読切小説
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Delivery of Love in Holy Night
「さぶさぶ……」
 ゴミ出しのためにアパートの戸を開けると寒気がなだれ込んできた。12月24日……冬真っ只中。そりゃあ寒いわけだ。そして舞い込んできたのは寒気だけではない。
「ってか雪降ってんじゃねぇか……」
 ぱらぱらと白い飛片が玄関に落ち、溶けて消えた。ドアから外を覗いてみると雪は結構な量で、道路を白く染め始めていた。そう言えば今日はめっちゃ積もるとか昨日のニュースで言っていたな……
 あまりの寒さと雪という状況に俺はゴミ出しをやめようかと思ったが、飲食店に勤めている人間の性かゴミを放置するのは気が済まず、外に飛び出た。あまり寒気に晒され続けないよう、急ぎ足で俺はゴミ捨て場に向かう。カゴの蓋を開けてゴミ袋を放り込む。そして素早く帰ろうとしたときに……
「あ、大橋くんおはよう」
 ゴミ捨て場にはふさわしくない、澄んだ女性の声が俺を呼んだ。振り向くと、いつもの彼女が立っていた。
「あ、ども……」
 声をかけてきたのは入谷庵奈さん……近くのアパートに住んでいる。シルバーブロンドのロングヘアに、切れ長でありながら優しい雰囲気があるジパング人離れした美貌が目を引く。その下にある、コートを押し上げるほどの丸い膨らみは男の目を引くどころか釘付けにして止まない。他に目立つとしたら……ものすごく毛深い、馬のような四足と胴体……そして彼女の側頭部から対になって伸びている、球状の物を包み込もうとする手のように分岐した角……そう、彼女は人ではない。ホワイトホーンと言う魔物娘だ。雪国に住むケンタウロス族である。
 入谷さんは今年の春……まだ肌寒い4月からこちらに引っ越してきて、時々こうしてゴミ捨て場とか近くのコンビニとかで鉢合わせる。何回か、作ったオカズやケーキを分けてもらったこともあった。イタリア料理の店に勤めているのであんまり飯やケーキには困らないんだけど、それでも嬉しいものだ。そしてこちらは何もお返しできていないのが申し訳ない。年はたぶん……俺の27才という年齢を聞いて俺をくん付けしたり、砕けた喋り方をするところを見ると少し年上。
「今日も寒いですね」
「そうだねぇ……まあ、私は寒さには慣れているんだけど」
 俺の言葉に答える入谷さんは頬を軽く赤に染めている。ホワイトホーンは寒さから身を守るため、体温を高く保つ習性があるのだ。だがそれに関係なく、頬を少し紅くしている女性と言うのは絵になる美しさだった。
「あ、ギリギリだったみたいだね」
 ぴこぴこと入谷さんは耳を動かす。彼女が反応してから二秒ほどで俺もそれに気付いた。トラックの音が聞こえる。果たして、ゴミ収集車が俺たちのいるゴミ捨て場にやってきた。
「ご苦労様です」
 収集車の人に入谷さんは声をかける。ゴミを後ろに放り投げていた青年は照れくさそうにちょっと笑ってから、トラックに乗った。あっという間にトラックは去っていく。
 トラックを見送りながら入谷さんはぽつりとつぶやく。
「大変だね、今日はクリスマス・イブなのに」
「ですね……」
 今日は聖なる夜……はともかく、連休の中日。それだと言うのにいつもの土曜日通りにゴミを収集してくれるのはありがたい。
「まあ、大事なのは夜だから良いんじゃないですかね……」
「それもそうだね……大橋くんは何か予定あるの?」
「俺ですか? ははは、そりゃあ決まってますよ。仕事です」
 自分で言っていて惨めな気分になる。クリスマスはどういうわけか歪みに歪んでジパングでは恋人と過ごすイベントになっている。そんな素敵なイベントにはオシャレなディナーがつきものだ。そのオシャレなディナーを提供するのは誰だ? もちろん、フレンチやイタリアンなどちょっとオシャレな料理を出すレストランの人間だ。そんなところで働いている俺だから、暇なはずがない。クリスマスの予定を聞かれたらちょっと気は滅入る。そんな俺に入谷さんの質問は追い討ちとなった。
「あれ? 大橋くん、彼女いなかったっけ?」
