連載小説
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揺光
照りつけるような朝。太陽の光が降り注ぐ…。
「う〜〜ん…むにゃむにゃ…」
マインデルタ城、城内の一室・・・その中で僕はベッドに潜り込んでいる。
コツ…コツ…
廊下に続く扉から何者かが歩く音が聞こえる…その音は、だんだんと近づいて来た。コンコン…と扉は軽く叩かれてその後、勢い良く開かれる。
「起きろ!!もう会議が始まる時間だぞ!」
扉が開かれた瞬間、女の人の怒号が僕の耳を突き刺す。
もう起きないといけない…でも寝たい…起きたい…寝たい…。
僕はその二つの願望の中で葛藤しているうちにまた夢の世界へ…うつらうつらと…zzz。
バサッ!!
「言っても起きないのなら…」
部屋に入ってきた女の人は僕を毛布ごと掴んで頭を振り上げてきた。胸ぐらを掴まれているような体勢になった僕の頭はちょうど今、その人の頭と同じ位置だ。
「わわわわ!?ちょ、ちょっと待って!!リデルさn」
僕は目を覚まして目の前に近づいて来るものに気づいて止めようとしたけど。
ゴチン!!
時すでに遅し。言葉が言い終わらない内に頭突きを喰らった。
「いっだーーーっ!!何するんですか!?」
頭突きを喰らった拍子にベッドに落ちた僕は、涙目のまま頭を押さえ転がりまくる。
そんな僕を面白いのかクスクスと笑いながら見ている女性…リデル・シュテンリヒ。
「…毎度の事だが、その仕草が猫が転がるようで可愛いんだ」
猫じゃない…僕は断じて猫じゃない。顔だって鏡で見ても猫と似ていない。というか頭突きをしたら互いに痛むはずなのに、リデルさんは何も無かったかのようだ…不公平だと思う。
「とりあえず早く寝巻きから着替えて会議室に来い。茶ぐらいは出してやるから」
彼女は少しも謝る気も無く言ってきた。
「ふぁ〜い…」
「ちゃんと返事をしろ!」
やる気無さげに言った返事を、生真面目なリデルさんは許さない。
「ハイ…」
さすがにこれ以上はマズイから返事を改めた…怒ると怖いんだもん。

着替え終わった僕はリデルさんと一緒に廊下を歩いてく。
その豪勢な廊下は思わず歩くのを躊躇ってしまうほど…正直な所だけど、豪華な造りは好きじゃなかった。
隣を歩くリデルさん。まだ任務でもないのに重厚な鎧を着てる。だけどその足取りは静かで鎧を着ているなんて思えないんだよなぁ〜。軽いのかな?その鎧。
歩く度に青みがかった銀の長髪がなびいてふわりといい香りが漂って来る。鎧と銀髪は不釣り合う事はなくむしろ凛々しく見えちゃう。
「そういえば僕のこと猫って言いましたよねぇ…」
少し見とれてちゃったけどさっき言った言葉を思い出して睨んだ。だけど僕の場合、背が彼女の身長の高さも相まってリデルさんの胸のちょっと下ぐらいまでしかないんだよ…僕が見上げていると、それがまた猫のような気がしてならないんだとか。
僕が睨むのに気が付いた彼女は柔らかな笑みを見せ、
「…よしよし…猫と言った事は謝ろう…だが寝坊しないように気を付けて欲しいのだがな」
からかい混じりで僕の頭を優しく撫でてくる。気持ちいんだけどかなり遊ばれているような気がしてムカつく。だからつい…
「デコリめが…」
禁句だというのに呟いてしまった。頭を撫でていた手に力がこもり、寒気に襲われ、恐る恐る見上げると…
「そうかそうか…そんなに私の頭突きが気に入っているのか…。お前にそんな性癖があるとは思わなかったぞ…」
黒いオーラを身に纏った騎士がいた。ヤバイ…見た目は笑ってるけど肝心の眼が笑ってない。
デコリ…というのは幼い頃の彼女の愛称である。あの頃はカチューシャで前髪を纏めてたし、何より頭突きが得意だったからねぇ〜。
そして身長を合わせる為に抱っこしてきて、頭を思いっきり振り上げる!!
