読切小説
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風に乗った幸せの毛玉


本拠地南にあるナーウィシア軍前線駐屯地西の森林地帯。ここに主力部隊ラヴィーネの2番隊が集結し訓練を行っている。

といっても主力部隊のラヴィーネ、そして部隊長はここ最近さらに冷徹さを増したとも噂されているシュナイダーが司令官。実戦訓練は本物の実戦そのものだ。

「数などに遅れを取る奴や不運な奴は真っ先に死ぬべきだ。貴様らは主力部隊、実戦で死ぬことは許さん。今のうちに死ぬ奴は死んでおけ!」

「り、了解!」

敵は狂戦士、数は大体100名ほど。対するラヴィーネ候補生は40名程度しかいない。防護や防刃の術式を刻み込んだ刺青を掘り込み、鎧すらつけない死をいとわない敵。シェングラス軍なら尻尾を巻いて逃げ出すような相手だろう。

シュナイダーは妻であり副官のリファに掴まれ、空中で指揮を取っている。指揮を執るには軍の配置を知れる高所の方が都合がいい。

候補生は緊張しながらも、おそらく魔物の目でもイメージしたのであろうまがまがしくも実戦的な構造の鎧を着込み、グレイヴやハルベルトを振り回し狂戦士を次々に倒していく。

「司令官、敵の援軍です。候補生だけでは・・・」

「数は?」

「およそ200。人海戦術でしょうかね。」

参ったなとシュナイダーは伝令のハーピーの報告を聞きため息をつく。敵はラヴィーネと同等の機動力と勇猛さは持ち合わせている。

そんな武勇がありながら、シェングラスもナーウィシア解放軍もお構い無しに襲い掛かりめぼしい品物を奪っていくような連中だ。時々ナーウィシアも雇い入れる友好的な部族もあるのだが、このように強盗団のような行動をなす連中もいる。

森を駆け抜けて出来るだけハーピーの目に触れないようにしてここまで来たのだろう。候補生は負傷兵も出ている有様でこれ以上の増援に持ちこたえられる気配は無い。

「全軍撤収だ。速やかに東に退却。包囲網を突破しろ!リファ、落とせ。」

「はいはい!」

シュナイダーがグレイヴを持ったまま降下、ことも無く着地間際に狂戦士2人を真っ二つに切り裂き脱出口を開く。

包囲している狂戦士に、ラヴィーネ候補生は司令官を目印にして突撃し回避した狂戦士に目もくれず、そのまま脱出を開始する。

「司令、早速逃げますよー。」

リファがもう一度シュナイダーを掴むが・・・首が取れている。どうやらシュナイダーが乱戦の時に何かの拍子に落ちてしまったらしい。

かろうじて、彼は首を掴んで飛んでいるが・・・表情が真っ赤で目も潤んでいる。いつもの司令官ではないのは彼女にわかっていることだ。

「も、もういない?」

「勿論、帰るまでにつけといて元に戻ってね?」

「うん・・・・」

こうなっちゃうと弱いなとリファは苦笑しながらシュナイダーを掴み、そのまま戻っていく。

 

