読切小説
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あなたを何時も見つめています
 『紅葉』それは大抵の人にとって、綺麗な風景であり、秋の風物詩だ。

街の人々は紅葉した葉っぱを鑑賞しながら、宴会をしている。

ここは親魔物領の街の為、宴会そっちのけで交わりあう魔物と人間の夫婦もいるのが、この街の紅葉シーズンの特徴だ。

「糞っ! 今年の落ち葉もすごい量だな。」
初老の男性は、独り言とは思えない声で叫ぶ。

「毎年毎年、墓全体を掃除する俺の身にもなれってんだ。」

そんな男性に返事を返す者は、この墓場にはいない。

初老の男性は墓守だ。

墓守の仕事は死者を埋葬するだけではない、墓場を綺麗に保つ事も立派な仕事だ。

墓守が仕事をしている墓場のすぐ側には、大量の木が密集している大きな森がある。

これらの木々から落ちた『落ち葉』が彼を苦しめるのだ。

墓守は墓石に掛けてあったタオルを手に取ると、汗を拭い深呼吸をする。

気持ちを切り替えて、さっさとこの面倒な仕事を終わらせるためだ。

結局この日、墓守は日が暮れるまで落ち葉の処理をしていた。

「人間の嫁さんを貰えば、この仕事にもやりがいがでるのかねぇ……。」

墓守は叶いそうにない夢を抱きながら、一人寂しい家へと帰っていった。








 墓守には落ち葉の掃除や、初老になるのに魔物の嫁すらいない事以外にも、悩みを抱えている。

異変に気づいたのは、今年の夏頃だ。

墓守はまるで親の仇を見るような目で、近くにある森を睨み付けていた。

「今年も俺は、お前らのせいでつらい秋を過ごすことになりそうだな。」

墓守はイライラしながら煙草を吸っている。

サボっているように見えるが、墓守は今日の仕事をお昼前に終わらせていた。

親魔物領のこの街には大勢の魔物がいる、彼女らの夫はインキュバスと変貌し、長生きする。

人間のまま寿命を迎えるのは、人間同士で結婚した者、病気や事故等の理由で、早くに亡くなった者達だけだ。

魔物もよっぽどのことが無い限り、はるかに長い寿命を全うして亡くなる為、土地の大きさに比べて、墓石はとても少ない。

「ん? 何か森から視線を感じるな……」

森を睨むのを止め、ぼんやりと煙草を吸っていた墓守は、視線を向けている者を探そうとする。

木の影から、金色の大きめの丸が2つ、同じ色の小さめの丸がたくさん顔を出している事に、墓守は気づいた。

その『丸いもの』と目を合わせた途端、墓守の身体は石のように固まってしまい、動けなくなってしまった。

「うわっ、なんだこりゃ……身体が全く動かせない!?」

墓守は全く動けない身体を必死に動かそうとしながら焦っていた。

ふと視線を木の影に戻すと、そこに『丸いもの』は居なくなっていた。

「おいおい……放置プレイかよ。」

墓守はため息をつくと、動けないまま神への祈りを捧げ始める。

「おお、神よ! 願わくば私を助けに来る者が、人間か既婚の魔物でありますように。」

墓守はその日、運良く既婚の魔物に助けられた。

それからも何度も、その『丸いもの』は墓守を森から見つめている。








 「また視線を感じるな、一体何が目的なんだ。」

墓守は視線を無視しながら、今日も落ち葉を掃除している。

そこに、元同僚のリザードマンの夫婦がやって来た。

「やあ! 墓守業が板について来たみたいだな。」

元同僚であるリザードマンが、墓守に声を掛ける。

墓守は視線を森から外し、夫婦のほうへ振り返った。

「お前さん達のおかげでな!」

墓守はおどけながら元同僚に答える。

墓守は過去に、この夫婦が主原因のとある騒動に巻き込まれていた。

その時の恐怖体験から、魔物と関わりの多い警備兵を引退し、墓守になっている。

恐怖体験の原因は、元同僚のリザードマンをからかった事による、自業自得の結果だ。

「墓守の仕事を押し付けてしまって、すみません。」

元同僚の夫は、墓守に頭を下げる。

元同僚の夫は前任の墓守だ、元同僚との結婚を機に墓守を辞め、今は警備兵をしている。

墓守と夫婦は、日が暮れるまで墓場で談笑していた。

3人共気づいていなかったが、森の中から墓守の事を何時もどおり見ていた『丸いもの』は、墓守に無視された事と、墓守が夫婦と仲良く談笑している事に怒っているらしく、特に小さい丸が激しく動き回っていた。








