連載小説
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二話
 
 部屋の呼び鈴がなって目を覚ます。

 「んんぅ〜……」

 布団からはいずり、スマートフォンをつける。
 時間は昼過ぎ。
 
 あの後、夜明けまで犯された僕は、デルシアさんの専用リムジンでアパートまで送ってもらったのだった。

 週末の約束の為、次の日は必ずオフになっている。その分、僕のレギュラー番組は少ないが、致し方あるまい。

 呼び鈴が再び鳴る。僕は手早く着替え、封筒を手にしてドアの鍵を外した。

 扉を開けると、サングラスをかけた強面の男性が立っていた。

「おう、いたんか。いねーのかと思ったわ」

「すいません。昨日が遅くて……あ、これ今月分です」

「おう」

 分厚い封筒を男性に渡した。
 封筒の中には札束が入っており、男性は二回ほど数を数えると、それを懐にしまった。

「いつもご苦労様です」

 そう言ってペコリと頭を下げると、男性は複雑そうな笑顔を返した。

「お前ほど苦労しちゃいねぇよ。大変だな、逃げた親の借金背負わされてよ」

「いやまあ、しょうがないですよ。借りた分はしっかり返さないとですし」

 そう、僕の両親は闇金融に多額の借金をしたまま、小さかった僕を残して消え去った。
 消息はつかめていない。海外か魔界にでも高飛びしているのかもしれない。
 身よりのない僕は孤児院に預けられたが、両親の負債からは逃れられずにいた。
 その借金を返すため、僕はアイドルとして活動しているわけだ。
 
「それに、借金ももう少しで返せますしね」

 とうてい払えそうになかった金額だったが、気が付けばあと数回で完済する目処がついた。
 アイドルの給料の殆どを返済に充てた甲斐があった。

「……俺もさ、捨て子だったんだよ」

 ふいに遠い目をする男性。

「親に恵まれなかった者同士、がんばろうぜ。何か困ったことあったら言えよ。腕っ節には自信あっからさ」

 そういって、気さくに笑って去っていった。

 見た目はとても怖いが、いい人だった。


 遅い昼食をとりつつ、今後の事について考える。

 借金を返し終わった後のことだ。

 元々は金稼ぎの為にがんばってきたわけで、返済が終わればアイドルを続ける理由はなくなる。
 ある程度お金を貯めたら、卒業して海外旅行にいくのもいいかもしれない。
 ずっと仕事詰めだったんだ、ちょっと羽を伸ばしても罰は当たらないだろう。

 そんでもって、気が向いたらまたアイドル復活しまーすと芸能界復帰するのも面白いかも。

 そんなことを絵空事を描きつつ、インスタントラーメンをすすった。
 ちょっと伸びていた。





 一週間が過ぎ、またデルシアさんの所へ行く日になった。
 だが、今日は少し調子が悪い。

(なんだろ、身体が、重い、ような……)

 食費をギリギリまで切り詰めてきたのと、ここの所仕事が忙しかったのが重なったのか。

 足下がおぼつかず、世界がぐるぐると揺れている気がする。

 いつもの様にエレベーターを出ると、デルシアさんが出迎えてくれた。

「ふふっ、今日ものこのことやってきたわ……ね……」

 高飛車に振る舞うデルシアさんが、僕の顔を見た途端言葉を詰まらせた。

「ちょ、ちょっと、あなた顔色悪くないかしら?なんだか私達みたいになってるけど……」

「い、いえいえ、全然大丈夫ですよ。最近少しハードワークだっただけで、全く支障はありません」

「……そうなの?ま、まぁ、あなたがどうだろうと私のやることは変わらないけれど」

 デルシアさんは怪訝そうな顔をしたがなんとか納得してくれたようだ。
 ここで体調悪いから休ませて下さいなんて言えるわけがない。これは仕事なんだから。頑張らなくちゃ。

「それじゃ、いつものでいいわね?」

 ジュースが注がれたコップを手渡される。
 覚悟を決め、ぐいっと流し込んだ。

(あ、れ……)

