読切小説
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熱情と双翼
 手付かずの木材を前に、見習い木彫り細工師である少年はひたすらに悩んでいた。
 腰の高さほどの作業台に並ぶのは、それぞれ用途の違う、何本もの刃物たち。両親から貰い受けた、彼の大事な仕事道具。しかし、それらに手を付ける気配はない。
 依然として綺麗に整ってしまっている道具たちから逃れるように視線を向けるのは、傍らに置かれた一枚のメモ。
 それは、少年に与えられた木彫り職人としての初仕事にして、大舞台。

 新たに夫婦となる二人のために作られた祭壇へ、ふさわしい装飾を。

 話は、数日前に遡る。
 ある海沿いの町にある、木彫り細工の工房。そこに、注文が舞い込んだ。
 来客の対応が下手な職人気質の父に代わり、少年は尋ねてきた神父から詳細に話を聞き、メモを取った。結ばれる二人のこと、新婦の願いで式は浜辺で行うこと、そして、そのために新たな祭壇を作って欲しいということ。
 急ぎではあるが、難しい仕事ではない。尊敬する父親であれば、問題無くできる仕事である。自分が手伝うのは、木材の調達くらいだろう。
 お願いします、と頭を下げて帰っていく神父を見送りながら、少年はそんな事を考えていた。
 しかし、工房で待っていた父親はそのメモを見るやいなや、少年に「祭壇自体は俺が作るが、装飾はお前がやれ」と言ったのである。
 どうして、どうやって。
 真っ白になった頭の中でようやく疑問の言葉が結ばれた頃には、父は工房で図面を描き始めていた。
 少年にとって、父親は親である以前に、師であった。その師から作品に携われと言われるのは、決して些事ではない。
 しかも、その内容が結婚式に関わる物の装飾ともなれば、今まで簡単な仕事すら任せられた経験が無い少年が怯んでしまうのは当然だろう。
 当然、少年は父親に訴えた。
 しかし、父親は「お前の仕事だ」の一点張りで、ならばせめてどんなデザインにすれば良いかを教えてほしいと言われても、「お前が考えろ」と取り付く島もない。

 結婚式のために何かを、という注文は、初めてのことではない。愛の女神への信仰が篤い場所ということもあり、祝福のために父が色々な紋様を木に刻んだり、像を彫っているのを間近で見たこともある。
 仕方なく、少年は父親の隣で、鉛筆を手にして装飾の案を描こうと試みた。
 だが、引き始めた線は、はっきりとした形になってくれない。
 物心付いた頃から見てきた父親の作品はいくらでも記憶の中にあるのに、そのいずれも、自分がこの工房で彫れるようなものではないとしか思えない。
 翼を象った模様、女神様の像、教会にも掲げられている紋様。
 見慣れたはずのすべては、父と自分の技量差という壁を通って曖昧な形に変わってしまう。

 それが、もう数日続いている。
 父は手が早い。早ければ明後日には祭壇が完成するだろう。そうなれば、自分の番である。父の作品に、見劣りしないような装飾を入れなければいけない。

 父の手伝いをしている間は、「いつ自分の作品を彫らせてもらえるようになるのか」と思っていたものだが、いざ突き放されるように仕事を与えられると、手伝いだけをしていた日々はどれだけ気楽だったのか思い知らされている。
 やがて、少年は鉛筆を投げ出すと、父が木を彫る音のせいで集中できないんだとでも言うように工房を飛び出した。
 知人たちから投げかけられる挨拶にも曖昧な返事だけを投げ、向かうのは、件の式場となる浜辺。
 生まれも育ちもこの町である少年にとって、海はとても身近な存在だった。砂に足を取られずに駆け回るくらいはお手の物で、ざらつく潮風も肌に馴染んでいる。
 だが、この時ばかりは、砂浜に腰を下ろしていても、どうにも落ち着かない。
 今は静かなこの浜も、式が始まれば大いに賑わうだろう。酒と料理を楽しみながら、歌に言葉に踊りにと祝福は千千に繰り返され、その幸福なお祭り騒ぎの中心には、新たな祭壇が一つ。
 詳細に想像できる式場の様子の中で、ただ、そこにある祭壇の装飾一つだけが曖昧に霧がかっている。

