連載小説
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少女が知る由も無いとある記録



魔物娘が酷い目に合うので『要注意』、そういうのが嫌いな方は回れ右推奨です。


















少女はずっと、図書館で歴史書を漁っている。
これは、彼女が知る由も無い歴史に埋もれた記録…

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時は聖皇暦326年10月27日、聖王都グラネウス、第1ギルド・エルトダウン。
反魔物領に残留する魔物達の保護と親魔物領へ引き渡す役割を担うために、3勢力合同で立ち上げられたギルドの中では、この聖王都第1ギルドが最大規模である。
他の反魔物派の各都市には最低でも1つ、ギルドが置かれており、グラネウスには計2つのギルドが存在していた。

ギルド員が集まる石造りの家屋でその事件は起きた。

反魔物派(教会派)と親魔物派(人&魔物)が本格的な闘争を開始するのは時間の問題であったのは間違いないが、この事件が引き金になり対立が激化していった経緯が伺える。
3者の合意で結ばれた条約は既に失われ、反魔物派と親魔物派の間は一触即発の状態。
もっとも、条約の下に有って尚、互いに相手に隠れて諜報・工作活動を行ってきた実績があるので、実はだいぶ前から修繕不可能な程、互いの反発は強まっていたといえるだろう。


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この日、エルトダウンには2人の魔物が勤めていた。

メドゥーサのリュートとサイクロプスのコルネットの2人である。
この2人、物好きにもわざわざ反魔物領にまで赴いて、魔物の保護に協力している。
反魔物派・教会の人間ばかりが住む土地に生活の場を移し、身の危険に晒されようとも仲間を救う…という活動を行う魔物は少ない。
その証拠に首都のギルドではこの2人のみ、他の大小合わせて15程の地方都市では全部で8人といったところ。
そういう意味で彼女らはとても献身的といえる。

今、2人はこれといって外出するような任務も無いため、受付用の机の内側で書類…主に魔物の保護(駆除)依頼の用紙とその活動結果を束ねて纏める作業を行っている。
10月も終わりが迫るということで、月纏めとして報告書を作成しなければならなかったのだ。
今月分の依頼書・報告書を纏めるのは今月に入ってこれが初日となる。

とはいっても10月はあと数日残っており、実際に提出となるのは11月の月初。
早めに作業に取り掛かるのは彼女達にしてみればいつものことであった。

2人は内勤作業中だが、このギルド集会所には誰も居ない。
元々は受注した任務をギルド員に紹介するだけの場所なので、建物としては小さいものである。
会議を開くような、人が大勢集まる場所は別に用意してあるので、ここはテーブルと椅子がいくつか並んでいる程度の広さだ。

夕暮れ迫るこの時間帯まで誰も帰って来なければ、後はここを閉めるまで大概は誰も戻って来ずに終わる。
そんな事を考えつつ、リュートは今月分の依頼用紙と結果報告を日付順に見ていた。

リュートは自分の纏めた報告書に違和感を覚えていた。
そして、彼女は違和感の正体に気がつくことができた。

それは1つの結果報告を見ても分からない、報告書全体を通してみた時に分かる異常事態だった。

「ねぇ…コルネット…これ…変よ」
「?、どうしました?」

大きな単眼が震えるリュートの手にある紙束に注がれる。
リュートは黙ったまま、コルネットに紙束を渡した。
紙の上部で留められ、丁寧に纏められた依頼用紙と結果報告書の束を次々と捲るサイクロプス。

