連載小説
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騎竜
「うんうん、良い感じに盛り上げてくれてますねぇ♪」

他の観客とはやや離れた位置の、見晴らしの良い特設シートに腰かけた彩が屋台で購入したたぬきうどんを手にしながら満足げに頷く。
何と言っても彼らの戦いはこの祭りの見どころの一つなのだ。後は見事あの魔界豚を討ち倒し、最高級の魔界豚肉パーティーと相成れば満点である。採算的には既に十分に黒字を達成している今回の祭りではあるが、やはり商売人としては金と時間を頂いている以上、皆には満足して帰って貰いたい。
それに、先程は『彼らが負ければそれはそれで稼ぎ時』などと言ったが……やはり、いつまでも友人の困った顔を見ているのは忍びない。

「むぅ、あやつらでも手こずるか……」
「伊達に伝説の魔界豚とは呼ばれてないって事ですねぇ」

その隣に座る魔王の娘は、これまた屋台で買ったたこ焼きを頬張りながら、作戦を立てているらしき部下達の姿を心配そうな目で見ている。ヴィントとミリアの魔法まで無効化されるというのは、彼女にとっても予想外の事だっただろう。
……そちらに意識が集中して口元の注意が疎かになっているのか、唇の周りに少しソースが付いてしまっているのが可愛らしい。

「でも、まだたいしょーは皆さんなら何とかしてくれるって思ってはるんでしょう?」
「うむ、クロエ達の強さは妾が一番良く知っておるし……何と言っても、行綱は妾が見初めた男じゃからのぅ……♥」

そう言うアゼレアの頬には僅かに朱が差し、その瞳には恋する乙女の色が混ざっている。そんな恋に恋する生娘の如き(実際生娘なのだが)本人とは裏腹に、光沢を放つ白い尻尾は悩ましげにくねくねとうねっており、その対比が非常に怪しい魅力を湛えていた。
……全く。同じ魔物であり、付き合いの長い友人でもある自分でさえ少し見惚れてしまうようなこのリリムを前にして、よくもまぁあの男は平静を保てるものだ。

「そんな事言って、聞きましたよたいしょー?この間行綱さんが勇者に一対一で勝った時なんか、心配し過ぎて泣きながら行綱さんに抱き着いてたそうじゃないですか」
「だ、誰に聞いて……!いや、妾は泣いてなどおらぬからな!?大体、あれは命令を無視した行綱とミリアが――」

顔を真っ赤にしてまくしたてる友人をはいはい、と苦笑で受け流しつつ、箸で掴んだうどんをずずっと啜る。
しかも、噂では第26突撃部隊の面々まで彼にぞっこんなのだという。最近、彼女達が『ジパング男子の恋愛観〜黒髪の旦那様をゲットしちゃおう♪〜』『ジパングの性と歴史』『胃袋から徹底攻略!(ジパング料理編)』『デキる!48手』等の書籍を立て続けに購入している事から、間違いは無いのだろう。
元々、魔界にまで攻め込んでくるような真面目で勇敢な男は魔物娘達の間でも婿としての需要が高い。いわんや、自分達に理解があり、尚且つ勇者とも戦えるような男が同じ部隊で戦っているとなれば、それも当然の流れとも言えるのかもしれない。……尤も、リリムに魔王軍の精鋭部隊丸々一つという顔ぶれに横入りしようと考える魔物は少ないだろうし、これ以上恋の鞘当て相手が増える可能性は低いだろうが。

