連載小説
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けいやく

「どう?気に入ったでしょう?」
 檻の中に居る物から、恭一は目が離せなかった。
 美しく長い黒髪、やや高い背、童顔だが整った目鼻立ち。それら全てが、彼の良く知る優衣のものと殆ど同じだった。
 ただひとつ、大きく違う点がとすればそれは目だろうか。
 恭一の知る優衣は常に知性をおびた山猫のような目をしていた。しかし、檻の中の彼女は、濁った魚のような、死んだ目をしていた。彼女の半開きになった口から「あー」とも「うー」ともつかないような、小さなうめき声が漏れ出ていた。
「これは、一体?」
「かわいいゾンビちゃんよ?」
「ゾンビ、ですか」
「ええ、病院から火葬場に運ばれる前に手に入れた新鮮な死体にあれこれして、ゾンビにしたのよ」
「……」
 何をバカなことを。
 喉まででかかった言葉を、恭一は飲み下した。ゾンビなど存在するはずがない。
 ホラー小説や漫画の中だけの現象。それが恭一のゾンビに対する印象であった。
「信じられない?だったら触ってみる?」
「は、はい」
 しかし、目の前に存在する女性の姿が。死んだはずの優衣の姿が。
 その意思を映さないような濁った瞳と。檻越しに触れたぞっとするほどに冷たい彼女の頬がそれを否定していた。
「貴方の寂しさを癒してくれるゾンビちゃん、ほしくない?成長もするし。そしたら貴方のことだけを見てくれる素敵な女性になるのだけど」
 女性からの、問いかけ。恭一にはその言葉が悪魔の囁きに聞こえた。
 否、本当に悪魔なのかもしれない。死した想い人をこのような姿にして目の前に出してきたのだから。
 『貴方のことだけを見てくれる』、その一言が何度も心の中を回転する。
「それ、は」
 頷けば、破滅する。恭一は本能的にそう思った。
 檻の中の、ゾンビ……優衣と目が合う。
 相変わらずの、濁った瞳。しかし、それでも、確実に恭一の姿を映し出していた。
「ほしい、です」
「そう、良かったわね。ゾンビちゃん」
 恐る恐る頷く、恭一。
 その様子を見て、女は三日月のような笑みを浮かべたのだった。



−−


「はぁ、はぁ」
 恭一は、荒い息をつきつつ自らのアパートの一室に座り込んだ。
 人一人運ぶのがここまで大変とは思わなかった。しかも病人服を着た顔色の悪い女性である。誰かに見つかったら、そう考えただけで背筋が凍る。
 本当は手を引いて歩こうとも思ったが、掴んだ手のあまりの冷たさ、そして取れてしまった腕を見て恭一はそれを断念した。売り込んだ女性は『こうやってくっ付ければ大丈夫』とすぐに切断面に当ててくっつけてしまったがそれでも心臓に悪い。
「あう」
「ええと、とりあえず何か食べるか?」
「うう」
 何を言っているのかは分からないが、とりあえずは腹ごしらえが大事だろう。
 同じくアパートの一室にぺたりと座り込む優衣を横目に見つつ、恭一は鞄から出した薄い冊子を広げる。女性から受け取った水色のポップな表紙に似合わない『ゾンビの飼い方』というマニュアル本だった。
 ゾンビの食事というと生肉だろうか。下手をしたら生きた人肉である可能性を考えて震えながらページをめくる。もし生きた人肉であれば自分を供する覚悟だった。
「食事は、3ページ目か」
 目次を確認して、目当ての記述を探す。程なくして恭一は目指す記述を発見した。

