読切小説
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「居場所」を求めて
前が見えない。
それくらい、雪が横殴りに僕に吹き付ける。
すさまじい吹雪だ。あまり寒くない地域ばかり巡ってきていると、こたえるね。
前にはぼんやりと、いくつかの明かりが見える。
「もうそろそろ、あの町か」
僕は、白い息を吐きながらつぶやいた。

「寒かったでしょう」
「ええ、ちょっと」
僕は苦笑いしながら、宿屋の主人と話す。
少しかっぷくのいい、優しげな笑顔の女性だ。
失礼かもしれないが、少々お年を召していらしている。
「こうしてると、生き返りますねえ」
「暖かいでしょう?」
小さなロッジのリビングにある暖炉に当たりながら主人と言葉を交わす。
ここに来るのは二度目だ。
「そういえば、他の方は?」
主人は、なんとはなしに尋ねてくる。
「……実は、団長が亡くなって、解散したんです」
「あらまあ、それは申し訳なかったわね」
僕は元々、旅芸人の一座に居た。
その巡業の途中で、この村に寄ったことがある。
「でも、なぜこちらへ?」
当然、主人は質問をしてくる。
「回った町を、一つずつ訪ねようと思ったんですよ」
僕は、冷え切った手を吐息で温めながら、答えを返す。
僕は物心ついたときから、旅芸人の一座に入っていた。
だから、僕の思い出は、僕にとってのこの一座の思い出でもあった。
団長曰く「奴隷商人に売り飛ばされそうになったところを拾った」そうだ。
……ただ、見習いの頃はほとんど奴隷も同然だったけど。
僕は苦笑いする。
でも、その道中、様々な人々とも、出会えた。
そんな懐かしい思い出を独りでめぐる旅。そして、「居場所」を探す旅。
僕の旅も、半分くらいまで来た。
「この町には、どれくらい滞在する予定なの?」
「吹雪が止むまでは」
主人は、少し困った顔をしながら、僕に告げる。
「この吹雪、長引きそうなのよ」
「……そうですか」
お金、足りるかな。
「よかったら、もう使われてない家があるから、そこに住む?」
「いいんですか?」
僕の言葉に、にか、といい笑顔の主人は答える。
「ええ、家も『住人』がいる方がいいでしょうしね」

「ほら、ここよ」
案内された家は、案外大きかった。
お金持ちが住む別荘のような、大きな木造造りの家。二階建てだ。
「食材のお金だけ出してくれれば、私から融通するわ」
「ありがとうございます」
宿屋の主人のご厚意に僕は感謝しつつ、目の前の家に入る。
一人で住むには大きい。ただ、それ以上に不思議だったのは、
「この家、あんまり荒れてませんね」
普通、住まなくなった家はすぐに荒れるものだ。
蜘蛛の巣が張り、家財は朽ち、家も荒む。
だが、この家は手入れされている。むしろ、よく掃除されている方だと思う。
埃がたまっているわけでもなく、清潔そのものだ。
「この家、10年ぐらい人が住んでいないのだけどねー」
「そうなんですか……」
10年。
長い月日だ。
僕が一座に入ってから、一座が解散するまで11年。
この町に来たのが、今から7年前。
「そういえば、この町に青い髪の女の子がいませんでした?」
「青い髪?」
そう、この町にきたら訊こうと思っていたことがある。
「はい。僕と同じくらいだから、10歳ぐらいだと思いますけど」
主人は、首をかしげる。
視線は右上に固定され、何かを思い出しているようだが。
「そんな子、いたかしら?」
その言葉を聞いて、僕は少し落胆する。
だが、7年も前の話だ。覚えている方が不自然だろう。
僕は、まだ考えている主人に対し、深々と頭を下げた。
「それでは、多少の間御厄介になります」
「え、ああ。こちらこそよろしくお願いするわ」

