読切小説
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よい子?の絵本。
むかしむかし。
あるところにそれは貧しい一家がありました。
この家の両親はそれはまあエッチな事が大好きで、大勢の子供がいたのです。
父親は猟師で、森で獣を狩っていままでなんとか生きてきたのですが、今年は飢饉で食べ物がろくに買えません。

このままでは一家全員が飢えてしまうので、口減らしのため、まず一番年下の男の子を深い深い森の中へ捨てることにしました。

その日の朝、父親は森の中に入ったことなど一度もない小さな男の子を連れて森へ分け入り、
自分が戻ってくるまでここに居るんだぞと言い、そのまま男の子を置き去りにしていきました。

さて、親にここにいろと言われた男の子ですが、やっぱり子供。
ずっと待ってなどいられず、やがて退屈になって森の中をうろうろとさまよい始めました。

綺麗な花だ、お母さんに持って帰ろう。
珍しい虫だ、お兄ちゃんに見せてあげよう。
そんな風に楽しく探検していた男の子ですが、そのうち待っていろと言われた場所へ帰れないことに気付き泣き出しました。

どうしようお父さんに会えない、おうちへ帰れない。
父親はそれが目的だったので、元から迎えなど来るわけないのですが、男の子はもう半狂乱。
ギャーギャー泣き喚きながら、こっちが元の場所だと適当に見当をつけて駆け出しました。

さて、このとても広い森。
魔物はあまり住んでおらず、危険なものといえばもっぱら熊や狼などの野生動物。
本来なら男の子は泣き声を聞きつけた獣たちに襲われてとっくにお腹の中でもおかしくないのですが、
男の子が捨てられた辺りにはほとんど獣が住んでおらず、近寄ろうとも思わないのです。
なぜかというと。

「ん? この鳴き声……いったい何の獣だ?」
森の泉で髪を洗っていた女性は聞きなれない鳴き声に首を傾げました。
もちろんただの女性がこんな森の奥にいるわけありません。
髪を洗っていたのは緑色の翼やうろこ、尻尾をもつ魔物娘。
そう、ドラゴンです。

深い森の中なので人間は誰も知りませんが、この森には地下へつながる洞窟があり、ドラゴンが住んでいたのです。
この近くに獣が寄り付かないのはこのドラゴンのせい。
ゆっくり寝ていたドラゴンはいまさっき目を覚まし頭を洗いに来たのです。

ドラゴンが鳴き声のする方を見ているとやがて木々の間から男の子が飛び出してきました。
男の子はやっと人を見つけたと思い、涙や鼻水でべちゃべちゃのまましがみ付きました。

「なんなんだおまえ? ……おい! なんだその顔! わたしの体が汚れるじゃないか!」
ドラゴンの言葉はごもっとも。
顔をしかめ、頭なんて簡単に握り潰せそうな大きな手で、男の子を引き剥がしました。

自分を掴んだ手を見て男の子はやっと、しがみ付いた相手が人外の魔物であったことに気付きます。
そして頭からバリバリ食べられてしまうんじゃないかと思い、腰が抜けて震えだしました。
そんな情けない男の子の姿を見て、ドラゴンはため息を吐き質問をします。

「どうしてここまで来た。おまえのような子供が来るところじゃないぞここは」
男の子は漏らしそうなぐらい怯えていましたが、すぐに襲ってくる様子はないと理解し、震える声で答えました。
森にはお父さんと来た、自分ははぐれて迷子になってしまった。

その答えを聞いてドラゴンはだいたいの事情を把握しました。
(口減らしか……)
普通に考えてこんな子供を連れて森へ入る大人はいません。
仕事の足しになるどころか面倒を見る手間が増えるだけです。
それでも連れてくるとすれば、はぐれても探さなくていい子、いらない子供だけでしょう。
それに今年は飢饉で国の収入が少ない、捧げものが少ないがどうか勘弁してくれと、
略奪に行った国はどこもそう言っていましたから、口減らしの捨て子だろうと簡単に想像はつきます。

「……信じられないかも知れないがおまえは捨てられたんだ。親はおまえを探してなんかいないぞ」
その言葉に男の子はウソだ! と叫びますがドラゴンは冷酷に言葉を投げかけます。

今朝はめったに食べられない良い食事をさせられたんじゃないか?
親の様子がいつもと違ったんじゃないか?
疲れたときは親がおんぶしてまで森の奥へ進んで行ったんじゃないか?

