読切小説
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魔剣は貴方を切り裂く
「これが……占い師さんが言っていた」

闇が深く空気が澱む洞窟の奥に大量の呪符と魔法陣で固定された一本の剣がありました。
外見上は武器屋で売っているそこそこの剣と変わらないように見えるけれど,なぜかその剣に私の視線は惹きついて離せません。
頭の中の理性が「これは手に取ってはいけない,私も先輩も破滅させてしまう」と言っています。
けれどその理性を振りきって,私はその剣に固定された呪符と魔法陣を解呪し,その柄に触れました。


私には憧れている人がいます
私と同じ王国騎士団の騎士で次期王国の筆頭騎士とまで評された先輩
どんな状況でも味方を鼓舞するために前線で戦い,力強く誰よりも優しい人
私に剣の才能があると評価していただいた上に,空いた時間があれば未熟な私に稽古を施していただける
そのおかげで私は若輩者の身でありながら王国を支える精鋭騎士の末席に連ねる事も出来ました

だから私にとって先輩は憧れであり,恥ずべき卑しい行為だと戒めながらも先輩の事を思い浮かべながら何度も一人愛撫を行った事だろう
あの人の逞しい腕に抱かれ,剛直に貫かれながら,秘所を胸を口元を私の全てを愛撫し,あの優しい声で愛を囁かれる妄想を幾度しただろう
その度にこの想いは期待する先輩に対しての裏切りだと,この恋は明かすべきではないと理解しても,募るこの想いは日に日に強くなっていくのです

だから,だからこそ私は貴方の足手まといにはなりたくなかったのです


「どうした。ここ最近剣に迷いが見えるぞ」
「申し訳ございません,私が未熟なあまり先輩に負担をかけてしまって」

いつものように優しく私を心配してくださる先輩の声が,私には辛かった
私が騎士となり魔物との戦いも既に百を超えました。
私の同僚の皆さんも王国の治安を守る戦いに疲れが見え始めていますが先輩のおかげで士気は高くその多くの戦いで勝利しました。
しかし私が戦いで貢献出来る頻度は日に日に落ちています。
それは私がまだまだ未熟な事や,魔物達の強さもあるだろうけれど一番の原因はは私が先輩に見とれてしまう事でした。
私が危機に陥れば必ずと言っていい程先輩は私を助けに来てくださるのです。
先輩は気にはしていないようですが,それでも王国騎士の中で一番の疲労と傷を負っているのは紛れもなく貴方なのですから。
だから私は悔しくて悔しくて歯痒いのです。
私が未熟でなければもっと先輩の役に立ち恩に報いる事ができるのに,と。

「そう思い詰めるな。お前は強い,それは俺が保証する。だからもっと自信を持て」

思い詰めている私の姿を見て,先輩は私の頭に手を当て優しく撫でてくれました。
その言葉にどれだけ私が勇気づけられ,私の心を癒しただろう。
ですが先輩,私はもっと貴方の役に立ちたいのです。
貴方を支え守れるくらいに。


私が魔剣の話を聞いたのはそれからすぐ,市街地の見回りをしていた時でした。
路地裏の中でこじんまりした露店がありした。
「そこの騎士様,お悩みでしたら道を示してあげますよ」
ローブで全身を隠していますが血のように紅い瞳が特徴的な妖艶な雰囲気な占い師がそこにいたのです。

「なるほどなるほど,つまり先輩さんの役に立ちたいのね。ならちょうどいい噂を知っているの」

私の悩みを真摯に聞いてくださった占い師さんはにっこりと笑みを作ると一つの噂を話してくれたのでした。
曰く「北東の洞窟内には勇者様が封印した剣があると」
それは今の魔物が女性の姿ではなくもっとおぞましく魔の姿をしていた頃に,ある剣士が持っていた剣とのことでした。
それは禍々しく凶悪で,敵味方関係なく切り裂き殺し屍の山を作ったとされている代物で,それを当代の勇者様がその剣士を破り封印したという曰くつきの代物だそうです。
私はその話を聞いて思ってしまったのです。
そのような力があればもしかしたら先輩の力になれるのでは,と間違っても思ってしまったのです。
無論,勇者様が封印するような代物です。主の加護を受けと洗礼術式を一通り学んだ身ではありますがどんなに考えても危険でしょう。

