連載小説
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後編
「男女の逢瀬に水をさすものではありませんよ」

扉に空いた傷穴から小百合先輩が見える。
なぜ彼女はこの場所にいるのだろうか。だけれども、それを今知ることはできない。

「もうすぐ相手が来ますよ」

紅坂さんは俺を、その純白の蛇体で拘束しながら言う。相手とはどういう意味なのだろうか。先程から彼女の言っていることの意味を理解することができない。今日は色々なことがありすぎて俺の脳みそはおかしくなってしまったのであろうか。
そうこうと黙っていると。カタカタと廊下を歩く足音が近づいて来るのに気づいた。
殆ど人がいなくなった校舎には、よく音が響く。不可思議なことにその足音がこちらの方へ近づくたびに、扉の傷穴の向こうに見える小百合先輩の顔が不安そうに曇たり、恥ずかしそうに赤面しながら顔をふせたり、彼女は動揺してはじめた。小百合先輩の幾つもの表情は一つ一つがとても美しくて、見とれてしまいそうになる。彼女のその豊かな表情達や、このように動揺する所も俺は初めて見た。

胸が苦しい。俺が見たこともない表情を彼女かするたびに胸の中心に何か重いものがのしかかる。

近づいてくる足音が止まった。それと同時に美術室の扉が開くのが見える。ああ、もう見たくはない。

「駄目ですよ。ちゃんと見なきゃ……」

できることなら止めてくれと叫びだしたい。この場から逃げ出してしまいたい。
だが体を縛る紅坂さんの蛇体がそれを許してくれなかった。俺は目をつぶった。

「あいたかったわよ……」

小百合先輩の声が聞こえる。目を閉じたとしてもそれは聞こえてしまう。小百合先輩がこれから言おうとしていることが分かってしまう。自分の腕は胴体と一緒に紅坂さんに縛られていて塞ぐことはできない。

「私の気持ちに応えてほしいの……」

嫌だ。こんなもの聞きたくない、知りたくない。だけどもう遅かったのだ。俺は知ってしまった。小百合先輩は今から告白をすると言うことを。俺も見たことのない、向日葵のような溌剌とした笑顔で。

「小百合……俺は……」

相手の声は聞こえない。聞きたくもない。
なんで俺じゃないんだ。瞼の裏の深い暗闇の中で俺は意識を手放す。手放す、一瞬何かカチッと固いものがぶつかり合うような音がきこえたような気がした。





下半身が寒い。
瞼を明るい光が貫く。目を開けると俺は見知らない寝台の上にいた。ここはどこであろうかとあたりを見回す。
なんというか驚く程に殺風景な部屋だ。あるものといえば、このベッドを除いてタンスと机くらいのもので、生活に必要な最低限の物しかない。まるで、マンションの部屋のカタログを見ているかのような気分になった。
もっとこの部屋を探ろうと、体を起こすと寝台に被されている柔らかいシーツに肌が直接擦れた。自分の体を見下ろすと、なぜか俺の服がそこにはない。
俺は何をしていたのだろうか。記憶に霧がかかったようにぼやけている。悪い夢を見ていたような気がする。

「目が覚めましたか。おはようございます白野君」

ぼうっと黄昏れていると寝台のしたから声が聞こえる。嫌な声だ。

「……」

紅坂さんが俺の寝る寝台の下から這い出てきた。だが彼女への恐怖心は起こらなかった。
そうだ、思い出した。小百合先輩が……。

「無視するなんて、白野君酷いです。私が失神した白野君をここまで介抱してあげたんですよ」

彼女は口を膨らませながらこちらを睨んできた。酷いのはどちらのほうなのか、そもそもあんなものを見せつけられて気絶しない方が厳しいだろう。だがもう彼女に何かを言い返すことでさえ面倒に感じて言葉が出てこない。

