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第一章 変わる日常

俺の名前は柳川一樹。これと言った特徴もない、何処にでもいる平凡な人間。
頭はよくもなければ悪くもない。小・中・高・大と卒業しているが大学の成績は悪く、卒業できたのは奇跡に近い。現在はアルバイトをしながら奨学金を返済している為、中々お金が増えないのが現状だ。地元就職を希望しているが百年に一度の就職難に直面した為、仕事が決まらず大変な日々を送っている。
そんな中、唯一の楽しみが寝る事だ。寝れば現実世界から切り離され、なんぴとにも干渉されないからである。しかし、夜が訪れてくるよう否応に朝も訪れてくる。これは仕方のない事だ。
だが、そんな俺にも寝る事以外に趣味がある為、退屈はしてない。
そんな俺の日課が自宅から歩いて十分くらいの山中にある古い社へ行く事。
今はもう古くなって誰も居ないし、使われていないが、そこは不思議な事に別世界のような神秘的な雰囲気がある。

「今日も行くか」

俺は黒いハイカットシューズを履き、自宅を出た。
今日は青い半袖シャツの上から白と青を織り交ぜた様な半袖の上着を羽織り、ジーンズを履いている。そろっと秋の季節だが、まだまだ半袖で行ける。
石畳の階段を降りると道路に出る。俺の自宅は歩いて五分の所に川がある。暫らく歩いていると橋が見えた。橋を渡ると次に見えたのは左右に別れた道。俺の目的地は左の坂道の先にある為、左を選ぶ。暫らく、その坂道を登ると何件か家が並んでいる。そこを過ぎ、右に曲がれば細い道がある。目的の場所はもうすぐだ。そこを進んでいくと左に整備されていない場所を見つけた。俺はためらう事無く、その整備されていない道を進む。人が殆ど訪れないから何も手入れが行なわれていない。

「相変わらず、ここは静かだな」

俺は、その先にある石の階段を上る。
人工的に造られたものではない為、少し歩きにくいが気にしない。
暫らく上ると小さな鳥居が見え、俺は、それを潜り抜ける。
潜り抜けた先、数段の石階段を上り切ると目的地に到着した。
目の前にあるのは木製の古い社。三角の様な屋根に四角の本体。
俺は手を合わせ、瞳を瞑り、お参りをする。

お参りを終わらせた俺は何を思ったのか一言…。

「ああ…異世界に行きたい」

―その願い…叶えよう―

「えっ」

声が聞こえた。
きょろきょろ、と辺りを見渡すが誰もいない。

「気のせいか?」

しかし、突然、古い社がまばゆく光る。

「な、なんだ!?うわぁ」

俺は光の中に引き込まれた。




私の名前は飯綱(イヅナ)。本名は鳴神桜華(なるがみおうか)。
出身は親魔物派の王国都市国家ライブラ。
私は二年前に消息の途絶えた両親を捜す旅をしている。
旅の相棒は意思を持った一振りの妖刀『夜桜』。
“彼女”は元々、父の刀だけど旅立つ間際、私に『夜桜』を託した。
理由は定かではないけど、きっと私を気遣っての事だと思う。

両親が行方不明になったのは私が十七歳の頃。
父は国王で母は王妃だけど、王族との直接的なつながりは全くない。
聞く所によると両親は元国王様と元王妃様から推薦を受けて王の座に付いた。
異例のことだった。だけど国民の人々は何も不平不満はなく皆が賛同した。
それから父と母は二人の時間を大切にしながら東西南北に居を構える集落や部族達と交流を深め、自ら城下町の視察や治安維持の役割等を行ない、色々な事を務めた。また父は時間を割いて私に剣術を伝授してくれたし、母は私に炎熱魔法を教えてくれた。だけど父の血が色濃く残った為、魔法の類より寧ろ剣術の腕が伸びた。

