって同じ様にうずくまり、涙する人に出会った時……君ならば、何をどうするべきなのか、どんな言葉をかけてあげるべきなのか、それがわかるんじゃないのか!?

 強さとは、単に肉体の強度や武術の腕前を指したものではないんだよ!
 本当の強さとはね……さぁここから先は、自分で考えるんだっ!!


☆ イグニスさんのお答え ☆

 ……うん。
 今回もやっぱり、言いたい事を先にぜ〜んぶ旦那が言っちまった訳だが。

 とにかくまぁ、もうちょっとジタバタしてみなよ。
 旦那の言う通り、あんたの手には貴重な人生の肥やしが山盛りになってるんだ。
 目には見えないし、重さも感じないけど、そいつは間違いなくあんたを強くするよ。
 
 踏まれた草はさらに強く背を伸ばし、熱せられて叩かれた鉄はより一層たくましくなる。
 あんたの心には、この苦難を乗り越えるための種火がもう灯ってるんだ。
 火の精霊であるアタシが言うんだから、間違いないさ。
 ただ……普通の火と違って、そいつはアタシにゃコントロール出来ない。消すも燃やすも、全部あんた次第さ。
 どうするかは、あんたが決めな。

 あぁ、そうそう……ちょいと思ったんだけどさ。
 無理に士官学校を目指さなくても、一般兵の募集からのし上がっていくって選択肢はないのかい? 確かあっちなら、年中募集してるはずだろ?
 同じ年代の仲間達と机を並べて、高所大所から物事を考えられる人間を目指す……ってのも悪かないが、玉石混合な連中と切磋琢磨して成り上がっていくのも上等じゃないか。

 幸いな事に、この国の騎士団は種族も、学歴も、身分も、経歴も、そんなもんには一切お構いなしに出世出来る仕組みらしいからね。
 今がドン底の気分だって言うのなら、どうだい? 一発腹をくくって、ゼロから上を目指してみるってのはさ。

 洒落で言うんじゃなく、アタシは燃えるね。そういう話し。


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[ 其の二 〜 お悩みネーム : 言葉に出来ないさん (二十三歳/女性)

 イグニス様、旦那様、はじめまして。
 お二人の素晴らしいお言葉、毎号心を震わせながら拝読いたしております。
 今回は、私の弱い心にご助言とお叱りのお言葉を頂戴致したく、筆をとった次第です。

 私には、長年に渡り想いを寄せていた男性がおりました。
 彼と視線を合わせ、言葉や微笑みを交換するだけで、私の心は喜びに震えておりました。

 そうして募る想いは山となり、それを彼に告げるべきか否かと悩み、ただいたずらに時間だけを過ぎ去らせていた日々。
 「あなたをお慕いいたしております」と伝えたい。
 けれど、その結果、彼を困らせてしまう事が怖い。彼に拒絶されてしまう事が怖い。
 ならば、このままの関係を変えず、幸せな時間をただ受け止めるだけで……。

 こうして書き綴ることもお恥ずかしい、私の未熟な逡巡でございました。
 そして運命は、そんな至らぬ私に、きちんと裁きを下したのです。

「実は来月、結婚式をあげる事になったんです。相手は、仕事先で出会ったケンタウロスなんですけど……式には、出席していただけますか?」

 そこから私は、彼とどんな言葉を交わしたのか……全く覚えておりません。
 私は、この経験を失恋と呼んて良いのでしょうか。
 私は、私自身の心をどう解釈すれば良いのでしょうか。
 私は、彼の結婚式に出席するべきなのでしょうか。

 イグニス様、旦那様、どうか愚かな私の心を照らす、灯火のお言葉をお恵みくださいませ ]


 ★ 旦那さんのお答え ★

 不幸だと思ってるんじゃないか!?
 君は、自分の事を『恋に破れた不幸な女』だと思ってるんじゃないか!?

 甘ったれるんじゃない!
 どうしてそこでうつむくんだ!
 どうしてそこで自分自身の言動を省みようとしないんだ!

