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神子の駆け落ち-2
それから、彼女は、1枚目の結界の外から、僕の部屋の窓から見える位置でこちらをじっと見つめてくるようになった。僕も同じようにそれに気づけば、勉強の途中ながらも上空の彼女を見つめた。たまに司教さんが入ってくるので慌ててカーテンを閉めようとするけど、透視能力でもあるのか、その時には自分の部屋の窓からは見えなくなっていた。
そうしたことを二月ほど続けていただろうか、僕は、見つめるだけじゃなんだか足りなくて、また外に出たいと思うようになった。あの日はこっそり抜け出したことに誰も気づかなかったけど、今回は運が悪く、司教が廊下に立っていた。

「ナギさん、どうしたのかな、この時間は寝ていると思ったけど」

神力の代わりに視力のほとんどを失い白眼となったという司教が、まるで見えているかのようにこちらをじっと見つめる。

「ああ、先生。外の月がとても綺麗で、まんまるで掴めそうなのに、遠くて。外に行ったら掴めるのかな、とそんなふうに思って。前の前の満月より、ずっと気になっていたのです。」

外にいる魔物のような何かに会いに行くとも言えず、咄嗟に嘘をついた。

「月はあなたが思っているより、ずっと遠いのですよ。外に行っても、触れやしません。…そういえば貴方、最近部屋では空ばかり見て、勉学を怠っているようではありませんか。」
「はい。その通りです。私は、美しい月に魅了されてしまって。最近は窓越しの月が気になって仕方がないのです。だから、一度でいいから、この目で月をちゃんと、窓を通さず見たくて。」

咄嗟に出てきた言葉は、今思えば彼女を月に喩えた口説き文句のようだった。

「それで気が済むと言うのなら、いいでしょう。ただし、外にはこわーい魔物がいます。トリネコの木の囲いの外には、出てはいけません。そこを境に、結界が貼ってあります。決して、出てはいけません。もし、君とここの人間以外の影があったら、このナイフを突き刺して、建物の中に戻ってくるのです。そのときは私に報告なさい。人型をしていても、決して躊躇してはいけません。」

司教は、清めの台から一本のナイフを差し出した。自分の体の中から感じられるエネルギーと、同じものを感じる。それを使う気はなかったけど、僕はそれを握りしめて、ドアを開けた。空を見る。丸い月が美しく輝いて、その隣にいつものシルエットが見えた。彼女だった。彼女は自分に気づくと、結界に沿って降りてくる。彼女は、1枚目の結界の外、トリネコの木の遥か向こうにいた。それでも、僕はギリギリまで近づきたくて、トリネコの木のそばまで走った。トリネコの木のちょうど外には、2枚目の結界が貼られていた。
トリネコの木の向こうに行ってはいけない、と言われたのを思い出して、木のそばでおろおろしていると、彼女は何を察したのか、結界を気にすることなく、難なくこちらにやってきた。

「久しぶりね」
「えっと、久しぶりです」
「ずっと会いたかったの。私はリン」
「あ、えっと、ナギです。よろしくお願いします。」

こちらに手を伸ばされる。バチッと音がして、結界を通り過ぎる。握手をするつもりでこちらも手を伸ばしたが、彼女の手がこちらに着く前に引っ込められる。そして彼女は2枚目の結界を破って一歩、こちら側に踏み出した。そして再び手を差し出す。結界を破いた瞬間、甘い香りが鼻腔を擽った。

「厄介ね、これ。私でもずっと触れていたら、溶けちゃいそう」
「あの、無理させてごめんなさい…」
「いいのよ、私が来たいから来たの。触れられないことほど、辛いことはないわ。」

頬を撫でられる。じっと双眸がこちらに向いている。甘い香りがいっそう強くなった。

「…おかしいわね。ママと聞いた話とは違うわ。」

見つめあって、3分もした頃だろうか。彼女は口を開いた。おかしい、とは?はて?

「ねえ、あなた、いくつなの?もしかして、背格好の発育がいいだけで、8だったりとかしない?」
「えっ…僕、そんなに幼い見た目ですか?今年で14なんですけど」
「今年で14!?いえ、そんなはずは…」
「今は13ですけど…そう見えませんか?僕は周りに比べてたしかに少し小さいかもだけど、来年には立派な成人です」
「えっ…じゃあなんで…私…もしかしてママの子じゃない…?」

話についていけない。彼女はさめざめと泣き始める。初めてできた好きな子を泣かせてしまった。

「あの、僕、何かしたか…わからないんだ、どうか、泣かないで」
「じゃ、じゃあなんで私のこと襲わないの…」
「お、襲う…?」

予想外のワードが出てきて、僕は固まる。魔物を襲う、ってその、このナイフで刺すってこと!?僕は、懐に忍ばせたナイフを見た。魔物って、ナイフで刺されたい生き物なのか…?寧ろ、こちらを襲うものだと思っていた。じゃあ魔物にとって、人間って…?
僕は、懐からナイフを取った。彼女はぎょっとして、こっちを見た。

