読切小説
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人形の家族
 その人形店は酷くうらぶれていた。ショーウィンドウは曇り、飾り気の無い店の入口の看板には、流暢な字体で『open』と記されているだけだ。そうだと言うのに、私は何かに誘われる様に店の扉を開いた。
 店の中ははっきり言って異様だった。棚という棚に所狭しと人形とドールハウスが並べられ、人形はその全てが今にも動くのではと思う程に精巧な造りをしている。
 その中でも一際に私の目を惹き付けた物があった。それは、明りが灯された一つのドールハウス。そのドールハウスの中には男女一組の人形があった。おそらくは夫婦なのだろう。その仲睦まじい姿に私は強い羨望を覚えた。
 
「私のドールハウス、気に入ったかしら?」

 突然の問い掛けに驚いた私は、声のした方へ顔を向けた。しかし、そこには誰もおらず、カウンターの上に一体の人形が置いてあるだけだった。
 不信に思い、私はその人形へ近付いた。そして、その人形を顔の高さ辺りまで持ち上げると、人形の顔をじっと見つめる。するとどうした事だろうか、その人形は瞬きをしてみせたのだ。
 先程よりも驚いた私はその人形から手を放してしまった。支えを失った人形は、哀れにも床の上へ落ちるかと思われた。しかし、人形は器用にふわりと着地したのだ。
 
「まったく、失礼しちゃうわ」

 フリルをふだんにあしらったドレスの裾を軽く叩きながら、 人形はそう言ってのけた。
 奇妙極まり無い光景を目の当たりし、呆然と立ち尽くす私を尻目に、人形は椅子を使ってカウンターへ戻る。そして、丁寧なお辞儀を見せると私に言った。

「ガラテアの人形店へようこそ」
 
 * * * * *
 
「さ、気に入った娘がいたら遠慮なく言ってちょうだい」
 
 リビングドールのガラテアは、まさに店主然とした態度で言った。既にガラテアに対する驚きや恐れは霧散している。私は改めて店内を見渡した。
 薄明かりに照らされた店内には、それこそ数多の人形が陳列されている。その中でも大小一組の人形に私は目を奪われた。
 銀を極限まで伸ばした様な髪は淡く煌めいている。この人形達は母と娘なのだろう。丁寧な装飾が施された日傘を持つ母と、傍らに立つあどけなさの残る娘。私は彼女達にある種の幻想を抱いてしまった。それは、もしかしたら訪れていたかもしれない未来だ。
 
「決まったかしら?」

 カウンターから届いた問い掛けに私は首肯で返した。問い掛けたガラテアはと言えば、にこにこと笑いながらこちらを見ている。
 私はケースにしまわれた二つの人形を持つと、それを大事に抱えながらカウンターへと運んだ。

「では、ドールハウスはどうしましょうか?予算はだいたいどれ位?」
 
 私は人形をカウンターに置き、コートと財布を漁った。中から出てきたのは七枚の教国旧造金貨、懐中時計、先の磨り減った万年筆。

「……まぁ、なんとかって所かしら」
 
 ガラテアは小さく鼻を鳴らすと、それらをカウンターの引き出しへ流し込んだ。
 
「この分だと、用意できるドールハウスは一室ね。新規のお客様だし、壁紙はいくつかサービスしてあげるわ」
 
 ガラテアはそう言うと、カウンターから降りてそそくさと店の奥へ向かった。そして、一つのドールハウスを持ってきたのだった。

「はい、これが貴方のドールハウスよ。使い方は簡単。この娘達との暮らしを念じればいいの」
 
 私は母と娘の人形を抱えると、先程抱いた幻想を頭の中に強く念じた。すると、私の意識はうっすらとぼやけ始め、眠る様に視界が閉じていった。
 
 * * * * *
 
 窓から差し込む陽光に私は目を覚ました。窓には燦々と輝く太陽が描かれ、傍らには愛娘が眠っている。私は娘の額に口付けを一つ落とし、優しく揺り起こした。
 娘は煌めく硝子玉の様な瞳に涙を湛えながら、大きな欠伸と共に伸びをし、可愛らしい球体関節の指でその涙を拭った。
 
「おはよう、父さま。今日もいい朝ね」
「そうだね。さぁ、母さんが美味しい朝御飯を作って待っているよ」
 
 私は娘の手を取ると寝室のドアノブを握った。部屋の四隅へ亀裂が入り、パタパタと小気味の良い音を立てて壁が倒れる。そして、再び起き上がったのはダイニングの風景が描かれている壁。部屋の中央にはダイニングテーブルとチェアが三脚。
 
「二人ともおはよう」

 私と娘がダイニングに着くと、料理を持った妻が現れた。妻の銀の髪が動きに合わせて揺れ、きらきらと朝日を反射して輝いている。
 私は妻にも口付けをすると、その銀細工の様な髪を撫でた。妻はくすぐったそうに身を少し捩った。そして、人形とは思えない程の柔らかな唇が、緩やかな弧を描く。
 
「ふふ、くすぐったいわ。さ、今は朝ご飯にしましょう」
 
 朝食はトースト、ハムエッグ、サラダ、スープ。私と娘は料理のよそられた皿を持ち、各々の席へ着いた。
 
「いただきます! ……やっぱり、母さまの料理はいつも美味しいわ」
「そりゃそうさ。なんたって母さんは私が惚れた女性だからね」
「もう、朝から止めて」
 
 私達は朝食を食べる振りをしながら団欒を楽しんだ。希望に溢れた、穏やかで楽しい朝。
 たとえ、私と妻と娘以外の全ての物が紛い物だとしても、妻と娘への愛は真実で、この壁に囲まれた世界は幸せに満ちている。
 
 幸せ家族のドールハウス
 魔界金貨10枚から応相談
17/03/16 20:59更新 / PLUTO

■作者メッセージ
次こそは連載物を……

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