 ふと、懊悩する少年の傍を、影が通り過ぎた。
 雲とは違う、円を描いて動き回る影の正体を探して、少年は空を見上げる。
 温暖な気候の町に光を注ぐ太陽と、透き通った青い空。
 そこに影を作っていたのは、大きな翼を広げた何かであった。
 逆光のせいでよく見えないが、人の形をした身体に、鳥の翼と脚が付いてるのはシルエットでも理解できる。
 たまに手紙を持ってくるハーピーだろうか。いや、新婦となるセイレーンが下見に来たのかもしれない。
 色々と想像を巡らせている内に、その魔物は徐々に高度を下げ、少年から少し離れた砂の上に着地した。
 見れば、その魔物は褐色の肌に、格子模様の入った青い布をぐるぐると巻きつけて服代わりにした、妙な格好をしている。肩からは、ストラップを付けたリュートを斜めに提げていた。
 髪は赤い。バラの色を、もう少し暗くしたような色だ。
 だが、鮮やかな衣服や髪よりも目を引くのは、燃えるような橙色の大きな翼。子ども一人くらいならば、翼の中にすっぽり収まってしまうだろう。
 その翼を見て、少年は記憶の中から名を引っ張り出す。
 ガンダルヴァ、と言っただろうか。
 町から離れた山に住んでいる鳥の魔物だが、楽隊としてこの町に来ている姿を、何度か見たことがある。
 愛の女神様の寵愛を受けた彼女たちの奏でる音楽は、単なる音には収まらない力がある。彼女たちは、ここらの結婚式では欠かせない存在だ――と、酒に酔って饒舌になった父親が語っていた。当然、今回の結婚式にも招かれているのだろう。
 ぼんやりとガンダルヴァを眺めていた少年は、ざくざくと砂を踏み鳴らして向かってきていたその魔物も自分を見ていたのだと、目の前に立たれてようやく気がついた。

「やあ。キミは、この町に住んでいるのかい?」

 良く通る、力強い声だった。
 頷いた少年に、ガンダルヴァは親しみを感じさせる笑みを浮かべて、質問を重ねる。

「近く結婚式が開かれるというのは、この浜辺で良いのかな?」

 ああ、と、少年は合点した。
 やっぱり、この人達も来るらしい。
 会場の下見、というわけだ。

「……はい。お姉さんの言う結婚式かどうかは、分かりませんが」
「そっか。うん、確かに、式には良い場所だね」

 満足気な表情で、ガンダルヴァは砂浜に視線を巡らせる。
 その拍子に、肩から斜めに提げられたリュートが揺れた。
 持ち主であるガンダルヴァが女性としては大柄なこともあり、木目の美しいその楽器はおもちゃのように小さく見える。

「演奏をするんですか?」

 リュートを見ながら言った少年の視線を受けて、ガンダルヴァもリュートを見やる。
 そして、にやりとした笑みを浮かべると、どこか芝居がかった口調で言った。

「いかにも。愛の女神様の祝福を受け結ばれる幸福な恋人たちのために、神聖なる婚姻の儀にて天上の音色を奏でさせていただく、黄金の楽隊が一人、ダリアと申します」

 仰々しく、大きな翼を翻して一礼。
 しかし、少年はダリアと名乗ったガンダルヴァの口上に笑いも驚きもせず、続けた。

「不安とか、ないんですか?」
「不安?」
「はい。その、結婚式っていう大事な場で、音楽を奏でるのは……」

 若さも青さも隠そうとしない質問にも、ダリアは少しだけ目を細める。口元に浮かんだ笑みは相変わらずだが、そこに馬鹿にするような気配はない。

「緊張や不安がまったく無い、って言ったら嘘になるかな」

 だけど、と、ダリアは続ける。

「それ以上に、楽しいんだよ」
「……楽しい、ですか?」
「ああ、楽しい。キミは楽しくないのかい?色んな人が集まって誰かの幸せを願う場に混ざっている時、自分まで幸せになったりしないかい?」
「それは……」

 もちろん、誰かの幸せを願っている時は、自分もどこか幸せな、温かな気持ちになれる。
 でも、それとこれは話が別ではないだろうか。
 目の前の女性の言いたい事が捉えきれず、少年の視線は海へと逃げてしまう。
 無論、海を見た所でそこにあるのは、変わることなく寄せては返す波だけ。

「頑張りなさい、少年。また会おう」

 少年の答えを待たず、冗談めかした励ましを残したダリアが翼を羽ばたかせる。
 橙色の大きな影はみるみるうちに遠ざかり、やがて、空の彼方へと消えてしまった。

「……頑張りなさい、か」

 彼方を見たまま、少年は呟いた。
 何を、とは分からない。でも、何かをしなければいけない。

「そうだ、頑張らないと」

 少なくとも、ここで座っていては何も進まないのだから。

…………


 一度木に刃を入れ始めれば、その手が止まることは無い。寝食を忘れて祭壇を作り上げた父親は、やはり、少年にとって尊敬の対象であった。
 しかし、今回ばかりは「自分もああなりたい」と思っているわけにはいかない。言葉にはしないが、装飾を入れるための時間を父が用意してくれたことは明白である。
 その期待に応えるためにも、と気は急くものの、何かが生まれることはない。
 父の作った祭壇に相応しいものを。越えも追いつきも出来なかったとしても、せめて、見劣りしないものを。
 考え、悩み、やはり少年が向かうのは、祭壇のある工房ではなく、波音が繰り返す浜辺だった。
 持ち出したナイフと小さな木片を手に、砂の上に腰を下ろす。
 手のひらに収まる小さな木片を、何を作るとも決めずに刃を入れる。
 まるでその中に悩みを解決する術が隠れているとでも信じているかのように、ナイフを手にした少年はひたすらに、木片を削ぐ。
 何かの形になるのが先か、削り尽くして木くずになってしまうのが先か。
 それは、少年にも分からない。
 ただ、何かをしていなければ焦りに押しつぶされてしまいそうだった。
 そうしてひたすらに現実逃避を続けていた少年に、影がかかる。
 急に暗くなった手元に何事かと見上げれば、そこには以前も見た橙色の大きな翼があった。
 ぐるりぐるりと円を描きつつ、徐々に高度を下げるその翼は、やがて少年の目の前へと降り立ち、人の良さそうな笑みを見せた。