男の子の顔が青くなります。
ドラゴンの言っていることはその全てが当たっていたのですから。

自分が捨てられた。
小さな子供にとっては世界が崩壊するようなショックでしょう。
男の子はコロリと後ろに転がってそのまま気絶してしまいました。

男の子が目を覚ましたのは洞窟の中。
といっても魔法の明りで照らされているので、真っ暗ではありません。
「やっと起きたか。もう夜だぞ」

すぐ近くにいたドラゴンが声をかけ、火にかけていたイノシシの肉を差し出してきます。
しかし焼けた肉の良い匂いがしても男の子は食欲などわきません。
男の子が口をつけないのを見て、ドラゴンは持っていた肉を自分でほおばりました。

ドラゴンが食事をする光景を眺めていた男の子ですが、やがてポツリと一言もらしました。
なぜ自分を食べなかったのか。
気絶している間に骨も残らず食べていてくれれば、この悪夢のような現実に戻らずに済んだのにと思います。

「おまえは小さくて食いでがない。それに人間なんかよりイノシシやクマの方がよっぽど美味い」
これは事実です。
男の子には筋肉なんてほとんどついてないし、人間より野生の獣の方が美味だというのは旧魔王時代の大トカゲだったころから解かっていること。
「これからどうするんだ? 親のところへ帰れても別のところにまた捨てられるだけだ。
 それにこのご時世、役に立たない子供を拾ってくれる人間なんてまずいないぞ?」
このまま森でのたれ死ぬか、街まで行って行き倒れるか。男の子の未来はもう詰んでしまっているのです。

何も言えない男の子にドラゴンが提案をします。
「おまえが元の名前を捨てて、わたしのために働くと言うならここに住まわせてやってもいいぞ。
 もちろん三食昼寝付きだ。どうする?」
ドラゴンも目の前の子供がのたれ死ぬと分かっていて、放り出すほど非情ではありません。
そもそも初めから放り出す気なら自分の住みかに連れてきたりなんかしません。
少しばかり住まわせてやって、ある程度育ったら放り出してやればいいと考えたのです。

男の子はしばらく考えていましたが、まだ生きていたいという思いが絶望に勝ったのか頷きました。
「よし、契約成立だ。まずおまえに名前をつけてやろう。名前は………そうだな、モゲロという名でどうだ?」
(※モゲロという名はおとぎ話によく出てくる名前で、名無しの権兵衛や山田太郎と同じような意味合いです)

男の子はその名前に特に不満もないのかそのまま受け入れました。
「では、これからおまえの名はモゲロだ。モゲロ、まずこの肉を食え。空腹ではろくな働きができないだろうからな」
そう言って新しい肉をドラゴンは差し出します。
男の子……いや、間違いました。モゲロはいまになって食欲がわいたのか、肉を受け取るとガツガツ食らいつきます。
「おい、もっとていねいに食べろ。肉が飛び散って服が汚れるぞ」
まあ、何も食べていないのだから仕方ないかと考え、ドラゴンは注意もそこそこに別の肉を差し出すのでした。

次の朝。
葉っぱを詰め込んだ袋をベッド代わりにして寝ていたモゲロはドラゴンに叩き起こされました。
「ほら、起きろ! わたしより起きるのが遅いとは弛んでいる証拠だぞ!」
寝ぼけ眼で立ち上がるモゲロに、外の泉で顔を洗ってこいとドラゴンは言います。

さて、その日からモゲロの生きるための労働が始まりました。
もちろん初めてのことが多く、ドラゴンがお手本を見せてくれることもあるのですが、モゲロがそれを真似できるとは限りません。

「モゲロ、肉を焼くから火をつけておけ。なに? わからない? 火なんてこうやって簡単に……あれ? 人間は火を吐けないんだったか?」
火つけ道具がないので結局ドラゴンが付けることになったり。

「肉の貯蔵が減ってきたな。モゲロ、クマを狩ってこい」
命からがらクマから逃げ切って、ウサギや鳥を一日中追っかけまわしたあげく収穫ゼロだったり。

「おまえの服臭うぞ。今日は洗って裸で過ごせ。…そんなに恥ずかしがるな。わたしなんていつも裸なんだぞ?」
うろこのおかげで裸に見えないドラゴンに、全裸で一日過ごせと言われたり。

まあ、色々とありましたがモゲロは何とか生きていました。

さて、モゲロは知りませんでしたがドラゴンの住みかには眩いばかりの金銀財宝が蓄えられています。
その入手先は反魔物国家の国々。ちょっとばかり暴れて、金品を差し出させるのです。
王様たちはドラゴンが全力で暴れるよりはずっとましだと、おとなしく高価な品々を差し出すのです。
もちろんドラゴンを討伐しようとする国もありますが、そういう国はたいてい王都をボロボロにされた後、王さま自ら土下座して品物を捧げることになります。

ドラゴンが求めるものは貴金属や宝石、あるいはそれらを贅沢に使用した装飾品などです。
ですがモゲロと暮らすようになってからドラゴンは要求する物を少しずつ変えはじめました。
子供用・少年用の高級服、ふかふかのベッド、数々の雑多な生活用具に様々な学術書。

