連載小説
[TOP][目次]
第1章 スズ
「突撃ーーー!」
将軍の掛け声で相手の兵たちが声を上げながらこちらへ向かってくる。負けじとこちらの弓兵も矢を敵軍へと放つ。降りしきる雨の中をくぐり抜けてきた兵が次々足軽とぶつかり、武器で互いに斬りつけ合い、赤い飛沫を散らしていく。
その中を、私は刀を手にして一直線に敵の大将へとカマイタチの如く突っ込んでいく。
「…!スズだ!スズがきたぞ!殿をお守りーあぐ…!」
声をあげる者の首を掻き、道を塞ぐ者は薙ぎ倒す。相手が斬る暇など須臾だろうと与えない。
敵将軍まで残り4間ほど、息は切れていない、自分でも驚くほど冷静だ。容易い、殺れる。
「ここは通さん!」
そこに、私の2倍はあると思われる大男が立ち塞がる。身の丈と同じほどの槍でこちらを今にも貫くつもりだろう。この速さでは避けることは不可能に近い。しかし、
「ぬぅ…!?」
男は自分の目を疑った。私はニヤリと笑う。
穂先が当に身体を貫こうとした時、相手からは私が消えたかのように見えたに違いない。相手の頭を超えるほど大きい跳躍をして見せ、避けのだ。
気づいた男は槍で薙ごうとするも、時すでに遅し。私はその頭に刀を突き刺し、帯びているもう一振りの刀を抜いて着地する。男は仰向けに音を立てて倒れ込んだ。
「…敵ながら見事なり」
向かい合った敵将軍が刀を抜きながら呟く。こちらを馬上からしっかりと見据えている。
「『絹田家には女の鬼がいる』…当に鬼神の如き女よ!」
馬を煽り、こちらへ突撃してくる。高く掲げた刀で私の頭を叩き割ろうと振り下ろす。だが、恐るるに足らず。
飽くまでも冷静に、相手の首を切り落とした。
そう、私は絹田家の鬼…人間でありながらそう呼ばれていた。

「スズ!戻ったか!」
我が主…絹田勝永の元へと戻ると、本陣は騒がしく、みな慌てふためいていた。
私は、片膝をつき、深々と頭を下げる。
「敵将軍を1人落として参りました…しかしこの状況は…?」
「…まずは大将首、お手柄であった」
理由を尋ねると、主は難しい顔をし、眉間に皺を寄せた。吉報ではないことは明らかであった。
「…軍の左翼が崩された。裏の裏をかかれたというところか…彼奴等目は左翼に主力を集中させておったのだ」
「…」
重苦しい空気が陣を包む。補佐たちもみな俯いて打開策を練ろうとしているが、この状況をひっくり返すことは不可能だろう。
「…では」
「ああ…此度も儂等の負けだ…退却する」
絹田家は現在、澤吉家と戦争の真っ最中である。澤吉家はその勢力を瞬く間に広げ、ジパング治めるに等しい…圧倒的な力を持っていた。絹田家はその支配下につくことを最後まで拒み、数少ない友軍と共に戦うことを選んだ。既に2度退却しており、大変苦しい状況下に絹田家はいる。
「…ついに、私もですか」
「…辛い役目だが、頼む」
今回に戦いで負ければ、私が殿(しんがり)を務めることになっていた。死ぬことは怖くない、ただ恐ろしいのは1つだけ…この絹田家が戦において敗北の二文字を刻むことだけである。
「では、すぐに準備をしましょう」
私は再び礼をし、立ち上がって兵を集めに行く。
「…今までの数々の武勲、誠に大儀であった」
後ろから聞こえた主の…勝永の精一杯に声に私は一旦足を止め、微笑みを浮かべてまた歩き出した。
…絹田家は必ず勝つ。負けて逃げて泥を啜り何度地に倒れ伏し地を流そうとも、刀を握る手さえあれば、最後には絶対に勝つのだ。


「隙あり!」
「ぐぅ…!」
襲いかかってくる敵兵の刀が脇腹を裂く、すぐに反撃し相手を斬りふす。
「ぎぁ!」
多勢に無勢、左手は健を斬られたのか動かない、すでにかき集めた勇気ある兵卒たちのほとんどは死に、残っている戦力はほぼ私だけと言っても過言ではなかった。
「鬼と言えども所詮女子よ!絹田家も恐るるに足らず!」
声を上げてまた兵たちが斬りかかってくる。
「絹田家を…舐めるなあぁ!!」
雄叫びを上げ、襲いくる敵をまだ薙ぎ倒す。既に死に体にも等しいはずなのに、鬼のような戦いを見せるスズを見て、周りの兵はおののいた。
まだ戦える。この身体はまだ敵を斬ろうと動かすことができる。たとえ死んでもここを通さない。死んでも、すぐに蘇って殺してやる…そう言うかのようにギラついた眼光が兵たちを貫いていた。
だが、それも長くは続かない、どこからか飛んできた矢が身体に深々と突き刺さった。身体が少し横によろめく。
その一瞬を、敵兵たちは逃すはずもなかった。
次々と矢や槍、刀、武器という武器が、腹を、足を、背中を、これでもかと貫いていく。
もはや抵抗する力はなく、ゆっくりと地へ私は崩れ落ちていった。
視界が赤く染まり、意識が薄れていく中で、私はただ1つのことを考えていた。
(殿、あなたをお慕い申し上げていました…必ず…必ずこの戦で…)
誰にも届くはずにない、1人の少女のような思いであった。


…重い。何かに覆われているかのように、体が動かない。息ができない…しかし不思議と苦しくはない。力を入れてもがいてみると、少し空気に触れた感触があった。
どうやら土の中にいるらしい。
どれくらいそうしてもがいていただろう。土がどいて、やっと上半身を地上に出すことができた。体を起こしてみる。
目を開けようとして、眩しさにすぐ瞑った。今は夜らしく、月明かりほどのようだが、しばらく眠っていたせいか目が慣れてくれない。
…そうだ、私はずっと、ここで眠っていたのだ。
「…どこだ、ここは」
久しぶりに出した声はひどく掠れている。首から下を見てみると、夜だからという理由では説明がつかないほど、肌からは血の色が感じられなかった。動かなかったはずの左手は何不自由なく動かすことができる。慣れてきた目で周りを見渡してみると草原が広がっていて、虫たちの声が聞こえる。戦場の土の色は全く見えない。私は合戦で死んだはずなのに、今見ている光景はどう考えても夢ではないことは確かであった。
「ひ、ひぃ…!」
と、状況を確認していると、後ろで誰かが声を上げた。通りすがりの村人か何からしく、提灯を持って尻餅をついている。
「な、ナンマンダブナンマンダブ」
恐れおののき、手を擦り合わせて頭を地につけてお経を唱え始めた。お化けでも見たかのようで、少し気に障った。しかし、よく見てみれば近くからきたらしく、軽装であった。集落が近くにあるらしい。
…もしかすれば、
「おい」
「は、はひぃ!?」
「絹田家の城は、どこにある」
私は戻らねばならない。主人のもとへ。
17/06/18 19:22更新 / 美肌
戻る 次へ

■作者メッセージ
初めまして、美肌と申します。稚拙な文ですが、よろしくお願いします。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33