逢魔が刻。
　詳しくはないが、この時間帯には嫌なものが多く出るらしい。
　例えば悪霊とか、魑魅魍魎とか。
　気付けばこんな時間になってしまった。
　時間確認を怠ってしまうとは、プロとして情けない。
　それもこれも、面倒な墓守代わりの魔法仕掛けがあったためだ。
　あれのせいで周りに廻った遠回りをして、墓を暴くときには既に日も沈んでいた。
　当然といえば至極当然だが、しかも、その柩まで暗号仕掛と来た。
　思わず吠える。

「しゃらくせえ!!」

　真四角の巨大な墓。
　古代文明のピラミッドとか、ジパングの古墳の様なものだ。
　時の権力者が金銀財宝に囲まれて眠っている。
　高く厚い壁に囲まれているだけで天蓋のない造りで、あまりに簡素な墓だった。
　どうやらこの墓は、当王権が終期で財政にも人員にも厳しかった頃のものらしい。
　旺盛時代の墓にはちゃんと天蓋も付いている。
　面倒な仕掛け以上に魔物も多く生息している。
　結局暴いたが、あれは面倒だった。
　代わって、この墓だ。
　厚い壁だけで覆われただけの風雨に曝された墓地は、緑が多く生い茂っていた。
　周囲の褪せた大地の中で、この墓地だけがよく肥えた土と露の匂いを漂わせている。
　察するところ、此処は空から降りる鳥や魔物の休み場所となっていたのだろう。
　オアシスのように、小さいながらも泉があったのを見ている。
　そこから、少しずつ血肉を吸収していったのだ。
　それらの恩恵を積み重ね、徐々に肥沃の土を作り上げたのだと思う。
　かなり強引な推論だと、自分でも判っている。
　まぁ、実際の所、この土地の事はどうでもいいのだ。
　寧ろ、どうでもよくない場所なんてものはないのだ。

　石を削った大きな墓は、厳重な魔法が守っていた。
　それを一つ一つ面倒に思いながらも解除していき、魔法陣や土人形を崩した。
　ごとり、という重々しい音がして、仕掛けは全て壊しきった。
　次に、鉄パイプに似た道具を柩の四隅の下に、計八個嵌める。
　一度に展開させると、蓋を押し上げてくれる魔法道具だ。
　指を鳴らすと動く仕組みの、変な国の奇妙な街の気味悪い商店で買ったものだ。
　魔法道具というものは、実に感嘆とさせるものがある。
　周囲を照らす明かりも、魔法道具のものだ。
　手持ちの角燈を展開させて、昼のような明るさを手に入れているのである。　

「さあて、何が出るかねえ...」

　指を鳴らす。
　巨石を引き摺るような重々しい音がした。
　その音に続く素晴らしく高価値な財宝に胸をときめかせる。
　今か今かと待っていると、その柩の中から音がする事に気付く。
　小さな寝息。
　後悔とか面倒な事はしないが、魔法道具を止めたかった。
　しかし、その方法がない事も、もう既に遅い事も判っていた。
　マミーとかゾンビとか、ゴーレムとかスケルトン。
　或いは闇影に隠れて動ける悪魔とか吸血鬼とか。
　幽霊の可能性も考えた。
　その時のための一々の対処法も考えた。
　その面倒な対処は、予想からして全て外れた。　

「ふわぁあー」

　出てきたのは、ひとりの若い女だった。
　普段から人を責め立てるような目、つんと高い鼻、みずみずしい唇。
　細くつり上がった眉や、長く濃い睫、隈や肌荒れ一つ無い滑らかな肌。
　やはり一見、色魔かと思った。　

「誰だてめえ？」
「よく眠ったぁー」
「てめえが王か？」
「んんー？　眩しぃなぁー」

　もし、この元死体であろう女が王であれば、それは。
　当時最後の王にして、最初の女王。
　その時代の最も大きな謎とされてきたその女。
　この墓はどうやらその墓という事になる。

