読切小説
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温かい背中
「ねぇねぇ、もう一回行こ!もう一回!」
「しょうがないなぁ、じゃあ、昼を食べてからな」
「やった!」
嬉しそうに翼をばたつかせる同僚のワイバーンと、呆れながらも笑みを浮かべる竜騎士の横を通り過ぎると、あたしは小さくため息をついた。
彼らは今の今までずっと一緒に空を飛んで、訓練という名の遊覧飛行を楽しんでいたのだ。
もちろん、本当はしっかり訓練した方がいいのは分かってるけど、全員がやっていることだから、責めるに責められない。
ここにいる竜騎士とワイバーンは全員、子供の頃からバディを組んでいる。だから、お互いの好き嫌いはもちろん、どんなことが好きでどんなことが苦手か、そして、どんな体位が好きかも…、その、知っている…らしい。
とにかく、竜騎士とワイバーンはパートナーであり、恋人でもあるというのが普通だった。
…あたしと彼を除いて。


昼時ということもあって、食堂はとても混んでいた。
あたしは目一杯背伸びをして彼を探す。彼は小柄なのでこうしなければ見つからない。と言っても、椅子に座ってあたしと同じくらいの高さになる程大きい竜騎士たちがいる中での話だ。
街に行けば彼もそこそこ大きい方だろう。
ガヤガヤと騒がしい食堂の中をよく目を凝らして見渡すと、出入り口とは対角にある隅の席に一人座っているのを見つけた。
すぐにあたしも料理を持って彼の元へと行くと、彼の周りには相変わらず誰も座っていないことに気がついた。
食事はみんなで楽しく、という規定や信条があるわけではないが、一人で食べるよりもずっと良いと私も、ここにいるほとんどの者たちも思っている。
でも、彼は違う。ひっそりと六人掛けのテーブルに一人で座り、誰の相席も認めない、そんな空気を発していた。
あたしは恐る恐る彼の横の席に腰を下ろした。
ちらりと彼はあたしの方に目だけをよこしたが、特に何も言わなかった。あたしも彼の手元を見ると、ほんのすこしのお肉が上に乗ったサラダを食べていた。たったそれだけを。
「あんた、それだけで足りるわけ?」
「…」
あたしが尋ねても彼は何も答えなかった。その代わりに食べるペースが早まり、あたしが食べ始める前に食べ終わり、さっさと行ってしまった。
「あっ!ちょっと、待ってよ!」
あたしの声など聞こえていないのか彼は立ち止まることなく食堂を出て行った。
「はぁ…」
「相変わらずね、彼も」
あたしがため息をついていると、友人のワイバーンが隣の席に腰掛けてきた。
「あたし、何かしたのかなぁ?」
「彼が冷たいのはいつものことでしょ?私なんか話したことさえないんだから」
「はぁ、それで何か用?」
「ああ、そうだった。この後少ししたら、五組くらいで山の方まで飛びに行こうと思うの。もしよかったら、あなたも来ない?」
「行く行く!」
あたしは二つ返事で答えると急いでご飯を食べた。


「行かん」
「なんでよ!?」
あたしが声を荒げると、彼は腕立て伏せをしながら鬱陶しそうな顔をこちらへ向けた。
「山の近くの雲が見えないのか?今はよくても、着く頃かあるいは帰る頃には大荒れになるぞ」
「そ、そんなの行ってみなくちゃ分からないじゃない!」
「…好きにしろ」
「言われなくたってそうさせてもらうわよ!この地面野郎!」
あたしは扉を蹴って開けると部屋を出て行った。何よ、あたしに乗ろうともせずに筋トレばっかりして。

「やっぱり彼は来なかったのね」
「いいのよ、あんな奴。どうせ、あたしなんかと飛ぶより地べたを歩いてる方が楽しいのよ」
龍の姿になった友人の横を飛びながら私は吐き捨てる様に言った。
「でも、あいつがお前に乗らなくなったのって、結構前からだよな?」
友人の背に乗る竜騎士に尋ねられ、あたしは頷いた。
そうなのだ、彼があたしの乗らなくなったのは3ヶ月前のこと。
確かあの日は全員の健康診断があって、お互いの結果を見せ合おうと彼に話しかけたら、当分お前には乗らない、そう言われてしまったのだ。
なぜ、あたしが何度理由を尋ねても彼は答えてくれなかった。ただ黙って筋トレばっかりして、食事もあんなに少なくして。
心配になるじゃない…。

「くそっ!吹雪いてきやがった!」
「これ以上は危険よ!あっ!危ない!」
「えっ?」
気がつくと、私の左の翼に激痛が走った。そして、目の前がくるくると回り、白い雪と黒い岩肌が次第に迫って来ていた。
「くっ!」
あたしはすぐさま龍の姿から半人の姿へと変えて、頭を翼で抱える様に守る。
ゴロゴロと雪と岩肌を交互に転がり、止まるのひたすら待っていると、突然、地面の感覚が消えた。
そっと、肩越しに下を見ると、かなり下の方に真っ黒な山肌が見えた。
いける!この高さなら飛べる!
あたしはなんとか体勢を立て直した。そして、吹き荒ぶ雪を一度払おうと、左の翼を動かそうとした時、気がついた。
動かない。正確には動かせない。
あれ?なんで?
あたしが疑問に思っている間にも地面は迫っていた。