だんだんとモゲロが働く時間は減ってきて、その代わりに勉強や訓練の時間が入ってきました。

「おい、太刀筋がぐちゃぐちゃだ! 剣もろくに扱えないようじゃ、一人前の男にはなれんぞ!」
モゲロにはまだ大きい剣を振り回させられたり。

「この世界には人間界の他にも、天界や魔界、妖精の国などもあってだな……」
博物誌の内容を憶えさせられたり。

「待ち針に気をつけろ。下手をすると…ほら、言わんこっちゃない!」
自分の服を修繕するための裁縫を学ばされたり。

そうして何年も経ち、そろそろ少年とも呼ばれなくなるころ。
モゲロは下手な学者よりよっぽど博識で、たいした訓練も受けていない兵士よりずっと剣の腕が立つ立派な男へと成長していました。

子供のころとは違い、ここまで自分を育ててくれたドラゴンにモゲロは感謝していました。
ですが最近のモゲロはドラゴンへの言いようのない不信感を感じるのです。
ときおり獲物を見るような鋭い目で見られたり、体つきを見るといってやたらペタペタ手で触れられたり。
でも今更食べたりするわけでもなかろうと、その辺は信じていたのでまだ仲良く暮らしていました。


ある夜。
十年以上経っても柔らかいベッドで寝ていたモゲロに近づく影がありました。
モゲロはその気配を感じ、目を覚まし何かと思った瞬間。
「……モゲロっ!」
息を荒げたドラゴンがのし掛かってきたのです。

モゲロはわけが分かりません。
なぜドラゴンが息を荒げているのか。
どうして自分をベッドに押さえつけようとするのか。

「ダメだ…もう我慢できない……。モゲロ、わたしに、おまえを食わせろっ……!」
食う。
そのまさかの言葉にドラゴンへの信頼は崩れてしまいました。
そして残るのは、なんとかして生き延びようという、生物としての本能。

「くっ……暴れるな! 大人しく……がっ!」
ドラゴンの下から抜け出そうとしたモゲロの拳が、喉もとに当たるとドラゴンは身を仰け反らせました。
そこでモゲロは一つ思い出しました。

逆鱗。
以前ドラゴンの喉もとを触ってしまったときに聞かされたのです。
「くぅ……っ。おまえ、喉もとは触るな! ここは逆鱗があるんだぞ!」
逆鱗とは何なのか? その言葉を知らないモゲロは訊ねます。
「逆鱗っていうのは……その、ドラゴン唯一の弱点だ。とても敏感な場所でどんなドラゴンでもここをやられて平気な者はいない」
その言葉に興味がわいてついつい手を伸ばしてしまうモゲロ。
「だから触るなと言ってるだろバカ!」
モゲロは怒ったドラゴンに投げ飛ばされ、地面に打ちつけられてそのまま気絶してしまいました。

あのやりとりを完全に思い出し、モゲロは握った拳でドラゴンの喉もとを連打します。
ドラゴンの力はどんどん弱まり、ついに押しのけることができました。
ベッドから転げ落ちたドラゴンはもはや虫の息で、もはや体を震わせることしかできません。

モゲロは窮地を抜けてなんとか落ち着きましたが、すると罪悪感の念がたちまち上がってきました。
いくら非常事態だったとはいえ、育ての親といっていい恩人を自分は瀕死の状態にしてしまったのです。
ドラゴンの様子をうかがうと、もはや意識もないのか、弱々しい呼吸でときおり体がピクンと動くだけ。
ひどいダメージでもう長くはないでしょう。

モゲロは自分の行いに耐えられず、叫び声を上げると洞窟から逃げ出して夜の森へと走り去っていきました。

モゲロは一晩中走り続けて森を抜け、ついに朝になりました。
着の身着のまま出てしまったモゲロですが、ドラゴンの死体が転がっているであろうあの洞窟へはもう戻る気はありません。
自分の着ている服が高級品であることは分かっているので、ドラゴンとの繋がりを忘れるために服を売り払い、
その金で粗末な服や安物の道具一式を購入し旅に出ることにしました。


幸いなことにドラゴンの教育のおかげで、モゲロは商隊の護衛や学者の手伝いをできるほどの能力を身につけており、
飢えて犯罪に手を染めるようなことはありませんでした。

ですが能力を褒められるたびに、モゲロの心は微かに痛みを感じます。
自分の能力は全てドラゴンに貰ったもの。
育ての親を殺しておいて、親御さんの教育が良かったんだねと言われるなど痛烈な皮肉にしか聞こえません。
やがてモゲロの中でドラゴンの記憶は忌々しいものとして嫌悪の対象になっていきました。