この家を、とりあえず調べてみた。
10年も放置されていたにしては、あまりにきれいすぎる。
夜盗あたりが、ねぐらにしている可能性も否定できない。
だからこそ、調べておく必要があった。
しかし、一日を潰して探索してみても、それらしい形跡はなかった。
不思議な点は、見つかっているが。
「浴室だけが、汚れている」
そう、なぜか浴室だけは10年分の埃をかぶっていたのだ。
幸いにして、風呂釜が壊れていたわけではなく、掃除すれば使えるのが助かった。
一体、なぜだろう。
明かりをつけたリビングで不可思議の理由を考えていると、ノックの音が耳に入った。
主人が様子を見に来たのかな。走ってドアを開ける。
「はい……どちらさまで?」
目の前に居たのは宿屋の主人ではなく、青く長い髪の若い女の人だ。
眼は吸い込まれそうな青く大きい瞳。瑞々しい薄く紅を塗った唇。
美人だ。
彼女は、ドアを開けた僕の顔を、じー、と眺めている。
何かついているのか?
「もしかして、ユウなの?」
確かに、ユウ、は僕のあだ名だ。僕の本名は、ユース・レットアルト。
でも、なぜそれを知っている……?
僕は目の前の女の人をよくよく見てみる。
青い髪の、女性。
そして、僕のあだ名を知っている、女の人。
「……スノウ?」
名前をつぶやいた途端、彼女の顔が、ぱあ、と明るくなった。
「覚えてくれてたんだ! うれしい!!」
そう言うなり、彼女は僕に抱きついてきた。
外に居たからか、少しひんやりとした。
「と、とりあえず、中で話そう」

「久しぶりだね、元気してた?」
「ご覧の通り、ぴんぴんしてるさ」
僕はリビングに彼女を案内した。
机を挟んで、向かい合う。彼女はゆったりと椅子に座っていて、笑みを絶やさない。
彼女は、スノウ。本名はというと、残念ながら7年前に会ったときは教えてくれなかった。
「そういえば、他の人たちはどうしたの?」
「団長が亡くなって、皆別々の道に行ったよ」
「……そうなんだ」
「でも、皆が選んだ道だからいいんだよ」
「それで、ユウはどうしてるの?」
「僕は、皆と旅した町を、一つずつ巡ってるんだ」
「どうして?」
僕は、窓の外を見る。夜で、しかも吹雪いているため、何も見えない。
「新しい人生にチャレンジする前に、僕の足元を見ておきたかった」
「ふうん」
あれ、良いことを言った感じなのに、流されたよ? 滑ったかな。
「あ、そういえばコーヒー要る? 淹れたばっかりだからあったまるよ?」
「うーん、ごめん。私、苦いの苦手なんだ」
そうなんだ。ホットミルクだったら飲んだのかな?
「あのさ」
「うん?」
椅子に座った彼女が、こちらに、ずい、と身を乗り出す。
「よかったら、私が料理とか作ってあげようか?」
「え、いいの?」
「となると、食材は」
彼女は、言葉を詰まらせる。そして、どうしようかな、とつぶやいた。
「食材なら宿屋の主人が融通してくれるよ」
「そ、そうなんだ。採ってきたのに」
「採るの!?」
「うん」
「な、何採るの?」
「今の時期は、いわゆる『根菜』が美味しくなるんだよ」
「へ、へえ」
冬眠している動物を狩るわけじゃなくてよかった。
「で、ユウはいつまでこの町に居るの?」
「うーん、この吹雪が止むまでかな」
「……そう」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」

それから、僕とスノウは寝るまで話をした。
僕からは、巡業のこと、旅のことを。
スノウからは、この町のこと、僕が去ってから起きた何気ないことを。
「そういえば」
「なに?」
スノウは、んー、と考えながら尋ねてくる。
「ユウは、魔物に出会ったことがあるの?」
「僕?」
「だって、ユウが魔物に襲われたら大変じゃない?」
いつになく、スノウは真面目だった。
「旅の途中では、あんまり」
「そうなんだ」
「でも、どうしてそんなことを?」
「だって、ユウってば弱そうなんだもん!」
「何を! 僕だって戦えるんだよ!?」
僕の主張に、スノウはけらけらと軽く笑う。
「えー、信じられなーい!」
悲しいものだね。

