連載小説
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後編
 最初に堕ちたのは、グループ最年少のハインだった。彼は若干十四歳で大学を首席で卒業した秀才であり、その才能を見込んだアンドリューの助手として、経験を積むためにここにやってきていた。そんな天才少年が魔物娘と恋仲になったのは、調査隊が未知の生物達とファーストコンタクトを取った、その僅か二日後のことであった。
 彼を伴侶として受け入れたのは、最初に行った自己紹介の際に彼とリンゴ談義で盛り上がったイエティだった。イシュタンと名乗ったそのイエティは、他の魔物娘達と同じように調査隊の「観測活動」を甲斐甲斐しく手伝う――彼らからの質問に笑顔で答えるばかりでなく、彼らが持ち込んできた機材の運搬に協力したり、彼ら人間に食事を振舞うことさえあった――中で、まったく唐突にハインに告白したのである。
 
「そんな、じょ、冗談でしょ」
「冗談なんかじゃないよ。私、ハインのことが好きなんだもん」

 人外じみた見た目と気配を持つ少女からの告白を受けて、ハインは明らかに狼狽した。聡い彼はジノと同様に、魔物娘達が自分達調査隊の面々を「繁殖活動のパートナー」として見ていることに気づいていた――もっと言うと、調査隊の全員が魔物娘達の雰囲気の変化に気づいていた。そして不思議なことに、それを知りながら逃げようと提案する者は一人もいなかった。
 しかしハインは、自分が最初の標的に選ばれることまでは予想出来なかった。おかげでこの時彼の賢い頭脳機能を停止し、心は嵐の如く荒れ狂った。しかしそれ以上に彼の心を混乱させたのは、そんな「別世界の怪物」であるイシュタンからの愛の告白を、「悪くない」と――それどころかむしろ「嬉しい」と感じる自分が、心の中に確かに存在していることだった。
 
「あなた達と知り合って、あなた達のお手伝いをする間も、私ずっとハインのことを想ってたの。最初に自己紹介したあの時から、私の心の中にはずっとハインがいたの」

 ケモノじみた両手を胸元で合わせ、目を潤ませながら、イシュタンが想いの丈を打ち明ける。それを受けてハインの顔もまた赤く染まり、彼の体はじわじわと汗ばんでいった。
 
「だから、お願い。私と一緒に……つがいになってください」
「――ッ」

 イシュタンからの告白。ハインはすぐには答えられず、生唾を飲み込んだ。周りの面々も同じように、息をのんでその光景を見守る。
 やがてハインが口を開く。
 
「……僕で良ければ、喜んで」

 ハインの顔は微笑みを湛えていた。イシュタンから捧げられた愛を心から喜んでいる顔だった。
 あまりにもあっけない陥落だった。
 
「本当? ほんとにほんとなの?」
「うん。本当だよ。僕も実は、イシュタンのことが前から気になってたんだ」
「じゃあ……!」
「これからよろしくね、イシュタン」
「ハイン!」

 ハインがそう言って両手を広げる。感極まったイシュタンが、その胸の中に飛び込んでいく。二人はそのままイエティに押し倒される形になり、雪原に転げたハインとイシュタンは雪まみれになった。
 しかし二人はそんなことなど気にする素振りも見せずに抱き合ったまま、互いの顔を見ながら楽しげに笑いあった。そんな初々しい少年少女の恋愛模様は、とても甘酸っぱく、見る者の心を等しく和やかにさせた。
 
「まあ、さっそくカップル誕生ですか」
「素晴らしいですわ」
「いいなあ……」

 その光景を、魔物娘達は羨ましそうに見つめていた。一方で人間達は、全く唐突に発生したそのカップルの姿を見て唖然とした。ハインがイシュタンに恋い焦がれる素振りを見せたことは一度もなく、故に調査隊にとってそれはまさに青天の霹靂であったのだ。
 しかしそれを見た彼らの心の中に、嫌悪感といったものは存在しなかった。
 
「こういうのはもっと時間をかけて親しくなっていくものなんじゃないのか? ちょっと気が早い感じもするけど」
「一目惚れに理屈は通じないものなのですよ。恋は計算で計れるものではないんです」
「なるほど、一理ある」

 一応、この急展開に苦言を呈する者はいた。しかし彼らの疑念は、魔物娘からの反論によって容易く打ち砕かれた。
 さらにそこに別の魔物娘が割って入り、言葉をつけたして最初の反論を補強していく。
 
