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第十六話・ここは地獄の何丁目?
早朝、人々は惰眠を貪る至福の時。
肌寒い朝であれば少し暖かい布団に丸まって深い眠りの中にいる時間。
新聞配達員が牛乳配達員に
「おはよう。」
と挨拶をする。
牛乳配達員も新聞配達員に
「おはようございます、今日も寒いですね。」
などとすれ違い様にお互いを励まし合う。
そんな静かで爽やかな時間にそれはやってきた。
爽やかな時間を踏み躙るように、やつらはやってくる。


「人から聞いた話では♪」
「「人から聞いた話では♪」」
早朝マラソンと銘打ってロウガとその娘マイア、そして同級生のサクラが、ロウガの歌う歌を繰り返しながら走ってくる。
「エスキモーのプッシーは冷凍マ○コ♪」
「「……エ、エスキモーのプッシーは冷凍マ○コ」」
2人の声のトーンは右肩下がりで大暴落する。
「ほら、声が小さい!うん よし♪」
「「うん よし!!」」
もはやヤケクソである。
「感じよし♪」
「「感じよし!!」」
「具合よし♪」
「「具合よし!!」」
「すべてよし♪」
「「すべてよし!!」」
「味よし♪」
「「味よし!!」」
「すげえよし♪」
「「すげえよし!!」」
「おまえによし♪」
「「おまえによし!!」」
「俺によし♪」
「「俺によし!!」」
朝の爽やかな演出ブチ壊しである。
「…ねぇ、マイアさん。今までこんな訓練をしてたの?」
度胸だけは付きそうだけど、とサクラは呟く。
「…初めてだよ。何だか父上、サクラの訓練メニューを魔術担当のバフォメット先生と作ってたって聞くけど…、こんなことをやるとは思いもしなかった。」
娘のマイアも、自分の父親が卑猥なマラソンソングに抵抗がなさすぎることに内心ため息を吐く。しかし口に出せば、恐怖のアイアンクローが来ることを知っているため彼女も黙って従う。
「どうだー!朝の走り込みは爽やかだろー!!」
「「そーですね!!!」」
マイアは心の中で二度と朝のマラソンに付き合うまいと固く心に誓うのであった。


――――――――――


数日前の学園長室。
そこにいるのは2匹の悪魔。
セラエノ学園学園長ロウガと魔界から出張してきている臨時教師バフォメットである。

「バフォメット先生、というわけでご協力を願いたい。」
「ほほう、学園長殿。ワシの力を借りたいとな?」
「その通り。是非、ちょっと見所のある餓鬼の力の底上げを手伝っていただきたい。」
「見返り…なし、という訳にはいかぬのはわかっておろう…な?」
「クックック…、そのあたりは抜かりなし。」
ロウガは羽織の袖から一冊の黒い装丁の本と、一綴りのチケットを出す。
「前渡しにこいつを…、『フラン軒』のビール券だ。30枚ある。そして、大幅な効果が見られた暁には、この本を…。」
「そ…、それは魔界でもあまりの内容のために、古えの魔王たちによって焚書にあったという幻の一冊…、イ、『イヤンの秘密』!?学園長殿が何故その本を!?」
「うちの図書館はアヌビスが無作為に集めた本が納められていてな。その中にあいつの趣味の本がひっそりと人のあまり来ない場所に、自分でお気に入りのコーナーを作っておるのだよ。その中からちょろまかしておいた。」
『イヤンの秘密』
その本を開けば背徳の秘法、有史以前の淫靡な物語、死者を甦らせ死者と戯れるおぞましき快楽、はたまた同性愛を推奨し、近親相姦、異種姦など、人類と魔族が積み上げてきた快楽という快楽が収められたまさに魔界最高峰のエロ本である。しかし、その内容が淫魔でも思わず顔を背けてしまう程の内容であったために、時の魔王や権力者によって葬り去られたはずの本である。
ちなみにアヌビスのお気に入りの『少年』と『少女』の項は、本自体に折り目が入ってしまう程に読み込まれている。
「成功報酬は、これだ。魔界においても、人界においてもご高名なバフォメット殿には、些か不足な品…、であろうがな。」
にやり、とロウガは笑う。
「ふ…、学園長殿。わかっておるだろうな、その本は所持しているだけで魔界からも、人界からも罪に問われる書。ワシが一言、チクれば…。」
「クックック…、それが出来るバフォメット殿とは思えませぬが?」
「ふっふっふ…、学園長、うぬも悪よのう。」
「いえいえ、バフォメット殿程ではございませぬ。」
ガッシリと二人は固く握手をする。
ここに薄ら暗い取引が成立した。


