連載小説
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とある逃亡者の新しい日常。(後篇)
「どう、して?」

 生まれた初めて出した声は、まるで他人の声のように感じられた。
 舌が絡まり、うまく発音できない。話すという事は、こんなにも難しいことだったのか。

「どうし、て?」

 もう一度試みるも、やはり声はうまく届かない。
 他人に思いを伝えるのは、こんなにも難しい。どうすれば、この思いは伝わるのか。
 なぜ、ソレはあんな顔をしたのか。
 なぜ、ソレは私を拒絶したのか。
 なぜ――彼は、私を助けたのか。
 知りたいと、思う。今までにないほど強い思いで、彼女はそれを渇望する。
 どうすればいい? という自問に、本能はすぐさま答えを返してくれた。
 
 一緒に、なればいい。私が、彼と同じモノになればいい。

 彼女は、彼の顔にゆっくりと自分のそれを近づける。そして、

「むぅっ!?」

 彼の唇に、吸いついた。まるで、彼の存在そのものを吸い取ろうとするかのように。
 核が、震える。何かが、満たされていくのを感じる。
 ずっと探していたものが、そこにある。そんな、気がした。


    ●

 
 ちゅぽん、と音を立てて唇が離れる。
 茫然と、アレクはスライムの顔が離れていくのを見上げていた。
 蕩けてしまうような心地だった。本当に、溶かされてしまうかと思った。

「…あ…く?」

 突然、スライムが言葉を口走る。
 まだ頭に霞がかかっていて、うまく聞き取れない。だが次の瞬間、それは鮮明に聞こえてきた。

「あれ、く」

 それは自分の名前だった。スライムが、アレクに語りかけている。
 
「…え?」
「あれく、あれく」

 反応を返すと、スライムは嬉しそうに笑う。何が楽しいのか、彼の名前を連呼する。
 魔物は…というか、スライムは、こうも明瞭に人の言葉を話せるものなのか? いやそれよりも、

「どうして…僕の名前を?」
「?」
 
 首を傾げるスライム。さらり、と髪の形をした部分が揺れる。澄んだ青色をした、短いが綺麗な髪。
 たったそれだけの行動に、アレクはなぜかドキマギしてしまった。

「あれく、は、いやなの?」
 
 アレクの質問に答えることなく、質問らしき言葉を投げかけてきた。
 拙い言葉。しかし、真摯な気持ちが籠った力強い声。
 
「あれく、は、しばられる、のが、いや、なの?」

「――ど」
 
 縛られるのが、嫌。どうして、と口走る前に気づいた。
 なぜ、彼女は僕の名前を知っていたのか。先ほどのくちづけが脳裏に蘇る。
 まさか、あの時に…記憶を読み取られた?
 スライムにそんな能力があるなんて、聞いたことがない。
 しかし、目の前の事実がそれが真実であると証明している。

「それなら、こうする」

 アレクは驚きのあまり沈黙したままだったが、スライムはそれを肯定と受け取ったらしい。
 拘束が、緩くなる。体を隈無く覆っていたスライムが離れていく。
 相変わらず、彼女自身はアレクの下半身に馬乗りになっている。しかし、逃げようと思えば逃げられる状態。
 アレクは混乱する。どうして、こんなことをするのか。

「いやなら、にげても、いいよ」

 アレクの心の声に答えるように、スライムは言った。
 無垢な瞳が、アレクをじっと見つめている。

「あれく、いやそう。わたしも、いや。
 あれく、きもちよさそう。わたしも…きもち、いい」

 たどたどしく、ゆっくりと言葉を連ねるスライム。
 どくん、と心臓が高鳴る。胸が締め付けられるような心地がした。

「だから、いやなら、いいよ?」

 そう言って、彼女はアレクの胸に自らの顔を近づける。
 そしてあろうことか、アレクの乳首を口に含む。

「っ…!?」

 未知の感触に、アレクは仰け反る。
 当たり前といえば当たり前だが、アレクは乳首を舐められたことなど一度もない。
 ぺろぺろと優しく愛撫を繰り返され、アレクの体から力が抜けて良く。

