読切小説
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アルとマティのWAY 第三話「そういえば、いつ隊商を辞めたことになるんだろう」
俺が隊商に加わって、すでに三ヶ月が経過した。
俺に与えられた仕事は荷物の見張り番で、移動中は荷馬車の開いたスペースに乗っているだけだった。
隊商はいくつかの村や町での商取引を繰り返しながら、次第に東へと進んでいた。
そして東へ進むにつれ、三賢人の噂が次第に耳に入ってくるようになった。
曰く、『村を訪れて数日のうちに井戸を一度で掘り当ててしまった』
曰く、『村の近くを流れる川に、大きな水車と製粉所を建設した』
曰く、『村の近くの山に入っていき、山の精霊と契約を交わし木材を自由に調達できるようになった』
などなど。
「しかし・・・どれもこれも胡散くせえな・・・」
紙に書き記した噂や情報を見ながら、俺は改めて三賢人の噂の怪しさに声を漏らしていた。
確かに最初の井戸を一度で掘り当てた、というのはなかなかすごいことだと思う。
だが、近くを川が流れていると言うのに、なぜわざわざ井戸を掘るのだろう?
そして極めつけは、三つ目の噂の続きだった。
曰く、『三賢人が契約のため山に入っていった次の朝、村の近くを流れる川が七色に輝いた』
もはや御伽噺の世界である。
だが、そんな荒唐無稽な噂話とは裏腹に、三賢人の居所についての情報は東に向かうにつれ確固たるものになっていった。
そして、今この隊商が向かっている町の近くに、三賢人の住む村があるという。
「ま、本格的な調査は次の町についてからだな・・・」
俺は情報を記した紙を折りたたむと、荷物の中にしまい込んだ。
『アル!アル!』
不意に荷馬車を覆う幌の上から、高い少女の声が俺の耳に届いた。
『前からなんか来たわよ!』
声の主が布を通り抜け、幌の内側に上半身を突っ込みながら声を上げた。
俺の眼前に逆さにぶら下がっているのは、衣服や髪はおろか肌まで真っ白な少女だった。
「マティ・・・なんか、じゃよくわかんねえよ」
『なんか白いの!白!』
俺は驚きも慌てもせず、興奮して自身の色を連呼する少女に溜息をついた。
彼女はマティアータ。俺が物心ついたときから取り付いている、ゴーストの少女だ。
しかし彼女には生きていた頃の記憶が無いらしく、名前も俺が付けてやったものだ。
そして月の三賢人を探しているのも、彼らなら何か記憶を取り戻す方法を知っているのではないか、という望みからだった。
『とにかくもうすぐすれ違うから!見て見て!』
「はいはい・・・」
俺は座ったまま身をねじると、荷馬車を覆う幌の一部を軽く持ち上げ、外を覗いた。
すると丁度俺の乗っている荷馬車の横を、白いマントを羽織り白いフードを被って、顔を伏せた一団が通っているところだった。
人数は十数人ほどで、一団の後には同じく白で統一された荷馬車が付いていた。
「あれは・・・中央教会の浄罪士だな・・・」
『じょうざいし?』
馬車の荷台に掲げられた紋章を見ての言葉に、マティが疑問符を浮かべた。
「ああ、異教徒や魔物、魔物と通じた人間を拷問にかけて回っている連中らしい・・・聞いた話だけどな」
よっぽど確実な証拠が無い限り人を捕らえたりはしないとも聞いたことがあるので、異端審問官よりは安全だと言えよう。
だが、それでもそんな危険な連中が側を通っているのは心臓に悪い。
持ち上げていた幌をから顔を離すと、俺は彼女に向き直った。
「念のためだ・・・マティ、馬車に隠れろ」
『うん・・・』
普段と比べるとやたら素直な返答と共に、彼女は幌を通り抜ける、ゆっくりと馬車の床に降りていった。
その煙の塊のようになった下半身が床板に触れる寸前、二本の足の形をとって、彼女は床の上に降り立つ。
『それにしても・・・ちょっと怖いわね・・・』
「ああ、俺もだ。前に浄罪士は見たことがあるが、こんな人数で移動しているのは初めてだ・・・しかし、何かあったのかな・・・?」
再び外を覗いてみれば、既に浄罪士の一団は隊商から離れつつあるところだった。
『前の町で、この辺りの墓地が立て続けに荒らされてるって聞いたけど・・・それかしら?』
「かも、な・・・もっとも、俺たちには関係ないだろうがな」
浄罪士たちが十分に離れたのを見届けると、俺は持ち上げていた幌を元に戻した。









その夜、俺たちは街隊商の設営したキャンプでくつろいでいた。
隊商はその荷物の多さと人数のため、歩みが遅い。
普通ならば馬で半日の道も、二日は掛かってしまうのだ。
そのため移動中はこうして街道近くの草原などにキャンプを設営し、夜を明かすのだ。