「でも先輩の役に立ちたいのでしょう。なら邪道だとしても力を手に入れた方がいいわ」

占い師さんの言葉は悪魔の囁きに似ています。しかし暴走してしまえば先輩だけでなく市民の方々にも危険にさらしてしまいます。

「大丈夫よ,貴女は強い。それは体だけでなく心も強い。だから魔剣にだって負けないわ」

噂話だからお題は結構です,と占い師さんは言って露店を片付けどこかに行ってしまいました。
正直に言えばたかが噂,しかも魔剣となれば信じる事は普段の私ならなかったでしょう。
ですが私は……あの妖艶な雰囲気のする占い師さんの言葉が耳に残ってしまい,なにより先輩の力になりたくてその魔剣が封印されているという洞窟に向かいました。


剣に触れた瞬間,頭の中に響いたのは切り裂きたいという私ではない誰かの声でした。
それは先輩と同じくらい心地よい声で一瞬私はこの声に全てを委ねたいと思ってしまえる程でした。
しかしそれを強引に理性で押し留めます。この声に身を委ねてはいけない。先輩を傷つけてしまうのだから。
冷静になった事で剣を見ると,今まで普通の剣に見えていたこれは禍々しく邪悪な意匠が凝らされた剣になっていました。
そんな持つ事を憚れる様な剣なのに,持っていても不快にならずそれどころかふつふつと高揚感が湧き上がってくるのを感じます。
軽く剣を振るえば,今まで持ったどの剣より軽く,私の手に馴染む事に驚いきつつも納得しました。
まるで剣が私と一体化したような感覚に震えが止まりません。
それは恐怖ではなく歓喜のもので,これで先輩の役に立てると私は陶酔してしまいました。

魔物達の襲撃がある度に私は魔剣を振るい続けました。
殺しはせずにただ相手の武器を切り落とし撤退させられれば良いのです。
戦えば戦うほど魔剣は私の手に馴染み,まるで私と一体化したように思えます。
そうして戦い続けている内に頭に響く声と体の疼きは強くなるばかりです。
頭の中で聞こえる声は「これじゃない。切り裂きたいものはこれじゃないでしょう?」と囁き続けます。
ええ,私もそう思います。
魔物達ではなく王国の無辜の民達を切り裂いて切り裂きたくて仕方がないのです。
例えば,朝挨拶をしてくださった若いパン屋の少女をずたずたに切り裂いたらどんな気持ちになるでしょう。
例えば,道をすれ違った快活な子供達をこの魔剣で切り刻んだらどれだけ愉快な事でしょう。
例えば,私を信じる同僚にこの剣で背中から貫いたらどれだけこの渇きが癒せるでしょう。
ですがそれを行ったら……先輩は必ず悲しみます。
魔剣を振るって戦っている間はこの声も疼きも抑えられるので,私は戦いを求めていきました。

「大丈夫か,最近働き過ぎだ。少し休暇を取った方がいい」

ある日先輩が戦い続ける私を心配し,体の疼きに火照った額に手を当ててくださいました。

「それに熱がある。仕事熱心をなのもいいが休養をしっかり取らないといけないぞ」

優しく諭すように先輩が私に語りかけるだけで,心臓の鼓動は早く早く早くなってしまいます。

「私は先輩の役に立っていますでしょうか?」
「ああ,十分すぎるくらいだ。だから今はゆっくり休め」
ええ,分かりました。先輩の言うとおりしばらく戦いを休んだ方ががいいのでしょう。


私が休暇を取った日から街である噂が広がりました。
「夜な夜なボロを着た剣士が街を徘徊し,戦士を見ると戦いを挑む」というものです。
今のところけが人は出ておらず,被害が出ているのは戦士が所持していた武器が壊される事くらいだそうです。
火照る体と響く声にうなされている私にはそれが羨ましく思えます。
戦えば楽になれるのに戦えないせいでどんどんこの熱と疼きは蓄積されてしまいます。
自慰の回数も日に日に増えているのにも関わらず欠片も満たされる気配がありません。
でも先輩が心配しているのですから安静にしなくてはいけません。
ですが今日は街に買い出しに出ないといけません。
火照る体に鞭を打ち,私は買い出しに向かいました。