「この辺りで見たっていうけど本当なのかな」

―情報によればその筈よ―

落ち着いた艶やかな女性の声が響く。
現在、私は森の中を捜索している。

「本当に居るのかな…」

―知らないわよ―

傍から見れば危ない人と思われがちだけど違う。
独り言ではなく『夜桜』と対話をしている。
その時、私のぴょこんっと尖った耳がぴくぴくっと動く。

「ねぇ、何か声が聞こえない?」

―声?―

「うん」
「…………」

―確かに聞こえるわね…けたたましい耳障りな声が―

「誰かが盗賊に襲われているのかな?」

―こんな辺鄙な場所で?―

「辺鄙な場所だからじゃない?」

―そうかもね…この辺りの治安は未だ悪いって噂だから…―

「行ってみよう」

―けど気をつけなさいね?―

「分かってる」

私は『夜桜』が抜けるよう構えたまま声の場所へ向かった。





最初に見た景色は多くの木が立ち並ぶ森林だった。
森林と言っても深い森の中では無い。俺は辺りを見渡す。
鳥の鳴き声や風に吹かれた葉っぱのざわめきが聞こえる。
見上げれば緑の葉っぱが生い茂り、空を覆っている。

「どこだ…ここ?」

全く知らない森だ。

「俺の居た場所じゃないよな…てか、こんな森の中じゃないし」

途方に暮れていた。

「そうだ!」

俺は背後を振り向く。
しかし、そこには何もなく、ただ森が続いている。

「おかしいな…確か社の光に引き込まれた筈だけど…どうなってるんだ?」

すると突然、首筋に冷たい感覚が走る。

「えっ」
「騒ぐな!」

ドスの利いた男の声。俺は反射的に黙る。
周りを見ると数人の男達が俺を取り囲んでいる。

「いいか?死にたくなければ、お前の身ぐるみをよこせ!」
「(なにぃ!?これはカツアゲと言うやつか)」

しかし、そんな生易しいものじゃない。
凶器を出している…冗談じゃない。

「銃刀法違反だぞ、お前等…」
「あ?何、言ってやがる!」

再び首筋に今度は表面では無く刃を向けられた。

「(ひょぇ〜!?)」
「いいか?もう一度言うぞ?お前の着ているものを全てよこせ!」
「な、なんで…?」

何の因果関係でこうなった?生前に俺は何か悪い事をしたのか?
俺は自問自答する。

「理由なんかある訳ねぇだろが!」
「そんな理不尽な…」
「黙れ!」

刃の切っ先が僅かだが俺の首筋に刺さっている。




足を運ぶと不思議な格好をした一人の若い男が賊に囲まれていた。
黒い髪の毛に黒い瞳、容姿は普通だけど、その瞳は優しい。
その傍では賊の長が彼の首筋に凶器を当てている。

―(どうする?)―

「(まずは賊の数を調べる)」

―(それがいいわ…下手に出て、二人に害が及ぶのは避けるべきね)―

「(うん)」

私は母親から習った穏行術で姿を隠蔽した。
この術は大気中に浮かぶ魔力を細かな粒子に変換し、術者を特殊な空間に移転させる術法。これは魔力の扱いに長けた者や上位種の者なら見破れる。勿論、光の教団も例外ではない。

「(数は…十人、賊の長と副長は彼の近くに居る…残りは離れた場所ね)」

―(どうするの?)―

「(まずは右翼を狙う)」

私は穏行術を解くと声をかけた。

「なにをしているの?」




突如、凛とした声が聞こえた。

「ぎゃぁ」
「ひぃっ!」
「どこから現れ…うぎゃぁ」

声と同時に次々と男達が叫び声を上げながら倒れる。

「アニキ!」
「誰だ!」
「(い、一体…誰だ?)」

森の向こうから現れたのは…。

「(女の子?)」

歳の項は十代後半の高校生位の容姿の整った美少女。
長い茶髪に琥珀色の瞳をしており、目元は少し釣り上がっている。
少女は全身を覆う着物姿で白い足袋と草履を履いている。
その手には一振りの刀。しかし、驚くべき所は他にあった。
少女の頭頂に視線を移せば獣の様な尖った耳があり、背後には尻尾がある。

「こんな真昼間に何をしているの?」
「見て分かんねぇか?こいつから身ぐるみを剥ぐ所さ」

見知らぬ男は尚も俺の首筋に刃を当てている。

「あんたの連れか?」
「違う」
「なら大人しくしててくれねぇか?」
「それは無理な相談ね…目の前の悪行を見過ごす事は出来ない」

凛とした声が男の言葉を真っ向から両断する。

「ならしかたねぇ…おい」
「分かったよ、アニキ」
「えっえっ?」

男はそう言うと俺を舎弟に預けた。
舎弟の男は、そのまま俺を木の幹に腰かけさせてロープで縛る。

「見張っとけ」
「分かった」

俺は完全に捕縛された。

「おれの舎弟達に随分、手荒な真似をしてくれたようだな」
「だからなに?」
「覚悟は出来ているんだろうな!」

先に動いたのは男の方だ。
男は大きく振りかぶり、着物姿の少女に迫る。
しかし、少女は、その斬撃を、寸前の所でひらりっと回避する。
着物姿とは思えないほど見事な動作。