今、僕は宿屋に居る。主人から呼ばれたのだ。
そこには、町長や、町の住人たちが居た。
どうやら、町ぐるみの会議の中だ。
なぜ僕は呼ばれたのだろう。
「ユース君、君は戦えるかい?」
髭をなでながら、町長は僕に対して静かな声で言った。
なぜ聞かれたのか分からず、動揺した。だが、答えは決まっている。
数回、呼吸する。息を吸って、吐く。それだけで心はだいぶ落ち着く。
「一応、戦えます」
一座での僕のポジションは、獣使い。
猛獣と息を併せて、パフォーマンスを行う役回りだった。
僕と一緒に舞台へ上がっていた猛獣たちは、強かった。
が、僕自身が戦えないかといえばそうではない。
一人で旅をするにあたって、最低限の武芸はおさめている。僕の場合は、槍だ。
「そうか」
と、村長の一言。会議に参加した町の住人たちから、安堵の息が漏れる。
どうやら、旅人である僕は戦える、と思っていたようだ。
「でも、どうしていきなり戦いの話を?」
「実はな」
町長は、椅子に腰かけたまま、うつむいて言う。
「この町に、魔物が出始めたのだ」
「魔物!?」
驚きだ。一体、この雪に包まれた町に、何が出てくるというのだろう。
「被害者は出ていないが、目撃者が出ている」
被害者はおらず、目撃者だけがいる。ということは。
「町の中を徘徊するだけなんですか?」
「そうなる」
魔物の犠牲者が出る前に、あらかじめ策を打っておきたい、ということだ。
……被害者は出ていない、ね。
「特定の誰かを狙っている、とかではなくて?」
町長は、言葉を濁らせた。少しの沈黙。そして絞り出した言葉は、
「それが分かれば、苦労はしない」
その沈黙に、何か意図があるのだろうか。
「で、その魔物の特徴は?」
「特徴か」
そして町長は、僕に衝撃を与えるに十分すぎる情報を提示した。
「強いて言えば、吹雪の中でも見まがうことのない、青く、長い髪だ」
僕は、何も言わない。
いや、何も言えなかったのだ。
町の人たちが見た、「長く青い髪の町をうろつく魔物」。
それは、僕のよく知っている「女性」を想起させるのに、充分だった。
「……ただでさえ問題があるというのに魔物まで出るとは」
「問題?」
頭を抱えた町長のつぶやきに、僕は思わず尋ねる。
僕の横に居た宿屋の主人が僕の質問に、簡潔に答えた。
「この町、たびたび山賊に襲われているのよ」
「山賊、か」
確かに、山の近くにあるこの町は山賊に狙われてもおかしくはない。
ただ、少なくとも吹雪の間だけはこの町を襲いにはこないだろう。
「だから、吹雪が終わるまでにカタをつけたいのだ」
町長の、深く重い言葉が宿屋を静かに包み込んだ。
「だから、ユース君」
す、と立ちあがった町長は、僕に向かって深々と頭を下げた。
「どうか、魔物を退治してはくれんか?」
僕は、町長、いや、町のみんなの頼みに、答えを返すことができなかった。

