連載小説
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 意識を取り戻したのは彼女の胸から解放された時だった。
 正確に言うと、彼女に抱かれている間も意識はあるにはあった。でも動く気が起きなかったのだ。
 予定のない休日の朝に目が覚めて二度寝の誘惑に抗えずに微睡んでいるような、起きた方が良いと分かりきっているのにしたくない感覚。
 だって気持ちが良いのだから。
 だって誰にも迷惑を掛けないのだから。
 困るのはいつだって、問題を先送りにした自分である。
「ぅぁ……」
 声を出そうとしてうめき声になってしまった。
 何か柔らかいモノに寝かせられて彼女の温もりが去った瞬間、焦りが湧く。
 起きなきゃいけない。早く身体を起こさなきゃ何をされるか。
 でも。本心はそうじゃない。
 微睡んでいようが状況を掴めるくらいの頭は残ってる。俺が寝かせられたのはふかふかとしたベッドで、彼女は俺を胸の谷間から離しただけですぐ近くにいる。
 両手をついて、こちらを覗き込んでいる。
 彼女は俺を抱き上げた時からドクンドクンと激しく心臓を高鳴らせていた。荒い息も上気した頬もそのままに、こちらをまじまじと見つめる。
 目が合った。
 彼女はにっこりと、最初に見た時とほとんど変わらない笑みを作る。
 違うのは瞳に宿った色だ。
 穏やかで人畜無害そうな空気に溶け込んだ異物――淫欲の色。
 俺は期待していた。
 彼女は魅力的な女性だ。言葉もろくに交わさず意思疎通すら拙いままだが、彼女以上にスタイルの良い女性を俺は知らない。見上げるような身長、頭を埋めるのも余裕な巨乳、抱かれた拍子に分かった腰つきの良さにしっかりと肉がのったデカ尻。
 文句なしのエロさだ。100点満点中で100万点あげちゃうくらい、価値観を揺らがせる暴力的なプロポーション。こんな美女は画面越しにしか見たことない。
 だから、彼女に迫られるのならそれも良いと思っていた。触れ合えるだけで大歓迎だし、寝たままでも良いなら大いにアリ。
 などと、打算的な考えで固まっている俺である。情けないとか男らしくないとか責められるのはこの状況下でも勃起を我慢できるやつだけです。
 じっ……と彼女と見つめ合うこと数秒。
 何度目かの瞬きを終えたとき、彼女はおもむろに、べぇ、と舌を出した。白肌と肉厚な唇から白い歯を覗かせ、色味の良いベロがだらんと垂れ下がる。悪戯っぽく目を細めた彼女はそのまま、レロレロと舌先を上下に動かした。珍妙なアピールに驚く一方で、団扇で扇ぐみたいなその艶めかしい仕草にますます股間が熱くなる。
 人間の目は動くものを自然に追うように出来ている。俺は猫じゃらしのように振り動かされる彼女の舌に釘付けになった。なんと柔らかく、いやらしい筋肉だろうか。こんなのに触れ合えたらどんなに気持ちがいいだろう。
 しかし彼女は俺に触れようとしなかった。寸でのところ、鼻先も掠らない絶妙な位置で空ぶらせ、あのツンとした匂いを漂わせてくる。興奮した様子で湯気のような息を吐いているにも関わらず、だ。あまりにも近すぎて巨乳の先っぽが俺の胸板に埋まっているし、サラサラと細く柔らかな髪が頬に落ちてきた。
 ハァッ♥ ハァッ♥ と雌の吐息と匂いが鼻腔を満たした。それらの熱は脳にまで届くようで、脳を冷やすラジエーターが鼻だというのなら、そこから熱が送り込まれ続ける俺に正常な判断などできる筈もなく。
 気が付けば俺は口を開けていた。歯医者に見せるように、自分から口内を晒す。期待だとか恐怖だとか、天秤にかけるべき一切の材料がすべて崩れ去った結果だった。ただ彼女に応えるように、自ら口を開けて見せる。
「――――……♥」
 すると彼女は、にっこりと微笑んだ。拍子抜けするくらい愛らしい笑顔は先ほどまでの小悪魔じみた仕草を感じさせず、いっそ子供らしい。身体はこれ以上なく"女"だというのに。
 はたして彼女は舌を引っ込めると、こくっ♥と喉を震わせた。何をするのかと疑問を持ったのも束の間、彼女は頬を軽く膨らませて、もにゅ♥もにゅ♥と顎を上下させた。何かを噛むように。
 まさかと思い至ると同時、彼女の口からねばっぽい音が響く。ぐじゅ♥ぐじゅ♥と咀嚼しているのは紛れもなく、