「早く撃て、連中が来るぞ!」

「伏せろ!」

D班の班長がすぐに指示を出す。その指示に従い彼、レウィンが体を伏せると真上を無数の矢が飛び狂戦士を貫いていく。

正規ラヴィーネ隊。それも第1部隊の面々が台車の上に搭載した連射式弓矢を持ってきたようだ。

「こちら第1部隊、第8分隊のセレン!候補生は撤収!伝令はいるか!?」

セレンと名乗ったリザードマンがグレイヴを構え、的確に何度も指示を出していく。その一糸乱れぬ動きにレウィンは見とれていたが、すぐに気を取り直す。

自分の役目は伝令兵であり、時々偵察もする。今は躊躇している時でもないと考えるとすぐに名乗り出る。

「自分です!隊長!」

「直ちに丘陵地帯にいる司令に支援射撃命令を頼む。陛下の周囲になら火力支援部隊がいるはず。直ちに!」

「了解!」

的確に命令を受け、レウィンは自分の目的を果たすために丘陵地帯へと向かう。道は前日の雨でぬかるんでいたが、そんなことは彼に関係は無い。

とにかく命令を伝えなくてはいけない。ハーピーやケンタウロスは前線に出て必死に狂戦士を食い止めている。後続の援軍を食い止めなければ部隊は壊滅だ。

そう思いながら走っていると、行く時にも通ったつり橋に到着する。丘陵地帯や駐屯地に行くにしても、個々を通らなければ遠回りだが・・・

「・・・敵か!」

レウィンがすぐに護身用の銃を抜く。銃弾は金属薬莢つきで単発のボルトアクション式。サイズは30cmほどで護身用。無論銃剣もついているタイプだ。

信頼性も今ひとつ有効性が確認できていない銃を何故伝令に持たせているのか。それは信号弾をライフルグレネードで発射可能なためだ。

狼煙なんかより、すぐに発生させて場所もわかりやすい。また術があまり使えない人物でも伝令が出来る。今まで伝令用の術と相性が悪く、そのためこの銃が採用されるまでラヴィーネ入りを拒否されていたレウィンにとっては思い入れがある。

「橋を落とせ!」

「嘘だろ!」

中々しゃれたことを思いつくなというまもなく、レウィンは慣れない手つきで銃を発射する。無論射撃訓練は受けたし信号弾の訓練もしたのだが、ハンドガン程度の精度では橋の反対側にいる敵兵に命中してもたいした威力にならない。

闇属性を込めてみたがやはり銃は術との相性が半端なく悪いらしく、痛みに特に強い狂戦士には腕を貫通した怪我などなんてこと無いらしい。

「おい、ここは急いで突破しないと・・・!」

「落ちろ!」

橋の半分まで何とかレウィンはわたりきったが、狂戦士の投げつけた手斧がロープを寸断し、斧で床の支えになっていたロープを切り裂かれた橋は人を支えることすら出来なかった。

レウィンは棒探検家のように床板を掴むことも出来ず、悲鳴を上げながらそのまま床板を滑り落ちて谷底へと落下してしまう。

 

「・・・っつ・・・」

起きたのは何時間・・・もしかしたら何分も経っていないかもしれない。だが様子を見ると真上から狂戦士やらラヴィーネ兵の怒鳴り声が聞こえてくる。

「も、もうここまで?」

なら信号弾をぶっ放しても文句は無い。頭を打ったためか多少朦朧としていた頭で銃口に大型の砲弾を差し込む。

そして、銃弾を後ろから装填すると真上に向かい信号弾を発射する。煙を引きながら信号弾は真上に飛ぶと炸裂。爆発を起こす。

これで友軍は大丈夫。あとは衛生兵を待ちじっくりと目を閉じていればいい・・・いや、目を覚ましているべきだろうか?寝たら死んでいたという報告例もあった。

楽にするかどうするかレウィンが迷っていると、真上を巨大な氷の塊が飛び交い蒼い炸裂光が飛び散る。おそらく敵軍めがけ大量に支援術をぶっ放しているのだろう。

瓦礫などが大量に飛び散り、落下してくる。砂や岩のかけら、80cmほどの真っ白な綿毛・・・そこでレウィンは硬直する。

ちょっと待て、でかいタンポポなんて無かったはず。そんなことを思っていると真上から毛玉が大きくなって視界に入り、そのままぽふん、とかいう音を立てて着地する。

「ぷはー。なにやってるんだろー・・・?」

毛玉から声が聞こえてくる。そしてその毛玉から少女が姿を現してくる。髪の毛は銀髪。瞳は青。身長は大体110cm程度。一体なんだというんだとレウィンは突っ込みたくなった。