「あ、始まるみたいですよたいしょー?」

そんな事を考えているうちに、クロエ達の作戦会議が終わったようだ。
アゼレアと彩の視線が……いや、会場にいる全員の視線が、再び動きを見せ始めた彼女達へと集まる。

――群衆の中に立つその妖怪も、そんな中の一人だった。

「……あれは――」

艶のある黒髪を腰まで伸ばし、巫女装束と呼ばれる紅白が眩しい極東のシャーマン衣装に身を包んだその女は、魔物に関わりのない者が一見すると何の異形も持たない人間に見えてしまう事だろう。だが、ここに居る魔物達の目には青い炎のような魔力によって形作られた狐のような耳と尻尾が、はっきりと映し出されていた。
大きな風呂敷を背負い、腰に竹で作られた水筒をぶら下げている様子からして、どうやらその妖怪は旅の途中で偶然この祭りに遭遇したようだ。だというのに、妖怪がその足を先に進める様子はない。その視線は魔王軍第26突撃部隊に……より正確に言うなら、その中の一人にじっと固定されたまま、動かない。

そんな彼女の桜色の唇から、小さな呟きが零れた。

「――ユキちゃん……?」





――――――――――――――――――――





「いや、流石にいきなりぶっつけ本番は止めといた方がいいんじゃねぇの……?」
「……うん。危ない。」

ミリアに転送して貰うことで結界内部に入り、クレアに乗って戦う。そう告げた仲間達の反応は、至極もっともな物だった。
当然といえば当然だろう。本来、ワイバーンと竜騎士のペアは唯一無二のパートナー。恋人、夫婦として長い時間を共にし、その上で厳しい訓練によって鍛えられた阿吽の呼吸を持ってして初めて完成されるもの。竜騎士の育成が盛んな国では、ワイバーンを卵の状態から騎士候補生に育てさせる事もある程だ。

「……それは、承知の上だ」
「ほらほら、行綱もこう言ってるし♪」

だが、行綱ももう引き下がれない。これ以外に、あの怪物と戦う方法が思いつかないのだ。
クレアはそんな行綱の腕に抱き着いて肩に頭を乗せ、既に乗って貰えるのが嬉しくて仕方がないといった様子だ。
そんな二人を見て眉根に皺を寄せ、悩んでいたクロエだったが……少しして、はぁ。という溜息と共に口を開いた。

「分かりました。隊長として、その提案を許可しましょう」
「クロエお姉ちゃん!?」
「ただし、行綱さんを落としたりしたら……クレア、分かっていますね?」

クレアは自分と同じ、数々の戦場を潜り抜けてきた仲間だ。そのクレアが、単に自分に乗って貰いたいが為に危険な提案をするとは考え難い。
という事は、きっと。クレアの中には行綱が自分を乗りこなせるという、確信に近い何かがあるのだろう。真剣な目でクレアを見つめるクロエに、笑みを浮かべたままながらも真摯な口調でクレアが返す。

「……うん。任せて」

そんな二人のやりとりに何かを感じたのか……他の面々も、それ以上は反対の声を上げる事はなくなった。
そんな仲間達にクレアはありがとう、と小さく微笑んで、首にかけているネックレスを嬉しそうに摘み上げた。その先端には、木材で作られているらしきアクセサリーがぶら下がっている。

「ふふ、行綱が乗ってくれる時の為に作っておいたんだ♪」
「……それは……」

その形は例えるならば、そう。まるで――

「それじゃ、ちょっとだけ離れててね」

行綱に向けてウインク一つ。同時にクレアの周囲に魔力が凝縮してその身を隠し、それは一瞬にして脱皮の如く内側から破り去られる。
大気をビリビリと震わせる咆哮と共に内から現われるのは、緑色の輝きを反射する鋼より硬質な鱗に包まれた巨大な飛竜。『魔物娘』ではない、『旧時代の魔物』としてのクレアの姿だ。

「……っ」

行綱がクレアのこの姿を見るのは、初めてではない。
初めてではないが……普段目にするのは、戦ってる姿を遠目で見る程度のもの。こうして改めて間近でその姿を見ると、その巨体、その様相から発せられるあまりの迫力に圧倒されてしまう。
思わず身体を強張らせる行綱に、巨大なワイバーンはズシン、ズシンと足音を響かせながら近づき――

「ぎゅぇっぐるるるぅっ♪」

――甘えるように、その鼻先を胴体に押し付けてきた。

「…………」

戸惑いながらも、行綱が恐る恐るその頭を撫でてやると。更に嬉しそうな鳴き声をあげながら顔を擦り付けてくる。
何というか、見た目に反してよく懐いた大型犬のようだった。
……続けて、もう少し撫でてみる。

