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アラクネのカミラさん番外編 人間ヨハンは永久就職先でニートになるわけにはいかない
>ふう、少し休憩にしようかな

作業をしていた手を止めて背を伸ばす。
ずっと同じ姿勢をしていたせいだろうか、伸びをすると体がポキポキと小気味良い音を立てる。

男は気分転換にキッチンで茶を淹れることにした。
男の妻は茶に関してはこだわりがあるらしく買うときはいつも自分で選んで買っている。
一番好きなのは紅茶だったらしいのだが、いつのころからハーブにハマりだし自宅の庭ではそのための普通の普通のハーブだけではなく魔界ハーブも育てている。
男にとっては妻の淹れてくれるものがやはり最高だが自分で入れてもちゃんと美味い。
これも妻の並々ならぬこだわりの成果で(とは言っても彼女と出会うまで男はほとんど安物のものしか口にしなかったのだが)そんな彼も今では妻の淹れる茶のファンである。
そして妻のブレンドした茶を一口すすると体の芯から温まってくるのがわかる。


>細かいことはわかんないけど……美味いよなぁ……ま、あいつが淹れてくれたのが一番だけど。……よし、これを飲んだらまた作業に戻ろう。あっちも明日には服の方を完成させそうだし……そしたらまた回収しなくちゃか。


男は残りの茶を飲み干し作業部屋に戻る。
そして作業台に向かうとまた黙々と作業を始めた。




――時は遡る――

「ヨハンさん、ヨハンさん」

外で庭の畑をいじっていると家から出てくるなりチョイチョイと手で近くに来るようにジェスチャーをしている少女が見えた。

「僕に何かごようですか?」

「ご結婚、なさったんですね」

「……えっ、どこでそのことを知ったんで?」

「私を甘く見ないでください、商人としてそれくらいの情報仕入れて……と言いたいところですが、今日あなたがカミラの元に来てから初めての納入の品を見ましてね、これまでと仕事の質が段違いなのでわかりました」

「ああ、そういうことですか。とは言ってもベッドでの上言っただけで正式にはまだ何もしていないんですけどね……あはは……」

彼女はゴブリンのマリオン。
商人でカミラのところに服の製作を依頼し、完成すれば買い取り町に売りに行く仲買人である。
そして逆に町や地方から仕入れた品物を売りにも来る、品物の卸先であると同時に私達にとって魔界産の品物を入手できる唯一の商店である。
日用品程度なら行こうと思えば町の方へ買い物にも行けるが、必要最低限の食料や急ぎのもの以外はそんなことするより彼女に納品する際に欲しいものを買い取った方が手っ取り早い。
その上、魔界の方でしか生産されないものも仕入れてきてくれるのでカミラもよく利用している。

この前(とは言ってもほんの数日前だが)なんか随分粘り気のあるキノコを取り寄せていた(本当は一緒になるのに抵抗を示した場合に食事に混ぜようとしていたけど使う機会がなくなったため食べられるうちに処理しようとしたため)らしく夕食に入ってたんだけど、その日はもうアラクネの糸の粘つきと普段よりねっとりした愛液と精液で大変なことに……ああ、いや、話を戻そうか。

カミラは昔からの付き合いらしく、普段はああいう性格をしているが彼女には見抜かれてしまうことも多いらしい。

「別にしなくたって魔物は愛する旦那様と一緒にいられるだけで嬉しいものなんですよー、カミラはそういうのわかりやすいですからねぇ〜」

彼女はニヤニヤしながら答える。

「えと、なんでそんなニヤニヤしているのかな?」

「いやですねぇ〜、ニコニコしているんじゃないですか〜」



「あ、いたいた。マリオンー! これ今回余裕あったから新しく作ったんだけど見てみてくれないかしらー?」

家の外で話をしていた二人を見つけて少し顔をしかめるカミラ。

「……マリオン、ヨハンに手を出したら許さないわよ?」

おお、こわいこわい。とばかりに両手を挙げて降参を示すマリオン。

「いやですねぇ、そんな私は大事な友達の夫をとるようなまねはしませんよ〜」

ピクッと反応するカミラ、まさか見抜かれていたとは思っていなかったのか一瞬目を見開いたがすぐに元の表情に戻る。

「まだ誰にも話していないはずだけれども…どこで知ったのかしら?」

「なーに言ってんです、何年の私達何年付き合っていると思っているんですか。あーんなに嬉しそうにしちゃって、品の出来に完全に出ているんですよ〜」

「ふんっ、別に私から一緒にいるわけじゃないわ、あなたがいつも寄ってきただけじゃない」

「友達少ないあなたには私くらいしか親しい人いませんでしたものねぇ〜」

「……」

カミラが無言になると彼女の近づいて耳元で何か囁く。

「(今回の彼のことだって……ねぇ?)」

「わーわーわー! ちょ、ちょっと! ここでその話はやめてよ! わかったから! 親友でいいから!!」

カミラがいきなり暴れだした、ヨハンの位置からは良く聞こえなかったがどうやらカミラは彼女に頭が上がらないらしい。

「私さっき友達って言ったんですけれどー?」

「う……そんな細かいことなんかどうでもいいのよ! そんなことより見るの? 見ないの?」


>へぇー、普段はあんな感じだからこういうおちょくられているカミラを見るのもなんだか新鮮で面白いな、今度コツでも聞いてみようかな? 


