連載小説
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男は狩人だった。理由は定かではない。ただ、彼は自らが狩人であることに疑問を抱くことはなく、また家族を思い出すこともない。


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清潔に整えられた客室のベッドにオルニスを寝かせてから「麓の町に行く」と言い残して家を出て行ったアインザムが戻ってきたのは、既に日が暮れかかるころだった。

壁伝いに玄関までたどり着いた彼女がアインザムを出迎えると、彼は顔を顰めて「休んでいろと言ったはずだ」とぞんざいに応えた。


「いえいえ、かなり楽になりましたから…」
「脚を引き摺っておいて、か。 いいから部屋に戻っていてくれ、怪我人だろう」


飽きれたような声を零すアインザムに、流石のキキーモラもそれに従った。主人に仕え奉仕することを使命とする種族として、立ち振る舞い……言い方は悪くすれば『外面を取り繕う技術』は高いと自負していたが、どうやら彼には通じないらしい。

差し伸べられたアインザムの手を借りて部屋に戻ると、彼はまた休むように言い含めて何処かへ行ってしまった。扉の軋む音は聞こえないので家の中にはいるらしいが、それ以上のことは分からない。オルニスはぼんやり天井を眺めながら、彼の言動を反芻する。声は冷たく、表情筋は硬い、だが気遣いに溢れた人だ。と思う。

キキーモラは感情の機微に聡い、鉄面皮からでも、僅かな視線の流れや呼吸から凡その判断は出来る。邂逅の後、自分を一度揺り椅子に寝かせて客室を掃除していたことも、差し伸べられた手とは別に、背後に触れるか触れないかの距離で腕を添えてくれたことも知っている。

そんな事をするのは、やさしいひとだけだから。


「……入るぞ」


緩く回る思考を断ち切るノックの音。少し錆びた蝶番を脚で押し開けて、トレイを手に乗せたアインザムが入ってくる。


「麦のミルク粥だ、食えるか?」
「わぁっ……、ありがとうございます……!」


トレイに鎮座した器には、湯気の立つ粥がなみなみと入っている。ミルクの匂いが鼻孔をくすぐり、オルニスの口内に思わず唾液が湧き出し、きゅうと腹が鳴った。


「ゆっくり腹に入れろ、水も忘れるな。食べ終えたら……事情を聞かせてくれ」
「はいっ、いただきますっ」


匙で掬った粥を一口放り込むと、彼女は金色の眼を輝かせる。時折水を呷って黙々と食事を続ける姿を、狩人はじっと見つめていた。やがて空になった器を受け取って、初めて僅かに頬を緩める。


「不味くは、なかったか」
「とんでもない、とても美味しかったです。ご馳走様でした」


自前のハンカチで口元を拭ったオルニスが頭を下げる。ベッドに座った状態でも不思議と様になるその姿に見とれること数瞬、彼は表情を引き締めて椅子に腰かけた。オルニスも居住まいを正し、正面から相対したが、その顔は滲むような悲痛に歪んでいた。


「お粗末様。それじゃあ」
「……ええ、貴方に助けられるまでの全てを、お話します」


21/09/27 00:44更新 / Gネック
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