連載小説
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日没の城
「お嬢様?」

 月が雲で隠れ、光明がいくつかのロウソクしかない一室にてその声は優しく響き渡る。

「あら?どうしたの?あなたがこんな時間に来るなんて珍しいわね」

 天蓋付きのキングサイズのベッドからその声の主は出てきた。

「夜分遅くに申し訳ありません・・・そのお召し物は?」

 そう言うメイド服に身を包む彼女に答えるように、もう一人の女性はふわりと一回転してみせる。
 派手な装飾が無い黒のドレス、質素に見えたそれは身に付ける彼女の全て。
 そのありのままの美しさを強く引き立てている。

「これ?彼の記憶で見たものよ。変、かしら?」
「いえ、お嬢様らしくないと思いまして。お嬢様はもっと肌が出ているものがお好きとばかりに・・・いえ、決して痴女の様な露出の多い格好がお好きだなんて思っていませんよ」
「はっきり言うのね?流石は幼馴染とでも言うのかしら?それに痴女じゃないから」
「申し訳ございません、お嬢様」

 そう言ってお互いに頬を緩ませ笑みをこぼす。
 そしてふとメイドの女性は視線をベッドに眠るもう一人に向けた。

「彼は・・・まだ目を覚まさないのですね」
「そうね・・・でも最初よりは安定したわよ、一週間は特にひどかったもの」
「彼が来てもう一ヶ月も経つのですね・・・」
「ええ、早いわ。でも、聞いてキリー!彼、最近寝言を言うようになったのよ!言葉にはなっていないけど、でも彼の声が聞こえるの!」
「・・・では、順調に回復を?」

 その言葉にお嬢様は優しく微笑み首を縦に振る。

「お好きなのですね・・・」

 キリーは少し顔を俯かせてそう呟いた。

「好きよ、運命ってこう言う事を言うのね。城にずっといた私の前に顕れた彼。前に妹達に聞いたの、好きな人に出会ったらどうするの?って。彼に屈服・・する、ですって。なんて欲望に忠実な子達なのかしらって思っていたけど。私も人のことを言えないわね。私たちは理想の世界を創る存在、欲望の娘たち。だから」

 不安そうな視線を送る幼馴染のキリーの頬を軽く撫で、言う。

「だからこれは決して同情でも贖罪しょくざいでもないの。私は愛した人のためにやっているの。だからキリー、心配しないで?て言っても怪しいわよね?もう一ヶ月も部屋から出てないもの、私」
「左様ですか・・・でも。いえなんでもございません、では魔王様の方には異常はありませんでしたと伝えておきます」
「あら?お母様が娘を心配していたなんて驚きだわ・・・ありがとう、キリー」
「はて?何の事でしょうか?では失礼します」
「ああ、そうだキリー」

 キリーが出ていこうとすると部屋の主たる彼女はふと声をかける。

「あなたも自分の本当の主人を見つけたら?」
「そうですね、そんなお相手がいれば良いのですが・・・」
「嘘。毎月来る行商人のこと会うたびに視線を送っているの、気づいているわよ」
「・・・はて?何の事でしょうか?」
「また惚けて、私の事は良いからキリーは個人の幸せを手に入れて。これ、命令よ?」
「・・・善処します。ではお休みなさいませ」

 そう言いお辞儀して部屋を出ていく、その時彼女の尻尾がわずかに揺れていたのは見逃さなかった。



「キリー、報告ー」
「はい、お嬢様には予想通り魔力の枯渇が見えていました」
「うーん、簡潔な報告で嬉しいわー。魔力の枯渇・・・この魔力の満ちた魔界でそれも私の娘がねー、恋は盲目不治の病。よく言うわねー、キリー。もし、もし彼の回復が見込めない場合は・・・」
「場合は?」
「どこか人里に送りなさい。それもとびっきり魔物ギライな所、魔物に襲われてこうなったって伝えておけば教会が手厚く看護してくれるでしょう」
「よろしいので?それはもう会えなくなるのと同義です」
「もちろん良くないわよー、多分バレたらあの娘は殺しに来るんじゃない?でもね?私、娘が死ぬかもしれないって言うのに飄々となんて出来ないのよ?ダーリンと私の最初の娘、いえ全ての娘達がそんな報われないで死ぬなんて許せないわ」
「・・・ではそのように、お嬢様ももって後一週間程かと思われますので。至急に手配します」
「こんな夜遅くにごめんなさいね。でも、お願いねキリー」



