読切小説
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魔物昔話『金のオノ、銀のオノ』
 むかーしむかしあるところに、貧しくとも正直で、働き者のきこりの男がおりました。
 ある日、男が湖のほとりで仕事をしていた時のこと。後一振りで木が倒れるというところで、男は手を滑らせて斧を湖に落としてしまいました。
 斧はあっというまに水の底に消えてしまい、取りに行くことも出来ません。
「こまったなあ。斧が無いと仕事が出来ない」
 困り果てた男が頭を抱えていると、ぶくぶくと水が泡立ち始め、まばゆい光と共に美しい女性が現れました。
「おお! 女神様!」
「え? いや、リリムなんだけど。まあいいわ。褒め言葉として受け取っておきましょう」
 リリムは、こほんと咳払いをすると、清流の様に澄んだ声で男に問いかけました。
「あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それともこちらの銀の斧ですか?」
 正直な男は、はっきりと答えました。
「いいえ、とんでもない。私が落としたのは、使い古した鉄の斧です」
 リリムはにっこりとほほ笑み、言いました。
「あなたは正直ですね。そんなあなたには、このステキな斧を差し上げましょう」
 リリムから手渡された斧は、金の斧でも銀の斧でもありませんでしたが、男の手にしっとりとよく馴染み、まるで10年来の愛用品のようでした。ですが、これは男の落とした鉄の斧ではありません。
 男は慌てて言いました。
「女神様。これは、私の落とした斧ではありません」
 リリムはにこやかにほほ笑み、
「それじゃ、お幸せに〜♪」
 と言って泉の中に戻って行ってしまいました。
 男は貰った斧を女神に返そうと、湖に投げ入れようかとも思いましたが、これがなくなると仕事が出来なくなってしまいます。
 男は悩みましたが、取り敢えず途中の仕事を終わらせようと、もらった斧を木に打ち付けました。
 するとどうでしょう。斧は羽の様に軽く、そのうえ切れ味も素晴らしく、みるみるうちに木が切れていくではありませんか。
 男は喜びました。
「これは素晴らしい! そうだ。この斧を使ってお金を稼いで、新しい斧を買おう。そうしたら、この斧は女神様にお返ししよう」
 男はその日、いつもよりたくさんの仕事をして、くたくたになって家に帰りました。

 男は山奥の小さな小屋で一人暮らしをしていました。両親は早くに病気で亡くなり、貧しさゆえにお嫁さんもいません。
「ただいま〜」
 返事が返ってこないのは分かっていますが、男はそういって家に上がると、明かりを得るため蝋燭に火を付けようとしました。
 しかし、そこで蝋燭が切れていることに気が付きました。
「こまったなあ。これでは家の中が真っ暗だ」
 男が困っていると、腰に下げた斧がかたかたと動き始めました。
 不思議に思った男が斧を手に取ってみると、なんと斧は男の手の中で、ランタンに姿を変えたではありませんか。
 男はたいそうびっくりしましたが、とりあえず、ランタンに火をつけてみます。
 するとどうでしょう。ランタンはとても明るく燃え上がり、その光は家中を柔らかな光で照らしました。
「これはすごい! あの斧は、魔法の斧だったのか」
 男はたいそう喜び、夕食の準備を始めました。
 しかし、男がスープをよそおうとしたその時です。男は手を滑らせ、スープ皿を地面に落として割ってしまいました。
「ああ、しまった! あれが最後のお皿だったのに」
 男は頭を抱えました。これでは夕飯が食べられません。
 すると、リリムにもらったランタンがかたかたと動き始め、今度は持ち手の部分からスープ皿を生み出しました。
 男はたいそう驚きました。
「なんと、このランタンはお皿を生み出すことも出来るのか!」
 男はそのお皿にスープをよそい、食べました。なんだか、いつもよりまろやかでおいしくなった気がします。
「なんだか、いつものお皿で食べるよりもおいしい気がするぞ」
 男がそう口にすると、ランタンの明かりが、嬉しそうに、少しだけ大きくなりました。