 ンベェ♥

 気泡の混ざったハチミツのような唾液が、でろぉっ♥と恐るべき粘性をまとって垂れ落ちてくる。
 ドン引きのハードプレイをのっけからかまされた俺は動けなかった。こんな美女がヨダレを垂らしてくるとか誰が予想できるんだ。
 だが彼女の、舌苔が一切見当たらない極めて清潔な色の舌は不潔さを感じさせず、唾がシロップのように見えたのは本当だ。受け止める決意はすぐで、舌に着地した途端、泡が弾けてねっちゃりと広がっていく。
(あ……甘い……?)
 衝撃で味覚がバカになったのかと思った。彼女の垂らしたヨダレは、花蜜のようなほのかな甘みを感じさせたのだ。それが真実か錯覚かなど些細なことである。重要なのは、それを嚥下する抵抗感がなくなったということ。
 こくっ、と喉を鳴らして呑み込む。寝ている姿勢で少しやりづらいが勢いづければ問題なかった。度数の高い酒を入れた時みたいにかぁっと喉が熱くなる。
「――――♥」
 彼女は喜色満面で目を輝かせる。この顔が見れただけでも勇気を出した甲斐があったと思えるくらい、かわいらしい笑顔だった。こんなに喜んでくれるのなら、いちど口の中で味わってみせた方が良かっただろうかと余計な発想が湧いてくる。
 不意に、彼女は髪をかき上げて顔を接近させると、俺の口に蓋をするようにむちゅぅ♥と密着した。
「はむゅ♥ ちゅぶっ♥ ぶちゅぅ♥ ちゅぅぅぅ♥」
 瑞々しく弾力に溢れた唇が俺の唇にぴったりと合わさり蠢く。凹凸を重ね、まだまだ押し込めるとばかりに顔を傾かせてねじ込んで、穴の内から這い出た肉塊――激しい動きを見せつけていた彼女の舌が口内に絡みついた。
「ぢゅるんっ♥ ぢゅぶ♥ ぶぢゅっ♥ ぢゅぶっ♥ ふムッ♥」
 それだけに飽き足らず、俺の舌を唇で挟み込んで吸いながらしごき出す。唇を振動させてわざとらしく音を立てているらしく、下品な水音と荒い鼻息が部屋に響いた。
 腰が抜けるほど気持ちがよかった。舌全体が彼女の口のオモチャと化し、歯で甘噛みされたり唇で擦られたり舌先でくすぐられたり、この世のものではない快感に意識が飛んでいく。
 どこか得意げに笑む彼女の顔を見ながら俺は視界が徐々に白んでいくのを感じてやがて、

