連載小説
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アルプになっちゃうぅぅぅぅっ!

 信じがたい非現実的な光景を目の当たりにしたとき、人はどうなるのか。
 三河島 夏樹(みかわしま なつき)はそれを身を持って知った。
 数学の教科書を忘れたことを、学校の敷地の一番端にひっそりと佇む学生寮の自室に帰ってから気付き、再び教室へ舞い戻った時。何やら女の子の話声と、いやらしい喘ぎがわずかに開いた教室の引き戸の向こうから聞こえ──
 息を殺して扉の隙間から覗いた時から、彼は動けなくなってしまっていた。

 (う、嘘、……?)
 
 この逢間高校の制服──今では珍しくなってしまった黒い学生服に包まれた、同年代の男子平均より小柄で華奢な体躯。ほんの少し長めの髪。そして、まるでボーイッシュな美少女といっても差し支えの無い、端正で中性的な顔立ち。そんな容姿のせいか、学校では絵に描いたような美少年として有名な彼は、目を見開いたまま、あまりの光景に息さえできなかった。
 淫らな声を上げながら、睦み合う同じクラスの少女二人。一人は春に転校してきたばかりの、学校中の注目の的になっている外国人の美人転校生。もう一人は今年も夏樹と同じクラスになった、女子生徒。そんな二人が情事に耽っているだけでも十分衝撃的だが──

 (へ、変身…する、なんて…っ!?)

 先に転校生が、そしてその後で、見知った女子生徒が。髪の色を変え、背中から大きな黒い羽根を伸ばし、スカートの下からするりと尻尾を伸ばし。女子生徒──天塩由姫の方は胸の肉付きまで大きく変わり、最後に身に着けているものすら変化していくのを、驚愕に口を半開きにしたまま夏樹は息を潜めて、ただ覗いていた。
 そして、覗かれていると知ってか知らずか、変わり果てた二人は抱擁を交わすと、天塩由姫が勝手に開いた窓へ飛び出し、そのまま夕闇迫る空へ飛んでいってしまったところだった。

 (あ、あの二人、一体何っ…!!?)

 驚愕はやがて、得体の知れない恐怖へ変わる。恐ろしさに足が完全に固まりそうになるのをなんとかこらえ、夏樹は一つの決断を下した。

 (こ、ここにいたら…見つかって…と、に、かく、逃げなきゃ…っ!!)

 夢か幻だと思いたかった。ここで目が覚めて、自分は寮の自室のベッドの上で眠りこけていたんだと信じたかった。見知ったクラスメイトの女子2人が、何か得体の知れない存在であると誰が信じられようか。
 しかし、じっとりと学生服の下のシャツを湿らせる冷や汗の感触も、橙色に染まる廊下の不気味な静寂も、ここが夢幻の世界ではないことを夏樹に思い知らせている。
 ともすれば恐怖に叫びだしそうになりながら、夏樹は自らの息を、声を殺す。ゆっくりとした動作で、足音を立てないように、教室から立ち去ろうとした瞬間だった。

 「覗きなんて、あまりいい趣味だとは思わないんだけどね」

 「うわああああああああああああああああっ!!!!」

 絶叫と共に、床に尻もちをついて倒れこんだ夏樹。なんで!?どうして!?ありえない!!!恐怖と混乱でぐちゃぐちゃになった思考が、頭の中でそんなことばかり叫んでいる。
 彼の前には、先ほどまで教室の中にいたはずの少女──リムア・アムハイトが、腰に手を当て、少し呆れたような顔で立っていた。一瞬前まで教室の中にいたはずの彼女が、どうしていま廊下に立っているのか。夏樹の理解の範疇を超えていた。
 
 「あ、あああああむ、あむは、ああああむむむ」
 「アムハイト。噛んでるってレベルじゃないわよ?」

 恐怖に顔をひきつらせ、クラスメイトの名前すらまともに言えなくなっている様子の夏樹を見おろしながら、リムアははぁ、と呆れたように溜息をついた。

 「まさか見られちゃうなんてね。誰も来ないだろうって人払いの魔法適当にかけるのは、やっぱりダメね」

 夏樹にはよく理解できないリムアの呟き。銀の絹糸のロングヘアに、水着と見紛う露出の多いコスチューム。そして、頭の黒い角と、背中の大きな羽、腰のよくしなる尻尾。一見すれば悪魔のコスプレに見えるが、それがコスプレなどという程度のものではないことを、怯えた様子の彼も気付いている。