「にしししし! 見ますよー、さてさてどこにあるんですか〜?」

強引な話の転換にもついていくマリオン。

「奥の部屋に用意してあるから入ってきて頂戴」

足早にその場を立ち去るカミラ、マリオンも後を追いかけようとしたところで思い出したように立ち止まり近づいてくる。

「そうそう、忘れるとこだったですよ〜 話は戻りますがヨハンさんにお願いがあったんですよね。何、大したことじゃありません」

「はあ、僕にですか?」

「彼女があれだけ好調になると多分これから巣を張り……彼女の巣は見たことありますよね?」

「え、ええ、ありますよ。なんだか最近増えてきていて今までどうしていたのか今度カミラに聞こうとしていたんですよね」

「でしょうね、彼女の糸は材料がタンパク質、つまり一人身だった今までと違いあなたがいることでたくさん糸が作れるようになっているのです。(供給源はもちろん精えゲフンゲフン)だから普段はなかなか面倒くさがってなかなかやってくれない服の製作をしてくれるようになったんですけど……」

「ああ、なるほど! だから服作り終わった後いつもより……ん?」

何故かこちらを見てニヤニヤしているマリオン。

「な、なんですか」

「いーえー、なーんでもないですよ〜」

「そ、それと私の何が……あ、要約すると彼女のコンディションをもっと良好に保たせろと……?」

「あ、そっちは大丈夫です、たぶん彼女が勝手にあなたに何かとすると思うので。私の話は彼女の張る巣……まぁ実際住む場所はあるのでどちらかというと網ですかね? そっちの方です」

「網……ですか?」

「彼女の癖で作業をしながら集中力が途切れると手悪さのように作り出すんですよ。あー、あれです、勉強していて難しい問題で止まると頭で解き方練りながら手は勝手に別の作業しているあれです」

「あ、すごくわかりやすい」

「それで彼女の場合巣……というか網を作るんですけど、その材料ってご存知の通り彼女の糸なんですよ。アラクネの糸って様々なことに利用できるんですが、その糸は入手経路がアラクネ系のみという大変少ない売買ルートでして……あの子服を作るのには糸好きに出す癖にただ糸単体としては面倒なのか嫌がって作ってくれないんですよね。彼女の場合一度網として組んだ糸は溜ると新しいのを作る場所が無くなったということから纏めて捨ててしまうんですよ。今までは未婚だったため糸単体としては出さないのは服を作るのに使うからと大目に見てきましたが! 今の彼女はあなたという夫を手に入れているのでその質はこれまでと段違い、そして補給し放題なので生産量も段違い。ですのでそんな素晴らしい彼女の糸、特に巣として網にして作って捨ててしまうだけの無駄遣いを捨てられる前にあなたには回収していただきたいのです!」

「は、はぁ……(なんだか途中から熱っぽくなってきている気が……)」

「難しいことじゃありません。彼女が勝手に部屋に網を張ると思いますのでそれを回収してくれればそれでいいです。それなりに代金はお支払いしますのでお願いしますね、なるべくまめに見てあげてください」

「は、はあ……」

「ということでよろしくお願いしますねー。集めといてくれれば次来た時に買い取りますんで〜」

「んー、まぁ……別に構いませんよ。私も家事と土いじりくらいしかすることなかったんで……ってあれ?」

少し考えて了承の答えを言おうと口を開いたときにはすでにマリオンの姿はない。




「わぁーっ! これ良いじゃないですか! カミラ、あなた今までこういう細工品は機嫌のいい時しか面倒くさがってやってくれなかったのに……あ、やっぱあれですか、嬉しさのあまりはりきっちゃったってやつですねぇ?」

「もう、だからそういうのじゃないってば!」



室内からは女性二人の会話が聞こえてくる。

「あー、拒否するわけがないと……まぁやりますけどね」


>……まぁ、あの辺の押しの強いところはカミラに似て……いや、カミラ以上か。流石は長く付き合っているだけのことはあるね。




マリオンが帰った次の朝、カミラはまだ寝室で二度寝している。


>じゃあまだカミラが寝ているうちに仕事部屋の掃除をしてしまおうかな。ついでに張ってあったら網も回収しておこう。


「……おおぅ」

部屋に入るとそこらじゅうに蜘蛛の巣が張ってあった。
こんな部屋で作業するのはしずらいとかそう言うレベルではないかと思われたが放置してあるということはこれくらいは平気であるということなのだろう。
試しに近くにあった巣を一つ、手で外してみることにする。
しかし巣はいくら引っ張っても形を歪めこそすれ、外れるどころか手を放すと元の位置に戻り形も保っている。