さて、モゲロは旅を続け、いつしか自分の産まれた国からずいぶん離れたところまで来ていました。
この周辺は二つの国が一つの小国を挟んでにらみ合っているという情勢で、いつ本格的な戦争になるか分かりません。
もちろん戦争がおこるとすれば、真っ先に二つの国の間にある小国が落とされ、敵国を食い止めるための壁にされるでしょう。
小国の王さまは毎日気が気ではありません。

さらに不幸は重なるもの。
最近になって小国の近くに住みついたドラゴンが、毎度毎度金品を要求してくるようになりました。
このドラゴン、他の国へも行けばいいのに、面倒だからという理由で一番近くの小国だけを狙うのです。
ローテーションを組まずに、一国だけを狙い続けるなんて方法は効率が悪いことこの上ないのですが、
まだ若いドラゴンはその辺りの勝手が分からず、ただ適当に略奪を行っているのです。


その小国では何度目になるか分からない、ドラゴン討伐のための兵を募集していました。


小国の王宮。
心労でやせ気味の王さまを横目に、王女さまがカード占いをしています。
「あ、お父様! 良い結果が出ましたよ! もうすぐ英雄が現れて竜を倒し、この国を救ってくれるそうです!」
王様はそうかそうかよかったなと、空返事をして話を聞かないこの娘をどう説得しようかと頭を悩ませるのでした。

この王女さま、見た目だけは良いのですが、中身は占いマニアの電波ちゃんなのです。
中身を知っていれば結婚しようなどと思う男性はいないでしょうが、一国の王女ですので両国の王子さまから求婚されています。
これはもちろん政略結婚。
大人しくこちらにつけ。戦場になって国は滅びるだろうが、王家の血筋は残り続けるぞという意味なのです。
あと、王女さまの見た目は良いので王子さまには下心もあります。

ですが簡単に返事をしてしまうわけにはいきません。
いまの情勢でどちらかの王子と結婚したら、結婚しなかった方に対する宣戦布告と見なされ、すぐにでも戦争が始まってしまうでしょう。
それに王さまも父親ですから、できれば愛する人と結婚してほしいという気持ちもあります。
しかし返答をのばすのももう限界。
どちらかを選び、王家だけでも生き延びさせなければならないのです。

「――ですからお父様! わたくしは結婚などいたしません! この国は救われるのですからそんなことをする必要などないのです!」
王女さまは自分の占い結果によっぽど自信があるのか、返事なんて放っておけ、気にする必要なんてないとそれだけです。
ちなみに王女さまの占い的中率はだいたい10%。
1割の確率に国の運命をかけるようでは王さまは務まりません。

どうしたものか、ため息を吐く王様のもとに使用人がやってきて、討伐志願者が現れたと告げます。
すぐに行くと王さまは言い、痛む胃を押さえながら王女さまの部屋を後にしました。

さて、ドラゴン討伐の募集を見て謁見にきたモゲロ。
王さまは腕前はどれほどのものかと、一人の兵士と試合をさせてみました。
その結果はギリギリの勝利。
悪くはないでしょうが、もっと腕の立つ者や、複数で隊を組んだ者が挑んで敗れているのですから王さまは渋い顔をします。
しかし他に討伐に行く者もいないというのでは仕方ありません。

王女さまの占いに少しは期待していたのか、王さまはこの男のどこが英雄だ…なんて思いながら詳しい話を聞かせます。
話を聞いたモゲロは、今すぐ討伐に行きましょうと言い、王さまを驚かせました。
いままでの志願者たちは最低でも一日かけてしっかり準備を整えてから、ドラゴンの住む洞窟へと向かったのです。
自殺志願者なのかと訊ねてしまった王さまに、自分には策があると答えモゲロは出陣することになりました。

謁見の部屋を出るとそこにはニコニコ顔の少女。
もちろんこの国の王女さまです。
「あなたがこの国を救ってくださる英雄さまですね! どうか一つわたくしのお願いを聞いて頂けないでしょうか!」

王女さまのお願いというのは、ドラゴンを生け捕りにしてほしいというもの。
モゲロはそんなことできるわけないと断りましたが、倒したときにまだ息があったら連れてくる程度でいいとのこと。
自分の策が成功すれば、まずそんなことはできないとモゲロは思いましたが、王女さまは自信があるのか期待してますよと言うばかり。

ドラゴンが生き延びる確信があるのかと聞くと。
「――だって、占いで出たんですもの!」
元気に言葉を返してくれました。

さて、ドラゴンに関するトラウマを抱えているモゲロがドラゴン討伐……紛らわしいので小国の方は竜と呼びましょう。
モゲロが竜討伐に志願したのは、一つの決別のためでした。
この国の竜を育て親のドラゴンの代わりと見なしてきっちり殺し、過去と完全に決別しようと考えたのです。