………
……


 それからというもの、魔法の斧は男の生活をさまざまな場面で助けてくれました。
 次第に斧も男が何を望んでいるのか分かってきたらしく、鍋や包丁になって料理を作ってくれたり、桶や洗濯板になって男の服を洗ってくれたりするようになっていきました。
 男も、働いてばかりでは大変だろうと、斧に食事を用意してやるようになりました。斧は、主に動物の油を好んで食べました。

 斧のおかげで、男の暮らしはとても楽になりましたが、男はそれで怠けたりはしませんでした。空いた時間で余計に働くようになり、そしてついに、新しい斧を買うだけのお金を用意することが出来ました。
 男が街で買ってきたのは、今までと同じ、鉄の斧です。

 その日の晩、男は新しい斧と魔法の斧を並べて、考え事をしていました。
 新品の斧は、長年使っていた鉄の斧と同じ形のものですが、魔法の斧の方がずっと良く手に馴染みます。それどころか、ここにきて魔法の斧はさらに軽く、まるで体の一部であるかのように動かせるようになっていました。
 男は、魔法の斧に語りかけます。
「残念なことだけど、おまえは明日湖に返さなくてはならない。許しておくれ」
 そんなことはないはずなのに、男には、斧がとても悲しんでいるように見えました。ですが、男にはどうすることもできません。男はすべて忘れようと、いつもより早くベッドに潜り込みました。
 男は横になりながら、斧との思い出を振り返っていました。斧は、大変よく働いてくれて、仕事で疲れた男のことをとてもねぎらってくれていました。
「明日から、また大変になるなあ」
 男は呟きました。
「……せめて、あの斧のように働き者のお嫁さんがきてくれればいいのに」
 男は布団をかぶって眠ってしまいました。
 ……斧が、かたかたと動き始めたことにも気づかずに。