「……先月別れましたよ」
 そう、本当は独りのはずじゃなかったのに……俺には付き合っていた彼女がいた。けど12月頭に浮気され、フラれた……最悪のタイミングだ、まったく。まあ、理由は簡単。クリスマス・イブに一緒に過ごせない男なんか付き合いたくない、と。埋め合わせやラストの1時間でも許されなかったようだ。今日、その元彼女と新しい男は……いや、あるいは昨日から連休だから今頃は同じベッドで……やめた。腸が煮えくり返る。
「あ、ごめんなさい」
 入谷さんの柳眉が下がる。曇った表情に俺はいやいや、気にしないでくださいと慌てて手を振った。その質問は確かにちょっと辛かったが、いろんな人に聞かれたからもう慣れている。
「そういう入谷さんは今日は何かあるんですか?」
「私? 私は仕事が終わったら何もないから好き勝手やらせて貰おうかなぁ……」
 入谷さんは顔を背け、遠い目をする。言葉とともについたため息は白かった。
「ごめんなさい」
「ううん、気にしないで。これでお互い様だね、ふふっ」
 言われてみればそうだ。俺も彼女も互いに地雷みたいな質問をしてしまった。お互い様と言えばお互い様だ。
「それじゃ入谷さん気をつけて。雪は結構積もるみたいですから」
「大丈夫、私はホワイトホーンだよ?」
 ひとしきり軽く笑ってから俺たちは別れた。雪が舞い降る中、入谷さんは俺に背を向けてカポカポと蹄を鳴らして去っていく。その足取りは確かに雪に慣れており、ぶれていない。だけど……心なしか、スキップでもしそうな軽い感じでもあった。



「ふう……これで今年のクリスマスも終わりか……」
 やりきった達成感とともに、恋人と過ごしていないクリスマスという事実に俺は一人自嘲的に笑いながら店の床にモップをかけていた。
 朝にゴミ出しして入谷さんと離したのち、夜に備えて15時位まで休み、16時に出勤して準備をし……それ以降は戦場を思わせるかのような忙しさであった。
 牛飲馬食を思わせる通り、コース料理を二人ぶんくらい追加注文したんじゃないかと思われたミノタウロスとその彼氏、大人な雰囲気であるこの店に場違いな幼女なのに振る舞いが洗練されていてそれを感じさせぬバフォメットとその彼氏、赤ワインのボトル3本をゆうに空けてしまったダンピールの女性とその彼氏、カップルどころか3人できたファラオとアポピスと男のグループ、……いろんな客がいた。
 最後にレッドキャップとその彼氏が仲良く出ていったところで店じまいとなった。外は相変わらず雪が降っている。ロマンチックなホワイト・クリスマスだ。そして今宵、そのレッドキャップの髪も白く染まることだろう。ホワイト・クリスマス。
 疲れているのかそんなことを考えて一人へらへらと笑いながら俺はモップをかけた。これさえ終われば上がりだ。時刻は23時。あと1時間だけクリスマス・イブは残っている。その1時間に全てを注ぎ込むかのように、マスターはサテュロスの奥さんとともに全力で後片付けをしていた。
「もう大丈夫だ。鍵閉めるからお前、早く上がれよ」
 そう言って。家に帰っても誰もいないので寂しいことこの上ないのだが、ここにいても仕方がないのも事実。モップをかけ終わったら俺はそれを清掃用具ロッカーにしまった。手早く着替え、そして勝手口を開ける。
「メリー・クリスマス♪」
 不意打ちだった。従業員しか使わない勝手口に大柄な人影が立っており、俺に声をかけてきたのだ。驚いて思わず後ずさる。
 相手は大柄ではあったが、横幅はスリムだ。声は女性の物……いや、俺が見知った人だった。いや、人間ではないけど。だから大柄なんだけど。
「……入谷さん、なにやってるんですか?」
「ふふ、驚いた?」
 そこにいたのはホワイトホーンの入谷さんだった。透き通るような声、毛むくじゃらな馬体、側頭部から生えたトナカイのような角……間違いない。
「驚きましたよ。なんでいるんですか?」
「うーんとね、大橋くんと一緒に食べたいと思って……」
 腰をひねって後を向く。馬体の背中には大きな箱が乗っている。ちょうど出前とかがよく使っているような……いや、実際にそうなのではないだろうか?
