連載小説
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締まらない出会い
「参った、本当に参った」

すっかり日も暮れ、夜の帳もおり始めた時間帯。天を貫かんばかり霊峰の森の中で、隠蔽の魔法が宿ったマントに包まりつつ周りを伺いながら男はそう呟いた。

「酒場で飲みすぎて懐が寂しくなったからって、魔界産の希少鉱物の納品依頼なんて言うもんを安請け合いした俺が間違ってた」

男の名前はサヴィン。経験も技術も積んだベテラン冒険家であった。
狡猾な知恵と経験と魔法道具(マジックアイテム)を駆使し、数々のダンジョンに潜り込み、貴重なアイテムを持ち帰るのが彼の生業。所謂トレジャーハンターというやつだ。

しかし、彼は酒癖が悪く、せっかく集めたお金がいつの間にか消し飛んでいたりする。
というわけで、五日前、いつものように酒場で飲みすぎて資金難に陥った彼は危険を承知で高額依頼をうけてここにやって来た訳なのだが……今回は彼をしてもかなりの難所であった。

「ものすごく強そうなでかい蜥蜴はうじゃうじゃいるわ、それを狩りに来た人間とリザードマンがいるわ、空にワイバーンが編隊組んで飛び回ってるわ、泉のほとりで人間とワームがいちゃいちゃしてるわ、なんなんだここ……」

彼が今いるのは竜が統べる国、竜皇国ドラゴニア国境にある霊峰の一つである。ここでしか取れない魔界銀に似たドラゴニウムという鉱石を持ち帰るのが今回の依頼だった。
しかし、彼は国を統べる女王が竜であることしか知らず、まさかここが数多の竜たちが住む竜国家、もとい人外魔境だとは知らなかったのである。

「エンカウントした時点で終わりだなこりゃ」

やれやれだ。と彼は天を仰ぎ、独り言ちる。

「(とはいえここは魔物の国だ。夜になれば番のやつらはいちゃいちゃし出すだろうし、ここら一帯は魔物にとっても、結構危険地帯だからよっては来ないだろう)」

顎の周りに生えた無精ヒゲをじょりじょりと掻きながらサヴィンは思案する。
見通しの悪い森で夜間行動するのは誰でもわかるような危険な行為だ。しかし、竜たちに見つかるのも同じくらい危険だといえた。それに彼が視界の効かない中でダンジョン内の仕掛けを突破したのも一度や二度ではない。

(危険だが、やるしかないか……それにあまり時間をかけているとここで、のたれ死んじまうかもしれないからな。やるなら早い方がいいだろう)

そう一度判断を下すと、彼の行動は早い。
仕事道具がずっしり詰まったバックパックをひょいっと背負うと、魔法道具の補助を受けながら探知魔法と暗視魔法の一種を発動させ、霊峰の奥深くへと進んでいった――――――









「う〜む、困ったぞ」

それから、三時間程。いくつかめぼしい箇所があったものの思うような成果は出なかった。
ドラゴニウムがありそうな魔素が濃い洞窟はあったのだが、途中から人間が入れるような形状をしていなかったり、骨が大量に散乱している明らかにゾンビがでそうな洞窟だったりした。

そして二つを諦めて、三番目に見つけたのが目の前の洞窟である。岩壁にちょうどドラゴン一体が通れそうな穴が開いており、場所も森の奥深くにある隠された大滝の近く、といかにも秘境にある竜のねぐらという感じである。

(中に何かいるかもしれないが……もう次を探している余裕は無い。行くしかないか。誰かが歩いてここまで来た形跡は無かったし、中も広そうだ。見たところ鉱物がありそうな地形だし、浅い場所で採取してとっととズラかろう)

意を決して、洞窟内へと侵入する。音をたて無いために底が毛皮の靴に履き替え、息を殺し、気配を消し、匂いと自分の姿を魔法で隠蔽し、感知されないよう細心の注意を払いながら進んでいく――――――と、あっけないほど簡単にそれは見つかった。
入り口からすぐの所に小さい袋小路があり、そこに独特の形状をもつ鉱物が鎮座していたのだ。