『ねえ、アル』
横になり、軽く目を閉じた俺にマティが話し掛けてきた。
『ちょっと散歩してきていい?』
「好きにしろ。あまり遠くに行くなよ」
彼女の姿や声は俺にしか見聞きできないため、寝言とも思える程度の低い声で返答を返しておく。
すると、微かな音と共に彼女の気配が消えた。
背の高い草のせいで横になっていると何も見えないが、近くの森にでも行くつもりなのだろう。
恐らく今回も何も得られないのだろうが、少しでもマティの気晴らしになると言うのならそれでいい。
「・・・・・・」
俺は本格的に眠るべく、軽く身体を揺らして体制を整えると、毛布を被りなおした。
毛布が俺の体温を閉じ込め、次第に呼吸が落ち着いていく。
段々手足の感覚が曖昧になってゆき、意識がどこか深いところへ・・・
『アル!大変よ!』
突然の大声に、まどろみに沈みかけていた俺の意識が緊急浮上する。
『大変!なんかたくさんいる!』
「え?あ?大平原?ナン固く酸要る?」
『寝ぼけてないで起きろ!』
何が起こったのかいまいち理解していない俺を起こすように、彼女は肩に手をかけると大声を張り上げた。
『なんか囲まれてるのよ!』
「あー分かった分かった・・・」
揺すりこそしないが耳をつんざく声量に、俺の意識はすっかり覚醒した。
辺りで眠る隊商の仲間を気にしつつ、俺は低い声で問いかけた。
「囲まれてるって・・・相手と人数は?」
『誰かは良く分からなかったわ・・・でも人数は・・・三十人くらい?』
「三十人か・・・」
大体隊商の人数と同じぐらいだが、隊商で戦力になるのは護衛の傭兵の十人ぐらいだ。
圧倒的に不利だといえる。
「とりあえず、俺は団長に伝えてくる。お前は相手の動きを見張って、何かあったら俺に伝えろ」
『分かった』
白い少女は大きく頷くと、そのまま夜空に向けて飛んでいった。
俺は毛布から抜け出すと、なるべく静かに、しかし急いで団長の下へ向かった。
「すみません」
団長一家の乗っている馬車を守る傭兵に、声をかける。
「何の用だ」
「団長に伝えたいことがあって・・・その、何者かが草原に潜んでいるようなんです」
「何ぃ?」
明らかに不審そうな表情を、傭兵は浮かべた。
「信じられないかもしれないけど、本当なんです。早くここから移動しないと・・・」
「しかし・・・俺には何も見えないぞ」
わざと左右をきょろきょろと見回しながら、傭兵が言う。
「ええとそれは・・・俺、昔殺されかけたことがあって、それ以来他人の殺気が分かるようになったんです」
適当に話をでっち上げながら、何とか傭兵を説得しようと試みる。
「ですから、団長にお知らせして移動しないと大変なことに・・・」
「ほぉ・・・でも俺だって何度も殺されかけてるが、他人の殺気なんてわからねえぞ」
「いや、だから・・・」
微かな苛立ちを抑えながら説得を続けようとした、その時だった。
どこからか角笛の音が響いた。
見張りの傭兵が持たされている、何かがあったときのための合図の角笛だ。
とっさにキャンプを囲む草むらに目を向けると、街道とは反対の方から人影が現れるところだった。
「すまん、また後でな・・・敵襲だぁっ!!」
話をしていた傭兵が声をあげ、隊商のメンバーが次々に起き出してくる。
「止まれ!何者だ!」
傭兵が声を張り上げるが、人影は止まる様子も無くこちらに向かってくる。
「止まらんと撃つぞ!」
しかし人影は止まらない。
彼達は手にした弓を構えると、草むらから現れる人影に向けて矢を放ち始めた。
引き絞られた弓から放たれた矢は、一直線に目標に向かって突き進むと、狙い違わず命中した。
だが、人影は小さく揺れこそしたものの、身体に矢を突き立てたまま歩み寄ってきた。
「クソ・・・!」
傭兵が苦々しげに声を漏らし、続く矢をつがえ、放つ。
だが、人影たちの動きを止めるには至らなかった。
やがて、キャンプの中央で燃える炎の光の範囲に、人影たちが入ってきた。
揺れる炎に照らし出されたのは、ボロボロの衣服を身に纏った、異様に血色の悪い女達だった。
虚ろな瞳は何も映しておらず、半開きの口からは呼吸音と共にうめきのような声が漏れていた。
「ゾンビか・・・!」
傭兵が引き絞っていた弓を緩めると、団長の馬車に向けて声を上げた。
「団長!ゾンビの一団の襲撃です!俺たちで時間を稼ぎますので、街道へ抜けて逃げて下さい!」
そして返事を聞く前に腰の剣を抜くと、俺に顔を向けて言った。
「おい、お前も手伝ってくれ!」
「手伝うって・・・」
「手足切り落として時間稼ぐだけでいいんだ!馬車が動き始めたらお前は引いていい!」
そこまで言うと彼は駆け出し、すでにゾンビ相手に剣を振るい始めている仲間に加わっていった。