「やあ、少年」
「……ダリア、さん」
「名前を覚えていただけていたとは、嬉しいよ」

 ざくざくと大きな足で砂を踏み鳴らして、ダリアは少年を、その手にある木の何かを見下ろす。
 そのまましばらく何かを考えていたようだが、やがて諦めたように、尋ねた。

「何を彫っていたんだい」
「何に見えますか」
「鳥」
「鳥、ですか?」

 鳥といえば、翼に、くちばし、細い足……。
 削られた木片をためつすがめつ眺めて見るものの、少年はそこに鳥の姿は見いだせなかった。
 むしろ、無理やり形を連想するのであれば。

「俺には、魚に見えます」
「魚?いやあ、鳥じゃないか?」

 あくまでも自分の主張は譲ろうとせず、ダリアは少年の目の前にしゃがみ込んだ。
 その近さに、少年の鼓動が一瞬、跳ね上がる。
 艶のある褐色の肌、布を巻き付けてもなお主張する豊かな胸、柔らかそうな赤い唇、そして、纏っている甘い匂いまで。
 ガンダルヴァという存在の魔物らしさと女性らしさを間近に見せられて少年は思考も挙動も停止してしまったが、ダリアは構うこと無くひょいと木片のオブジェを取り上げた。

「ここが翼で、ここがくちばし。こっちは……尾羽かな」

 爪でこつこつと木片を叩きながら自分の見ている「鳥」の姿を説明するダリアの声に、ようやく少年は呼吸を思い出した。
 それでもやはり心臓はうるさいほどに脈動を繰り返していて、喋ろうとすれば口から出てしまうのではないかとまで思ってしまう。
 せめて、この美しい鳥の魔物に聞こえていなければいいけれど。
 どうしようもなく魅力的な眼前の女性に、緊張が伝わっていないように、妙な意識が伝わっていないようにと願いながら、少年はダリアが持ったままのオブジェに指を伸ばす。

「俺は、こっちが尾ひれで、こっちが背びれだと思います。ここは……角?」
「魚に角は無いだろう?」
「……確かに」
「ほら、やっぱり鳥じゃないか」

 得意げなダリアに、少年の口元にもついつい小さな笑みが浮かんでしまう。
 それを見計らったようなタイミングで、ダリアは、話題を変えた。

「さて、少年はいったいどんな思いの渦に弄ばれていたんだい?」

 少しばかり持って回った言い方に理解が遅れたが、それが「何を悩んでいたんだい」という意味であると理解すると、少年の表情がにわかに曇る。

「……悩んでいるように、見えましたか?」
「煌めく太陽の下で男の子が俯いてしまう理由なんて、悩んでいる以外にないじゃないか」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ」

 そういうものなのかな、と、少年は腑に落ちない感情を胸の奥で転がす。
 年頃と言うには少し若いが、それでも、少年には男としての誇りという面倒なものが芽生えつつある。
 その小さな強がりは、悩みを見破られるという事への羞恥心を生み、少年の口に蓋をする。
 一方で、見て分かるほどならば、いっそ素直にアドバイスを乞うべきなのかもしれないとも思う。
 相反する思考は心のなかで綱引きを繰り返すが、困ったことに決着が付く気配はない。

「あたしたちの演奏を聞いたことは、あるかい?」

 言葉を見つけられないでいる少年を助けるかのように、ダリアは一つ、話題を提示した。
 思考の行き止まりに迷い込んでしまっていた少年は、ほとんどそれに縋るように首を縦に振る。

「何度かは」
「そっか。聞いた時、どう思った?」
「どう……と、言われても」
「難しく考える必要は無いよ。ただ、思い浮かんだ言葉をそのまま言えばいい」

 ダリアにどれだけ引き出そうとされても、少年の中から言葉は出てこない。
 凄い演奏だとは思った記憶がある。考えれば考えるほど、抱いた感想は膨らむほどに。だが、それに釣り合う、伝えるに足る言葉は見つからない。