項を捲るごとに彼女の表情は曇っていく。

内容はこうだ。

依頼内容:○○山に住んでいるラージマウスの捕縛依頼(10人ほどの群れ)
結果報告:勧告に応じず、捕縛の際に抵抗を試みたためやむなく捕殺処分

依頼内容:○○の廃村に住み着いたラミアの保護依頼
結果報告:保護の際に抵抗、やむなく捕殺処分

依頼内容:○○村の畑を荒らすワービットの捕縛依頼
結果報告:捕殺処分

依頼内容:○○街の下水に住み着くバブルスライム及びダークスライムの捕縛依頼
結果報告:捕殺処分

依頼内容:○○村で活動しているサバトの構成員を捕縛及び強制退去依頼
結果報告:構成員全員の処刑処分

一部の抜粋だけでこれである。
その他の報告書にしても…

捕殺
処刑
処刑
捕殺




全てがそうなっているわけではない、だが、40程もある今月分の案件の内、半分以上はこの有様である。
それは当然先月とはまったく異なる傾向である。

「…おかしいですね…保護や捕縛依頼に対して捕殺処分が多すぎです」
「でしょ?」
「それに…サバトがあったって言う村って…とっくに無くなってますよ?」
「コルネット…後ね…最後の項が一番不味いわよ…」

コルネットは今月分の依頼用紙を次々と捲り、一番最後…すなわち先日提出された結果報告と依頼用紙の内容を見た。

依頼内容:国境都市△△に住み着いたアリスの保護依頼
結果報告:捕殺処分

「!!!」

コルネットは1つしかない目を大きく見開いた。
先月までの報告では捕殺・処刑処分になる魔物は片手で収まる程度だった。
だが、今月に入って突如激増した捕殺・処刑処分の数、そして、最後の項に載せられた名前を見て、彼女は驚愕する。

「ちょっと待って、なんでアリスが捕殺なんて…」
「知らないわよ、魅了の術をばら撒いてたとか…?」
「でもそれだけで捕殺だなんて……」
「…今までは私達に遠慮していただけで、本当はこうしたかったって事よね…」

幼子にしか見えず、少なくとも平時は純心そのものであるアリスに対しての捕殺処分…そんな所業をなぜ出来るのか、2人の疑問は尽きない。
今になって捕殺・処刑処分が多くなってきたのは何故か……少なくとも、2人の魔物が所属するここでは彼女達に遠慮しているのか、保護・捕縛の方が圧倒的に多かった。
やがて頭が回るコルネットは1つの答えに辿り着くが、その時は既に遅かった。

「!、こんばん……は?」

突然開かれた入り口の扉から、武装したギルド員が入ってきたのを見て、リュートが声をかけた。
普段なら、この時間まで誰も戻ってこなければこのまま就業時間が終わるまで誰も帰ってこない物なのだが、思わぬ時間の来客にリュートの声は上擦っていた。
先程まで見ていた報告書の内容から考えるに、2人以外のギルド員たちは日常的に魔物達を駆除していたのは間違い無い。
そう考えると、今まで通りの接し方など出来よう筈が無かった。

「ようっ、こんな時間までご苦労なこった」
「お……お仕事ですから」

集会所に入ってきた6人のギルド員の1人、ガタイのいい男が声をかけると、コルネットがそれに答えた。
だが、コルネットの声は普段のそれよりも低く、怯えた声だった。

「…それ、今月分の報告書か?」
「そうよ」
「……今月分は纏め終わったのか?」
「ええ、ちょっと多めだったけど何とかね」

「なるほど…じゃあ…あれを見ちまったのか……そうか…」

すると、別の男がコルネットの手にある報告書を見て声をかけ、それにリュートが答えた。
6人は顔を見合わせ静かに笑い、不穏な発言をする。
その様子を怪訝に思ったが、リュートが次の言葉を発する前にそれは起きた。

「!」

リュートの脊髄を突き抜ける悪寒。
彼女が仰け反るのと、彼女に空を切る音が聞こえたのは同時であった。
自分の鼻先を風が掠めた様に感じる。

それが目の前の男が持っている剣の斬撃によるものであると気が付くまで、一瞬の間があった。
刃は頬を掠め、鮮血が雫となって頬から顎まで赤い筋を引く。
目の前の男がカウンター越しに、横薙ぎに剣を振るったのだった。

「…っ…あんた達…何するのよ!!」
「ちぃ!」

彼は今の一撃でリュートを仕留めるつもりだったのだろう、だが、殺意を込めた斬撃は彼女が反射的に身体を後ろに反らした為、綺麗な頬を僅かに傷つけただけだった。
リュートの髪の蛇が不安げにウネウネと動いている。
置かれた状況に不安になっているのは間違いが無かった。

