連載小説
[TOP][目次]
文字通りの猪突猛進

「はあ〜・・・。」

 私はゆっくりと息を吐いた。
 だが、これはいつものタメ息では無い。何故なら・・・。

「ん〜・・・、極楽〜極楽〜♪」

 そう私は今、ジパングの温泉に来ているのだ。

 きっかけはこうだ。
 ある日、私は街へと食事の材料を買いにいったのだが、そこでは丁度福引きを行っていた。
私は、サバトの買い出しという事で、一度に沢山の買い物をする。すると、当然福引き券なる物を沢山貰うわけだ。
 で、福引きをしてみると・・・。みごと、ジパング温泉旅行ペアご招待を当てたのだ。

 が、当たったものの、誰が行くのかという事で悩むこととなる。
 サバトの買い物なだけに、サバトの誰でも行く権利があるという事になったのだが・・・。券を当てたのは私と言う事で、サバトの他の魔女達は私に言って来るといいと言ってくれたのだ。
 おお、さすがは我が妹達よ〜〜〜。と、その場は感激したのだが・・・。生憎と、私には一緒に行ってくれるお兄様がいないのだ・・・。
 結局、私とバフォ様が温泉に行くと言う事で、話しは纏まったのだった。

 と、今までの経緯を回想していると、私に声をかけてくる者がいた。

「湯加減はいかがですか?」

 そう言いながら、着物を着た稲荷が入ってきた。彼女は、この温泉宿の女将である。

「もう最高です〜。」
「では、食事の準備ができしだい、お部屋にお持ちいたしますね。」

 そう言って、彼女は温泉から出て行ったのだ。
 この旅館は隣に神社があり、そこの主である稲荷が女将をやっているのだ。

「はあ〜〜。この場にバフォ様がいないだけで、こんなに寛げるなんて〜。」

 そう、今この場にはバフォ様がいない。バフォ様どころか、温泉には私一人しかおらず、まさに貸し切り状態だったのだ。

「食事か〜〜。」

 先ほどの、女将の食事という言葉で、私はバフォ様の事を思い出していた。



・・・


「森の主ですか?」

 この旅館の女給さんからその話を聞いたのは、部屋に案内されてからしばらくの事だった。
 なんでも、この旅館の近くの森には、森の主と呼ばれるでっかい“猪”が住んでおり。時折、付近の村に下りて来ては、食料を備蓄している蔵を破壊し、中の食べ物を根こそぎ食べては去っていくのだという。
 付近の村々では、いっそ祟り神として祀る事で、村の被害を少なくしようかという話しまで出ているという。

「っふっふっふ。ならば、ワシが森の主を仕留め、牡丹鍋にしてくれるのじゃ!」

 そう言って、バフォ様は愛用の鎌を手に、旅館を飛び出して行ったのだ。今鎌を呼び出さずとも、現地で呼び出せばかさばらないのに・・・。
 ちなみに、同じセリフを吐いて森の主を討伐しに行った者達は、皆返り討ちにあっていると言う。



・・・



「ま、気にする必要はないですね〜。」

 なにより、私は普段バフォ様にさんざん振りまわされてきた疲れを取るために、ここに湯治に来たのだ。バフォ様の心配をして、心労に煩わされるためにここにいるのではない。
 それに、仮にもバフォ様はバフォメット(当り前)なのだから、そう心配する事もないだろう。
 そう結論付けて、私はのんびり湯につかったのだ。

 そして、あまりの心地よさに、私の口から思わず一句でてきたのだ。

 何事も〜
  猪突猛進
   全裸でゴ〜

「ん?はて、なんで突然こんな季語も入っていない句が?」

 それに、一瞬パイプタバコを加えたダンディーな吸血鬼の姿が一瞬思い浮かんだのだが・・・。ま、この世界にダンディーな吸血鬼なんているわけないか。
 と、そんな事を考えていると・・・。

「・・・」

 ん?
 なんか空の上から、うちのバフォ様の声が聞こえてきたような・・・?

「・・・ぁぁぁ」

 たしかに、聞こえてくる・・・。
 そして・・・。

「うどわぁぁぁぁぁぁ」

 ドッッッポォォォォォン

 叫び声を上げながら、空から降ってきたバフォ様が、ド派手に温泉に着水したのだ。
 と、温泉の上に大の字で浮かんでいるバフォ様の口から、クジラの潮吹きのごとく水が噴水のように噴き出すと、バフォ様は私に気がついたようである。

「お〜。お主ではないか。こんな所で何をしておるのじゃ?」
「そりゃ、こっちのセリフです。牡丹鍋の材料にするといって、山の主を探していたんじゃないんですか?」
「うむ、探していたんじゃが・・・。」

 ドドドドドド

「ん?」

 と、バフォ様の声は、突如鳴り響いた地鳴りの様な音で掻き消され・・・。

 ドオォォォォン(どっかのセールスマンの決め台詞にあらず)

 と、突如温泉の周りに張り巡らされていた、板の壁の一部が外側から破壊されたのだ。そして、そこにいたのは・・・。



・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・



 私とバフォ様は、森の中を全力で突っ走っていた・・・。
 否。全力で逃げていた。

「な、な、な、何ですかアレは〜〜!」
「うむ。アレが森のヌシじゃ。」
「そんな事は聞かなくても分かります!なんで、あんなにでっかい猪が出てくるんですか!アレは、古代から生きている魔物なんですか?」