 中から彼女は平べったいダンボールの箱を取り出した。それを開けると……
「ちょっと家でピザを作ったんだ。仕事終わって帰って作ったの」
 冬の寒気の中、ピザは湯気を立てている。たっぷりのチーズの上にチキンをチラシ、トマトソースとジェノバソース、さらにホワイトソースをぱぱっとかけた、クリスマス・ツリーをイメージしたピザ……仕事が忙しくろくにまかない飯も食べられていなかった俺の腹がぐぅと鳴る。夜も遅いから帰って寝るだけだったつもりなのに、食べたくて仕方がない。
 俺の腹の虫の鳴き声が聞こえたか、入谷さんはクスクスと笑い、蓋を閉じてそれを後の岡持にしまった。
「好き勝手やらせてもらうって言ったでしょう? だからこうして作って来たんだけど……迷惑、だった……かな……?」
 何も言わない俺に心配したか、入谷さんの声は徐々に尻すぼみになった。その様子に俺はハッとする。何女の子を悲しませるような事をしているんだ。俺はかぶりを振る。
「い、いや! うれしいですよ! まかない飯もろくに食えてなかったですし! 食べたいです!」
「そう? 良かった! それじゃ……お店で食べるのは迷惑よね。じゃあ……私の家で食べる? ここからなら大橋くんの家よりちょっと近いし……」
「え? でも……」
 女性からの突然の家への誘い。何度も女性と短い付き合いと別れを繰り返した俺でも、その経験は初めてだ。さすがに戸惑う。この誘い、受けるべきか断るべきか、それとも散らかっているが俺のアパートに誘うか……距離的には大きくは変わらないはずだ。
 迷っていたが、ちょっと時間をかけすぎたようだ。
「……ッくしょん!」
 俺はくしゃみした。朝から雪は相変わらず降っている。勝手口の直上は屋根があるから雪は防げるが寒気までは防げない。
 もーう、と入谷さんは苦笑する。
「ほら、風邪引いちゃうから行くよ! 私の背中に乗って!」
「あ、はい……え?」
 返事をしてから俺は聞き返した。ケンタウロス族の背中に乗る……これは昔も今も特別な意味を孕んでいる。それを入谷さんは提案しているのだ。風邪を引くから早くしろと言われたのに俺はまた固まってしまう。入谷さんは俺に上半身の背を向けて膝を折り、騎乗を待っている。
「おいおい大橋、何やってるんだ早くしろよ」
「ふふ、そうだぞ。あまり魔物娘を待たせるものではない」
 いつの間にかマスターと奥さんのサテュロスが後にやってきていて俺を囃し立てる。そうだ、そう言えば鍵を閉めなきゃいけないんだったな。
 こんなふうに見られてしまっては、さすがに入谷さんの期待を裏切るのも空気を読んでいない。ええい、ままよ! 俺は入谷さんの背を跨ぎ、岡持と彼女の上半身の間に納まる。
「しっかり掴まっててね」
「はい」
 もう言われるがままだ。俺は彼女の両肩を掴む。入谷さんの背中から密着している胸や腹に彼女の体温がコート越しでも伝わってきた。その様子をマスターと奥さんはニヤニヤしながら見ている。
「それじゃあな大橋。メリー・クリスマス!」
「良い夜を! メリー・クリスマス! お嬢さん、貴女もいい夜を!」
 クリスマスの挨拶をする二人に俺と入谷さんは挨拶を返し、彼女のアパートに向かうべく雪の街に躍り出た。



 俺が普通にあるいたら30分はかかったであろう帰りの雪道を入谷さんは軽快に進み、15分くらいで彼女のアパートについた。ゴミ捨て場の位置を考えれば、ここからもう3分も歩けば俺のアパートのはずなのだが……背中に乗っている俺に拒否権はない。
 アパートのエントランスをくぐり、1階の奥の部屋を彼女は開ける。
「1階だと下着ドロとかが少し怖いんだけど……この身体で階段を上るのは少し面倒だからねえ」
 苦笑しながら彼女はドアを開けた。さすがにこのまま背中に乗って入ることは出来ないだろう。俺は彼女の背中から飛び降りた。お邪魔しますと挨拶して小さくなりながら入る。