>ううん? これはどうすればいいんだ。外れないぞ……


これならマリオンに外し方でも聞いておいた方が良かったかなどと考えているとドアの向こうから声がした。


「あーなーたーーーどーこー? あーさーごーはーんー!」

「あ、カミラが起きたか……っていやもう昼だぞー……とは思って言わないようにしておこう……」

とりあえず部屋を後にしてカミラの元に向かう。

「おーそーいぃー」

「遅いって……まぁいいか。もうすぐお昼だけれど何食べる?」

「あなたのせーし」

「……うん、パンでいいよね」

「いや?」

誠に不思議という顔をしているカミラ。

「なんで不思議そうな顔をしているのかな……」

「朝の一番搾り」

「もうすぐお昼だよー」

「お昼の二番出汁……ふふっ」

「なにも上手いこと言ってないからねー」

「……だめ?」

すごく残念そうな顔をするカミラ、そのしょんぼりした顔に悪いことをしていたわけでもないにもかかわらずその表情に魅せられてしまう。

「えっ……そんな顔しないでくれよ……やれやれ、君にそんな顔されたら断れないじゃないか」

「冗談だけど」

「冗談だったの!?」

「それはウソ」

「どっち!?」

「答える必要あるの?」

「いや、気になるよ!?」

「わかってるくせにー」

「うぐっ……」

「照れてる? ……かわいいのね」

「照れてない!」

「そーりゃないぜ〜、とっつぁん〜」

「誰!?」

「マリオンから借りた本に出てくる大泥棒」

「唐突だね」

「だって私だもの」

「それもそうだった!」

などと言っているうちにカミラの手はヨハンのズボンへと伸びていた。
いつの間にか忍ばせていた手に気付いたときには既に時遅し、軽くなでているだけでその滑らかな動きと手の動きによる視覚的興奮で彼のモノは反応してしまっていた。

「ふふっ、軽く触ってるだけなのに……元気ねぇ」

「……一応進言しておきますが、君が二度寝する前に一度しているからね?」

「あら……そうだったかしら〜? そんなことより……」

ズボンの隙間から中に滑り込んだ手の少しひんやりとした感覚が心地よい刺激だった。

「こっちはもう準備できてるみたいだけど?」

「君にそうされてならない僕がいると思うのかい?」

「いたら簀巻きで一晩みっちり仕込むわ」

「いきなり真顔で怖いこと言わないでくれ……」

「ともかく、私はもう食べたくてしかたないので。いただきまーす! あむっ」

一瞬でベルトを外して目当てのモノが出るようズボンを下し、カミラはしゃぶりついた

「うぐっ!? 相変わらず君の手は器用で早いね……これも服を作っている故……あっ」

「ほんはほほひははいふぁよぉーふぁ(そんなこと知らないわよーだ)、じゅるっ、れろっ、あむっ……」

「口に咥えたまま喋るなって……あ痛っ、甘噛み禁止だよ!」

「ふぁーらほへんふぁふぁいふぇ〜(血は出させないから大丈夫……ってわかってるか)はむはむ、れろれろ……じゅるるっ、ちゅぱっ、ここが弱いのよねぇ?」

カミラが裏の筋を這わせるように舌を動かす、そして先まで達すると鈴口の中を舌で穿るように、しかし痛くはならない絶妙な加減で動かしていく。

「ああっ、ちょっ、それは……あっ」

「んむ……むぐっ!? はむっ……ん……んんっ! んぐっ、んぐっ、んんーんっ」

我慢できなくなったヨハンのモノが一度大きく膨らんだと思うと中から白い奔流がカミラの口内に飛び出した。
カミラはそれを口の中に一度含んで飲み込もうとしていたが銜え込んでいた口では入りきらなくなり口の端から少し垂れてきてしまった。
そのため慌てて飲み込み最後に口に残った分を味わうようにゴクリと音を立てて飲み込んだ。
口に溢れる自分の一部を何ともうっとりして味わう姿は夫としては大変嬉しい。
カミラは口の端に付いたのも丁寧に指で取り口に運ぶ。
その姿が何とも官能的でヨハンは思わず見惚れてしまう。

