連載小説
[TOP][目次]
第02話 魔王軍の運び屋
なぜか食事の前後で木箱運びの負担が全然違う。身体の中から力が湧き出るみたいだ。
あのサンドイッチは『清浄な食料品』なのだから、問題はないと思うんだけど……
いや、余裕が生まれるのはいいことだ。歩きながらリエルに教えを乞おう。
聞きたいこと、学びたいことはたくさんあるけど、とりあえずリリムについて聞いてみる。
「リリム、というのは、サキュバスのお姫様ね」
リエルは水晶の鈴を転がすような声で、快く答えてくれる。
サキュバスは、やっぱりエロいゲームとかに出る『あの』サキュバスなのだろうか。
リエルと一緒の時に出られたら困る――けど、勇者様するなら絶対にぶつかるんだよね。
「……お姫様?」
「うん。魔王のお腹から産まれた、特にオスを魅了する淫らなサキュバスたちのことよ」
ん? ちょっと引っかかる表現があったので聞いてみる。
「魔王のお腹って、まるで魔王ってお母さんみたいだけど……?」
「その通り。今の魔王は女なのよ」
女で魔王って凄いなぁ……と思いつつ、もしかして。
「――まさか、魔王もサキュバスなの?」
「ご名答!」
ふむふむ。
「話をリリムに戻したい――のだけど、ちょっとこの世界自体の説明になっちゃうわね。
 彼女はおそらく、元の世界にある王魔界の宮殿から、最近外へ出た個体だと思うわ」
「『元の世界』と『王魔界』、わからないんでお願いします」
話がどんどん大きく――いや、当たり前なのか。国が滅びるかどうか、という話なんだから。
「ここは別の大きい世界に従属した、小さい世界――異界でしかないのよ。
 王魔界は、その『大きな世界』にある魔物娘たちの首都ね」
『大きな世界』とか異界などはともかく、この世界の状況は少しずつわかってきた。
「ところで貴方は、『沼地のリリム』を退治した後、彼女をどうするつもりなの?」
そこで、リエルはいたずらっぽい目になり、話題の風向きが変わった。
「ど、どうするって、どういう、こと?」
何を言いたいんだろうか……?
「サキュバスのお姫様なのよ? イケナイこととかしたら、きっと凄く気持ちいいわよ?」
危うく吹き出すところだった! イケナイことって!
「興味ない? 『あなたの奴隷になりますので、命ばかりはお許しを……』
 とか言われたらどうする? 奴隷に貰っちゃう?」
ど、奴隷……
両手の指を絡め祈るように実演するせいで、
露出の多い服を着たリエルが命乞いをする姿が浮かんできてしまった。
リエルより美人って想像できないし、もし本人に言われたら貰ってしまうかもしれない……

その時、僕の知性に『何か』が引っかかった。

……ん? 言い方はどうかと思うけど、リエルの意見はもっともだ。
サキュバスなのだから、そういうハニートラップめいた攻撃は、得意中の得意科目のはずだ。
「私の住んでいた国では、そこそこ普通のことだったわよ?」
流石、人間に敵対的な国…… だけど、リエルの発言におかしな点はない。多分。
「よく考えてみると、どういう人――サキュバスかわからないんですよね」
「……まさか、世を儚んで最期にリリムと――なんて考えてないわよね?」
異世界に放り込まれたせいで、ヤケになってると思っているのだろうか。
「大丈夫! サキュバスだって、リエルより美人な人なんて存在しないよ!」

その瞬間、リエルの表情が凍り付いた。

ただびっくりしただけではなく、その表情には今まで見たことのない感情――怯えが見える。
ちょっと上から目線な余裕を今まで崩さなかったリエルが、僕に対して怯えている……
その事実に、自分がとんでもないことを言っているのに気付いて、顔を赤くしてしまう。
「ご、ごめんなさい! そういう意味じゃないから! 乱暴なことはしないから!」
リエルも女の子なんだから怯えて当然だよ! 僕のバカ!
「私こそ、ごめんなさい。司のこと、ちょっと軽く見てた。そうよね。勇者様なのよね」
なんか誤解されてる! 泣きたい……
「ねえ、司。少しの間でいいから止まってくれないかな」
リエルに言われ、木箱を引く手を止める。
「ちょっと動かないでね」
そう言って僕の前に来ると頭の左右を軽く押さえ、リエル自身の顔に僕の顔を近付けた。
目と目を合わせたまま、お互いの顔が触れるか触れないか、という位置まで。
今まで嗅いだことのない、おそらくこの世界独特の果実の匂い。
人を虜にして離さない香りが、僕の鼻をくすぐる。
まさか、キス……? とバカバカしいくらいに自分に都合のいい考えが頭に浮かぶ。
「【姫は成す術無く囚われ、その美しさは征服者を虜とする】」
……それだけで終わった。
何をしたかったのかよくわからないが事は済んだらしく、リエルは顔を離す。
「――これでいいかな?」
再び歩き始める。本当に何をしたかったのだろうか?
でもリエルの顔を思い出したら――どうでもいい。むしろ、またやって欲しい……