「……そうだね、じゃあ、一回聞いてもらおうか」

 言うが早いか、ダリアは爪の尖った手で器用にストラップからリュートを外し、斜めに構えた。
 軽く弦を弾き、広い浜辺にどの程度音が広がるのかを確かめる。
 一度、二度、散発していた音色はリズムに束ねられ、聞いている少年も境目に気付かないうちに、音楽へと変わっていく。
 少年は、音楽については明るくない。しかし、それがとてもアップテンポな独奏であることは理解できた。
 リュートの繊細さには似つかわしくないほどに目まぐるしく、独りで数人分の音をかき鳴らしているような速さで、大柄なガンダルヴァは体を揺らしながら一心に奏でる。気づけばそれを聞いていた少年の内にも、奇妙な焦燥のビジョンが生まれていた。
 爪弾く音の中に、踏み鳴らす馬蹄の音が混ざる。脳裏に浮かぶのは、馬を駆る自分の姿。もっと速く、もっと疾く、と、額に流れる汗も拭わず、息を切らす馬を叩く。行き先は遥か遠く。のんびりはしていられない。土を跳ねるギャロップに、呼吸の音が重なり合う。止まっている時間など無い。歯を食いしばり、目指す場所は――。

「……さて、いかがだったかな?」

 その言葉が、少年を現実に引き戻した。
 いつの間にか、額からは汗が垂れていた。息も切れている。指先には、手綱を握っていたかのような痺れすら残っている。

「ひたすらに速く、慌ただしく、駆けるように……あたしは、そう思って、弦を弾いた。見たところ、ちゃんと、伝わったみたいだね?」

 足元にある砂の感触を確かめながら、少年は頷く。
 見上げると、ダリアも薄っすらと汗を浮かべていた。話し声の合間にも、疲労を誤魔化すような浅く短い呼吸が混ざっている。

「背伸びをしたり、上を見るのが悪いとは言わないよ。でも、心の中から浮かんできたものをそのまま生み出すだけでも、気持ちは伝わる。祝う気持ちや弔う気持ちでもそれは同じ。馬に乗ったこともないあたしの想像が、ちゃんと伝わったみたいにね」

 そこまで言うと、ようやく、ダリアは大きく息をついた。

「まあ、あんまり強く気持ちを乗せると、こんな風に疲れちゃうから。程々にって事で……あれ、何の話だったかな。ああ、そうだ、感想だ。あたしの演奏、どうだった?」

 真面目になりすぎない、適度に肩の力を抜かせる物言いで、促す。
 そして、やはり笑みを浮かべたままのダリアの顔を見上げて、少年は飾り気のない、思ったままの感想を述べた。

「……凄かったです。早くて、目が回りそうで、でもどこかワクワクする感じがして」
「それは何より。お褒めいただきありがとう」

 仰々しく一礼をして、ダリアはリュートをストラップにかける。

「あの、ありがとうございました。なんというか……上手く行きそうな気がしてきました」
「お礼なんて結構……と言いたいけれど、そうだね、せっかくだから、演奏の代金として、その人形を頂けるかな?」

 指差されたのは、モチーフも分からない、手癖のままに彫った人形。
 もとより、少年はこれをどうこうするつもりもなかった。欲しいと言われれば、あげることに躊躇いはない。
 しかし、気にはなった。

「こんなので、いいんですか?」

 今すぐとはいかないが、求められればちゃんとした礼をするつもりでいた。
 こんな、何の意味も持たないものを欲しがる理由が、少年には分からない。

「それだから、いいのさ」
「これだから?」
「そう。言っただろう?あたしだって、緊張はするんだよ。そんな時、それを見れば……あたしよりも若い男の子も頑張っているんだって思い出せば、きっと、勇気が生まれる」

 ダリアはそう恥ずかしげもなく言ってのけたが、少年にとっては、少しだけ照れくさいような、恥ずかしいような言葉だった。
 同時に、どこか、誇らしくもあった。
 作品、と呼ぶのもためらわれるが、自分の手が入ったものが、誰かの力になる。
 あるいは、それくらい、物事は単純なのかもしれない。
 まだ曖昧ではあるが、探していた拠り所のヒントを得た少年は、人形越しの握手と共に、誓うように、励まし合うように、笑みを交える。

「……ダリアさん。俺、がんばります」
「ああ、がんばろう。お互いに、ね」

 陽光よりも暖かな言葉を残して飛び去ったダリアの姿を見送り、自分もやるべき事をやるために帰ろうとした少年の足元に、太陽の一片にも思われる煌めきがひらひらと舞い落ちた。
 見れば、それはダリアの翼から抜け落ちた、一枚の羽根であった。
 美しく、わずかにかぐわしい香りが残るそれを手に取ると、ダリアの言っていたことがはっきりと理解できた。
 誰かを想えば、勇気が生まれる。
 ナイフと共にダリアの羽根をズボンのポケットに刺した少年は、リュートを奏でるダリアにも負けないほど、楽しげな笑顔を浮かべていた。