 「あ、ああああアムハイトさんっ!?ど、どどどどうしたの、そ、そそんなか、仮装な、んかしちゃってててっ!!あ、ああ!そうか!!学園祭の練習かなぁっ!?」

 気付いているが、夏樹はあえてごまかすことにした。何も見ていないフリをすれば、もしかしたらこの絶体絶命大ピンチを切り抜けられ──

 「学園祭はまだ3か月も先じゃない。というか思いっきり見てたの、気付いてないとでも思ってるの?」
 「っっですよねぇぇぇぇぇぇえぇぇっっ!!!!」

 切り抜けられなかった。現実は非情である。

 「さて、と。女の子の秘密を覗き見しちゃう悪い男の子には──」

 こつ、と固いブーツの底を床に一歩分打ち鳴らし、リムアが夏樹へ近づいた。

 「ひ、いいいいいっ!!や、やめて、ゆ、許して、だ、誰にも、言わないから…っ」

 立ち上がって逃げることもできない。両の手足で虫のように、這い下がることしかできない少年。恐怖一色に染まるゆがんだ顔で許しを希うクラスメイトの男子に向けるものではない、残酷な捕食者の微笑みを浮かべ、リムアはまた一歩、近づいた。

 「──オシオキが、いるわよね?」

 「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 そこで、少年の意識は途絶えた。


 










 「─っわああああああああああああああああああ!!!!」

 絶叫と共に、少年はびくりと飛び起きた。どこか靄のかかったような、はっきりとしない頭。きょろきょろと辺りを見回すと、見慣れた木製の机が、部屋の奥の左右の片隅にそれぞれ一つずつ。その隣には古びたロッカーが、同じく一つずつ。右を向くと、入り口の扉の幅より少し広いスペースを挟んで、自分のものと同じベッドがもう一つ。ようやく彼はここが寮の自室だと思い至る。
 真ん中にある大きな窓はカーテンが閉じられて、明かりが消された部屋は暗い。唯一、自分のものではない、部屋の右隅の机のスタンドライトが、蛍光灯特有の白く突き刺さるような明るさで、主のいない机の上を照らし続けていた。

 「…あれ、僕、寝ちゃってたのかな」

 未だにぼやけた思考で、少年は帰ってからの自分の記憶を辿る。寮に戻って、数学の教科書を忘れたことに気付いて、教室に戻って…

 「…教室に戻って、取りに、行ったんだよね?」

 教室に着いてからの記憶が、ひどく曖昧だった。何か恐ろしいものを見たような、とても気持ちよかったような、よく分からない感覚だけが残っていて、それが何であるのか、まったく思い出せない。まるでその部分だけ黒く上塗りされたような奇妙な違和感。

 「教科書は、あるし…」

 ベッドの傍らには、目的の数Uの教科書が投げ出されていた。その隣には、先月変えたばかりの、スマートフォン。その画面に触れると待ち受け画面が時刻と共に表示され、夜の九時を回ろうとしているところだと知った。

 「うわ、食堂閉まっちゃうよ…お風呂もあと一時間切ってるしっ」

 食堂はもう間に合わないだろう。それに、不思議と空腹は感じない。せめて、寝汗だけは流そうかと思った少年は、おもむろに学生服のボタンを外しはじめた。

 「…教室から戻って、そのまま寝ちゃったんだろうな」

 黒い学生服の上を脱ぎ捨て、下の白いカッターシャツのボタンを外しながら、彼はそう結論付けた。変な違和感はきっと、夢でも見ていたせいだろう。どんな夢かは思い出せないが、きっとそのせいだ。大して気にする風でもなく、薄暗い部屋に溶けだしそうな黒色のスラックスのベルトを外し、脱ぎ捨てる。
 そしてベッドのしたの引出しから換えの下着と部屋着のグレーのハーフパンツを取り出し、下着代わりの白いTシャツとハーフパンツ姿に着替えた少年が、バスタオルを取り出そうとした時、がちゃり、と扉が開く音がした。