そう思っていたら、リエルのことを聞きたくなった。
「なんで冒険者みたいなことしてるのか、聞いてもいいですか?」
「うーん、ちょっと複雑なのよね。私の個人的な理由は、お姫様になるため、かな?」
リエルは思案顔になり、少し間を置いて答えた。
「笑わないの?」
「僕が『沼地のリリム』と戦うよりは現実的じゃないかな……」
リエルさんかわいいし、お姫様には――

ん? なぜだろう。頭の中で何かが引っかかった。

「この異界に来て、イメージにピッタリな場所に家を手に入れたのよ。
 ガーデニングも進んでいるわ。昼は地味で、夜になると凄くきれいになるんだから!」
イメージにピッタリとか、昼は地味で夜はきれいだとか、よくわからないけど、
『お姫様』っていうのは、何かの比喩なのだろうか?
それと、この世界には夜の庭を眺める方法があるのだろうか?
しかし、それらの疑問を考えても考えても、何ひとつ答えになってはくれなかった。



何も植えられていない畑が視界に入った。そろそろ村の中に入ったと言ってもいいと思う。
「あんまり広場とかに近くても危ないし、この辺りかな……」
少し前からリエルはブツブツと考えを巡らしている。
だけど、今の僕では何の役に立てないだろうから口は挟めない。
凄くもどかしい。僕もリエルの役に立てるようになりたい!
「ちょっと家に戻るわね。正直、かなり時間をかけるけど、日が沈むまでには広場に行くわ。
 だから、全部売れても絶対に村から出ちゃダメよ」
了解すると、リエルは木の下へ行く。
「【姫は外套を羽織り身を隠す】」
――消えた!?
リエル、旅人にしては荷物少ないと思ってたけど、魔法使いだったんだ……
って、魔法? 何か引っかかる……けど、思い出せない。
まあ、思い出せないなら重要なことではないのだろう。気にしないことにした。



リエルと少しの間別れ、畑を通り、藁葺きの屋根が少し集まっている広場らしき場所まで進む。
……最悪とまではいかないものの、嫌な予感は当たっていた。
村は魔王軍の施し――いや、ハッキリ人道支援と言うべきだ――で成り立っていた。
畑には雑草が生い茂っており、そこで働くはずはずの男たちは、広場に集まっていた。
僕が運んだような木箱車を集めて検分し、物々交換や分配を行っているのだ。
僕の本能は「勇者と名乗るのはヤバい」と一瞬で判断した。
村の荒れ果てようを鑑(かんが)みれば、城の人間に好意を抱いているようには、
とても思えない!
村の男の一人が僕に気付き、こっちに来る。何者なのかということと目的を尋ねられた。
僕は道すがらリエルに聞いた全ての知識を総動員し、
自分は別の町から来た行商人であることを必死に主張する。
相手は納得してくれた。話術スキルを上昇させそうな経験をし、広場の片隅で木箱を開ける。

中には何が入っているのだろうか? 食料? 衣類? 医薬品? ――全てハズレだった。
鍬の刃、シャベル、草刈り鎌、種芋の袋――そして、カゴに仲良く二人で入っていた魔物娘。
小さな小さな、水っぽい魔物娘と土っぽい魔物娘――勘だけど、この二人は精霊だと思う。
二人は光に当たると歓談をやめ、僕の方をジッと見ている。
だが、襲う気は無いらしい。またすぐに歓談に戻った。
仲良し二人は放っておいて商品を検分する。確かに、農具や種芋を魔王軍が運ぶのは怪しい。
僕が村人でも、使うことなく捨ててしまうと思う。
重い重いと思っていた木箱だけど、金属だらけの内容からはありえないほど軽い。
手に取り、例の能力を使ってみる。