「私は、誰?」
「それは良いんで早く仕事してください」
「ふ、もう今日の分は終わっている」
「なら帰れ」
「おいおい冷たいじゃないか、私は上司だぞ?・・・いい加減泣くよ?」
「上司ならその不適切な格好はなんだ?」

 夕焼けに染まるプライベートオフィス、その部屋の主はスーツの胸元を着崩し頬を赤くしてこちらをジッと見つめていた。

「私が君の上司だからさ」
「意味不明」
「なら分からせよう」

 そう言い舞白はキスをする。
 優しく、壊れ物でも扱うかのような柔らかい口づけ。
 それがあまりに心地よくて、離れた唇を少し追いかけた。

「おや?物足りなかったかな?」

 その様子に彼女は嬉しそうに笑って。

「うっさい・・・」
「愛ういやつめ」

 不貞腐れた僕に愛おしそうに頬ずりする舞白の肌の感触を首や頬に感じながら。恥ずかしくて僕は赤くなる顔を窓の向こうに向けた。
 そうして目にする窓の向こうの夕日。
 かれこれもう30回程見た知らない夕日。

「僕は誰だ」

 その言葉に意識が切り替わる。


「僕は誰だと思う?」
「君は真。私の彼氏、私の幼馴染。そして私の部下。だろ?」
「そうだ僕は真、君は舞白だ」

 知らない場所、天蓋付きの大きなベッドの上で舞白と呼ぶ彼女は横になりながらそう答えた。

「違う」

 横になる僕の顔を優しくなでる舞白の腕を振り払う。

「僕は誰?真?違う、僕はダレ?ましろ、マシロ、舞白?誰だ?知らない!だって僕に幼馴染の女の子なんていなかった!この記憶はなんだよ!?なあ!舞白!答えろ!」
「真、私は・・・」
「僕は真じゃない!お前誰だよ!?」
「――っ!」

 舞白と名乗る彼女の顔が悲哀に染まる。

「っ!ご、ごめん僕は――」

 記憶が崩れていく、嘘の記憶が。
 夕日の差し込む生徒会室、夕焼けに染まるオフィス。
 その嘘が砕けて、砕け散って本当の記憶が・・・

「なんで」

 ない。
 嘘の記憶は消え去って、僕の本当の記憶が。
 ない、どこで生まれたのか家族はいったい誰なのか。兄弟は?友達は?
 ない、ない、ない。
 嘘の記憶の先は真っ暗闇だった

「僕は誰?」
「真実を知りたい?」

 優しい声が耳元を囁く。
 真っ白だった髪は銀色になり、目は日本人らしい黒色から鮮やかな紅に変わる。
 背中からは一対の翼とお尻からは白い尻尾。
 人間じゃあなかった、人間の舞白じゃなかった。
 嘘の記憶、嘘の人間。

「僕は誰?」
「君は知っているはずだよ」
「君は誰?」
「それも君は知っているはずだ」
「違う!僕は真じゃない!君は舞白じゃない!だって舞白は!」
「君の初恋の相手、高校の三年間募らせた思いが届かなかった人」
「違うの?それは君の記憶か再現したんだよ?」

 知らない。

「じゃあ高校の時の記憶は?君は生徒会の庶務をしていたよね?」

 知らない。

「じゃあ社会人の時の事は?君はある上司の専属だったよね?」

 知らない。

「じゃあ君は何を覚えているの?」
「ぼ、僕は僕の名前は――」」

 虚ろな器を満たしましょう
 愛を込めて
 色も混ぜて
 欲も絡めて
 それこそ私の望みなの?
 それだけで私は満足なの?
 満たしてどうするの?
20/06/01 07:36更新 / Jaミ
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