男達は全員が抜刀し、2人を狙って構えている。

コルネットは何とか心を鎮めて、唇を動かし言葉を紡いだ。

「……ついに私達まで殺しにきたんですね?」
「!」

コルネット自身が導いた結論、ギルドは表立って反魔物派(教会)に組した。
そして、それは随分前からゆっくりと、しかし確実に広がり、反魔物領内の魔物達を今まで以上に苛烈に排除する動きに繋がっていったのだろう。
それはおそらく、ここだけではなく、他の地方都市にあるギルドでも起きている問題なのだと、コルネットは考えた。

「…そうだ」
「俺達もいつまでもお前らと仲良しごっこを続けるつもりは無かったからな!!」

純粋な戦闘能力はともかく、現状は多勢に無勢。
リュートはこの場から逃走する手段を考えていた。
無論、コルネットを置いていくつもりなど無い。
彼女はゆっくりとコルネットに寄り添う。
男達にはそれが抵抗を諦めたように見えたのだろう、下卑た笑みを2人に向けている。

「なあ…」
「やめとけ…お前の考えることなんてお見通しだ…」
「だめか?、もう最近すっかりご無沙汰なんだが…」
「こんな穢れた化け物の身体で何しようってんだよ」
「…だめか…」

下衆。
リュートが彼らに対して持った感情である。
コルネットはサイクロプス、戦闘能力は低く、目の前の男達からぶつけられる獣欲の視線に怯え切っている。
ここは自分が何とかしなければ…リュートはそう考えながらも、有効な打開策が見つけられない。

「で…こいつら切ってもいいのか?」
「ああ…許可は下りている」

許可…それは教会から出た物だろう。
すなわち、ギルドは完全に反魔物派と手を結んだことの証左である。

「…悪いが、俺達は化け物達と仲良く暮らすなんて出来ねェんだ」
「……このまま見逃してくれないかしら?、そうしたら…私達は二度とこっちに来ないからさ……」
「それは出来ないな、敵の戦力をわざわざ逃がす真似なんて、俺達はしない」
「そう…」

ならば…とリュートは考えた。

戦うしかない…と。

彼女はメドゥーサらしい…もっと言えば蛇らしい縦に細い瞳孔を更に細めた。

そして、リュートは先制を取って動き出す。
蛇の胴体と細腕からは想像がつかない力でカウンターを飛び越える。

それは男達にとって見れば、不意を突かれた事になってしまった。
彼らには、2人が観念し、切られるのを待っているようにしか見えなかったようだ。
よって、リュートの動きへの対応が一瞬遅れた。

「シャーー!!!」
「!!!」

一瞬の隙があれば十分、彼女はそのまま空中で縦回転しながら、尻尾を振り下ろす。
突然すぎる攻撃に目標の男は回避も防御も間に合わなかった。
尻尾で叩き潰され、床に倒れる1人の男、そんな彼の首元に尻尾を巻きつけ笑うメドゥーサ。
頚椎から聞こえる鈍い破砕音は彼が二度と立ち上がれないことを意味する。

彼女は元同僚達には一度も見せたことの無い、凄惨な笑顔を貼り付けたまま、第2撃を加えようと動く。
だが、残り5人も無能では無い、1人がやられた時点で一斉にリュートに向かって切りかかっていた。

実に重畳。

そんな彼女の思考は何を意味するのか、少なくとも本人以外は知る由が無い。

5方向からの斬撃が襲い来る一瞬、リュートは正面の1人と目を合わせる。
彼女はメデゥーサ、神話の時代より受け継がれた邪眼を彼女も持っている。
目を合わせた男がそのことに気が付いた時には既に遅く、あっという間に四肢から全身が硬化していく。
石化の魔眼…現在の彼女にそれだけで対象を死に至らしめるだけの力は無いが、多勢に無勢なこの状況ではおそらく最適な能力といえる。