ドドドドドドド

 “それ”は、すさまじい地鳴り音を上げ、途中にある木々をなぎ倒し・・・、もとい突き飛ばしながら私達に向かって突進してくる。
 “それ”は、私が言ったとおり「猪」である。
ただし、とてつもなくデカイ。私達のいた大陸の、大きな街の2階建ての家ぐらい大きさはあるだろうか。

「魔物という表現は正しくないの。知っての通り、この世界の魔物は全て魔王の意向によって女性と化している。つまり・・・。」
「つまり?」
「あれは、ただのデッカイ“動物”なのじゃ。」
「なるほど。・・・って、言っている場合じゃないです〜。」

 そう言いながら、私は温泉から素っ裸のまま森の中をでっかい猪から逃げ続ける。とてもじゃないが、今の姿は人様に見せられるものではない。
 が、状況が状況だけにそうも言っていたられかったりもする。足には、なぜか“たまたま”風呂場に落ちていた雪駄を履いている。何故そこに都合よく落ちて居たのか?まあ、素足で森を疾走するよりはいいので、ご都合主義に関して気にしないでおこう。ちなみに、右手には温泉で貰った手ぬぐいを必死で握りしめてるが、何故必死に握りしめていたのか今でも分からない。

 ドドドドドド

 箒をこの場所へ召び出せば、空を飛んで逃げられるのでは?と、一瞬考えたものの、呼び出す為に意識を集中すれば、間違いなく追いつかれる。

「ならば。」

 そう言って、私は後方の森の主を目標に、“前方”に向かって魔法を放った。

「食らえぇぇぇぇ。」

 私ぐらい魔法の扱いになれていれば、圧縮した魔力の塊の軌道を、途中で変更することぐらい造作もない事である。
 前に向かって放った魔力の塊は、途中で起動を上空へと向かい、そのまま後方へと進路を変える。そのまま、後ろの森の主へと衝突し、圧縮した魔力を解放、爆発を引き起こすはずである。
 が・・・。

「だが、それは無駄な事じゃぞ。」

 と、バフォ様は言ったのだ。

「え?」

 私は、訳が分からず後ろを見ると・・・。
 狙い通りに、森の主に向かって飛んで行った魔力の塊は・・・。

「ブモォォォォォ」

 森の主の、まるで猛獣の叫びにも聞こえる鼻息一つではじき返され、明後日の方向に飛んでいき途中に何かに当たったのだろう。

 ズドォォォォン

 と、何処かで炸裂していた。

「・・・」

 私は、全力で走っているにもかかわらず、口を開けたまま顔の表情が固まってしまっていた・・・。

「ワシも色々と魔法を撃ったのじゃが、攻撃系の魔法はぜんぶ鼻息一つで弾き返され追ったわい。」
「じゃ、じゃあ相手の身体能力を下がる魔法を撃てば?」
「それも試してみたがの・・・、ぜんぶ気合で無効化されてしもうたわ。」
「・・・」
「・・・」
「ど、どうするんですかぁぁぁぁぁ?」

 と、私はおもわず叫んでしまったのだ。
 すると、バフォ様は・・・。

「ワシに考えがある。」
「考え?」
「お主と合流する前に、この近くでいい場所を見つけたのじゃ。」



・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・



「バフォ様ここは?」
「どうやら、底なし沼のようじゃ。ここにヤツを落とすのじゃ。」

 全力で疾走し、なんとか距離をあけて辿りついた場所がここだったのだ。

「とにかく池を回り込んで、ワシ等に直進してきたら沼をつっきるコースになるようにするのじゃ。」

 そう言って、私達が池の淵を走っていると。

「ブオォォォォ」
「って、来たぁぁぁぁ。」
「この位置なら大丈夫じゃろう。」

 が・・・。

ズオオォォォォォ

「いい〜〜〜!」
「ええ〜〜〜!」

 森の主は、底なし沼の“沼のドロ水”を文字通り底が見える程羽飛ばしながら、こちらに向かって突進してくる。
 どうやら、森の主を止められるほどの浅さしかない底なし沼だったようだ。
 そして・・・。

「ブオォォォォ」
「「うどわぁぁぁぁ」」

 ドカァァン

 と、派手な音を立てて、森の主は私とバフォ様を、突進の勢いで文字通り撥ね飛ばしたのだ。



・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・



「あ〜〜〜れ〜〜〜。」

 ドッッッッッボォォォォン

 私が落下したところは、丁度私が入っていた温泉だったのだ。
 どうやら、逃げ続けるうちに森の中を一周して戻ってきたようなのだ。と、そこへ稲荷の女将が入ってきた。

「まあ、どうやらご無事だったようですね。森の主様が乱入してきたあと、姿が見えないので心配いたしておりました。」

 私は、温泉に大の字で浮かびながら、『これが無事に見えるのか?』と言う気力すらなかった。

「でも・・・、手拭と雪駄をお風呂に入れるのは、お行儀が悪いですよ?」

 むろん、私には『知るか!そんな事!』などと言う気力もない。
 湯治に来たはずが・・・、なんでこんなに疲れなきゃいけないよの〜〜〜。

 シクシクシク・・・・。
11/09/18 11:56更新 / KのHF
戻る 次へ

■作者メッセージ
 湯治に来て、その場にバフォ様がいないのでのんびりできるかと思いきや・・・。
 中途半端に離れただけでは、バフォ様が起こす災厄からは逃れられないという事。

 そんな魔女のお話でした。

 2011/9/18 ちょっと修正

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33