 「なんだ、起きたのか夏樹」

 声に遅れて、部屋が白い明かりに包まれる。この部屋のもう一人の住人が、どうやら大浴場から戻ってきたようだった。
 黄色い湯桶にシャンプーやボディソープ、タオルを入れて小脇に抱え、首からバスタオルをかけた完全な湯上りスタイル。短く切りそろえられた丸刈り頭に、浅黒い肌の顔は端正とは呼べないが、いかつい顔をしている。
 鍛えられて引き締まった体を野球用品で有名なメーカーロゴの入ったTシャツとジャージのズボンに身を包んだ、ラフな格好の少年──小門 八斗(おかど はちと)は、寮の同居人で同じクラス、さらに小学校からの友達である、先ほど目を覚ましたばかりの優男の少年──三河島 夏樹に声をかけた。

 「あ、八斗、おかえり」
 「今から風呂か?かなり混んでるぞ?」
 「…やっぱり」

 この逢間高校学生寮の入浴時間は午後十時までと決まっている。そして、八時半を回ると、部活動を終えた寮生や、夕食後に一息入れ終わった寮生たちが一日の疲れや汚れを洗い流そうと押し寄せる時間帯になる。必然的に脱衣所の衣類かごや洗い場は順番待ちになり、浴槽はまさにイモ洗い状態になるのだった。

 「まあ、汗かいちゃったし、行くだけ行くよ」
 「あ、俺が上がるとき丁度うちの部の先輩後輩が押し寄せてたからさらにひどいかもな」
 「…まじですか」

 その見た目通り、八斗は野球部の部員であり、小中通してサウスポーのピッチャーである。高校生になった今でも投手として日々練習に励み、最近はちょくちょくと対外試合にも出るようになったのを、夏樹も知っている。

 「ま、お前なら股間のぞうさん隠せば女風呂でも余裕で行けるんじゃねえの」
 「もー、そういうこと言わないでよ…」

 にしししっ、と悪戯っぽく笑う八斗に、うんざりしながら答える夏樹。未だに大きな声変りも来ない高い声と、中性的で女の子にも間違えられる、思春期男子にしては可愛らしい顔つき。この小学校からの友達にもこのように昔から女みたいだとからかわれていて、すでに慣れっこになっていはいるのだが──

 (…あれ、なんでだろ。そんなに嫌じゃない…)

 自分のコンプレックスである女の子っぽさを揶揄されても、今はなぜか否定的な感情が浮かんでこなかった。いや、それどころか──

 (って、何考えてるんだよ僕はっ!)

 心の奥底に突然芽生えた感情を夏樹は必死に打ち消そうと、二、三度頭を軽く振った。一瞬たりとも血迷った自分は一体どうしたのか。

 (寝ぼけてるのかな…うん、きっとそうだ。そうに決まってるよ)

 忘れ物を取りに教室へ戻ってからの記憶すらはっきりしないほどに眠りこけていたのだ。きっと起き抜けの頭がまだ回っていないんだ。そうでなければそんなこと、思うはずがない。
 彼はそう決めつけた。そうでなければおかしいと、理性が勝手に結論を下した。

 目の前の親友に女の子扱いされて、それを一瞬、嬉しいと思うなんて──

 「…何やってんだお前」

 訝しがる顔を向けてくる八斗にようやく気付いた夏樹は、へっ?と素っ頓狂な声を上げた。

 「ボーっとこっち見てると思ったらいきなり頭振り出して。寝すぎて寝ぼけてんのか?」
 「えっ!?あ、う、うん!き、きっとそうだね!あは、あはははは…」

 大仰な身振りで取り繕う夏樹。いくら親友とは言え「女の子として見てくれてうれしい」なんて口走った日には、さすがに引かれて次の日からオカマの称号をいただくことになるだろう。いやでも最近は男の娘という需要も──って何言ってるんだ僕、などと訳の分からないことを思いながら、彼は強引に話を切った。

