読切小説
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ワタクシ、○○でございます。
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 魔界からの記者様でいらっしゃいましたな?お初にお目にかかります。
ワタクシ、この森の主たるドリアード様にお仕えする者でございます。
生まれつき、ものを喋れませぬゆえ、筆談で失礼いたします。

 …ふふ。一目見たとき、さぞ驚かれた事でしょう。
ワタクシ自身も、自分がこの森にそぐわぬ容貌をしております事は、重々承知しております。
おや、そうでもない?
…ふふふ。貴方様は、お優しい方でいらっしゃいますな。
しかし世間には、ワタクシを醜く思う方も沢山居りましょう。
こんなワタクシを受け入れてくださった主様への恩は、到底返しきれぬほどでございます。

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 ワタクシの日々の仕事でございますか?
おもに、主様の身の回りのお世話をさせて頂いております。
主様も色々とお忙しい身でございますから、
ワタクシも可能な限り、主様のお手を煩わせることの無いよう努めております。
……と言っても、大した事は出来ておりませんが。
見ての通り、ワタクシには生まれつき足が無く、ゆえに自由に動くことも叶いません。
それに加えて、主様の魔力は、病気も災害も寄せ付けませぬから、
お世話をさせて頂けるような事が、探してもあまり見つからないのでございます。
精々、ワタクシの手の届く範囲で、木についた害虫を払う事や、木肌をお手入れする事、
あとは、主様の話し相手を務める事くらいしか出来ませなんだ。
主様は”それで十分よ”と仰って下さいますが…情けない限りでございます。
せめて木登りでも出来たら、もっとやれる事も増えるのでしょうが、この体では中々…。
…おっと、そう言えばもうひとつ、出来る事がございました。
行商の方への応対や交渉も、最近はワタクシが務めさせて頂いております。
ご存知かもしれませんが、ここをよく通られる行商のゴブリン様とは、
主様の樹液や、この森で取れる希少な木の実などと物々交換で、
本や外の情報、時には食料なども頂いているのです。
行商の方への応対や交渉は、かつては主様が自ら行っておられたのですが、
今ではワタクシも、そのお役目をこなせるようになりました。
これからもなお、ワタクシに出来る事があれば、お役に立ちたいと思っております。

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 …おや。ワタクシがなにゆえこの森に住む事になったか、でございますか?
それでは、ワタクシの生い立ちを簡単にご説明致しましょう。
…その前に。貴方様はこの森を、どう思われますか?
フム…フム…ええ、そうでしょうとも。
穏やかで美しい所でございましょう?ワタクシと、ワタクシの主様の誇りでございます。
見上げれば、生命に満ち、青々と輝く葉が風にそよぎ、
下を見れば、柔らかな芝生や、色とりどりの野の花々を、木漏れ日が優しく照らす。
聞こえるのは、リスなどの小さな動物が時折立てる音と、木の葉が擦れ合う音だけ…
この心安らぐ場所で、ワタクシは今日まで育ったのでございます。
…しかしながら、両親がそこで暮らしていたという訳ではございません。
そもそもワタクシ、親の顔などとんと知らぬ身でございまして。
何がどうなってこの森まで来たのか、誰にも分かりませんが…
ともかく、物心のつく前から、主様の木の根元にワタクシは居りました。
ああ、別にお気になさらずとも。このご時勢、珍しくもない事でございましょう?
本当に、お優しい方でいらっしゃいますな。

 続けましょう。
主様は、ワタクシが生まれる何十年も昔からこの地に根を張っており、
当時すでに、樹精ドリアードとしてこの木に宿っておられました。
ワタクシにとって、それが最初の幸運でございました。
生まれたばかりのワタクシを、主様は、それは愛情をもって育てて下さいました。
乳の代わりに、胎内に流れる樹液を、その豊かな乳房からワタクシに与えて下さり、
大きな根と幹、木の葉でもって、この身を雨風や寒さから守り続けて下さったのです。
ある程度成長すると、読み書きなどの勉学までも教えて下さいました。
何年も何年も、実の子供のように…。
ゆえに主様は、ワタクシの母とも言うべき存在なのでございます。
ワタクシが荒れず、穏やかな心のまま育てたのも、
ひとえに、この森に満ちた、優しく清らかな水と土と空気、
何よりも、主様の愛情あっての事でございましょう。

 この口調…いえ、文体の事でございますか?
母とも言うべき相手ならば、畏まる必要など無いだろう、と?
…確かに、そうでございますな。
主様も、従者ではなく、ひとりの子として接した方が、遥かにお喜びになりましょう。
…なれど、これはワタクシの、つまらぬ意地のようなものでして…。
お聞きになりますか?…ありがとうございます。では…