ボキッ

両足から身体中に響く様に嫌な音が鳴った。
「ああああああああ!」
今まで感じたことのない痛みがあたしの両足を襲った。
あたしは立つこともままならず、そのまま横向きで雪の中へと倒れこんだ。そして、意味などないのに、動く方の翼で必死に痛む足を押さえた。
「あぁぁぁ、痛ぃ…痛いよぉ…。誰かぁ…誰か、助けて…」
涙を流しながら必死に助けを呼ぶ、そんなあたしの願いを打ち消す様に、雪たちは容赦なくぶつかってきた。

案外短かったのかもしれない。あたしを痛いと寒いという二つの感覚が支配していたのは。
ああ、あたし、このまま死ぬんだ。
そう悟った瞬間、あたしの中からその二つの感覚は消え、残ったのは彼への思いと眠気だけだった。
「ごめんね、酷いこと言っちゃって…。本当は、あなたと一緒に飛びたかった、だけなんだ…。ごめんね、こんなダメなパートナーで…。今まで、ありがとう。さよなら…」
あたしはそのまま目を閉じた。


温かい。
ふと、目を開けると、すぐ横に彼の顔があった。
「目が覚めたか」
「あれ、どうしてあんたが…?」
「一応お前のパートナーだからな、体は痛むか?」
「ううん、今は痛くない」
「そうか、薬が効いたようだな」
寝ぼけ眼でよく見ると、あたしは彼におんぶしてもらっているようだった。でも、普通のおんぶではなく、あたしを大きめのバッグに入れ、そのバッグを彼が背負っているらしかった。
それにしても、温かい。
バッグの中もそうだが、ほんの少しだけ触れている彼の背中がとても温かい。
そんな温かさをより求めて、あたしは動く右の翼を彼の首に回した。
すると、彼は優しくあたしの頭を撫でてくれた。大丈夫だ、と安心させる様な優しい手つきで。
「立場、逆になっちゃったね」
「?」
「いつもは、あたしがあんたを背中に乗せてるのに。今はあたしがあんたに乗ってる」
「そうだな」
「…変わったようで変わらないよね、あんたって」
「どういう意味だ?」
「昔はもっと泣き虫であたしより女の子っぽかったけど、優しいところは変わらないね、ってこと」
「…そうか」
うん、あたしはそう頷いて、再び眠りについた。パートナーであり、幼馴染であり、この世で最も愛しい人の背中で。


「あー、折れてるね」
「そうですか…。どれくらいで治りますか?」
「知らね」
頭をぼりぼり掻きながら面倒くさそうに医務室の先生は答えた。まだ若いはずなのに、今日はひどく老けて見える。目にできたクマや無精髭が原因だろう。
「そんな…。あたし早く治してあいつと一緒に飛びたいんです!」
「一緒に、って言ったってお前の相方はあのバカだろ?」
「あいつはバカじゃありません!ものすごく優しくて、それで…」
「だから、バカだっつってんだ。優し過ぎんだよあいつは。何が相方に重い思いはさせたくないから減量の仕方を教えろ、だ。筋肉つけたら体重増えるに決まってるじゃねぇか、バーカ」
「えっ、それ、どういう意味ですか?」
先生はどかっと椅子に座ると、不機嫌そうな顔を向けた。
「なんだお前、知らないのか?あいつがお前に乗らない理由」
あたしは素直に頷いた。
「3ヶ月位前に健康診断があったろ。あの時、男どもには自分と同じ体重の重りを試しに持たせてやったんだよ。お遊びでな。そしたら、最後にあいつが来て、自分がこんなに重いとは思わなかった、体重を減らす方法を教えてくれ、って頼みに来たんだよ」
「それで、教えたんですか?」
「別に隠す必要もないからな。運動量を増やして野菜を食べろ、それだけを伝えた。そしたら、あいつ、筋トレばっかりして、野菜しか食ってねぇらしいじゃねぇか。そら、体重も減らねぇはずだ」
「だから、あいつ、あれだけしか食べてなかったんだ…」
「まぁ、あのバカにまた乗って欲しかったら、体を治して、重くないことを伝えるんだな。じゃ、朝飯食ってくるわ」
先生は欠伸をしながら医務室を出て行く。
それからしばらくして、二つのお盆を抱えた彼が入ってきた。
「朝食を持ってきた、一人で食べられそうか?」
「う〜ん、ちょっと厳しいかも」
「わかった」
彼は頷くと、サラダしか乗っていないお盆をサイドテーブルへと置き、いつもあたしが食べている献立よりも、野菜とお肉がいっぱい乗ったお盆をベッドテーブルへと置いた。
「どれから食べる?」
「えっ、食べさせてくれるの?」
「…食べられないんだろ?」
「あ、ありがと。じゃあ、そのスープを飲みたいな」
あたしが頼むと、彼はスプーンでスープをよそり、あたしの顔の前に近づけた。少し気恥ずかしい気持ちになりながらもあたしはそっとスプーンを口に含んだ。
「おいしいか?」
「おいひぃへど、ふこひ、あふい」
「話しかけてすまん、飲み込んでからもう一度言ってくれ」
「うん、ごくん。おいしいけど、少し熱い」
「すまない」
彼は素直に謝ると、今度はスプーンでよそった後、ふーふー、と息を吹きかけてある程度冷ましてくれた。
「ほら」
「ああ…。うん…」
彼に恥じらうという言葉はないのだろうか、顔色一つ変えずスプーンを差し出され、逆にこっちが顔を赤くしながら口に含んだ。
ちょうどいい温度にスープは冷めているのにあたしの顔はさっきよりも熱くなった。