「…ちゅぅ」
「あふっ!」

 乳首を少し強く吸い付かれたところで、アレクは情けない悲鳴を上げてしまった。
 はっとしてスライムの方を見ると、彼女はちろちろと乳首を舐めながらこちらを見ている。
 嬉しそうに、笑っていた。

「ダ、ダメ…見ないで…!」

 このアングルは、恥ずかしすぎる。自由になった腕で思わず顔を隠す。
 指の隙間から、スライムが首を傾げるのが見えた。

「もっと、みせて」
「ぇ」
「あれくが、きもちよくなってるところ、もっとみせて」
「ッ!」

 心臓が、うるさいほどに胸の中で鼓動している。
 アレクの心に、羞恥心が満ちていく。しかし気づけば、彼女に対する恐怖心は消えていた。
 胸にじんわりと浮かんできた汗を舐め取られたところで、アレクはいつの間にか自身の分身が猛りを取り戻していることに気づく。
 
「…おっきく、なってる」
「うぅ…」

 仕方がなかったとはいえ、恥ずかしい。為す術なく、一方的に高められてしまった。
 逃げようと思えば逃げられるのだ。しかし、今の自分はなぜか逃げたいとは思っていない。
 もし逃げたら、彼女はおそらく悲しい顔をするのだろう。アレクはそれが…嫌だった。
 魔物に、心を寄せてしまうなんて。僕は、どうかしてしまったのだろうか?

「きもちよく、なりたい?」

 スライムが、冷たい手で乳首を刺激しながらそう聞いてきた。
 アレクの肉棒は彼女の中に包み込まれてはいたものの、先程までとは打って変わって全く刺激を与えられていない。
 やわやわと、スライムの体がアレクの下腹部を愛撫する。もどかしさが、アレクの心を苛んでいく。

「わたしは、したい。あれくを、きもちよく、したい」
「―――!」

 その言葉に、アレクの中の何かがはじけ飛んだ気がした。
 顔を隠していた両手を離し、スライムの体を強く抱きしめる。
 本能は下半身を無理やり突き上げることを望んでいたが、アレクはそれを何とか理性で食い止めた。

「…あれく?」
「お願い。…気持ちよく、して欲しい?」
「!」

 ぱぁ、と至近距離にあるスライムの顔が喜色に満ちる。
 頭が、くらくらする。その笑顔は、反則だ。
 意識が朦朧となっているアレクに追い打ちをかけるように、スライムは肉棒に愛撫を開始した。

「うくっ…!」

 思わず、吐息が漏れる。スライムの体は怒張したそれをしっかり包み込むと、優しい動きで各所を刺激する。
 先ほどのような、仰け反るほど鋭い刺激はない。刺激に弱い尿道口は避けた、陰茎を根元から絞るような動き。
 じっくりとした快感が、体に蓄積されていく。アレクは暴れだしそうになる体を抑えようと、スライムの体をさらに強く抱きしめる。

「ぁ――♪」

 スライムが、嬉しそうな声を上げる。途端に、肉棒が柔らかい彼女の体に強く締め付けられる。
 気持ち、良い。心の底から、そう思う。
 快感に耐えきれず、幾度か彼女の体を軽く体をつき上げてしまったが、その度に彼女は嬉しそうに顔を綻ばせる。
 相手に快感を感じている様子はない。しかし、他の何かを共有している確信があった。
 彼女の行為に、答えたいという気持ちが生まれてくる。彼女と共に、気持ち良くなりたいという思いが沸いてくる。

「ぅ…あ、くっ」

 じわじわと優しい刺激を繰り返され、アレクは限界が近付いている事を知った。
 スライムもそれに気づいたのか、刺激の種類を変えてきた。ゆったりとした快感を高める動きから、射精させることを目的とした動きへ。
 裏筋を重点的に舐めるような刺激が襲ってくる。そしてそのまま、亀頭やカリ近辺の先端部分を強く捏ねられる。
 