「だから、ここでは誰が誰を好きになってもいいんですよ。人間の価値観に縛られることはありません。愛の前では全てが許されるのです」

 口を開いたのはシー・ビショップの一人だった。彼女の優しい語りは、調査隊の中にあった怪物への警戒心、そして人間社会で育まれていった価値観を優しく溶かしていった。
 倫理の砦が崩れていく。元より彼らはその優しさに触れ、彼女達に親しみを感じていた。堕ちるなというのが無理な話であった。
 
「……好きにして、いいのか?」

 熱に浮かされた口調で、調査隊の一人が言葉を放つ。シー・ビショップは満面の笑みを浮かべて首を縦に振った。
 
「もちろんでございます。幸せになる権利は、誰にも等しく与えられているのですから」
「俺達も幸せになっていいのかな」
「それはもう。私達と一緒に、一緒に幸せになりましょう♪」

 これが、調査隊を素直にさせた最後の一撃であった。
 
 
 
 
 その日を境に、調査隊と魔物娘の関係は一変した。彼らは研究者と研究対象という味気ない関係から脱却し、心を通わせた盟友、さらには恋人同士へと発展していった。魔物娘の一団は調査隊の面々に暖かく接し、調査隊もまたそれに応えていった。
 誰も彼もが正気を捨て、恋へと走って行ったのだ。
 
「あたしを選ぶなんて、あんたも相当物好きね」
「俺もよくはわからんのだが、どうにもお前が気に入ってな。そのツンツンするところに惹かれたというべきなのかな」
「ばっ、馬鹿じゃないの!? 罵られて喜ぶなんて、あんた本物のヘンタイね!」

 ドーバー曹長はセルキーの「ミュゼ」とくっついた。ハインがイシュタンと番になった翌日のことだった。厳めしい巨漢の軍人がアザラシを模した毛皮を身に纏った金髪美少女と並んで歩く様は一種異様であったが、それを揶揄する者は一人もいなかった。
 ここでは既に、魔物の常識が全てにおいて優先される場所と化していたのだ。
 
「アンドリューお兄ちゃん、またぽかぽかさせてくれないかな? いいかな?」
「ごめんよサラ、今調査報告書をまとめてるところなんだ。ぽかぽかはこれが終わってからにしておくれ」
「ぶー、サラは今ぽかぽかしたいの! ねえねえ、いいでしょいいでしょ?」
「……仕方ないな」

 地質学者のアンドリューは、ウェンディゴの「サラ」と恋人同士になった。サラは三十代後半のアンドリューを兄と呼んで慕い、アンドリューもまた幼女然としたサラに心を許していった。なお調査隊が魔物娘と共に帰途に着く頃、アンドリューとサラは揃って姿を消していた。彼らは人間の生活と完全に決別し、南極大陸の奥地に二人だけの愛の巣を作り、そこで慎ましやかに暮らすことにしたのだ。
 そんな決定をしたアンドリューを、他の調査隊のメンバーは誰も責めなかった。狂人と見做すこともしなかった。ただ永遠の幸せを見つけた彼を羨むだけだった。
 
「実は私、故郷に好きな人がいるんです。片想いしてるんです。でもその人が、本当に私の気持ちに応えてくれるか不安で……」
「大丈夫ですよミツコ様。私が今からあなたに、愛を勝ち取るためのとっておきの秘策を教えて差し上げますから」
「本当ですか? ありがとうございます!」

 医者であり、数少ない女性隊員でもある八島美津子は、シー・ビショップ達から愛の手解きを受けていた。自分の片想いを何としてでも成就させたいと願う彼女は、その魔物娘からの教えを貪欲に取り込んでいった。最終的にはより確実に「彼」をモノにするために、シー・ビショップに掛け合って自分を海神に会わせてほしいとまで言い出した。
 そして帰還日当日。彼女は船には乗らず、次元の扉を越えて「向こう側」の世界へと旅立っていった。海神様に会い、その身に魔力を宿すためである。彼女の旅路には二人のシー・ビショップが同行し、そしてその二日後、太平洋沖で小規模な磁気異常が観測された。
 
「悪いけど、私はパス。私旦那と子供がいるし、それにレズビアンでもないから」
「ご結婚されているのですか? それは残念です」
「勘弁してよ。本当にそのケは無いからね?」
「冗談ですよ。他人の恋路に首を突っ込むほど、魔物娘は阿呆ではありません」
 