街行く人々が私には目の毒です。
ああ渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて渇いて誰かを切り裂きたくて仕方がありません。
「あら,お久しぶり。調子はどう?」
そこにローブを被って顔を隠してる人……紅い瞳に白い肌そしてローブに隠れていますが月夜に輝く月のような白い髪……これは

まさか,ああなんてことでしょう。
王国にリリムが入り込んでいるなんて,敵がいます。
なら切り裂かなきゃ切り裂かなきゃ切り裂かなきゃ敵は切り切り切り切り切り切り切り切り切り切り

「落ち着いて騎士様。私は貴女の仲間でしょう」

紅い瞳が輝くと途端に私は正気に戻ります。
目の前にいるのは道を示してくれたあの占い師さんでした。正気を失い魔剣に呑まれそうになった私を恥じてしまいます。

「だいぶ魔剣に浸食されているようだけど,どうして街の人を切らないのかしら」

切れば楽になれるわよ,と占い師さんが言います。
それは駄目です。切り裂いたら楽になれますが先輩が悲しみますから。

「ああ,ごめんなさい。やっぱり初めては大好きな人よね。全く野暮な質問をしてしまったわ」

占い師さんが謝りますが私にはなぜ謝られたか分かりません。

「うーん,恋に悩む騎士さんを救うついでに王国の一部の魔界化できればと思ったけど,ここまで精神が強いなんてね。まあこれはこれでいい成果ね」

にっこりと占い師さんがほほ笑むと黒い石がついたお守りを渡しました。

「今日も夜のお散歩をするでしょうからこれをあげるわ。これは夜の闇を少しだけ深いものにするお守りだから上手く使ってね」

今日こそ先輩さんに会えるといいわね,と占い師さんが含むような言い方をしてまた消えるように去っていきました。


街は暗く夜は深く冷えた空気が火照った体を冷やします。
ボロで体を隠していますがやはり殆ど全裸で街を歩くのは気恥ずかしいものです。
ですが渇いた心は満たされなくて今日も私は夜の散歩をしてしまいます。
手にした魔剣が囁きます。
「切り裂きたいのに今日も見つけられないね」
甘く私を溶かすように熱が込められ声に私はくらくらしてしまいます。
だって今日は5人と戦ったのに目当ての人にいまだに当たりません。
暗い路地を夜警や騎士団の同僚が見回りをして私を探しているのでしょう。
夜警を避けて街を散歩していると魔剣が先に気配を感じてくれました。
奥まった路地裏に寝ている浮浪者や夜店帰りの若者がいないか確認する優しく愛しい先輩の姿を。
もう駄目です。抑えきれません。ようやくようやくようやくようやくようやくようやく先輩を見つけられたのですから。
「夜の闇は甘く深く貴方の全てを隠します」
魔剣が教えてくれたこの黒い石の魔術を解放します。
これで邪魔は入らないでしょう。
もう邪魔なボロを剥ぎ取り私は裸体を曝します。
流石にこのままでは貞淑さに欠けてしまうので魔剣に胸と秘所を隠す様に頼むと魔剣は私の体を冒すように黒い魔力で形作られた胸当てと下着で覆いました。


「! 誰だ!」

先輩が私の気配に反応して剣を構えましたが私の姿を見て愕然としてしまいました。
なぜでしょう。私のこの姿は殿方に情欲を掻き立てるものではないのでしょうか?

「どうして……お前が……」

悔しそうに悲しそうに顔をしかめる先輩を見ながら私は魔剣の魔力を全力で解放します。

「先輩,しっかりと構えてくださいね。これから貴方を愛しますので」

まずは挨拶代わりの全力の突きを先輩は即座に受け止めず流すように剣を滑らせました。
既に魔剣と一体化している私は体勢を崩すことなくそのまま横に一閃しようとしますが,先輩はそれを許すことなく剣の腹で受け止めました。

「なぜだ!なんでお前が魔剣に魅入られた。お前ほど強い人間が!」

先輩,勘違いされています。私はただ貴方の足手まといになりたくなくて,ただ役に立ちたくてこの魔剣を手にしたんです。
「先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩愛しています愛しています愛しています!!誰よりも何よりも優しくて強くて私のような未熟者を見初めてくれた貴方が好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きだから切り裂かれてください!!!]