「わわわわ!!?タンマ!!タンマ!!タンm」
ゴォォォォ……ン…!!!
後日…鐘の無い城には城内七不思議の七つ目に「朝に鳴る幽霊の鐘」と言うものが記録された…。



「オッス、リデル。んでお前に抱きかかえられてんのはぁ〜…なんだ、アルマじゃねぇか」
目を覚ました僕の視界に入ってきたのは蜥蜴の尻尾を持つ女性…リザードマンだった。
「フレイ…お前は遅刻せずに来たようだな。色々あってアルマが気絶したのでな…私が運んできた」
だけど姉ちゃん…フレイ・リザイアはさっきの鐘の音を聞いたのか、赤い燃えるような髪を束ねたポニーテールを揺らしながら苦笑いを浮かべた。…そろそろ下ろしてもらいたいんだけどなぁ。
僕の意図を察してくれて、リデルさんは僕を床に下ろしてくれる。
「しっかし、アルマをそんな風に抱きかかえてると、リデルはお母さんに見えてくるな〜」
「な!?何を言っている!!私達はただの幼馴染じゃないか!そ、それにまだ私は母になるほど老けているつもりは無いぞ!」
姉ちゃんの一言にリデルさんは顔を赤くして反対する。
そう…僕等は幼馴染。別に姉弟じゃないけど僕が姉と慕っているフレイ姉ちゃんに皆のまとめ役のリデルさん。そしてここにいないもう一人…。
年は5歳も離れてるけど、僕が生まれた時から一緒にいてくれた大切な仲間であり友達…。
「まあいい…それより会議を始めるぞ」
そういえばこの会議室に来たのは会議を始めるためだっけか?いけないいけない、忘れる所だった。
僕等三人はそれぞれ四方に並べられた椅子に座る。
今から始まるのは四聖会議…主に騎士団の情報を纏め、これからの行動を決めたりする会議だ。
四聖…この騎士団の最高戦力である四人の事。つまりここにいる僕も四聖の一人なんだけどぉ…実感湧かないや。
大抵の事はリデルさんが纏めてくれるからあまり僕と姉ちゃんは意見する事は無いけど今回は少し議題が違うみたいだね。
「その報告書に書いてあるとおり、我が騎士団で大きくは無いが被害が出た」
配られた報告書に目を通しながら少し彼女の言葉に付け加えた。
「大きくは無いがって言っても小さくも無いんでしょ?」
「まあ、その通りだ」
確かにコレを見る限りだとそんなに大きくないけど小さくも無いね。
「でもさぁ〜。この隊の指揮官てあのムカつく野郎でしょ〜。アタシとしてはザマァミロってやつだけどさぁ」
姉ちゃんはその隊の指揮官の名前を見てウゲェ〜っと顔を歪めている。確かにコイツは僕も大っ嫌いだ。
リデルさんはそんな姉ちゃんの心情を知りながらも、
「私情を挟むな。今回の議題は砂漠の遺跡に調査に行ったこの隊の被害の事だ」
あくまで冷静に言ってるけどリデルさんも内心はコイツの事を悪く思ってる筈なのに…そこら辺、姉ちゃんと同じ二十歳なのにずっと大人って感じがする。
見習わないといけないかもなぁ〜。
「私から先に意見させてもらうが、遺跡にはアヌビスがいたと言う事は書いてあるだろう…だが死人が一人もいないというのが気になる」
初めにリデルさん。毎度毎度、僕が気にならないところを突いていく。
アヌビスは遺跡を守るためなら殺す事だって厭わないだろう…それが死人も無しにどうやって生き残れたかが、彼女の疑問だろうね。
「でもそれってアヌビスが好戦的じゃなかったりすぐに逃げたりとかじゃないの?」
僕は素直に疑問を口にする。だけどそれにも首を振って…
「私もその線を考えたが騎士達の殆どは気絶させられるように鳩尾を的確に蹴られたり杖か何かで突かれている…」
一呼吸してからまた言葉を続けようとした…間を置くと言う事は何か気がかりな事がある証拠だ。姉ちゃんも少し眼を睨むように細めた。
「そして…一部の者に銃で撃たれた痕と何か鋭い物で切られた痕がある…私も見てみたがアレは糸で切られ、貫かれたような傷だ」
それを聞いた姉ちゃんは目を見開いて席を立った…僕は立つ事は無かったけど思い当たる人物がいるためその人の顔が浮かぶ。