「ぐるるぅっ♪」

……よしよーし、よーしよしよしよし。

「ぎゅえっ♪ぎゅるぅっ♪」
「…………」

……ちょっと、可愛いかもしれない。

「もー!お兄ちゃん、いつまでいちゃいちゃしてるの!?」

そんな一人と一匹の間に、ぷんすかと頬を膨らませたミリアが割って入った。
いちゃいちゃとは何だ。……だが、あまりのんびりしていられるような状況でもないのも確かだ。行綱は名残惜しげにクレアの頭を撫でていた手を止めた。

「ぐぎゅるぅ……」

クレアもまた、不満げな鳴き声を上げながらも渋々といった様子で行綱から顔を離し、視線を自らの背中へと移した。
その視線を追いかけた行綱の視界に、今までに見た竜化したクレアには存在しなかった『ある物』が映る。

「……やはり、鞍だったか」
「ぐるぅっ」

竜化する寸前にちらりと見えたペンダントの飾り。それと良く似たデザインの鞍が翡翠色の鱗に覆われた飛龍の背に装着されているのだ。恐らくは、竜化する際に任意でペンダントから鞍へと変化させる事が出来る魔道具なのだろう。
当然ワイバーンの体躯に合わせた形の違いこそあれど、鐙に手綱など大まかな作りは馬に装着するそれと変わらないように見える。これならば背から振り落とされる事も無さそうだ。早く乗って♪と急かすようなクレアの鼻先に押されるようにして、その背に跨る。

「では、お二人はミリアの魔法で結界内部まで転移し、猪王と戦闘。何とかして結界を解除して下さい。……結界が解除された瞬間に残りの全員で総力攻撃を行い、今度こそあの怪物を停止させます」
「……ああ。任せてくれ」

行綱の返事に合わせるように、クレアが気合の咆哮を上げた。
鐙の感触を足で確かめる。右手でクレアに繋がる手綱をしっかりと握り、左手には背から下ろした弓を手に取る。

そうして、遥か遠方に見える巨体を睨め付ける。

「……ミリア、頼む」

そして――一人と一匹の姿は、その場から掻き消えた。




―――――――――――――――――――――





視界が一瞬で切り替わる。はるか遠くに見えていた漆黒の巨体は、もはや視界の枠に収まらぬ程に広大な毛皮の海として眼前に存在していた。
それと同時に伝わる、自由落下の感覚。自分は、今遥か上空にいるのだという実感。そして。


――ブォォォォォォォッ!!!

「………!!!」

突然現れた自分達に驚いているのだろう。猪王は巨大な目玉をぎょろりとこちらへ向け、天を裂かんばかりの大音量で威嚇の咆哮を響かせた。
ビリビリと大気が、鼓膜が、身体の全てが震える。それだけで、意識を半ば持っていかれそうになる。

そんな、他に何も聞こえないような咆哮の中で。
『行くよ?』という、クレアの声を聴いた気がした。

顔をぶんぶんと振って意識を取り戻し、手綱を強く握り直す。自分の跨る鞍の下で、巨大な力が動いているのが分かる。
次の瞬間、クレアはその巨大な翼に風を貯め――刹那にも満たない一瞬で、自身の最高速度まで加速した。

「っ……!?」

速い。
行綱が今までに乗ったどんな馬よりも、ずっと。猪王が自分達の姿を一時的に見失っている程に。
遠目に見ていたか、その背に乗っているかという視点の違いを考慮しても、過去にクレアが飛んでいるのを見たどんな時よりも速いと断言できる程に。恐ろしい程に――速い!!
前方から高速で迫りくる景色は一瞬で過去の物へと変化する。轟々と耳元で絶える事のない風切り音はうるさいぐらいだ。
そしてそれと等速で過ぎ去り続ける圧倒的な情報量に、行綱は理解する。クレアが、何故自分をその背に乗せているのか。