 君は、自分自身の手で書いてるじゃないか!
 心の中に、苦しい程の恋心が募っていったことを!
 そして、その想いを迷った末に告げられず、平穏な時間と関係に身を任せてしまったことを!

 君は、自分の告白が彼を困らせる、心の重荷になるのではないかと思ったんだね!?
 拒絶されるきっかけになるのではないかと思ったんだね!?
 
 違うよ! それは断じて違うっ!
 君は、“恋に破れるかもしれない”という未来と、“両思いになれないかもしれない”という恐怖から逃げたんだ!
 彼の言動を勝手に想定して、自分自身に降りかかるかもしれない痛みから逃げたんだよっ!!

 僕は今、君にとても厳しい事を言っている!
 これを読んでいる読者諸君の中には、「それはちょっと違うんじゃないか?」と感じている人もいるだろう!

 けど、違わない! 違わないんだ!
 人は、求めずして与えられる事はないんだよ! 痛み無くして、前には進めないんだよ!
 虎穴に入らずんば虎子を得ず! 角を掴んで雄牛を捕らえる!
 東方の人も西方の人も、上手い事を言うもんだ!

 君は、彼の心の扉から伝わる温もりに安らぎ、瞳を閉じてしまった!
 そしてそのままスヤスヤと眠り、その扉を開けることを忘れてしまった!
 さぁ、胸に手を当てて考えてみるんだ! 彼に思いを告げる絶好の機会は、思い出せるだけで何回あった? 紡ぎかけた愛の言葉を、己の喉で断ち切ってしまったことが何度あった?

 今は、自分自身の至らなさを、自分自身の誠意と共に悔いる時だ!
 己の弱さと向き合い、この経験を糧にどんな女性になりたいのかを考える時だ!
 彼の結婚式までにイメージをまとめて……と、無理に期限を定める必要はない!
 もしも間に合わなかったのならば、心からのお詫びと祝福の思いを込めた手紙を後に送ればいいはずだ!

 僕は、君が素敵な女性になれると信じているぞっ!!


☆ イグニスさんのお答え ☆

 ねぇ、お嬢ちゃん。
 恋焦がれ、想いを告げるか否かと逡巡し、自分自身の情けなさにため息を付いたのは……何もあんた一人だけじゃないと思うよ?

 彼も、彼のパートナーとなったケンタウロスも、同じ様に恋の苦しさを味わったはずさ。
 あんた自身が嫌というほど思い知らされたように、誰かを好きになるってのは、辛くて難しいことだよなぁ。
 恋の喜びと苦しみを秤にかけりゃ、ガチャンと音を立てて苦しみの方に傾くのかも知れないねぇ。

 だけどねぇ、お嬢ちゃん。
 愛の喜びや発見って奴は、きっとその向こう側にあるんだよ。
 そして彼と彼女は、その重い扉を開けたんだ。
 音を立てて渦巻くような迷いや悩み、苦しみや恐怖心なんかを、己の胸の中にしっかりと抱えながらね。
 だからこそ、恋は苦しく、愛は尊く、結婚した二人へは大きな拍手と祝福が捧げられるんじゃないのかい?

 恋は一人でも出来るけど、愛は二人でないと出来ないんだ。
 あんたは、恋する女になれた。
 だけど、愛し愛される女になるには、あと一歩届かなかったのさ。
 だけどね、それは恥でもなけりゃあ、屈辱でもないんだよ。
 むしろ、イイ女になるための宿題を見つけられたと思うべきさ。

 ねぇ、お嬢ちゃん。
 イイ女になりなよ。とびきりのイイ女になりなよ。心も体も磨いてさ。
 まずはその第一歩として……彼の結婚式には、出席してみたらどうだい。
 新たな道を歩み出した二人をしっかりと瞳に焼き付けて、心からの「おめでとう」を言ってあげなよ。
 それが出来れば、あんたは一つの恋の終りを明確に、前向きに、受け止められるようになるはずさ。
 そして、イイ女への道、その第一段階は合格ってことにもなるさ。

