連載小説
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騎士と少年
 暗い夜道を、一人の少年が走っていた。着ている服はボロボロで、片足には奴隷の象徴である枷がはめられており、さらに少年には左腕がなかった。

「逃げなきゃ……! 逃げなきゃ、殺されちゃう!」

 月明かりを頼りに何かから逃げていた少年だったが、背後から聞こえる数頭の馬の足音に身体を震わせさらに走る速度を上げる。が、馬を相手に人の足で逃げ切ることは出来ず、あっという間に周囲を取り囲まれてしまった。

 ガラの悪い六人の男たちが馬から降り、少年の元へ近寄っていく。恐怖で身動き出来ない少年の目の前に立ち、頬を勢いよく殴り付けた。

「このクソガキめ! 俺たちから逃げられるとでも思ったのか? お前が女どもを逃がしたせいで俺たちは大損だ! 死んで償いやがれ!」

 男たちはとある組織に所属する奴隷商人だった。それもただの奴隷商人ではなく、身寄りのない子どもや女性を拐い、しつけと称して暴力を振るって人格を壊し、従順な人形にしてしまう最低な商人たちだった。

 少年は組織の新入りだったが、女性たちの境遇に憤り、隙を見て牢の鍵を盗み捕まっていた女性たちを逃がし、自分もアジトから逃げ出した……まではよかったが、脱走がバレ追い付かれてしまったのだ。

 男たちに殴られ蹴られ、少年は全身に傷を負い血が地面を濡らす。虫の息になった少年は、ただ呻くことしか出来ない。

「う、あぐ……」

「元奴隷で、しかも片腕のねえてめぇを仲間にしてやったってのに、随分と恩知らずだなぁ、クリン。楽に死ねると思うな。もう片方の腕も切り落としてたっぷりと苦しめてから殺してやる」

地面に転がったクリンを見下ろしながら、商人たちのリーダーは腰から下げた剣を抜き放つ。剣を振り下ろそうとした瞬間、何者かの叫びが闇夜にこだまする。

「待て! お前たち、何をやっている!」

 その場にいた全員が声のする方へと顔を向け、固まってしまう。そこには、馬に乗った女性がいた。凛々しさと勇ましさ、美しさを備えた顔と豊満な胸を銀色の鎧兜で覆い、背中に身の丈ほどもある大剣を背負った女性は、馬から降りると男たちの方へ歩いていく。

「こんな夜中に、大の大人がこんな小さな子どもに寄ってたかって暴力を振るうとは……。騎士として見逃せん! 全員ここで成敗してくれる!」

「ああ? んだてめぇ。関係ねえ奴はひっこんでろ! それとも、てめぇも奴隷にされたいか!」

「奴隷だと?」

 女性が呟くと、男たちはニヤニヤと笑う。リーダー意外も剣を抜き、女性を取り囲んでいく。

「へへ、よく見りゃすげえ美女じゃねえか。こいつを売りゃあ、逃げられた女どもを売るより大儲け出来そうだ。てめえら! この女を捕らえろ!」

「だ、だめ! お姉さん、逃げて!」

 身体の痛みをこらえ、クリンは叫ぶ。同時に、五人の男たちが騎士の女性へと飛びかかっていく。

「ふっ、案ずるな少年。この程度の相手に負けるほど……」

「うぐっ!」

 女性は前方から襲ってきた男を避け、みぞおちに拳を叩き込む。

「ヤワな鍛え方はしていない。それに……」

「うがっ!」

 続いて、左側から襲ってきた男のこめかみに鎧で覆われた肘を叩きつける。

「人間相手に剣は使わん。その代わり……」

「ぎゃあああー!」

 さらに、右側から襲ってきた男の腕を掴んで振り回し、背後から襲いかかろうとしていた二人の男に向かって投げ飛ばす。

「徹底的に痛い目にあってもらうぞ!」

「くっ、この……ぐはっ!」

 仲間が全員気絶してしまい、一人残ったリーダー格の男は突撃するも、あっさりと返り討ちに合い、顔面を拳で殴り飛ばされた。女性の圧倒的な強さに、クリンは身体の痛みも忘れ見惚れてしまう。

「す、凄い……」

「ふん、口ほどにもない奴らだ。少年、もう大丈夫だ。さあ、こっちに……」

 女性が手を伸ばした瞬間、リーダー格の男は素早く起きあがってクリンの首根っこを掴み引き寄せる。クリンの首筋に剣を押し当てながら、悪意に満ちた笑みを浮かべる。

「動くんじゃねえぞ。動いたらこいつの首を切り落とす。そうされたくなかったら、武器を捨てて降伏しろ!」

 男はそう叫ぶも、女性は意に介さず話し出す。

「その必要はない。もうお前は負けているのだからな」

「あ? 何を……うおっ!?」

 男がいぶかしんだ次の瞬間、強烈な力で男は背後へ吹き飛んでいった。よく見ると、身体の至るところにクモの糸が張り付いており、男を絡め取っていた。

「うふふ、やっと見つけたわ。随分探したのよ? あなたたちをね」

「な、なんだてめぇは……。いや、その顔見覚えがあるぞ。ま、まさか!」

 男は一人のアラクネに捕まり、顔を見上げ弱々しく声を上げたところで気が付いた。このアラクネは、自分たちが捕らえていた奴隷の女性の一人だったことに。

「やっと思い出してくれた? アジトから逃げたはいいものの、私たち、みんな魔物になっちゃった。私たちを可愛がってくれた分、たっぷりお返ししてあげる。さあ、行きましょう? 二人の愛の巣へ、ね」

「ひいぃ! やめろぉ! 離せ、離せぇ!」

 男は暴れるも、アラクネは意に介さず男を抱えたままその場を去っていった。一部始終を呆然と見ていたクリンだったが、よく周りを見てみると、闇夜に乗じて元奴隷だった魔物娘たちが残りの男たちを抱え去って行くのが見えた。

「彼女たちから話を聞いてね。自分たちを逃がしてくれた少年を助けてほしいと頼まれていたんだ。間に合ってよかったよ」

「あ……」

 騎士の女性はゆっくりとクリンの元に歩み寄り、優しく抱き抱えながら微笑みかける。先ほどまでの勇ましい表情から一転、可憐な乙女のような笑みを見たクリンは顔を真っ赤にしてしまう。

 それと同時に、クリンの小さなイチモツが僅かに勃ち上がるが、クリンはそれに気付いていなかった。

「あ、あのえっと、その……」

「ああ、そう言えばまだ名を名乗っていなかったね。私はエンジェラ。ただのしがないデュラハンさ」

 

 顔を真っ赤にしながらもごもごと口を動かすクリンに、エンジェラは自らの名と種族を伝える。クリンを抱き抱えたままエンジェラはヒラリと馬に飛び乗ると、自らの住み処に向かって馬を走らせる。

「話したいことはいろいろあるが、まずはその傷の手当てをしないとな! さあ、行こう少年!」

「は、はい!」

 クリンは頷き、エンジェラにしがみつく。エンジェラは器用に片手で馬を操りながら、もう片方の手でクリンが落ちないよう抱き締める。夜明けが迫るなか、二人は去っていった。
19/08/07 18:06更新 / 青の鷹
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■作者メッセージ
補足:捕まっていた女性たちは全員アラクネになりました

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