読切小説
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魔物娘の真実
「そう…だったのね、理解したわ。魔物はもともと主神が作ったものだった、今の魔王は人間との共存共栄を望んでいる。魔王と魔物が人間の絶滅をたくらんでいるというのは主神と教団のデマだった…」
納得したサークス女王を見て私は確信した、これでこの国は親魔物国に、いずれは魔界になる、あの大司教がどうあがこうがもはや我々の勝利は不動のものとなったのだ。

テチス王国はこの地方にある国々の中で歴史的、軍事的そのほかあらゆる面で主たる地位を占めていた、つまりこの国を魔物側にくら替えさせることができれば他の国々も親魔物国にできるのだ、過激派に属するリリムである私はこの国に狙いを定めた。
レスカティエのように軍事的侵攻により陥落させるやり方は早々に諦めた、この国は軍事的に隙が無く、勝ったとしてもこちら側の損害はかなりのものになるという検討結果が出たのだ。
さらに検討を重ねた結果、この国の有力者、実力者をひそかに親魔物派にするという作戦を行うことにした。
ターゲットを慎重に選んだ結果二人が残った、一人はサークス女王、もう一人はクタニ大司教だ。
サークス女王はまだ若いが、国民や貴族たちの支持を集めていて政治手腕もたしかなものがある。
クタニ大司教はこの国における教団の代表と言うだけでなく、女王が幼い時には養育係兼お目付け役、後に教師になり、現在は事実上の宰相として女王を補佐している、男性であるが女王と男女の仲になることは無かったらしい、私の元人間である部下によると「近すぎて異性と意識しなかったのではないか」とのことだが意味が良く分らない。
どちらから始めようかと思ったところ、部下たちがクタニ大司教を堕落させる任務に次々と志願したのでそちらから行かせることにしたが、これが失敗だった。

送り込んだ部下たちはことごとく返り討ちにされ、命からがら帰って来た。
報告を総合すると大司教は下手な勇者よりずっと強く、かなり頭が切れる人物なようだ、事前の情報収集がたりなかったということか。
やむを得ず女王のみを狙うことにしたが、失敗を繰り返すわけにはいかないので物事を慎重に進めた。
女王の近くに部下を送り込むことに成功し、彼女のことを調べさせたところ様々なことが分かったが、その中に攻略のヒントとなりそうなものを見つけた。
女王は主神の信者ではあるが、狂信者というには程遠く、かなり理性的な人物なようだ、だとすれば主神と魔王、魔物の本当の関係や今の魔王、お母様が本当に望んでいることを説明し、納得させることができれば親魔物派にすることができるのではないか…?
その方向で進めることにしたが、油断のならない大司教の動向には注意を払った、気付かれたら確実につぶされる。
いろいろあったが女王の警戒心を少しずつ下げて、いよいよ私が女王に直接説明できることになった。
大司教に邪魔されるわけにはいかないので偽の手紙を作り彼を教団本部に行かせた。
彼が国境を越えたのを確認してから王宮に行き、女王に魔物娘の真実の説明を始めた。

サークス女王は私が思った以上に知的、理性的、論理的な人物で、私の説明に対し鋭い質問を繰り出した、事前に質疑応答の練習をしてなければ答えられなかったかもしれないが、無事に終わらせることができた。
「今すぐにとはいかないけれど、これからはこの国は魔物と共存の道を進むことになるわ」
「ありがとうございます、女王様」
ここまできたのなら急ぐ必要はない、ほっとした瞬間男の声が響いた。
「いいえ、この国はこれからも魔物と戦うことは変わりませんぞ女王陛下」
「大司教!?」
声がした方に顔を向けたら、そこにはクタニ大司教が立っていた。