「照らせ(ルクス)」

魔法道具に魔力を注ぎ、起動の鍵となる呪文を詠唱する。
すると、彼のヘッドギアの側面の筒から一条の弱い光線が発せられた。

(最近の魔法道具も便利になったもんだな。魔法の心得がちょっとあれば手を塞がずに光源が確保できんだから)

誰かも知らぬ魔法道具の作り手に感謝しつつ、鉱石に光を当てて確認すると、やはりそれは魔界鉱物独特の輝きをしていた。

(一見、魔界銀に似ているが、保有エネルギー量が段違いだ。それにここら一帯に漂うエネルギーと同じものを放っている。間違いない、これが今回のお目当て『ドラゴニウム』か!)

ようやく、探し求めていた物を見つけ歓喜に打ち震えるのもつかの間。
緊張が解けたサヴィンにこれまでの疲労がどっと襲い掛かってきた。

(今回のは流石にヤバかったし、正直なところ、過去最高難度だったけど――――これを見たら満足した)

薄暗い小さな袋小路の中、魔法の光に照らされたドラゴニウム。
妖しげで艶やかな輝きをした紫色の根元と、雄々しく黄金色に輝く結晶部分。その間のグラデーションも天然のものとは思えないほどに自然で、鉱物の原石ながらとても幻想的で美しかった。

彼は知る由もないが、この袋小路はちょうどいい具合の魔力溜まりになっており、濃い魔界と同等の魔素濃度となっていた。そのため、専門家でない彼の目にも貴重だとわかるような上質なものとなっていたのだ。

(綺麗なもんだ、大金を積んでもこれを欲しがる奴の気持ちもわかる)

そう考えながら、道具箱からひと際頑丈なピッケルを取り出し、金色の結晶部分を採取しようとして、あることに気が付いた。

(うーん、この形状だとどうしても紫の部分が残っちまうな、個人的にはこのグラデーション部分が気に入ってるんだけどなー、って何考えてるんだ俺は! ここは竜の住処かもしれないんだぞ!)

ここの危険性を思い出し、個人的なこだわりは隅に置いておいて気持ちを入れ替えて採取にとりかかろうとする。しかし、これまで蓄積した疲労の所為か、はたまた徐々に体に蓄積した魔物の魔力に蝕まれたのか、思考に靄がかかって体が思う通りに動かない。

(まず……い……体が、思うよう……に、動かね……え)

そう思った瞬間―――――――――――――――――――――――――――――――



バサッ、バサッ、バサッ、っと、何かがこちらに向けて飛んでくる羽ばたき音がした。

そしてその音の主はどんどん近づいてくる。

(あ……やば……い)

人生最大の危機を直感したサヴィンは速やかに光を消し、マントに包まって隠蔽魔法を速やかに全開にし息をひそめ気配を殺した。その数秒後、音の主は洞窟に到着、そして入り口で止まることなくそのまま洞窟の奥まで飛んで行った。

(気づかれて……ない……のか?)

長年の経験で培った経験、その迅速な判断が彼の命運を救ったかに見えた。
だが、現実は非常である。

「ほう? 我が住処に来客とは珍しいな、よもや我が財宝を狙う不届きものか?」

スタッ、と着地する音がサヴィンの耳朶を叩くのとその音の主が愉快なものでも見たかのように声を上げるのはほぼ同時だった。
その言い放った一言に、サヴィンは己のたどる運命を悟った。

(ああ――――終わっ……た)

そして、現実逃避か、はたまた自己防衛か、彼の意識は闇に沈んでいった。







――――――――――――――――――――――――――――――――








「成程、そういう理由であそこで気絶していた訳か」
「はい…………」
「全く……ドラゴンに打ち倒されて気を失ったものの話は聞いたことがあるが、留守中に忍び込んで家主が帰ってきたら玄関先で気絶した盗人の話など聞いたことがないぞ……
せっかくここまで奥地にきたのだから、どれほどの勇士だろうかと期待したのに…………お前、本当に自分が言うように腕の立つ冒険家なのか?」
「いや……それは本当だって! …………確かに、説得力ないでしょうけど」