 そして女性隊員は美津子の他に二名いた。そのうち既婚者にして数学者であるマリーヤは、最後まで魔物娘とべったりな関係にはならなかった。彼女は第三者の視点から人間と魔物娘の交流を見守り続け、また帰還後にその時の経験を基にして「愛と魔物(邦題)」という本を執筆した。
 これはこの後魔物娘が大量に流入し、それとどう接していくべきか悩む現代人に一つの道を指し示す重要な一冊となった。この本は世界的ベストセラーとなり、そしてマリーヤはこの印税を使って、こちら側にやって来る魔物娘の保護と相互理解を目的とする支援組織を立ち上げた。
 
「こんなの間違っています! このような爛れた関係、主はお許しになりません!」

 しかしもう一人の女性隊員にして軍人でもあるミーシャ伍長は、この両者の間柄に最後まで否定的だった。彼女が敬虔なクリスチャンだったこともまた、それを助長している節があった。他のメンバーが魔物娘との逢瀬に現を抜かす中、彼女は最後まで人間の理性を保ち続けた。良くも悪くも鋼の意志を持ち続けた人間であったが、数年後には彼女のような存在は絶滅危惧種と化すのであった。
 そんな彼女の隣で人一倍爛れた関係を築き上げていたのが、ジョーンズ二等兵だった。
 
「ねえジョン、今日は私と一緒に過ごしてくれるんでしょ?」
「違うよ! ジョンは私と付き合うことになってるんだよ!」
「何を言っているのかしらこの方達は。今日はわたくしとジョンが一日過ごすことになっているのですわよ?」
「まあまあみんな、落ち着けって。今日は確か、シェルティスと過ごす約束だったはずだぜ。俺はそう覚えているな」

 彼の周りにはクラーケンやセイレーン、マーメイドにスキュラなど、大勢の魔物娘が集まっていた。ノリが軽く、自重を知らない彼は、この短期間の間に一大ハーレムを築き上げており、その全てと上手く折り合いをつけていた。そして魔物娘達もまた、そんな彼の豪胆さにますます惚れ込んでいき、彼らの仲はチタン合金よりも強固なものへと変わっていった。
 魔物娘達を一緒に連れて帰ろうと提案したのも彼が最初だった。反対したのはミーシャだけであり、ほぼ満場一致でそれが決まった。本土の人間達に魔物娘の素晴らしさを広めようというのが、決定の主な要因であった。
 残りのメンバーに関しては、全員がショゴスとくっついた。キューと名乗っていたショゴスは、医者のジーベックが娶ることになった。中にはショゴスだけでなく、ジョーンズのように他の魔物娘と重婚してみせた者もいた。そして案の定、それに対して苦言を呈する者は一人もいなかった。
 
「しかし、ここまでやっておいてあれなんだが、こうも仲良くなって本当に良かったのだろうか?」
「よいではありませんか。親交を深めることになんのデメリットがありましょう? 愛を肯定することは間違いではありません」
「それもそうか」

 上陸して一週間が経った頃には、既に調査隊の全員が既婚者となっていた。調査隊員達は時々思い出したように自分達の立ち位置について疑問に思うこともあったが、それでも最後には魔物娘と一緒になった現状を肯定した。彼女達と離れることなど、もはや今の彼らには無理な相談であった。
 それは宿営に関しても同じことが言えた。調査隊は自分達で持ち込んだ仮設テントや狭苦しい調査船ではなく、前から魔物娘達が使用していた地下空間にお邪魔し、そこで妻となった魔物娘と同衾することにしたのだ。篝火のある中央広間と通路で繋がっていた各個室は防音対策もばっちりであり、おかげで彼らは心置きなく「仲良し」に没頭することが出来た。
 なおこれらの空間は、こちらに来た魔物娘達が共同で設営を行い、二日で完成させたものであるとのことだった。ドイツ人学者のハンスはそれを聞いて首を傾げ、妻であるショゴスにそれを尋ねてみた。
 
「こんなだだっ広い空間を二日で? どうやったのです?」
「魔物の膂力は人間を凌駕するのです。そこに魔力を加えれば、この程度は朝飯前です」
「魔力ですか。それは我々人間でも扱えるものなのでしょうか?」
「どうでしょう。出来るものもあれば、出来ないものあるかと。それがどうかしたのですか?」
「いやなに、ちょっと人類の将来について考えておりましてね。これは思わぬ収穫が出来たましたよ」
「?」
 
 エネルギー資源に関して研究してたハンスは、この後魔力の研究に没頭し、それを将来枯渇するであろう化石資源に代わる新たなエネルギー資源として利用する方策を打ち出すのであった。そんな彼の発表した研究論文は、非常に「破廉恥」なものであるとして学会で賛否を巻き起こすのだが、それはまた別の話である。
 そのような感じで、彼ら人間と魔物娘の蜜月は、その後さらに一週間続いた。楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、とうとう彼らは帰還予定日であるその日を迎えることとなった。
 