「まだ中に残っているわね……ん、じゅるるっ」

最後に尿道に残った分を吸い出してカミラはニッコリ微笑んだ。

「ん、満足。おはよう」

「ああ……おはよう」

どうやらカミラのお許しが出たようだ。
やっと解放されて脱力感からか椅子に腰を下ろす。

「いやー、昨日は散々マリオンにいいようにされたからね、これですっきりしたわ」

「僕は今のでぐったりしたよ」

「それで、朝ご飯は?」

「鬼か!?」

「あーさーごーはーんー!」

「ループ!?」

「ま、もうすぐお昼だしその時あなたと一緒に取る方が良いわ。それまでは我慢してあげる」

「……ありがとうございます」

「お茶飲まない? 淹れるわ」

「助かるよ……君の入れてくれるお茶はおいしいからね」

しかしなんだかんだ言っても一緒にいて気遣ってくれているあたり良いパートナーである。

「さっきまでどこ行ってたの? 見当たらなかったけど……」

「ああ、庭の手入れが終わったから家の中を掃除しようと思ってね……君の巣……網か。が取れなくて四苦八苦していたところだよ」

「? そんなの取るなんて簡単じゃない、あれは捕獲用じゃないからくっつかないはずよ?」

「確かにべたべたするのは付いていないけど糸を壁に貼り付けているところが取れなくてね……」

「そんなの切っちゃえばいいじゃない」

「は!?」

そう言って席を立つと件の部屋に入っていくカミラ、適当な巣を一つ見繕うと……
何の気なしに巣の糸を摘まみ、爪で簡単に切ってしまった。

「ほらね?」

「えー」

「簡単に切れるわよ?」


>刃物で切れるのか……ならなるべく糸の部分が多くなるように……


ヨハンもナイフで切ろうとしてみる、しかしいくら刃を滑らせても切れる気配がない。

「……君の糸は鋼鉄か何かのワイヤーかい?」

「そんなことあるわけないじゃない。へー、やっぱり丈夫なものなのね」


「君は知らずに使っていたのか……」

「そうね、一応私は何も不便していないし」


>まぁ、この糸の上で活動できているんだから丈夫なことは確かか……うーbぬ、天才肌と言うべきか……


「うーん、わかった。何か他の方法考えるよ」

「そ、ならがんばってね。私は新しく買った種植えてくるから」

「ん、わかったよ」

彼女が出て行った後、一人部屋に残されさてどうしたものかと考え込む。


>まぁ確かに自分の糸くらい自在に切れないと困るか……爪に何か秘密でもあるのかな……? とは言っても今の私にはどうしようもないし……


「あっ、もしかしてっ!」

ふと自分の頭の閃いたアイデアにヨハンは駆け出した。
向かう先はキッチン。
彼は竃の中の薪の中からまだ火が燻っているものを一つ取り部屋に向かう。
そしてまだ赤熱している部分を糸の根元の部分に近づけてみる。
糸は一瞬で千切れ壁から剥がれた。

「やっぱりアラクネの糸だから火……というより熱に弱いのか。よし、これなら簡単に剥がせるぞ!」

次々と巣を壁や床から剥がしていくが、しかし火がついていないのですぐに薪の温度が下がって使えなくなってしまった。


>うーん……とりあえず剥がせるけどこれじゃなかなかに手間のかかる……とりあえず仕方ないからこの方法でこの部屋のは片付けてしまおう。


膨大な量の網の接着点の処理と取った巣の回収、そして薪の交換に行ったり来たりしていると気づけば二時間近くかかってしまっていた。

「おわったー! ああ、お疲れ様私……とりあえずこれで今度マリオンが来た時にわたせるな」




マリオンは七〜十日に一度来る。
前回の来訪から約一週間後、マリオンは前回に注文された品物と共に訪れていた。

「いやー、どもども。ヨハンさんありがとうございます。集めてくださったのは助かったのですが……しかしこの切り口は何です?」

「えーと、切れないし剥がれないので同じアラクネのものなら火に弱いかなと焼けた木で炙ってみました。すると簡単にとれたんですよ!」

ヨハンは得意げに答える、しかしそれに対してマリオンの表情は微妙だった。
いや、嘆息と共に怒りが見てとれる。

「おバカっ! 自分の奥さんの一部に火を向ける人がありますかっ! (実際に夜伽の中にはそういうプレイもあるかもしれませんが)せっかくの糸の性質変わってしまうじゃないですか!」

マリオンの一喝にヨハンはビクリと体を震わす。
しまったという後悔が頭の中を渦巻き、頭を抱えたくなった。

「あの……すみません……じゃあ今回のは使いものになりませんか?」

「まったく……ふーむ。炙ったのが先だけなので他の部分は使えますね。先だけ切り落として使いましょう、アラクネの糸はタンパク質繊維なので非常に火に弱いです。これはもう仕方ないとして……次は気を付けてくださいね?」

「はい……あの、ではどうしたら良いのですか?」

「え……? あのー、もしかしてアラクネの糸扱ったことないんですか? というかカミラから聞いてないんですか?」

「え、そりゃまぁ……爪で切ってましたけど、どうやって切るかなんて彼女もそんなこと今まで意識してやってないからよくわからないって……」

「……あちゃー、そこで食い違いができてしまったんですか。でもそう、『切る』であっているんですよ」

彼女はしまったとばかりに額に手を当てうんうんと頷いている。

「……そっかじゃあ最初からしてもらいたいこと説明しないといけませんね。えーとですね、アラクネの糸にはアラクネの持ち主の魔力が流れています。そのため同じアラクネの魔力を感知するとこれから加工されるんだと糸が認識して切れやすくなるんです。
ですから糸を切るものはできれば作った人の爪が最高なんですがそんな爪切ったときのカスで切るなんて誰もしません。そこでアラクネの魔力……できればその糸を作った主の魔力の込められた刃物を使います。
切れ味の良い……あ、長く使いたいならここケチらないでくださいね。それで鋏でもなんでも良いのですが一般的には糸なので裁縫用の糸切狭が良いですね。
これにアラクネ(カミラ)の魔力を込めてもらって……んー、あなたがカミラとしてる時に出して使ったりする糸がいいですね、あなたなら簡単に手に入る上に特に性交中なら自然と込められている魔力強もいのでそれを糸切り鋏の持ち手の部分に巻いてください。
そうすれば鋏にアラクネの魔力が流れてそれを認識した糸は簡単に切れるんです」
サラリと自分と妻の情事の話していて一瞬反応しかけたが何とか平静を保つことに成功したヨハンは頷きながら彼には少々難解な内容の中から自分のするべきことを理解していく。

「それでですね、今網の外し方を話しましたがこれをうまく扱えるようになると網をバラせるようになるんですよ。網は基本的縦……つまり骨組となる壁に張り付いている糸はべた付きません、横のライン……網の中心から円になるように広がっていく糸は粘着物質がついています。アラクネのこれは人肌よりわずかに暖かいくらいの温度のお湯で揉み洗いすると取れるんですがこれはちょっと温度の調整が難しいのでやらなくていいで……あれ? あなたの集めた糸はどれもべた付いていませんね……え、なんで?」