………
……


 男は、寝苦しさから目を覚ましました。
 家の中は真っ暗で、まだ深夜のようです。
「お目覚めになりましたか?」
 突然誰かに声を掛けられ、男飛び上がりました。
 隣を見れば、見たこともない女性が枕元に立っています。
「あなたは誰ですか!?」
 男が問いかけると、女の人は歌う様に言いました。
「旦那様、私です。魔法の斧にございます」
「魔法の斧!」
「はい。旦那様が私のようなお嫁さんが欲しいと申されたので、私、人の姿になりました」
 暗闇の中で、男は目を凝らして女の人の姿を確認します。上半身は、確かに人間の姿をしています。目鼻立ちは美しく、とても斧が変身した姿とは思えないほどです。
 しかし、その肌は薄闇のような色をしており、下半身に至っては流動する肉塊です。不規則に拍動するそれを見ていると、耳鳴りと共に強烈な眩暈を覚えます。そして、その目は暗い井戸の底のように真っ暗で、端正な顔にぽっかりと空いた穴のよう。加えてその奥で瞳だけが地下の太陽のように煌々と輝いているのでした。
 女は、悲しそうな表情を浮かべ、男に問いかけてきます。
「旦那様。明日、私を捨てる気ですか?」
「捨てるだなんて、とんでもない! 女神様にお返しするだけです」
「それを、捨てるというのです!」
 女の下半身から、闇色の泥のような触手がしゅるしゅると伸びてきて、男の身体に纏わりつこうとします。
 男はひぃ、と小さな悲鳴を上げると、跳ねるようにベッドから飛び出し、そのまま家から逃げ出そうとしました。
 しかし、どうしたことでしょうか。ドアノブに手を掛けた瞬間、ノブは硬度を失いどろりと溶けて、男の手に纏わりついたではありませんか。ドアノブだったものは闇色の泥に姿を変えて、まるで意志を持つように、男の指の間をなぶり流動します。
「どちらに行かれるおつもりですか? お仕事にはだいぶ早い時間です。入用な物があれば、全て私がご用意します」
 背後から、女が近づいてくる気配がします。
 男はパニックを起こして、ドアをどんどん叩きました。ですが、ドアはびくともしません。
 振り返れば、女は自分のすぐ後ろまで来ています。
「た、たすけてくれぇ」
 男は壁を背にして、ずるずると崩れるようにへたり込みます。
 すると突然、肘掛け椅子が現れて、男の体を受け止めました。
「当然、お望みとあらば、いかなる時もお助けします」
 女は穏やかにほほ笑むと、細い指を男の頬に這わせます。
「お夜食をご用意致しますか? お茶をお淹れしましょう。家の中はいつだって清潔に管理されます。お召し物はこちらに。なんなりと、お申し付けください。そう、今までのように」
 女の手の中から、フォーク、ナイフ、お皿にティーポット、箒、埃たたき、服は仕事着から礼服まで、思いつく限りの生活のための道具が溢れ出します。それらは彼女の手から零れ落ちると、床につくと同時に吸い込まれるように消えていくのです。
 男は気が付きました。この家にあるもの全て、食器や椅子、ベッドはもちろん、床も壁も天井も、男の気付かぬうちに全て女の身体に置き換わっていたのです。
「なんでこんなことを……」
 男は怯えて言いました。
 女は怪しく微笑むと、男に口付けをしました。どろりと、粘性を持つ液体が男の口の中に流れ込んできて、粘膜の上を這いずりまわります。本来ならばとても気味の悪い状況であるはずなのに、男には何故かそれがとても心地よく感じられました。
 互いの口は塞がれているはずなのに、女がどこからか声を出します。
「私の目的はただ一つ、旦那様の望みのままに。先ほどご自分で申されたでしょう? 私のような嫁が欲しいと」
 男は、女の顔を振り払いました。
 男の口から、何十にも枝分かれして、タコの足のように変形した女の舌がずるりと抜け落ちます。
「よ、嫁って、だって、あなたは……」
「ショゴスとお呼びください。混乱されるのも分かります。今日まで、私は旦那様にとってただの斧だったのですから。私を便利とは思っていても、愛してくれてはいなかったでしょう?」
 ショゴスは、だらりと伸びた舌をしゅるりと吸い上げ、うっとりと表情を歪ませました。
