読切小説
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「おっきろーおきろーっ!おーきーろー!」
同居人の甲高い声で心地よいまどろみが破壊されること三回目。夜型生活の彼女に付き合う義理はないので再び寝たふりを敢行することにする。
お子様の無尽蔵のスタミナに付き合えるほど、大人は頑丈にできていないのだ。

「うがーっ!下僕のくせに生意気よ!起きろー!起きなさーい!」

奴めは早々に癇癪を起し、ぼっすんぼっすんとベッドにダイブしてくる。ふはは。効かぬわ。痛くも痒くもない。
「ぐぬぬ…これでどうだ!」「うひょあっ」
腹の辺りにひんやりとした空気が流れ込む。
奇声を上げて体を起こすと、してやったりと顔に大書したようなにやにや顔で腹から生えている生首と目があった。
こちらの視線に気づくと、いったん引っこんでから、すました顔でベッドに腰掛ける。

「お前…人を睡眠不足で殺す気か…」
地を這うような声で大の大人に、それも連日の睡眠不足で血走った眼で恨み事を吐かれたら、普通の子供なら縮みあがるところだろう。
奴がそんな殊勝な子供だったらどんなに良かったか。
少女の姿をした悪魔は平然とした顔で、歌うようにいつものセリフを返すのだ。

「あら、まだ死なないの?しぶといのね。」

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幽霊に取り付かれる連中と言えば、たいてい殺人犯か、墓地で酒盛りをするような不信心者と相場が決まっているが、俺はそのどちらでもない。

殺人を犯すほどの度胸も無ければ、酒盛りに使うほどの金もない、仕立屋の見習いが、何をどうして質の悪い幽霊に居座られたのかこちらが聞いてみたい。
溜息をつきながらハサミでラシャのケバを取り除いていると、物珍しそうにひょこひょこと辺りを覗いている半透明の姿が視界に入る。
思わずため息をついたせいで、舞い上がったケバが鼻に入りくしゃみを連発する羽目になった。
奴めはそれは楽しそうにきゃらきゃらと笑うと、「ねえ今どんな気持ち?どんな気持ち?」と空中をはずむようにこっちに向かってきた。腹が立つ。

「……おい、俺の定規どこにやった」「知らなーい」

あまりにうっとおしいからちょっと無視していればご覧の有様だ。
「あれはお兄さんのお仕事道具です。さっさと返しなさい。」「『返してくださいませ。カレンお嬢様。』でしょ?」
ふふふん。と目いっぱいこちらを見下しながら天井近くでさまよう幽霊が、腕組みする。
「か・え・し・て下さいやがりませ、お嬢様!」「カレンお嬢様!名前で呼びなさいってあれだけ言ったでしょ!」
頬を膨らませて吠えるお子様。自分の死因や生まれた場所さえ覚えてないくせに、こいつは名前にだけは異常にこだわるのだ。

「ペナルティ一回!」「やめろ!わかった!わかったから!」「いや!」

脳内に鮮明に浮かぶ狭い部屋、部屋中を這いまわる蛇、蛇、蛇……

「ひぎゃああああああああああああああ!お母ちゃあああああああん!」

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親方のしごきと執拗な幽霊の業務妨害に耐えること一週間、久々に顔を出した食料品店の若旦那にやつれ具合を心配され、久々に触れる人間のぬくもりに思わず号泣した。
他の客から明らかに狂人の類を見る目で見られたが、気にしない。
気にしてないと言ったら気にしてはいないのだ、本当に。

「このままじゃ、本当にあの幽霊に取り殺されるんじゃないか?俺…」

とぼとぼと奴が我が物顔で占拠しているであろう、下宿へ重い足取りを向けた。
こんなしがない奉公人一人祟り殺したところで、幽霊に何の得もないだろうが。
いや、でも幽霊と言うやつは仲間を欲しがって、手当たりしだい生きた人間を同じ幽霊にして回るものと怪談では相場が決まっている。

(あんな我儘娘でも、やっぱり寂しいもんかねえ)

腐っても仕立屋の見習いだ。カレンの服装を見れば、生きていたころは相当に裕福な家の令嬢だったことくらいわかる。
両親やら家庭教師に召使に囲まれて、何不自由なく育ったお嬢様が今や煙のような幽霊暮らしだ。
人間の気配に惹かれて、ふらりと見知らぬ男の家にいついてしまったのだろう。

(少しくらいは、優しくしてやろうかねえ。)