集めた糸を手に取り要領を説明しようとしたところでマリオンが違和感に気付いた。

「あ、それはカミラがその巣……あ、網は何かを捕まえる必要はないから粘着物質は付けずに暇つぶしに作るの楽しむだけだからって」

「はぁっ!? え、じゃあこれ全部同規格品として使えるじゃないですかっ! そうか……そういうことだったのか……ふむ……なるほど……だから……」

マリオンはハッとした顔をするとすぐに一人思考にふけってしまっている。

「あー、もしもし?」

「あ、いや、すみませんね。ヨハンさんでかしましたよ! ありがとうございます! 今後カミラの糸はわ・た・し・が買い取りますのでこれからもどうぞご贔屓にお願いしますね!」

「は、はぁ……まぁ、そのつもりですが……あっ、でもこの糸と糸のつなぎ目には粘着物質が付いているみたいだね。これはどうするのかな?」

「これはまあとりあえずうちの方で買い取ってから私が処理しておきますので気にしないでください。あなたがカミラとイチャイチャしてくれればこっちは大助かりでそのおまけに糸を回収してくれたらな〜なんて考えていただけですから糸集めてくれるだけでも大助かりです。いやぁー大収穫ですねぇ〜」


るんたった、るんたった

そんな音を擬音で出しそうなほど浮かれたマリオンが糸の入った籠を持って去るとヨハンは手元にある硬貨を見る。
これは彼が一人で生活していた時一日朝から晩まで出稼ぎに出て手に入れる資金の倍はあった。

「……よし」

その日の晩いつも(いつも?)のようにカミラと散々楽しんだ(まれた)。
マリオンの来た日だったのでまたも散々遊ばれて溜まっていたカミラに糸でぐるぐるに縛られ簀巻きにされた後(お察しください)



次の日、いつもよりツヤの良い肌をテカテカさせながら上機嫌のカミラとカラカラになるまで吸い尽くされ萎びたヨハンの姿があった。

「か、カミラ……ちょっと昨日はやり過ぎじゃ……あ、や、何でもないよ」


>いや本当に昨日は死ぬかと思った……ここに来る前肉体労働しててよかった……本当によかった……腹筋と背筋だけで下から突く動きができなかったら絶対保たなかった……


昨夜に4回、カミラが満足してヨハンの上で寝るまで続き朝を迎えたヨハン。
でもやっぱりカミラのおねだりには勝てず朝も「やっぱり朝一番も大事よねー」と一発出している彼はもうインキュバスになりつつあるんじゃないかとか考えているがカミラ談によるとまだまだ(何が?)らしい。

「ところであなたそんな糸集めて何してんの?」

ベッドに散らばる昨夜自分を簀巻きにしていた糸を集めていると横からカミラが声をかけてきた。

「ああ、これはね……ちょっと使おうと思って」

「何によ?」

「これを鋏に巻いておくと君じゃなくても君の糸が切れるようになるんだって。そうすれば君の部屋の網の掃除の時に便利かと思ってね」

「ふーん。まぁいいわ、私は一度作ったのには何もしないから好きになさい」

「すきにしまーす〜」




それから部屋に散らかる自分を巻いていた糸を集めてヨハンはマリオンから買い取った糸切り鋏の握る部分に巻く作業を始めた。
自分が買い取る糸のための鋏なのにそこは商売人、ちゃっかり代金はせしめていくマリオンに内心苦笑いしていたのを思い出しながら糸を巻く。

「まいどあり〜、いや先行投資ですって〜。あははは、男がこんなことケチケチしちゃいけませんよぉ〜」

鋏の曲がる部分から始め、鋏の刃の根元から少し離した位置まで進んでから今度は反対側まで巻いて元の位置に戻ってくる。
ただ鋏を握ってみた時とは明らかに違う握り心地を体感しながら早速試し切りをしてみると糸は思いの外簡単に切れた。

「おおっ!」

思わず感嘆の声をあげ刃の部分を触ってみるも巻く前と変化は感じられない。
ただ握っている部分はカミラの髪のようにサラサラでその上完成したばかりだというのに手に馴染む。
まるで自分にぴったりの長年一緒に使っていた道具のように馴染むその鋏に魔物娘の妻存在を感じながら彼の作業は捗っていった。



ものの小一時間で部屋中の糸を集め終わり、籠一杯になった糸をキッチンに運ぶ。
今日もカミラは庭で自分の畑の世話をしている、きっとマリオンからまた新しい魔界ハーブの種を買ったのだろう。
そんなことをなんとなく考えながら湯を沸かし大きめの桶に入れていく。
三分の一ほど満たしたところでポットを置き、水を入れながら温度を計って調整していく。
人肌になったところで少し糸を一玉入れてみる、変化はない。
少しずつお湯を加えて混ぜながら温度を上げていく、少し温めの風呂の湯ほどの温度になった時糸のつなぎ目が剥がれた。
この時の温度をしっかり記憶に留めながら彼は糸を加えお湯を加え次々と糸を解していった。