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 主様はワタクシの勉強の一環として、
行商の方から購入したらしい様々な本を、ワタクシに与えて下さいました。
絵本に、動植物の図鑑、様々なジャンルの小説に、高度な学術書まで…
ワタクシの歳や知力に応じた、実に様々な本を取り揃えて下さったのです。
本来ならば、性にただならぬ興味を持ち始めるはずの年頃になろうとも、
ワタクシはその分、勉学に打ち込んだ…。まあ、変わり者なのでございましょうな。
…おっと失礼、話が逸れてしまいました。

 それはワタクシが、難しい本を一人でも読めるようになったばかりの頃でございます。
蔵書の中のある一冊の小説本に、ワタクシは夢中になってしまいました。
それは美しくもお転婆な貴族の一人娘が、様々な出来事を経験し、
心身ともに成長していく様を描いた物語でございました。
まあ、特別な点はございませんな。
主人公であるご令嬢は最終的に、幼馴染である青年と結婚し、家庭を築くのですが、
その小説の中で、ワタクシが最も好きだった登場人物は、
主人公でも青年でもなく、主人公のお世話をしている老執事でございました。
彼は、捨て子であったところを、心優しい主人公の祖父母に拾われ、
生まれこそ違うものの、実子に負けない程の愛情を注がれ、勤勉な、立派な人物に育ち、
その家に、一生の忠誠を誓ったと言います。
物語の上だけの存在ですが、ワタクシは彼に、特に強く感情移入いたしました。
その境遇も似通っておりましたし、
いかなる時でも心優しく、紳士的に主人公を見守る彼の人柄に憧れたのでございます。

 …それに、ですな。
学をつけていく内に、否応無く、思い知らされてしまうのでございます。
主様とワタクシは、住む世界が根本的に違うのだ、と。
確かに、実の子のように愛情をもって育てては頂きましたが、
ワタクシのような存在が、主様の子を名乗る事には、
どうしても違和感を感じてしまうのでございます。
先の話の老執事も、はっきりと自分と家とを線引きしていたようでございますからな。
育ての親である主人公の祖父母は、彼を養子として迎えようとしていたのですが、
彼はそれを断り、あくまで使用人として生きることを選びました。
主様とは違いすぎるワタクシも、そうすることに決めたのでございます。
”家族”というものにに憧れが無いとは申せませんが…これでいいのでございますよ。
一生を主様のお傍で過ごせるだけでも、身に余る幸せにございます。

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 …湿っぽい話になってしまいましたな。申し訳ございません。
それでは…そうですな。主様と旦那様の出会いの話をいたしましょう。
ふふふ…興味津々でございますな。
主様も、あれで実は、割に恥ずかしがりなお方でございまして。
そうした話を秘密にしたいわけではないようですが、
ご自分の口では中々話しにくいご様子なのでございます。
ここだけの話でございますよ?…と言っても、主様には筒抜けでしょうが。

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 どのくらい前でしたかな…。
人の滅多に来ないこの森に、一人の青年が訪れました。
はい。お察しの通り、これが旦那様でございます。
遠く北の山を越えた先にある国で、植物学者をしておられました旦那様は、
この場所の外周の森で、この国の木を調査している途中に、道に迷ってしまわれたらしく、
偶然にも、この場所まで迷い込んで来られたのでございます。
運命の出会いですか…なるほど、そうかもしれませんな。
旦那さまほど、木を愛しておられる方もそう居りますまい。
現在こそ落ち着いておられますが、
当時の旦那様は、それはもう熱心な学者でございましてな。
道に迷われたのも、見たことのない木々に夢中になっての事だったと聞いております。
そしてそのまま旦那様は、この地で最も目立つ木である主様の元にいらっしゃいました。
旦那様が主様に持たれた第一印象も、”美しい人だ”とかではなく、
”人格を持って喋れる木なんて、すごい!”だったそうでございますよ。
ドリアードという魔物様の事自体、全く知らなかったと仰っておられました。
ご本人は、色々な事を聞きたい。帰るのは明日でも…と渋っておられましたが、
結局その日は、行商の方が通られる道筋をお教えしまして、ひとまずお帰り願いました。
ですが次の日からはもう…朝から晩まで質問攻めでございました。
それも、テントや食料持参で、でございますよ?
”木から直接話を聞ける機会なんて、滅多にない”と、大興奮でいらっしゃいましたな。
ワタクシも、質問の嵐に巻き込まれましたが…いやはや、
旦那様の木にかける情熱には、圧倒されるばかりでございました。