……………………


 結婚式の朝、浜辺に運び込まれた祭壇は、町一番の職人が手がけたとは言っても、やはり急ごしらえであることは否めなかった。
 塗装は無く、切った木を組み、僅かな装飾を加えただけ。教会に置いてある重厚にして華麗なものとは比較にもならない。
 だが、この日のためだけに作られた祭壇を見て、職人は、少年の父は、「いい出来だ」とだけ呟いた。
 それだけで、少年は悩み苦しんだ日々が報われたように思えた。
 更に、父の友人の言うことには、父は毎日のように「息子に重圧をかけすぎていないだろうか」とこぼしていたらしい。
 心配している様子くらいは本人に見せてくれればいいのに、と思いつつも、少年は父のそんな不器用さが決して嫌いではなかった。
 形はどうであれ、敬愛する父が心配し、認めてくれていたというのは自分へと伝わったのだから。
 そして、この喜びは自分の中で完結させるものではない。伝えるべき人がいる。
 浜辺で悩んでいた自分を導いてくれた、女神のようなガンダルヴァ、ダリア。
 彼女には、あらためて礼を言わなければならない。

 式は、賑やかな歓声の内に始まった。
 少年も周りにつられるようにして結ばれる夫婦に祝福の言葉を投げかけていたが、二人が誓い、口づけを交わすという段になると、自分の手が入った場所でそれが行われているというのがなんとなく恥ずかしくて、逃げるように、参列者たちの中にダリアを探した。
 彼女は、浜辺の端の方に、仲間のガンダルヴァたちと並んでいた。
 少年と目が合うと、微笑み、軽く手を振る。
 それはそれで恥ずかしく、仕方なしに、少年の視線は祭壇の上で続く儀式に戻る。
 長い長い誓いのキスを参列者たちが囃し立て、決して粛々とは行かなかった儀式も終われば、花嫁の号令でいよいよ式は宴席へと変わった。
 となれば、いよいよ「黄金の楽隊」の出番である。
 今日のダリアは、浜辺へと様子見に来ていた時とは異なり、正装をしている。一枚の薄布を、胸と腰の金色の飾りで止め、頭にはやはり金色の角を模した髪飾り。
 肌をさらけ出し、それでも下品なものを感じさせずにただただ美しいものであると思えるのは、大きな翼を煌めかせる彼女たちの容姿はもちろん、楽器を奏でるガンダルヴァの姿の勇ましさによるところもあるのだろう。
 参列者の中にも、踊りもせず歌いもせず、楽隊に見惚れているものは少なくない。少年も、その内の一人であった。
 ただし、見ているのは楽隊全員というよりも、笑みさえ浮かべながらリュートを弾くダリアのみ。
 音色に合わせて揺れる橙色の翼は燃える炎にも似ており、情熱的なダリアの心そのものであるかのように見える。
 少年は時折、友人たちに祭壇について聞かれ、褒められるものの、その視線はダリアから外れることはない。勇壮に、安穏に、揺れ動く曲とともに、ダリアの表情も変わる。何を思いながら奏でているのか、尋ねる必要はない。曲を聞き、姿を見れば、すべてが伝わる。
 奏でられる音楽は、場の雰囲気を盛り上げては、緩やかに変えていく。浜辺の空気はもはや、黄金の楽隊に支配されていた。

 しかし、それも永遠には続かない。
 楽隊の奏でる音は、少しずつ減っていく。奏でていた手を誰かに引かれて、どこかへと消えていく。
 愛の女神様が見守る場で、新たな恋人たちが生まれないはずがない。それは、ガンダルヴァたちも例外ではない。
 日が傾き、空が夕焼けに染まると共に、音楽は緩やかに変わる。この日のために集った全ての人々の内にある愛情を花開かせる、ロマンチックな重奏へと。

 ふと、リュートを弾いていたダリアの視線が、少年と交錯した。一瞬、今まで見たどの微笑みよりも柔らかい笑みが、その顔に浮かぶ。
 その視線が、少年に確信させた。
 近くのテーブルに置いてあったぶどう酒を飲み、緊張で乾いた喉を潤す。子どもが飲むものではないが、今は水を探す時間ももったいないように思われた。
 胃と頭の熱をそっくりそのまま勇気に変えて、ダリアへと駆け寄る。
 手の届く距離まで来れば、既にダリアは楽器を弾く手を止めていた。リュートはストラップで肩から斜めに吊るされている。だが、頭二つ分ほど上から少年を見下ろしたままで、何かを言うことはない。
 待ってくれている。伝えなければいけない。
 ただ、お礼を言うだけではない。もっと、この場に相応しい言葉を。
 ぶどう酒のせいか焦りのせいか、少年の目が回る。
 そうだ、名前を呼ぼう。まずは、この、愛しい人の。

「ダリアさ――」

 ん、と少年が言い終える前に。
 その体は、空へと浮かび上がっていた。

「……え?」

 風を切る音が耳に痛い。流れる景色に目が回る。
 あまりにも唐突な出来事に理解が追いつかず、現実感も地上に置き去りになってしまった。
 式が行われていた浜を離れ、夕べの町の上を飛んでいく。見慣れた町も空の上から見るとまるで別の町のように思われるのだな、などとどこか暢気な感想を弄んでいる間に、少年は彼を鷲掴みにしたダリアごと、開いていた窓から宿の一室へと飛び込んだ。
 少し乱暴に放り投げられた少年の体は、町唯一の宿の上等なベッドの上で小さく跳ねる。咄嗟に自宅のベッドと比較した少年に随分と遅れて、置き去りになっていた戸惑いが体に戻ってきた。