 
 
 
 帰還日当日。調査隊の面々はその日に大人しく引き上げる方針でいた。そしてそこには魔物娘も同行することになっていた。
 魔物娘を衆目に晒すことに対しては、調査隊としてはある程度の躊躇もあった。しかし当の魔物娘達が、是非とも表舞台に出てみたいと強く訴えてきたので、結局は彼女達の意見を尊重する流れになった。
 
「よかった、全員無事なのだな」
「はい。幸い、傷病者の類も出ず、全員五体満足で帰れるかと」
「そうかそうか。いやあ良かった。皆無事でなによりだよ」

 本土に設置された総司令部に対して帰還報告を行う役目は、ドーバー曹長が負うことになった。彼は通信機を外に持ち出して司令部とコンタクトを取り、そこで調査隊メンバーが全員無事であること、それどころか、調査開始前に比べて僅かに肥え太った者まで現れたことをまず初めに告げた。
 
「なるほど。つまり衰弱死や餓死とは無縁というわけか。ますます素晴らしい。ガハハハ」

 司令部はドーバーの「隊員が太った」という発言を、冗談か何かと判断していた。しかし実際は、彼の言葉通りに体重の増加した隊員が数名確認されていた。味気ない保存食でなく、魔物娘の提供する栄養豊かな食事を毎日摂り続けていては、ふくよかになるのも無理からぬことだった。なお食材は魔物娘が次元の扉を開けて「向こう側」から調達してきていた。そしてその魔界産の野菜や肉が人体や精神にどのような影響を及ぼすのか、調査隊員達はそれを身をもって経験済みであった。
 
「まあ、詳しい話はこちらに着いてから聞くとして。どうかね? 何か収穫はあったか?」

 とにかく全員無事に安堵した後、司令部は調査隊の発見したものについて簡潔な報告を求めた。ドーバーはそれに正直に答えた。南極大陸に「魔物娘」と呼ばれる別世界の住人が次元の扉を越えてこちらの世界にやってきていたこと。調査隊が彼女達と接触し、とても友好的な関係を築けたこと。そして調査隊メンバーのほぼ全員が、その魔物娘と懇ろな関係になったこと。
 ドーバーは包み隠さず暴露した。それを聞いた司令部はまず唸り声をあげた。
 
「南極に未知の生命体? それと結婚? 本気で言っているのかね?」
「私は本気です。彼女達はとても素晴らしい存在です。彼女達は我々人類に敵意は無く、こちらの世界にやって来たのも、単に生涯の伴侶を求めての行為です。彼女達は、決して邪悪な侵略者ではありません」

 ドーバーは人間と魔物娘がまぐわい続けた先に起こる顛末を予想できずにいた。恋は盲目とはまさにこのことである。
 しかしこの時のドーバーの言葉は、実に堂に入ったものだった。とうてい嘘つきが出せるような声色ではなく、それを聞いた司令部もまた、彼が戯れでそんなことを言っている訳ではないことを悟った。
 
「……わかった。ではドーバー君。君達はその魔物娘とやらを、実際にこちらに連れて来てくれないかね。君を疑うわけじゃないが、やはり我々としても、実物を見てみないことには判断のしようがない」
「わかりました。むしろ彼女達もそれを望んでいたので、望む所です」
「うむ。頼むぞ」

 司令部が重々しく問いかけ、ドーバーが力強く「ハッ」と返す。そしてドーバーはすぐに肩の力を抜き、申し訳なさそうな口調で司令部に言葉をかけた。
 
「ところで、物は相談なのですが……」
「ん? どうかしたのかね?」
「帰還日を明日にすることは出来ないでしょうか? ただ今、非常に込み入った事情が発生しておりまして……」
「どうかしたのか? 緊急事態でも起きているのか?」

 司令部が焦りの声を出す。ドーバーは一度通信機から顔を離し、背後を肩越しに見た後、改めて通信機に向かい合って口を開いた。
 
「魔物娘の一人が妊娠しまして。それを知った残りの魔物娘が、余計にハッスルし始めてしまったのです」
「は?」
「それでつまり、その……みんなして『合体』を始めてしまいまして。とても帰れる状況にないのですよ」
「君は本気で言っているのかね?」