 翌日、墓守の視線の先には、『丸いもの』が見えていた。

何時もと違うのは、その『丸いもの』が墓守の目の前にある事だ。

そして、墓守が一番ビックリしたのは、『丸いもの』の正体が魔物だった事だ。

魔物の金色の瞳からは、怒りと恥ずかしさが両方滲み出ている。

小さい丸は頭に生えた蛇達のものだった。

下半身も蛇のような特徴を持っている。

ラミア属の特徴を持ち、石化の魔眼を持つ『メドゥーサ』という魔物だ。

石化の魔眼といっても、旧魔王時代のように、完全に石になってしまうわけではない。

石のように身体が硬直して動けないだけなのだ。

もちろん、石化を解除する用意さえあれば、簡単に拘束から逃れられる。

墓守は彼女に責められるような瞳で見つめられて、全く動けないでいた。









 長い沈黙が二人の間に続いていたが、先にメドゥーサが、墓守に喋り始めた。

「なんで私とは話をしてくれないの?」

墓守の男はこのメドゥーサが何を言っているのか分からず、呆然としている。

「だから、なんで昨日の夫婦とは楽しそうに談笑していたのに、私とは全く話をしてくれないのよ!」

メドーゥサは墓守に様子に怒りながら叫んでいる。

墓守の男はやっと事態を飲み込めたようだ。

「お前は俺と、『仲良く会話』をしたくて、いつも森の中から俺の事を見つめていたのか?」

墓守の男は、念のためメドゥーサに今までの視線の事と、メドゥーサの今後の意思を確認しようとした。

「そ、そそそ……そんなわけないじゃない!」

慌てて否定するメドゥーサ。

しかし、そんなメドゥーサの頭に生えた蛇達は、墓守対して肯定するように、蛇の身体を上下させていた。

墓守は笑いを堪えている。

「分かった分かった、仲良くなりたく無いのなら、早く俺の事を動けるようにしてくれないかな?」

墓守は笑いを堪えながら、意地悪そうにメドゥーサにお願いをした。

「えっ……そんな……折角勇気を出してあなたの前に姿を現したのに。」

メドゥーサは明らかに落胆した様子で、今にも泣き出しそうだ。

彼女のプライドは早々に崩れだし、強気な態度も取れなくなってしまった。

そんなメドゥーサの様子に、墓守は笑う事を我慢できなくなり、大爆笑している。

「ハハハハハ、冗談だよ、まずはお互い名を名乗る事から始めようか。」

メドゥーサはさっきまでの様子が嘘のように、満面の笑顔を浮かべて、墓守に対して、素直に自分の名を名乗る。

墓守も自分の名を名乗り、二人は日が落ちるまで喋り続けていた。









 メドゥーサは森の中に住みかを作っていたが、何度も墓守とお喋りする内に、墓守と毎日お喋りしたいと、いつの間にか墓守の家に住みかを移していた。

今では二人とも、街公認のカップルとして過ごしている。

だが、魔物のカップルには珍しく、二人はまだ交わっていない。

墓守がメドゥーサに交わりを求めても、断られているからだ。

普通であれば人間から、恋人である魔物に交わることを求めて、断られる事は無い。

蓋を開けてみればすぐに理由が分かる、メドゥーサは口では否定しているだけで、頭の蛇は墓守の体に絡みついているのだ……。

未だにメドゥーサは墓守に対して素直になっていない。

そんなメドゥーサに対して、墓守は意地悪な性格なので、交わりを諦めたフリをしているのだ。

そんな墓守は、人間の嫁を貰うという夢を諦め、別の事を望んでいた。

いつかメドゥーサのほうから、自分に交わりを求めてくる事を……。

メドゥーサは口では否定し続けているが、墓守の事を本当に愛している。

そして墓守も、隠し事が出来ない上に、いまだに素直にならない残念なメドゥーサの事を、いつの間にか愛していた。

いつか我慢の限界を迎えたメドゥーサが、墓守を魔眼で硬直させ、散々我慢していた墓守への想いを、一気に発散するだろう。

記念するべき、二人が交わり夫婦になる瞬間は、刻一刻と迫っていた。
16/03/31 13:40更新 / 富有柿

■作者メッセージ
警備兵から墓守に転職した初老の男にも幸せになって貰いたかった。

同僚のリザードマンをからかう度に殴られ、何度も辛い目にあった彼に幸あれ。

リザードマン3姉妹の話がなかなか思いつかないのに、メドゥーサは先に思いついてしまった。
深く反省しております。

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