「えっ?あの、ここは?いや、と言うか、俺、飛んでた……っ」

 開くなり疑問ばかりが溢れ出した口が塞がれる。ダリアの、柔らかい唇に。
 少年を仰向けに押し倒し、自分の体で抑えつけ、逃れられないようにしてから、貪る、という表現が相応しいキスで、口内までも犯す。

「……ごめんね。何かを言おうとしてくれていたみたいだけど、一度欲しいと思ったら、もう待ってはいられない性分なんだよ」

 たっぷりと口づけを楽しんでから、こつん、と、ダリアは少年の額に自分の額をぶつけた。
 間近に見える深い紅色の目に映り込む、まだ若い、見習いから一歩踏み出したばかりの木彫り職人は、驚きのせいで間の抜けた顔をしている。

「でも、良いんだろう?キミも、あたしと、同じ気持ちだって思っても」

 否定などできるはずもない。
 くっついたままの額を押し返すように頷いた少年の唇が、再び、ダリアのそれと重なる。吐息も、唇も、舌も、あらゆる熱が、二人の間で混ざり合い、溶けていく。
 小さく喘ぎながらも、ダリアは自分と少年の服を手探りで剥ぎ取り、露わになった肌を擦り付ける。
 陽の照りつける浜辺で演奏を続けていたダリアの肌は汗ばみ、翼や髪は濃厚な匂いを纏っていたが、それは決して不快な物ではなく、性への理解が薄い少年でも「雌の匂い」だと分かるものだった。

「……ふふ。これは、子ども扱いなんてできないね?」

 ダリアはそう言って、唾液の糸を引きながら顔を離すと、少年の上に跨ったまま笑った。
 愛液で濡れたダリアの股の下では、雌の匂いに反応した少年のものが、愛されるのを待っているかのように硬く熱を持っている。
 魔物と共に生きる町に暮らしている以上、少年も男女の行為については理解している。だが、ダリアの美しくも艶めかしい裸体を前にしては、どう動けばいいかなど考える余裕はなかった。
 その少年を導くように、ダリアは投げ出されたままになっていた少年の両手を取り、そっと自分の胸へと持っていく。
 衣服から解放されていつも以上に大きく見える双球は、少年が軽く力を込めるだけで指先が沈むほど柔らかい。

「んふ……結構、自信あるんだけど、どう……って、聞くまでもないね」

 夢中になって胸を掴み、揉みながら、少年はこくこくと頷いた。木材と刃物にばかり触れてきた少年にとって、ダリアの乳房の柔らかさは、想像もしたことがない感触だった。ただただ心地よく、触っているだけで幸福な気持ちになる。

「そんなに気に入ってくれたなら……そうだね、ちょっとだけ、これで遊ぼうか」

 少年の上に跨っていたダリアが大きな脚を動かして後退してしまったため、少年の手から極上の感触も離れてしまう。名残惜しそうに宙をさまよっていた手にダリアは軽く口づけをしてから、少年の脚を開かせ、その間に自分の体を割り込ませた。ちょうど、ダリアの顔が少年の股間に来るようになり、ほんの少しだけ、少年も羞恥を感じる。

「あぁ……やっぱり、キミの匂いは、あたしの大好きな匂いだよ。ふふ……初めて会った時から、そうだった」

 だが、ダリアは蒸れて匂いの増した少年の性器に顔を近づけて、熱に浮かされたように言った。
 まだ子どもである少年の纏う雄の匂いを楽しむ様子は、花の香りを愛でる姿にも似ている。その顔が情欲に蕩けていなければ、だが。

「おっと……あたしばっかり楽しんでちゃ駄目だよね。ちゃんと、キミにもこれで楽しんでもらわないと」

 体を動かすたびに揺れるダリアの胸に、少年の視線が吸い込まれる。
 これで楽しむ、ということはどういうことだろうか。
 期待と疑問で釘付けになっていた少年に微笑みかけると、ダリアは二つの大きな膨らみの間で、少年の屹立を飲み込んでしまった。
 興奮のあまり既に漏れ出していた少年の先走りとダリアの汗が潤滑剤になってはいたものの、摩擦は強く、肉棒の先端に被っていた皮は剥け、刺激に慣れていない頭が胸の谷間から顔を出していた。

「……痛かったりしたら、言ってね?」

 いたずらっぽく、と言うよりもどこか不安げに言ってから、ダリアは体を揺すって、肉の芯を挟んだままの胸を上下に動かし始める。
 カリ首を下からなで上げ、かと思えば亀頭を包んで擦りながら下がっていく。
 手で触れた時の柔らかさからは想像もできない、暴力的な刺激に、少年の口から悲鳴とも喘ぎとも取れる声が漏れ出た。
 ずり、ずり、と、張りのある膨らみは容赦なく敏感な箇所を愛撫し、痛みに変わる寸前の快楽を引き出す。