『ゾンビのご飯!
ゾンビちゃんは人間の精液が大好物です。
毎日二回以上、彼女の前でズボンを脱ぐだけで大丈夫!あとは勝手にやってくれます』

「……は?」
 そこにはあまりに予想外の事が書いてあった。
 恭一は2、3回目を擦って文面を確かめるが、文面に変化はなかった。
 たしかに自分を供する覚悟を決めたばかりだが、こんな形とは思いもしなかった。
「人間の、精液?」
「うう?」
 後ろから文面を覗き込む優衣の顔を見て、恭一は小さくため息をついた。
 流石にふざけすぎだ。そう考えた彼は、再びマニュアル本をめくる。
 しかし、薄いマニュアルの中にそれ以上の記述はどこにもなかった。
「本当、なのか?」
 振り返って優衣の顔を見る。精気のないの彼女の顔は、以前とは違う独特の色気を放っていた。
「試して、みるか」
 他に記述もない。ならば試すしかないと恭一は立ち上がって自らのズボンのベルトに手をかけた。
 もし、本当は人肉を食べるとして噛み切られるならそれはそれで良いと思った。好きだった女性のゾンビに欲情する最低の男が食われた。それだけの話だ。
「うう、あ」
 パンツまで下ろしたとき、ふいに彼女の様子に変化が訪れた。今までの散漫な動作と違う、餌を見つけた動物のような動きで、彼に這いずりよる。
「……っ」
 そして、彼女はずっぽりと恭一の性器をくわえ込んだ。
 ぞっとするほど冷たい口の中の感触が、そしてそれ以上の快感が恭一に襲い掛かる。
 思わず腰を引いて逃れようとするが、がっちりと腕で背中を押さえられ、外すことができない。
 ぐぽっ、ぐぽっと普通であれば吐き出してしまうほどの奥に飲み込まれ、吸い出される。かと思えば先端の筋の部分をちろちろと舐めあげてはちょいちょいと穴を突かれる。そのたびにくらくらとするような快感が恭一の脳髄を走り抜ける。
 男性の感じる場所を知り尽くしたかのような動き、もたらされる魔の快楽に恭一はただ声を漏らすのみだった。
「出る……っ、もうっ」
 そして、限界は早く訪れた。
 どろりとした白濁が直接優衣の喉へと流れ込む。こくり、こくりと精液を飲みくだす音が安アパートの一室に響いた。
「はぁ、はぁ……」
「ぷはっ」
 思わず腰砕けになって床にへたり込む恭一。それを見て、彼女は無邪気な笑みを浮かべたのだった。
 


−−


「いいか?俺はこれから学校に行かなきゃいけないの。分かってる?」
「あーうー」
 『ペット』を飼い始めて数日目の朝、袖をつかまれた恭一はため息をつきつつ、その白い指を外した。魚の死んだような彼女の瞳が恨めしげに恭一を見上げる。
 しばらくの付き合いで恭一が知ったのはゾンビである彼女の物分りは異常なほどに良いということだった。水道の使い方、トイレの使い方、服の着方。そんな基本的なことは一度話すだけで伝わるほどだ。元々頭の良い優衣だったからだろうか。それとも身体に染み付いているからだろうか。いくつかの欠点を除けば間違いなく下手な犬や猫よりはずっとたちが良いのは確かだった。
「ううー」
「−−全く」
 その一つがこれだ。
 とにかく彼女は恭一がどこかに行くのを嫌がるのだ。トイレには一緒に行くものではないと何度説明したかは分からない。風呂に一緒に入ろうとする事に関しては完全に諦めたが、それ以上の事はさすがに無理だった。
 数日を過ごしたことで、もう一つ分かったのは彼女が完全なゾンビだということだ。鼓動のない屍人特有の冷たい肌は触ったものに大きな違和感をもたらす。もし、見た目が誤魔化すことができたとしても、流石に人前に出すわけにはいけない。
「分かってくれ、な?」
 優衣の頭をくしゃりと撫で、恭一は懐から安物のチョコレートを一つ取り出した。普段は精液しか口にせず、恭一の食べるものに殆ど興味を示さない彼女が唯一興味を示したのがこれだった。
「まってたら、これを食べていいから」
「ううー」
 彼女がゆっくりと頷くのを確認し、恭一はドアを閉める。
 今日も早く帰ろう。そんなことを考えながら。
16/04/27 02:30更新 / くらげ
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