魔界鉄の鍬の刃:【魔女】の魔力を帯びた農具の部品。
魔界鉄のシャベル:【魔女】の魔力を帯びた農具。
魔界鉄の草刈り鎌:【魔女】の魔力を帯びた農具。
睦びの野菜:清浄な食料品。種芋にする目的で作られている。
車輪付き木箱:魔力のない車。全てが木製であり、分解すれば薪として再利用可能。

今回、省略した重要な情報がある。――値段だ。値段が僕の頭の中に浮かんでいる。
ここで売った時の値段とそれは標準的な価格帯とどの程度離れているか――
この村で売る場合どのくらい損をするのか、という情報だ。
まあ、気にはしないけど。
タダで貰った物なのだから、この村以外で売ったら契約違反になると思うし。
農具の魔力については【魔女】だけではなく、
【サキュバス】【インキュバス】【ノーム】【ジャイアントアント】【マンティス】
という表記もあったことも追記しておく。

ん? インキュバスって男限――いや、おかしいところなんかない……はずだ。
リエルにちょっと聞――いや、そんな必要はない……だろう。
うん、何も問題はない。……多分。

ちなみに木箱を【鑑定】してる理由は、
寄りかかって「売り切ったらどうしよう……」と考えてたら発動してくれただけだったり。
最悪、放置して村を出ても大丈夫そうだ。
また、この能力の正体もわかった。
非電源系のTRPGや、CRPGでも伝統的な古いタイプのゲームに多い技能――
道具とかを【鑑定】する能力なんだろう。
そういうゲームでは、盗賊や魔法使いも【鑑定】を行えたりするけど、
僕が授かったこの能力は、相場を見られることからして【商人】ではないのか、
という印象を抱いている。
木箱を解体して売るという発想もなかったしね。

これだけ道理を無視した能力を授かったということは、
どうやら僕は間違って召喚されたわけではないようだ。
しかし、この能力で『沼地のリリム』と戦うのは無謀なのも事実だよね……



不意に仲良し二人のカゴが、カタカタと音を立てて揺れた。
視線を移すと、土っぽい魔物娘が外に出たがっているようだ。
カゴを開けてやると、木箱に隠れながら人が見ていないのを確認し、地面に降りる。
と、その姿が溶け込むように地中へ消える。本当に土の精霊だったようだ。
バイバイしていた水の精霊もカゴから出ると、僕に飛びついた。
どこかに連れて行って欲しいのだろうか……? 水のある場所? 水、水…… 井戸か!
僕は自分の体で水の精霊を隠しながら井戸に近付く。桶で精霊を井戸へ投げ入れた。
引っ張り上げると精霊はいなくなっており、どこに隠していたのか革袋が上がってきた。
中身はお金。おそらくは運搬料なんだろう。ありがたく頂戴しておく――って、
これだけで一気に41倍になったよ、路銀……



「その子たちは魔精霊の分体ね。これでこの村も一安心といったところかしら?」
農具をすっかり空っぽにし木箱も売り払った頃、リエルは帰ってきた。
「ふーん。魔力感知に相場かぁ…… 『沼地のリリム』に知られたら、貴方はおしまいね」
じろーっといたずらっぽい目で僕を見ている。
「えっ!?」
「魔王軍が物資漬けにしてるのを邪魔するには、うってつけの能力じゃない」
確かにその通りだ。僕がリリムだったら一刻も早く……そう考えると物凄い寒気がする。

あれ、確かリエルって……?

「そういえばリエルは、魔物娘と友好的な国から来てて、この国の魔物娘にも詳しいよね?」
「――! え、うん。親魔物国家って言うんだけど……?」
そう。リエルは親魔物国家と呼べる国から来ているんだ。
……だから、かなり失礼だけど、勇気を出して聞いてみた。
「他の魔物に告げ口とか、したりしないよね……?」
リエルは怒らなかった。むしろ、あっけにとられた顔を見せる。
「えっ? なんで私がそんなことしなくちゃいけないの? 私にメリットないじゃない」
やっぱりリエルは仲間なんだ。よかった!
喜ぶ僕をいぶかしげに見つめるリエル。
と、僕の頭を押さえ、自分の顔を近づける。
「えっ……!?」
今度は僕が驚く番だった――って、あれ? この状況って村に来る前にも……
「【姫は成す術無く囚われ、その美しさは征服者を虜とする】」
まあ、別にどうでもいいかな?
12/12/27 20:00更新 / 鉄枷神官
戻る 次へ

■作者メッセージ
司の能力は手抜きとボツ設定の名残で、あまり意味無かったりしますw

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33