「うぅうー」
「...答えろ。てめえは死体だったのか？」
「あれ？　あなた、誰？」

　無視されていた。
　というか気付かれてなかった。

「ふわぁあー」

　女は欠伸をもう一つ、大きくついた。
　石柩の中から這い出ると、褐色の肌や薄汚れた白い髪などが露わになる。
　血染めされたような胸部や長い手足が印象的だった。
　半裸というより、腰巻き以外は全裸だ。

「てめえはここの主か？」
「うぅーん？　違うと思うけど」
「てめえは誰だ？」
「わかんない。それよりおなか空いてるんだけど」
「何が食べたいんだ？」
「うぅー...アンタかなぁ」
「魔物か？」
「うぅ？　誰が？　アンタが？」

　馬鹿っぽい。
　というか自覚してない。

「考える時間が居るなあ...」
「食べてイイ？」
「飴でもやるから黙ってろ」
「はぁい」

　棒付き飴を投げ渡す。
　大体子供受けするので常備している代物だ。
　子供はいい情報源になったりする。
　決して誑かすのに使うものではないと主張したいのだが、あながち違いない。
　女はその包装を綺麗に取り、美味しそうに舐める。

「...ふうむ」

　ラップ包装が取れるなら、ある程度今を知っている事だろう。
　しかも、現代言語まで習得している。
　見た目は若い女のようだが、どうにも仕草に馬鹿が見える。
　そうやって騙す魔物もいるので用心するべきであろうものだが。
　馬鹿だと確信している。
　少なくとも口元が唾液でひどいことになっている姿に、圧倒的な幼稚性を感じる。
　生身であって知性の低さならゾンビを想像する。
　ここまで特徴的な魔物なら、普通知っているはずだが。

「あぁ、てめえ、成程なあ...」
「うん？」
「新種の魔物かあ...」
「うぅん？」
「そいつぁ、運が良いってもんだなあ」
「うぅーん？」
「こっち来い。こんなとこからさっさと出て...街にでも行くかねえ」
「えぇ？」

　大きくくりくりとした目が、睨むように見てくる。
　恐らく気分を害したとかそういう事ではなく、純粋に見ているだけだろう。
　それでも充分に脅迫されている気分になる。

「ここからは出られないよう？」
「はあん？　理由を言えや」
「だって、わたしが出られないもん」
「...一度だってそのせっめえ石室から出た事ねえだろ。そんな跡がねえからな」
「無いねぇ」

　女は桃色の舌をチロチロと使いながら飴を舐める。
　既に、大きい飴を半分も解かしていた。
　目つきと仕草が、あまりにも対照的だった。

「わたしのおうちはここだからねぇ」
「ふうむ」

　スフィンクス系統の墓守では無い。
　魔物が棺桶に入っていた事から、もしかすると棺桶自体がフェイクかもしれない。
　それなら本物は地中に埋まっている可能性が高い。
　しかし、同じ時代の宗教観ではそれもないだろう。
　「この位置」に「この仕組み」で「この様装」である筈なのだ。
　フェイクでないとすると、やはり死体が魔物化していると見て良い。
　ひとつだけ、思い立つ。
　可能性は低い。
　伝染の経路も読めない。
　それこそ、空飛ぶ魔物に乗ってきて、そうしたという妄想しかできない。

「“災厄”ねえ...」

　グール。
　墓というよりも古戦場に定番の魔物のひとつだ。
　個体の見た目が最も多様の魔物で、その正体自体が怪しい存在。
　美女の変化は元来から得意の奴である。
　元々は“足が動物”という見分けもあったものだが。

「時の魔王は、その弱点を消しちまったのかあ」

　グールがこちらを見ながら、ずっと飴を舐めている。
　成程。凄い舌使いだ。
　グールと判れば、対策のしようもある。
　本来ならば一撃必殺しか許されないものだ。
　しかし、この馬鹿はそうする必要もないかも知れない。
　ただ、ひとつ我慢が必要かも知れない。
　油断できない。

　れろ。んちゅ。と、音が響く。
　飴を舐め取り終わった女が、その長い舌でなめずりした音だ。
　そして、頭を掻いてから、腹をさする。

「おなかすいた」
「そりゃあ、てめえ等にとっちゃ嗜好品みてえなもんだしなあ」
「おいしかった」
「もうやんねえ」
「うぅーん。食べちゃうよ？」
「ならこっちも殺し返すのが楽だよなあ？」
「それはやだなぁー」
「だろうなあ」
「でも、べつにいいやぁー」

