読切小説
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『冷血のタイタス』
 某所某日、教団兵による黒ミサ襲撃。
 人と魔物の誇りをかけた戦いを制したのは、サバトの軍勢である。
 そして、戦場に残されたのは、敗北した兵士達と幼女の集団であった。

 ロリ、ロリ、ロリ。
 魔物達の中でも、バフォメットの掲げる意志に集いしサバトの団体に属する娘は、その全てが年端もいかぬ少女だ。
 そのため、どこを向いても幼女である。捕虜として連れて来られた屈強な戦士たちは、身動きの取れないように捕縛され、一纏めにサバト陣内のテントへと連れて来られると床に座らせられた。

「ち、畜生。魔女共め!」
「俺達をどうするつもりだ!」

 身動きの取れぬ身でありながら、未だ闘志冷めやらぬ者が吠える。あどけない少女達は、臆することもなく、男達が放つ負け犬の遠吠えに、きゃっきゃっ、と無邪気に笑い声を立てた。

「くそっ、笑うんじゃねえ!」
「気色の悪いガキどもめ!」

 飛び出す罵詈雑言。
 すでに自棄糞。怒りに身を任せる者、自嘲する者、じっと黙する者。
 それぞれ反応を見せながらも、そこはたゆまぬ修練を積んだ兵士達、みっともなく取り乱して泣き叫ぶような者はいない。
 皆、覚悟を決めているのだ。魔物に囚われた者が辿る、己と仲間のおぞましい末路を。

「ほれ皆の者、静まらんか」
 カポ、カポ、蹄の音を立てて、テントの幕の中に山羊角を持つ幼女が現れた。
 彼女はこの戦で、サバト軍勢を指揮していた、バフォメットである。
 司令官の登場にさすがに幕内の空気が引き締まる。

「あっ、バフォ様。遅ーい」
「もう、待ちくたびれちゃいました」
「バフォ様、お菓子食べます?」

 ……。口々に、小鳥のようにさえずる少女達。バフォメットはうるさそうに、ハエを追い払うような仕草で手を振った。
 親しみと不敬は紙一重のバランスで保たれていて、魔女たちは大人しくそのくちばしを閉じる。
 訪れたのはぬくもりのない、冷たい沈黙。嵐の前の静けさを予感して、魔物に取り囲まれた兵士たちは固唾を呑んでなりゆきを見守った。

 咳払いをして、注目の集まる中バフォメットは口を開く。

「さて、まずは皆良くやった。此度の戦い、勝利できたのは貴君らの働きあってこそ。お姉様もさぞお喜びであろう。さてさて、使い魔のない者達に集まってもらったのは、他でもない、そこに直るお兄さま方の処遇を、そなたらのいずれかに任せようと思うての」

 たちまち、あちらこちらから、キャーと、黄色い歓声が上がった。
 顔色を青ざめさせたのは兵士たちである。

「やるならやれよ、クソッタレめ!」
「へへへ、俺達を生贄でもする気か、魔女さんよう」

「威勢が良いの、よしよし。その屈することを知らぬ身、我らがとっくりと、堕としてやろうのう……」
 バフォメットは、兵士達の顔をじっくりと見回し、彼等の覚悟を見て取り。
「リリガ。まずはお主が一人選ぶが良い。この場で見せしめにしてみせよ」
 と、告げた。

「はぁーい! やった! やったー!」
 手を上げて大喜びするのは、魔女ではなくアークインプの少女であった。
 やわらかな紫の髪には白い一房が混じり、尖った耳と黒い角が覗いている。短い髪型と大きな瞳。彼女を見た者には、あどけなく活発的な印象を与えるだろう。
 肌は決めの細かい小麦色で、ところどころにリボンをあしらった衣装は露出が高く、幼さに潜む妖艶さを引き出させている。

 インプ族は大体が、魔界で群れをつくり活動する魔物である。
 リリガも昔はそうやって暮らしていたのだが、ある時、サバトに興味を持ち入団した。
 そんな魔物も珍しくはない。

「お兄ちゃん。私とあーそぼ」
 リリガは一直線に、ある兵士のところへ駆け寄った。この男にすでに目をつけていたのだろう。無邪気な笑顔を向けて、一人の兵士を立たせる。

 立ち上がった男を見て、他の兵士たちは目を見開き、どよめいた。

「おお、タイタス!」
「くくく、馬鹿な奴め、よりにもよってタイタスを選ぶとは!」
「無情の戦鬼。その名も人呼んで『冷血のタイタス』」

 兵士たちの中でも屈指の実力を持つ、百戦錬磨の戦士である。
 その眼差しは凍った湖よりも冷たく、その鉄面皮はたとえ敵から拷問を受け、腹を抉られてもまゆ一つ動くことはないという。
 この世の喜びを忘れ去ったかのようなその男が、嘆き悲しみ怒る姿を見た者はない、ましてやその笑顔は片鱗すら浮かばぬ。
 戦場でも冷酷無比に徹するその姿は、仲間内からも恐れられているのだ。