そして、哀れにも気絶したサヴィンはここに住みついていた澄み切った青空のような藍色の鱗をしたナイスバディなドラゴンに気絶したところを発見され、叩きおこされて、何故ここに来たのかその理由を問い詰められて今に至る。

もう情けないやら、恥ずかしいやら、恐ろしいやらで、安全な穴があるなら入っていたい……とサヴィンは思った。まあ、ここも穴の中なのだが。

「ほう? 私の財宝に目を奪われたのではなくて、自分で取りに来たあの鉱石に目を奪われてそれで逃げるのが遅れたといっていたくせに? 面白い奴だ」
「ううっ…………」

返す言葉もない。

「さて、このしょぼくれているコソ泥をどうしてくれようか」
「コソ泥じゃなくて、冒険者です……」

ますますしょぼくれるサヴィン。しかし、その態度とは裏腹に彼の胸にあるのは焦燥だった。

(このドラゴンが無事に返してくれるとは思えない、彼女から見れば俺は確かに馬鹿で哀れなコソ泥だろうから。見つかった瞬間に八つ裂きにされなかったのが幸いな位だ。でも、今、外に放りだされたら、標高と時間の関係上かなり冷え込んでいるし、普通に死ねる。でもいったいどうすればいいんだ? どうやったらこの場を切り抜けられる? 考えろ、考えるんだ、サヴィン43歳ーーーーーーーー!!!!)

「おい、コソ泥」
「コソ泥じゃなくて冒険者だ!!!」
「別にどっちだろうと構わん。貴様にチャンスをくれてやろう。私は慈悲深いからな」
「えっ…………チャン……ス、ですか?」

(…………ほっ、向こうがスルーしてくれて助かった……
いかにも高圧的だけど本人のいう通り、最初から叩き出さずに理性的に対応してくれるだけ、慈悲深いのかもしれないな)
密かにドラゴンへの認識を改めたサヴィンにドラゴンが宣告する。

「長い間誰も開けられなかった開かずの宝箱を開けること、それが貴様に与えるチャンスの内容だ」
「開かずの…………宝箱!?」

(なにそれ、やっていいの? 開けていいの? なんかすんごく冒険者冥利に尽きるんだけど!?)
開かずの宝箱という言葉に長年の冒険者であるサヴィンの眼が輝く。彼に尻尾が付いていたら今頃ぶんぶんと餌を前にしたワーウルフの様に振り乱しているところだろう。

「おい、急に生き返ったな貴様…………まあいい…………ほらっ、これがその開かずの宝箱だ。開けられなかったら即刻外に放りだすぞ」

爛爛と目を輝かせるサヴィンに若干あきれつつ、ドラゴンは洞窟の奥から宝箱を大事そうに抱えてきて、そっと地面に降ろした。

(ここまで来たらもうやるっきゃねえ)

きつい宣告に覚悟を決めて、じっと観察してみると装飾は抑えられているが筋の良い職人が作ったと思われるような中型サイズの金属製の宝箱だった。しかもかなり頑丈そうだ。かなりの大物の予感である。

「ふうむ、なかなかいい宝箱ですね」
「そうだろう、私の力をもってしても破壊できない耐久性能だ。まあ、今は解除している魔法障壁こみでの話だがな」
「他に何か知っていることは?」
「私に教えろというのか? そこは自分で何とかしろ、凄腕の冒険者なのだろう? まあ、開けれたら教えてやらんでもない」

うぐっ、そう言われたら俄然開けたくなって、やる気が出るじゃないか。
それにしてもこのドラゴン、人を乗せるのがうまい。久方かたぶりの訪問者って言ってたけど本当なのか?もし本当なら、案外いい嫁さんになれるかもしれないな。

などと、頭の片隅で考えつつ、道具箱から魔力探知と魔法解析のマジックアイテム、それからピッキングセットを取り出し、宝箱の前に並べて、作動させる。

(ふ〜む、どうやら、魔法障壁が外部からのジャミング役を兼ねていたみたいだな。おかげで然したる苦労もなく中の様子を把握できんのはありがてぇが…………内部構造は魔力のこもった液体が入っている容器に、何かの箱、上部に刻印されている保冷用の術式、それにこの側面にある湿度調整用と思われる術式…………この中は温度湿度ともに管理されているってことか)

