読切小説
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狂乱狒々の世紀末劇座 第一幕 (元)凶犬のおまわりさん
ヴォォォォォォォンッ!

「イヤッフゥ〜!」

日本のとある市街地の車道。
けたたましい爆音を上げて数十台のレーシングカーのような車が暴走していた。
赤い帽子を被り、オーバーオールを着て、付け髭を付けて日本の国民的ゲームキャラクターのマ○オの仮装をした小太りの男を先頭に、後ろから様々なキャラのコスプレをした集団が続いて爆走している。

「うぇぇぇ〜い!リアルマ○オカート最高どうぇ〜す!」

奇妙な珍走団を一目見ようと周囲に多くの野次馬が集まりだした。

「オラァ食らえ!このクソォッ!」

男はカートの中に入っていたバナナの皮を前を走行している軽自動車の前に投げ捨てた。

キィイィィィィッ!

軽自動車は投げ捨てられたバナナの皮に驚き回避しようとしたが、ガードレールに追突してしまった。

「これが本場の生スピンッ!いやぁ〜!いい音出しますねぇ〜!」

男は車の先端に付けられたカメラが軽自動車が事故を起こした瞬間を撮らえていた事に大喜びする。

「さぁ〜て次はキノコダッシュ使用・・・」
「オイ!そこのコスプレ野郎共!止まりやがれ!」

男がエンジンの速度を上げようとした時、後ろからドスの効いた女の声が響き渡った。

ガガガガガァンッ!ブォンドドドドォォーッ!

「うおぉっ!?何だアイツらぁ!?」

男達の後ろから先程のエンジン音よりも更に大きい轟音を立ててバイクに乗った女性が現れた。
バイクは警察の交通機動隊員が使う白バイで、それに乗っている女性はヘルメットを被り警官服を着ていた。
女性の特徴はそれだけではなく、顔は黒く、といっても黒人のように茶色がかっておらず、炭のように真っ黒だ。
頭からはピンと立ったイヌの耳が、尻には犬の尾が生え、手は黒い毛に覆われた肉食獣のもので、目の虹彩は燃え盛る炎のように紅い。
彼女は数十年前に異世界から日本にやってきた魔物娘という存在で、その中のヘルハウンドという犬型の種族だ。

「オラァー!人様に迷惑掛けてんじゃねぇぞコラァァァー!」
「ひぃぃぃぃ〜!」

珍走団のフォーメーションが女性の怒号に恐れおののいて崩れる。

「走り屋やんならマッポに怒鳴られた程度でビビッてんじゃねぇ〜!」
「ひぇぇぇぇぇ〜!」
「テメェらさっきからヒーヒーうっせぇんだよ!」
「す、すいましぇぇぇん!な、なんでもしまぁしゅうぅぅぅ!」
「なら大人しく止まってブタ箱ブチ込まれろやゴルァァァァァッ!おい!行けぇ!」

ブォォォーーーッ!

女性の掛け声を合図に後ろから珍走団以上の規模の白バイ集団が現れた。
隊員は男女が入り混じっているが、女性隊員の中には彼女と同じく魔物娘の者もいた。

「確保すっぞォ!そこを動くんじゃねェェェ〜!」

白バイ隊員達は怒号を上げて珍走団の群れへと突っ込み、一人、また一人と捕縛していき、あっという間に大半が捕まってしまった。

「お、俺だけでも逃げるんだぁ・・・」

先頭を走っていたリーダー格の男は後ろの仲間が次々捕縛されてゆく様を目の当たりにして顔面蒼白になり、自分だけでも逃げ出そうとその場から逃走しようとした。

「逃がしはしねぇぞ!」

ガォンッ!