 どくッ びゅくッ びゅぐッ

 張り詰めていたものが解放された。股間にぬるぬるした生暖かいものが広がっていく。
(やっちまった……)
 我慢できたとは思わない。童貞がこんな舌フェラに耐えられる訳ないでしょ。
 ぼんやりとした頭で"やらかした"ことを実感するも相変わらず動く気力は湧かなかった。何故だろう、彼女の匂いが強まる度にひどい倦怠感というか、動きたくない気分が大きくなっていく。
 諦めに似た境地で脱力していると、彼女はちゅぅぅっぽんッ♥と名残り惜し気に俺の舌から離れて腹部に手を這わせた。Tシャツの裾をペロリとめくり、ズボンに手を掛ける。
(脱がす気か……?)
 ぐっぐっと力任せに下げようとしているのがいじらしい。腰を浮かして手伝うべきかと思うが、積極的に脱ぐのは……と逡巡していた矢先だった。
 ぐい、と俺の下半身が浮き上がる。彼女が俺の両膝を抱え持ち、足を肩に乗っけて無理やりに上げたのだ。
(そこまでします?)
 急な手際の良さに驚くのも束の間、彼女は素早くベルトを緩めると、草を引っこ抜くようにパンツごとズボンを剥ぎ取った。ポイっとそれらを脇に投げるが、手に握っているのは俺のくたびれたボクサーパンツ。
(うわ、恥ずかしい!)
 初対面の女性に丸裸の下半身を見られることよりも、汚れてしまった下着を握られていることの方が恥ずかしかった。我ながら珍妙な感覚だが、油断が透けて見える物なせいだろう。高校生の頃から穿いてるやつなんだ、勘弁して。
 例によって、股間が当たっていた部分は水をこぼしたように暗く滲んでいた。やらかしの証拠である。密度の高い布地だというのに外側にうっすら白濁汁が漏れ出るくらいの量、これまた恥ずかしい。
 いっそ顔を覆ってしまいたいくらいだったが――次の瞬間、俺は驚愕に目を見開いた。

 スポッ

「は!?」

 ろくに声の出なかった喉が弾みで戻るほどの衝撃だった。
 彼女が、ボクサーパンツを、頭から、被ったからである。
 意味が分からない。分かってたまるか。
 言うまでもないことだが、先ほど粗相をかましたのは紛れもない事実だ。ちょっと漏れちゃったなんて生易しいもんじゃなく、賢者に転職するくらいガッツリ吐き出しているのである。白くべたつく何かに塗れた息子がそれを裏付けているし、その猛りをもっとも近くで受け止めたパンツの内側など見るまでもない大惨事であろう。想像するのも恐ろしい。
 しかして彼女は、あろうことか、その中で最も被害が出ている前閉じ部分に顔面を合わせる。整った輪郭がボクサーパンツ越しに浮き上がるのが冒涜的で、卑猥すぎるマスクだ。外側から手で押さえると、ネチャっと衣類からしてはいけない音が鳴る。
 ダメ押しで、思いっきり息を吸い込んだ。

 スゥゥゥウウウー♥

 ふぐぅ♥と、およそ女がしてはいけない声を上げているのを呆然と眺める。
 不思議と恐怖は感じない。圧倒されてはいるが、むしろ、胸の内から沸き起こる衝動が段々と大きくなっていくのを感じる。
 彼女になら。欲望を受け入れるだけでなく、ぶつけてもいいんじゃないかと。
 途端に、鉛のようだった身体が軽くなった。腕に力を入れて上体を起こし、足先の方で悶絶している彼女に近づく。
 ベッドに腰をつけていようが彼女のサイズ感は変わらなかった。相変わらず顔は俺よりも上にあるし、視線の先にはパツンパツンに生地を張り詰めさせる爆乳が据わっている。興奮で滲み出た汗によって内側の巨大なブラカップがじんわりと透けていた。びくッ♥と震える度にばるっ♥ばるんっ♥と笑ってしまうくらい弾む。
 あまりにも無防備すぎて尻込みした。彼女は変態プレイで自ら視界を塞いでるわけだが、何というか、子供がはしゃいでいるような印象なのだ。見た目よりもずっと若い、というより幼い気がする。
 そんな彼女に俺から襲いかかっていいものかと、残った理性がブレーキを掛けた。そも、異性と肌で交わったことがない童貞野郎が動くべきとも思えない。暴走気味の彼女を御することもできないのに。言い訳じゃないよ?
 伸ばした腕を引っ込めようとした、その時。