 旦那と同じ様に、アタシもあんたが素敵な女性になれると信じてるよ。
 その時には、お嬢ちゃん呼ばわりした事を誠心誠意謝罪させてもらうからね。
 さぁ、精一杯やってみな。


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[ 其の三 〜 お悩みネーム : フェアフェアフェアリーさん (?歳/女性)

 イグニスちゃん、旦那さん、こんにちは〜♪
 私は、いつもこのコーナーが一番大好きで楽しみなフェアリーです♪
 妖精種のみんなの間でも、二人のあったかい言葉は大評判なんだよ♪

 そこで、みんなを代表して質問しま〜す♪

 ねぇねぇ、イグニスちゃんと旦那さんは、一体どこでどんな風に知り合ったの?
 っていうか、どうして旦那さんはイグニスちゃん以上に熱いの?
 イグニスちゃんと契約してラブラブだから? それとも、元から熱々の人なの?

 バックナンバーを探しても書いてなかったから、みんな不思議に思ってたんだ♪
 だから、答えてくれると嬉しいなぁ♪

 それじゃあ、これからも二人で楽しくお幸せにね♪ ]


☆ イグニスさんのお答え ☆

 ん〜……これ、コーナーの趣旨からズレてないかい?
 アリなの? こういう質問も。

 と言うかだね、『イグニスちゃん』とは、また随分と親しげに呼びかけてくれるじゃないのさ。
 お前さんは何だい? アタシの友達かい?
 まったく、最近の妖精ってのは精霊に対する礼儀がなってないねぇ。

 そういえば最近、東の方の国で妖精種やアリス、バフォメットや魔女といった、幼い見た目の魔物を排斥しようと躍起になってる人間がいるらしいね。
 しかもそいつらは魔物だけじゃなく、絵画や彫刻、演劇や詩に描かれる少女達も規制して消滅させようとしてるらしいじゃないか。
 やれやれ、全く何を考えてんだかねぇ。
 創作物や人間以上の力を持った相手を縛る前に、恵まれない環境に追いやられてる現実の子供達を救ってやればいいのにさ。

 ……っと、すっかり話がズレちまったね。申し訳ない。
 『イグニスちゃん』という言葉の響きが、そういう運動をしている奴の名前に似てたなぁと思ったら、ついね。

 さてと……それじゃあ、何から話そうか。
 まずは、旦那の事からいってみようかね。

 アタシの旦那は、ジパング生まれの人間でね。
 瞳は濃い茶色で、髪は真っ黒。よく日焼けしてて、声がでかい。
 あと、ジパングの人間にしては背丈も相当にデカいねぇ。
 その上、真冬でも半袖でうろうろしてるから、相当に目立つ男と言えるのかもね。

 もともと、うちの旦那は剣士だったんだよ。
 『松の丘の剣士』と呼ばれ、ジパングでは敵なしという相当な使い手だったらしい。
 そして、未知なるツワモノ達と手合わせをするべく、二十一の時に海を渡り、心の赴くままに大陸中を歩き回った訳さ。

 ある国では、農民達に重税を科していた悪徳領主をぶっ飛ばし、熱血説教。
 ある国では、紛争の犠牲となっていた人々を救い、「諦めんなよ!」と熱血激励。
 ある国では、飢えた恵まれぬ人々のため、真冬の湖に下着一丁で飛び込んで熱血シジミ狩り。
 ……とか何とか、方方の土地で様々な経験を積み重ねながら、旦那はこの国へやって来たんだな。

「この国に来た時は、驚いたね! 何と素晴らしい国なんだろうって、感動すら覚えたよ! 人と魔物が、はるか昔から互いの存在を認め合う対魔物:友好国! 魔物に対して酷い憎悪や偏見、差別心を剥き出しにする国もある中で、この国にはジパングに勝るとも劣らない『調和と尊重の心』があったんだ!」

 それが、この国に対する旦那の第一印象だった。
 海を渡って十二年。そろそろひと所に腰を据えるべきだろうかと思い始めた旦那にとって、この国はまさに理想的な場所だったんだな。

