連載小説
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OP 〜今は無い国にて〜
〜〜5年前〜〜

「現在、付近住民の避難は6割方終了したとの報告です。」
「うむ。そうか・・・。」

 そう伝令兵からの内容を聞き、緊急事態特別査察官としてこの場所に派遣されてきた枢機卿は、さも面白くなさそうに返事をする。
 緊急事態特別査察官なんて御大層な役名がついてはいるが、ただの便利屋である。大方、枢機院内でも地位が低く、面倒事を押しつけられたといったところか。おそらく、彼の頭の中では、いかに理由をつけてこの場からどうやって戻ろうかという考えが、高速でめぐらされているのであろう。
 やる気がないのであれば、むしろ仕事を部下に押し付け、自分は安全な地域に引っ込んでいてもらっていた方が、現場の士気も安定するというもの。やる気のなさが、伝播してしまっては、こちらとしてはたまったものではない。
 かといって、一聖騎士である自分が、枢機卿に意見できるほど地位が高い訳でもないので、悶々とした気分が晴れないのが、また腹立たしかった。

 今、俺がいるのは小さな村の教会。村の住人達は、死んでも村を離れないといった頑固者を除いて、皆すでに大きな街へと非難している。
 その、住民のほとんどいなくなった村の教会では、神父やシスターが自らの信仰する神に祈りを捧げるのではなく、いかつい鎧に身を包んだ騎士や、錬金術師、占い師、先ほどの伝令兵のように軽武装の神官兵達でごったかえしていた。
 ただ、いかつい鎧に身を包んだ俺達聖騎士は非常時に動くよう命令を受けており、主に忙しく走り回っているのは軽武装の連中だ。

 はじまりは、ここから遠く離れた村の近辺で“黒い球体に乗った少女の形をした魔物”を見た、との報告からだった。そう、聞いている。
 魔物の目撃情報だけで、これだけの人員を動かす事じたい、かなり馬鹿げていると当初は思っていた。危険な魔物であるならば、勇者に命じるかして討伐すればすむ事のはずだ。だが、勇者ではなく聖騎士団を目撃情報のあった地域に派遣したことも、妙な違和感を俺の心に作り出しているのは否定しない。
 そもそも、勇者と聖騎士団では戦う相手が微妙に違う。勇者が、“強力な個体”を信頼のおける仲間と共に、少数精鋭で討つのが仕事なのに対し。俺達聖騎士団は、規模の大きな犯罪組織や“強さがそれなりの魔物が集まった軍隊”を相手にする。いわば、勇者が対応しきれないような、広い範囲の烏合の衆を組織的に倒すのが仕事だ。
 目撃されたのは1個体の魔物。なら、本来は勇者が討伐に向かうのが道理のはずなのに、今回は俺達聖騎士団が派遣された。おまけに、すぐに討伐に向かうのではなく、住民の避難が完了するまで待機中と来たもんだ。
 なにより、魔物討伐の手柄をさも自分が討ったかのように、手柄を独り占めするような我らが枢機卿が、現場から遠く離れているのに関わらず、いの一番に逃げ出そうとしているのが気になった。

「対象地域周辺の魔力は安定。現在のところ異変は見られません。」

 俺の周辺では、教会が雇った錬金術師達が奇妙な道具とにらめっこをしている。
 なんでも、人が入るには危険な地域に観測用の道具を設置し、その観測用の道具からの情報を受けることで、遠距離でその周辺を調査することができる魔導器だとか。
 教会が錬金術師を雇う時点で、現在起こっていることがそれだけ重大であるということが分かる。
 俺から見て、その錬金術師達の反対側では、占い師達がこれまた水晶玉とにらめっこをしている。
 錬金術師と占い師、その2つがそろうシュールな光景は、教会が是が非でも対象地域を監視するためであろう。
 この事態について、教会は何か表にできない重大は情報を握っている。そして、その情報は、現場にいる俺達にすら伝えずにいるほど危険なものである。
 そう推察するに、十分な状況がここにはあった。