モゲロが以前住んでいた洞窟と違い、竜の洞窟は周辺が開けているので、すぐ近くに潜んでいるなどということはありません。
それを確認し、モゲロはすばやく洞窟へ入りました。

洞窟の中は魔法の明りで照らされています。
やはり竜も暗いのは嫌なのでしょうか。

洞窟を進んで行くと、奥からジャラジャラという、硬貨を落とすような音が聞こえました。
「あーあ、あれだけ行ってまだこれだけかあ。ママはどうやってあんなに溜めこんだんだろう……」
竜の独り言が聞こえてきます。
おそらく竜は自分の溜めた財宝を、確認ついでにかき回したのでしょう。
「ま、落ち込んでもしょうがないか。そろそろ町にいこっ!」
また略奪に行くつもりなのか、竜が洞窟奥の曲がり角から姿を見せました。

「だれっ! ……って、なんだ人間か。まーた、王さまの差し金でボクを退治しに来たの?」

洞窟奥から現れた竜は、モゲロと暮らしていたドラゴンと比べるとまだ幼い顔立ちで、言動も落ち着きのない小娘のようです。
「一応言っとくけど、命が惜しいならさっさと帰った方がいいよ。いま逃げるなら追ったりしないから。洞窟を血で汚すなんてボクも嫌だし」

竜の言葉を黙殺しモゲロは剣を構えます。
「――そう、やる気なんだ。だったら……たっぷり痛い目見せてあげるよっ!」
竜の姿が一瞬で膨らみ、通路一杯に広がります。
これが旧魔王時代のドラゴン。地上の王者と言われた姿です。

巨大化した竜は大きく息を吸い込むと、洞窟一杯に咆哮をとどろかせました。
大抵の人間はこの咆哮だけで腰を抜かし、ただ逃げようとします。
いままで竜討伐にきた者たちも至近距離での咆哮に、理性が吹き飛び情けない叫び声をあげて、命からがら逃げ出して行ったのです。

しかしモゲロはこの咆哮に動じません。
なにしろ昔から悪いことをするたびに、巨大化したドラゴンにガミガミ叱られていたのですから。

(え? こいつ逃げない!?)
竜は予想外です。
なにしろ今まで面と向かった人間は全てこの最初の咆哮で逃げ出し、戦おうともしなかったのですから。
(あっ! ヤバイ!)
最初の咆哮で勝ったつもりになっていた竜は隙だらけ。
大きくなって狙いやすくなった逆鱗に、モゲロの剣が根元まで突き刺さりました。

モゲロに逆鱗を貫かれた竜はビクン! と震えると巨大化を逆回しにしたように女の姿に戻りました。
洞窟の床に倒れて弱々しげに体を震わせる姿はあの夜のドラゴンそっくりです。

倒れた竜に慎重に近づくモゲロ。
あれだけ深く刺し込んだのに、人型になった竜は喉もとに僅かな血をにじませているだけ。
やられた振りではないかと警戒しているのです。

しかし竜は近寄っても何の反応も見せません。
意識も完全に失ったようで、それを見て安心したモゲロはとどめを刺そうと……したところで王女さまの頼みを思い出しました。
もし竜の目が覚めたら最後の力をふりしぼり反撃してくるかもしれないので気はすすみませんでしたが、公開処刑でもして人々を安心させたいのだろうと考え、
頑丈なロープでグルグル巻きにし、炎を吐かせないために猿ぐつわをした後、自分が乗ってきた馬の後ろに乗せて王宮へ戻ることにしました。

モゲロが竜を倒して帰った来たと聞き王さまは喜びましたが、すぐにまた重い顔になりました。
竜がいなくなったからといって戦争の問題が解決したわけではないのです。
そんな王さまを元気づけるように王女さまは明るい声で言い放ちます。
「お父様、すぐ前の広場でいまからお祭りをしますよ! 英雄のモゲロさんにお父様もお祝いの言葉を述べないと!」
しかし王さまは気がのらないということで、お祭りに姿を見せはしませんでした。

王宮前の広場には竜退治の英雄を見てみようと人々が集まっています。
即席で作られた簡素な台の上にモゲロが立って、そのすぐ横には竜がゴロンと転がされています。
竜はすでに目を開けていますが暴れ出さないので、動く力も残ってないのだろうとモゲロは思い、雑魚寝で放ってあるのです。

「はーい、モゲロさん! 竜の様子はどうですか!?」
王さまを連れ出すのに失敗した王女さまでしたが、気落ちせずにこやかに話しかけてきます。
もう抵抗する力もないようだ、諦めたのだろうとモゲロは言います。
「ふーん、そうですか。あ、そうだ! モゲロさん勝利宣言はしましたか?」
勝利宣言とはなんなのか。
「勝利宣言はそのままの意味ですよ。動けないこの竜にどうだ悔しいかーとか、おのれの無力さを思い知ったかぁ! とか言いました?」
別に何もしていません。モゲロはこれから公開処刑されるであろう竜に何か声をかけようなどとは思わなかったのです。