馬車のほうに目を向けてみると、メンバー達の手によって荷物がまとめられ、出発の準備をしている最中だった。
まだゾンビたちはマティの言っていた数の半分ほどしかいないが、これなら逃げ切れるかもしれない。
「う、うぉぉぉ〜〜〜!」
腰の剣を抜くと、俺は声を上げながら突貫した。
そして、傭兵達の間をすり抜けて進もうとしていたゾンビの一体に斬りかかった。
碌に手入れをしていないなまくら刃が、彼女のむき出しの肩に浅く食いこんで止まる。
駄目だこのなまくら。次の町で売り飛ばそう。生きていたらの話だが。
「あぁぁ〜〜〜」
「わっ、クソ、離れろ!」
肩口に剣を食い込ませたまま寄ってくるゾンビを蹴倒し、距離をとる。
辺りを見回すと、傭兵達もゾンビが少女の姿をしているせいか、硬直した筋肉のせいか手足を切り飛ばすほどの戦果を上げていない。
だが、馬車が出発するまでの時間稼ぎにはなりそうだった。
背後に視線を向けると、既に荷物はほとんど積み込まれ、数台の馬車がまさに動き出そうとしているところだった。
「もう少しだ!」
傭兵の誰かが声を張り上げる。
「もう少しで馬車が動き出す!もう少し踏ん張るぞ!」
『おうっ!!』
身体に刃を受けながらもなおも向かってくるゾンビたちを押し留めながら、彼らは声を上げた。
その声に、俺の内にゾンビを押し留めなければ、と言う義務感が生まれる。
実際のところは戦闘要員などではなく、ただの足手まといでしかないのだと言うのにだ。
「あ〜〜」
先程蹴倒したゾンビが、ずるずると這い寄ってくる。
早く馬車に乗らねば、という焦りと、もう少し時間を稼がねば、という義務感が俺の心中でぶつかり合う。
だが、突然俺の耳朶を高く大きな声が打ち据えた。
『アル!大変!』
「何だ!なるべく短く!」
馬車とゾンビの距離を推し量りながら、俺はいつの間にかそばで浮遊していたマティに言った。
『大変なのよ!相手の数が減ってたから探してたんだけど、今残りの連中が街道とここの中間に隠れてるわ!』
「ちょっと待て、それって・・・」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
俺の言葉に割り込むように、叫び声が後ろから響いた。
とっさに振り返ると、丁度草むらから出てきたゾンビたちが馬車を襲っているところだった。
速度の遅い馬車にしがみつき、のぼり、御者に掴みかかる。
御者の制御を離れ、ゾンビや先ほどからの雰囲気に興奮した馬が暴走し、数台の馬車同士が激突し転倒していく。
「ば、馬車が襲われたぞ!」
「早く逃げろ!」
まだ出発していなかった馬車が、我先にと転倒した馬車の脇を走り抜け、街道へと逃げ出していく。
やがて、キャンプとその周辺には俺たちと転倒した数台の馬車だけが取り残された。
「そんな・・・挟まれていた、だと・・・?」
さっき俺と会話していた傭兵が、呆然と呟いた。
無理も無い。本来ゾンビは思考能力も無く、ただ彷徨って犠牲者を襲うだけなのだ。
こんな、挟撃なんて作戦を思いつけるはずが無い。
だというのに、どうして・・・
「っ!そうか・・・おい、マティ!きっとこの近くにゾンビを操っている奴が隠れているはずだ!探してきてくれ!」
俺の側で漂う幽霊少女に向けて、簡単に命じる。
『分かったわ』
普段と違ってやたら素直に俺の頼みを聞くと、彼女は夜空に舞い上がり術者を探して飛んでいった。
「うわぁっ!?」
新たなゾンビの一団の出現や、馬車の店頭に気を取られた傭兵が悲鳴を上げる。
いつの間にか接近していた彼女らは、人数に物を言わせて傭兵を押し倒しに掛かっていた。
「あぁぁぁああああっ!?」
「うぁあああああっ!!」
馬車の方からも、犠牲者の声が響いた。
「クソ・・・全員良く聞け!」
傭兵の一人が、未だ襲われていない者たちを呼び、注意を集めた。
「今から俺たちが、連中の薄いところを狙って退路を開く!後は街道へ出て、全員で目的地まで走るんだ!」
じわじわと俺たちを囲み、寄ってくるゾンビを睨みつけながら、彼はそう言った。
だが、もはや四方はゾンビに囲まれており、退路を開こうにも薄い場所などほとんど無かった。
「あ〜〜」
いつの間にか俺の側まで這い寄っていたゾンビが、俺の足首を掴む。
「うわっ!?く、放せ!」
足を掴む手に蹴りを入れるが、彼女は放すどころか俺を引っ張った。
突然の力に重心が狂い、地面に倒れ伏してしまう。
「あ〜」
「うわっ、放せ、放せ!」
足を掴み、這いずり寄ってくるゾンビから逃れようともがくが、じりじりと顔が接近してくる。
やがて俺の胸元まで来たところで、彼女はぽかんと開けていた口を大きく開いた。
