読切小説
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そいつの首がとれたなら
 魔物が初めてこの村にやってきたのは、ちょうど今のことだ。ド田舎であるこの村は魔物たちに目を付けられていないようで、一切襲撃を受けていない。そのせいか文化交流が乏しく若干世間ずれしている。
 ある秋の雲1つない快晴の空の下、唐突過ぎる上に予想だりしないシチュエーションで、別の意味で笑えなかった。だって、誰しもが予想しない感じでそこにあったのだから。

「………………」
「助けてくれ」

 ……見なかったことにしよう。
 夢でも現実でもどっちでもいい。
 僕は幻を見ていたんだ。
 あー空気おいしー。

「よう佐久間」

 そう呼びかけてきたのは友人の広瀬。

「なあ広瀬」
「なんじゃい」
「これなんだけどさ、どう思う?」
「これだぁ?」

 僕が指差したものを確認する。

「これって…………」
「ああ…………」

「「生首…………じゃねぇの?」」

 生首。
 艶やかで絹のような美しい銀の髪、病的なまでに白い雪色の肌、整った綺麗な顔は気を抜くと惚れてしまいそうになるが、それが生首とあっては話が別である。

「こ、これどうするよ」
「お、おおおちけ落ち着けよ佐久間!とりあえずこの村に爆弾をだな……」
「お前が落ち着け!」
「おーい」
「これを見られたら最悪だ言い訳できないぞ!とりあえず佐久間、どうすれば村の人たちに怪しまれずに持ち歩ける!?」
「こんなもん持ち歩いたら、アマゾンに住む原住民さながらみたいな感じになるだろうがっ!」
「……そうだ!俺の横に並べ!」
「こ、こうか?」

 横に並び、肩をくっつける。

「そして首を肩の接触部にバランスよく乗っければ…………ジャジャーン!キングギドラの出来上がり!」
「こんな事態で遊ぶなやァ!」
「人の話を聞かんかコラァ!!」

 生首は大声を上げた。

「あ……すいません」
「失礼しました」

 そっと生首を地面に置く。

「私はウィザニアという。魔王軍の指揮官だ」
「どうも、佐久間博之です」
「広瀬逸久です……って」
「「生首……喋ってる」」
「遅っ!」
「んで、なんでそのお偉い指揮官さんがこんなところで生首になってるんスか?」
「実はだな、襲撃する予定の村をこの目で見てみたいと思って来たのだがな、恥ずかしいことに軽トラに轢かれたのだ」
「身体が分離するほどの衝撃って…………」
「いや、もともと私たちデュラハンは頭と身体が分離しやすいのだ。それでお前たちに頼みたい、私の身体を捜してほしいのだ」

          ○

 誰もいない夜の小学校、その理科室内。ここに来たのは広瀬の提案なのだが、居る気配はない。

「夜の学校ってわくわくするよなやっぱ。幽霊とか七不思議とか、魑魅魍魎がうじゃうじゃ居そうでよ」
「探す気あんのか?」

 ともあれ、気配は無くとも居ないとは断定できない。ウィザニアの話では、今頃身体は男を求めて東奔西走の可能性が高いらしい。しかし不運なことに、この村の男は半分以上都会に出稼ぎに出ているのだ。噂では数人魔物に掻っ攫われたらしいが……

「ばったり出会っちまう可能性も無いわけじゃないんだよな?」
「うむ」

 生首を持って歩くというのは、なかなか能動的スリリングだと思った。お化け屋敷の開催側みたいな。

「おい、これを見ろ」

 広瀬が指差したのは教育委員会から許されたグロテスク、人体模型。広瀬は奥から引っ張り出し、頭部をガコリと外す。

「頭貸せ」
「ほれ」

 ウィザニアの頭部を渡し、広瀬は慣れたような(?)手つきで人体模型の身体にそれをドッキングさせた。

「よし、これで服を着せればなんとか人だな」
「人の脳をナメてるだろ、お前」
「大丈夫だよ大丈夫。だってほら、上手い女装男子が女子トイレに入っても案外バレなかったりするだろ?」
「同格にするのか!?あれを!」
「おお、画的にアレだが意外に動けるぞ」

 人体模型がガチャガチャと動くその姿はまさに恐怖の画だった。
 しかし顔はイキイキしている。

「とりあえず家からコートとか持ってきた。着てくれ」

 人体模型が服を着る。シュール過ぎて思わず吹いてしまった。

「よし着たな。行くぜ」

 人体模型がこそこそ動く。

「さっきから人体模型人体模型うるさいぞ。これは仕方なくだ。仕方なく」
「すいませんでした」

 廊下に出る。瞬間、ただならぬ気配と尋常じゃない違和感を覚えた。
 ゆっくり振り向けば……

「ぁ…………」
「ひ…………」

 頭部の無い鎧姿の胴体が立っていた。
 暗い校舎に映え、重々しい感じ。

「うわああああああああああああああああ!!!」

 身体が全速力でこちらに駆けてくる。反射的に僕らは逃げ出した。

「あれ、あれ!お前の身体だよな!」
「確かに、あれは私の身体だ!」
「なんでお前を追いかけてる!?」
「おそらく追っているのは私ではなく貴様たちだ!あの必死な追跡ぶり、精に飢えているのだろう!」
「ってことは、あの身体を止めるには!?」
「俺か佐久間、どちらかが囮になるしかない!」

 広瀬の足が止まり。
 振り返り、身体と対峙する。

「まさか、お前…………」
「早く行け!ここは俺が止めてやる!」
「だが」
「行けって!俺みたいな奴が囮役が上手いんだよ」
「分かった!……で、本当のところは?」
「童貞を卒業したいだけだ!」
「さすがは俺の友人だ!」