というより無性に目の前の少女がいとおしく感じてしまう。明らかに反則級の可愛さと思いながら自分に幼女趣味があったのかと多少の失望もしている。

「あー。」

「な、何だ?」

少女はそのままレウィンにのしかかってくる。曇り空で少々寒い空気になれた彼には毛玉の暖かさがじかに伝わってくる。

ダメだ、もう抑えきれない。レウィンがそう思うと目の前の少女をぎゅっとだきしめ、そのまま口に舌を突っ込む。

「きたー。」

「・・・?」

この少女は喜んでいるのだろうか?だが自分も幸せならいいかとレウィンはあっさりと思考を捨てて胸をほぐし始める。

少女は喘ぎ声を出しながらも笑みを崩さず、拒もうともしない。ここまで抵抗もされないと、もう自分の中に抱いていた罪悪感や倫理観は一切吹き飛んでしまう。

そんな瑣末なものより、交わっていたいと思う本能的な欲求がすべてを支配していく。毛玉に奥深く入り込み、自身をレウィンは挿入する。

「あぁー・・・い、いいなぁー。」

少女は喜んでそれを受け入れる。一切誘惑などの術も受けていないのに、レウィンにはもう少女と1回だけでも交わろうということしか考えていない。

抜き差しする音は次第に湿気を帯びた、卑猥な水音へと変わっていく。締め付けはかなり辛く、それでいて熱い。

「う・・っ・・だ、出す・・・っ・・・」

「はぁいー」

すごく気持ちいい、レウィンが快感を感じた瞬間にはもう現実に引き戻されるような、強い締め付ける感覚が襲ってくる。

絶頂を向かえ、少女がきつく締め付けてレウィンが彼女の内部に精を放っていた。少女は満足げな笑みを浮かべる。

「ねー、きみはどこからきたのー?」

「・・・ん?崖の上。」

この幼女は誰なんだろう。大体種族は?レウィンは必死に先日買って来た「素人でもわかる魔物生態書物〜著 リシス・フィレンディス・シュライツ」の一文を思い出す。入隊の筆記試験時に暗記した物なので多少だが覚えている。

 

――ケセランパサラン

幼女に毛玉をつけたよーな外見が特徴。生息地不明。筆者も一度見た限り。毛玉の粉に幻覚作用ありなので接近に注意。主に鎮痛作用、媚薬作用、興奮剤etc...
(中略)
素直な性質のが多く、人懐っこい。離れるなら接触前が望ましい。

 

「離れられないよなぁ。」

「どーしたのー?」

こんな素直な性質の幼女をだますなんて気が引ける。軍に連れ帰って見てもいいが、その場合一体彼女の処遇はどうするのだろうか。

というより不安が多すぎる。レウィンがそう思っていると少女はそっとレウィンに話しかけてくる。

「ねー、がけのうえにつれてってー。」

「ん?」

「かぜにとばされて、こんなところにきちゃったんだー。どーしよー・・・」

明るい口調にも、どこか困ったような様子で少女が語りかけてくる。レウィンはその前に聞くべきことが多いと思って尋ねる。

「まず、名前は?それと、どうしてここに?」

「あたしー、ミリルっていうんだー。えーと、かぜにとばされてー・・・出られないのー。」

「そ、そう・・・解かったけど、どうすれば・・・」

「んー・・・」

ミリルが困っているのは十分わかった。確かケセランパサランは風任せに飛ぶ。風系列の術も移動用に使うが、さすがにこの高さまで吹き上げられる術は無いだろう。

候補生の実地試験がどうなったとか何とかはもう彼の脳内から除外されていた。ケセランパサランの粉を吸うと幻覚作用が起きて多少なりとも影響は受ける。少なくとも交わったりしていれば余計に粉は吸ってしまう。