 ここまでで分かるとおり、旦那様自身は当時、主様に対しては特別な感情も無く、
異性としてよりも、学者としての好奇心の目で見ておられました。
ですが…同じ魔物である貴方様なら、もうお分かりでございましょう?
男性に毎日毎日、情熱を込めて語り掛けられ、昼夜問わず傍に居られたら…
愛情を抱かない未婚の魔物様など、ほぼおりますまい。
主様も、当然ながらそうでございました。
話す内容も、単なる質問と解答から、しだいに他愛も無い雑談が増えてまいりまして。
会話するお二人の顔は、実に楽しそうでございました。
もちろん、かく言うワタクシも、実に楽しいひと時でございました。
ですが主様は、そこから中々、距離を詰められないご様子でした。
…まあ、これまで男性と接する機会など皆無でしたから、致し方ございませんな。
幾晩も、明日こそは…と思っては、決心がつかず先延ばしを繰り返しておられました。

 主様は先伸ばしを続け、むろん旦那様も、主様の秘めた心に気付く事のないまま…
とうとう、旦那様が帰国する日が迫ってまいりました。
そして…お恥ずかしい事でございますが、主様や旦那様よりも早く、
第三者のワタクシが、この関係にしびれを切らしてしまいました。
このままでは主様は、何の進展も無いままに、
再び、いつ来るか分からない男性を待つばかりの日々になってしまう…
それを危惧したワタクシは、差し出がましくも、
お叱りを覚悟で、少々強引な手段を取らせて頂きました。
ワタクシが秘密裏に作りました媚薬を、隙を見て、お二人の飲み物にポタリと…。
それを知らずに飲んだお二人の頬は、次第に紅潮してまいりました。
十分に効果が出た頃合を見計らい、今度は旦那様の背を思い切り押してよろめかせ、
そこを主様が抱き止めるように仕向けました。
旦那様と、じかに密接に触れ合った主様は、ようやく、臆病さからの我慢をお止めになり、
魔物様の本能に身を任せ、旦那様を、ご自身の幹の中に引きずり込んだのでございます。
樹精として目覚めて幾十年…よほどに、愛する方に飢えていたのでございましょう。
熱く激しかったであろう行為を終え、お二人が木の中から戻って来られたのは、
それから三日三晩ほど後でございました。
その時には旦那様も、身も心もすっかり主様の虜になっておられました。
主様からは、案の定お叱りを受けてしまったのですが…
お叱りが終わると、心の底から嬉しそうに、幸せそうに、
”ありがとう”と、満面の笑みで仰って下さいました。
あの時は本当に、救われた気分になりました。
過激な行為を反省はいたしましたが、やはり今でも、やってよかったと思っております。

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 …そして、それから月日が経ち、現在に至るわけでございます。
貴方様もご覧になった通り、主様と旦那様も、今日も仲睦まじく過ごしておられます。
主様の中には、ワタクシの為に揃えて下さった大量の本がございますから、
”美しい妻に加えて、学問も続けていけるんだから、僕は幸せ者だ”
と、嬉しそうに仰っておられました。
今はもう、ドリアード様の特徴どおり、旦那様は主様の木と一体化してしまわれましたが、
主様と愛し合いながら、行商の方から仕入れた本を読む生活を続けておられます。
ワタクシもたまに、二人の行為のお手伝いをさせて頂く事もございますよ。
旦那様が来てからは、主様の木もますます大きくなり、
この森も、更に生気が満ち溢れ、優しさと美しさに磨きがかかったように感じます。
母なる森と、主様と、旦那様に囲まれ…ワタクシは、とても幸せでございます。

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 …ですが…どうも最近、欲が出てきてしまうのでございますよ。
生活は非常に満ち足りておりますし、不満などあるはずもございません。
ですが、愛し合う主様と旦那様を見るにつけ、最近こう思ってしまうのでございます。
ワタクシも、あのお二人のように、誰かと強く結ばれ、愛し合いたい…と。
ふふふ…いけませんな。このままでも、ワタクシにとっては望外に幸せなのに。
…しかし、やはり自由に動く体くらいは欲しいものですな。
そうすれば、お世話の幅も広がるでしょうに…

 …おっと、もう日が落ちてまいりましたな。
そろそろお帰りになられたほうがよろしいのではございませんか?
…おや、泊まる準備はしてあるから、もっとワタクシの話を聞きたい、と?
それなら結構でございますが…失礼ながら、何故ワタクシなのでございますか?
ワタクシは話題も少ないですし、主様のほうが…
え?ワタクシに興味が出てきた、でございますか?
…おかしな方でございますな。
かしこまりました。ワタクシでよければ、もう少しお話いたしましょう。

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 …

 …

 …


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 おはようございます。
昨晩は、遅くまでお喋りをしてしまいましたな。
旦那様と出会ったばかりの頃のようで、ワタクシも大変楽しゅうございました。
お疲れでしょうから、もう少しお休みに…何でございますか?
どうして、こちらを見て笑っていらっしゃるのですか?