「ですが、私は違います。あの日、旦那様に柄を握られたその時から、私は旦那様のお役に立てることだけが幸せでした。旦那様が喜んでくれると、私も嬉しい。旦那様が私にねぎらいの言葉をかけて下さった時など、天にも昇る気持ちです。……ですが、それだけでは足りないのです」
 突然、肘掛け椅子から何本もの触手が勢いよく飛び出して、男の四肢に這うように絡みつきます。それらはベルト状の拘束具に変身し、男を椅子に縛り付けてしまいました。
 その力は強く、身体はぴくりとも動きません。
「私が旦那様のお世話をするのです。私のような嫁など許しません。私が旦那様の妻となるのです。私だけ必要であればいい。私以外の便利な道具は、旦那様には一切必要ありません。炊事洗濯掃除に娯楽、私が全てを賄います。旦那様にとっての世界は、私の『内側』にだけあればいいのです」
 家の壁や天井が溶けだし、徐々に男とショゴスに迫ってきます。そう、男は本人も気づかぬうちに、ショゴスの『内側』で暮らしていたのです。
「さあ、なんなりとお申し付けを」
 しかし、男は恐怖で言葉が出てきません。
 ショゴスの瞳の輝きが増していきます。
「お申し付けを!」
 苛立ちの籠った声で、ショゴスが繰り返します。
 男はますます縮みあがり、なんとか助かる術はないかと半泣きで模索しました。
 しばしの沈黙ののち、再度ショゴスの声が響きます。
「……大変失礼いたしました。何を言われずとも夫の心中を察するのが良妻のあるべき姿。そういうことでございますね」
 先程とはうって変わって、穏やかな声音です。
 ショゴスの体から二本の触手が飛び出して、服の上から、男の体を撫でるように這い回ります。
「な、何を!?」
「旦那様はここ数日、昼は仕事に打ち込み、夜は疲れからすぐに寝付いてしまうという生活を送られています。また、申し付けて下さる仕事も炊事洗濯ばかり……。旦那様も若い男性。こちらの処理も必要なはずです」
 触手が、服の隙間から侵入し、男の肌を撫でまわします。その感触は見た目から想像できるようなぬるりとしたものではなく、むしろ卸したての筆の先のような柔らかでもどかしいものでした。
「や、やめ……!!」
 男が静止の声を上げようとすると、突如猿ぐつわが出現し、男の口を塞ぎます。
「全て私にお任せください。旦那様は何もせず、ただゆるりと快楽に浸かれば良いのです」
 さわさわとくすぐったくもどかしい感触が、腹を撫でわきを通り、首筋に這います。
 男はもどかしさから、首を左右に振り身を捻りました。
「ふふ、旦那様、くすぐったいのですか? なんて可愛らしい……♥」
 ショゴスが覆いかぶさるように身を重ねてきて、猿ぐつわの上から、キスをします。そして、次は男の頬に、額に、首筋に、瞼に。恍惚の表情でキスの雨を降らせます。
 いつの間にやら数を増していた触手の内の一本が、男の股間を掠めました。
「あら?」
 触手がもう一度、服の上から確かめるように、男の股間をさわさわと撫で回します。
「旦那様? おズボンの下が、とても素敵なことになっているようですね」
 ショゴスは、隠し事を見破った子供のように、意地悪な顔で噛むように笑いました。
「このままでは窮屈でしょう。少々お待ち下さい」
 触手がしゅるしゅると伸びてきて、男のズボンを下げます。屹立したペニスが、ぶるんと勢いよく顔を出し、びたんと腹を打ちますます。
「私に触られるのを想像して、こんなに大きくしてくださったんですよね? とても、嬉しいです」
 ショゴスの手が、指先で男の体をなぞりながらゆっくりと下半身へ伸びていきます。
 そして、亀頭を包み込むように、ペニスに覆いかぶさりました。
「んん!」
「ふふ、どうしました?」
 ショゴスの手の中は、ざらざらとした蠢く肉壁でした。それがきゅうきゅうと亀頭を締め付けながら、敏感な粘膜の形状を確かめるように探り回るのです。
 強烈な快感に、男が大きくうめき声を上げます。
「旦那様、少し、お静かに」
 ショゴスが、がぶりと食らいつくように、男にキスします。もごもごと口を動かしたかと思うと、猿ぐつわに開いた小さな空気穴から無数の細い触手が男の口内に侵入し、粘膜を嬲ります。