 例えなにが起ころうとも、タイタスならば醜態を晒すことはあるまい。
 俺たちの最後の意地を見せてやれ、タイタス!
 そんな仲間たちの期待を一心に背負い、タイタスは無言で小さな少女を見下ろす。

「お兄ちゃん、タイタスっていうんだあ」
 リリガは屈託のない子犬のような眼差しでタイタスを見上げ、
「すてきな名前だね」
 少し小首をかしげるように、微笑んだ。

 1、2、3秒、経過。

 タイタスはおもむろ枷に嵌められた手で、自分の胸を掴んだ。
 その肩がわずかに震えだす。

「どうしたタイタス! 名前褒められただけだぞ!」
「悪魔め、タイタスに何をした!」

 吠える兵士の声に魔女達はクスクスと笑い声を立てた。

「ねえねえ、タイタスお兄ちゃん。リリガね、お兄ちゃんを最初に見たときから、好きだったの」
 リリガの小さな手が、くいっとタイタスの服を引っ張る。
 ガクーンとタイタスが片膝をついた。

「タイタスが一撃でやられたあ!」

「きゃっ、タイタスお兄ちゃん大丈夫?痛くない?」
 よしよし、とリリガが慰めるように跪いたタイタスの頭を撫でる。

『冷血のタイタス』仲間からもそんな名前で呼ばれる彼が、その灰色の生涯で初めて感じたぬくもりであった。

 不意にリリガがタイタスを見つめたまま顔を赤らめる。女子供に恐れられることが日常茶飯事のタイタスが訝しげな視線を送ると、リリガは恥ずかしげに小さな声で答えた。
「あ、お兄ちゃんの顔……近くで見たらドキドキして……えへへ」
 ぷしゅう、と湯気でも出そうなぐらい尖った耳の先まで真っ赤に染めて。照れ笑うその声が届いた時、タイタスの枷が砕けた。

「何ぃ!タイタスの拘束が解けただと!」
「なんだか知らんがチャンスだぜ!」
「反撃しろタイタス!」
 兵士たちから高揚した声が上がる。きゃあきゃあと魔女たちも可愛らしい声を立てた。

 巨像のように動きのないタイタスであったが、しばし思いを巡らせるように指を曲げたり伸ばしたりすると、ゆっくりと腕を広げた。
 それを見たリリガは顔を輝かせると、嬉しそうにその胸に飛び込んだ。「お兄ちゃん、リリガのお兄ちゃん!」無防備に頬を擦り寄せ、宣言する。
 対するタイタスはまるで自分の腕が少女を壊してしまうのを恐れるようにそっとリリガを抱きしめた。

「おめでとう、リリガ」
 新たに誕生したカップルにバフォメットと魔女たちが温かい拍手をおくった。

「うおおおーい!タイタース!」
 兵士たちは絶叫した。

 タイタスはリリガを抱き上げて立ち上がった。その首にリリガは腕を絡ませ、嬉しそうにぴょこぴょこと尻尾を揺らす。
 見つめ合う瞳はなんかもうお互いしか見えてない。二人の世界が広がっている。

 ……かに思えたその時である。

「皆」

 タイタスが兵士たちへと顔を向けて口を開いた。
 重々しい声の響きに、だれもがその続きを聞こうと沈黙する。

「今まで世話になったが、俺はリリガたんと幸せになる!」

 晴れやかな笑顔になったタイタスの力強い宣言が、静まり返ったテント内に響き渡った。

「タイタスー!やっと口きいたと思ったらコノヤロー!」
「ざけんなおらぁ!ちょろすぎだろてめぇ!」
「なんだその爽やかな笑顔は!」
「冷血どこいった!」

 一拍の間を置いて次々と怒号が上がったが、タイタスは素知らぬ顔で朗らかに笑うとリリガと共にテントを出ていった。
 止める者もいないので、予め魔女たちはそういう段取りを決めているのだろう。

 しかし外から風に乗ってか「タイタスお兄ちゃんだーい好き」だの「ねえ、リリガにチュウして?」だの聞こえてくるので、兵士たちの心は絶大なダメージを受ける。

「フッ、さて、次にお兄さまの枷を外せるのは誰かのう……」
 兵士にかけられているのは『愛する想いが通じた時のみ外れる魔法の枷』。バフォメットはゆるりと微笑むと、そわそわと自分の番を待ちわびる魔女の中からまた一人を選ぶのだった……。

17/11/23 21:31更新 / くろこま

■作者メッセージ
天然で魅了するアークインプちゃん最高やな……!
そんな思いのすべてを込めました。

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