「!!、糞っ!!」

残り4人。
走り寄り斬りつけようとする4本の剣。
そのままならば、リュートはそれを回避することも防御することも出来ない。

ならばどうするか……攻撃するのみである。

「ウォラァァァ!!!」
「グェ…」

その場で太い胴体をグルリと一回転。
彼女の蛇の胴体は男達の剣よりも僅かにリーチが長い。

真横から殴りつけられ、4人は弾き飛ばされた。
リュートも先代魔王時代から生きている、戦闘経験豊富なメデゥーサである。
故に、いざとなれば遠慮はしないし躊躇もしない。

「リュート!!」

コルネットの泣きそうな声。
リュートは彼女が無事なのを確認をして、一瞬気を抜いた。
そうだ、自分は彼女を何とか逃がすために戦っているのだ……と。

かつては共に仕事をし、寝食すら共にした仲間を手にかけててでも、『魔物の仲間」を助けることを選んだ。
後悔はしない、そう考えていたときであった。

腹部に衝撃と鈍痛。

そう、リュートがコルネットの安否に一瞬とはいえ気を払った事、それがおそらく彼女の魔物としての人生の中で最大の失敗であった。
彼女が自分の腹に視線を落とすと、そこには腹部を貫く4本の剣。
濃い紅色の夕日が赤く濡れた銀の刀身に反射していた。

鮮血がとめどなく溢れ、床に敷いた絨毯が真っ赤に染まっていく。

男達はリュートの想像以上に早く復帰し、彼女の一瞬の隙を付いて背中から剣を突き立てたのだった。
消化器・呼吸器いずれも傷ついてしまい、彼女は血を吐いた。

それは彼女自身でも分かるほどの致命傷。

「ゲフッ…ゲェェ…」

腹の底から湧き上がってくる血の塊を彼女は何度も何度も床に吐いた。
4本の剣が引き抜かれると、傷口から血が噴き出す。

そのままフラフラと、彼女はカウンターまで歩く。
全身から力が抜けていきながらも、リュートはカウンターに寄りかかると、受け付け用スペースの隅っこで震えているコルネットに笑いかけた。

血に濡れ、激痛に襲われ、生命の炎が消えようとしながらも、なぜ彼女はコルネットに笑いかけられるのか。
やがて、彼女の唇がゆっくりとしかし確実に言葉を紡いだ。

「にげて…」

と…

「イヤァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」

コルネットはその単眼から大粒の涙を零し、泣き叫んだ。
だがそれでもリュートの目の光は…意思は失われず、変わらず強いまま。

彼女は手を突き出し、炎術を放つ。
コルネットの近くに外に通じる穴を開けた。

彼女の瞳は語っていた。
外へ走れ…そして反魔物領から脱出しろ…と。
コルネットも馬鹿ではない、彼女はリュートの意図をはっきりと理解している。

だが、彼女は混乱していた。
それは自分の友人を見捨てるのか…その感情のために他ならない。



『親友を見捨てて逃げるのか?』


コルネットは立ち上がった。


『自分の命を守るためなら仲間も捨てるか?』


だが内心は滅茶苦茶、彼女は乱れ狂う心のまま、物凄い勢いで走り出し、壁に出来た穴を通って外に飛び出した。


『親魔物領まで逃げられるはずも無い、どうせ死ぬなら友と死ぬ道を選ばないのか?』


外を駆ける彼女は完全に理性を投げ捨て、おおよそ人語とは思えない奇声を上げながら、走って行った。


リュートには彼女の奇声は既に届いていない。
それどころでは無いから。

男達は外に飛び出したコルネットを見て、にわかに色めきたっている。
魔物をいたぶり殺してやりたいと、常々思っていたから。


「糞ッ一匹逃げたぞ!!」
「追え!!、捕まえてブチ殺せ!!」
「行かせない……!」

男達がコルネットを追おうと入り口に向かおうとした刹那、出入り口の扉の周りが炎術で燃え上がった。
男の1人が驚いてリュートの方を振り向く。
既に自分の空けた穴に背を向け、カウンターに背を預けたまま、彼女の目は妖しく輝いていた。