「んっ、く……ちゃんと、気持ちよく、なれてる……?」

 ダリアが尋ねようとも、少年にはもはや返事をする余裕はなかった。
 もたらされる快楽は、自分の手で皮を被ったままのそれを弄んだことしか無かった子どもが許容できる刺激をとうに超えてしまっていた。
 しかし、ダリアは少年の「ひっ、あ」という苦しげな声に、確かに悦びの色が混ざっていることを聞き取って、微笑んだ。

「見よう見まねだからっ、上手くできてるか不安だったけどっ……うん、よかった……っ」

 体ごと揺すられる乳房の間で肉棒は弄ばれ、ただでさえ泣きそうなほどの快感が与えられているというのに、ダリアは自らの翼で両側から胸を押さえてしまった。
 更には、そのまま胸の動きを早め、ぱちゅ、ぱちゅ、という音を立てながら少年の硬い棒で自らの乳肉の間を掻き分けさせる。
 愛情に満ちたダリアの笑みとは裏腹に、それは快楽で狂わせ、精を搾り取るような行為だった。
 少年の腰が浮き、がくがくと震える。快楽に頭の中が焼けそうになり、目の前が真っ白になった瞬間、白く粘つく精液が噴き出して、ダリアの胸と顔を汚していった。

「うわっ……と……」

 びゅくんびゅくんと吐き出される精液にダリアは少しだけ驚いたが、すぐさま噴出口を咥え込み、絡みつく精の塊を自分の唾液と混ぜながら飲み下した。
 その唇の動きも、射精を促すような刺激をもたらす。
 じゅる、ぐちゅ、と音を立て、自分の胸についたものまでしっかりと舐め取って、ようやく、ダリアは少年がぐったりとしていることに気付いた。

「ごめん……その、喜んでもらえてると思ったんだけど、やりすぎたかな」

 喜んでいるかどうかで言えば、喜んでいた。気持ちよかったかどうかで言っても、気持ちよかった。しかし、はじめての行為としては、刺激が強すぎた。

「……今度は、できるだけ優しくするから」

 強烈な快楽と大量射精で息も絶え絶えの少年に優しくキスをして、再び、ダリアは少年の腰の上に跨る。
 胸での愛撫と愛する雄の匂いで、既にダリアの秘裂は漏らしたのかと見紛うほど濡れており、上に乗っているだけで、少年の下腹部へと愛液がたれてしまっていた。
 休む間は無かったが、その必要も無かった。一度射精した程度では、少年のものは萎えていなかった。

「そう。できるだけ、できるだけ、やさしく……」

 少年に伝えているというよりも、自分に言い聞かせながら、ダリアは翼の先にある爪で上を向かせた少年の肉鉾に、ゆっくりと腰を下ろしていく。
 熱い、濡れた肉に沈んでいく感触は、乳間を掻き分ける感触よりも確かに優しくはあるが、質が違うだけで、大きな快楽をもたらすことは変わらない。
 肉襞と愛液に包まれる、溶けてしまいそうな快感に、少年は深くため息をついた。
 ダリアの膣内は窮屈で、締め付けは強く、やはり精液を搾り取るための器官だった。あまり激しく動けば、またすぐに射精をしてしまう。それが分かっているダリアも、ゆっくりと、少年の上に覆いかぶさるようにして体を倒す。

「ほら、舌出して……」

 言われるがまま差し出された少年の舌を、ダリアが赤い唇で咥える。舌だけを食み、舐め回し、愛してから、唇を重ねて、キスと同時に舌を絡める。
 腰を振っているわけでもないのに、ダリアの体はキスだけで興奮し、雄を悦ばせようと膣内を蠢かせる。
 口では舌を、蜜壺では竿を。上も下もいっぺんに犯されて、いよいよ少年は目の前にいるガンダルヴァの事以外は何も考えられなくなっていた。
 この美しい女性にもっと愛されたい。もっと愛したい。もっと、交わりたい。
 ただそれだけを思いながら、絡めた舌でダリアを味わう。体をよじるようにして腰も動かすが、上に乗っているダリアに押さえつけられてしまっているため、激しくは動けない。
 交わったままの二人は、時折水音を漏らしながら、緩やかに、快楽を膨らませていく。
 もどかしくもあり、そのままの状態を楽しんでいたくもある、愛し合うための行為。
 合わせた唇の間から漏れるダリアの息は浅く短いものになり、降りきった子宮口は少年の鈴口にくっついて今か今かと吐精を待つ。
 少年も、強引に腰を浮かせてダリアの体の一番奥まで自分のものを押し込んで、種付のためにダリアをしっかりと抱きしめる。