 「と、とにかく、お風呂行ってくるね」
 「…おう。風呂行って目覚ましてこい」

 変な素振りの夏樹を気に留めた風でもなく、八斗はいってらっしゃいと左手をひらひらと振りながら、夏樹の横を通り過ぎる。

 その瞬間。

 どくん…っ

 「っっ!!?」

 大きく跳ねた心臓の音が、夏樹の耳にこだました。同時に全身がかぁっと熱くなり、胸が締め付けられるような感覚が襲う。

 「っ、っはぁ、はぁ、はぁ…」

 息が荒くなり、肩が激しく上下する。熱は徐々に大きく、少しずつ、体の隅々を焼き尽くしていくように激しさを増していく。苦しさに思わず両手で胸をかきむしり、意識が少しずつぼやけていくのが分かる。
 そこで、自分のロッカーを開け風呂道具を仕舞い込んでいた八斗が、夏樹の異変に気付いた。

 「…おい、夏樹、大丈夫か?」

 苦しそうに胸を押さえる夏樹に駆け寄る。その表情も苦悶に満ちていることにただならぬものを感じた八斗の声音が険しくなった。

 「夏樹!どうした!?だいぶ苦しそうだぞ!?」

 激しくなる呼吸。襲いかかる体の熱はいよいよ激しくなり、額にじわりと汗が滲み始める。それでも、親友に心配をかけまいと、苦しみに歪んだ笑顔で「大丈夫だよ」と声をかけるべく、ゆっくりと顔を上げ、こちらを心配そうに覗き込む八斗の方を向いた。
 
 刹那。

 「っっっっっ!!!???」

 どくんっっ!!

 先ほどよりもさらに激しく、暴れるように脈打ち始める心臓。全身がぞくりと震え、八斗の顔から眼をそらすことができない。

 「あ、あ、ああ……っ」

 身を案じて必死に何かを叫ぶ八斗の声が、なぜか全く耳に入らない。聞こえるのは自身の暴れる心拍と、荒い吐息だけ。熱に浮かされたぼやけた視界に、親友の顔が焼きつく。

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

 朦朧とした意識、曖昧な思考。その奥底で、とある欲望に火が付いたのを、夏樹自身は自覚した。
 だめだ、それだけは。八斗に、嫌われちゃう…!
 ぼんやりとした頭の中。理性が必死に叫んでいる。しかしそれさえも飲み込んで、膨れ上がっていく渇望。普段の夏樹であればすぐさま否定したはずの欲望。

 八斗が、欲しい…!
 八斗を、気持ち良くしたい…!!
 八斗と、気持ちよくなりたい…!!!

 理性が完全に塗りつぶされた少年は、最早欲望と本能によってのみ突き動かされる獣と化した。

 「おい、大丈夫かなつ──」

 八斗の声が途切れた。
 なぜなら、彼はベッドに押し倒されてしまったからだ。

 「うおっ!!」

 避けることはおろか、受け身をとることも叶わず、夏樹のベッドに倒れこむ。その上に、覆いかぶさる影。

 「夏樹っ!どうしたっ!?……なつ、き?」

 あまりに苦しすぎて巻き込んで倒れたのか、と思い、必死に呼びかけていた声が、止まる。
 おかしい。
 何かがおかしい。

 「…お、おい、夏樹?」

 ぜえぜえと荒い呼吸だけは変わらない。だが、天井の明かりを背にして、影の差すその顔からは先ほどの苦悶の表情は跡形もなく消え去っていた。その瞳が、熱に浮かされて、蕩けている。

 「はぁ、はぁ、はぁぁ……はちとぉ…」

 下に組み敷いた親友を呼ぶ声はどこか熱っぽく、妖しげな響きを多分に含んでいた。八斗の予感は徐々に、確信へと組み替えられていく。

 「…夏樹、お前、一体どうしたんだ。何かの冗談か、これ」

 その問いには答えずに、少年は浮ついた声を漏らした。

 「もぅ、がまん、できないよぉ……」

 そして。

 「あっ!!ああああああああああああああああああっ!!!」

 蕩けた瞳の端から、うっすらと滲む涙。襲いくる欲望、それが転化した衝動に耐えることを諦めた夏樹は、ついに限界を迎えた。体中の血液が煮えたぎっているような、熱っぽい全身。その熱に浮かされた思考に溢れるのは、目下で驚きと混乱に染まった顔の、小学校からの大親友だった。

 「はち、とぉ…はちとぉ…はち、は、ち、はち…っ」

 その溢れる想いは劣情に変わり果てたまま、なお膨れ上がる。膨れ上がったその思いと本能が、

 「う、ああ…ああああああああああっ!!」

 夏樹を、変容させ始めた。

 「くっ、あああああああっ、だめ、だめ、だめだぁぁっ!!」

 自身の上体を持ち上げ、八斗の上に膝立ちになって自身の両肩を強く抱き、遥は身を捩じらせて悶えていた。湧き上がる衝動を押さえ込もうと、肩をさらに強く、強く抱きしめ、背が弓なりに反れる。