「オイオイ!?そのアヌビスとやらがそんな事をしたってか!?それじゃあまるで…」
席を立った姉ちゃんをリデルさんは視線で諌める…リデルさんも本当は戸惑ってるんだろうけどそんな事を表に出す人ではないから彼女の方が心労を抱えているはず…僕は、
「んじゃあ、そのときに遺跡にいた人に訊いて見れば良いじゃない?」
軽めな口調で話す…どうせバレる事だしね。
「アルマ、お前は知っているのか?」
僕はその人の名前を楽しげに言う。
二人はそれを聞いて溜息をつく…予想が見事に当たって、呆れている様だった。



「でも本当なのかぁ〜?そんなことする奴じゃないだろ…」
一通り議題が進み、キリの良い所で止めた僕達はそれぞれの任務が書かれた令状を手に持ちながら会議室の外に出る。
「でもわからんよぉ…あの人って確かにヘタレだけど怒るとすごいもん」
「だからってやはりあやつがそんな事はしないと思うが」
僕達は廊下を歩く…また豪勢な造りだ……目がチカチカするよ…。
「まあ、そん時はそん時。ケースバイケースってヤツさぁ〜」
能天気に答える僕にうっすら笑いを浮かべて姉ちゃんは…
「だぁ〜もう!お前も何とか言えって、なぁ……あ…そっか、アイツ……いないんだよな…」
誰もいない所に話しかけていた。僕もリデルさんも姉ちゃんが話そうとしている相手は分かっているから…気持ちは分かる。
「もうあやつがここを離れて二年が経つ…いい加減慣れてくれると嬉しいがな…」
凛々しい顔が下へ向いて自嘲気味の笑みを浮かべた。僕も多分…自分じゃ分からないけど寂しそうな顔をしていると思う…。
「やっぱ慣れねぇよ…アイツがいねぇと物足りねぇんだよな〜」
手を首の後ろで組んで見上げながら姉ちゃんは虚空を見る。
名前を誰も言わないのは、言えば寂しくなるだけと判っているからだ…会えない距離じゃないけど、近くにいないだけで違和感がでる…それだけ僕等は一緒だったんだ。
だけどこの空気は耐えられない…話を変えよう。
「とりあえず僕はこのまま城下町のサウスエリアの巡回するよ。ちょうどあの人の家もソッチにあるしね」
それを聞いた二人は呆れた様な…優しい口調で、、
「まだやってんのかよ。そんな事下っ端にやらせてりゃあいいのに」
「まったくだ。私達四聖はそんな事のためにいるのではないぞ」
いいじゃんか…町を回るのが好きなんだよ僕は。
「じゃあ、アタシらはアッチ行くか。な、リデル!」
姉ちゃんはリデルさんの背中を力任せに叩く。鎧の上だからそんなに痛くは無いだろうけど…
ボトッ
何かが落ちる音がして視線を床に落とすと、そこには青みがかった銀髪が…リデルさんの首から上…何も無い。
「フレイ…背中を叩くときはもう少し弱くして欲しい。もしくは何かしらの合図が欲しいのだが…」
床にあるのは顔…その凛々しい顔から、彼女のものだとわかる。
「ァア!?ゴメンゴメン!!」
すかさずリデルさんの頭を鎧の上、首の位置に乗せる。
「いつもの事だが、もし私が首が取れても理性をある程度保てる修行をしていなかったら…お前ら、特にアルマが私に襲われているんだぞ…。いい加減気をつけて欲しい」
首を元の位置に調整して姉ちゃんに何事も無かったように注意した。いつもの事だけど…やっぱりこういう事にはびっくりしちゃう。
今の出来事でも分かるだろうけど彼女はデュラハンだ。首が取れると欲とか感情とか云々がさらけ出されるらしいけど、元々彼女はそういうのに耐性があるのに加え、僕達を気にかけて訓練を受けているらしい…一見すると厳しそうな人だけどすごく優しい人なんだ。それが表に出れば完璧なのにねぇ〜。
「んじゃあ改めて、僕行ってくるよ」
「ほ〜い、行ってらぁ」
かなりだらけた挨拶にリデルさんが姉ちゃんの頭を叩いた所を見ながら僕は城の外へ出る通路を歩く…武器持ってった方が良いかな?