 ゆっくりと膨らみ続けていた二人の快感は、やがて、どちらからともなく、弾けた。
 一度目の射精よりも濃い精液が、ダリアの中を満たそうと吐き出され続ける。
 ダリアの体も、もっと大量の精をと蠕動し、蠢き、締め付ける。
 その間も、二人は口づけをやめない。混ざった体液で口の周りを汚し、声さえ飲み込みながらも、より深くまで繋がろうと求め続ける。
 そんな長い長い絶頂が終わると、快楽の残滓が今度は心地よい疲労感へと変わっていく。

「っ……は、あぁ……」
「あ……う……」

 唇を離したダリアが、深々とため息をついた。
 少年も荒い呼吸を繰り返し、何かを言おうとしては、痺れた舌に遮られる。
 互いを味わうためだけのものになっていた口は、言葉を思い出すまで少し時間がかかりそうだった。
 それでも言わなければならない事があった。
 言いそびれたままにはしておけない。順序は逆になってしまったし、言わなくとも伝わっていたとしても。

「……あ、の、ダリア、さん」
「うん?」

 自らの体と翼で少年を包み込んだまま、ダリアは少年の言葉を待つ。
 何を言われるかなど、分かりきっていた。

「……好き、です」
「…………ああ、ああ……うん。あたしも、好き。大好き。何よりも、誰よりも」

 しかし、その言葉は間違いなく、口に出したことでより甘美で愛おしい気持ちへと昇華されるものだった。


…………


 祭壇の装飾を少年が引き受けた、あの一件の後。いくつかの依頼を少年に丸投げした父親は、その結果を見届けてから「もう任せても大丈夫だな」と言って母親と一緒に旅に出た。
 十年近く遅れた新婚旅行は、帰りがいつになるかも決まっていない。
 しかし、少年は笑顔で両親を送り出し、「お土産よろしくね」と冗談を言う余裕もあった。
 さっそく工房に戻り、作業に取り掛かる姿は、もう立派な職人のそれだった。

 かつて浜辺で彫られ、ダリアのもとへと渡った無名のオブジェは、その後あらためて少年の手によって「鳥」として、ペン立ての役割も与えて作り直された。
 工房のテーブルで片翼を広げているオブジェに見守られながら、少年は橙色の羽根が付いたペンを持つ手を止め、動かし、悩み、決定し、少しずつ考える家具の形を描き出す。
 だが、その真剣な表情はドアが開き聞こえた「帰ったよ」という声で、笑顔に上書きされた。

「ダリアさん!おかえりなさい」
「ただいま」

 工房の床に散らばる木くずを器用に避けながら、帰宅したダリアは、ペンを持ったままの小さな夫をぎゅうと抱きしめる。高い体温と甘酸っぱい汗の香りが、このガンダルヴァが大急ぎで飛んで帰ってきたことを表していた。急ぐ必要なんて無いのにとは思いつつ、それが、少年には嬉しかった。
 ダリアは、「黄金の楽隊」として各地を飛び回ることこそ無くなったものの、時折故郷の山に帰っては、若いガンダルヴァたちに楽器の指導を行っている。
 技術や精神について語る合間に挟まれる夫自慢は未婚の後輩たちのやる気を相当に煽り立てているのだが、ダリア本人は気付いていない。

「外でお義父さんとお義母さんに会ったよ。今日出発だったんだね」
「はい。しっかり仕事するんだぞって言われました。ダリアさんにも、何か言ってました?」
「息子をよろしく、だって。お任せくださいって答えといた」

 抱きしめた少年の頭に鼻先を埋めて匂いを楽しんでいたダリアの視線が、ふと、机の上に向いた。
 描きかけの図面には、たくさんの長方形と、丸が少しだけ。

「今日はどんな依頼が来たんだい?」

 何かの部品であることはダリアにも分かったが、それらを組み合わせて何が出来上がるのかまでは、分からなかった。
 しかし、少年はダリアの腕の中で、小さく首を横に振った。

「依頼じゃなくて、うちで使うためのベッドです。今のベッドだと、俺とダリアさんが二人で寝るには狭いかなって思って。それに、俺もいつか、ダリアさんと並んでも恥ずかしくないくらいに大きくなりますから」
「……ああ、もう。困るな、そういう事を言うのは」

 にやにやと、いっそだらしない笑みを浮かべて、ダリアは少年を抱きしめる手に力を込めた。当然、少年の顔はダリアの豊かな胸の谷間に押し込まされ、濃縮されたフェロモンのような香りをいっぱいに吸わされる。その匂いに少年の頭の中はたちまちぼんやりと霞がかってしまったが、体の方は素直に反応していた。
 無論、ダリアもそれを望んでいた。いや、そうなるように、仕向けていた。

「いいよ。今日のところは今のベッドで。さあ行こう」
「……はい」

 頷いた少年が手に持っていた羽根ペンをペン立てに挿すなり、ダリアは引きずるように少年を工房から寝室へと連れ出す。
 そんな二人を、工房のテーブルに残された鳥のオブジェは、双翼を開き、何も言わずに見送っていた。
18/03/16 20:01更新 / みなと

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