 「う゛あ゛あ゛っ!!もう、むり、たえ、ら、れ、ないよぉっ!!」

 全身が炉心融解を起こしているようだった。行き場を無くした熱があちこちで暴れまわる。心臓が早打ち、息がさらに荒く、早くなっていく。

 「はぁ、う、うはぁ、だめ、だめ、なのにぃっ!!」

 灰色のハーフパンツの一部分がむくりと起き上がり、膨らんでいく。それは夏樹の股間だった。膨れ上がっていく劣情、それも同性の親友への性的な欲望が、傍からでも見える形となって体に現れ始めたのだった。

 「あ、ああっ、はち、と、はちと、はちと、はちとぉぉっ!!」

 親友の名前を呼ぶたびに、欲望が──彼を気持ちよくしたい、彼と気持ちよくなりたいという欲望が溢れていく。溢れて行き場を無くしたそれが彼のモノへ集められているかのように、股間の膨らみは、さらに増していく。

 「ああ!あああっ!!はちとっ!!はちとっ!!はちとぉぉぉっっ!!!」

 名を叫ばれ、痴態を見せつけられている八斗は、完全に理解し、確信した。
 目の前の美少年が、同じ男の自分に欲情しているのだと。しかし理解はしたものの、体が思うように動かない。あまりの驚愕に、体を動かす神経と思考がズレているようだった。

 …そして。

 「ああああああああっ!!で、でちゃううううううううううっ!!!!!!」

 ついにそれは絶頂となって、決壊した。

 「んあああああっ!!うあっ、うああああああああっ!!」

 パンツの中で窮屈そうに存在を主張していた夏樹自身が、びくびくと震えながら欲望を吐き出していた。何かの刺激を受けていたわけではなく、ひとりでに高められた末の絶頂。触れずとも、擦られずとも、性感が全身を駆け抜け、彼は高まりを堪えられずに射精した。

 「あ、ああ…あぅっ!う、うあ、うあああ…っ」

 いや、それは果たして射精と呼べるものだったのか。
 一度、二度、三度と夏樹の男根はびくびくと震え、欲望を吐き出しながら、それは止まる気配を見せない。すでに人間の限界を超えてすらいるかのような大量の体液が、彼の下着やハーフパンツから染み出て、その下の八斗のジャージに染みを作り、なおにぴくぴくと震える遥自身から噴き出し続ける。その度に遥は大きな声を上げ、頬を上気させながらあまりの凄まじい快楽に顔を歪めていた。
 そんな彼から吐き出された大量の欲望の残滓。それらは粘ついた白濁…ではなかった。多少の粘り気は含んでいるものの、無色で透き通ったさらりとした液体──俗に先走りと呼ばれるものに酷似したものが、精の変わりに大量に噴出しているのだった。

 「ああ!だめだぁっ、と、とま、とまらないぃぃっっ!!!」

 夏樹は快楽に負けた淫らな顔で未だ続く絶頂の感覚に酔いしれていた。女の子のような嬌声を上げるその様子は、知らぬものがみれば女性がよがり続けているようにしか見えないだろう。だが、股間をぐっしょりと汚して膨れ上がらせる存在が、彼が紛れもない男であると主張し続けていた。

 「っお、おい!何やってるんだっ!!早くそこをどけっ!!」

 親友の異常な行動、異常な雰囲気、異常な痴態。それらに飲まれかけていた八斗ははっと我を取り戻した。怒りを含んだ明確な拒否の叫びと共に、彼は馬乗りになる親友の美少年を乱暴に押しのけようと体をよじる。その時だった。