 あ、だめだ。気持ち悪っ……いや、吐いちゃダメだ、でも、もう立ってられない。

 世界がぐるんと回転を始め、バランスを保てなくなった僕は、そのまま床にぶっ倒れた。




 目が覚めたとき、僕はベッドの上で横になっていた。

「起きたのね」

 身体を起こすと、隣には椅子に座ったデルシアさん。
 ものすごく機嫌の悪そうな顔をしている。

「全く、人間というのはつくづく愚かな生き物ね。自らの体調管理すらろくに出来ないなんて」

「本当に申し訳ありません……」

 あの後、倒れた僕をデルシアさんが慌てて病院に運んでくれたらしい。
 単なる栄養失調だったのでそのまま返され、デルシアさんのベッドで寝かされていた。

「おかげで、貴重な時間が無駄になってしまったわ」

 心配させてしまったのか、デルシアさんはかんかんに怒っている。
 最悪だ。大事なスポンサーである彼女を失ったら、僕らのアイドル活動は終わってしまいかねない。

 僕は毛布から飛び出し、ふらつく足で床に深々と頭を下げた。

「お願いします。この埋め合わせは必ずしますので、どうか、どうかお許し下さい……!」

 しかし、その行動は彼女を逆に怒らせることになった。

「ちょ……もう!病み上がりがそんな動くものじゃありません!ベッドで大人しく寝てなさい!」

「えっ、あ……」

 魔物娘特有の怪力でひょいと持ち上げられた僕は、再びベッドに寝かされる。

「とにかく、今大事なのは栄養のあるものを食べる事よ。ちょっと作ってくるから待ってなさい」

 デルシアさんはひとさし指で僕を制すると、スタスタとキッチンへ向かっていった。


 どういうことだ。彼女は確かに僕に対して怒っていたはずなのに、僕を介抱してくれる。

 不意にスマホがなった。
 プロデューサーからのメールだ。

『マオ君、体調は大丈夫?最近は仕事が詰まっていたから、その疲れがでちゃったのかもね。アキラ君とカオル君もキツそうだったから、今日から一週間オフをとることにしました。しっかり養生してね♪』

 と、書いてあった。


「あなたが倒れたことについては、私から事務所に連絡しておきました」

 キッチンからデルシアさんが戻ってきた。
 ミトンを装着して持ってきた小さな土鍋からは、おいしそうな匂いが漂ってくる。

 テーブルに乗せられた鍋のふたを開けると、ふわりと湯気が立つ。

「まだ体調が優れないでしょうから、消化のよいミルク粥をつくりました。魔界の食材は使用していないから、安心して食べなさい」

「……いただきます」

 スプーンで少し掬い、恐る恐る口に運んだ。

(あ、おいしい)

 話には聞いたことがあったが、ミルク粥がこんなに美味しいなんて知らなかった。
 優しい味わいが身体に染み渡っていくのを感じる。
 ちょこちょこと食べ続ける様子を、デルシアさんは心配そうに見てくる。

「……どうなの?あなたの味の趣向は分からなかったけど、口に合ったのかしら?」

「あ、すいません。これ、凄く美味しいです」

「そ、そう……」

 一瞬、デルシアさんがホッと安堵の顔になった気がした。

「これ、本当に美味しいです。今まで食べた事ないくらい、優しくて、あったかくて……」

「当然です。私があなたの為に手間暇こさえて作ったんですから。感謝して食べなさい」

 
 彼女の一言で、スプーンの手が止まってしまった。

 
 僕の、為に?

 思い返すと、僕はお袋の味というものを知らない。
 離乳食も終わらない頃に捨てられたから当然ではあるが。

 それ以降、僕が食べてきたものと言えば、給食と、コンビニ弁当に、インスタント。
 
 こんな風に、誰かに料理を作ってもらったのは、初めてだった。

 食べたことの無い味だと思った。
 これが『まごころ』ってやつなのかな。

「えっ……ええっ!!どうしたの!?」

「あっ……」

 気が付けば、僕はボロボロと涙を流していた。

「ご、ゴメンなさ……」

 慌てて拭うが、全然収まらない。止まらない。

「あ、ひょっとしてお粥が熱かったかしら!?まっ、待ってなさい、今水を持って……」

 席を立とうとするデルシアさんの腕を、ひしと掴んだ。

「ちが、うんですっ……ぼく、僕……嬉しくって……こういうの、初めて、でっ……だからっ……!!」

 なんとか説明しようと、でも思考が追いつかず、嗚咽で上手くしゃべれない僕を、デルシアさんはそっと抱きしめてくれた。

「まったく、しょうがない種族ね。気が済むまで泣けばいいじゃない。そしてゆっくり寝て、元気になりなさい」

 僕はデルシアさんの温かい胸の中でいっぱい泣いた。涙で彼女の服を濡らして申し訳ないなと思いながら、僕は再びぐっすりと眠ってしまった。



 その後、ばっちり調子を取り戻した僕は、アイドルの活動を再開した。

「おい、もう調子は大丈夫なのかよ」

「あなたは我々ピュア3の大事なメンバーなのですから、ご自愛なさって下さいね」

「ありがとう二人とも。僕はもう大丈夫。今日も一日頑張ろう!」

 倒れてよかったと思った事がある。

 僕の生い立ちは他人よりも酷いものかもしれないけれど、それでも、今の僕の周りには沢山の優しい人達がいてくれてるって事に気がつけたから。




「さ、今日もデルシアさんの所へ急がないと……」

 デルシアさんの相手をするとき、時たま特殊なプレイをしたいと頼まれる事がある。

 今回は女装プレイの日だ。
 僕が女の子の格好をしつつ、猫なで声で彼女に甘えるのだ。

 デルシアさんに同性の趣味は無いらしいが、なんでも僕には女装がよく似合うらしい。

 スカートを履くのはちょっぴり恥ずかしいが、彼女にそこまでほめられると悪い気はしない。
 ああ、デルシアさん。早く会いたいな。



 突然、横から走ってきて黒いワゴン車が急カーブし、道をふさぐようにして僕の前で止まった。
 驚いて固まっていると、ドアが開くと同時に三人の男たちが飛び出してきた。

 一人の男が黒っぽい何かを僕の首筋に素早く当てると、強烈な衝撃がはしった。

(スタン……ガン?)

 電流で動けなくなった僕を、男たちは担いで車の中に連れ込んだ。

「たす、け……」

 最後の力を振り絞って助けを求めるが、その声は誰にも届かず、僕は意識を失った。



 
18/01/18 20:22更新 / 牛みかん
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