 ケンタウロス族だからだろうか、入谷さんの部屋は結構広い。が、その部屋はベッドがかなりの面積を占めており、床にはあまり物が置かれていない。置いてしまうと彼女が通れなくなくなってしまうからだ。置物とかは全てタンスや机、テレビの上などに置き、なんとかして床の面積を確保している。
「ほら、座って座って」
 彼女に促され、俺はローテーブルの前にあぐらをかいて座った。何も見るとはなしに入谷さんをぼんやりと眺める。彼女はちょうどコートを脱ごうとしているところであった。コートの下に彼女はモスグリーンのリブが縦に入ったセーターを着ていた。いわゆる縦セタ。丸いラインが綺麗に描かれ、入谷さんの胸の大きさや形を現していた。
「大橋くんもコート脱いで」
「え? あ、ああ……すんません」
 入谷さんに見惚れていたところに声をかけられ、俺は声が裏返ってしまう。そんな俺の様子を見てクスクス笑いながら彼女は俺のコートを受け取ってクローゼットに入れた。
 一度蓋を開けてしまったピザを温めている間に入谷さんは飲み物を用意しようとする。いろいろ至れり尽くせりで恐縮するしかない。そんな俺の前に入谷さんはグラスを二つと赤ワインのボトルを置いた。
 やがてピザが温まり、ローテーブルの上に置かれた。
「それじゃ、メリー・クリスマ〜ス♪」
「メリー・クリスマス」
 俺たちはグラスを軽くぶつけ合う。時刻は23:50。ギリギリセーフ。俺のクリスマス・イブはぎりぎり仕事だけで終わらずに済んだ。
 ワインを一口飲んだ俺たちはピザに取り掛かる。時刻も時刻だからちょっと体重が気になるけど……今日くらいはいいだろう。ピザしかないし。
 一切れ、熱々のピザを取る。みょーんとチーズが伸びた。口に含むとまろやかでありながら懐の深いホワイトソースと、塩味の効いたチーズ、香り高いバジルとオリーブオイルの味が口いっぱいに広がる。上に乗っているドライトマトがオリーブの味とあってたまらない。そして柔らかなチーズであるが、上に乗せられているローストチキンが肉としての重厚感と歯ごたえを主張していた。淡泊なチキンは濃いホワイトソースとジェノバソースとチーズによく合う。ただそれだけだと濃い味を打ち消しきれない。そこで出て来るのが下地のピザ生地だ。ほどよい硬さも備えたピザ生地は上のトッピングを絶妙に調和して口の中を幸福感で満たし、そして腹を満たす。
「どう、美味しい?」
 自分も一切れとり、でもそれは口に運ばず俺の様子を見ていた入谷さんが訊ねる。
「すげぇ、メチャクチャ美味い」
 俺もカサ・ディ・ソーニョで働いて4年になって結構できるようになったはずなんだけど、このピザはそれと同じくらいのレベルなのではないかと思うほど美味かった……ちょっと盗ませていただこう。
「入谷さんもカサ・ディ・ソーニョで働いた方がいいんじゃないですか? 俺より美味いかもしれませんよ」
「えー、大げさだよ大橋くん。まあ、友だちに教わって結構頑張ったんだけど」
 ……なぜ頑張ったかが気になったが、それより食欲が上回った。手に残っていたピザを食べきり、二切れ目に手を伸ばす。が……
「んー、おいしい〜♪ 身体も温まるし幸せ〜♪」
 ほっぺたに手を当てながら入谷さんはチーズのように顔をとろけさせている。俺はピザを食べる手を止めて思わずその様子を見入ってしまった。あまりに夢中になりすぎたためか、手に持ったピザから伸びたチーズが落ちたのも気づかなかった。チーズはもう一方の俺の手の上に落ちる。
「うわちちっ!」
「ちょ、ちょっとぉ、何やってるのよ」
 声を上げた俺に入谷さんはすぐに何が起きたのか察し、苦笑する。その視線から逃げるように俺はキッチンに行き、流水で手を冷やす。ちょっと熱かったが所詮食べられるほどのチーズの熱さだし、落ちた量も少しだったのでだいぶ冷えていた。大したやけどにはならなかった。
「大丈夫? もう、なんでそんなことになったのよ」
 クスクスと入谷さんは笑う。俺はうつむく。だがそうすると入谷さんの丸い胸が目に入ってしまった。それを見てるとまたやけどしそうだ。あるいは彼女に怒られてしまうかも知れない。俺は食べ損ねていた二切れ目のピザに手を伸ばす。そんな俺を見ておかしそうに笑いながら、入谷さんも二枚目のピザに手を伸ばすのであった。