「あぁ…っ!」

 その刺激が、とどめの一撃だった。スライムの体の中に沈む肉棒の先端から、びゅ、と白い液体が放出されるのが見えた。
 どくどくと、かなりの量の精液が溢れ出てくる。二度目であったにもかかわらず。

「ぅむ!?」

 突然、口を塞がれる。視界を埋め尽くす、透き通った可愛らしい顔。
 また、スライムに唇を奪われていた。舌が口内に入ってくる。今度は、負けじとアレクも舌を絡めた。
 しばらくは張り合うように舌を彼女のそれに押しつけていたが、すぐにアレクの舌は動けなくなってしまった。
 股間では、未だ彼女の体がアレクの精液を吸い出さんと、ぐにぐにと刺激を続けている。射精しながらの刺激は、経験の少ないアレクにとってあまりにも甘美過ぎた。
 気づけば、快楽に飲まれてされるがままになっていた。上下ともに、体液を吸い尽くされるまで蹂躙される。

 ぐにゃり、と最後にひとすきされ、アレクは最後の精液をスライムの体の中に放った。
 それと同時に、彼女はゆっくりとアレクの口を解放する。

「はぁ――」
 
 魂まで、吸い出されてしまうかと思った。
 青々と広がる空を仰ぎながら、アレクは深く息を吐き出す。
 そのままぼんやりと射精後の倦怠感を味わっていると、視界に空とは別の青が割り込んでくる。
 
「きもち、よかった?」

 スライムが、聞いてくる。正直、落ち着いて冷静になったアレクの気持ちは複雑だった。
 彼女を拒絶してしまった事。
 彼女を裂いてしまった事。
 それなのに――こうして、のうのうと彼女を抱きしめている事。
 様々な思いが、胸を過る。しかし、確かなことが一つだけあった。
 
「…うん。すごく、気持ち良かった」

 実際に言葉にすると何やら照れくさい心地がする。しかし、言葉にしなければ気持ちは伝わらない。
 スライムは、とても嬉しそうな顔になる。そして、その半透明な腕を首に巻き付けてきた。
 ぷにぷにした頬が触れ合う。なぜか、とても落ち着く。
 その時、一陣の風がアレクの体を荒々しく撫でた。衣服を身につけていないアレクの体が、無意識にぶるぶると震える。

「さむい、の?」

 スライムの体が、再びアレクの体を包み始める。
 体がびくりと震える。一瞬、拘束される恐怖が蘇りそうになった。
 しかし、それはすぐに止む。スライムは体を包み込みはしたが、それだけだった。
 粘度はそれほど高くなく、動かすことは容易。驚くことに、スライムの体は仄かに暖かかった。
 今しがたの行為で、アレクの体から熱が移動したのかもしれない。

「ふぁ…」

 唐突に、眠気が襲ってきた。
 昨日あまり寝ていないのもあるが、二回も達して体力をかなり消費してしまったせいだろう。
 瞼が重い。至近にあるスライムの顔がぼやけて見える。
 このまま、眠ってしまっていいのだろうか? 
 心の一部はまだ警鐘を鳴らしていたが、既に大部分は睡魔に負けてしまっている。

「ねむい、の?」

 耳元から、甘い声が聞こえてきた。この声は、誰のモノだったか。
 思考がうまく働かないが、聞いていてとても気持ちが良い。

「いいよ。ねむっても」

 アレクの眼は、既に閉じてしまっていた。
 全身が、まるで羽毛に包まれているような心地。少しだけアレクは、昔使っていたベッドの事を思い出した。
 
「ね。あれく、は――」

 まだ、何かが聞こえてくる。しかし、それもだんだん小さくなっていく。
 アレクの意識は、ゆっくりとまどろみに沈んでいった。


    ●


 あれから、一日が過ぎようとしていた。
 アレクが目覚めると、そこには誰もいなかった。
 川の端、それも傾いた大木とは反対側に、アレクの体は仰向けになって倒れていた。
 服はちゃんと着たまま。荷物も、何も無くなっていなかった。
 只一つ、川を渡って手に入れたはずの薬草以外は。