ヘルハウンドは白バイのエンジンを全開にして珍走団と白バイ隊の乱闘戦前の間を走り抜け、男の車と距離を縮めていきついに追い抜かした。

「ひいっ!?」

ヘルハウンドの白バイは怯む男の前に踊り出て進路を塞いだ。

「仲間を見捨てて逃げ出そうとするなんざ大した野郎だな。」
「あ、あははは・・・これはどうも・・・」
「いよォし!その腐れ根性気に入ったァ!褒美に一発拷問カマしてやらァ!精神ブッま壊れるまでレイプ、ミンチになるまでブッ叩かれる、ドラム缶で蒸し焼き、この中から好きなモン選べや!」
「ヒャァッ!い、命だけはァァァァァ!」
「俺が聞きてぇのは命乞いなんかじゃねぇ!レイプ、ミンチ、蒸し焼きの中から何を受けてぇのか聞いているんだよ!アァン!?」
「ヒッ、ヒィァァァァ・・・」

本当に提案した拷問を実行しかねないヘルハウンドの凄まじい凄みに男は気絶寸前になった。

「黒条先輩、やりすぎですよ。」
「すまねぇ、白野。どうもコイツが頭(ヘッド)の風上にも置けねぇクソ野郎だったんでついやっちまった。」

黒条(こくじょう)と呼ばれたヘルハウンドの間に白野(しろの)と呼ばれた小柄な童顔の男性隊員が割って入った。

「こちらは全員確保しました。白バイ隊と容疑者共に怪我人は居ません。」
「おう、ご苦労様。こういう手のバカ共は少なくなったが、その分派手になってきやがるからな。怪我無しなんて運がいいじゃねぇか。」
「いえ、それもあると思いますが先輩の日頃のご指導のお陰ですよ。」
「フッ、入ったばっかだってのに一丁前の口聞いて照れさんじゃねぇよ馬鹿。」

こうして珍走団達は全員警察署へと連行された。
取り調べによると主犯格の先頭を走っていた男は動画投稿サイトのYou○ubeで有名飲食チェーン店に爆竹を投げ入れる、全裸で議案中の国会議事堂の中に乱入して大混乱を引き起こす、などの過激な投稿を繰り返しため全国で指名手配されており、今回はリアルマ○オカートと称してインターネット上で召集した人間と共にマ○オシリーズのキャラに扮し、レンタルしたレーシングカートのような車に乗り市街地を暴走するという旨の動画を撮影していたということだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

葛志賀署(かつしがしょ)。
日本のとある県の葛志賀市にある中規模の警察署だ。

「課長、報告書の作成が完了しました。」
「おい!遅すぎるんだよ!たったこれだけの仕事でなんでそんなに時間が掛かるんだ!」
「す、すいませんっ!」

昨日後輩を率いて珍走団を追い回していたヘルハウンド、黒条が上司の中年の男に怒鳴られていた。
昨日珍走団の主格に見せていた覇気は無く、ただ平謝りしているだけであった。
彼女の種族であるヘルハウンドは本来は気が強く、普通の個体ならば先程の上司の罵倒に反抗するか適当に受け流して他の仕事に移っているだろう。
だが黒条はヘルハウンドにしては珍しくとりわけ気弱な性格で、怒鳴り声に怯んでただ萎縮しているばかりであった。
ではなぜ、そんな気弱な彼女が珍走団を取り締まる時には犯人を荒々しく追い回した挙句普通のヘルハウンドどころか、ドラゴンやデーモンといった上級の魔物、否、それすら上回る恐ろしい気迫を放ち気絶一歩手前まで怯えさせてしまう真似ができたのだろうか。
その理由は本編を読み進めていけば分かるだろう。
スペシャルヒントを挙げるとするならばこの小説のタイトルをもう一度見直して考えて欲しい。

「ったく、最近の若い奴は使えんな!ましてや魔物娘なんて訳の分からん女の腐ったような奴だと尚更だ!」

黒条は上司の罵倒を背に受けて力なく自分の持ち場を後にし、部屋から廊下に出る。

「はぁ・・・僕ってダメな奴だなぁ・・・」

黒条は重い気持ちで自分の持ち場を後にした。
今日もダメだった。一向に上がらない業績を思い返してそう思う。

「また明日、頑張ればいいよね・・・・」

また明日頑張ればいい。
黒条は自分にそう言い聞かせて慰める。

「・・・、うっ・・・・。」

だが、ふと思い返して見ると昨日もそう言っていた。一昨日も。そのまた前日も。さらにそのまた前日も。
結局、何もできていない。結局頑張れていないじゃないか。
そう思うと無性に悲しく、悔しくなってくる。