 で……旦那の心情は、即断・即決・即行動。
 恵まれた環境の村を見つけ、村長や住人達の心を熱い言動で魅了し、村はずれに小さな剣術道場を構えて、師範としての日々を過ごし始めたのさ。
 決断からここに至るまで、わずか三十三日。人生も剣術も、電光石火が大切って事なのかねぇ。

 誰に対しても平等に、礼儀正しく、熱意を持って接する、ちょっとうるさい男の気配。
 それは、村を見下ろすようにそびえる山の中で暮らしていたアタシの所にも届いて来たよ。

 さぁて、それじゃあここから先は旦那本人に語ってもらおうかね。


 ★ 旦那さんのお答え ★

 過去のことを気にしちゃダメ! 未来を案じすぎるのもダメ!
 今という時を大切に、一つの場所で命を賭ける!
 一所懸命、一生懸命! それが出来れば、僕もあなたも活き活き人生っ!!

 さぁ、君は僕と妻のことを知りたいフェアリーなんだね!?
 うん! ならば、誠意を持って答えよう!

 志を持った道場生にも恵まれた僕は、未熟ながらも師範としての日々を過ごしていたんだ!
 もちろん、村の一員としての自覚も忘れず、様々な行事や助け合いにも積極的に参加していたよ!

 そして……忘れもしない、あの夏の夜!
 僕は、妻と出会ったんだ!

「なるほど……この熱く清廉な闘気。アタシの所にまで気配を届かせてたのは、あんただったのかい」
「んっ!? 君は誰かな!?」

 道場に一本のロウソクを立て、深く瞑想していた僕の前に、彼女は現れたんだ!
 剣士である僕が、声をかけられるまでその存在と気配に気付かなかったんだから、凄いよ!

「アタシかい? アタシはまぁ、見ての通りのもんさ。人間は『イグニス』って呼んでるねぇ。そう言うあんたは……見た感じ、東方の生まれかい?」
「いかにも! 東方、ジパングより参りました! はじめましてッ!」

 初めて出会った相手には、きちんと礼を尽くさなきゃダメだ!
 だから僕は立ち上がり、彼女にきちんと頭を下げたんだ!

「プっ……アッハハハハ! こりゃ面白い人間だ! このアタシを見て、逃げも叫びもせずにキチっと挨拶するとはねぇ! うんうん、気に入った! あんたなら、もしかするともしかするかも知れないよ!」

 一糸纏わぬ、豊満で美しい裸体!
 しかし、その四肢と胸、さらに頭からはメラメラと激しい炎が舞い出ている!
 耳はエルフのように尖り、ギュッとつり上がった双眸は、彼女の内面に宿る高い熱を表現しているようだったね!

「んっ!? 『もしかするともしかするかも』とは、どういう事かな!?」
「あんたなら、アタシの炎を受け止められるかも知れないって事さ。なぁ、あんた……いや、情熱に溢れるジパングの剣士よ。このアタシと、夫婦になってみないかい?」
「うん、いいよっ!!」
「……へ?」

 人間も、魔物も、精霊も、目と目を合わせて向きあえば本当の気持がわかるんだ!
 僕は、彼女の心のあり方をしっかりと理解したよ! 向こうっ気の強そうな表情の奥にある、真っ直ぐな心のかたちをねっ!!

「あ、いや、うん。あれ? 何だい、このアッサリした感じは……?」
「イグニスとは、火の精霊さんの事だよね! そんな偉大な存在が、ただ人間をからかうためにやって来たりはしないはず! あなたは、僕を見初めてくれた! ならば僕は、その気持に応えるよ! さぁ、おいで! 僕の胸に飛び込んでおいで! そして、熱く愛し合おう!」

 そう言って、僕は彼女を抱きしめたんだ!
 実際に触れてわかる、その小さな肩幅と柔らかな体!
 確かにそこにある彼女の存在を全身で受け止めた時、僕は言葉で言い表せない程の愛しさを感じたよ!