というわけで引き返す。



サウスエリア…別名森林地区。その名の通り南側はたくさんの木々で生い茂っている所が多い。だからここに住んでいるのはどちらかと言うと森林に生息している魔物や植物を研究している人…愛する人が多いのが特徴。
そんな所だけど実はいろんな所からここに来る人が多いんだ。木を材料にした生活用品や果物はここが一番上質だからね。
僕が向かっているのは一軒の家…木でできた大きな家に向かって歩いている。
近くで見ると相変わらずでかい…こんな所に一人で住むのは広過ぎると思うぐらいデカイ。まあだからこそ集まってパーティとかできるんだけどね〜。
僕は入り口のドアの目の前にある呼び鈴を力任せに鳴らしまくる…この時間帯は大体昼寝してるだろうからこれぐらいしないと起きないんだ。
中から足音が聞こえた…だけどこの音はいつもの音じゃない。あれ?ここに「兄ちゃん」以外の人っていたっけ?
ガチャ…扉が開いた時に僕の視界に入ったのは!
「夫の知り合いか?すまないが夫は今、人に見せられる状態じゃないのだが」
「何……だと…!?」
アヌビスだった…図鑑に載っていた服装とは違い、この町の服装をしているがとても似合っている。その美しい容姿も驚く事だしこんなところにアヌビスがいるというのも驚くけど何よりも彼女の言葉に驚く。
夫……だと…!?
「あ、あの〜…つかぬ事をお伺いしますが、この家はトオル様のご住居ですよね?」
正直言って信じられる物でない…ここは似ている家だと思うのがよっぽど自然だよ。だが彼女は思案してから、
「まあ、ここに来てからあまり日も経っていない。私の事が知られていないのもわかる…ここはトオルの家だ」
驚愕だった。イヤ…でもあの兄ちゃんが…夫。あのヘタレがそんなまさか。まあ認めたくなくても事実なんだろうな。とりあえず状況を整理するために、
「えっと、兄ちゃん…トオルは中にいるんですか?アヌビスさん」
もちろん血は繋がってないけど昔の癖で兄と呼んでしまう…だけど見た目は似てないからこの人も実の兄弟ではないと分かっているみたいだ。驚きもしていない。
「私はルーシーだ。呼び捨てでかまわない…夫は中にいるが、入るか?飲み物ぐらいは出そう。ところでお前の名前は?」
しまった、名乗るのを忘れてた。いくら僕が15歳の子供でも騎士の一人…女性に対してのマナーを忘れるとは。
「アルマ・ファウマです。アルマで良いですよ」
ルーシーさんは頷いて中へと案内してくれた。別に中の構造は知ってるけどとりあえず従う事にする…。
そしてよくパーティをする広いリビングにいたのは…
「ルーシー…もう止めてくれ……俺が悪かったから…もう…」
兄ちゃんがソファーに横たわっている…うなされている様だけど…。
「トオル、いつまで寝ている。アルマと言う友人が来たぞ」
彼女の一言で飛び起きる…こりゃかなり調教されてる。恐らくこの家は恐妻家になってしまったんだろう。不憫と思うべきかいい気味だと思うべきか迷う所。
「……アルマじゃねぇか。一体どうしたよ?」
欠伸をした後、その涙を拭いて兄ちゃんは僕を見る…いつものカッコイイ優男な顔つきを台無しにする気だるそうな目は全く変わってなくて安心する。
唯一のチャームポイントだからね。
「どうしたもこうしたもないよ。ちょい気にかかる事ができてね」
言いながら持っていた書類の一部を投げ渡す。例の遺跡のアヌビスの事だ。
二人はその書類をお互いに見せあい、なんで僕が来たのかが分かったらしい。まあ兄ちゃんの事だからなんでそうなったのかは目に見えるほどわかるけどね。