 司令部は唖然とした。ドーバーの正気を疑う声すら上がり始めた。
 しかし彼らが再度何か言おうとしたところで、ドーバーのすぐ近くから女の声が響いた。
 
「もう! ドーバーってばいつまで待たせんのよ! はやく私の相手しなさいよ!」

 セルキーのミュゼの声だった。そのよく通る声は通信機を伝って司令部にも届いており、そしてそれを聞いた司令部はいきなり聞こえてきた見知らぬ女性の声に驚愕した。
 
「な、なん……っ!?」

 しかも司令部側が耳をこらしてみると、スピーカー越しに艶めいた嬌声が微かながら聞こえてきていた。漏れ聞こえる嬌声は一つ二つではきかず、あちらこちらから幾重にも重なり、ハーモニーめいた響きを伴って聞こえていた。ついでに風の音もそこに混じり、おかげでそれを聞いた者達は、ドーバーが屋外で繰り広げられている大乱交劇のど真ん中で通信を試みているのではないかとすら想像し始めていた。
 大当たりであった。そもそもドーバーが外で通信を始めたのも、一刻も早くこれを終わらせてそれに参加したいがためであった。司令部はそれを知らなかったが、彼らが臆面もなくはしたない行為をしているというのは、それなりに想像できた。
 
「まさかドーバー君、君達は本当に」
「申し訳ありません。私ももう我慢できませんので、ここで切り上げたいと思います」
「いや、ちょっと、待ちたま」

 しかしドーバーはそんな司令部の反論も待たず、一方的に通信機のスイッチを切った。彼もまた限界であった。そして彼は通信機から手を離すと同時にミュゼの方に向き直り、それまで我慢してきた分をまとめて発散するかのようにミュゼに襲い掛かった。
 
「司令部、あれでちゃんとわかってくれたかね?」
「大丈夫ですよ。何かあったら私達が直接釈明すればいいんですから」
「それもそうか」
「そうですよ」

 そんな一部始終を遠くから見ていたジノとカラッコは、そう言いあいながら苦笑を漏らした。それから彼はドーバー達から視線を外し、傍らで自分と同じように腰を降ろしていた妻のカラッコに目をやり、彼女の人間部分の腹部に手を当てながら優しく声をかけた。
 
「それより、お前の方は大丈夫か? 寒くなってないか?」
「大丈夫ですよ。私もこの子も、寒さには強いんですから」

 自分の腹に当てられたジノの手に自分の手を重ねながら、ホワイトホーンのカラッコが穏やかに笑って答える。いの一番に妊娠してみせた魔物娘とその伴侶は、共に肩を寄せ合いながら幸せな空気に浸った。彼らの周囲、地上に広がる銀世界では、調査隊の面々と魔物娘達が存分に肉をぶつけ合い、汗と体液をまき散らしながら愛を叫びあっていた。卑猥で退廃的な光景だったが、今のジノとカラッコにとってそれはとても素敵な景色であった。特にジノは、そんな肉欲の渦巻く世界を美しいとすら感じていた。
 正気では到底思いつけない感想であった。
 
「ねえ、旦那様」

 カラッコがジノにしなだれかかる。カラッコの顔がジノの至近に迫る。
 ホワイトホーンの熱を帯びた吐息が顔にかかる。潤んだ瞳と赤らんだ頬、ぷっくりと艶やかに膨らんだ唇が視界いっぱいに移る。それだけで、既に萎れきったジノの精力に再び火がつき始める。
 
「私ももっと、欲しくなってきちゃいました……♪」

 カラッコが耳元で囁く。それ以上の言葉はいらなかった。
 ジノがカラッコに抱きつく。分厚い上着を力任せに脱がし、男がその汗ばんだ瑞々しい肌に吸い付く。カラッコは嬉しい悲鳴をあげ、その既に老境に差し掛かった男を優しく抱き留める。
 
「ああ、はい、そうですっ……旦那様の愛撫、素敵です……っ♪」
「もっとだ、もっとしてやるからな……!」
「はい♪ はいぃっ♪ もっと、もっとお願いしますぅ♪」

 寒風の中に喘ぎ声が混じる。オスとメスの混じり合った体液が雪を溶かし、南極大陸の一角を魔力で染めていく。あちらこちらに散らばったケモノ達が思い思いに体を貪り、愛欲の底に沈んでいく。彼らの心についた火は、到底一日二日で消せるものではなかった。
 
 
 
 
 結局、彼らが南極大陸を発ったのは、その「予定日」から一週間後のことであった。
16/12/06 02:11更新 / 黒尻尾
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