 「んああああああああああああああああああああああああああ!!」

 再びの、夏樹の絶叫。快楽にまみれた淫らなそれは、自身が生まれ変わる、悦びの産声。

 そして、変貌が始まった。

 「んあああああああああっ!!?ひゃうっ!!ああああああああああ!!!」

 びくん、と大きく夏樹の体が跳ねた。一際甘美な快感の電流が全身を駆け抜けた後、背中が疼き始める。皮膚の下、肉の中で何かが形作られていく異様な感覚に彼は喘いだ。

 「んんんんんんっ!!、く、くぅぅぅぅぅ…!!」

 同じ種類の疼きは、彼の後ろ腰と、壊れた蛇口のように粘液の放出を止めない陽物にも生まれた。体の中で何かが芽吹き、周囲に根を張り巡らしていくおぞましい感触も、今の彼にとっては性感の一部でしかない。
 そして、着ていたTシャツがぎちぎちと音を立て、膨らみ始める。

 「ううううううううう!!!く、くあああああああ、あ、あ…っ!!!」

 正確にはTシャツではなく、夏樹の背中が大きく膨らんでいた。はちきれる寸前まで張られた背中の白い生地の下で、何かがもぞもぞと蠢き、次の瞬間。

 「うああああああああああああああああ!!!」

 それはシャツを、その下の素肌を突き破ってばさりと広がった。ぼろぼろになったワイシャツの切れ端と、皮膚のかけらをところどころに引っ掛けたそれは──羽だった。
 骨格の間に薄い皮膜が張られたそれは、蝙蝠のものを何倍も大きくした、ゴムのような光沢を持った黒一色の羽。肌を突き破ったにも関わらず、どういうわけか血の一滴も流れないまま、破れた背中の皮膚が早戻しのように再生し、塞がっていくと同時に、次の変化が始まる。

 「ひううううううううっ!!?」

 夏樹の後ろ腰、その中心がぐっと盛り上がると、何かがグレーのハーフパンツに穴を開けてしゅるりと伸びた。
 彼の背丈の半分以上の長さはあろうかという、管状の何か。先端はハートを逆さにしたかのような鋭角と膨らみを持ち、背中の「羽」同様、漆黒と光沢を纏った何か──それは、尻尾と表現すべきものだった。
 黒い羽と尻尾を生やした、異形と化した夏樹。しかし快楽で意識さえあやふやになっている彼は、自らの姿に恐怖することはおろか背中や腰を突き破った痛みさえ感じることは無かった。むしろ羽が生えたときも、尻尾が生えたときも軽い絶頂に叫んでしまっていた有様だった。

 「な、なん、だよ、これ…」

 八斗は目の前の光景が理解できなかった。絶頂の叫びと共に、夏樹の背中から羽が生え、尻からは尻尾が伸びるおぞましい光景は、逃れようとする体の動きを止めてしまうのには十分すぎたのだ。
 
 そして、さらなる変化が彼に訪れる。

 「あっっ!!あたまぁ!!へ、へん、だよぉっっ!!!」

 めき、めきと何かが軋むような音。栗毛の髪を割って、何かがせり出し始めた。先が尖り、羽や尻尾と同じ闇色で、硬質な輝きを持った何かが、筍の如く後頭部から急速に伸び出てくる。
 それは紛れも無い、「角」。一対の角が、夏樹の頭から生えつつあるのだった。

 「くぅぅぅっ、うう、はぁ、はぁ、はぁぁぁ…っ」

 頭には角、背中には羽、腰には尻尾。傍目からは悪魔の類のような異形と化した夏樹は、全身で大きく息をしながら、快楽を伴った変化の余韻を蹲ったまま、虚ろな瞳で感じていた。
 その瞳から一筋流れる涙は、変貌の快楽によるものか、それとも変貌への恐怖と絶望によるものか。彼自身にも分からなかった。ただひとつ、彼が分かるのはさらなる自身の変貌が──三河島 夏樹という存在を根本から変えてしまう変貌がこの先に待っている、という確信じみた予感だけだ。

 「はぁ、はぁ、はぁああああああああああああっ!!?!」

 その予感は間を置かず的中した。自身の陽物から全身へ甘い電流が奔り、夏樹は再び大きく悶える。

 「んあああああっ!!く、るぅ!!きちゃうぅぅっっ!!」

 一度だけではなく、二度、三度。先ほどまでの変貌による絶頂と同じか、それ以上の快感が彼の意識を大きく揺さぶり、びくびくと全身を震わせ、跳ねさせる。

 「ああああっ!!だめ、だめぇぇっ!!か、かわっちゃうぅっ!!ぼ、ぼくっ、ああああんっ!!お、おんなのこにぃっ、なるぅっ!!!」

 夏樹の言葉通り、「彼」は「彼女」になろうとしていた。
 すでに粘液が底をついたのか、吐き出すものもなくただびくびくと愉悦に震えている彼自身が、少しずつ縮み始めていたのだった。彼の陰嚢も同じように、するすると体に引き込まれていく。
 ほぼ同時に薄い胸板の乳首がびんと立ち、そこを中心にして胸全体がふっくらと薄く、肉付き始める。