大司教は今外国にいるはず…!?私は一瞬焦ったが、先んずれば人を制す、の言葉により私から声をかけた。
「途中で気づいてあわてて戻って来たのね、残念だけどもう手遅れよ、女王様は真実を知ったわ」
「偽手紙には最初から気付いていたよ、そうでなければこんな劇的なタイミングで登場できないだろ?」
「!?」
予想外の返事に私は詰まってしまったが、サークス女王がクタニ大司教に尋ねた。
「それより大司教、このリリムが私に説明したことは本当のことなの?そしてあなたもそれを知っていたの?」
質問と言うより追及だった。
「答えは二つとも『その通りでございます』陛下」
大司教はあわてる様子は無く余裕の表情だった。
なんでこんなに落ちついていられるのか分からなかったが、ある考えが浮かんだ。
「まさかあなたは女王様を追放や幽閉する気なの?」
女王を退位させ、傀儡の新王を即位させるつもりかと考えた。
大司教は私の疑問に答えず女王に尋ねた。
「陛下、どうやらこのリリムは私と陛下の信頼関係が崩壊したと思いこんでいるようです。私に長年だまされていたことを知って、信頼できなくなりましたか?」
「いまさら嘘が一つや二つ増えたところで信頼できなくなるわけないでしょ」
「はい?」
女王の思いがけない返事に、私は思わず間抜けな声を上げてしまった。
「この人はね」
女王は嫌なことを思い出すような顔で私に説明を始めた。
「『嘘とはだますほうが悪い、しかしだます相手が国王などの人の上に立つ者ならだまされる方が悪い』ということを大義名分にして、幼いころから私をさんざんだましていたのよ」
「人の言うことを何でも信じる国王など危険極まりない存在ですから」
大司教は悪びれずに答えた。
「おかげで何度人前で恥をかかされたか…」
「恥と汗はかけばかくほど人間として成長しますぞ」
全く悪びれてなかった。
女王の私への質問が実に鋭かったのはそのせいらしい、しかしこの二人の『信頼関係』は私にはまったく理解できなかった。

ここで私は話がずれていることに気付いた。
「クタニ大司教、あなたが今までサークス女王様に魔物のことで嘘をついていたのは間違いないから、この国が親魔物国になるのは止めようがないわよ」
大司教はまたも私に答えず女王に話しかけた。
「陛下『もっとも巧妙な嘘とは偽りを述べることではなく、都合の悪い真実を隠すことである』という言葉を進呈します、このリリムは真実をすべて話してはいません」
「私が不都合なことを隠したっていうの!」
「そのつもりがないというのなら、私は今から陛下にお前の話していない『真実』を説明する、もし私が嘘をついていると判断したら止めて構わない、だが説明が終わって陛下が反魔物派になられたら、二度とこの国に手は出さないということを約束できるか?」
私は一瞬迷った、だが知られて都合の悪い真実などあるものか、勘違いかはったりのどちらかだ!
「分かった、お母様…魔王様の名にかけて約束する!」
「陛下、では始めます」
大司教は「魔物娘図鑑」をとりだした。


「それで、しっぽを巻いて逃げてきたというわけね、お姉さま」
魔王城の私の部屋で寝っ転がった妹が私にうれしそうに話しかけてきた。
この一つ下の妹は昔から他人の(主に私の)間違いや失敗を見て喜ぶという悪魔のような奴だ。
「これを機に過激派から足を洗ったら?昔の偉い人も『二十歳までに過激派にかぶれない奴は情熱が足りない、二十歳過ぎても過激派にかぶれている奴は頭が足りない』と言っているわよ」
なんてひどいことを言う妹だ、親の顔を見てみたい。
「これからお母様に報告に行くんでしょ?付き合ってあげるから大司教のした『説明』について教えてよ」
この妹と縁が切れないのはこういう時に付き合ってくれるからだ。
「結局のところ敗因は女王に対する情報収集も足りなかったからなのよ、まさかああいう人だったなんて…」
「どんな人だったの?」
「サークス女王はね…」
「うん」
「ゴキブリ、アリ、ハチ、トカゲ、コウモリ、ナメクジ、ハエ、クモ、ネズミ、サソリ、カマキリ、ヘビ、ムカデ、ガ、カエル、カ、これらが死ぬほど大嫌いか、叩き殺さずにはいられない人だったのよ」
妹は腹痛と呼吸困難を起こすほど笑い転げた。
17/09/09 21:20更新 / キープ

■作者メッセージ
似たような理由で反魔物派な人は結構多いと思います。

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