「ううっ、ううぅうぅぅ・・・!」

自然と目頭が熱くなり、涙が流れて頬を伝ってきているのが分かる。

「ひっく・・・ぐすっ、ひっ、ひっ・・・」
「黒条先輩、大丈夫ですか?」

すすり泣いていた黒条に彼女の後輩である白野が心配そうに声を掛けた。

「い、いや何でもないよ、白野くん・・・僕は大丈夫だよ・・・大丈夫だから・・・」
「そんなに泣いていて大丈夫そうな訳ないですよ!」
「っ・・・・!」
「一体何があったんですか?僕で良ければお話お聞きしますよ?」
「う、うん・・・」

黒条は白野の真剣な眼差しを見て結局根負けしてしまった。

「えっ、えっと・・・ぼ、ぼぐ・・・ぐしゅっ、ひっぐ、うぇぇぇ・・・」
「先輩、無理して今すぐ話さなくても良いですよ。後で落ち着いてから話しても構いませんから。はい、どうぞ。」

黒条は白野に渡されたハンカチを受け取ると涙を拭く。
その目は白目の部分が黒いため分かりにくいが充血している。

「あ、ありがとう。白野くん。」
「そうだ、先輩。近くに行きつけのお店があるのでそこでお話お聞きしましょうか?」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

黒条は白野に連れられて小洒落た喫茶店に来ていた。
店内にはカップルや夫婦が多く居て、それぞれ夫婦でのやり方で愛を深め合っているが周りにいる自分達以外の者の邪魔にならないよう静かにイチャついている。
そして二人は店の端側の席に陣取り、カフェのメニューを嗜んでいた。

「悪いね白野くん、辛い事聞いて貰って励ましてもらった上にご飯もおごってもらっちゃて。」
「いいんですよ、先輩が元気になってくれるならこれぐらい構いませんよ。」

黒条はカルボナーラをフォークでクルクルと巻き取りながら申し訳なささの混じった笑顔を見せる。

「先輩が後輩に、しかも大の女が男の子にご飯代払って貰うのってなんだかかっこ悪い気がするなぁ・・・・こんな情けない先輩でごめんね白野くん。」

普通の人間が聞くと言っている事が逆な気がすると思うが、これは彼女らヘルハウンドのような女性上位の魔物娘が抱く男女の概念が逆転した思想を持っているためである。

「女の人が強くなきゃいけない考えを持つタイプの魔物娘の先輩だとそう考えてしまうのも無理はありませんよ。今日は遠慮しなくてもいいですからね。」
「うん。ありがとう。白野くん。」
「あ、なんかこんな風にやり取りしている先輩と僕がまるで恋人みたいな感じがしますね。」
「んぶぅっ!?」

黒条は白野の発言に驚いて口に入れたばかりのカルボナーラの塊を喉に詰まらせてしまった。

「先輩!?僕何か悪いこと言いましたか!?」
「い、いや何でもないよ!白野くん!ただ白野くんが恋人でも別に悪くないしむしろ良いかなーって考えただけだよ・・・・えっ!?」
「なんだ、そういうことですか・・・ええっ!?」

予想もしなかった爆弾発言が出てきてしまったことに黒条と白野はお互い戸惑いを隠せなかった。

「せ、先輩・・・!?」
「い、いやごめんごめん!本当にごめんなさいっ!」
「先輩、そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。」
「あ、あははは・・・全くそそっかしいなぁ僕って・・・」
「だって僕、先輩のこと前から好きでしたから。」
「そ、そうなんだ・・・嬉しいなぁ・・・えええええええっ!?」

黒条はまたしても繰り出された予想外の追撃に激しく狼狽えた。

「悪い人と戦ったり捕まえたりしているかっこいい所と仕事で健気に頑張っている姿に惹かれました!付き合って下さい!」
「いやいやいやいや!?なんで僕なんかと!?こんな僕なんかよりいい女の人は幾らでもいるでしょぉぉぉぉぉぉっ!?」
「僕は先輩じゃないと駄目なんですっ!」
「だ、だって僕体つきだって細くて貧相だし・・・」