「遅い」
「このっ!」

男は尚も振りかぶり、少女に迫る。
だが少女は再び、それを少ない動作で回避した。
全く無駄のない動きだ…俺は素直に美しいと思った。

「(あんな大振りじゃ、あの子に一撃も加える事が出来ないな)」

少女は着物姿とは言え非常に俊敏だ。対して男の方は動きが雑過ぎる。
程なくして決着が付いた。勝者は勿論、女の子だ。
男の方は地面に伏せたまま動かない。恐らく気絶している。

「あ、アニキ!」
「お前も戦う?」

少女は刀を水平に構えると舎弟の男に、その切っ先を向ける。
射抜くような眼差し…けど俺はその瞳が素直に美しいと思った。
凛としていて静かだけど強い…そんな風に見えた。




賊を追っ払った私は次に面妖な格好をした若い男に視線を移す。
襲われていた所を見ると賊との関係性は全くない。
だけど油断は出来ない…もしかしたら光の教団の関係者かもしれない。
私は『夜桜』を構えたまま木の幹に括りつけられた若い男に質問した。

「お前は何者?」
「俺は人間だ」
「見れば分かる…この世界の住人?」
「違う」
「なら、お前は一体…」
「信じられないかもしれないけど俺はこことは違う別の世界から来たんだ」
「別の世界?」
「突然、社が光り出して気付いたら、この森に居たんだ」
「お前は何を言ってるの?社なんて、こんな辺鄙な森にある訳ない」

私は若い男に警戒する。
その時。

「キミ!後ろ!」
「えっ?」
「くたばれ!」





先程、気を失っていた筈の男が背後から斬りかかって来た。
少女は俺の言葉を聞き、振り向きざまに素早く刀を振るうと刀の峯で男の腹を思いっきり殴打した。今度こそ完全に糸の切れた操り人形の様に男は地に伏せた。

―愚か者!―

突然、俺の頭に怒気を顕わにした女性の声が響いた。

「ご、ごめん…」

―あれほど油断しないでって言ったでしょ―

幻聴じゃない、声の主は明らかに少女の刀から受信されている。

―彼が気付かなかったら斬られていたのよ―

「ごめんなさい…」

少女は叱られた子犬の様にシュンとする。
その際、頭の獣耳は倒れ、尻尾も少女の又の間に入る。
か、可愛い…じゃなくて!

―彼に言う事があるでしょ?―

今度は優しく諭す様に声の主は言った。

「その…教えてくれてありがとう」
「えっ?ああ…うん、キミが無事でよかった」

少女はロープを解いてくれた。

「自己紹介がまだね…私は飯綱(イヅナ)よ、キミは?」
「俺は柳川一樹」
「ふぅ〜ん、カズキって言うんだ」

初対面なのに少女は名字では無く名前で呼んだ。

「さっきの質問だけどカズキは本当に別世界から来たの?」
「そのようなんだ」
「そのようって…自分の事でしょ?」

イヅナと呼ばれた少女は怪訝な顔をする。
まぁ、そうだろうな…いきなり別世界から来たって言っても信じるわけない。
それが普通の反応だ。

「けどカズキって度胸があるね」
「そう?」
「うん、賊相手に全然、怯まなかった」
「そんな大げさな」

実際、首筋に凶器を当てられた時は冷や汗を掻いた。
だってそうだろ?相手はいつでも俺を始末できる状態だったんだ。
そんな極限状態の最中、つよがれるわけない。
内心、早く誰かに助けてもらいたかったのが本音だった。