「あら、モゲロさんは竜退治の英雄なんですからもっと傲慢になってもいいのに。じゃあ負け犬…負けトカゲさんに訊きましょうか。
 どうですー? モゲロさんの勝ちを認めますかー? 土下座してでも生き延びたいと思いますかー?」
竜はまだ自由に動かせる首でコクコクコクと必死で頷きます。

モゲロはその動きにまさか回復したのかと驚きましたが、次の王女さまの行動にはさらに驚かされました。
「はい、わかりました。じゃあ縄を解いてあげますね。よいしょ」
王女さまはモゲロが腰に差していた剣を勝手に抜き、竜の縄を一刀両断。
腕はなまくらなので刃は体にも当たっていましたが、そんなので傷つくようなやわな体ではありません。

竜が解放されたのを目の当たりにし広場の人々は騒然。
モゲロもなんてことをしたんだと思いつつ、王女さまを背後にかばって竜の前に立ちふさがります。
自由になった竜は鋭いツメで猿ぐつわを切り裂くと、モゲロに飛びかかってきました。

「キャー! もうキミなんて強いのっ! 最初の一声で逃げるどころか反撃して一撃でボクを倒すなんてっ!」
竜はモゲロの胸にしがみついて頭をスリスリします。その姿はトカゲというより猫のよう。
モゲロは唖然。人々は呆然。王女さまはやっぱりニコニコ微笑んでいます。

真っ先に立ち直ったモゲロは、スリスリし続ける竜をそのままに、どういうことかと王女さまに問いかけます。
「竜は自分を倒した人間に従うんですよ? だってこの本に書いてありますし」
そう言って取り出したのは小さい子が見るような絵本。
モゲロは腰が抜けてへたり込んでしまいました。

「どうしたの? ―――ハッ、もしかしてボクが知らない間に怪我をさせちゃったとか!? ごめんなさいっ!
 すぐに舐めて治すから! 治ったらボクにオシオキしていいから早く見せて、傷はどこ!?」
モゲロがけがをしたと勘違いした竜は急におろおろしはじめます。
その姿を見たモゲロはいくらなんでも逆鱗の傷からの回復が早すぎるのではないかと思いました。

モゲロは竜に訊ねます。
ドラゴン族の弱点である逆鱗のダメージから何故そんなに早く回復したのか。
そもそもなぜ死んでないのか。逆鱗は素手で殴るだけでも致命傷になるはずなのにと。

「死ぬだなんてひどい言い草だなぁキミ。たしかに無防備の状態でいきなり根元まで刺されたときは、本当に逝っちゃうかもとは思ったけどさぁ」
あの瞬間を思い出したのか竜はぶるっと身を震わせます。
「あー、考えただけでダメ。すぐにびしょ濡「はい、そういうことは大勢の前で言ったらいけませんよ」
何か言いかけていた竜の口を王女さまがふさぎます。

モゲロは事情がよく呑み込めていませんでしたが、逆鱗がすぐさま命を奪うようなものではなかったと知り、あの夜のことが脳裏に蘇ります。
そう、あのドラゴンはまだ―――。
そこまで思ったとき。


「モゲロっ!」


空から女の声が響いてきました。


モゲロを見つけたドラゴンは急降下して目の前に降り立ちます。
「このバカ! こんなに長い間どこをうろついてたんだ! わたしがどれだけ探したと――」
叱り続けるドラゴンの言葉は耳に入りません。
懐かしい声にモゲロの瞳からはポロポロと涙のしずくが零れ落ちました。

「おい、聞いてるのか! モゲ……いったい何なんだ」
モゲロは心の底ではあの夜のことをずっと後悔していたのです。
あれはドラゴンの一時の気の迷いで、落ち着いて話せば分かってくれたのではないか。
本当に殺すしかなかったのか、もっといい手があったのではないか。

旅の途中でもなにかあるたびに、ドラゴンはああ言っていた、こうしろと教えてくれたと思い出が蘇っていました。
仲の良い親子を見るたびに、自分は親殺しの大罪人だと罪の意識に苛まれていたのです。

「……やれやれ。勝手に出ていったことは許してやるから。ほら、いい歳した男が泣くな」
叱られるのが怖くて泣いているのかと勘違いしたドラゴンが優しく頭を撫でてくれます。
その感触にまだ小さかったころを思い出し、感謝の念と共にさらに涙が流れ出します。
きっと今ならば本気でドラゴンが食わせろと言っても、モゲロは喜んで身を差し出すでしょう。