「というわけで、ワシが教官のバフォメットだ!」
「押忍、よろしくお願いします!」
他の生徒はアマゾネスのアキ先生の武術実戦の授業中。
僕はあまりの弱さのため一人学園長先生とバフォメット教官の特訓を受けることになった。
「…それでバフォメット先生、何をするんですか?」
「お前の力は弱い!もー、ビックリするくらい雑魚!よって、根本的なところから特訓を始める!!それと言葉の初めと最後には、口からクソを垂れる前にサーと言え!!」
「さー、いえっさー!」
「では学園長先生、よろしく!」
うむ、と学園長が前に出てくる。
「小僧、お前の得意な武器はなんだ。」
「さー、何もありません、さー!」
「バッカモン!!」

ゴシャッ

問答無用で学園長の鉄拳が飛ぶ。
僕は一瞬何が起こったのかわからないまま、宙を飛んで大地に叩き付けられる。
「お前に得意な武器がないのはわかっている!だが、そこで馬鹿正直に何もないと言ってどうする!!せめて武器がないのであれば、殺すこと!と言うくらいの気概を持たんかぁぁぁ!!!」
「学園長殿、駄目だ!聞こえてない!気絶しているぞ、っていうか息してない!!」


ああ、綺麗なところだ。
すごく暖かくてフワフワしていて…。
どこまでも続くお花畑って、ここどこだろう。
あ、なんて綺麗な川なんだ。
(おーい)
あ、あれは一昨年死んだおじいちゃん。
(おーい)
向こう岸は居心地が良さそうだなぁ。
(こっちじゃよー、タケシー)
ちょ、おじいちゃん、まだボケてるの!?


「いやー、すまんすまん。」
「すまんすまん、じゃないですよ。僕、死にかけたんですよ!?」
「次は手加減するから。……………たぶん(ぼそ)。」
危なかった…。
あのまま川の向こうに行ってしまっていたら、僕は二度と彼女に会えることなく永遠の眠りに就くところだった。
「やはり、いきなり肉体強化は臨めそうにないな。ではワシの特訓から受けてもらおう。」
「さー、いえっさー!」
「ワシの特訓は簡単な魔術を身に付けてもらう。そうじゃな、もっともポピュラーで使い古されて、目新しい設定もなくなってきた炎の魔術でも身に付けてもらおうかの。」
「さー、そんな身も蓋もないことを言っても良いのですか、さー。」
「良いのじゃ。元より作者が妖怪、魔物には日常生活に支障をきたすくらい詳しい知識は持ってても魔法には知識が乏しいから、それで十分なのじゃ。」
そんな、もっと身も蓋もない。
「そんな訳で、まずは右腕を出せ。」
「さー、いえっさー。」
何も考えずに右腕を出す。
するとバフォメット先生は魔方陣から巨大な鎌を取り出す。
「せーっの!」
先生はそれを大きく振り被った。
「うわー、何をするつもりですか!?」
「何って、魔術の基本。精霊との契約の前準備にその右腕に炎の刻印を宿すおつもりですが?」
何言ってんのコイツ、みたいな顔で先生は僕を見る。
「そ、その動作はどう見ても刻印を宿すと言うより切り落とす気満々じゃないですか!?」
「わかっておらぬのう、これだから素人は。切り落とした方が余計な抵抗なくて早いじゃん?」
「それが本音か!!!」
「グダグダ言うておらんと、さっさと右腕を出せぇぇぇぇ!!!!」
「い、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
僕と先生のマジバトルが始まる。
だが、最初の一撃をカウンターで横から学園長に殴られた僕はそのまま再び意識を失った。
……………。
…………。
………。
……あ、おじいちゃん。


―――――――――――


目が覚めると、右腕に不思議な刺青が入っていた。
これが契約の刻印というヤツらしい。
肘に見覚えのない真っ直ぐな赤い線が入っていたが気にしないことにする。
「いや、良い仕事したなー♪」
バフォメット教官はご満悦な表情。
学園長先生も良い笑顔で良い汗を掻いている。
「これで…、炎の魔術が使えるようになるんですね?」
「は、まだだよ?」
「へ?」
「それは言ってみれば契約書、実際に効力を発揮するにはその契約書にハンコ押してもらわなきゃならんのだ。と、いう訳で…。」