その夜、旅の間幾度となく僕の身を守った槍を手入れしている。
普通の鉄製の槍だ。ただ、団長がくれた僕の相棒とも言える代物。
大事に手入れをする。そして、同時に僕は考える。
おそらく、町長たちは僕を「町を徘徊する魔物」と戦わせるつもりだろう。
そして、その「魔物」は、「青く長い髪」をしている。
……心当たりが、ないわけではない。
でも、実際にそうだった場合。
一体、僕はどうしたらいいのか。
「ねえ、ユウ」
「なに?」
突如、スノウからの呼び掛けに僕は心が読まれた気がして、内心焦った。
矢じりの刃こぼれがないかを見ながら、僕は冷静を装って返答する。
「旅の途中で、その、魔物と人間が一緒に居るってのは、あった?」
僕の背中越しに、スノウがおずおずと尋ねてくる。
ありのままの経験を僕は話す。
「ないわけじゃなかったよ」
「どんな?」
僕は、印象深かった人物たちとの思い出を一つずつ取り出す。
「例えば……薬剤師と吸血鬼の夫婦とかね」
「へえ」
「あの二人は、領主さんに嵌められたって言ってたけど」
「どういうこと?」
「薬剤師と吸血鬼が一緒に過ごしていたのは街中では有名だったんだけどね」
「うん」
「それを嗅ぎつけた『勇者』の一行が退治しようとしちゃって」
「……」
「それで、薬剤師の方が条件を出して、戦いを回避したんだけど、『勇者』側が裏切って」
「ひどい話」
「そして、薬剤師が肉体強化薬を使って『勇者』一行を撃退」
「そりゃそうでしょ」
「ただ、街としても『魔物とつながっていた』というのはマイナスになる」
「……っ」
「だから、吸血鬼を『薬剤師の妻』とすることで『住人』として迎え入れることにしたんだって」
「そんなこと、できるんだ」
彼女は、うんうん、とつぶやいている。
「他には、左手が包帯で巻かれた冒険者と、エキドナのコンビとか」
僕は記憶の海を泳ぐ。
あの二人は、冒険者の「呪い」を解くために旅をしているって言ってたな。
必要な「羽根」と「実」は手に入れたから、あとは「真珠」だけ、らしい。
「ホルスタウロスと一緒になって経営してる牧場もあったかな」
「……」
「ワーウルフと一緒に生活してる猟師もいたね」
「ワーウルフと?」
「うん、理由はあんまり話してくれなかったけど」
「そうなんだ」
「他にも、海辺にスキュラと住んでる漁師さんも居たね」
彼女は、黙って聞いている。
「あとは……ナイトメアと小説家なんて組み合わせもあったかな」
「結構、いるんだね」
スノウは、静かな声で言った。
「うん、そうだね」
僕は、槍を磨く。出来ることなら、使わない方がいいことぐらい僕にだってわかる。
……彼女は、何を聞きたかったのだろう。
旅の途中の話を聞いて、彼女は、何を考えたのだろう。

「ちょっと、ちょっと!」
扉をどんどん叩く音で目が覚める。
寝ぼけ眼で、情けない寝巻姿のまま、僕は応対する。
「はい、どうしたんですか?」
扉の向こうには、宿屋の女主人が息を切らして立っていた。
「ユース君、早く広場に行ってくれないかしら!?」
そして、焦る口調で何も分かっていない僕にまくしたてる。
「どうして?」
「出たのよ!」
「何が?」
そして、主人はまだ起きていない頭を衝撃でブン殴る一言を、僕に告げる。
「魔物が出たのよ! 広場に!」
外は、もう吹雪いていなかった。