「――――んんんッ♥♥♥」

 彼女が背筋をピンと伸ばし、ひと際大きく身体を震わせた。くぐもった声のトーンも高い。
 絶頂したのだ、と思い至るのに少し時間が掛かった。洗顔みたいに両手を押し当て、綺麗な顔や髪を小汚いパンツで覆いながら……イったのだ。性感帯に触れもせずに。俺のお漏らしだけで。
 ブチッ、と何かが切れる音が脳裏に響く。
 堪忍袋である。
「……こんのっ……!!」
 俺は彼女の両胸を思いっきり掴んだ。にゅむぅ♥と指が一瞬食いこむが、サイズがデカすぎて滑る。布のせいだろうが、角度も掴み方も良くない。もっと、逃げ場を塞ぐように。
 手の平を乳房の先端に押し当てるようにして、五指をしっかり広げて、正面から挑む。だぷん♥とぶら下がっている脂肪の乳塊へ、およそ憎しみを込めるかのように、鷲掴んだ。指が彼女の乳房の内側へ食い込み、見る見るうちに埋もれていく。ブラジャー越しだろうが驚くほどの柔らかさだ。
「――っ!? ――!! ―――、―――!」
 彼女が何か言っている。知ったことか。どうせすぐに感じ始めるだろう。摘まみ、揉みしだき、引っ張ったり押したりと勢い任せで手を動かす。
「―――♥」」
 思った通りだった。声に艶が出たのを俺は聞き逃さず、ますます手に力を込める。彼女のか細い息が、ぷひゅーぷひゅーと漏れ出た。
 邪魔だ、と彼女の顔を隠している俺のパンツを奪う。にっ、ちぃっ……っといやに下品な音とともに布を剥いだ下は案の定、悲惨のひと言だった。
 口に鼻に頬、目元におでこに前髪まで、ノリを塗りたくったみたいに白い筋が走っている。剥ぎ取った際に多少はパンツに拭い取られただろうが、それでもすさまじかった。
 臭いもヤバい。黄白色の体液は蒸れに蒸れて雄の生臭さを漂わせいて、彼女の可憐な体臭など容易く凌駕していた。無理やり引っ張って脱ぎ取ったものだから髪も乱れていて、さながら強姦の跡のよう。
 いや。
 "それ"は、これからする。
「――っ!!♥ ――♥ ―――、―――!♥」
「何言ってるか分かんないって」
 パンツを剥がしたことに抗議してるのか胸を揉んでることに文句を言ってるのか。あるいは、俺から動いてるのが気に食わないのか。
 知ったことではない。彼女が好き勝手するなら俺だってそうするだけだ。
 俺は力任せに鷲掴むのを止め、乳房の先端、乳首がありそうな位置を親指と人差し指の間で挟むようにする。少し滑るが、それが逆に、乳肌の中にある隆起を明らかにした。ブラジャーを押し上げる乳首。
「すげ、こっちもデカそう」
「――!?♥ ――!♥」
 かあっと顔を赤くする彼女に気を良くしつつ、パツパツの布越しに乳首を指先で引っ掻く。くりゅ♥と少し強すぎるくらい力を込めると、彼女は身を捩って悶えた。反射なのか、俺の肩を掴んで引き離そうとするも勢いに反して弱々しい。一度絶頂しているし力が入り切らないのだろう。
「やってみたかったんだ、服越しに乳首いじるやつ。イったら離してあげるよ」
「――♥ ――♥ ――♥ ――♥」
 何か言ってるが、媚びを売るような艶声なのでむしろ逆効果だ。
 ワンピースとブラジャーという遮蔽物に負けない力で、性神経が集中した乳首を苛め抜く。こりこり、くにくに、ぎゅむぎゅむ、と先端を弄ると、徐々に彼女の息が荒く短くなっていく。快感が溜まっていくのがよく分かる様子だ。もはや俺の肩に置いた手は、もたれ掛かるためにあった。
「――っ!!♥
 ぞく、と彼女の腰が軽く浮いた瞬間を見逃さず、俺は追い込みをかける。乳房に指先が完全に埋まるくらいの力任せで、乳首をすり潰すくらいの速度で上下左右にぐりぐりぐりぐり、
「――――ふ、♥ ぐ゛っ♥」
 俯き気味になり、快感に潤んだ目が俺を見つめる。何とも挑発的な、やり甲斐のある表情だ。負けてたるか、という視線に応じるように、俺はありったけの力で乳首を摘まんで引っ張った。
「おら! イけ!」
「――――あ゛っ!!♥」