　それは突如。
　刹那。
　瞬間。
　組み伏せられた。
　頬が舐められる。
　刺激が全身を襲う。
　思ったそばから油断した。
　非情に情けない。

「あ、やべ」
「うぅーん？」

　暫く顔中を舐められる。
　足の爪の先まで痺れてくる。
　体の感覚器官が熱を上げる。
　音も拾えない。
　視界もぼやける。
　嗅覚も死んでいる。
　もはや何も感じられない。
　それほどまでに、興奮を引き起こされた。
　熱く、全てを溶かされている気分だった。
　ただ舐められているだけだ。
　鼻頭を噛まれた。
　視界が白くなる。
　体中が一気に冷める。
　気付けば、下半身が外気に晒されている。
　唯一機能する感覚器官が、顔から移動していた。
　再び何も見えなくなる。
　底を打っていたと思った興奮が、更に深く掘り下げられる。
　それは新境地だった。
　平常から、暗転に。
　暗転から、明滅に。
　明滅から、純白に。
　純白から、無色に。
　正確に言えば白も無色だが、見て、感じている色も判らないという事なのだ。
　知らない感覚。
　感度。
　ここまで人間は知る事が出来るのか、とさえ思ってしまう。
　そこで、悶えつつも思考できる自分に気が付いた。
　もはや興奮も数周しているらしい。
　相当酔っている中で、深く考えることができている様なものだ。
　もうひとりの自分が、客観的に判断しているような感覚。
　それに意識して初めて。

　自分が叫んでいる事に気付いた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
　ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
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　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
　アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア 」

　石畳とその間に生える草で敷き詰められた床。
　その硬い床に背中を打ち付けられている。

　一心不乱に、感覚を舐め取られる。
　成程。やはり。
　凄い舌技だった。
　この絶技には、昇天せざるを得ない。

「あまぁーい。おいひーぃ」

　幾度目かの後、やっと顔を離したグールが言った。
　声も枯れていた。
　涙も枯れていた。
　動力も切れていた。

「うぅーん...？　つまんなぁーい」

　反応の無い事に不満げな女は、唸った。
　そして、唾液が感覚器官に垂らされる。
　更なる痺れで体は硬直を越えて暴れだす。
　力尽くで押さえ込まれる。
　精力増強の魔力を注入されたのだ。
　もう精も根も尽き果てているのにも関わらず、無理矢理沸き熾される。
　気絶すら許されなかった。

　日が昇り、落ち、昇り、落ち、昇り、落ちた。
　時間にして約70時間。
　もはや自分が魔物になるのではという境界。
　空が厚い雲で一層暗く、弱い雨の降る時。
　数え切れない程の拘束と解放の後。
　グールはやっと満足したらしい。
　涎を垂らすだけで既に白く果てる感覚器官から、顔を離す。
　感覚が壊れてしまったソレは、もはや普段の最大怒張から何倍にも腫れていた。
　鬱血を無理矢理治され、常に最良の状態へ引き上げる。
　それが半無限に繰り返された事によって、変わってしまったのだ。
　唾液は長く糸を引いて、女の口と感覚器官を繋げていた。
　そして、やがてその糸が切れる。

「満足満足。ごちそうさまぁ」

　久方ぶりに女の顔を見る。
　つり上がっていた目尻は垂れ、口元も緩んでいた。
　その顔には、随分と艶が出ていた。
　自分の顔はどうだろう。
　30年も休まず仕事をしていたような顔かも知れない。
　元々仰向けだったので、口を開けているだけで喉が潤った。
　正確に言うと、既に自分の血で潤っていたのだが、その感覚を洗っていた。
　裂けた傷口を癒すためだ。