「謙遜しなくていい」

イヅナは首を横に振った。

「カズキは自分の事を過小評価し過ぎ」
「そうかな?」
「うん、自分にもっと自信を持った方がいい」
「心得ておく」

イヅナはこくりっ、と頷いた。

「これからカズキはどうするの?」
「どうするって聞かれてもなぁ…」

俺は考える。元の世界に戻ろうにも方法が分からない。
そもそも俺は元居た世界に帰る事が出来るのだろうか?
あの時、声が聞こえて光に包まれ、気付いたら森の中に居た。
確かに元居た世界で別の世界に行きたいと、ぼやいたがまさかこんな事になるなんて思いもしなかった。一応、小学の頃に剣道を習っていたから剣術の心得はある。また中学・高校とバスケ部に所属していたから瞬発力や判断力にも自信はある。だけど一流選手並みの能力はない。

「イヅナは?」
「私は両親を捜す旅に戻る」

イヅナは踵を返す。

「付いてきて」
「えっ?」
「カズキは別世界から来たんでしょ?」
「そうだけど…」
「だから町まで案内する」
「あ、ありがとう…」
「気にしないでいい」

俺はイヅナの後に付いて行った。

――港町アクエリウス――

イヅナの話によると、ここでは以前、大規模な戦があった。
しかし、平定されて現在は『悠久の翼』という組織が統治していると言う。
この『悠久の翼』は、この辺りでは、かなり名が知られているようだ。

「ここが港町アクエリウスよ」
「へぇ、ここが…」

俺は感嘆の声を上げた。

「それじゃ、私は行く」
「おぉ、ありがとな」
「カズキ…この世界で生きるなら生活は劇的に変わる」
「どういうことだよ」
「それは自分の目で確かめた方がいい」
「そっか、わかったよ…ああ、そうだ」




カズキは首にある紅玉の首飾りを私の首に下げてくれた。
黒い紐で作られ、その先の部分は勾玉のようになっている。

「これはなに?」
「御守り」
「御守り?なんのために?」
「イヅナの旅の祈願を願ってだ」
「あ、ありがとう…」
「気にするな」

私は戸惑いながらも贈り物を受け取った。

「困った…」
「気に入らなかった?」
「そうじゃない」





イヅナが妙に、そわそわしている。
それに何だか顔も赤い気がする…気のせいか?

「なんていうか、カズキ…意味分かってる?」
「なんのこと?」

首飾りを渡す行為のどこがおかしいのだろうか?
その時、女性の声が聞こえた…夜桜さんだ。

―自分の装飾品等を渡すと言う行為はカズキ…この世界では“私と共に生涯を添い遂げましょう”という意味になるのよ―

「えっ」

俺は驚きの声を上げた。
装飾品を渡す事ってそういう意味なのか?
再びイヅナに視線を移せば顔を仄かに赤くしている。

「う、嬉しいけど、ほら…私達まだ出会ったばかりだし、互いの事も全く知らないし、こういうのは早すぎじゃない?」
「そ、そうだな、うん…それじゃ」

俺はイヅナの首に下げられた首飾りを外そうとした…だが。

「や、やっぱり…ダメ!」
「えっ?ぐわっ」

俺はイヅナに突き飛ばされ、盛大に尻もちをついた。
さいわい周りには人が居なかった為、俺以外に被害はなかった。

「あつつ」
「あ…ご、ごめん」
「だ、大丈夫…」

俺は立ち上がる。

「確かに私達はお互いを知らないけど、これはダメ!」
「な、なんで?」
「誰にも渡したくないから!」

イヅナはぴしゃりっ、と言い放つ。
妙な単語も混ざっていたように聞こえたが気にしない。
イヅナは、そのお返しとばかりに蒼玉の勾玉を俺に手渡した。

「はい」
「えっ?」

俺は反射的にイヅナから首飾りを受け取った。

「けど、これって…」
「私からの贈り物が受け取れない?」

イヅナは上目遣いで俺を見る。
や、やばい…凄く可愛い。
自分でも顔が熱くなっているのが分かる。

「ありがとう」
「一年後…」
「えっ?」
「一年後に、また来るから…」

それだけ言い残すとイヅナは颯爽と姿を消した。

「一年か…」

俺は青空を見上げる。

「元居た世界に帰る算段もないし…この世界で頑張るかな」

俺は大きく伸びをすると、これからの事を考えた。

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物語の冒頭は、かなり現実的に仕上げました

剣道ですが実際、筆者も習っていました
バスケ部所属とありますが、これも同じです
また"柳川一樹"と言う名前は筆者の一文字を変更して付けました

12/10/01 15:54 蒼穹の翼

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