なにしろまだほんの子供だ、少しくらいは甘やかしてやってもいいだろう。
そう考えた瞬間、頭の中にカレンの悲鳴が響き渡った。

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「オットー!良かった、外出していたのか!」工房の同僚がこちらに駆け寄ってくる。
「隣の家で子供が火遊びをしてな、風のせいでこっちに燃え移ってきたんだ」
(怖い!怖いよお!誰か助けて!)
「たまたま女将も旦那も家を開けていてな、下宿人は全員飛び出して無事だ!このまま自警団を待つぞ。」
(嫌だ!苦しい!くるしいよお!おとうさま、たすけて!おとうさまあ!!)
「何してるんだい!全員逃げ出したって言ってるだろう!あんた!この人を止めておくれ!」
(おとうさま、おとうさま、いきができない、くるしいの、たすけて)
「何をしてるんだ!気でも違ったか!」

うるさい!離してくれ!まだ中にはカレンがいる!

ああ、あのバカ幽霊!自分がドアなんかすり抜けられることも忘れてやがる。
早く泣きやめ、聞こえないのか!俺がすぐにそっちに行くから。

力いっぱいボロボロの扉を蹴りあけると、部屋の隅にうずくまる小さな半透明の姿に駆け寄る。

「カレン!何してるんだ、早く逃げるぞ!!」

抱き上げようとした腕はするりと宙を掻いた。掴めない、連れ出すことはできないのか?
「しっかりしろ!幽霊が二度死ぬなんて冗談、さっぱり笑えないんだよ!」
うつろな目がうろうろと天井付近をさまよう。

「あし、うごかないの。いつつのときにびょうきになって、にげられない」

はくはくと弱弱しく動く唇が、消えたはずの記憶をなぞりだす。おぼろげだった死の瞬間がカレンの前で再現されている。
一人ぼっちの部屋、動かない体、思い出が今のこの子の体を縛り付けて逃がさない。

「わたし、まえもこうやってしんだの。いま、おもいだした。」

涙はこぼれるのに、ぬぐおうとする指をすりぬけて中空で消えていく。
死んだ人間と生きた人間、触れあえる距離にいるのに手は届かない。
あんまりだ。
この子が、カレンが一体何をした!

「死人だろうがなんだろうが関係ない!俺に掴まれ!いつも、俺の仕事道具を隠した時の要領で指に力を入れてみろ!いいな!カレン!」

腕にかかる弱弱しい力、本当にかすかな指の感触だけれども、奇跡を信じるには十分すぎる証拠だった。
体重なんて全くない体を抱き上げる確かな感触。
俺はそのまま外へと

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その後の顛末を簡単にまとめると、半透明のカレンを抱いて下宿から飛び出して来た俺に周囲は騒然となり、下宿屋の女将はぶっ倒れた。

自警団の消火活動のあと、団長の証言からカレンの生家も突きとめられた。
五年前に放火され、盗みに入られた隣町の判事の家で、亡くなった病気の一人娘が確かにカレンという名だったそうだ。
放火犯の一味は去年全員処罰され、彼女が恨む相手はもういない。

下宿先がなくなったので、俺は親方の弟の家に御厄介になることになった。
あいかわらず仕事は厳しいが給金も少し上がり、今は良く眠れるせいか毎日が朗らかだ。

もうカレンの子供っぽい悪戯に悩まされることはなくなった。
時々、あの幼い笑顔を懐かしく思い出す。

「もうっ!昔のことでからかうのはやめてよー!」

うがーっ!と枕に顔をうずめて(顔が枕にうずまっていると言う方が正確だろうか)、じたばたと悶絶するうら若い娘を横目に、俺は晩酌を楽しんでいる。
死後五年が経っていると知って、最初は茫然としていたカレンだが、屋敷の跡地や家族の墓を見て納得した後、徐々に年相応の姿に成長したのは驚いた。
カレンによれば、意識がはっきりしてきたゴーストには、稀にあることらしい。ウソ臭い。
他にも理由があるらしいが、本人が頑として口を割らないので聞き出すのは諦めた。何故そこで赤面する?

「あんたが死ぬまで一生とりついてやるんだから」

いそいそとベッドの隣を空けながら、晴れやかにいつもの宣言をする彼女に微笑みかけながら、俺は今日も眠りにつく。

願わくば、明日もこの騒々しくも穏やかな日々が続きますように。
12/09/23 18:00更新 / 佐野

■作者メッセージ
いろんな意味で力尽きました。

図鑑のゴーストちゃんはネグリジェかわいい

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