全て剥がし終えて濡れた糸を拭き、風通しの良い日陰の部屋で干して乾かすことにする。
ここでヨハンは図らずとも良い判断をしていた。
それは天日干しではなく部屋干しをしたことである。
未処理のアラクネの糸を直射日光に長時間当てておくと温度が上がるのと紫外線で繊維を痛めてしまう。(まあ普通の魔界なら空は暗いので多少は問題ないのだが)
途中から気づいたことだがこの糸水を吸うと良く伸びるのである。
引っ張ると乾いているときの倍以上伸びてしまうので、水分がいくらか乾くまでは物干し竿には掛けられなかった。
そこで水をよく切ってから大きな木の板の上に薄く広げて半日乾かす、それが済んで自重で伸びないようになってから物干し竿に掛けて干すことにした。
途中にカミラとの昼食を挟み、ついでに一発襲われてカミラが満足してから糸の乾かしているであろう部屋に向かう。
物干し竿の方は風通しのおかげで糸はもう乾いていた。
糸を見ていると糸には太い糸と細い糸があるのに気づいた。


>うん……なんでこの糸は太いんだ……? 一玉に数本ずつ……あっ、骨組みの枠糸と縦糸か! じゃあたくさんあるこっちの細いのが横糸……なるほど。


そうアラクネの糸は全てが一様の長さではない、それぞれに役割があり性質が違うのだ。
とは言ってもそんな細かいことはヨハンにはわからない、ただ漠然と「太さの違う糸があるんだなぁ」としか理解できていない。
しかし他の者には長年の経験や余程目が良くないと差がわからないようなレベルでの太さのなどの違いもヨハンにはわかった。
これも偏に妻から出された糸であるが故に、である。(きっと他の魔物娘から見たら「旦那様なんだからそれくらいわからないとねぇ」などと言われそうなものだが)
そこで明日はわかる範囲で糸を太さの違いごとに分別してみることにしてみた。
※こんなことまでしろとはマリオンは全く言っていません、マリオンは「『網』を集めといてください」としか言っていません。やり方知ったら試したくなってしまっただけです。


その日の晩は口で一発、胸で一発(これ最近カミラが覚えてはまってる)、膣内で三発抜かれて朝を迎えた。
正直言うと昨日の今日だから手加減してもらいたかった感が否めなかったが、いざ始まると自分もノッてしまうのでどうしようもなかった。
とは言えおかげかカミラも機嫌が頗るよろしく、朝の会話の代わりに抱き着いてくることが増えた。
あの会話の掛け合いも嫌いじゃないが素直に甘えられているのがとても嬉しい。
などと新婚幸せ生活を堪能しているヨハンもそろそろ活動を始めなければと部屋に向かう。


まず太い枠糸や縦糸と横糸の二つに分け、そこから触ってみて特に細い糸と特に太い糸を分け出す。
太い糸は目でも大体わかるのだが細い糸は指で触ってみないとまったくわからない(普通触ってもわからない)。
余談だが、彼女との夜の情事でヨハンを縛るのは一番太い糸と同じくらいの太さの糸の『束』である。
製糸作業など初めてなヨハンであるが、やはり相手が妻の一部なためか作業は捗っていく。
全ての糸を分け終えるときにはもう日も暮れかかり、作業も二日目半ばに至っていた。
最初の方はなかなか手間取っていた彼だがだんだんとコツを掴んできており振り分けるペースも早くなってきていた。
籠一杯、山のようにあった糸も今は四つのまとまりごとに束にして分けられ見れば相当すっきりした気分になるだろう、当然ヨハンも例外ではない。


>うっわ、本当にこれ全部やったのか! すごいな! 超スッキリしたよ


※何度も言うが実際マリオンには巣を集めておいてくれればいいとしか言われていない。

糸の束はまるで妻の髪の毛のようにサラサラであるが妻の銀色の髪と違い色は乳白色、そして何より圧倒的に強靭である。
これだけの束になると力自慢の魔物でもめったなことでもなければ引き千切ることはできないであろう。


>これやったのカミラに自慢したいなぁ……あ、いやいやその前に次マリオンが来た時に報告と出荷(できるといいな)しよう








「ひょえー!? これ全部ヨハンさんがやったんですか!?」

「はい、勝手にやっちゃったけど大丈夫だったかな?」

「大丈夫なんて……あ、いやいや大助かりですよ! というか良くこんな振り分けできましたね!? 私だって二組には分けられますけどそれでもかなり苦労しますのに……」

「手で触ると結構わかるんだよ、カミラの糸だからかな?」

「さ、さすが、カミラの夫をしているだけのことはあるですねぇ……」

「それで、これは買い取ってもらえるんでしょうかね?」

「もちろんですよ! むしろここまでちゃんと分けてあるのならこっちからお願いしたいくらいですよ! アラクネの糸は細くて丈夫、元々仕入れるのも大変ですがその後の作業もまた大変でして……手間賃合わせた上でさらに割増しで買い取らせていただきます」

「やった! ありがとうございます! ……うわこんなに!? い、いいんですか?」

示された金額は貧乏人だった時代のヨハンが出稼ぎに出かけて朝から晩まで働く作業を一週間続けても貰えるかどうかな金額だった。

「正当報酬です、正直言うとこの糸分け作業に私大分時間割かれるんですよー。もしよければまたヨハンさんにお願いしても良いですか? もちろんお代は払います。というかお願いしますやってください」