「………」

 夢だった、と言ってしまうのは簡単だ。あの出来事が事実だったという証拠はない。
 大木近辺を探せば、薬草を掘り返した跡が見つかるかもしれない。しかし、わざわざ危険を冒してあの場所に戻りたいとは思わない。
 今度こそ、魔物に食べられてしまうかもしれない。

「…はぁ」

 無意識に、アレクはため息をついてしまった。
 魔物という言葉が頭に浮かんだ瞬間、あの笑顔が脳裏に蘇る。
 正直、夢だったのならその方が良いという記憶もある。一方的に侵されてしまったあの失態と、生き物を引き裂くあの感触はその部類だ。
 しかし、彼女が浮かべていたあの笑顔だけは、夢であって欲しくないと思っていた。
 相手は魔物。しかし、あんな笑顔を向けてくれたのは――彼女が、初めてだったから。
  
 昔の記憶が、蘇る。かつて、自分が子供だった頃。
 服を着せる侍従。食事を運ぶ給仕。槍を手に跪く騎士。そして、ドレスを纏った貴婦人。
 誰もが、不気味な笑顔を浮かべていた。自分ではない、その向こうにあるモノを見るような、仮面の如き笑顔。

「…っ」

 アレクは首を振って、その幻覚を打ち破る。それは今、思い出すべきことではない。
 輪切りにした果実、蒸留酒、その他諸々を綺麗に洗った瓶に詰める。密封した瓶を、光が当たらない位置に並べる。
 見よう見まねだが、準備は完了した。果実酒を自分一人で作るのは初めてだから、もしかしたら失敗するかもしれない。
 しかし、それはそれだ。時間はたっぷりあるから、ゆっくりと精進していけば良い。
 アレクは額の汗を拭い、傍らの椅子に腰かけた。
 その時、

「――ん?」

 何か、音が聞こえた気がした。
 耳を澄ます。どんどん、と何か鈍い連続音が聞こえる。
 これは…ノック? アレクは立ちあがり、外に通じる扉に近づく。
 音は、確かにそこから聞こえていた。

「………」

 ヤンではありえない。彼なら、ノックなどせずに蹴り開く。
 人里離れたこんな場所に、誰が来たというのか。

 ――ナイフは、何時でも持っとけ。丸腰で動き回るなんて真似はするな。

 ヤンの言葉を思い出しながら、アレクは腰にナイフが括りつけてあることを確認する。
 そして、ゆっくりと扉に手をかけた。ぎぃ、と音を立てて扉が開かれる。
 その途端、

「あれくっ!」

 青い物体が、アレクに飛びついてきた。反応できずに、まともに衝突する。 
 
「うわっ!?」

 体が傾き、アレクは背中から倒れ込む。
 咄嗟に地面にぶつかる衝撃に身構えたが、それはなぜか訪れなかった。
 閉じていた目を開けると、飛びついてきたソレの一部は背中にまで回り込んでおり、衝撃を和らげるクッションとなっていた。
 アレクは、茫然と彼女を見上げる。
 彼女は、嬉々としてアレクを見下ろす。

「き、君は…」
「やっと、みつけた」

 首に手を回され、子供のように頬を擦りつけてくる。
 冷たく、柔らかい感触。夢と同じ――いや、夢と思おうとしていた感触と、全く同じだった。
 どうして、とアレクは心の中で呟く。
 混乱して彷徨うアレクの視界に、彼女の青とは違う色を見つけた。
 それは、鮮やかな緑。見覚えのあるそれが、彼女の体の中でいくつも漂っている。

「それ、は?」
「?」

 アレクの言葉に、彼女は首を傾げる。しかし、すぐにアレクの疑問が読み取れたらしい。
 体の中からそれを取り出す。特徴的な形の葉。川の向こうで見つけ、彼女を治療するのに使った、あの薬草。