 広瀬を背に、2人は逃げる。

「……さて、とっとと来やがれ首無し女!」

 構える広瀬に、ウィザニアの身体は






















 無視した。

「は……?」

 見事なまでのスルーだった。
 清々しいまでのガン無視である。

「ちょっと待てやコラァ!!」

 踵を返し、怒りに身を任せて広瀬はウィザニアの身体を追った。


          ○

 校庭で2人は息を整えていた

「あいつ……大丈夫かな?」
「精力が尽きなければ、まあ大丈夫だ」

 そう話してたところに、校舎から身体が駆けて来た。

「なんで追ってくる!広瀬はどうしたんだ!?」
「多分気に入らなかったのだろう!」
「はあ!?なんだよそりゃ!」

 再び、今度は学校の裏にある山に向けて走り出す。

「首が取れている今、私の身体は私の本能のままに動いている。私は広瀬を、本能的に否定したようだ」
「それは仕方ないとは言っても酷すぎるな」
「う……それは、後で謝る」

 とにかく、いくら日常的に部活で身体を鍛えているとはいえ、僕の体力は限界に近かった。一旦休む形で、もう使われていないボロボロの山小屋に逃げ込んだ。
 2人、床に座る。

「そういえばさ」
「む?」
「逃げてる最中思ったんだけどさ、あいつに首をくっ付けたら止まるんじゃないのか?」
「ああ、それは抜けていた」
「逃げた意味…………」

 朽ちかけの屋根の隙間から見える星が柔らかい光を小屋に差し込み、フクロウの鳴き声が森に響く。

「私は今日初めて魔界を出て、初めて訪れた場所がここだったのだ」
「へえ。そんな初めてだらけの日に軽トラに轢かれた上に身体を失うなんて、思いもしなかっただろうよ」
「まったくだ。逆に笑えてしまう」
「なあ」
「なんだ?」
「不躾な質問するけどさ……あの身体が僕を追っているってことは、ウィザニアは僕のことを、本能的に求めてくれてるってことだよな……?」

 ウィザニアは僕を見て、しばらく黙る。

「ごめん、やっぱ質問するんじゃなかった」
「いや、その推理は正しい」

 星空を見て、ウィザニアは言う。

「私は貴様が好きなようだ」
「……上からかよ」
「それでだな」

 静かに、微笑みながら僕を見る。

「この村を侵略したら、私と結婚してくれ」
「…………………」

 佐久間博之、17歳。
 彼女いない歴≒年齢のごく普通の田舎高校生は、なんとびっくり人体模型にプロポーズされた。
 側頭部に拳が炸裂。

「いってぇ……」
「人体模型言うな……」
「言ってない。お前はサトリか」

 そんな楽しい会話は、唐突に終わりを迎えた。突如何かがベキベキと音を立てて屋根をぶち抜き、僕らの前に着地する。
 言うまでも無く、ウィザニアの身体。

「ウィザニア、ちょっと首を借りる」

 同時だった。
 人体模型から首を外すのと同時に、身体は僕を捕まえようと試みる。僕は一瞬で動きを読み、懐に飛び込む形でかわす。

「俺は中学のときバスケ部やってて、人に触られない避け方を練習してたんだよ。そして」

 隙ができた身体の首の部分に狙いを定め。

「高校では現役のバスケ部エースなんだよ!」

 ダンク気味に、ウィザニアの頭部をドッキングさせた。

「まさか部活の経験がこんなとこで生かされるなんてな」
「あ、ありがとう」
「いいんだ。これで襲われないで済むしな」
「それで、だな」
「ああ、まだ答えてなかったっけ。こちらこそ、結婚してくれ」





















 これで終わったかに誰もが思っただろう。
 しかしそれは甘い。この物語にはまだ一本だけ、伏線が残っていることを覚えているだろうか。
 そう。まさに今その伏線を回収するために……

「ライダァァァァァァァァァァァキィィィィィィィィィィック!!!」

 広瀬逸久、17歳。
 ちょっと不良っぽい中学時代を過ごしたバカである。
 そんなヤツが扉をぶち壊し、ウィザニアに強烈なライダーキックを決め込んだ。

「大丈夫か佐久間!」
「ウィザニアに何やってんだ!」
「お前を助けただけだ!」

 言い合っていると、むくりとウィザニアは立ち上がる。

「だ、大丈夫かウィザニ……ア……」

 立ち上がったのはウィザニアだったのだが。
 首が……無かった。

「…………」
「…………」

笑うしかない。
 いや、それすら度が過ぎていて笑えもしなかったのだが。

          ○

 その長く恐ろしい夜は『涙の夜』と名づけた。ほぼ1日も精を摂していないウィザニアの身体は獣のように、次の日の夜まで丸1日僕と広瀬を性的に喰らった。
 あれから3年経ち、村が魔王軍に侵略され、約束どおり僕はウィザニアと結婚した。が、『涙の夜』という強烈過ぎる記憶は、現在の僕の脳裏に、ひどい焦げ付きのようにこびり付いている。もちろん、今もなお独身を貫いている広瀬もそれは同じだと思う。
13/03/09 21:54更新 / 祝詞

■作者メッセージ
 お久しぶりです
 やっぱり書くって楽しいと思うな。自己表現できるから


 処女作である「白銀こんこん」。感想に書かれていたたくさんの要望にお答えしまして、省略していた10年を連載形式で書く事に決定!
 濡れ場も予定しているので、どうかお楽しみに!

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