「まあ…話すと長いからかくかくしかじかでいいか?」
ほんと…………何もかも変わってない。額に怒マークを浮かべ少し懲らしめてやろうかと思ったけど、
「トオル…少し話がある。アルマのいる所では恥ずかしいから隣の部屋に移るぞ」
ルーシーさんがその役を担ってくれた…目で礼をして彼女は兄ちゃんを引っ張って別の部屋に移る。
扉が閉まり…
「貴様!!どれぐらい親しいかは知らんが客人に向かって何たる態度をとっているのだ!!」
「うわ!?ゴメン!!俺が悪かったから!!それだけ、ギャーーーー!!!」
長くなりそうだからコーヒーを淹れて、心地よい悲鳴を聞きながら一息入れる事にした。
「くぁwせdrftgyふじこlpーーーー!?」

「ふ〜ん、なるほどねぇ」
ルーシーさんの説明は簡潔でとても分かりやすかった…まあ大体は予想通りだったけどね。
兄ちゃんは座っている彼女の横で干からびている…言葉を発する事も不可能だろう。水を飲ませるとどんどん吸収して元の大きさになっていく。人間やればできるもんだなぁ。
「しっかし兄ちゃんにこんな綺麗な嫁さんができるなんて、世の中って変わってるね〜」
「…まあ偶然に偶然が重なって結ばれたって感じだからな」
水分を吸収してすっかり元通りになった兄ちゃんは何事も無かったかのように話している………本人が丈夫なのか慣れによるものなのか…恐らく後者だろう。
「今は私もトオルも幸せだ…遺跡の外はこんなにも素晴らしかったのだな」
そう言って上を見上げる。本当に幸せそうだった。
「幸せと言えば…お二人さんはもうどれぐらい愛を語っているのかい?」
少し興味があったから意地悪っぽく聞いてみる。案の定、兄ちゃんは飲んでた水を盛大に噴き出す。でも、彼女は違った。
「毎晩語っているぞ。しかし私の方から誘うばかりでトオルから誘ってくれぬのだ」
どこが寂しそうに彼女は言う。いけませんなぁ…そういうのは殿方から誘うものだと言うのに。
「ダメだよ兄ちゃん。そういうのは自分からヤらないかって言える程の度胸を持たないと」
「なんでそうなる!?」
兄ちゃんのツッコミが帰ってくると昔に戻れた気がするけどここには姉ちゃんもリデルさんもいない…。だから少し寂しい気がする。
やっぱ四人揃わないと「僕達」じゃないか。とりあえず用は済んだから、
「んじゃあコレぐらいでね、兄ちゃんの様な暇人と違って城の中にいる四聖は暇じゃないんだ」
僕が出て行くと分かった兄ちゃんは
「そうかい。んじゃあな」
言葉だけは淡白に拳を握って突き出す。その手首にはいつもの首飾りが巻かれてあった。まるで何か一つの形の物を分けたような形だ。
僕も服の中から首飾りを出してそれを手首の巻きつけて兄ちゃんと同じように突き出す。それも、何かを分けたような形だ。
僕達、幼馴染4人で考えた挨拶のようなもの…やっぱりこういう所も変わってなかった。
「分かってると思うけど、明日…な」
挨拶が終わって玄関に行こうとしている僕に兄ちゃんは明日の事を簡単に伝える。ば〜か…そんな事忘れるわけ無いのに。
その返事代わりに首飾りを巻いたままの腕を掲げた。クサい返事だなとは自分でも思うけどね。
「待ってくれ」
もう出口のドアを開けた時に後ろから声が聞こえた。
「お前とトオルは…どういった関係だ?」
そういえば話し合いで親しいって事は分かるけど説明はしてなかったっけ。
「ただの幼馴染ですよ。もう腐れ縁の域まで来てますけどね」
ルーシーさんは多分、兄ちゃんの過去の事を聞きに来たんだろうね。兄ちゃんは騎士時代の事あんまり話したがらないから。