 そんなとき、占い師達の一人が突然大声を上げる。

「ああ、見える・・・。黒い力が膨れ上がり・・・。全てを飲み込み、変えてしまう!」

 それに呼応するかのように、錬金術師達にも騒ぎが起き始める。

「対象地域内で、大気中の魔力に異常が発生!」

「魔力の相転移現象を確認。魔力計測器の反応がじょじょに減少・・・、20・・10・・・0・・・、止まりません!魔力パターンがどんどんマイナスへと変化していきます!」
「魔力相転移の範囲拡大、徐々に広範囲に広がっていきます!」
「相転移地域、該当国の首都に到達。現在、首都に滞在中の神官各位が結界を展開中・・・、ダメです・・・効果ありません!」
「相転移地域、現在国土の70%の到達。他国にも広がっています。」
「魔力パターンなおも降下中・・・、測定限界を突破しました!」
「計測可能魔力相転移地域内での、計測限界突破地点拡大中・・・、あと数分で臨界点に到達すると思われます。」

 そのセリフを聞き、俺は思わず錬金術師達に訪ねてしまった。
「臨界を突破するとどうなるんだ?」

 帰ってきた答えは、あまり聞きたく無いものであった。

「該当地域全域が、魔界に堕ちます・・・。」

 そのセリフを聞き、俺の後ろでガタっと音をたてて、今まで椅子に座っていた枢機卿が立ち上がると、待ってましたとばかりに俺達に命令をとばす。

「現時点を持って、この拠点は放棄する。総員、速やかに対比せよ。」

 そう言って、枢機卿はそそくさと教会を出て行ってしまった。
 いつもなら、枢機卿の我儘にため息をもらす俺達ではあったが、今度ばかりは皆枢機卿の命令をありがたく受け取ったようだ。
 まさしく、ドタバタといった感じで教会を出ていく現場の者達。錬金術師や占い師にいたっては、大事な商場道具であろう魔導器や水晶玉をほっぽりだして我先にと外に向かっていく。
 ここにきて、俺もようやく我に返ったようで、冷静にまわりの状況を分析していた頭から覚醒し、大慌てで外に飛び出した。

 教会の外に出ると、ふと空の景色が見えた。
 さきほど、伝令兵が教会に入る時、俺も一緒に教会に入ったのだが、そのときの空は雲がまばらの青いそらであった。
 が、今では黒く分厚い雲に空を蓋われ、その青さを確認することがまったくできなくなっている。
 気のせいか・・・、いや、気のせいではないのだろう。魔物の目撃情報があった地域の空ほど、より暗く、より重い雲が覆っている。

 そんな中、一人の騎士が、皆が逃げる方向は逆の方向、すなわち雲がぶ厚くなっている方に向かって馬を走らせようとしているのを見つけた。

「アルトヴィッヒ!何処へ行くつもりだ!」

 その騎士は俺のよく知った騎士であった。

「私は、彼女を助けに行く。貴殿は、皆と一緒に逃げるのだ。」
「無茶な真似はよせ!君の婚約者は賢い女性だ、いつまでも危険な地域に留まってはいないさ。だから考えなおすんだ。」
「ああ、おそらく他の村の住人を連れて首都へ向かっているだろう。だが、今はその首都すら危険なんだ!だから、私は・・・。」

 そう彼が言いかけたとき、突如地鳴りがあたりに鳴り響いた。
 その地鳴りは徐々に大きくなり、やがて地面が揺れだす。その揺れに驚いた馬が二本立ちになり、アルトヴィヒを振り落とす。

「くそ!」
「アルトヴィッヒ!」

 馬をなだめ、再び騎乗しようとするのを、俺は言葉で止めようとした。だが、その必要はなかった・・・。

 突如として、あたり一帯に言いようのない威圧感が満ち溢れる。
 拠点から逃げ出そうとしていた、教会関係者達も思わず足を止めて、その威圧感のする方角、すなわちアルトヴィッヒが向かおうとしていた方向を皆で見つめる。
 アルトヴィッヒも、馬に騎乗するのを忘れてその方向を見ていた。

 そして、俺は見た。

 すさまじい音を上げて、地上から天空に向かって伸びる、国一つを飲み込むであろう太さの、黒い光の柱を・・・。
11/01/15 07:59更新 / KのHF
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■作者メッセージ
 目撃情報として、この話の中に出てくる魔物娘は、皆さんご存じの○ー○○○ーです。

 その魔物娘によって引き起こされる魔界化現象を、大げさ気味に書いてみました。

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