そう、その男は、妖しく、輝く、その目を、見てしまった。

次の瞬間そこにあったのは1つの石像。
残り3人は建物の内装に燃え広がる炎から離れ、リュートを直視しないようにしながらも、彼女にとどめを刺そうとしている。

「糞ッ!、この化け物が!!」
「こいつからぶっ殺してやる!」

神話では鏡のように磨き抜かれた盾を見ながらメドゥーサを倒したが、ここにそんな物はない。
とすれば、単純に視線を合わせないようにしなければならず、つまりは相手を見ずに倒さなければならない。

真っ当に考えれば、この瀕死のメドゥーサを放っておいて逃げた方を追うのが妥当のはずだったのだが、仲間を3人もやられて頭に血が上っていたのだった。

3人は手を眼前に翳したり、瞼を強く閉じたりして、そのままリュートに向き合った。

「ゲェ…ウゲェ…」

リュートの吐血は止まらない、腹や胸部から溢れる血も止まらない。
自慢の尻尾も血塗れだ、これでは男にもてないじゃないか…などと、気を紛らわせてみようとしても、間も無く死に至るという事実に変わりは無い。

だがそれでも、彼女はコルネットの為にこいつらだけは何とか倒す。
そう考えていた。

だから、彼女は命を燃やし、魔力に変える。
意識が霞みがかって来る。
視界もぼやけている。

3人が走ってくる。
時間にして5秒も掛からず、リュートは切り裂かれるだろうし、それを避ける事も出来ないだろう。

(ほんの一瞬でいい…私に…力を…)

男達は全員、目を隠している。
体調が万全の時なら、視線さえ合っていれば遮蔽している手や瞼など無視して石化も出来ようが、今の状態では難しかった。

だから彼女は別の方法を取る事にした。
それは捨て身の手段なのだが、既に瀕死の彼女にそれは関係が無かった。

そして、その覚悟を決めた時、彼女は防御も回避も諦めた。
もっとも、傷が深すぎてそんな事は出来るはずも無かったのだが。

「死ねェェェェェ!!!!」
「ウグッ…」

そして、突き立てられる3本の剣。
右肩を切り裂かれ、左肩を貫き、腹部を刺し抜く。

さらに噴き出す返り血が3人の身体に飛び散った。
だがそれとて彼女の予想通り。

口も体も、尻尾も血だらけにしながら、それでもリュートはニヤリと笑った。

「…熱く……抱き締めて…あげるわ」
「?、ついにイカレやがったか、おぃ」
「うふふ……Pyrohemia ………」
「???」

始め男達は彼女が何をしようとしているのか、分からなかった。

だが、彼らは気がついた。
足元が燃えている。
いや、正確には足元に溜まった彼女の血溜まりから赤黒い炎が立ち昇っている。

それは彼らに掛かった返り血も同様であった。
赤黒い炎は服に燃え広がるわけでもなく、飛び散った血だけが燃えている。

彼女が唱えた炎術……それは術者の血から発火させる魔術。
やがて、服や手、顔、腕などで燃えていた炎が消えた。
だが…

「グッ…ギャァァァァァァァァ!!!!!!」
「ヒィィギィィィィ!!」
「アアアァァァァァ!!!!」
「んギギィィィ…!!」

それは「触れている物」には燃え移らず、「触れた生物の血液」に燃え移る魔炎である。
皮膚に付いた血から発火した魔炎は皮膚の内側に流れる血液に燃え移る。
木材や布には燃え広がらないが、薄ければそれを無視して皮膚下に入り込み、血の最後の一滴まで燃え広がる。
それは術者も含めて全身に激痛と耐えがたい熱を加え、リュートすら苦悶に悲鳴を上げた。

「ぎゃ……アァァ…」
「…め…ん…ル…ネッ……」

リュートの最後の言葉は誰も聴く者が居ない虚空に響く。
5分と待たずに、その場には見た目は変わらない、中身だけが黒焦げになった死体が4つ並んでいた。
そう、術者自身もこの術で命を落としていたのだった。