「兄ちゃんの作業机の上から二番目の引き出しを開けた後、机の裏を見てよ。そこにいろいろあるから」
僕が言うまでも無く、そういうものは捨てるわけにもいかないから隠してるんだろうけど結構バレバレなんだよねぇ〜。
しかも隠し場所がばれている事、本人気づいてないし。
「そうか…やはり人から聞くことではないか」
自分の考えを先読みされたのに驚きながらも頷く。ルーシーさんもヤッパリ人に訊くのは抵抗があったみたい。
「ま、お二人さんは腹を割って話し合えば良いじゃない。家族になったんだし…じゃあさようなら」
別に話すのは良かったけど一から話すと長くなると思うから話さなかったんだけどね。四聖も忙しいんだ。
「あ、あとで多分他の人も来るだろうからあんまり兄ちゃんに制裁を与えすぎないようにした方がいいですよ」
兄ちゃんがやつれてたらあの二人びっくりするだろうから…下手すりゃ暴走するかも知れない。
「他にもいるのか…了解した」
兄ちゃんもだらけたりしなければ罰を受けないのに…ま、それが兄ちゃんなんだから仕方ないか。
さて、これから任務だ。



家を出てしばらくしてから令状を見てみると、サウスエリアの辺りで妙な動きをしているゴロツキがいるらしい…四聖の場合、任務は国王みたいなお偉いさまから受ける事になるからそれだけ一般ではできないような任務もある。
だけど…これなら一般の騎士でもできるような気がするけど。別の見方で見るなら四聖に任せるという事はそれだけ「確実性」を求めてるってことでしょ。王様も王妃様も結構茶目っ気あったりするけど、裏には詳しいからねぇ。
「おう、坊主じゃねぇか。どうだ?このリンゴ、安くしとくぜぇ」
市場に入るといつものおじさんがリンゴを投げてくる。受け取ったリンゴはとても赤くて大きかった。昔からいろいろとサービスしてくれてる人だ。
「オジサン、僕だってもう昔みたいに暇じゃないんだからさ。今回も遊びじゃなくって任務で来たんだよ」
そう言いながらもお金を投げ渡して買ってしまう。昼頃だし腹ごしらえにはちょうどいいしね。
「まあ、そう言わないでぇ、ね♪」
後ろから声をかけられて振り向くと、よく行くパン屋の売り子さんがいた。この人はホルスタウロスでパンに使われるミルクは彼女のもの…なのでここのパンは絶品だ。よく4人で分け合って食べたもんだ。パンを手渡してきたから買わないといけないかな。
お金を手渡した瞬間、僕は後方に跳ぶ。僕のいた位置には抱きしめようとしていた売り子さんがいた。
「むぅ〜…抱かせてくれたっていいのにぃ〜」
ホルスタウロスの愛情表現に胸を押し付けるというのがある。本来は家族や旦那さんにするんだけど生憎と彼女は夫はいなくて子供好き…子供に目が無いのだ。むぅ〜と頬を膨らませるのはカワイイけど…
「やだなぁ〜お姉さん、さすがに十五歳になったんだから勘弁してほしいよ〜。お姉さんだって家族で経営してんだからソッチに愛情振りまけば良いんじゃない?」
僕は笑顔で……でも内心ハラハラで対応する。微笑ましく見えるけど冗談じゃない。彼女の愛は重すぎる(物理的に)。
あの凶器(胸)に一体何人の子供が犠牲になった事か。
「家族にはそんな人いないのぉ〜。抱かせてぇ〜〜〜!」
「窒息するからいやだぁぁぁぁーー!!」
子供好きなホルスタウロスほど子供にとって危険な存在は無いと思う…兄ちゃんも姉ちゃんもリデルさんもアレで死にそうになった。無論僕もだ。
ゴロツキを探すどころじゃない。まずは後ろから迫ってくる凶器をどうにかしないと、ってか逃げるしかない!!