「……」

「もういいです」

彼女はヘソを曲げて顔を背ける。美術室でのことが無かったかのような、無邪気なやりとり。そうだもういいじゃないか、相手はわからないが小百合先輩には好きな人がいたのだ。小百合先輩への愛を実らせることはついに不可能となった。もう何もかも全てがどうでもいい。

「今はそれよりも……」

そっと寝台に押し倒される。
仰向けにされ、逃げ場をなくすように顔の両側に手を置かれた。彼女のしっとりとした蛇体が足の指先から首筋まで、撫でるように体に絡んできた。素肌が紅坂さんの柔らかい鱗に擦れてとてもこそばゆい。逃げ出さねばならないと心の中で微かに思ったが、俺には抵抗する気力も理由もなくなってしまった。

「ン……」

唇に何かが触れる。唇が触れただけだというのになぜこんなにも心地いいのだろうか。美術室での接吻の激しさとはうってかわって、紅坂さんの唇は人肌の暖かさと絹のような感触を俺に伝えた。
少しして、すぐに紅坂さんは唇を離す。そして鼻と鼻が触れるそうな、距離で彼女は俺をただじっと見つめる。

「フフフ……」

彼女は再び笑う。あの美術室でみせたのと同じ、邪な笑顔だ。

「やっと……やっと私は……」

彼女の顔が俺の胸元へと動いた。

「チュッ……」

何を思ったのだろうか。彼女は俺の乳首を口に含んだ。チロチロと爬虫類特有の糸のように細い舌先が乳首をくすぐる。その細く柔らかい舌先を伝って、彼女の唾液が俺のそれを濡らした。

「ン……ンヂュ……」

そして乾いた肌がその唾液で一通り濡れると紅坂さんはまるで乳飲み子のように俺の乳首にむしゃぶりつき始める。吸い込まれた彼女の口の中では、ころころと飴でも食べるかのように乳首が転がされ、時には甘噛みされる。苦痛とも快感とも分からない感覚が乳首から体中に駆け巡り、俺の全身から汗をふきだたせる。

「ッ……」

グチャリと俺の乳首を吸うその唇から淫らな水音が漏れる。
その余りにも激しい感触に思わず、声が飛びでてしまった。体を動かして、それから逃れようとするが薄く小さい彼女の唇はしっかりと俺のそれを捕らえて放さない。逆に、それに比例するかのようにその吸い尽きは強くなった。

「アッ……ンアッ……」

彼女の形の整った清楚な顔がひょっとこのような下品なものに歪む。普通、男の乳首を自分から吸いたがるものずきはいないと思うのだが、紅坂さんはとても嬉しそうにいやらしい表情で、俺の乳首に口をすぼめている。彼女のその舌使いと淫靡な顔のせいなのか俺の下半身に自然と熱が込み上げてくる。

「ジュルッ……ジュ…ジュパッ、あら……気持ちよかったのですね」

下半身を這う彼女の蛇体に俺の熱いそれが触れると、彼女は俺の乳首を解放して、嬉しそうな顔のままこちらを見下ろした。開放された乳首は赤く腫れ、彼女の粘性のある唾液によってべとべとに汚されている。そして今度は生まれたままの姿である俺のソレに手を伸ばした。熱く硬く、ただ愚直にそこに在るソレを彼女の手は優しく掴んだ。

「いま、楽にしてあげますからね」

彼女の片手がゆっくりとピストン運動を始める。瑞々しい彼女のその手に擦られるたびに、俺のソレはもっと熱く、もっと固くその大きさを変えた。それを見はからったかのように、再び彼女の唇が俺の乳首を隠す。二つの場所を刺激され俺の体を駆け巡る感覚がますます強くなる。心臓の鼓動が加速する。胸の奥から言い表せない、何かが詰まった感覚溢れてくる。体のあらゆる所にそれは伝播していった。

「あッ……ああッ……」

俺のソレが彼女の手の中で爆発した。ソレから白濁し粘ついたものが勢いよく弾けだす。彼女は溢れ出るそれを両手で受け止めた。とめどもなく溢れ出るソレは彼女の綺麗な手を白く汚していく。彼女の手を白く染め上げ尽くしたところで、その爆発はようやく収まった。