 彼女はおとがいを反らして絶頂し、そのまま崩れ落ちた。勢いが過ぎて乳首から手がすっぽ抜けてしまったが、まあ結果オーライだろう。
 はぁ〜♥と深呼吸で息を整えている彼女に合わせ、俺も一息置く。
 やり切った気分。心が秋晴れのように晴れやか……とはならなかった。まだ熱に浮かされているような感覚が拭えない。というか、初めてにしては上手くいき過ぎている気がする。まるで、彼女に釣られているような……。
 いや。いま考えるべきはそこじゃない。まだ俺の中の欲望は萎えちゃいなかった。一度吐き出して落ち着いていた息子は、ゆっくりと力を取り戻しつつある。
 俺は寝ころんでいる彼女の上に覆いかぶさる。
 さっきとは逆の構図だ。
 寝そべる彼女の脇に手をついて見下ろすのは俺。できることなら、この次は普通に進めたいところだ。普通、というのがどういうものかと聞かれると困るのだが、まあ順当な流れならこのまま合体して……。
(――あ。ゴムが、ない)
 QSK(急にセックスが来たので)。当然のごとく手持ちがない。高校の頃は御守り代わりに財布に入れて持ち歩いていたこともあったが、馬鹿馬鹿しくなって止めたのだ。まさかこんな風にチャンスが転がってくるなんて誰が予測できる。
 急速に頭が冷えてくる。
 およそ変態じみた彼女の所業にプッツンきた俺ではあるが、流石にゴム無しセックスはレベルが高すぎる。責任がとれない。
 どうしたものかと固まっていると、不意に彼女の目が俺を捉えた。どこか焦点の怪しかった瞳が、ピントを合わせるようにハッキリとしていく。そして、
「……どうされまして……?」
 と。
 鈴を転がしたような、思ったより高めな声でそう言った。
「しゃッ!?」
 喋った、というのは違う。彼女はずっと喋ってはいた、俺には理解できない言葉だったというだけで。なぜ急に日本語になったのか、疑問はそこである。
 彼女は俺の驚愕を見て、ああ、と得心がいったように頷いた。
「ようやく上手くいきました。ごめんなさい、"こちら"の言葉はまだ不得手でして、加護を使って何とか話せますの。興奮すると魔力が乱れてしまい……さぞお聞き苦しかったことでしょう。お詫びいたしますわ」
「あ、そんな……全然……」
 見た目相応というべきか。
 優し気な顔とゆったりとした喋り方から想像できうる限りの清楚さというか、これが育ちの良さかと頷く他ない優雅っぷり。思わず背筋が伸びる。
 そんな彼女に覆いかぶさっているのは大変にマズいと思い、俺は素早く退いた。本能が白旗を上げている。
 彼女はゆるりと上体を起こして俺と向かい合った。
「改めまして、――――――――と申します。お気軽にリリアンと呼んでくださいまし」
「え? と、ごめんなさい。よく聞こえなかったです……?」
「いえ。私たちの名前までは訳せないようなのでお気になさらず。こちらではリリアンで通しておりますから、どうかそのように」
「はぁ……」
 "こちら"だの訳せないだのと、何だか妙な感じである。しかし妙なのは今に限ったことではないので、ここで掘り下げる必要はないだろう。
 当面の問題解決は火急だ。頭はもうすっかり落ち着いた。レイプ犯じみた思考はホントにどうかしてたのだ、うやむやな内に誤魔化そう。
「えっとじゃあ……」
 すいっと視線を横に流す。俺と彼女が腰を落ち着けているのはベッドで、部屋はさほど広くない。ダブルベッドに寝台、テーブルと椅子があるくらいのごくシンプルな寝室だ。ドアは2つあるが、どちらかがここに入ってきたドアだろう。
 靴は脱がされていたが、ベッドの脇に転がっているのを見つけた。どうにかなりそうだ。
「……もしかして、帰られようとしてますか?」
「へ!? あ、と、」
 言い当てられてドキリとした。だが、別に悪びれることもないかと思い返す。
「や、その、リリアン?さんも本調子に戻られたみたいなんで、ここらで一旦仕切り直した方が、お互いにいいんじゃないかなぁってね?」