すでに、広場は町の住人で囲まれていた。
槍をもった僕が到着すると、住人の輪が僕の道を開ける。
その広場の真ん中で、へたりこんでいる一つのシルエット。
青い髪の女性。
「スノウ」
「ユウ」
やっぱり、彼女だった。
僕と彼女がお互いに呼びあったのを聞いて、にわかにざわめきだす住人達。
「知っているのかい!? ユース君!?」
真っ先に驚きの声をあげたのは、町長だった。
「僕が宿屋の主人から借りた家の、おそらくは『住人』です」
「え!?」
視線が、いつの間にか輪の最前列に居た主人に向けられた。
僕は、僕なりに考えた推論を語る。
「あの家、『住人』がいなくなって久しい、と言ってましたね?」
「え、ええ」
僕の質問に、主人は動揺を隠せないまま答えた。
「長く住む人がいなかったにしては、すごく手入れされていたんです。ある場所を除いて」
「ある場所?」
怪訝な顔をした町長が僕に尋ねた。
「『風呂』です」
「!」
スノウが僕の言葉にびくっと反応した。
「彼女が『魔物』だとすれば……この雪深い町に現れたのであれば、『雪女』でしょう」
僕の話を、住人達は誰一人騒ぐことなく聞いていた。
「ともなれば、『風呂』なんて無用の長物」
スノウは、うつむいて、黙って聞いている。
「そして、僕がその家に泊まったその日に、彼女は現れた」
僕は、言う。
「状況証拠としては、揃っています」
スノウは、うつむいたままだ。
「で、でも、ユース君がその『魔物』と親しそうなのは、なんで?」
住人の一人が、疑問の声を挙げた。
その答えについては、僕の代わりに町長が答える。
「『雪女』は、子どものころに『雪童』として町に出ることがある」
「そして、僕と彼女は、7年前にこの街で会っています」
「……仲良くなった人を、大人になってから連れていくために」
町長の言葉を、僕が継ぎ、更に彼女が継ぐ。
沈黙が、広場を支配した。
「実はね?」
頭を垂れたままの彼女は、滔々と語り始めた。
「この町には、ずっと居たの」
誰もが、彼女がゆっくりと紡ぐ言葉に、耳を傾けていた。
「ずっと、あの家で、待ってた」
あの家で。「10年ぐらい人が住んでいなかった」と言われた、あの家で。
「誰かが気にかけてくれるかも、って。でも、誰もが気にも留めなかった」
廃屋として荒れても仕方ないはずだった。
でも、荒れなかった。
そんな不自然を、気に留める町人はいなかった。
「この町には『私は居なかった』んだよ」
彼女は顔をあげた。
瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれている。
「誰もが、私の事を触れようともしない。気付きもしない」
だんだんと、彼女の言葉に嗚咽が混じり始める。
「この町に、私の『居場所』なんて、なかった」
彼女は、こぼれてくる涙を手でぬぐう。
「寂しかった。でも、私の中で大事にしていた、思い出があったんだよ」
「それが、僕?」
僕の言葉に、彼女は、こくり、とうなずいた。
「待って、待って、ずっと待って。そして、ユウがきた」
「……」
「ちょっとした時間だったけど、でも、あの孤独を忘れられるくらい、楽しかった」
彼女は、にこ、と笑った。
町人の間から、だんだんとすすりなく声が聞こえてきた。
「でも、ユウは人で、私は魔物だもん」
心の奥が、ズキ、と痛んだ。
僕は、一体何をすべきなのだろう。
「私は、ユウになら――」
その時。
にわかに、町の入り口が騒がしくなった。
「嫌な予感がする」
大体、こういう虫の知らせは当たる。僕は、走って町の入り口まで向かった。

町の入り口には、屈強で物騒な、斧を担いだ男たちが数人いた。
「おお? どこの誰じゃてめえは?」
一番前に居た、眼の細い男が僕に言う。
おそらくは、この町をたびたび襲っていた、山賊。
僕は槍を構える。
「この俺とやり合おうってのか! いい度胸じゃねえか!!」
後ろに控えていた、ガタイの良い、それこそ人の体ほどもある斧をかついだ男が前へ出る。
防具になるようなものは、ほとんどつけていない。
それこそ、布でできたズボンぐらい。上は肩当て以外、裸だ。
「俺が相手だ! 生意気なガキに、世の中の怖さってもんを教えてやるぜ!」
「僕としては、一旦死んでもらって、冥土の怖さを教えてほしいね」
「ほざきやがれえぇぇっ!!」
男が、僕めがけて突進してきた。
思った以上に早い。
おそらくは、身を守るものが少ないから重みがないのだろう。
僕も、男めがけて突っ走る。
必要なことは、懐へ飛び込むことじゃない。
槍は、リーチが長いことが長所だ。だから、相手の遠くから攻撃するのがセオリーだ。
だが、目の前の男にそれが通用するとは思えない。
良くも悪くも、槍は「突く」しかない。その軌道は直線であり、点だ。
その一点から身体をずらしてしまえば、簡単によけることが可能。
相手が突っ込んでいる以上、カウンターをしかけるしかないが、それだと避けられる可能性がある。
ここは、避けられない方法を取るべきだ。
「おおぉぉぉ!!」
男が咆哮する。身体がビリビリするほどの、巨大な叫び声だ。
だが、ひるまない。
僕は走る。
そして、男の懐に、踏み込んだ。
「死ねえぃっ!!」
男が、頭上から僕めがけて斧を振りかざす。
斧の重みと、男の力と合わさって、喰らえば即死は免れない。
僕は、踏み込んだ右足に力を込め、後ろへ飛びのいた。
「!?」
男のふるった斧は、地面に衝突する。
左足で着地すると同時に、再び前方へステップを踏む。
斧を振り上げる動作を始めた男に、突きを避ける余裕はない!
「死ぬのはお前だ!!」
僕の突きだした槍が、男の喉笛を突き破った。
右腕で斧を振り上げた男の動きが止まる。そして、斧が右手から落ちた。