見ていた人々も二人の様子になにか感じ入るものがあったのか、ドラゴンが増えたというのに騒ごうともせずその光景を眺めていました。
王女さまはあらあらと困ったような顔で眺めていましたが。


モゲロがやっと泣き止んで。
「まったく子供みたいにあんなに泣いて……ほら、顔を拭け。わたしたちの洞窟に帰るぞ」
ドラゴンは当然のこととモゲロを連れて帰ろうとします。

しかし。
「は? なに言ってんの? モゲロはボクの旦那さまになってボクの洞窟でいっしょに暮らすんだよ」
モゲロに倒された竜はそれを許したりなんかしません。

モゲロの前でにらみ合う二人に広場の空気が凍りつきます。
ドラゴン族同士、言葉にしなくても大体分かるのか、バッと飛び跳ねてモゲロから距離をとりました。
そして高まる緊張感。

うわあぁぁっ! という誰かの発した叫び声を引き金に二人が巨大化すると、広場は人々が逃げ惑う阿鼻叫喚の場となりました。
そこかしこで逃げろーとか、おかあさーん、などという叫び声が響き、それをBGMに二体のドラゴンが取っ組み合いを始めます。

「モゲロはボクの旦那様だ! オマエなんかに渡すかっ!」
竜がドラゴンに飛びかかり下敷きになった噴水が壊れました。

「それはこっちのセリフだ! わたしの一番の宝物をキサマなどに譲れるか!」
ドラゴンの振るうツメを近くの民家を巻き込みつつ竜は回避します。

「旦那さまをいじめて泣かすような奴に負けてたまるかっ!」
竜の吐く火が王宮の壁を黒く焦がしました。

「キサマの目は節穴か! あれは家出を許してやったわたしへの感謝と謝罪の涙だ!」
ドラゴンの尻尾が地面を薙ぎ払い、地上の雑多なものがガラクタの山へと変わります。

他にも様々な被害が出てもうめちゃくちゃ。
何度も火が吐かれているのにまだ火事になっていないことだけが幸いといえるでしょう。


さて、原因のモゲロですが突然ケンカを始めた二人にどうしたらいいのかわかりません。
ドタンバタンと地響きが起きる中に入っていって止めるなどまず無理です。
それでも何か手はないかと考えるモゲロを王女さまが王宮の中へ誘います。

外と変わらず王宮の中もガタガタ、ユラユラ、グラグラ。
二匹の竜が戦っているところを見た王さまなど、もうだめだ、おしまいだぁと廊下にある亡くなった王妃さまの肖像画を抱いてガタガタ震えています。
そんな情けない王さまを放置したまま、モゲロと王女さまは上のバルコニーへ向かいます。
「いいですか、わたくしの言ったとおりにお願いしますね」
王女さまはこの状況をおさめる策があると言いモゲロを連れて来たのです。


バルコニーに出たモゲロの目に真っ先に入ったのは、唸りながらお互いの翼に噛みついている二人。
注意を向けようと声を挙げようとしたモゲロですが、そのまえに王女さまが元気いっぱいな声で二人に叫びます。

「はーい! お二人とも見てくださーい! モゲロさんの晴れ舞台ですよー!」
能天気によく通る王女さまの声で、熱くなっていた二人は理性を取り戻し、互いに距離を取ってバルコニーを見ます。
「モゲロさんはー! 竜退治の功績でこの国の貴族にとりたてられましたー! ほら勲章つけますよー! 見てくださーい!」
人間にとって貴族というのはステータスの一つであることを知っている二人は、モゲロがとつぜん叙勲されたことに戸惑いました。

「貴族? わたしは別になんとも思わないが……まあ良かったなモゲロ。他の人間に出会ったら自慢してやれ」
ドラゴンはモゲロの社会的地位にさして興味はないのか、単純に貴族になれて良かったなという程度に思いました。

「きぞくー? そんな勲章じゃなくてこの国全部ちょうだいよ。そうすればモゲロも王さまになれるのに」
竜は自分の旦那さまが貴族なんてチンケなものに相応しいとは思っていないので、とりあえず王の位を要求しました。

そうこう話しているうちに王女さまは勲章をつけ終わりました。
「はい、これで今からモゲロさんは貴族です! この国は狙われていて大変ですけど、貴族の一員として、死ぬまで戦って守ってくださいねー!」
王女さまの言葉をいぶかしんだ二人は問いかけます。この国が狙われているとはいったい何なのか、と。

王女さまはこの国を取り巻く情勢を説明しました。
「ふざけるな! そんな人間同士のくだらない争いにモゲロを巻き込む気か!」
ドラゴンは怒声を上げて、地面を殴りつけます。