……何とか撒いたか。ホルスタウロスでも魔物は魔物…身体能力は高かった。
「さて…落ち着いたから噂のゴロツキを探すか〜」
とは言ったものの手がかり無し、ったく…王妃様も四聖だから大丈夫とか思ってんのかねぇ〜。という訳でブラブラ歩く事になるんだけど…ゴロツキってどんな奴だろ。パンとリンゴを食べながら考える。
別に治安が特別良いって言う国じゃないからそういう奴はいるけど、元々魔物娘さんが多くて仲間意識が強い優しい人たちばっかだから下手に騒動を起こす連中はいないと思う。
魔物の多くは訓練されてなくても見習い騎士以上の実力がある人が多いから…ゴロツキがいるとなれば外の国出身でこの国の常識を知らないで喧嘩を売ってる奴だろう。外の国から来た訳だから、より怪しいしね。
「嬢ちゃんよぉ〜。俺等のぶつかってゴメンナサイで済むと思ってんのかぁ。いけねぇな〜、ちょっとそこら辺の森の奥に来てもらおうかぁ〜」
そうそうちょうどあんな感じで………いた!?
「あの…スイマセン。でもお母さんが……」
相手になってるのは小さい花束を持っているアルラウネの少女。いくら魔物でも子供が大人に勝てる訳が無い。ってかあんな典型的な不良…今時漫画でしか見た事ないよ。
「はいちょっと待ったぁーーーー!!」
騎士の名の下とか柄じゃない、純粋な助けたい気持ちで叫ぶ。見たところ相手は5人、しかもこの国じゃああまり見ない服装。ビンゴだ。
「なんだガキ。この嬢ちゃんは俺達にぶつかったんだからそれなりのお詫びをしてくんねぇと困るんだよ。分かったらアッチ行ってろ」
んでこの森林地区の奥の茂みでキャッキャウフフと………大人の考える事ってイヤだねぇ。相手はそれぞれダガーや棍棒などの武器を抜くから、僕もウンザリしながら武器…東から伝わったというカタナを抜く。
普通のカタナだけど切ることに特化されている形状は僕の戦闘スタイルにぴったりだ。カタナは二本…すなわち二刀流だ。風が吹いてそれが短く切った髪を揺らす…。
「おい……」
相手の一人が怯えに似た声で僕を指差した。
「白い服装…二本のカタナ…金髪…このガキ、噂の揺光(ようこう)のアルマじゃねえか!!?」
それを聞いたゴロツキ達は驚きの声を上げる。僕も有名になったもんだ。四聖はそれぞれの性格や戦闘スタイルに合わせて王から異名を貰ってる。
僕の場合は揺光。
「へっ、どんな奴だろうがガキはガキだ。やっちまいなぁ!!」
虚勢と分かる声を上げて5人が一斉にかかってくる。
一瞬…その言葉が合うほどの交差だった。
僕が5人を通り過ぎた時……相手の武器を全部切り、峰打ちをした後だった。
揺光…僕の動きがまるで揺れる光の様だかららしい。光の様に刹那のもと、敵を切り裂く
……揺光のアルマ。
気は失ってないけどしばらく動けないでしょ、こいつ等どうしよっか?