恋しくて愛しくて狂いそうなこの感情をただぶつけるのが楽しくて嬉しくて感涙してしまいます。
魔剣を振る度火照りが高まり,渇きが増していきます。ですがそんなこと気にならないくらい嬉しいのです。
ただただ貴方と戦い切り合えるのがとてもとても愛しいのです。
魔剣を振るったのが100,200,300を超えても先輩は一度も私の魔剣にその肌を触れさせてくれません。
私の突きを袈裟懸けを回転切りを一閃といった剣技だけでなく,魔剣が積んだ経験や技能も繰り出します,それ以上に魔剣と一体化したことによる人外の域に達した技の全てを駆使しても,それでも先輩は崩せません。
なにより先輩はいつだって私を殺せるのに必ず手加減をしているのです。
今だって私の全力を私が傷つかぬよう細心の注意を払って受け流し続けているのですから。
嗚呼,先輩。貴方は本当に強くて優しくて愛しくて愛しくて愛しくて堪りません。

ガキン,と鈍い音が響き先輩の剣が私の魔剣を弾き飛ばしました。
「これで……終わりだ」
倒れた私に剣を突き付け,泣きながら私を見る先輩に心が疼いてしまいます。
「お前を理解できなくてすまなかった。願わくば主がお前の魂を救ってくれる事を祈ろう」
そうして先輩は悲痛な面持ちで剣を振り上げて,私は…………

「先輩,私は卑怯ですよね」
「!!!」

体内に隠していた魔剣を先輩の胸に深く深く突き立てました。

「私はもう魔剣と一体化しているんです。だから魔力だけでできた魔剣の形をした偽物も作れるんですよ」

弾き飛ばされた偽物が溶けるように霧散します。
そして先輩の胸に突き立てた魔剣から伝わる先輩を突き刺し切り裂いたという感触と先輩の精気に私は絶頂しながら,動けない先輩に口づけをします。

「この魔剣で切り裂いても先輩は殺せませんし殺しはしません。ただしばらくは動けないとは思います」

先輩の逞しい胸板に頬を当てて体を擦り付ける度に圧倒的な快楽が魔剣と私を駆け巡り,渇ききった心と体を満たします。
でもまだまだ足りません。全然足りません。この火照った体は,渇ききった心は貴方の全てを求めているのですから。

「だから先輩は……ただ私の奉仕を受け入れてください」

そうして私は,戦いの高揚からかそれとも私の裸体に興奮されたのか分かりませんが雄々しく反り立つ先輩の剛直を秘所に受け入れました。


その後私は先輩を獣のように求めました。今までの渇きを満たすために。
先輩が絶頂する度に私はその何倍も絶頂を繰り返し,ただただ快楽を求め性交を続けました。
その度に魔剣が体に馴染み,頭に響く声も声嬌声へと変わっていきました。
魔剣と一緒に先輩の弱いところや気持ちがいいところを探し奉仕し交わる事で私は真に魔剣と一体化したと感じられました。

「おめでとう。騎士さん。大好きな先輩とのまぐわいはどうかしら?」

先輩と愛し合っていると占い師さん……いえリリム様がウットリと私と先輩を見つめていました。
ありがとうございます,リリム様のおかげで先輩と私,そしてこの魔剣の三人で愛し合えています。

「そう,それは良かったわ。まだまだ夜は長いのだから存分に交わりカースドソードとして先輩さんを守ってあげてね」

ほほ笑むリリム様につられて魔剣の私も,私自身も嬉しくて嬉しくてほほ笑みました。
先輩,これで私は貴方の役に立てますよね。
16/04/17 06:40更新 / 影人

■作者メッセージ
久しぶりの投稿ですが,カースドソードさんが投稿されてからずいぶん時間がかかってしまい恥じ入るばかりです。
もしもこの小説を楽しめていれば幸いです。

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