あたしの食事が終わるとやっと彼は自分のサラダに手を伸ばした。そんな彼にあたしは小さく尋ねた。
「そんなにあたしって頼りない?」
「…どういう意味だ?」
「先生から聞いたの、あなたがあたしのために減量してるって。あたし、あんたのことを重いなんて感じたこと一度もないよ?むしろ、この3ヶ月間、背中にあんたのぬくもりがなくて、寂しかったんだよ…?」
「…すまない。だが、俺はお前が信用出来なくなったから減量しようとしたわけじゃない。ただ、お前の負担を軽くしよう考えただけだ」
「…一緒に飛べない方が逆に負担だった」
「すまなかった」
彼はお皿を膝に置くと深々と頭を下げた。
そんな彼を見てあたしは、やっぱりパートナーで良かったと確信した。
ぶっきらぼうで、無愛想で、自分勝手で、ちょっと女々しくて、でも、優しい。あたしなんかのために減量してくれて、あんな吹雪の中探しに来てくれてた。
きっと他にもあたしが気づかないだけで、あたしは彼の優しさに包まれているのだろう。
「いいよ、もう。でも、これからは普通のご飯を食べてね?それと、あたしの負担を考えるなら、時々あたしをおんぶしてよ。それでおあいこでしょ?」
「そんなことでいいのか?」
「うん!」
あたしが頷くと、彼は顎に手を当てて何かを考えているようだった。


「寒くないか?」
「うん、大丈夫。あんたこそ、暗いけど足元は大丈夫?」
「ああ」
あたしの怪我が完治して数日後の深夜、彼はあたしをおんぶして、またあの山を登っていた。雪の降る時期は終わったとはいえ、高い山の上、なおかつ、深夜帯、まだまだ肌寒い。
そのため、あたしは大きめの毛布を一枚、頭にかけていた。
もちろん、それも温かいが、今回はバッグに入れられていないので、背中全体や触れられている太ももの裏などから、直接伝わる彼の体温の方がとても温かかった。
彼のぬくもりを体全体で感じ、夢心地でいると、彼がぴたりと足を止めた。
「着いたぞ」
彼は優しくあたし降ろした。
周囲を見渡しても、まだまだ暗く何もない見えない。
「ここ、どこ?」
「山の頂上だ。もうすぐだな」
意味がわからないあたしをよそに、彼は腕を組んでとある方向を見つめた。首を傾げながらも彼と同じ方向を見つめた。
すると、遠くの空から、光り輝く球体が顔を出し始めた。
その球体の発する光が一面の闇を取り去っていく。
「綺麗…」
自然と口からそんな言葉が漏れた。
「綺麗だね。もしかしてこれを見せに、ここまで登ってくれたの?」
「ああ」
「ありがとう、寒い中歩いてくれて。帰りはあたしが乗せて行くよ」
「いや、帰りも俺がおぶる」
「なんでよ!?あんたまた前みたいなこと言うつもり?」
「いや。ただ、言い出しっぺは俺だ。最後までさせろ」
「うう、分かった」
渋々あたしは彼におんぶされた。背中に当たる日光と、彼の体温でもはや毛布がいらないほど温かかった。

先ほどまでは暗くて見えなかった山草や山花を見ていると、彼が口を開いた。
「朝日は綺麗だったか?」
「綺麗だったよ、とっても。あんたにはそう見えなかった?」
「見劣りして見えた」
「何と比べるのよ?」
あたしが質問すると、彼はちらりと肩越しにこちらを見た。
「お前とだ」
「はぁ!?」
体温が高速で上がっているのが自分でもわかった。
「いや、ちょっ、バカ!何言ってんのよ!あたしが綺麗だなんて、そんなこと…」
「少なくとも俺にはそう見えたというだけだ」
「…バカ。…でも、そんなあんたが、あたしは大好き」
「…俺もだ」
ぎゅっ、とあたしは彼に抱きついた。
とくん、とくん、と少し早く鼓動する心臓の音が聞こえるくらい。
16/09/09 16:07更新 / フーリーレェーヴ

■作者メッセージ
相変わらずの、穴だらけ設定になってしまいましたが、読んでいただき、本当にありがとうございました。

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