だから今レウィンの脳内にはミリルの事しか考える余裕もなかった。実地試験云々の前に、彼女をどうにかしないといけないとしか思っていない。

そして今、自分が落ちてきたがけを見てどうするべきか迷う。橋は登れる気配は無い。かといって自分がこの少女を・・・だが、脚の痛みは無いのだ。

何とか上れきれそうだ。レウィンは納得すると手を差し伸べる。

「一緒に行くか?その・・・ほうって置けないから。」

「うん!」

ミリルが手をとると、そのままレウィンは手づかみでがけを上っていく。落ちれば死ぬかもしれないが、そんな恐怖心すら今は無い。

「だいじょーぶ?」

「何とか・・・こ、こんながけ、昔は何度も・・・!」

それにミリルがやけに軽い。風に乗って移動するためだろうがいつも背負っている仰々しい背嚢なんかより軽い。

無論訓練でしかレウィンはつけたことが無い。実戦では機動力の邪魔になるのでつけていないことが殆どだ。

が、レウィンはどうも嫌な予感しか感じていない。先ほどから喧騒が静まったままだ。もしかしたら戦闘が終わってしまったのかもしれない。

「っと・・・!」

何とか崖の上にたどり着くと、周囲には狂戦士の死体が大量に転がっている。ラヴィーネ候補生の武器なども散らばっているようだ。

おそらく、伏兵に出会って一目散に退散したというところだろう。幸いにも死者は少ないらしいが、レウィンは周囲を見て警戒する。

「まずいな、残党狩りが・・・」

「どーしよー・・・」

「いいかい、おとなしくついてくるんだ。決して声を張り上げたり、僕の居所を知らせてはいけない。いいね?」

「はーい。」

この無邪気な少女に現在の状況がわかるんだろうかとレウィンは不安になるが、もうやってしまった間柄、責任を取るしかない。

狂戦士の気配はまだあちこちからしてくる。それらからなるべく離れるように、慎重にミリルをつれて潜伏する。

 

「・・・随分と死者が・・・A班およびD班は全滅状態か。」

「すみません、奇襲にさえ気づいていればこんなことに。」

ワーウルフの副官の報告にセレンがしかめっ面をする。伝令に行っている間に強襲を受けて大半が壊滅。

あの時峡谷まで追い込まれ、その時は支援術を受けて事なきを得たが渡河地点の橋は崩落。おそらく狂戦士はいないだろうと踏んで西から遠回りしたがそこで強襲を喰らい、部隊が壊滅状態だ。

「・・・あの伝令も取り残されているのだろう、おそらくは対岸に。」

「生きてるか?あんな敵地で。」

「さて・・・解かりかねる。」

どうせなら救援に行きたい。だがここは敵地であり残った連射式の矢と簡潔な塹壕を掘った陣地に立てこもるのが精一杯だ。

候補生を含む90名が死傷。残り200名の兵員は敵がどこにいるかもわからない状況だ。森林地帯ではハーピーでも偵察は難しく、そのため先ほどケンタウロスに偵察に向かわせたが、帰ってこない。

おそらくその方角から敵が来るであろうと全員が考えて緊張している。だがセレンは反対から来るかもしれないと思って警戒を続けている。この状態で伝令1人を救出するなどほぼ不可能に近い。

「本隊への増援要請を。」

「了解。」

偵察できず、今は大気中の偵察兵にセレンが指示を出す。本隊からの増援頼みというのは悔しい話だが、呼ばなければ森を焼き払ってでも撤退しなければならない。そうでもしなければ奇襲を喰らってしまうだろう。

 