確かに黒条の体は他のヘルハウンドと比べてかなり細くて胸も小さくスレンダーな体型だが貧相というほどでもなく健康的だ。

「それに、何やってもダメだし、ドジだし・・・」
「これ以上自分を卑下するのはやめてください!先輩には取り柄ありますよ!バイク運転するの上手いし、いざという時は頼りになるし、優しいし!それに、先輩の良い所も悪い所も全部僕は全部受け入れられますよ!」
「で、でも!君が僕を受け入れてくれたとしても僕には・・・」
「お客様、店内での喧嘩はご遠慮くださいませ。」

黒条と白野は暫く小競り合いを繰り返していると、近くを通りかかったチェシャ猫の店員にいいものでも見たようなニヤニヤとした笑顔で注意された。

「は、はい・・・」
「すいません・・・」

こうして、黒条と白野はこの日から正式に付き合うこととなったのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


数日後、。
黒条は仕事に精を出していた。
この前白野に励まされて自信が出たためかその表情は生き生きとしている。

「ねぇ、あれ。黒条さんなんか変わったと思わない?」
「そういえば前より格段に仕事のペースが上がっているわね。」
「黒条のヤツ、前なんて書類1枚仕上げるのにかなり掛かってたのにな!」
「すげぇ・・・!あいつあんなに仕事できたのかよ!」
「俺も何も出来ないダメなヤツだと思ってたけど見直したわ!」

黒条の同僚達は猛スピードで仕事をこなしていく彼女を見て舌を巻いていた。

「ふぅ、もうお昼かぁ。お弁当でも食べようっと。」

黒条は昼の休憩に持ってきた弁当を鞄の中から出して机の上に置く。

「・・・・あっ!」

続いていつも持ってきている水筒を出そうとすると姿が見当たらない。

「あーっ・・・慌ただしく支度したから忘れちゃったんだなぁ・・・下の方に飲み物の自販機あるしそこで買おう。」

黒条は下の階の署の入り口のほうにある自販機で飲み物を買うために下の階段を降りた。
階段を降りるとすぐ横に自販機があった。ミネラルウォーター、林檎ジュース、コーヒー等様々な飲み物が並んでいる。

「何にしようかな・・・」
「あ、黒条さん!」

黒条が何を買おうかと迷っている所へ同じく飲み物を買いに来た白野が現れた。

「黒条さん、何か飲みたい物でもあっんですか?」
「いや、今日よりにもよって水筒忘れちゃったから代わりに何か買おうって思って来ただけかな〜」
「そうなんですか。」
「あ、そうだ、白野くん。白野くんのオススメの飲み物って何かあるかな?」
「そうですね・・・・」

バァンッ!

白野がオススメの飲み物の名を口に出そうとした時、入り口の方から乱暴に扉を開ける音がした。

「オイ!署長を出せやゴルァ!」

髪を金髪に染めて剣山のように逆立てたガラの悪い大男が署に入って来た。
かなり上質な袖の出てアロハシャツを身に付け、丸太のような太い腕には銀色の鎖がジャラジャラと巻かれている。
大男は2m近い巨体を揺らして受付へと迫った。
それに受付の女性は恐怖で顔をひきつりかけた笑顔で対応する。

「あ、あの一体どのようなご用で・・・」
「さっき言ったのが聞こえなかったか!署長を出せって言ったんだよ!」

ドバガァンッ!

大男は乱暴に受付の台を乱暴に叩くと、近くで雷が落ちたかのような凄まじい音と共に受付の台に縦に一筋の黒いヒビが入った。

「ひ、ひぃっ!」
「何が違法駐車なので移させて頂いただぁ!?移すなら事前に言えやコラ!勝手にパクってんじゃねぇよゴルァッ!」

女性のひきつりかけた営業スマイルが神経を激しく逆撫でしたようで、大男は先程よりも更に怒り出した。

「チッ、違法駐車した車を移転されるのは当たり前だろ・・・最近の若者は教育がなっていない・・・全くああいうのを社会のゴミというんだ!」

近くにいた黒条の上司が横暴に振る舞う大男を見てぼやきを吐いた。

ガタッ!
ドスドスドス!