 そしてまた、どこからともなくショゴスの声が響きました。
「どくんどくんと脈動していて、ああ、旦那様、とっても逞しいです! 手の平を通じて、私の体でもっと気持ちよくなりたいという気持ちが伝わってきます!」
 ショゴスの指が、裏筋をこすり上げます。
 男は仰け反り腰を浮かせますが、素早く伸びたベルト状の触手に、腰をがっしりと抑えられてしまいました。加えて、視界を塞がれてしまいます。
「ふふ、照れなくてもいいんです。刺激されて気持ちよくなってしまうのは、自然なことです。恥ずかしがるようなことではありません」
 ショゴスが、体重をかけてきます。そして、皮膚の上を柔らかな温みが撫で這う感触。視界を塞がれた男には正確な状況は分かりませんが、恐らくショゴスが男の体の上で位置取りを変えているのでしょう。
 這いずる温みが、男の下半身……ペニスの先端に差し掛かり……ぴたりと動きを止めました。
「旦那様、お分かりになりますか?」
 温み……恐らく彼女の身体であろう不定形が、まるで小鳥のついばみのように、男のペニスの先端に触れては離れ触れては離れ、フレンチキスを繰り返します。
「ふふふ、旦那様、こういったご経験はありますか? 私は初めてです……。人間の女性の初めては苦しいと聞きますが、私は不定形故、そのようなことはございません。ふふ、素敵でしょう? 遠慮なんてしなくてよいですから……」
 温みが、ペニスの先端を咥えます。
「だから、ふふ、責任、とってくださいね?」
 ずるり、と、男のペニスが飲み込まれました。
 それは脈動する粘膜の塊でした。何百何千という繊毛が、バラバラの動きで、男のペニスを迎え入れます。
 男から精を吸い上げるために最適な構造を探りながら、それは形を変え、動きを変え、剃り上げるように男のペニスを刺激するのです。
「ああ、旦那様! 素敵すぎます!」
 ショゴスの、歓喜と苦しみの混ざったような嬌声が響きます。
 不定形の下半身がドクンドクンと脈動するのは、彼女もまた、未知の快感に翻弄されているからでしょうか。
 男の視界を塞いでいた触手がずるずると溶けて、ようやく視界が開かれます。
 そこには、薄闇色の頬を紅葉させ、淑やかな顔を下品に歪めて快楽を貪るショゴスの姿がありました。
「あっ、や、やだ!」
 目が合ったことに気が付いたショゴスが、慌てて顔を伏せます。
 動揺で、身体を拘束する触手の力が少しだけ弱まりました。
 男はこの隙を見逃さず、破砕機のような勢いで思い切り腰を突き上げます。
「んんーー!!?」
 ショゴスが仰け反り、思い切り首をもたげます。なんとか平静の表情を保とうとしているようですが、涙目で焦点がぶれる瞳、熱を持つ頬と額。極めつけに、うっかり開いてしまった口の中からだらりと触手状の舌が垂れ下がってしまいました。
「あ、あぁ、見ないでください、旦那様!」
 余程恥ずかしいのか、ショゴスは顔を男の胸板に埋めます。ですが、その姿に男はより興奮し、ついには理性の糸が切れ、何度も何度も腰を突き上げてしまうのです。
「ああ、駄目です、旦那様、私、もう――!」
 男も限界でした。男は低く唸ると、最後に今までで一番強烈な突き上げを繰り出しました。
 ショゴスの口から空気が漏れ出て、ひゅ、と音を立てます。
 それと同時に、放出される精液。それに反応してか、それともショゴスもまた絶頂した故か、不定形が激しく収縮し、ペニスを絞り上げるようにして、射精を促します。
 ……長い長い射精が終わり、ショゴスの身体から飛び出していた触手たちが硬度を失い、不定形の泥へと戻っていきます。
「はぁ、はぁ……。旦那様……。恥ずかしいところを見られてしまいました……」
 男に覆いかぶさる様に体重を預けていた、ショゴスの肉体もまた、徐々にその硬度を失い、蕩けていきます。そして、周囲を包んでいた闇も収縮を始めました。
「お願いです、私のことを、捨てるだなんて、いわないでください……」
 男は、意識がゆっくりと浸食されていくなかで、最後にそんな言葉を聞いた気がしました。
 そして、体も、心も、全てが周囲の闇と一体となり、そこで男の意識はぷつりと途切れました。