「いいですよ、引き受けましょう。そこでひとつ相談なんだけどね……ごにょごにょごにょ……」

「えっ……ははぁ……なるほど……構いませんがちと値が張りますよ?」

「承知の上だよ、僕にできる仕事はこれくらいだから。さらに提案なんだけど、その糸の製糸作業って続きがあるんだよね? 僕にできることならやりますんでやらせてもらえませんかーなんて」

「ほぉ……大きくでましたね。良いですよ、(あなたのそういうところ気に入ってたんでカミラに紹介したわけだし)では今回分はこの金額で買い取るとして次回からお願いします」

「ありがとうございます」

「では説明は明日、また道具を届けに来ますのでその時に」

「はい」



「あれ……あいつら何してんの?」




次の日マリオンの持ってきたものは糸車だった。
彼女の話によると
「この糸車を使って糸を縒り合わせてまとめてほしいのです。
アラクネの糸はそれ自体でも強靭な糸なのですが、いかんせん生き物が作り出すもの、ムラがどうしても出てきます。そこで糸を縒り数本をまとめることで質を均一化させ商品としての安定性を持たせます。
とりあえずこの一番細い糸は高級扱いになりますので二番目に細い糸で最初は始めてください。それで慣れてきたら細い方でもお願いします。
縒った糸はこちらの棒に巻かれていくので束にする必要はありません。あ、これ替えの棒です、使う糸の太さごとに芯にする棒は替えてください。
とりあえず縒っておいてくれればあとは私が売る際に一定の長さに分けるだけなのでアラクネの糸を売る用に加工する作業は完了です。あなたのでき次第と生産量で支払う代金は変えますので頑張って下さい」

ということらしい。
始めてみると最初のうちはだんだんと慣れてくる自分に楽しんでいたが実はこの作業、ずっと座っている必要があるので気付くと体がバッキバキになるのだ。
しかし疲れに比例して目標も近づく、ヨハンは黙々と作業を続けていった。



それから一カ月少々が過ぎ、ヨハンも完全に作業に慣れ家事の一環として一日の動きに完全に組み込まれていた。
マリオンも凄まじいスピードで上達していくヨハンにある種の才能を感じながら商売人として大変ありがたい仕入れ元の夫婦に是非末永く幸せにいてほしいと願うばかりであった。そしてついにその日は来た。

「マリオン、今回の出荷分」

「はいはーい、ふん、ふん、ふん……ん!! ヨハンさん……おめでとうございます! ついにあなたの仕事が実を結ぶ時が来ましたよ!!」

「えっ! ついにですか!? じ、じゃあ……?」

「はい、お任せください……飛び切りのところに注文しておきましょう! それで……カミラの指のサイズはわかっているんですか?」

「あ、ちょっと待ってくださいねー……」

ヨハンはちょっと席を立ち数分すると戻ってきた。

「これは彼女が糸以外の壊れやすいものを使うときに爪で傷つけないように手にはめる手袋なんですが……指への感触がわかるように薄く、かつ手にピッタリと張り付きます。つまりこの手袋こそ彼女の手の形そのままです……!」

「え、でもこれ彼女が仕事に使うんじゃ……?」

「今回は彼女に繊細な作業をする注文はないですよね? なら使わないはず……それになるべくばれないようにしますが危なくなったら僕も体を張って誤魔化しますので……!」

「……(普通に一週間ずっといちゃついていればいいのに……まぁまだインキュバスじゃない人間の体力じゃ無理ですかねぇ)健闘を祈りましょう」




そして一週間後、ヨハンの並々ならぬ努力とは裏腹にマリオンの方はスムーズに事が進み、ついにソレがヨハンのもとに来た。

「ヨハンさん! できましたよー、これです!」

カミラがいないことを見計らってヨハンに近づきソレを渡す。

「おおぉ……ついに!」

ヨハンは掌に収まる小さな箱を受け取ると頬擦りしそうなほど喜ぶ自分を押さえ、懐に大事にしまい込んだ。

「では、手渡しましたので……後は頑張ってください」

親指をグッと立てると背を向けその場を立ち去ったマリオンを見送り、

「……よし」

ヨハンはその場を後にした。




「……ヨハン君大丈夫かな〜、まぁ大丈夫でしょう。この一週間何があったかは知らないけど彼の体の中にも大分魔力が溜まってきていたし。それにしても……」

そこで一度区切り、堪えていた笑いを吹きだす。

「ぷぷっ……まさかカミラの方も今回はこっそり魔界の食材たんまり買い込んでいた時だとは……あはははっ! いやぁー、これは実に結果を聞くのが楽しみですねぇ〜」





その日の夕食は豪華で全てカミラの渾身の手料理だった。
何故かというとそれは今日が二人の出会って一緒に暮らすようになってからの丁度三か月目の日、この嬉しい日にカミラも張りきって料理を振舞ったわけだ。
もはやフルコース料理……とまではいかないがこれまで暮らしてきた中で一番品数の多い夕食だった。

「すごい……こんな豪華な食事初めてだよ!」

「あなたに喜んでもらえて嬉しいわ♪ ふふっ♪」

彼女の出す料理に舌鼓を打ち、皿が片づけられてからカミラの出してくれた紅茶を飲みながら一頻り会話を楽しんだ後、ヨハンはそろそろかと懐から手のひらに収まる小さな箱を取り出した。