「止まれ!」
そして俺の首筋に歯を立てようとした瞬間、当たり一帯に高い声が響いた。
同時に、俺に乗っていたゾンビを含め、ずべてのゾンビがその動きを止める。
「やあやあ諸君、夜分失礼したね」
街道と反対側、森の方の草を掻き分けながら、言葉と共に新たな人影が現れた。
「さて、この場に残った君達は十四人。対する我々は三十二人。争うのは得策とはいえない」
口上と共に歩み寄ってくるのは、十代半ばにすら達していないであろう女の子であった。
しかし彼女の被る三角形の帽子と、その手に握られた動物の頭蓋のついた錫杖が、彼女が魔女だということを示していた。
「というわけで、大人しく我々にしたがってもらえると嬉しいのだが・・・どうかな?」
「まず、名を名乗れ」
俺たちをまとめようとしていた傭兵が、魔女に問いかけた。
「失礼、わたしは死霊使いのティナだ。以後宜しく」
錫杖を握ったままスカートの端をつまみ、恭しく一礼しながら彼女は名乗った。







その後、俺たちはゾンビに左右を挟まれたまま、森の奥へと一列で歩かされた。
幸いというべきかどうかは分からないが、マティは姿を隠したままだった。
木々の隙間から差し込む月明かりを頼りに、大人しく着いていったところ、不意に視界が開けた。
そこは森の中に出来た木の生えていない空間で、そこには屋敷然とした建物が建っていた。
だが、碌に手入れされていないせいか窓は割れており、壁や屋根にも所々穴が見受けられた。
数十年前に打ち捨てられたどこかの貴族の別荘、といったところだろうか。
広間に俺たちを通すと、魔女は軽く指を鳴らした。
直後、広間に置かれていた燭台に一斉に灯がともる。
「全員座れ」
部屋の壁に沿って整列するゾンビたちを苦々しく眺めながら、俺たちは魔女の言葉に従った。
「さて」
そしてそのままなんでもない様子で、彼女は豪奢な造りの椅子に腰掛けた。
「簡単な話をしよう・・・実はわたしは、とある事情によりある程度の兵力が必要なのだ」
錫杖を抱きかかえ、顎を軽く指先でなぞりながら彼女は続ける。
「しかし私には人を雇える金も無い。男どもを篭絡して従えようにも時間が掛かりすぎる。というわけで手っ取り早く、兵を作ることにしたのだよ」
「兵って、ゾンビのことか」
「ああ、その通りだ」
誰かが発した言葉に、彼女は頷いて見せた。
「最近、近隣の町で墓荒らしが続いてるってのも、アンタの仕業か」
「その通り。とは言っても、わたしが暴いたのは最初の墓だけで、残りはゾンビにさせたのだがな」
マティの言葉を思い出しながらの俺の問いにも、彼女は律儀に応じた。
「それで・・・俺たちに何をさせるんだ」
痺れを切らしたように、傭兵の一人が声を上げた。
「何簡単なことだ。私の兵たちに魔力を補充してもらいたい。彼女らの知能ではまだ、兵としては使いづらいからな」
少女の姿ばかりのゾンビに魔力を補充する。それが意味するところはただ一つだった。
「・・・それでは・・・」
肘掛に載せていた手を軽く上げると、彼女は振り下ろしながら続けた。
「いいぞ」
合図と共に、壁際に並んでいたゾンビたちが一斉に動き出す。
「わぁ・・・!」
「逃げ・・・!」
幾人かが立ち上がり、逃げ出そうとするが出入り口は既にゾンビたちの向こうだ。
それどころか彼女らは、部屋の中央に座り込む俺たち向けて、徐々に歩み寄ってきていた。
「・・・ええい!うぉぉおおおお!」
捕らえられていた荷物運びの少年が、声を上げながら出入り口向けて走り出す。
無論間に立ちはばかるゾンビたちに受け止められるが、彼はなおも突き進もうとしていた。
「クソ!どけ!」
ゾンビたちの間に分け入り、強引に通り抜けようとする。
だが、すぐに彼の手はゾンビに捕らえられ、その声に恐怖が混ざり始めた。
「く・・・放せ!放してくれ・・・!あ、ああっ!」
一体のゾンビが彼に後ろから抱き付いて動きを封じ、もう一体がその衣服を引き裂く。
そして下着の下から現れた、恐怖によって縮こまった少年のペニスを、彼女は半開きの口で咥えた。
「あぁっ!」
ゾンビはペニスを口に含んだまま、のそのそとその頭を前後に揺する。
だが、口内の感触は彼に耐え難い快感をもたらしているらしく、少年は嬌声を上げていた。
「うぁぁ・・・あぁっ!」
羽交い絞めにされたまま逃れようと彼はもがくが、次第にその動きが小さくなっていく。
やがて、少年は小さく痙攣すると、全身を脱力させた。
「あ〜」
ゾンビの少女が口中からペニスを開放し、声を漏らす。
すると、彼女の青ざめた唇の端から、白く濁った粘液が垂れた。
「うわぁっ!!」
「ああっ!」