得られた情報から、考えられる罠の可能性を考慮していく。

(魔力のこもった液体に、完全管理された内部の空気…………外部との空気の接触で発動する毒ガス系? ありうるな。外装がドラゴンの力に耐えうるほどのものなんだから、高度な仕掛けがあっても不思議じゃぁない、それに万が一強引に突破されてもこの系統のトラップなら返り討ちにできる可能性がある)

「よし、いまから、カギを開ける作業に入ります。危ないかもしれないのでちょっとさがって下さい」
「…………?? わかった」

不思議そうな表情で、ドラゴンが後ろに下がる。それを確認して、ピッキング用具を取り出して、鍵穴に挿入する。そして、一つ一つノブを押し上げながら、慎重に、慎重に進んでいく。

(これほどまでの防御性能のある宝箱だ、鍵穴の方もさぞ、重厚なつくりになっているに違いない。だが、俺はどうしてもそれを開けなければならないのだ。いくぞ―――――――誰だか知らん製作者、鍵穴のピンの貯蔵は十分か―――――)

ガチッ、グルン、ガチャン。唐突に、本当に唐突に「あれっ」の声をあげる間もなく、あっけなく開錠される宝箱。

(ハッ、いかん、毒ガスが、漏れ――――――――――――――――――――――――――――あれっ?)

予想に反し、いつまでたっても出てこない毒ガス。予想外の事態に呆然とするが、それは後ろのドラゴンも同じようだった。

「何故だ!? 何故、私が100年間も開けられなかったものを、あんな人間がいとも簡単に―――――!!??!!??」

まるで、世界の終わりの様な表情で驚くドラゴン。

(お前も挑戦したんかい!! まあ、あの手じゃピッキングは難しいだろうな、道具も持ってなさそうだし……)

「ハッ、それよりも中身は無事か!? ワインは無事なのか!?」

こちらに猛突進してくるドラゴンに命の危機を感じたサヴィンは慌てて飛びのいた。と、同時に宝箱(?)の中を覗いたドラゴンが歓喜の咆哮をあげる。

「おお、良かった、無事だ! あの建国記念日の時に買った『ドラネ・ロンティ』!! よかった! せっかく買ったのに、二度と飲めなくなったと思っていたのに! まさか、飲める日が来るなんて!」

あっけなく宝箱を解錠した凄腕冒険者の前で繰り広げられたのは、ワインボトル片手になんともまあ奇妙な喜びの舞を踊っている絶賛カリスマブレイク中のドラゴンという珍妙な光景。

(いや、待てよ、この宝箱、要するに超頑丈なこいつのワインセラーだったってことか?
長いあいだ誰にも開けられないって大層なことをいってたけど、100年間も開けられなかった、とか自分でいってたし、まさか、ただ単に合鍵なくしたか、壊して困ってただけなのか? だから、俺に開けさせようと? 自分で買ったんなら鍵屋に行って開けてもらえばいいものを……)

不法侵入の対価がそれ位で済んだのはよかったのかもしれないが、こう……何か極めて強い冒険者魂に対する侮辱なようなものを感じるサヴィンであった。

「ふふふ、感謝するぞ、人間!」
「そ、それはどうも…………」

まあ、提示された条件は果たしたのだし、明らかに心から嬉しがってるドラゴンを見て、機嫌もすこぶる良いしもう放り出される心配はないだろうとサヴィンは思い安堵のため息を漏らした。

「よし、今日はいい日だ。飲むぞ!! お前も一緒に飲め!! 人間!!」
「え? いいの?」

しかしほっとしたのもつかの間、有頂天になったドラゴンによってサヴィンを巻き込んだ酒盛りが始まったのである…………
19/12/14 00:26更新 / レオ二クルス
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一万字に納まらなそうなので分割して投稿します。

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