「カミラ……」

「ん? 何かしら?」

蓋を開けると中には傷をつけないように柔らかい台座に収まった澄んだ銀色の宝石は何も使われていないがそこにはシンプルさ故の美しさが籠められていた。

「ちょっと宝石とかまでは手を出せなくて質素な感じだけれども……」

気まずさ故にやや目を横に逸らすヨハン。

「綺麗……」

それに反して目をくぎ付けにしているカミラに気付いて自信を取り戻し、改めて彼女の目を見る。

「カミラ……今日であの日からもう三カ月過ぎてしまって少し恥ずかしいんだけど、改めて君にプロポーズしたい。あの日は君に先を越されてしまったがこの三か月一緒に暮らしてやっぱり君は最高だ! 僕を選んでくれて本当に嬉しい、だからこれからも一緒にいよう。これはそのための僕からの……その、何というか……けじめ? いや違うな……えーと、言うなれば……」

「『誓い』もしくは『改まった申し出』ってところかしら? まぁ、答えはどうせわかってて聞いているんでしょう? ねぇ……ソレ、つけてみてもいい?」

満面の笑みで首肯し、カミラに差し出す。
カミラは受け取るとまるで壊れ物を扱うかのように指に嵌めて

「ぴったり……」


>ぃよぅしっ!


心の中でこっそりガッツポーズを決めるヨハンである。
一頻り眺めてふと何かに気付いたようにカミラが口を開いた。

「ねぇ、これもしかして魔界銀?」

「あ、やっぱりわかるかい? うん、よく言う給料三か月分……と言っても収入源が安定しないから計算はよくわからないんだけど前の生活なら一年分以上だし、それに稼げるようになってから稼いだ分は全部それになっているから……純度は結構いいはずなんだ、うん」

「そんな収入どうやって……あっ、まさか最近仕事部屋の掃除よくしてあってマリオンと話していること多いと思ったら……」

「ははは……ばれてたか……ほら君って服を作るのは好きだけど糸だけなんてしないじゃないか、それに網から解くのめんどくさいからって纏めて捨てちゃうし……最初は君の糸を捨ててしまう前に回収してくれってことから始まったんだけどね」

ぽりぽりと頬を掻きながら苦笑いをするヨハン。

「集めていて思ったんだけどやっぱり君の糸はすごいね。サラサラでスベスベで……それでいて細いのにすごく丈夫だ」

「ふふっ、ありがとう……なら、今度はあなたにその糸で服を作ってあげましょうか?」

「えっ? いいのかい!? 嬉しいなぁ、君に服を作ってもらうなんて初めてだよ」

「……(あたりまえじゃない……『アラクネが男に服を作る』んだから……私だって初めてよ……)」

「ん? どうしたの?」

「ううん、なんでも。そうね……」

そう言って立ち上がるカミラはヨハンに近づき顔を寄せ

「ありがと、謹んでお受けするわ♪」

耳元で囁いた後ちゅっと頬にキスをし

「行きましょう? 明かり消しといて」

先に寝室へ向かった。


>……成功……だよな? よっしゃ! 今夜はベッドで普通にイチャイチャしよーっと


ヨハンも慌てて明かりを消して意気揚々と後を追う。

彼は知らない、今この僅かな間に彼女が部屋中に過日の再現として巣を張っていることを。

彼は知らない、今夜の食卓には彼女も三か月目の祝いとして精力と魔力の増進作用あふれる食材をふんだんに使って今夜を……いや、最低三日は余裕で続けて楽しもうとしていたことを。

彼は知らない、そんな日に愛する旦那様からこんな改まったプロポーズ受けて彼女が内心とんでもなくテンションが上がっているということを。

そんな好条件下で一致してこれから一週間交わりっぱなしな生活を送ることを、いや実質スイッチ入って二週間以上カミラは仕事も何も放り出してヨハンにベタベタ(物理)している未来が来るのをこの時のヨハンは……まだ知らない。




時は少し遡り某所にて
一頻り笑った後にゴブリンの彼女ははふと気付いたことがあった。

「……!! しまった! もしもそのまま一週間……いやもっと二人で愛し合ったままで帰ってこなかったら注文が……ぬわーー!!」

頭を抱え込んでどうやってやりくりしようか必死に考える。

「……でもま、気分は良いですから良しとしましょうか。 あーあ、私も早く旦那様ほしいなぁ……」
13/11/21 20:57更新 / もけけ

■作者メッセージ
読んでくださった方々ありがとうございます。

どうもおよそ一ヶ月ぶりですもけけでございます。


今回はヨハン君にちゃんとプロポーズさせてあげようと思って書いてみました。
ですので番外編です。(ついでにエロは少なめ)

ちなみに渡した指輪はプロポーズの指輪なのでこれは二人のペアリングになっていません、悪しからず。

きっと婚約指輪は別に後で二人でマリオン経由で作っているんじゃないですかね?
改めて二人が幸せそうで何よりです。

それとヨハンくんは親しい人の前での一人称は『僕』ですが一人の時は一人称『私』になります。(ということにしといてくださいお願いします)


そして見てくださった方々に最大の感謝を!

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