背後から叫びが響き、俺はとっさに振り返った。
すると、反対側のゾンビたちが男たちに襲い掛かっているところだった。
どうやら少年の痴態に気を取られているうちに、接近を許していたらしい。
「や、止めろ・・・!」
「あぁっ!あぁぁ!」
「あ、あ〜」
男たちの恐怖の叫びと嬌声、そしてゾンビのうめき声が広間に響く。
俺は内心焦りながら、脱出口を見つけようと視線をめぐらせていた。
すると、不意に俺の肩を何者かがつかむ。
「っ・・・!」
振り向こうとした瞬間俺の身体は引き倒され、床に背中を強く打ち付けた。
痛みに一瞬息がつまり、一時的に完全に無抵抗になってしまう。
その間に何者かが俺のズボンに手を掛け引き剥がすと、むき出しになった腰の上に座り込んだ。
「が・・・はっ・・・!」
痛みが引き、霞む眼の焦点を強引にあわせると、俺の上に跨る茶髪のゾンビの姿が目に入った。
「あ〜」
ゾンビが口を半開きにしたまま、ぎくしゃくとした動きで腰を揺すり始めた。
彼女の股間と俺の下腹部に挟まれたペニスが、ぐにぐにと揉まれていく。
「や、止めろ・・・!」
起き上がってゾンビを突き飛ばそうとするが、それは加勢するように手を伸ばした別なゾンビによって阻まれた。
押さえ込まれ、強引に仰向けにされることで、オレを拘束するゾンビの姿が眼に入る。
それは金髪のショートヘアのゾンビだった。だが、肩口に浅い切り傷がある。
暗かったせいで顔は良く分からなかったが、傷跡はあの時俺が斬り付けたゾンビだということを主張していた。
「あ、あ、あ〜」
腰の動きで肺が動くせいだろうか。俺に跨るゾンビが、途切れ途切れのうめきを漏らす。
生命を感じさせない瞳や肌、力の無いうめき声。
そういった死体を思わせる彼女らの全てが、俺に嫌悪感を与えていた。
だが、その嫌悪感とは裏腹に、俺のペニスは茶髪のゾンビの性器を擦り付けられて、次第に屹立しつつあった。
膣口から漏れ出した体液がすべりを良くし、股間の弛緩した筋肉が裏筋を優しく包む。
ひんやりとした彼女の肉は俺の体温とその動きによって次第に温もりを取り戻し、俺に与える快感を次第に膨らませつつあった。
「やめ、ろ・・・う・・・」
ペニスから這い登ってくる快感が、無視できぬほど大きなものになっていく。
やがて俺の肉棒は、彼女の女陰の下で完全に勃起していた。
「あ、あ〜」
心なしか嬉しげに彼女はうめくと、前後に揺すっていた腰の動きを止め、軽く身体を浮かせた。
押さえつけられていたペニスが起き上がり、ゾンビの薄く開いた膣口に亀頭が触れた。
瞬間、俺にはゾンビが薄く笑みを浮かべたような気がした。
直後、彼女は腰を下ろし、自身の胎内に俺の肉棒を根元まで咥えこんだ。
奥から滲み出した体液と弛緩した膣はスムーズに勃起を受け入れ、ひんやりとした肉を絡みつかせた。
「うっ・・・!」
「あ〜」
嫌悪感が胸中で膨れ上がると同時に、ゾンビが腰を揺する。
俺と彼女の繋がった場所から、ぐちゅぐちゅと泥濘を踏みつけるような音が響いてきた。
そして、俺の肉棒の熱が彼女の胎内に移り、その内部が温もりを帯びていくに連れ、嫌悪感は息を潜めていった。
「やめ・・・く・・・ぅ・・・!」
拒絶の言葉も言えぬうちに、快感が俺の意識を犯し始める。
そもそも動けないのだが、腰を揺するゾンビを突き飛ばそうとする腕から力が抜け、抵抗の意思が萎えていく。
それとは裏腹に、ゾンビの腐敗寸前の膣内で肉棒は小さく脈打つほど屹立しており、絡みつく肉の与える悦びに小さく震えていた。
「や・・・あぁ・・・うぅ・・・!」
言葉がのど奥で押し潰され、代わりに嬌声が口から漏れ出る。
「あぁぁあああ〜〜」
俺の上で腰を揺するゾンビもまた快感の、あるいは射精をねだるかのようにも聞こえるうめき声を漏らした。
崩れかけた肉壁の間で、ペニスが心臓の鼓動に合わせるように大きく脈打ち始める。
そして俺は限界に達し、死体の体奥に精液を注ぎ込んだ。
「あぁっ・・・!あぁ・・・!」
背徳、嫌悪、恐怖。そういった一切の感情が興奮を高め、快感を膨らませ、射精の勢いを増させる。
噴出する白濁は、弛緩しきった膣の奥に注ぎ込まれていった。
「あ〜あ、ああ〜」
やがて俺の射精が終わった頃、彼女は揺すっていた腰を止めると、俺の体から立ち上がった。
女陰からペニスが引き抜かれてもなお、そこはペニスを咥えているかのように大きく口を開いていた。
そしてそこから、俺の精液と彼女の体液の混ざったものが、涎のように垂れ落ちた。






「そこの君」
立ち上がったゾンビの股間に目を奪われていた俺の耳に、魔女の声が届いた。