行綱が強く手綱を引くと、ほぼタイムラグなくクレアは反応した。その翼が大きく広げられると、風を捕まえ左にバレルロール。進行方向はそのままに、螺旋を描くようにして移動軸がずれる。
――直後、機動を行わなければ丁度今頃クレアが飛んでいたであろう空間を、猪王の巨大な牙が薙ぎ払った。


これ程の高速でなければ、この至近距離で猪王の攻撃を躱す事など出来ない。だが、この速度で一瞬でもクレアが姿勢を崩せば一瞬で空気抵抗の影響を受け、結界か猪王の巨体に激突してしまう事になるだろう。
ならばクレアの視界は、ほぼ完全に前方のみに限られてしまう。今の機動を行う際も、クレアには猪王の牙は見えていなかったはずだ。それはきっと、生半可な不安ではない筈だ。

そんな状態で、あれほど素直に自分の指示に従ってくれた。
自分を信じて。自分ならば目の代わりとなり、己を乗りこなしてくれると信じて。

ならば。それに答えねば――男ではない。
経験のない高速。初めて行う騎竜での空中戦。そんな言い訳の材料は気力で握りつぶせ!
全ての感覚を研ぎ澄ませろ。全てを自分に委ねてくれる仲間の信頼を、絶対に裏切るな!

その一方で。手綱を引き、鐙を踏む行綱を背に乗せたクレアは……めまぐるしい空中機動でその要求に答えながら、今までに感じた事のないような感動を味わっていた。

――ああ、やっぱりこの男だ。行綱が、自分に乗るべき男なんだ。

初めて一緒に飛ぶ筈だというのに、彼が自分にどんな軌道を描いて欲しいかが手に取るように分かる。そして、それを行う事に一切の不安を抱いていない自分がいる。まるで自分の身体が彼の一部になってしまったかの如く。
気持ちいい。これ程狭い空間を飛んでいるというのに。行綱とならば、例え目を瞑っていても全力で飛べてしまいそうだ。己の全てを委ね、一点の不安もなく――ただただ全力で飛べるという事は、こんなにも気持ちいい!

感動のままに、行綱が握る手綱の感触にクレアは従う。
ああ、身体だけではない。心までもが彼と一体になってしまったかのよう。彼が、次に何をしようとしているかまで分かってしまう。

クレアは翻弄される猪王を背後から追い抜くように全速力。あわや結界に衝突……する寸前で翼を大きく広げ、身体を45°傾けると同時にロールに突入。その結果として描かれる軌道は――斜め上方宙返り!
速度と引き換えに高度を上げ。天地を逆さまに、猪王の鼻っ面へと肉薄する!

「……『散花』」

小さく呟き、天と地が入れ替わった視界の中で行綱は限界までその弓を引き絞る。
狙うは、一点。
どんな厚い毛皮に包まれていようとも、決してダメージを軽減出来ない場所――すなわち、眼球!


行綱の手から、矢が離れた一拍後……絶叫のような猪王の咆哮と共に、巨大な結界は消滅した。




――――――――――――――――――――




この好機を、逃してなるものか。
魔界の騎士は、鎧の重さを感じさせない快速で苦悶を上げる巨体へと駆ける。クレアにあれだけ発破をかけたのだ。自分も相応の役目を果たさねば、彼女に笑われてしまう。
だが、あの巨体。足を切りつけるにはあまりに相手の動きが素早く、かといって携帯しているボウガンではダメージを与えられない。
だから――自分のさらに前方を走る、仲間の力を借りる!

「ほむらっ、お願いしますっ!」
「よっしゃ、来いっ!!」

ほむらが方向転換し、くるりとこちらを振り返った。その手は掌を重ねるように組み合わされ、腰は何かを持ち上げる時の様に深く落とされた姿勢だ。
クロエは走る勢いのまま、ほむらの組み合された手に足をかけ――ほむらはそんなクロエを全力で、カタパルトのように打ち上げた!