ドンッ

どこからか重そうなドアが現れる。
「どこで○ドア〜」(大山○ぶよの真似)
「はっはっは、学園長殿はお茶目だのう。」
「そういう問題じゃないでしょう!何なんですか、このドア!!」
「うむ、良い質問じゃ。うぬのその右腕の紋章を、実用化するために!!」

サバトへご招待致します。

ゆっくりと木製のドアが軋む音を出しながら開いていく。
そして、ドアの向こうには幼い女の子や魔物娘たちが我を忘れる程、恍惚の表情を浮かべて、快楽に身を任せ、代わる代わる男たちと交わり合っている。
思わず、一歩後摺り去ってしまう。
「ここに、行けってことですか!?」
「あったりまえじゃん!」
ない胸を張って威張るバフォメット教官。
「で、でも、僕には心に決めた人が…!!」
「わかっている。だが、お前の弱さは強さ云々以前の問題だ。ちったぁそこで度胸付けて帰って来い。俺の娘が好きなのは知ってるが…、童貞のままじゃ、先行き不安だからな!!!」
「それが父親の言う言葉ですかー!!!」
「「ええい、グダグダ文句言わず、犯られて来い!!!」」

ゲシッ(蹴

「のわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「あれ、新しい人来たよ〜♪」
「ほら、こっちにいらっしゃい…。」
「あ、待ってよ。私も味見してみたい♪」
「ちょ、待って、僕はそんなつも…、脱がさないで、ちょ…、アッーー!!」

ギィィィ……、バタン



ドアを閉め、ロウガは煙草に火を点ける。
ロウガのその表情を見ながらバフォメットは口を開いた。
「のう、学園長殿。あの少年、どうするつもりなのじゃ?」
「ああ、あいつか。あいつはな、俺の後継者にするつもりだよ。」
「ほほう、随分と買っておるのう。根拠は?」
クックックとロウガは笑って、答えた。
「あいつはな、餓鬼で青臭くって、世の中のことを何も知らない本当の弱者だよ。だが、あいつは俺の自慢の娘の心を射止めてる。娘もマンザラじゃない。だったらよ、俺の出来ることはあいつを少しでも強くすることだ。」
「相変わらずの親馬鹿じゃな。ワシはてっきりあの小僧めを叩きのめして娘御との仲を引き裂くつもりかと思ったぞ。」
「そこまで愚かじゃないさ。だが、あいつは強くなるぞ。仮にも俺の全力を真正面から受けて生きている。妖刀の影響があったとしても、これはなかなか天性のものがなければ、出来ないことだ。それにあいつの鍛え方は、見当が付いている。」
吸い終えた煙草を地面に落とし、足で踏み付ける。
「…よく裸足で熱くないのう?」
「年がら年中裸足だからな。」
「で、どう鍛える?」
「…剣も駄目、槍も駄目、弓も鈍器も駄目とくれば、これしかないだろう?」
と、ロウガは拳を握る。
「なるほど徒手空拳か。それとワシの教える魔術を教え込む…。なるほど、なかなか面白い趣向よのう。」
ふっふっふ…、と暗い笑いをするバフォメット。
「だろう?娘を守れる男になるには、神とタイマン張れるくらいに鍛えてやらねぇとな。」
クックック…、と悪魔染みた笑いをするロウガ。

今ここに、一人の少年の過酷な未来が幕を開ける。









バタン

「はーっ、はーっ、はーっ!!!」
危なかった!
何とか僕はマイアさんへの操を守り切ったぞ!
しかし、本当に危なかった…。
お尻も…、前も…、完全に脱がされてしまったけど、
僕は貞操を守り切ったぞ!
あんな淫気の中に放り出されたんじゃ、もう少しで正気を失うところだった。
……先生たちは、もういないな?
ふう……。
つるぺた……、か。
僕は……、マイアさんを想い続けていて、本当に良かった。

うん……。
さっきから全然治まらないし、ちょっとトイレに行ってこよう。
10/10/21 23:06更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
サクラの特訓序章でした。
というわけで彼は一切の武器に頼らない鍛え方をされます。
死なないことを祈りましょう。
さて、序盤に出てきた卑猥なマラソンソングですが
映画「フルメタルジャケット」のハートマン軍曹が教える
海兵隊のマラソンソングです。
映画の内容もほとんど悪質な洗脳ですので、おすすめです♪

次回は…、何を書こうかな?
というわけで今からネタだしです。

最後に恒例となりましたが
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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