ふと顔を向けると、ゾンビたちに組み敷かれ声を上げる男たちの向こうで、彼女は椅子に腰掛けたまま俺のほうを見ていた。
「ちょっと話があるんだが、話し辛いな・・・よし、連れて来い」
彼女の命令に、俺の相手をしていたゾンビに体が俺の身体を抱え上げ、彼女の椅子の前まで運んでいった。
「君は・・・もしかして、死霊使いかね?」
「・・・いや・・・」
死霊、という単語に一人の少女の顔が思い浮かぶ。
だが、俺は努めて平静を保ちながら否定した。
「ということは・・・あれは君が使っているわけじゃないんだな」
言葉と共に、魔女は手にしていた錫杖を掲げた。
同時に錫杖を飾る動物の頭蓋が大きく口を開き、白く濃密な煙を吐き出す。
煙は辺りに四散せず、一直線に広間の壁向けて突き進む。
一塊であった煙が五本の枝を伸ばし、まるで手のような形になったところで、煙は壁の向こうへ通り抜けていった。
『きゃぁぁぁっ!?』
「マティ・・・!?」
壁の向こうから響いた高い悲鳴に、俺は幽霊少女の名を呼んでいた。
「ほう、マティというのかね・・・この少女は」
魔女が錫杖を軽く揺すると、頭蓋の口から伸びていた煙が引き戻され、その先端が壁を通り抜けて現れた。
魔女の放つ煙の手に捕まっていたのは、まさにマティであった。
しかも、スカートから除く彼女の足は一塊の煙と化しており、彼女が自在に空を飛び、何でも通り抜けられる状態にあることを示していた。
「これはなかなかいいゴーストだな・・・丁度偵察係が欲しかったところでね、ははは」
『く、この・・・放せ・・・!』
マティがもがくが煙は彼女を放さず、魔女の側まで引きずり寄せてきた。
「ふうん・・・意識もはっきりしていて、かなり上質のゴーストみたい・・・ねえ君、今の宿主からわたしに憑いてみない?」
『お断りよ!』
つばが吐けたら実際に吐き掛けそうな勢いで、マティは応えた。
「なら結構。君を従える方法はいくらでもあるからね・・・」
魔女は町から視線を俺に移すと、続けた。
「ちょっと協力してもらうよ」
「へっ、お断りだ」
「問題ない。君の意思は関係ないからね・・・始めろ」
魔女の最後の言葉に、俺を抑える二人のゾンビが動いた。
茶髪のゾンビが俺を押し倒し、強引に唇を重ねてきたのだ。
半開きの口に唇を吸われ、冷えた少し固さの残る舌が口内に押し入る。
舌は唾液と何かの粘液に塗れており、驚くほど俺の口奥まで入り込んでそれを塗りつけていく。
俺は必死にゾンビの肩に手をやり、押し返そうとするがびくともしなかった。
「ん〜〜」
唇を重ねたままだというのに、彼女はうめきをもらしながら舌を絡め、歯茎や頬の内側をなぞっていった。
ひんやりとした舌の感触に嫌悪感を覚えながらも、自然と肉棒が屹立していく。
すると、露出したままのペニスをひんやりとした何かが包み込んだ。
弛緩しきった筋肉と、崩れかけの肉壁が織り成す倒錯的な心地よさ。
そう、ゾンビの胎内だ。
恐らく金髪のゾンビが跨っているのだろう。
だが、それだけでは止まらなかった。
不意にむき出しの俺の腹を、ひんやりとしたものがなぞった。
「っ!?」
新たに加わった何者かに驚いている間に、俺の衣服を脱がせながら、身体に触れる冷たいものが一つまた一つと数を増していく。
俺がどうにか首をねじって目を限界まで広間の中央へ向けると、そこには男とゾンビが一体ずつで交わっている様子が目に入った。
そして、残りのゾンビは全て、順番待ちでもするかのように俺の周りに立っていたのだ。
「ゴーストを強制的に支配下に置くには、目的のゴーストを手元に拘束することから始める」
ゾンビたちの体とうめき声の向こうから、魔女の言葉が届いた。
「仮にそのゴーストに宿主がいる場合は、宿主も拘束しておく必要がある」
魔女の言葉が耳に届くが、ペニスに絡みつく肉壺と重ねられた唇、そして全身を這いまわる舌が思考を鈍らせる。
「宿主は徹底的に消耗させて意識を失う直前、死ぬ直前まで追い込む」
二つの舌が、同時に俺の乳首をぐるりとなぞり、ペニスを包む肉が大きく上下した。
倒錯的な興奮が一気に膨れ上がり、絶頂に達する。
「然る後に、然るべき呪文を唱えることにより、ゴーストの宿主を自身に移し変えることが出来る・・・分かったかな?」
『どうでも、いいから早くアルを放してよ!』
ゾンビの死んだ子宮に精液を注ぎ込みながら、俺はマティの涙声を聞いていた。
「何、安心したまえ。まだ彼はゾンビの魔力補給に使えるから、殺したりはしない。死ぬ直前まで消耗してもらうだけだ」
射精が止まるとペニスが開放され、数秒の間を置いて半萎えの肉棒を新たな肉壺が飲み込んでいく。
少しだけ感触の違う膣壁と、俺の全身を這い回る舌が興奮を再燃させ、勃起を促す。