「なんだァとォ!?こんの腐れオヤジがァ!?」

ガッ!

「ひょぇぇぇっ!?」

ぼやきが耳に入った大男はすぐに上司の元へとすっ飛んで行き、胸ぐらを片手で掴み上げた。

「聞こえたぜぇ?誰が社会のゴミだとォ?」
「あ、い、い、いえ・・・そ、そんなことなんて一言も・・・」

いつもの黒条をはじめとする部下にパワハラをしている時の尊大な態度は何処へやら。上司は顔面蒼白になり、額から滝のような汗を流してガタガタと震えている。

「面白ぇことぬかしてくれるじゃねぇか!テメェをゴミにしてやらぁ!」
「ひぇぇぇぇ〜!」

ブワンッ!

大男は近くのゴミ箱に向かって上司を放り投げた。

バンガラガッシャアアアアンッ!

ゴミ箱に投げられた上司は頭からゴミ箱に突き刺さっていた。
かすかに足がピクピクと痙攣している。

「オラァアァァ〜!早く署長を出しやがれ〜!」

ガァン!ガッシャーン!

怒り狂った大男は手当たり次第に辺りの物を投げつけたり蹴り飛ばしたりして暴れていた。

「俺は警視総監の孫なんだぞ!てめぇらみてぇなヒラ警察共とは違うんだよコラァ!」
「あわわわわっ!し、白野くんっ!今すぐ署内のみんなを呼んで来なきゃっ!」
「はい、わかりま・・・・・」

大男の激しい暴れ様を見た黒条と白野は慌てて署内の人間を呼ぼうとした。
すると、一人のカラステングの婦警が大男の前に出て激しく叱責した。

「ちょっと!このことはそもそも違法駐車をしたあなたに非があるのではないんですか!」
「あぁん!?鶏肉のなり損ないの分際でしゃしゃり出てんじゃねぇ!引っ込んでろ!」

バシャッ!ガシャンッ!

「きゃあっ!」

大男が投げた観葉植物の植え替えが婦警の後ろの床に直撃して四散する。
それを見た白野は一目散に婦警と大男の元へと駆け出し、二人の間に割って入った。

「止めてください。」
「あん?」
「ちょ、ちょっと!?し、白野くん!?」

黒条はすぐにでも白野の元へと行き、彼を止めたかったが緊張と大男に対する恐怖で動けない。

「彼女の言ったことは正しいです!あなたに違法駐車された方々がどれだけ迷惑したか分からないんですか。」
「うるせぇ!ヒラ警官のくせに俺様に説教なんてかましてんじゃねぇぞクソチビがぁ!」

バキィッ!!!!
ドシャアッ!!!!

「うっ・・・!あっ・・・!」

大男の巨大な拳を直接頭に受けた白野はその場に倒れて悶え苦しむ。
殴られた箇所からは血が流れていた。

「白野さんっ!」

婦警が慌てて白野の元へと駆け寄る。

「あ〜、やっちまった。下手すりゃ殺っちまったかもしんねぇな〜。ま、爺ちゃんのコネ使って揉み消せるからいっか。さて、こうなりゃ俺様自ら署長のとこに行くしかね・・・」

痺れを切らした大男は署長の元へと行こうとした。

「おい、待てよ。」
「ッ・・・・・!?」

だが、後ろから放たれた恐ろしくドスの効いた低い女の声に恐怖感を覚えて足を止めた。
大男が後ろを振り返ると、そこには黒条が立っていた。
目には地獄の炎のような赤い光が宿り、背は天を貫くように伸ばされ、脚は地面を押さえつけているかのように踏みしめられており、全身からは不動明王の如き強大なオーラが溢れている。
弱者の中の弱者といっていい普段の彼女とは程遠い絶対強者の覇気が署の一階を包み込んでいた。