槍を男の喉から引きぬくと、男はそれに伴って後ろへと倒れる。
すでに、眼に光はなかった。
「ひゃっはー!!」
後ろで、四人の男たちが歓喜に震える声を挙げた。
「エラソーな頭が死んだ! 今度は俺たちがヤる番だぜえええぇぇぇ!!」
そして、各々が僕めがけて突進してきた。
一対四。
さすがに、普通の旅人である僕では勝てる気がしなかった。
万事休すか。
だが。
「……お、お?」
男たちの動きが止まった。
それも、ぴた、と時間が止まったかのように、微動だにしない。
ひんやりとした冷気が辺りを包むのを僕は知覚する。
「あ、こ、凍るうぅっ!?」
足の先や、手の先から、氷が生え始める。
ピシピシ、と音を立てて凍っていく男たちの身体。
「い、いやだあっ! さみい、つめてえ、しにた……」
言葉を言い終えるより早く、全身が凍りついてしまった。
目の前に出来上がった、四つの出来の悪い氷像。
僕は後ろを向く。
肩で息をしている、スノウが居た。
「ユウを、殺させはしないよ」
「スノウ」
「私の、大切な『思い出』なんだから」
町の住人達は、その後ろから、ただ僕たちを見守っているしかなかった。

僕は、息を整える。
町の人たちに、言わなきゃいけないことがある。
「みなさん、聞いてください」
スノウは、僕を見ながら神妙な面持ちで聞いている。
「僕は、『思い出』をたどり『居場所』を探して旅をしています」
「それが、どうかしたのかい?」
宿屋の主人が、僕に向かって聞いてくる。
「そして、スノウ、彼女は『思い出』に頼って『居場所』のないこの町に居ました」
「……まさか」
町長が呟いた。僕はうなずく。
「僕には、彼女を殺すことはできません」
人々から、ざわめきが巻き起こった。スノウは息をのんだ。
「その代わり、僕が彼女を旅に連れて行くことで、許してはもらえませんか?」
僕は、言う。
「共に『居場所』を探す、仲間として」
「……ユウ」
町の人たちは、誰も喋らない。
スノウは、えぐ、と顔をくしゃくしゃにしている。
「町長」
口々に、町長の判断を仰ぐ声が聞こえた。
町長は難しい顔をしたまま黙っている。
腕を組み、眼を閉じ、眉間にしわを寄せている。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「一つだけ条件がある」
「……なんでしょう?」
「条件を提示するのは、彼女だ」
「私?」
スノウは、びっくりした顔で町長の方を向いた。
「……名前を聞かせてくれ、山賊を倒した『恩人』の名を」
「!」
町長の言葉に、スノウは口をぱくぱくさせている。
そして、彼女は言葉の意味を理解したのか、にこ、と笑って言うのだった。
「ユウにも、言ってなかったね、私の本当の名前」
そう、僕にも言っていなかった、本当の名前。
「私の名前は、スノウ。スノウ・ヴァイスフラウだよ」

翌日の昼。すっかり雲もなくなり、快晴だ。
町の入り口に、今僕は立っている。
宿屋の主人と、町長と、そのほか何人かが見送りに出てきてくれた。
「今までありがとうございました」
僕は、深くお辞儀をする。
「こちらこそ、山賊退治をしてくれて助かった」
町長が、柔らかなほほ笑みをたたえながら僕をねぎらってくれた。
「これ、少ないかもしれないけど、町のみんなの気持ちだから持って行って」
路銀なのか、革袋に入った金貨と銀貨を渡してくれる主人。
僕は、ありがとうございます、と受け取る。
少ないなんて話ではなかった。ずしり、と重い。
「それじゃ、行こうかスノウ」
「うん」
僕たちは、町の人たちに見送られながら町を出た。
これから、僕たちの『居場所』は見つかるのだろうか。
ただ、一つだけ言えることがある。
スノウの『居場所』は、僕の隣。
そして、僕の『居場所』は、スノウの隣だ。
10/03/11 04:29更新 / フォル

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