「いっぱい出しましたね……」

彼女は手に吐き出されたずっしりと生臭い白濁液にそっと口をつける。
そしてこちらをちらりと一瞥すると、音をたて白濁液をすすり始めだした。はしたない音が部屋中に響く。手の上にあるそれを全て口に収めると紅坂さんは味わうように口を動かし、ゆっくりと喉を鳴らした。

「ふふ……全部飲んでしまいましたよ」

口の中を俺に見せ付けるように、眼前で彼女はこちらに口を大きく開けた。
少し白く濁り、てかてかと光沢を放つ口内からは栗の花と甘いお菓子の入り混じったような香りが漂ってくる。
その情景を目の当たりにし、萎えかけていた俺の下半身は再び力を取り戻した。

「今度はこちらに欲しいです」

俺の体を覆っていた紅坂さんの蛇体が蠢く。紅坂さんは自らの蛇と人間の境界の部分に手をのばした。のばされた先にはうっすらと割れ目が見える。その割れ目からはまるで壊れてしまった水道管のように愛液が溢れ出でている。

「さぁ……来て下さい……」
俺の体は自然と彼女のもとに近づいていった。





「白野くん、私の事好きですか」

見慣れない天井のしみを数えていると、紅坂さんがシャワーから帰ってきた。石鹸の香りを漂わせ扇情的な薄く白いネグリジェが彼女を彩る。三時間前に散々行為をしたというのにまた俺の下半身に熱が溜まり始めた。それとは裏腹に俺の胸のうちにはとても冷たいものができていた。猿のような自分の本能に嫌悪感をおぼえる。

「……」

「……わからない」

「……本当に小百合先輩が好きなのですね」

涙がぽろぽろと、溢れ出してくる。紅坂さんとの一線を越えてもなお、俺の心の中には小百合先輩がいる。どんなに逃げ出したくても忘れたくても小百合先輩が俺の心を苛む。ああ、なんて俺は最低の人間なのだろうか。この世界から消えてなくなってしまいたい。寒い、部屋は暖かいのに凍えるほどに心が冷たくなってしまった。

「ウグッ……ヒグッ……」

「悲しいのですか」

際限なく溢れ出す涙を、ただ床に漏らしていると紅坂さんが寂しそうな顔で見つめていた。そんな表情でこっちを見ないでほしかった。紅坂さんの優しさが突き刺さる。誘惑したのは彼女からであっても事に及んでしまったのは俺自身である。体を許した男が別の女を好きだと言っているのだから彼女が俺を罵倒しよう、が怒りに任せて暴力を振るおうが、あまんじて受け入れる覚悟はあった。

「こんな感情消してしまいたい。いっそのこと死んでしまいたい……」

自己嫌悪と悲壮感から世迷言を呟く。

「消せますよ。その悲しみを消す方法はあります」

紅坂さんの手が背中にまわり、彼女はそのまま俺の頭を胸で抱きしめた。俺はそれにすがりつくように彼女の腰を抱き返す。

「消せるものなら何でもいい、こんな感情消してくれるならなんだってするよ……」

「本当にいいのですか。これをしたら今のあなたは死んでしまいますよ」

それは俺には願ってもないことだ。これ以上の苦痛を俺は受けたくはなかった。今生きているよりはずっとましである。

「ああ……お願いだ、頼むよ……」

俺が言い切ると彼女は俺の頭を離し、片手を俺の胸元にそっと置いた。
すると、色素の薄い紅坂さんの細く小さい手からゆらゆらと淡く青い炎が灯った。その炎は彼女の手から俺の体の中に少しづつ、入って行く。なんだかその炎はとても暖かくて凍えてしまった心には心地が良い。

「―――何でもするという約束、忘れないでくださいね」

もし、生まれ変わる事ができたのならもっと強く生きられるようになりたい。俺はそう思った。
17/05/13 17:42更新 / 単3
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