この場に残るのは扉から燃え広がり、内装をゆっくり焦がす炎のみである。
後には何も残らない。

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コルネットはその後、行方不明となった。
反魔物領を抜ける前に追っ手に掛かって死亡したのか、道中で野垂れ死んだのか、彼女の遺体が発見できなかったため、彼女がどうなったのかは不明である。

だが、事件についての概要を魔物や親魔物派がすぐに知る事が出来なかった点を鑑みると、彼女は親魔物領に逃げ込むことが出来なかった可能性が高い。
無論、逃げ切れぬと考えて、反魔物領のどこかの山や廃村に隠れ住んでいる可能性も0ではない。
いずれにしても、この事件以後、少なくとも200年以上の間、コルネットと言うサイクロプスの少女の姿を見たものは居ない。

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10月30日にはギルド内紛争(という名の虐殺)は反魔物派の勝利で終結する。

やがて、この事件はギルド構成員と連絡が取れなくなった事によって発覚、フェリンの耳に届くこととなる。
彼女は速やかに、親魔物派が運営するギルドの護衛の下、調査団を派遣。
その後の調査で3勢力合同ギルドに所属していた親魔物派及び魔物達は全員が行方不明になったことが分かった。

無論、教会や反魔物派のギルド員は彼らについて知らぬ存ぜぬを通そうとした。
…が、彼らの手口をよくよく理解している彼女達魔物である。
そんな方法で誤魔化せるものではない。

結局ひっそりこっそりと、関係者への聞き込み(性的な意味で)を行い、詳細はともかく目的は判明した。
ある意味分かりきっていたが、彼らの目的はギルド内から親魔物派・魔物を排除し、ギルドを反魔物派の勢力として自陣営に組み入れることであった。
本来、戦力差が大きいこの状況で相手の戦意を煽る真似に何の意味があるかは、正直理解できないが、そこは彼らの信仰心が為せる無謀なのであろう。

実態調査に時間を割いたが、そのまま手を拱いているほど無能でも無い。

翌11月3日。
魔王軍が久し振りに表舞台に出てきた。
今までは裏での諜報・工作活動に従事し、たとえ軍属の魔物を動かすにしても少数の人員を忍び込ませるような手法であり、軍集団としての活動は非情に稀であった。
だが、条約の破棄と今回の事件に伴い、堂々と魔王軍を軍集団として動かしたのだった。

目的は国境近くにある反魔物派の地方都市エリウェンへの報復攻撃であった。
結局、ドラゴンと鳥人種の混成空中部隊による反復攻撃により、エリウェンは壊滅。
住人は全員が行方不明(と言う名の捕獲)、死体が0だった点を見るに、彼女達は虐殺を目的としていた訳ではなかったようだが、その後、町は廃墟と化し、人が住めなくなっている。

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11月3日以降も国境沿いの都市や関所において、小競り合いが多発し、最終的には12月の戦争へと至る。

つまり、このギルド内の闘争を1つのきっかけに、教会・反魔物派と魔物・親魔物派の戦いが激化していく事となったと言える。
いずれにしても、この件については情報が少なく、数ある書物についても事件が“起きた事”が書かれていても、詳細に付いて書いてある物は無い。

その理由については前述の通り、詳細を伝え話すことが出来る者がいないからに他ならない。
すなわち、少女は、ギルドの内紛が起きた…という概要を知ることは出来ても、その事件があった日、犠牲者がどのような最期を迎えたのかを知る由はない。

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これは少女が知る由もない、ただの記録である。
10/11/18 00:13更新 / 月影
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■作者メッセージ
ウボァ。

親魔物派(魔物)が押し負ける話はもう1つだけ書きます。
苦手な方は回避推奨です。
まあ、結局手痛い報復を喰らうんですがね…;

間が開いてしまって申し訳ないです…
諸事情につき、もうしばらく更新ペースが落ちます故、ご容赦下さい。

(´・ω・`)もう一本はすぐにUPできそうですが、小ネタでございます。

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