「ボクの旦那さまを泥臭い戦場に駆り出す? ふざけたこと言ってたら戦争が起きるより先に、このチンケな国潰すよ」
竜は威嚇のように王女さまスレスレに炎を吹きます。

力ずくでもモゲロを奪っていきそうな二人ですが、モゲロは落ち着いた声で話します。
この王女さまは、どこの馬の骨ともしれない自分を貴族にとりたててくれた、自分はこの国のために貴族として働いてみたい。
モゲロは必死で二人を説得します。

「むう……じゃあボクは毎日来るからね。それとっ! 絶対モゲロを戦場になんか出さないでよ!」
ますこの国に住んでいる竜が妥協しました。
モゲロを決して危険な目に合さないという条件付きで。

「ダメだ! モゲロはわたしの洞窟で一緒に暮らすんだ!」
逆に育て親のドラゴンはなかなか折れてくれません。
そんなドラゴンに王女さまは一つ提案をします。

「ではあなたもこの国で暮らしたらいかがでしょうか? 王家の別邸が空いてますし、その姿なら十分生活できますよ?」
モゲロに別邸一つ与えるからそこで一緒に暮らしたらどうか。
その言葉にドラゴンは渋々とですが納得しました。


さて、そんなこんなでモゲロが貴族になってしばらく。
結婚の返答をほったらかしにして、しびれを切らせた二国がついに攻めてきましたが、
モゲロが忙しくなりイチャつけないとの理由で二人のドラゴンにフルボッコにされ、不可侵条約を結ぶことになりました。

戦争……とも呼べない一方的な蹂躙が終わり平和になったこの国。
貴族としての仕事はありますが戦時中に比べれば休みも増え、二人と過ごす時間も多く取れるようになりました。
竜もとっくに洞窟を引き払い、一つの屋敷に三人で暮らしています。

「だーかーらー! 今日はボクと過ごすんだよっ! そっちは先週独占したんだからいいだろっ!」
竜がモゲロの腕に抱きついて引っ張ります。
「そう言うキサマは先月二週連続で出かけただろうが! わたしは忘れてないんだからな!」
ドラゴンがモゲロの頭を抱えるようにして引っ張ります。

「あらあら、いかがなさったのですか?」
このままではモゲロの体が三つに分かれてしまうというとき、伝令役の王女さまがやってきました。
なぜ王女さまがと思うかもしれませんが、二人を前に気おされないのはモゲロ以外は王女様しかいないので。

「聞いてよ! コイツが―――」
「そもそも、コレがだな―――」
まあどうせ二人の主張は平行線。意見をぶつけている間、無駄に時間は過ぎてしまいます。
なので、王女さまはさっさと決着させることにしました。

「見てください、たった今出来たばかりの記念金貨。どうです?」
王女さまが持ってきたのは不可侵条約締結記念の記念金貨。
金貨の表面にはドラゴン、裏面には竜、二人の顔がそれぞれ刻印されているのです。

「この金貨を床に投げて目が出た方が、きょう一日モゲロさんを独占するというのはいかがでしょう?」
完全に運に任せるというのは不安がありますが、早く決めないと一日はすぐ過ぎてしまいます。
二人は首を縦に振りました。

「では投げますよ。投げたら表か裏どちらかに賭けてくださいね。じゃあ――いきます!」
ピン、と金貨を弾く王女さま。

もちろん二人が賭ける方は―――。

「表!」
「裏っ!」





「――はい、おしまい」

ここは親魔物国家の学校兼堕落神の教会。ダークプリーストがまだ小さい魔物娘たちに本を読んで聞かせています。

「せんせー、きょうのほんはえっちくないですー。おもしろくないですよー」
サキュバスの子が不満そうに言いました。
「そうねえ、先生も今日の本は味気ないかなって思うわね。でも人生たまにはこういうこともあります。心しましょう」

「はーい、せんせー!」
サキュバスとはまた種族の違う魔物娘が手をあげ質問をしました。
「おうじょさまがなげたきんかが、ゆかにたっちゃったらどうなってたんでしょー?」
まれにですが投げたコインが表にも裏にもならず立ってしまうことがあります。
「うーん、そのときは投げなおしか……あるいは親の総取りで王女さまが独占したんじゃないかしらね」

「はい、今日はここまでですが、先生からみなさんにプレゼントがあります」
プレゼントと聞いて魔物娘たちの顔に期待がともります。

「実は先生の友達がこの本の舞台になった国に旅行へ行って来たんですね。
 お土産に食べきれない位チョコレートを貰ったからみんなにおすそ分けします」
ダークプリーストは並ばせた子供たちに一つ一つチョコを渡していきます。

そのチョコの形はコイン型。
両面にそれぞれ意匠の違うドラゴンの顔が刻印されています。

その味はとっても甘いミルクチョコ。
11/10/16 15:48更新 / 古い目覚まし

■作者メッセージ
なにかにとりつかれたようにすらすら書けました。
たぶん人生で最高執筆速度をマーク。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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