ゾンビたちの体液と俺自身の精液に塗れたペニスを、肉壁が絡みついて刺激と快感を注ぎ込んでいた。
やがて大きな腰の動きによる摩擦が俺を絶頂へ押し上げ、射精へと導く。
射精が終われば相手が変わり、再びペニスが肉穴に埋まる。
射精するたびに俺の意識が削れ、絶頂を迎えるたびに正気が溶けていく。
「・・・そろそろ頃合、かな」
誰の声かはよく分からないが、そんな言葉が俺の耳朶を打つ。
「バタリ・アンーサ・ンゲリッ」
ゾンビたちの向こうから、魔女が静かに詠唱する呪文が聞こえた。
「アバイ・オハァ・ザッドシ」
意味も分からず、正確に文字に書き記すことさえ不可能な発音で、彼女は言葉を連ねていく。
「リヨゥ・ウノーボ・ンオー」
高く、低く、調子が変わり、見えざる何かが息づくのを感じる。
「ドリブ・レーイ・ンデー・ツド」
歌のようにも聞こえる呪文の詠唱が、耳から頭に染みこんで来る。
「アクー・マノォド・クゥドク」
次第に彼女の声が大きくなり、呪文の終わりが近いことが分かる。
「オバ・アーチャ・ンー」
そして、錫杖の石突が床を打つ音と共に、詠唱が終わった。
辺りから言葉が消え、俺の耳にはただ肉の絡み合う音だけが届いていた。
『・・・・・・あれ・・・?』
聞き覚えのある声が、不思議そうな声音で言った。
『なんとも・・・ない?』
「・・・まだ足りなかったか?」
パチン、と何者かが指を鳴らすと同時に、ペニスに絡みつく肉が思い切りそれを締め上げた。
急速に高まった刺激に、俺は一瞬で絶頂へ押し上げられ、数滴の白濁を漏らした。
「バタリ・アンーサ・ンゲリッ・アバイ・オハァ・ザッドシ・リヨゥ・ウノーボ・ンオー・ドリブ・レーイ・ンデー・ツド・アクー・マノォド・クゥドク・オバ・アーチャ・ンー」
いささか急ぎ足の詠唱の後、錫上の石突が床を打つ。
『・・・なんとも無い・・・』
だが返ってきたのは、やはり不審そうな少女の声だった。
「なぜだ・・・?」
指を鳴らし、膣が締まり、精液が迸り、呪文が唱えられ、石突が床を打つ。
「なぜなのだ・・・?」
指を鳴らし、膣が締まり、精液が迸り、呪文が唱えられ、石突が床を打つ。
「なぜ宿主が変わらない・・・?」
指を鳴らし、膣が締まり、精液が迸り、呪文が唱えられ、石突が床を打つ。
「なぜこんなことが・・・?」
指を鳴らし、膣が締まり、精液が迸り、意識が一瞬霞み、呪文が唱えられ、石突が床を打つ。
「なぜだなぜだなぜだなぜだ・・・!?」
指を鳴らし、膣が締まり、精液が迸り、意識が一瞬霞み、呪文が唱えられ、石突が床を打つ。
指を鳴らし、膣が締まり、精液が迸り、耳が鳴り、呪文が唱えられ、石突が床を打つ。
指を鳴らし、膣が締まり、精液が迸り、目が霞み、呪文が唱えられ、石突が床を打つ。
『・・・どうも、アンタには私を扱えないようね・・・』
変わらぬ少女の声が、焦りを滲ませるもう一つの声に向けて告げた。
「そんな・・・馬鹿げたことが・・・くっ!バタリ・アンーサ・ンゲリッ・アバイ・オハァ・ザッドシ・リヨゥ・ウノーボ・ンオー・ドリブ・レーイ・ンデー・ツド・アクー・マノォド・クゥドク・オバ・アーチャ・ンー!」
詠唱の後に石突が床を打つが、何も変わらない。
『・・・ほらね・・・』
少女の声には、勝利を確信した響きがあった。
『それに、もうそろそろおしまいの様ね』
「・・・何・・・!?」
一方の声から滲み出す焦燥が一気にその色を増した瞬間、破砕音が俺の耳を打った。
「ええい、もう気が付いたか・・・立て!」
苦々しげな声と共に、俺の身体に覆いかぶさっていたゾンビたちが、一斉に立ち上がった。
直後、再び破砕音が響く。
「一番から十番までは扉を押さえろ!十一番から二十七番までは待機!残りはわたしについて来い!」
ゾンビたちが俺の側を離れて視界が開け、ようやく辺りの様子が目に入った。
広間の床には十数人の男たちが横たわっており、いずれも酷い疲労を滲ませている。
一方広間の幾つものひびが入った大扉には、十数体のゾンビが取り付き、押さえ込んでいた。
そして扉の反対側、豪奢な造りの椅子の側にも十数体のゾンビが立っており、その間に三角帽子を被った少女と、白い少女がいた。
「・・・・・・今回は見逃してやる・・・」
『そう、ありがと』
三角帽子の少女の言葉に、宙に浮かぶ白い少女が笑みを返した。
すると三角帽子の少女は踵を返すし、椅子の後ろの壁にあった普通の大きさの扉を開いて声を上げた。
「一番から二十七番!応戦して時間を稼げ!」
直後、大扉が破砕音と共に砕けて開き、三角帽子の少女とゾンビたちが扉の向こうへ駆けていった。
『アル!アル!しっかりして!』