「か、し」
「ぇ」
「かし、もってきた」

 青臭いそれをぐいぐいとアレクの顔に押しつけながら、スライムはそんな事を言った。
 かし? それが一体どういう意味なのか理解できず、アレクは暫し思慮にふける。

「わたし、あれくといっしょになりたい。
 かし、あれくといっしょになるのに、ひつよう。
 だから、もってきた」

 たどたどしい言葉がさらに続けられる。
 その言葉を足がかりに、アレクは一番尤もらしい回答を得た。
 かし――すなわち、嫁資。婚姻時に女性側が用意する持参金。
 アレクがいた国では、持参金を持たない女性はひどく差別された。それが無ければ結婚することができなかったといっても良い。
 その知識を、彼女はあの時読み取ったのか?
 アレクは、彼女との熱い――というか、冷たく気持ちの良い接吻を思い出す。自然と、顔が熱くなるのを感じる。

「あー…っと、その…」

 どこから整理すればいいのだろうか。 
 まず、彼女がこうして此処にいるという事は、昨日のあれは夢ではなかったという事になる。
 そして、彼女はこの薬草を嫁資として持ってきたわけだが、当然これは貨幣に換えないと嫁資としては不適切なのでは…。
 ――いや、違う。少し混乱している。問題なのはそこではなく、

「けっこん、してください」
「…え!?」
「わたしを、いっしょに、いさせてください」

 透き通った、真摯な瞳がアレクを見据えている。
 冗談で言っている顔ではない、アレクはごくりと息を飲む。
 かつて、同じような言葉を幾度となく向けられたことがあった。大量の嫁資を持った、数多くの貴婦人が自分を訪ねてきた。
 その誰もが、あの笑みを浮かべていた。アレクは、あの顔が大嫌いだった。今でも思い出すと寒気がする。
 アレクは、返答に窮する。どくどくと、胸が高鳴っている。初めて経験する、奇妙な感情。
 どうし、よう。かつての自分は、全て容赦なく断っていた。しかし、今は。しかし、相手は。
 窮地に立たされ、アレクは神に助力を願うまでに至った――その時、

「ちぃーす」

 ばん、と派手に扉が開かれる。とんでもない、神の使いが現れた。
 世界が、凍りつく。最悪のタイミングだった。
 状況を整理しよう。
 彼女、すなわちスライムは、アレクを押し倒すようにのしかかっている。現れたヤンは、それを無表情に見つめている。
 一時の、空白。

「…失礼しました」

 バタン、と扉がしまる。
 一瞬呆気にとられてしまったが、アレクの頭はすぐに回転を開始する。

「ちょ…! 待って待って! 違う違う!」

 焦りすぎて自分でも何を言っているのかわからなかったが、とりあえずこのままヤンが去ってしまうのはマズイ。
 少しの間をおいて、ゆっくりと扉が開く。ヤンの仏頂面が、扉の向こうに再び現れる。

「んだよ。明らかに、俺はお邪魔虫じゃねぇか。何で引き留めんだよ」
「いやいや。明らかに、誤解してると思ったから呼び止めたんだよ。
 ヤンは、この状況がどういうことなのかわかってるの?」

 努めて落ち着いた口調で、アレクはそう言った。
 ヤンはふむ、と一呼吸おいた後、端的に述べる。

「男女の、仲睦まじいかつ大人な行為の真っ最中」

 やはり、全くの誤解だった。
 いや、確かにそう捉えても仕方がない状況だが、一つの重大な事実が無視されている。

「…ヤン。僕が襲われてるとは思わなかったの?」
「だって、そんな顔してねぇじゃねぇか。襲われてんなら、そういう顔してるだろ」
「いや、それは…」

 確かに、そうかもしれない。
 昨日スライムに初めて体を絡め取られた時は、こんなに落ち着いてはいられなかった。
 それが今では、この状態を全く自然に受け入れている。かつてはあった嫌悪感もなく、むしろ心が安らいでいるのを感じる。
 と、その時、アレクの体を包んでいたスライムが急に圧力を強めた。
 驚いて彼女を見やると、スライムはアレクの首に腕を強く巻き付けながら、警戒心をあらわにしている。