「お、おい、あれ・・・黒条だよな・・・!?」
「嘘だろ・・・」

普段の超がつくほど気が弱く小動物といっていい性格の黒条を知る署員達は自分達の視界に写っている怪物驚愕していた。

「こ、黒条さん・・・!?」

同じように白野も頭の怪我の痛みも忘れて愛する者の変貌ぶりに驚いていた。

「な、なんだよ!コ、コスプレ女が何の用だよ!邪魔すんじゃ」

「おい」

「うぁぁっ・・・!?」
「・・・・!?」

黒条の口から凄まじい凄みのある言葉が放たれた。
よく二文字の言葉はインパクトが大きいとはいわれているが、彼女の口から出たものは大きすぎて人を何千人も失神させられるだろう。

「ひ、ひょえあっ!?」

大男は怯えていた。その証拠に鋭い歯の生え揃った下顎がガチガチと震えている。

「人の男を傷つけておきながらタダで帰れると思うなよ?」
「ひいいいいああああああっ!?」

ビシュンッ!ズドン!

「ぶぎゃあ!」

黒条は目にも止まらぬ速さで拳を大男の顔面に打ち込んだ。
勢いよく殴り倒された大男が床に激突する衝撃音が辺りに響き渡った。

「あ、あがふ・・・・」

ガッ!

「ひぇっ!?」

黒条は倒れた大男の髪を掴み上げ、至近距離にまで顔を持って来て睨みつけた。

「や、やめてくだしゃい・・・」
「ダラァ!!!」

バガァン!!

大男の顔が勢いを付けられてまた床に叩きつけられた。

「フン!」

ガッ!!!ガッ!!!ガッ!!!

黒条が倒れている大男を何度も蹴り上げ、うつ伏せになっている大男の体を数回回転させて仰向けにする。

「あ・・・あ・・・・」

シュダッ!!!!!

大男が仰向けになるとすぐに黒条はその上に跨り顔面を殴りつけた。

「お、おいぃ!!!お、俺はぁ!!!警視総監の孫だぞおおおお!!!」
「あん!?それがどうしたんだよゴルァ!?」
「だ、だから・・・お前みたいなヒラ警官なんて直ぐに・・・」
「さっきからヒラヒラうっせえなぁ!てめぇが何者だろうと俺の身の上がどうだろうと関係無え!てめぇの面を、俺の・・・白野と同じように、いや、それ以上にグチャグチャにしてやるぞコラアアアアアアアア!!!!!」
「ひいいいいいいいいいい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

ズガ!!!
バゴン!!!
ゴガン!!!
ドグシャア!!!

大男の上に馬乗りになった黒条は削岩機のような激しい音を立てて大男の顔に拳を何十発も叩き込んでいった。

ドガバキグシャゴシャドシャガンドンバンギン!!!

大男は黒条が繰り出した拳の嵐の中である記憶をふと思い出した。
数年前、警視総監の祖父の金で買った高級外車を乗り回し、暴力で従わせた下町のチンピラ共を引き連れ市内を暴れまわっていたあの頃。
自分は日本で、世界で最強の存在だと思い込んでいた。奴と出会ってしまうまでは。
ある夏、いつものように舎弟を引き連れて廃工場にたむろしに行こうとすると、そこに別の暴走族が先に溜まっていた。
奴等は全員美少女揃いで、しかもトカゲのような尻尾が生えていたり赤い肌で角が生えている者もいた。俗に言う魔物娘というやつだ。
上玉の女がこっちから来てくれるとは好都合といわんばかりに鼻の下を伸ばして舐めて襲いかかったのが運の尽き。
あっという間に舎弟たちは全員叩きのめされ、残るは怯える自分一人になった時、奴が現れた。
屈強な異形軍団を怒号一つで引き下がらせたあの、特攻服を身につけた恐ろしい気迫を放つ黒い犬の女を。
奴の気迫の前では自分はただ何も出来ずただ木偶の坊のように殴り倒されるしかなかった。
そして、脳震盪を起こして朦朧とする意識の中で見た去りゆく奴の背に彩られた真紅の四文字をを今でもはっきりと覚えている。

煉獄凶犬

巷で名を轟かせている三大暴走族の中の一つで、構成員は全て魔物娘であり、ボスの黒条王牙(おうが)はとても凶暴な性格で知られており、近くの暴走族を一人で全滅させたり、警察署を襲撃して火を放ったなどという伝説も数多く残している。
そんな大物に喧嘩をふっかけた身の程知らずな自分を後悔しながら大男の意識は闇へと消えた。