 いまだに地に足がつかない不安定な感覚が俺を苛んでいた。彼女と言葉が通じるようになったならば、いちど離れて落ち着くべきだ。幸い、さっきまでの乱れようはなりを潜めているようだし……、
 などと。油断していたのがまずかった。
「いけません!」
「うお!?」
 ガバっとリリアンさんが全身で覆いかぶさってくる。巨体を受け止めきれず、俺は再びベッドに転がされた。眼前には目を輝かせたリリアンさんのお顔。
「まだ始めたばかりではありませんか! 唾液交換が終わった後はパンツ交換! 半端なところで終わらせては呪われますわ!」
「へ?」
 何を、言ってる?
「侍女たちから聞かされていますの。男女が真に愛し合う為の儀式、それは互いのモノを順に交換していくこと。衣服、体液、そして純潔……!
 アナタさまが私のパンツを身に着けられた後、そのいきり立った童貞チンポで処女マンコをぶち抜いていただくまで、絶対に帰しません!」
「は、はぁああああああ!?」
 およそ許容量の限界だった。
 清楚で優雅だなんてとんでもない! ただのド変態じゃないか!
「何言ってんですか! 冗談でも限度ありますよ!」
 身を捩って逃れようとするが、仰向けになったところで肩を抑え込まれるとろくに動けない。くそ、普通に力が強い!
「冗談なんかじゃありません! 儀式は、一度始めたら絶対に完遂しなければならないのです! でなければ恐ろしいことが起こると! 侍女たちが!」
「からかわれてますよそれ! そんなの聞いたことない!」
「あるのです! "こちら"で知られていないのも無理はありません! 儀式を為せないからこそ、夫婦が分かたれるのです!」
「離婚なんて珍しくないって! んなふざけたので防げるもんじゃないし!」
「あり得ません!! 私たちなら、絶対に、男女が別れるなんて!!」
 埒が明かなかった。
 人は価値観という軸を置いて物事を判断する。あらゆる善悪はその軸に基づいて決められるが、他人とその軸がブレているが為に起こる衝突はあるのだ。そしてそれはどうしようもない。
 だって、それはその人の根幹だから。他人が口を出したところで曲がるものじゃないのだ。俺の言葉は彼女には届かない。
「気を悪くされたなら謝ります! でも、彼女たちは、そうやって幸せになってきたんです……!」
 俺の腕を彼女の手が掴む。だがその力は打って変わって、弱々しい。
 俺は咄嗟に振り払おうとして思い留まった。縋るような顔の女性を振り払う度胸なんてない。
「私があなたにお声がけしたのは本心です。初めてなんです、こんな気持ち」
「――ッ」
 ヤバい。言われる。
 しかし俺は動けなかった。それは空気に呑まれたからではなくて、頭のどこかで、それを言われるのを期待していたからかもしれない。
「ひと目惚れ、です」
 言われた。
 言ってくれるかも、と密かに予想していたけれど、実際に聞くと衝撃が尋常じゃない。全身を丸裸にされたような恥ずかしさだ。聞く側の俺がこうなのだから、言う側の彼女の気持ちなんて比べ物にならないだろう。
「どうか私と、私、と、」
 んぐ、と詰まりがちに空気を呑み込んで。
「私と! 幸せになってください!」
「……は、い」
 その言葉に俺は、反射的に応じてしまった。
 心情としては呆れた、と表現してもいいかも知れないが、どちからかと言えば呆気にとられたと言えよう。
 俺は完膚なきまでに、彼女にやられてしまったのだ。
19/09/17 16:41更新 / カイワレ大根
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■作者メッセージ
後半継ぎ足しています

大まかに 出会い→前戯→合体 と決めていたのですが
合体を書いていて区切りが悪くなったのでこちらに。
次で終わると思いますので気長にお待ちください。

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