目の前の少女の顔、視界の端に映る白い幾つもの影、心配そうな少女の声、肩に触れる彼女の手。
そんなものを見、聞き、感じながら、俺はゆっくりと失神していった。
(ああ、忘れてた)
薄れ行く意識の中、俺はひとつのことを思い出していた。
(あいつ・・・マティって言ったな・・・)









目を開くと、木目の天井が最初に視界に入った。
「・・・・・・」
『っ!アル!目が覚めたのね!』
視界の端からマティが顔をのぞかせ、驚きと喜びに満ちた表情を俺に見せつけた。
俺は寝たまま急いで視線をめぐらせると、室内にマティとは別の人影を認めた。
「うぅ・・・」
「ん?ああ、目が覚めたか」
わざと声を漏らすと、カバンに荷物を詰めていた男が振り返り、そう声を上げる。
少々平らな顔立ちは彼がジパングの出身か、その血が流れていることを示していた。
「今帰ろうとしていたんだが・・・まあいい」
『よがっだぁ〜・・・死んじゃうかとおもってたぁ〜』
「はぁ・・・ええと、ここは?」
半泣きで俺の胸に顔を押し付ける彼女を無視しながら、俺は男に問いかけた。
マティの姿が俺以外の人間には見えないので、不用意に彼女に応えるのは危険だからだ。
「ファレンゲーヘ、という町の病院だ。君の所属していた隊商の、次の目的地だったかな」
男はベッドの側まで歩み寄ると、そこにあった椅子に腰掛けながら続けた。
「ちなみに私はこの町の近くの、エルンデルストという村から呼ばれた・・・まあ、医者だ」
『アル〜!アル〜!』
「そうか・・・それで、どうして俺は助かったんだ?」
男の言葉が霞むほどの大声で俺の名を呼ぶマティを無視し続けながら、俺は問いを重ねる。
「何、浄罪士の一団があの廃屋に突入したからだ」
「浄罪士・・・」
失神する直前に見た、幾つもの白い影が浄罪士の一団であったと聞かされ、俺の顔が少し強張った。
「この辺りで頻発している死体泥棒の調査のために来ていた連中が、君の隊商の逃げ延びた連中から聞いて動いたらしい。まあ、実際のところはあの死霊使いが動くのを待ち構えていたようだがな」
「・・・・・・」
異教徒や魔物を拷問にかけるぐらいしか能が無いと思っていた浄罪士の活躍に、俺は内心複雑だった。
「それはそうと、君もかなり危なかったぞ」
「え?」
不意に放たれたわけの分からない言葉に、俺は呆けた声を漏らした。
「死霊使いが逃げ出すのと同時に姿を隠したらしいから良かったものの、その幽霊のお嬢さんを連中に見られていたらどうなっていたか・・・」
「幽霊のお嬢さん!?」
シーツを跳ね除け、ベッドから上体を起こしながら俺は叫んでいた。
「マティが・・・彼女が見えるのか!?」
「あぁ、はっきりとね。昨夜のことについての簡単な話は、君の診察をしながら聞いたよ。詳しくは彼女から聞くといい」
なんでもないことのように彼は視線をマティに向けながら、一つ頷いた。
「まあ、さっきから彼女を無視してたのにも何か理由があるのだろう?詳しくは聞かんがな」
混乱する俺と、ベッドに顔を埋めたまま嗚咽を漏らすマティを見やると、彼は椅子から立ち上がり、カバンに手を伸ばした。
「じゃあ後は、ゆっくり休んで体力をつければ退院だ。お大事にな」
「・・・っ!待ってくれ!」
部屋のドアを開き、出て行こうとした男を俺は呼び止めた。
「一つ、質問が」
「何だ?日のあるうちに村に帰りたいのだが」
「月の三賢人、ってのを知ってるか?」
この男はエルンデルストという村から来たと言っていたが、ここで三賢人について聞いておけば、その分情報収集の手間が省ける。
そう思っての問い掛けだった。
「月の三賢人・・・か」
男は肩越しに振り返りながら答えた。
「このあたりではそう呼ばれている」
「え・・・?」
呆然とする俺をそのままに、男は部屋を出るとドアを閉ざしていった。
「アル〜!アル〜!うぉぉん!!」
もはや嗚咽は号泣に変わっていたが、今の俺は何も出来なかった。

10/01/04 09:47更新 / 十二屋月蝕

■作者メッセージ
アルベルトの隊商が、数々の難関を越えようやく東の町、ファレンゲーヘにたどり着きました。
道中ホーネットの群れと睨み合いになり、オークの強盗団に襲われたり、ゴブリンの私設関所を通り抜けるために男たち総出で相手をしてやったりと、色々ありましたね。
書いてませんけど。
まあ、そんなこんなで「アルとマティのWAY」も方向性が定まりました。
具体的なお話の方向性は、次回のあとがきでしましょう。
長くなるかもしれませんが、お付き合いいただけたら幸いです。

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