「あ、え〜っと……うん、あの……まぁ、いいか。これからヨロシクな、旦那様?」
「はい、よろしくお願いしますね! 我が最愛の妻よ!」

 そして僕達は、そのまま道場の板間の上で……ん? 何だい?
 妻が何か言いたそうな顔をしているから、再び彼女に項を委ねるよ!


☆ 再び、イグニスさんのお答え ☆

 あ〜……何か話がアタシにとって恥ずかしい方向へ進んでいきそうだったので、ちょっと待った。

 ゴホン、ゴホン。
 まぁとにかく、そんな感じでアタシと旦那は夫婦になった訳さ。
 なかなかの二枚目で、剣の腕前は相当で、精神力は強靭で、溢れ返るほどの情熱を持っていて。
 「よしよし、アタシの目に狂いはなかったね。さぁて、こいつをどうやって口説いてやろうか」と思っていたのに、誘いをかけた一秒後には了承されて、七秒後には抱きしめられて。
 望み通りの結果を得たはずなのに、そこはかとなく戦いに負けたような、何とも言えない不思議な気持ちになったもんさ。

 あと、ちょいと真剣な話しをするとだね……。
 アタシは、【火の精霊:イグニス】であると同時に、体内に魔力を宿した【一匹の魔物】でもあるんだよ。
 だからまぁ、要するに……一度情欲の念に火がついたら、相手を絞り殺さんばかりに乱れちまう恐れがある訳さ。
 アタシがただの魔物だったなら、それはそれで『お気が済むまでご自由に』ってなモンなんだが、火の精霊としての側面が、話をややこしくするんだよねぇ。

 知ってる人も多いかも知れないけど、火の精霊であるアタシが魔物の魔力に染まり切っちまうってのは……ちょっと大変なことなんだ。
 自然の中で発生する炎も、人間が生活に用いる炎も、全部まとめて“人魔を狂わす魔性の炎”に変わっちまうからさ。

 アタシの中には、【一匹の魔物】としての本能がある。
 だけど同時に、アタシの中には、【火の精霊:イグニス】としての矜持もあるんだ。
 内から湧き上がる衝動に突き動かされ、自分勝手に振舞った結果、愛しき人間達を混乱の極みへ突き落とすことに……なんて、アタシには絶対に受け入れられなかったんだよ。

「自分はこの山の中で、静かに精霊としての生を全うするべきなんだろう」

 諦観でも絶望でもなく、アタシは素直にそう思い、日々を過ごしていたんだ。
 でも……そんなアタシの近くに、旦那がやって来たんだよ。
 人間でありながら火の精霊の適性と素質を持った、規格外の男がね!

 その気配と熱を感じたアタシは、もう自分を止められなかった。
 そして、旦那の前に立った時、確信したんだ。
 この男ならば、私の二つの顔も、猛り狂うような情欲も、溢れ出るような魔力も、全て完璧に受け止めてくれるに違いない……とね。

 で、結果は御覧の通りさ。
 『○○の地が謎の業火に包まれ、魔界と化す!』なんて話は、誰も聞いていないだろう?
 アタシと旦那は、確かな愛情と信頼、そしてとびきりの相性で結ばれた夫婦って訳なのさ。
 結婚生活開始から今日に至る毎日の中にも、色々と面白い出来事があるんだが……ま、そのへんの話は、また別の機会に。

 フゥ〜……疲れたねぇ。
 いつもの人生相談:十本分くらいの疲労度だ。
 今日は我が愛しの旦那様と、とびきりの酒でも開けてみようかね。

 それじゃあ、また次の号で。風邪引くなよ!
10/11/06 04:50更新 / 蓮華
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■作者メッセージ
三ヶ月ぶりに、こんにちは。
お久しぶりでございます。

前回同様、全体量と読みやすさを考え、連載形式を選択させていただきました。
ですので、連載形式でありながら一斉掲載。

本屋で貰った無料の冊子を眺めるような感覚で、
のんびりとお楽しみいただければ幸いです。

それでは、引き続いて参りましょう……。

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