「後は、オレ達に任せろ」
市場にいたオジサンとその仲間達…結果はどうあれ、幼い少女を辱めようとしてたんだ。ここの人達が黙っちゃいない。
「とりあえずこいつ等を縛ってデビルバグ一家の近くに放り込んでおくか」
さらりと怖い提案をした…森林地区の一番奥にはデビルバグの家族がいる…昔から悪い事をした男はソコに放り込まれるのだ……その後、女性恐怖症になるのは言わずもがな。
まあ、当然の報いとして受け入れるんだ、ゴロツキよ…同情しか僕にできる事は無い。あ、こいつ等の持ち物を物色しとかないと。
もし王様が言ってたゴロツキがこいつ等だとすると…あった。
何かの書類だ。開くとそこには「リザードマンが騎士達を襲った」という内容が書いてあった。
貴族の中には魔物を快く思ってない連中がいる。騎士達をここから北にあるリザードマンの集落へけしかけようとする為の偽の報告書だろう。
こんな事したら被害も出て…姉ちゃんだってどうなるか分からない。そしてそれに乗じて貴族出身の騎士が何かしらの事をして手柄を立てるって作戦だろうね…
「あ、あの〜……」
思案している僕に話しかけてきたのはさっきのアルラウネの少女。
「こ、これ、受け取ってください」
そういうと小さい花束を渡してきた…タグに銅貨20枚と書いてある。花束としては妥当な値段だけど。
「そういえばさっき、お母さんがって言ってたよね?」
「はい…お母さんが病気で、それでお金が必要だから…」
だからこんな所にいたのか。アルラウネは普段、自分の住処としている花からは離れる事は無いから疑問に思ってたんだ。
しかもアルラウネは栄養とかは土から摂るから生活においてお金は必要無く、お金を持ってない事も多い。それで母親が病気になったから必死でお金を稼いでるって訳か。
「それはお礼ですから、お金は必要ありません」
っとか言われてもここで何もしなかったら人間じゃないと思う、僕は財布からお金を抜き取ると、
「んじゃあ、値段の半分でどうかな?さすがにタダは気が引けるよ」
お金を手渡す。だけどアルラウネは慌てて、
「あ、あのこれ…銀貨なんですけど。お釣りなんて払えません」
僕が彼女に手渡したのは銀貨10枚…医者に病気を診せてもお釣りが返ってくるぐらいだ。
「あちゃ〜、間違えちゃったか。まあいいや、メンドイからお釣りいらなくて」
こういう場面での嘘は下手だ。こういう状況を切り抜けられる兄ちゃんが羨ましく思うよ。
僕はアルラウネの頭を撫でてやった。恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに口元を綻ばせる。
「あ、ありがとうございます…」
顔を赤くしながらお礼を言われる…なんか気恥ずかしいな。
とにかく…用事が終わったから一度城に戻ろうかな。後ろから何かが走る音。
「あぁ〜〜〜!!アルマ君みつけたぁぁ〜〜!」
「え?」
ボフン!!
そんな効果音が似合うほどの衝撃が振り向いた僕の顔を襲った。感触であのパン屋のお姉さんのモノだということがわかる。
「ンム!?ンーーーー!!ムゥーーーーー!!!」
「やっと見つけたぁ〜〜。寂しかったんだからぁ〜〜」
僕の頭を両腕でロックしてとにかく胸を押し付けてくる…密着してるもんだから女性独特の甘い香りがする…………わけが無い。
完全に呼吸ができなくなっているのだから…。
少しでも呼吸できるように胸を押すようにしてとにかく顔を離すようにする…しかしそれは…
「あぁ〜、嬉しいぃ〜♪もっとシテあげるねぇ〜」
「ムグ!!!ムーーーー!!!」
彼女達の愛情表現は胸を触るとそれに応える事になるらしい。すなわち
押し付けられる→少しでも呼吸出来るように胸を押す→応える形になる→もっとシテくる=悪循環
を生み出し、まさに無限谷間地獄(エンドレス・ヘル・ヴァレリー)となるのだ!
あ、そんな解説を…心の中でしている内に……息……が………。


こうして…僕の一日は、昼過ぎに終わった…。




〜第2話「凰火」に続く〜
10/01/29 18:06更新 / zeno
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■作者メッセージ
どうも、zenoで〜す。
今回2作目の投稿になりました。この「騎士物語」は前回の「砂漠の番犬」の後日談の様な話なので読んでない人は読む事をお勧めします(読まなくても大丈夫ですけど)。
この第一話、揺光はアルマ視点で進んでいますが2話はフレイ視点…という様にどんどんキャラ視点が変わって、一日の全体の出来事を話します。
気力が続く限り書きますのでよろしくお願いします。

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