「あやしいひとが、きた」
「…あ?」
 
 スライムの言葉に、ぴくりとヤンの目尻が釣り上がる。
 怖すぎる。ヤバい、と心の中でそう呟きつつも、アレクは少しほっとしていた。
 彼女は、誰彼構わずに襲いかかるというわけではないらしい。彼女がヤンに襲いかからなくて本当によかった。
 しかし、そこまで考えてふと気づく。
 もし彼女が、他の男を同じように襲ったら――そんなことを考える自分がいることに、アレクは心底驚いた。
 まるで、彼女を他の男に盗られたくないような、今までに感じたことのない形容し難い心境。

「…仲良いな、お前ら」
「ぇ」

 突然、ヤンはそう言った。その顔は、なぜか不機嫌そうだった。

「俺の嫉妬が有頂天なわけだが」
「えぇ?」

 初めて見るヤンの一面だった。ヤンと言う人物は、こんな事を言う人だっただろうか?
 そもそも、何に嫉妬されたのかわからない。
  
「そんじゃ、お邪魔虫は退散するとしますかねぇ」

 そしてやはり、何の前触れもない。
 飄々とした仕草で手を振りながら、ヤンは後ろを向いた。
 はっとして、アレクは反射的に声を掛ける。

「ちょ、ちょっと、何か用があったんじゃないの?」
「ああ…そういや、あるにはあったな。用事」

 ちらり、と片目でこちらを見やる。
 相変わらずの、思考が読めない冷めた視線。

「ま、いいや。もう手遅れみたいだし」
「て、手遅れって――」
「良いって。見たところ問題なさそうだしな。それじゃ、ごゆっくりぃーと」

 無責任にそう言い捨てて、ヤンはバタンを扉を閉める。
 アレクは、右腕を扉の方に伸ばしたまま硬直していた。
 一時の、空白。
 
「やっと、ふたりきり」
「ぇ」

 言葉を返した瞬間、アレクはまた地面に引き倒された。
 スライムの綺麗な顔がゆっくりと近づいてきて、唇に柔らかい感触が触れる。 

「むぅっ!?」

 脳を溶かされるような心地。口内を舐めまわされ、意識が遠のく。
 気づくといつの間にか唇は離れており、スライムが艶めかしい表情でこちらを見ている。

「がまん、できない。ちょうだい?」
「え、まさか…此処で? ちょ、ちょっと待――」

 本当に、大人な行為が始まってしまった。
 せめて、ベッドの上で――そこで、アレクは気づく。
 アレクの心の采配は、既に行為が行われることが前提となっている。
 このまま流されてしまって、良いのだろうか。心の一部が、なおも警戒を呼びかけている。

「だい、じょうぶ」

 心の警鐘を遮るように、彼女は言う。
 スライムの体は、ゆっくりとアレクの体を包み込んでいく。
 何が大丈夫なのかと思い、すぐに気付く。

「いやなら…いつでも、にげていいよ?」

 ずるい、とアレクは心の中で呟く。
 本気を出せば、何時でも逃げれる圧力。しかし、目の前にはにっこりと満面の笑みを浮かべるスライム。
 逃げられる、わけが無い。
 透き通ったスライムの笑顔が、ゆっくりと近づいてくる。

「いっしょに、きもちよく、なろ?」

 ドクン、と胸が高鳴る。
 アレクは嘆息する。結局、何処へ行っても何かに縛られる運命にあるらしい。
 しかし、悪い気はしなかった。
 唇に吸いつかれ、全身を愛撫されながら、アレクはスライムの体を抱きしめる。自分の手で、抱きしめることが、できる。
 それだけで、アレクは十分だった。
10/04/26 07:20更新 / SMan
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■作者メッセージ
SManと申します。何とか続きを投稿することに成功しました。
が、勢いで書いたため色々と問題があるかもしれません。もし思うところあらば、何なりとご指摘ください。
何時まで続けられるかはわかりませんが、久々に脳内で構築したこのストーリー。できる限り形にしたいと思っております。

皆様を少しでも楽しませる事が出来たのなら、幸いにございます。
それでは、本日はこれにて。

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