「ま、まさか・・・」

回想を終えて気がついた頃には黒条の渾身の一発が目前に迫って来ていた。

「ひぎゃあああああ〜〜〜〜〜〜!!!!!助けてぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!ママぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

再びかつての恐怖を思い出した大男の悲鳴が署内に木霊した。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「ほ、本当に申し訳ありません!!!!」

翌日、黒条は署長室で泣きながら黒い上質な机の奥で椅子に座っている署長に土下座を決めていた。

「黒条くん。誰にでも間違いはあるし、君に殴られた男も非を認めて反省しているようだしその祖父である警視総監からも謝罪の手紙も来ている。そのおかげで君のクビは免れたようだ。」

署長の刑部狸は左手で頭を押さえながら話を進める。

「そ、そうですか・・・・」
「だがしかし本来守るべき一般市民に暴行を加えてしまった事には変わりない。君には謹慎一カ月の処分が言い渡されている。心得ておきなさい。」
「はい・・・」
「それと最後にいいかね?」
「何ですか?」
「事件を目撃していた君の後輩達にに聞いたのだが、あれは白野くんを傷つけられて怒ってやったそうだね。」
「はい。大切な人があんな目に遭わされてどうしても押さえきれなかったんです。誠に申し訳ありません・・・」
「流石にやり過ぎだとはいえ、それだけ白野くんを大切に思っていることは確かだね。・・・彼の事はちゃんと幸せにしてあげるんだよ?」
「・・・・ありがとうございます。署長。それでは失礼いたします。」

黒条は署長室の出口に行くと、署長に向かって敬礼して部屋を出た。

「黒条さん、ごめんなさい・・・。僕のせいであんなことになってしまって・・・」

署長室を出た黒条を、大男に殴られた箇所に傷当てパッドをつけた白野が出迎えた。

「いやいや、べ、別に気にしてはいないよ。それよりも怪我の方はどうなの?」
「まだ痛むこともあるけどそんなに大した怪我じゃないですよ。」
「そ、そうかぁ・・・。早く良くなるといいね。それよりも、あの時のこと覚えている?」
「何ですか?」

白野が首を傾げる。

「一昨日話している時に、白野くんが「乱暴で不良みたいな人は嫌い」って言ったのを覚えている?」
「ええっと、確か言った様な気もしますね。それがどうかしたんですか?」
「うん、昨日警視総監のお孫さんを何発も殴っちゃった時があったでしょ?だからそのことで伝えたいことが出来たんだ。落ち着いて聞いてくれるかな?」

黒条が深刻そうな顔をする。
それを白野は心配そうに見つめた。

「実は僕・・・・不良だったんだ・・・。それもかなり大きい集団を率いている札付きのワルだったんだよ・・・。」
「・・・・・。」

一瞬、白野の表情が強張る。

「今でもたまにその時のクセが出ちゃう時だってあるんだ。例えばバイク乗っている時とか、昨日みたいに怒ったりした時とか・・・。僕が悪さしたせいで人に沢山迷惑もかけてきた・・・。だから、僕が白野くんの嫌いな乱暴な不良だったということで白野くんを悲しませたくなくて今まで隠していたんだけど、昨日のことで話そうと決めたんだ。」
「黒条さん・・・」
「だから、今まで隠しててごめんね。」
「そうだったんですか・・・それでも黒条さんのことが好きであることには変わりませんよ。」
「・・・・・・!」
「はい、確かに僕はそういう人は凄く嫌いです。特に自分は足を洗ったと言っておきながら自分が行った悪事を自慢して回る人が一番嫌いなんです。ですが黒条さんは自分が悪い事をしたという事を反省して直向きに生きているので受け入れられるんです。」

白野は黒条に向かって子供のいたずらを許す母親のような微笑を浮かべる。

「白野くん・・・ありがとう・・・。」
「はい、これからも宜しくお願いますね。黒条さん。」

廊下の電灯が、2人を優しく照らしていた。
18/05/07 07:46更新 / 消毒マンドリル

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