 最初にそんなトラブルこそあったものの、俺たちは和やかにおしゃべりをしてピザを食べてワインを飲む。ゴミ捨て場とか、あるいはちょっと近所で見かけた時におしゃべりをすることはあったが、ここまでゆっくり話したことはないかもしれない。
「入谷さんのご実家は喫茶店なんですか」
「そう。コーヒー紅茶はもちろん、トーストとかスパゲッティとか簡単な物も、定食もやるのよ」
 それで、こっちに来るまでは福来ホテルの支社の方で勤務しながら、店の手伝いとかもよくやっていたらしい。ホールや接客はもちろん、料理もやったし、雪の日はデリバリーもやったことがあるらしい。なるほど、今日のピザをはじめ、料理が美味かったのも納得が行く。ちなみに実家の家業は姉が継いだらしい。旦那も迎えて上手く行っているらしい。
「まあ、私も実家に戻ってのんびりしても良いんだけど……今の仕事も楽しくなってきたしね」
 今は入谷さんは福来ホテルの本社の方に勤務している。今年まで先輩にケンタウロスとユニコーンの先輩がいたらしいのだが、二人共寿退社してしまい少し寂しいらしい。二人がいなくなり仕事が少し増えて大変になったがそれにも慣れ、今は後輩にも仕事を回したりすることができて楽しいとのこと。そして、今はフリーだとのこと。
「まあ、おかげでのんびりと好き勝手やらせて貰っているわよ」
 自嘲気味に入谷さんは笑ってワインを煽った。いつの間にかボトルは三分の一ほどしか残っていない。
 それで、大橋くんの方は? 入谷さんが訪ねてくる。
「あんまり面白い話じゃないですけどね……」
 俺は話し始める。俺も恋人とか過ごすクリスマスをしてみたかったさ。今の店、カサ・ディ・ソーニョで働いてから3年……メインの料理もやらせてもらえるようになって仕事は楽しいのだが
「ま、それで忙しくてなかなか彼女とは会えなくて……」
 それは仕方がない。それが社会人というものだ。学生時代の恋愛とは違うのだ。
「すれ違いが続きましてね……」
 そして極めつけは朝、自分が思い出してしまったとおり。クリスマスも過ごせない男なんかイヤと言われ、浮気されてフラれた。自嘲気味に笑って俺は言う。入谷さんの眉が釣り上がった。
「クリスマスに会えないから浮気したって? 会えないのは大変だしそれで別れるってのは聞くけど、浮気は身勝手すぎじゃない?」
「まあ、そうですね……」
 実際、悔しかった。何とかして時間を作ってデートしていたのに、彼女はその裏で寂しさを紛らわせる相手を見つけて、そいつに傾倒していって……結果、これだ。
 二人のクリスマス会の雰囲気は一気に冷める。部屋の気温が数度下がったのではないかとすら思った。残っている数切れのピザも、すでに俺たちと同じように冷えて固くなっている。
 そんな雰囲気を打ち壊そうと俺は務めて明るい声を上げた。
「ま、終わったことは仕方ないですよ。それより今はこうして入谷さんとクリスマス会が出来ているのが楽しいです」
 突然の言葉に入谷さんはきょとんとして目を丸くする。俺もなに酒の勢いで突拍子もない事を言っているんだと心の中で舌打ちをした。
 しばらく固まっていた入谷さんだったが、やがて弾けたように笑いだした。
「ちょっと何、急に〜? もう、酔ってるな〜、大橋くんは〜!」
 バシバシと俺を叩く。少し雰囲気が明るくなった。だが、明るくなった雰囲気とは逆に、部屋が突然真っ暗になった。
「えっ!? 何!?」
 入谷さんが驚きの声を上げる。俺も驚いたけど平静を装う。ブレーカーでも落ちただろうか? だが、ホットプレートやドライヤーを使っているわけじゃないからそれは考えにくい。なら考えられることは……俺は窓辺により、カーテンを少し開けてみた。ここのアパートだけじゃない。他の家の電気も消えている。停電だ。どうやら雪の影響で送電にトラブルが生じたらしい。当然、イルミネーションも消える。赤や緑、青など美しい光で綾取られていたはずの街が真っ暗だ。ざまぁみろ、クリスマス中止だ!