…はい?もう筆談しなくてもいい、ですか?
失礼ですが、仰っておられる意味が…え?
ちょっと、声を出そうとしてみてほしい、ですと?
声など出るわけ…

…そこまで仰るなら、かしこまりました。やってみましょう。

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「あー………!?
 あ、う…!…こ、これは、どうした事でしょう!?声が…出る!?
 し…しかも、こんな女性のような…」
「アハハハ!…当たり前ですよ。
 だって貴方、もう女性だもん!」
「はいぃ!?
 そ、そう言えば今日は、ずいぶんと目線が高く…」
「上や前ばっかり見てないで、下を見れば分かりますよ?」
「!?こ、これはもしや…ち、乳房でございますか!?」
「正解です。私に比べるとちょっと小振りだけど…可愛いですよ♪」
「可愛い、と言われましても…」
「そうだ!そうなったんだから、もうそこから、自由に動けるんじゃないですか?」
「まさか……!…いや、も、もしや……
 …抜けた!?ね、根が…いや、根の変わりに……足が…ある。
 これは、一体…」
「まだ分からないんですか?
 貴方は今日から、ただの触手じゃなくて…


 とってもステキな、魔物になったんですよ!」



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 そう。
偶然なのかは分からないが、私が取材にやってきた日の夜に、
彼…いや彼女の身に、ちょっとした奇跡が起こったのだ。
高い知能を持つ触手植物『テンタクルブレイン』が変化した魔物…
『テンタクル』になるという奇跡が。
この魔物化は、触手植物の、魔物娘に対する羨望の念が鍵となって起こるらしい。
羨望の念と、魔物の魔力。彼女はどちらの条件も、十分に満たしていた。
魔物化する瞬間を見られなかったのは残念だけど、
心優しく真面目な従者さんが、新しい体を手に入れた幸福な日に立ち会えたのは、
とても素敵で、幸運な出来事だったと言える。
その後彼女は一番最初に、母である森の主と、父であるその夫の許へ行き、
「お母さん、お父さん」と恥ずかしそうに、しかし何度も呼びながら、
3人でしっかりと抱き合った…
というところで、私は筆を置く事にする。
彼女は、母と一緒に父を愛するのか、それとも自分だけの伴侶を探すのか…
それは分からないけれど、
きっと彼女なら、優しい笑顔と、その沢山の触手を駆使して、
ガッチリと幸せを掴み取って離さないに違いない。
私が再び『安息の森』を訪れた時にも、
彼女達家族はきっとまた、安息の森そのものを表したかのような、
優しく柔らかい笑顔で迎えてくれる事だろう。

 というわけで、『安息の森』取材レポート兼、
美しい森の、ちょっと変わった従者が、家族を手に入れるお話でした。



(雑誌社『モンストラベラー』記者の取材日誌より)

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14/03/05 19:30更新 / K助

■作者メッセージ
…お久しぶりです。怠慢と謝罪ばかりのK助でございます。
この話は元々、序盤だけ書いてお蔵入りしていたのですが、
テンタクルさんの登場で発想が湧いてきたので、
当初の構想を色々変えて、リハビリがてら完成させてみました。
(当時のラストは『人間じゃなくて触手だと判明させる』というだけで、
 当然魔物化は無し。文全体のシステムも筆談ではなく、モノローグでした)
それにしても、執事口調の難しい事…。ほぼ適当です。
でも老執事キャラは大好きなので、もう少し口調を練習してから、
他のSSにも老執事キャラを出すかもしれません。出さないかもしれません。
あとタイトルですが、これまで図鑑世界を舞台にする際には、
極力『○○と△△』といった形式にしよう、という無意味な縛りを設けていたのですが、
今回、これ以上よく、かつ縛りに沿ったタイトルを思いつかなかったので、
破る事にしました。でも、縛り自体はこれからも続けていきたいです。

で、ゼリーですが……もう少し、もう少しだけお待ちを。
皆様を死ぬほどお待たせしてばかりで、死ぬほど申し訳ありませんが、
近いうちに、必ずアップいたしますので…

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