「はあああああっ!!!!」

先のほむらにも勝る勢いで重力を振り切り、矢のごとく一直線に飛翔したクロエは、その大剣を深々と猪王の身体に突き立てた。一度ではない。毛皮を掴んだ片手と両足で己の身体を固定させ、何度も。何度も何度も何度も何度も!その巨体に魔界銀の刃を突き立て続ける!
より一層大きな苦悶の声を上げる猪王。だが、まだ倒れない。これだけ魔力を削っても、未だその全てを吐き出させるには至っていないのだ。


だが――その足は、完全に止まってしまった。


「おおおおおおおっ!!!」

右前脚を狙った、ほむらの全力の拳。力を失い、苦悶に悶えていた猪の王は失敗した達磨落としのように体勢を崩し――大量の土煙と共にその巨体を横たえた。

「……二人とも、もう大丈夫。急いで、魔法の効果範囲外に退避して。」
「えへへ、こんなにいっぱい詠唱したのって久しぶりかも♪」

大鎌と魔導書を握り占めるミリアとヴィントが浮かべるのは、先程と同じ雷の大槍と黒炎の大玉。
ただし、その数が違う。先程の一発ずつでもあれ程の威力を備えていた魔法が――二人の周囲に、無数に浮かんでいた。

「――……発射。」

その全てが、倒れ伏した猪王へと降り注いでゆく。雨の様に隙間なく。滝のように際限なく。嵐のように容赦なく!
着弾する毎に響き渡る、轟音に次ぐ轟音。閃光に次ぐ閃光。爆炎に次ぐ爆炎。
やがて、その長い長い魔法の暴風雨が降り止んだ頃……そこには、ぴくりとも動かない漆黒の巨体が横たわっていた。




――――――――――――――――――――




「……姫様、器が空いていますが。何か、焼いてきましょうか」
「いや、行綱こそ疲れておるであろう?妾が何か取ってくるゆえ、座っておるが良い」
「……いや、私が」
「行綱、こういう時は素直に従っておくものじゃぞ?何せ猪王の肉がこうして味わえるのも、お前達のお陰なのじゃからな。……その、クレアに乗ったのは、ちょっぴり嫉妬したがの……」
「……?」

仕留められた猪王はその場で解体され、ほとんどタダのような値段で祭りの参加者達に振舞われていた。
あちこちでバーベキューの為の火が起こされ、魔物とその旦那たちがその味に舌鼓を打ちながら、飲めや歌えやの大騒ぎを楽しんでいる。

「んー、ホントにおいしぃーっ♪」
「……おい、クレア。お前行綱の所行かなくていいのか」

行綱とアゼレアから少し離れた場所で、クレアとほむらの二人もまたアルコールを片手に極上の肉を楽しんでいた。だが、幸せそうなクレアとは対照的にほむらはやや怪訝な顔だ。

「ん、なんで?」
「何で、って……お前、今日が初めて行綱に乗って貰った日な訳だろ。なんか、ほら、こう……いいのかよ?」
「んー、心配してくれるの?ほむらだって、行綱に会ってから出動の度にしてた男漁りをきっぱり辞めちゃうぐらいぞっこんなのに、優しいねぇ♪」
「ばっ……!い、今はあたしをおちょくってる場合じゃねぇだろうが!」
「それを言うなら、ほむらだって。ううん、クロエもミリアもヴィントも……何で、私が行綱を乗せようとするのを止めなかったの?」
「……いや、止めたぞあたしは」
「あれは『危ないから』『行綱を』止めようとしたんでしょ?」

アルコールで赤くなった顔を更に真っ赤にして反応するほむらに、同じく赤い顔のクレアは笑いながら問い返す。
そう。ワイバーンが、自らの意志で男をその背に乗せる。それが如何なる意味を持つ事か分かっているからこそ、ほむらはこうして自分を問いただしているのだ。だというのに、『行綱を乗せようとしている自分』を止めようとする気配は、部隊の誰からも感じられなかった。
それどころか、今もこうして自分の心配さえしてくれている。つまりは――