「…どういうつもり?」
「襲うって、これで刺されたいってこと…?」
「どうしたらそうなるのよ!違うわよ!!」
「えっじゃあどういう」
「えっちよ!あなたそんなことも知らないの!?」
「えっちって…あの、僕将来は司教になるので、そういうことは一生許されないって言うか、その…」
「司教!?ナギくんが!?」
「まあ、一応、神子らしいですし…」
「み、神子…?」

彼女が口の中で何かを反芻している。みこ、みこ…何かを確認するように、彼女は自分の体を摩っている。

「ナギくん、あなた本当に神子なのね?」
「ずっとそうだって教えられてきただけなので、違うかもしれないけど…」
「一応聞くけど、そのナイフ、何か塗られているわね、貴方の血かしら。同じ気配がするの。」
「いえ、これは神力で清められたナイフで、僕は全く」
「なるほど、神子だわ。」

ハァ、と彼女はため息をついた。そんなに落胆することなのだろうか、と思っていたけど、自分の体液に触れでもしたら、死んでしまうのだから納得がいった、と同時に、初めて彼女と会った日の記憶が蘇る。
あれ、この人、僕の体液飲んでなかったっけ…?

「あの、そういえば、僕の体液、飲んでたじゃないですか」
「ええ。そうね」
「どうして死んでないんでしょう?」
「えっ普通に美味しく飲めちゃったわよ、アレ」
「えっ…おしっこが!?」
「嘘でしょナギくん」

彼女はまた深くため息をついた。

「貴方もしかして13にもなって、精通もまだだったの?」
「精通…」
「あのね、私たちの食事は、あなたたち男性が出す白いネバネバなの。それを精液っていうの。それを初めて出したのが、精通。」
「…はあ」
「理解してないみたいだから、食事と実験を兼ねてまたやってあげる。パンツを脱ぎなさい。」
「あ、はい。」

あのときと違って、今度は自分の意思でパンツをずり下ろす。茎の部分が今日は硬くなっていて、驚いた。彼女の唇が、茎に触れた。舌に全体をなぞられると思えば、先っぽから口で包まれて、唇の輪が前後に行き来する。何かがくる。あの時と同じ。彼女は口を離して、手で先を包み込んだ瞬間、何かが溢れた。白いネバネバが、彼女の手に受け止められていた。

「ナイフと同じ気配…神力だわ。」
「これが…精液…」
「そう。教団が神子にどんな教育をしてたか知らないけど、ロクでもないわね。1から100まで教え込みがいがありそうだけど」
「…それ、どうするんですか」
「飲むわよ」
「えっ美味しいんですか」
「私たちにとってはね。人間にとってはマズいって聞くわ。」
「飲んでいいんですか、確か神力って」
「1回目は大丈夫だったし、それも込みでの実験よ。」

彼女は、口元に手をやった。白い液体が塊となって吸い込まれる。白い喉が動く。ごっくん。全てを彼女は飲み込んだ。彼女の体は弾け飛ぶことも、溶け出すこともなかった

「…なるほどね」
「…何かわかったんですか」
「わかったわよ。まず、私には神力を魔力に変換する力がある。多分、これはパパ譲りの力ね。」
「パパ…?」
「この世界がこうなるきっかけになった勇者よ。多分私の姉妹も、そう言う力を持ってる子がいるんじゃないかしら」
「お父さんはそんなすごい人なの!?えっ人型なのって、お父さんの影響?」
「ううん、ママも人型。魔王よ。」
「まお…!?」
「もしかして今の魔王のことも知らないの?教団ってまともな教育してないのかしら?」
「り、リンさんに出会うまでは一度もテストで90点以下とったことなかったですよ!」
「あれ、私のことばっか考えて勉強手につかなかった?」
「だ、だって、初恋、でしたし…」
「あ、ちゃんと私のこと好きだったんだ」

顔が近い。綺麗な赤い瞳が目の前だ。唇と唇が近い。吐息がかかる。甘い香りがする。頭がクラクラする。


「私のことそんなに好きじゃないから襲わないのかなって思ってたけど、神子だから多分そうならないだけなんだね、でも、ナギくんの意思で私のことモノにしたいって思える時が来たら、またここに来て。それで、こんなところ抜け出して、二人で一緒になろう?私も君が好き。でも君のおうちはきっと許してくれないから。」
「えっと、あの、」
「すぐ決めなくていいよ。会ったことは司教には内緒。駆け落ちって知ってる?知らないか。イイトコロを知ってるんだ。二人で暮らそう?」

言葉での誘惑。囁かれる。惑わされる。正常な思考はとうにないのに、その約束だけがはっきりと脳髄に染み込んだ。気づいたら、僕はトリネコの側じゃなくて、教会のドアを開けていた。

僕はその日寝れなかった。明日も安息日ではない。少しでも眠らなくてはと布団をかぶって横になった。自分の全てが入った棚が妙に気になって、ベッドの上から一晩中、じっと見つめていた。
22/02/22 04:08更新 / 外郎売
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■作者メッセージ
1と2、分けなくてよかったかもと後悔中

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