「なになやんでるのー?ねー。」

「この状況さ。君といられるのは幸せでも・・・」

レウィンがため息をつき、焚き火をミリルと囲んでしょげている。普段より気分はいいが、それでも包囲された状況で喜んでいられるほどうかつでもない。

古びた城郭跡地の崩れかけた聖堂に逃げ込み、何とか敵がいないことを確認した後衝動的にミリルとまたしてしまったのだが・・・

「・・・見つかってないかな・・・」

すぐに焚き火を消して周囲を警戒し始める。大体ケセランパサランについての文章は思い出せてきた。

彼女の粉は幻覚作用を持ち、ふとしたきっかけで幻覚が出る。警戒心があるときや危険だと思った場合、その効果は大幅に阻害されるらしい。

「ねー、しかめっつらしないでもーいっかい・・・」

「そういう気分でも・・・」

ミリルもしょっちゅうせがんでくる。戦場ということはまったく理解していないらしい。そして自分が追われている存在ということもまったく解かる気配は無い。

だったらどうやって理解させる?この少女は好きだが、そのために自分の命を危険にさらすつもりなのか?レウィンはどうするべきか迷ってしまう。

「・・・ねー、どーするのー?」

「これでいいか。ミリル、もし遠くに飛んでいっても帰ってこれるかな?」

「うん!」

満面の笑みでミリルが答えると、レウィンもわかったとうなずいてみせる。とりあえずは敵軍の包囲をどこかからか突破しなければならない。

狂戦士は狂った戦士と書くほどだ。爆発や術があれば一点に固まってくるに違いない。それを利用すれば、うまくやれば無力化できる可能性がある。

「橋梁付近に敵を集めれば少なくとも挑発行動は取れるから・・・よし。」

地図を見てから、すばやくレウィンはミリルを連れて南の橋へと向かっていく。ミリルの出す綿毛でもこれほどの笑みを出せないだろうというほどの笑顔としてやったりという表情を見せていた。

 

「・・・今、南で信号弾があがりました。橋付近です。」

「南の橋か・・・敵を見つけたと言う号令かもしれないな。行こう。」

伝令の報告を聞いて、セレンはあの伝令がようやく戻ってきたかと一息つく。そして敵軍まで見つけたのだ。大戦果といえるだろう。

相手がまとまった軍隊なら罠の可能性もあるとも考えただろうが、敵は狂戦士の軍勢でありそこまでの作戦を思いつく相手でもない。

「了解。本隊に連絡をつけます。」

「そうしてくれると助かる。急ごう。」

おそらく信号弾は敵にも見えているから敵も追いかけてくるであろう。ならば伝令の命が危険にさらされている。セレンは無事でいてくれと強く思いながら軍を橋まで移動させる。

すると、真上を綿毛のようなものが駆け抜けたかと思うと一斉に狂戦士がその綿毛を追いかけようとして橋を渡ってくる。このままでは軍に衝突するだろう。

「全軍、迎撃用意!真っ直ぐ来るだけの連中なら恐くあるまい!」

ラヴィーネ第8分隊は直ちに迎撃体制を整え、綿毛に夢中になっている狂戦士たちを次々になぎ払っていく。

 

「・・・よし、上手くいった。」

こんなにまでうまく行くとはまったく彼自身も思っていなかったが、銃を構えてガッツポーズを取る。

先ほど信号弾を挙げてわざと狂戦士たちの気を引かせた後で残った榴弾で爆発を起こさせ、そこに狂戦士達を一点に集めておく。

そしてラヴィーネの部隊を確認すると同時にあらかじめミリルを乗せておいた、爆発しない訓練用砲弾でミリルを飛ばし、狂戦士たちの真ん中を突っ切るように飛ばす。これで綿毛を吸い込んだ連中がラヴィーネ部隊へと突っ込んでいく寸法だ。

「大丈夫だよな?あいつ・・・」

自分でたてた作戦を、内容を良く聞かずに志願してくれたミリルが無事であってほしいと願いつつ、レウィンは銃弾を装填する。

上手く敵は誘いに乗っている。元々正気かどうか疑わしいが武器を捨てたりして正気を失っている今なら突破できるだろうと思い、茂みから出ると銃を振り回しながら突破していく。