「だからね、私も皆と同じ。一人占め出来なくても、いいかなぁ、って♪」
「……そっか」

行綱への想いに変わりはない。だが、自分以外の誰かが行綱に近づくのを必要以上に阻む訳でもない。
何となく、本当に何となくだが。最近、部隊の中にそんな空気が出来ていた気がしていた。自分よりも遥かに長く生きているこのワイバーンが、それに気がつかない訳がない。

「今日の所は、行綱に乗って貰ったって事実だけで幸せなんだ♪……まぁ、行綱の本命って、どう見てもアゼレア様だしね」
「……やっぱ、そうだよな」

その時点で、行綱を狙うならばハーレムは覚悟しなければならない事ではあるのだ。魔王の娘であり、絶世の美貌を持つリリムと両想い。決して自分に自信が無いわけではないが、一人占めするには流石に相手が悪すぎる。
逆に言えば、それなのにまだアゼレアから行綱の香りが殆どしないのが奇妙でもあるのだが……彼女がハーレムを許容する気があるか辺りの事も含めて、一度皆と腹を割って話してみる必要があるのかもしれない。

「――……キちゃーんっ!ユキちゃーんっ!!」
「……ん?」

そんな事を考えていると、遠くの方から誰かを呼んでいるらしき声が聞こえてきた。ほむらがその声に顔を上げれば、そこには人ごみをかき分け、手を振りながらこちらに走っている一人の魔物の姿。
腰まで延ばされた黒髪と、紅白の衣装に背負った大荷物。青い炎のような魔力で構成された狐のような耳と尻尾……一度でも会った事があればまず忘れないような特徴的な出で立ちだが、ほむらの記憶の限りではどうも覚えがない。

「……なぁ、あいつクレアの知り合いか?」
「ううん。というか、どう呼んでも私が『ユキちゃん』はないでしょ」
「うん、まぁそうだよな」

ユキちゃん。クロエもまず違う。ヴィントもミリアもアゼレア様も彩も違うだろう。気が付けば、彼女らもクレア達と同じく怪訝な顔でこちらに駆け寄る紅白衣装の魔物を見ていた。
だが、彼女が目指しているのはまず間違いなく自分達だ。他に誰が……そこまで考えた彼女達は、一斉にある一つの考えに辿り着いた。

ユキちゃん。ユキ、ユキ……
……『行』綱?

(((……いや、そんなまさか)))

そしてその後の反応もまた同じであった。確かにあの魔物は行綱と同じ黒髪だし、紅白の衣服はその構造からしてジパング由来の物であるように見える。だが、よりにもよって行綱が『ユキちゃん』はないだろう。その可愛らしい響きと、本人のイメージがあまりにも一致しない。
彼女達が苦笑と共にかぶりを振りつつ、行綱の方を振り返れば。

「…………!?」

彼女の登場に、分かり易く動揺している男の姿があった。

(((ユキちゃんだったあぁぁぁっ!?)))
「ユキちゃぁぁぁんっ!!」

茫然としている彼女達を他所に、紅白の衣装を纏った魔物は勢いのまま行綱に飛びついた。行綱も驚いたような顔でそれを受け入れる。
あまりにも予想外の事態に、アゼレアも誰も……その接触を防ぐ為に動けた者は居なかった。

「ユキちゃん、やっと会えました……!本当に、本当に心配したんですからねっ!?」

――だが、彼女達を真に驚かせたのは。その魔物に抱き着かれたまま、どこか茫然とした様子で行綱が次に発した一言だった。




「……姉上。何故、ここに」





「「「――あねうえぇぇぇっっ!?」」」





20/04/03 23:18更新 / オレンジ
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■作者メッセージ
どうもオレンジです。

エロシーンの前フリを書いていたら、いつの間にか一年が経過していました。

……だというのに、未だこのお話を呼んで下さっている皆様には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
絶対いつか超エロいお話に持っていきますので、これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

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