 「あああああっ!!んああっ!、あ、あ、あああんっ!!」

 まだ変声期にさしかかったばかりののボーイソプラノがさらに高く、透き通ったものになる。ほんのすこしだけ盛り上がっていた喉仏の部分が、溶けるように消えていき、白くなだらかな喉を作った。

 「ぁ、ああ、だめ、だめぇっ!!とまらなぃぃぃぃっ!!!」

 少女のそれに変わり果てた嬌声で、体を悶えさせる少年。いや、もう少年とは呼べないかもしれなかった。ハーフパンツの盛り上がりはすでにほぼ失われ、その代わりとでも言うように、白いシャツにぷっくりと浮かび上がる、二つの小さな頂。
 夏樹の陰茎はすでに快楽と子種を吐き出す機能は完全に失われ、茎とは呼べないほどに縮み、小指の先程度になっていた。その根本の肉が蠢き、つ、と細い切れ込みを作った。

 「んああああああ!!いく、イク、だめ、ダメ、んうううううううっっ!!」

 快楽でぐちゃぐちゃになった思考。肉体と共に歪められた本能が、女として、それも人ではない女の子としての初めての絶頂が近いことを叫んでいる。かつて夏樹の象徴だったものはついに小さな豆粒程度に成り果て、深くなる縦筋の中に埋もれてしまった。それはまさしく女性の陰核であり、縦筋は少女の秘部そのもので。

 「ああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!」

 作られたばかりの秘裂から透明な潮を吹き、夏樹は快楽の境地へと到達した。

 信じがたい非現実的な光景を目の当たりにしたとき、人はどうなるのか。
 小門 八斗(おかど はちと)はそれを身を持って知った。

 「ま、まじ、かよ…な、つき…」

 半分を恐怖に彩られた驚愕の顔で、八斗は変わり果てた親友の名を茫然と呟いた。
 背中には黒い蝙蝠、もしくは空想の中で語られる悪魔のような羽。黒光りする尻尾が、しゅるしゅると蛇のようにせわしなく動く。栗色の髪を割って、漆黒の曲がった一対の、角。
 そして、背中が大きく裂けたTシャツをわずかに押し上げる胸と、ぷっくりと生地越しに浮かび上がるその頂。八斗から直接見ることはできないが、ぐっしょりと濡れて色を変えるハーフパンツの中には、今もひくひくと蜜を垂らし続ける、何の茂りもなく歳若い少女のもののような、つるりとした綺麗な秘裂。
 先ほどまで少年だったはずの親友は少女へ、それもただの人間ではないらしい少女へと、すっかり変貌してしまったのだった。

 「ああ…っっはぁぁぁ…はぁ……」

 変貌の余韻に浸りながら深く呼吸する夏樹の顔は、淫らな喜びに満ち溢れ、不安や絶望といった負の感情を一切感じさせない。八斗はおそるおそる、変わり果てた彼──いや、もう彼女と呼ぶべきだろう──の名を呼んだ。

 「…な、なつき…?」

 その声に、夏樹は蕩けきった視線を返す。その瞳が、表情があまりにも淫らで、妖しげな美しさと可愛らしさに彩られていて、八斗は一瞬心臓が高鳴ってしまった。

 「…はぁ…あはぁ……はちとぉ、ぼくね、おもいだしたんだ…」
 「…な、なにを、だよ……?」

 唐突に語り始めた親友の顔から、八斗は目をそらす事ができない。引かれあう磁石のように、彼の視線は熱に浮かされた笑みを浮かべる夏樹を、否が応でも捕らえ続ける。

 「はぁ、はぁぁ…っ、ぼくね、リムアさまに、つくりかえられたんだ…」

 その言葉の意味は全く理解できなかった。ただひとつ、リムアという名前だけは、八斗もよく知っていた。新学期が始まってすぐの頃に、同じクラスにやってきた外国人の美人転校生の名前。