………
……


 男は、目蓋が開くと同時にがばりと起き上がりました。
 窓からは光が差し込んでおり、小鳥たちのさえずりが聞こえます。
 どうやら朝のようです。先ほどのは夢だったのでしょうか?

「お目覚めになりましたか?」
 突然の呼びかけに、男は飛び上るほど驚きました。見れば、昨日の女……ショゴスが炊事場に立っています。
「すぐに、朝食のご用意が出来ます。先に、川で顔を洗ってきてください」

 男が家の裏の川で顔を洗って戻ってくると、テーブルの上には一人分のスープとパン、そして簡単なサラダが並べられていました。
 ショゴスに促され、男は食卓につきます。
 どれも、昨日まで魔法の斧が用意してくれていた食事と同じ味でした。やはり彼女は、斧が姿を変えたものなのだと、男は改めて実感しました。
 男は、ちらりとショゴスを見ます。彼女は、無表情のまま、男の傍らに直立しています。
 なんとも気まずい雰囲気です。とりあえず、何か話そうと、男は口を開きました。
「このスープ、おいしいです」
「いつもと同じ味付けですが」
 ショゴスが、即座に感情を感じさせない声で答えます。
「……あなたは食べないんですか」
「私は植物性の栄養を吸収できません」
 そういうと、彼女はまた黙ってしまいます。
 しばらく沈黙が続いた後、彼女は独り言のように、小さく呟きました。
「申し訳ございません。いざ面と向かってお話しをするとなると、どのように振舞えばよいか分からなくなってしまいます。
 だめですね。今日が最後だというのに」
「最後? 何を言っているんです?」
「何って、今日、私を捨てるのでしょう?」
 ショゴスの声が震えています。
 男は、言い淀みました。
 昨日は突然のことで少し驚きましたが、日の光の下で見る彼女は、姿こそ多少人と違えど、振る舞いの一つ一つが品に溢れています。なにより、彼女はあれだけ自分に尽くしてくれた魔法の斧なのです。
「捨てる気なんてないですよ」
 ショゴスが、驚いたように目を見開きます。
「昨日は、突然のことで驚いてしまって、返事も出来ずにすみませんでした。あなたは昨日まで、斧の姿で、親も兄弟も頼れる親戚もいない一人ぼっちの私を支えてくれていました。もしあなたが私を好いてくれていて、私のお嫁さんになってくれるというのなら、そんなに嬉しいことはありません」
 男は、気恥ずかしそうに口に出します。そして慌てて、
「ただし、一生あなたの内側で面倒を見てもらうのだけは反対です。今まで通り、私もきこりとして働きます。この家で、二人で一緒に、支え合って暮らしましょう」
 と付け加えました。

 ☆

 さて、ショゴスを妻に迎えることに決めたきこりの男ですが、そのせいで、リリムに斧を返せなくなってしまいました。
 このことをショゴスに相談すると、彼女は家の裏に生えている木から、一本の枝を折りました。枝には、小さな紫色の木の実が沢山ついていました。なんでも、この木の実はリリムにとって特別な意味のあるものなのだそうです。
 男とショゴスは二人でリリムの湖を訪れました。
 そして、夫婦となったことを報告し、持ってきた枝を湖に投げ入れました。


 その帰り道で、男が不安そうにつぶやきました
「こんなに欲張りなことをしてしまって、よいのだろうか?」
「私は斧を失くしたはずなのに、気が付けば替わりの斧をもらって、さらに素敵なお嫁さんまでもらってしまった。そして、お返しは木の枝とそれに付いた木の実だけだ」
 男の隣で、ショゴスがクスリと笑います。
「よいのです。欲張りなのと、人からもらったものを大事にするのは、違いますから」
 それから二人は、末永く幸せに暮らしたということです。


『物でも人でも魔物でも、自分に尽くしてくれるモノは大事にしましょう』というお話でした。
16/02/14 23:37更新 / 万事休ス

■作者メッセージ
大変長らくお久しぶりです。万事休スです。

ファミリアやらキョンシーやら火鼠やらサンダーバードやら雷獣やらワイトやらヴァンプモスキートやらの話を書こうとして全て挫折してたらこんなに遅くなってしまいました。

本作、書き終わってから「あれ、もしかしてショゴスの能力って物を生み出すだけで自分が変身できるわけじゃないんじゃ……」って気が付いたけど、もう気にしてらんないよ!


ショゴスには、「クトゥルフの呼び声」のシナリオ作るときによくお世話になっています。脅威度的にも(戦闘卓なら)強さ的にも割とほど良くて、使いやすい! そして何よりクトゥルフっぽい! テケリ・リ! メジャーなので初心者PC程受けがいいのもいいですね。
……で、私の嫁であるシュブ=ニグラスたんはいつ実装されるのですかね? 紳士の嗜み、母乳プレイの準備は万全なのですがね……。


ご意見、ご感想はどのようなものでも頂けるだけ嬉しいです! 是非是非、お待ちしております!

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