　たっぷりと時間を使って起きあがり、そして、考えを纏める。
　客観的に判断していたと同時、対策も深く練っていた。
　今は感情も殺されているが、とにかく逃げないと不味い。
　そして、逃げるためには殺すか、騙すか。
　グール。
　決定的弱点。
　下秘部か、眉間。
　ただし、両方一度きりしか使えないのだ。
　グールの眉間は、人間のそれよりもずっと急所だ。
　もう片方は、一回目以降は確実に武器にされてしまう。
　気絶させる事は確実に悪手だった。
　グールは戦場墓場の魔物だが、そこから離れることも実は可能なのだ。
　もしも此処から離れる事があれば。
　自分が探し出されて搾り殺されるだろうと、目に見えている。

「...オイ、コレ、テメェにやらァ」
「うぅー...あっ、飴だ。　ありがとお」
「イイか。ゆッくり舐めろヨォ」
「わかったぁー」

　腰のポーチから砕けた棒付き飴を取り、手渡しした。

「チョイト、テメェ、後ろ向きナァ」
「ん？　はぁーい」

　ご機嫌のグールは、飴を舐めつつ後ろを向いた。
　その上半身だけを倒すように、腕で調節する。
　腰を落とすように指示し、そのままぺたんと座らせる。

「...これじャァ、難しいモンだナァ」

　次に、正面に向かせ、足を開くいて膝を曲げながら座らせる。
　捕われると一貫の終わりだが、一番楽に出来る姿勢もそれだった。
　目の前で何が始まるのか、期待しているような顔が見える。
　腰巻きを捲り上げて、その端を紐に潜らせて固定する。
　露わになったそこに、指を這わせる。

「ん」

　反応があった。
　顔を見ると、恍惚とした表情が伺える。
　これならいいかもしれない。
　一気に、中を殴りつけるように手を入れた。

「ひ」

　ぐちゃぐちゃに、死力を尽くして掻き回す。
　片手は突起に、もう片方の手は中を責め立てた。
　そこに愛はないが、相手は魔物で、しかもグールだ。
　どうしようが、この行為は確実に彼女に火をつけた。

「？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？」

　グールは目を回していた。
　足で体を挟んでこないように、体重を使って押さえつける。
　数分もしないうちに、グールは全身を脱力させて半目で崩れ落ちた。
　女は痙攣していた。
　蜜が指を伝い、それを絡め取って彼女の全身に塗りたくるように拭く。
　そして、また続行する。
　グールの体が勢いよく跳ね上がった。

「
　　？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？
　　？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？
　　？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？？
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　」

　グールは終始無言だった。
　口を開けても、涙を流しても、幾ら蜜を、涎を垂れ流そうとも。
　比べて、いつのまにかまた喉を裂くように自分は吠えていた。
　飴を落とす程に口を開き、その口に自身の手を入れ、胸を揉み扱く。
　自分でそうして、絶頂を繰り返していた。
　始めてから約1時間を要して、やっと全身が一切の動きをしなくなった。
　くてん、と体を預け、死んだように気絶している。
　痙攣すら許さない程まで追い込んだのはお互い様だ。
　そして、仰向けに寝かせる。

「...ふゥム」

　寝顔は可愛いものだった。
　自分の精気を吸い殺す悪魔だとは、到底思えない。
　それがサキュバスの魔法を受けた魔物の外見なのだ。
　せめて記念に髪を一房ほど貰おうと、鋏で切った。
　次に、鉄パイプのような柩を押し上げるものを回収し、角燈も折りたたんだ。
　ランタンを変えて火を移し、角燈にも燃料を補給した。
　グールを抱えて、柩の蓋の上まで運ぶ。
　金属の細く尖った棒を用意する。そして、手頃な石も拾った。
　彼女の額にその金属の先を当てて、固定する。

　寝息も可愛いものだった。
　何となく、グールの胸を揉む。
　もしこの女が女王であれば、伝説の女王なのだろう。
　その美しさの為に周囲国の王族貴族から求婚され、戦乱の世となり、死んだ。
　唯一の女王にして傾国の美女にして時代の罪人。
　その時、自分はどんな表情だっただろう。
　金属の棒のもう片方に、石を添える。

「マァ、これ以上...墓荒らし、辞めてやンヨォ。
　そうダァ...盗賊でもやってみようかネェ。案外俺に似合うかもナァ」

　それだけ言って。
　そして、石を振り下ろした。