 「きょうしつにもどったら、リムアさまと、てしおさんがいて、てしおさんも、うまれかわって、それをみちゃったぼくも…んああああっ…」

 自身の両肩をぎゅっと抱いて、恍惚とした顔で身を震わせる彼女。思い出しただけで愉悦に震えるほどに、人智を超えた壮絶な快楽を与えられたこと。それは先ほどまで上塗りされ、隠されていた部分の光景。夢か何かと思い込んでいた、ぽっかり開いた記憶の空白。廊下に現れた、銀糸の髪の少女によって、自身が人でないものへと作りかえられたことを、夏樹は完全に思い出したのだった。

 「い、いみがわからねえよ!?天塩とアムハイトがなにかした──」

 混乱したまま説明を求める八斗の言葉は、遮られた。

 夏樹の、唇によって。

 「んっ!?んんんんんんんんっ!!!」

 何をされたのか、八斗は一瞬理解できなかった。気付けば目の前に親友の顔があり、そのまま自身の唇を、彼女の唇が塞いでいた。

 「んんんっ!!!んんんんんんんんんっ!!!!」

 ようやく理解が追いついた八斗の体が、夏樹を引き剥がそうと悶える。程よく筋肉のついた、浅く焼けた腕が夏樹の両肩を掴む。特にトレーニングもしていないはずの小柄な体は、野球部員である彼によってあっさり引き剥がされるはず、だった。

 「んんっ!!んんっ!!!ん、んちゅ、んむぅぅぅっ」

 しかし、それは全く持って不可能だった。小さな夏樹を、八斗は突き放すことも引き剥がすこともできない。どんなに両腕に、全身に力を込めても、全く太刀打ちできない。その上、夏樹の舌が唇を割って、彼の歯をなぞり始めた。驚いて一瞬開いてしまった八斗の口の中に、そのままいともたやすく入り込む。

 「んくっ、んちゅ、ふちゅ、むんっ、んうぅっ」

 そして流し込まれる、ひどく甘い液体。思わず彼が嚥下してしまったそれは、今まで口にしたどんな甘味より濃厚で、頭を揺さぶられるような甘さ。それが夏樹の唾液だと気付いたときにはすでに、拒むことはできなくなっていた。歯と口を閉じようにも夏樹の舌が口の中を嬲り、彼のそれと絡み合う。

 (なんだ、これ…っ!?甘くて、頭、クラクラする…っ!!)

 口移しで送り込まれる夏樹の唾を飲み下すたびに頭の中がぼやけ、体全体がぽかぽかと熱を帯びていく。抗うこともできずに、親鳥から餌を与えられる雛の如く、ただそれを飲み込むことしかできない八斗。
 
 「んく、んむ、んん、んちゅ…」

 やがて満足したのか、夏樹がゆっくりと彼から離れていく。名残惜しむように、細い銀のアーチが二人の唇をつなぎ、そしてぷつりと切れた。

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

 体中の血液が沸騰しているかのように、全身が熱い。熱でぼやけた思考に、自身の名を呼ぶ軽やかな声が響く。

 「はぁ、はぁ、はちと…はちとぉ…」

 練習を終えた直後のように息が荒い。ぼんやりとした視界に、淫らな笑みを浮かべる親友の姿。
 ──この時の八斗は知る由もなかった。人でなくなった夏樹の体液は、人である八斗にとって強力な媚薬となっていることに。その作用によって全身が火照り、そして体の一部分に集まった血流が、彼自身を奮い立たせはじめたことに。

 「…っあ、はぁ……ねぇ、はちと……」

 この時、彼は確かに見た。
 蕩けた夏樹の瞳に、獲物を前に嗜虐の笑みを浮かべる捕食者のような視線を。

 「……いっしょに、きもちよく、なろ?」

 そうして八斗は、かつて同じ男であり、人外の少女になってしまった親友と共に、肉欲の宴に入り込んでいった──。
 

 


 

 






13/04/25 21:28更新 / tjsnpi
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■作者メッセージ
ボーイッシュなアルプがいいという人はここでやめといたほうがいいです。
後編は夏樹キュンがダッダーン!ボヨヨンボヨヨンになりますので。

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