狂戦士の群れも今は恐くない。あの綿毛少女を狙おうと一斉に飛び去った方角へと向かい、ラヴィーネに倒されていっているのだ。

「伝令!今行くぞ!!」

「ん・・・!?」

ラヴィーネが戦闘をしている方から部隊長であるセレンの声が聞こえてきたが、いきなり真上に落ちてくるとレウィンを倒して踏んでいる。

しかも気づく様子は無く、グレイブを大きく振り回し狂戦士をなぎ払うと周囲を見て、良く響く声で呼びかける。

「伝令、落ちたのか!?しっかりしろ!!」

「あの、俺・・・ここなんだけど。」

びっくりした様子でセレンが飛びのくが、すぐに抱えるとそこにジャンプ台でもあるかのような跳躍で自分の陣営へと戻る。

「橋を落下させろ!用は無い!」

誰が怒鳴ったのか、ラヴィーネの兵員が強力な術を放つ。真上から巨大な氷の塊が降り注ぎ、頑丈な木製の橋を貫いて落としてしまう。

残った狂戦士は混乱していたが、素早くラヴィーネの兵員が殴り飛ばしたり術で拘束するなどして捕虜にしてしまう。いつ見ても鮮やかだとレウィンは微笑してしまう。

「怪我は無いか?」

「大丈夫です、隊長・・・それより戦況は?」

「何をやったかわからないが良くやってくれた!対岸の連中は大打撃、連絡を絶たれたら待ち伏せは簡単だ。包囲網をしいてじりじりと追い詰めればいい。」

体中の力が一気に抜けたのかレウィンはその場に座り込んでしまう。優位に進んでいる。そして、多分だがラヴィーネ入りは確定だろう。

だが、その一方でレウィンはミリルのことが忘れられなかった。幻覚が残っているのではない。本当に忘れ去ることは出来ないのだ。

「・・・あのケセランパサランの少女は?」

「いや、見失ってしまった。探すのも難しいな。風に流されて対岸の方に行ってしまった。」

これから名誉が得られ、自分の望みもかなうというのにレウィンは心に巨大な空洞が出来た感覚を受けた。

もうミリルに会う機会は無いのだろうか。対岸に行くことなんて滅多に無いだろうから無理だな、とレウィンは半ばあきらめた様子でため息をつく。

 

「今度からお前達の使う部屋だ。2人入れるサイズだが理由はいずれわかるはずだ・・・な。」

了解とうなずき、レウィンは第8分隊の宿舎に入る。彼はD班唯一の生き残りであり敵部隊に大打撃を与えるきっかけを作ったためラヴィーネ入隊も認められ、セレンの分隊に加えられた。

2人入っても十分なほどなベッドと戸棚がある、宿屋の個室よりも十分広い部屋。精鋭部隊ゆえの特権でありレウィンも自分がラヴィーネの一因になったと直感する。

「あいつ、どうしてるかな・・・」

何気なく窓を開けて、涼しい風を取り込みながらベッドに寝転ぶと懐かしい香りがしてくる。この香りは戦場でかいだもの・・・

いや、違う。ちょっと幸せになってくるようなそんな感覚だ。レウィンが横を向くと笑顔を見せる、綿毛の少女がいた。

「えへへー。きちゃった。」

「ミリル・・・!」

2人分の大きさのベッドを用意した意味がようやく解かったのと同時に、レウィンはミリルを抱きしめると綿毛に顔をうずめる。

「ただいまー、っていうんだよね。こんなとき。」

「ああ、お帰り・・・!」

ぎゅっとレウィンはミリルを抱きしめる。彼は今、幸せの真っ只中にいると言っても過言ではないだろう。

愛していたもの、憧れの存在。それをすべて手に入れることが出来たのだから。

 

 

――幸せも夢も、本当はどこかに散らばっている。
   風が吹くとそれが巻き上げられ、時々自分の目の前に来る。
   簡単なこと。風に巻き上げられた時にがっちりと掴んで、風に飛ばされずにしっかりと持っていた人が幸運な人だ。

――ラヴィーネ第1部隊第8分隊所属 レウィン・ハルステッドの手記より

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09/10/20 18:07更新 / スフィルナ

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