「何悪い顔しているの〜?」
 いつの間にか入谷さんが寄ってきて俺と一緒に窓の外を眺めた。当然、顔や身体が近くなる。思わず俺はドキっとする。間近で見るとやはり入谷さんは綺麗だ。「美しい」という言葉が似合うかもしれない。まるでガラス……いや、氷細工を思わせる、透き通るような美しさ……すらりとした鼻や切れ長の目がそれをよく思わせる。それでいながら優しく温かな雰囲気がある……本当に綺麗な人だ。
 さっき「クリスマス中止だ」と腹の中で笑ったくせに、今このクリスマス・イヴに入谷さんといるのはかなり幸せなことなのだろう。さっき、酒の勢いで言ったことも嘘ではない。
「はっくしょん!」
 俺はくしゃみをして身体を震わせた。そうだ。停電したと言うことはエアコンも切れたと言うことだ。それでカーテンを開けていれば寒くなるに決まっている。そして窓を通じて部屋の暖かさはどんどん逃げていってしまう。
「ちょっと、大丈夫!?」
「ま、まあ大丈夫です。コートでも着れば……」
 なんとかなるとは思うのだが、いかんせん灯りが消えてしまっている。クローゼットのところまで行って自分のコートを探り当てて着られるかが怪しい。俺の言葉が尻すぼみになる。どうするべきか……
 迷っているその時、俺の身体に強い力がかかった。そのまま身体全体に温かく柔らかな物が押し当てられる。入谷さんが俺の身体を抱きしめたのだと分かるには数秒の間が必要であった。
「どう? こうすると温かいでしょう?」
「ちょ、入谷さん……!?」
 突然のことに俺は驚いてじたばたする。しかし彼女は意外に力が強く、びくともしない。
 そして、入谷さんの身体は確かに温かかった。セーターと言う厚い布地越しでも彼女の体温が伝わってくる。徐々に冷えゆく室温を忘れてしまう。
 いやいやいや、寒くないのはともかく、この状況は良くない。俺は今、付き合ってもいない人とくっついているのだ。
「ダメですよ、入谷さん……」
「なんでダメなの?」
 答えようとして俺は言葉に詰まった。なぜダメなのか……別にこうして抱きつかれているところを見られるわけでもないしそれで変な噂が立つこともない。立ったところで彼女は別に同じ会社の人間(魔物娘だけど)というわけでもないから困らない。どうせ、カサ・ディ・ソーニョを出たところでマスターと奥さんには見られている。開きかけた俺の口が閉じる。そんな俺に対して入谷さんは追い討ちのように言ってきた。
「彼女さんとも別れているんだよね?」
「え? はい、そうですが……」
「じゃあ何も気にしなくていいじゃない」
 クスクスと入谷さんは笑い、さらに腕に力を込めて俺を抱きしめてきた。むにゅりと柔らかな膨らみが俺の横顔に押し当てられる。馬体が大きいぶん、それだけの身長差が俺と入谷さんにはあるのだ。
「それともまだ彼女さんのことが好きですか? 私のこれは迷惑ですか?」
「いや、迷惑じゃないですけど……」
 むしろ嬉しいくらいだ。情けないことに男の性か、顔に胸が押し当てられているという事実に徐々に下半身に血液が集まりつつある。だが同時に戸惑いも大きい。なんで入谷さんは俺を抱きしめているんだ?
 俺の混乱をよそに入谷さんはクスクスと笑い続けている。
「そう。それならもっとしてもいい?」
「え?」
 何のこと? と訊ねる暇すら与えられなかった。俺を抱きしめていた腕がふっと離れた。解放した? いや、そうじゃない。離れた手は今度は俺の両頬を挟むようにして掴んでいた。そうして入谷さんは俺の顔を固定する。そのまま自分の顔を寄せ、くちびるを俺のそれに押し当てて来たのだ。
「んんんっ!?!?」
 俺もウブなネンネではない。今までの恋人とセックスだって何回もした。でもさすがに、突然このように襲われたらそりゃびっくりして硬直する。固まっている俺を良いことに入谷さんは大胆に俺を攻め立ててきた。舌でくちびると歯列を割り、俺の口内に我が物顔で侵入してくる。にちゃっと、停電で全ての音が止まった部屋に粘液質な音が響いた。俺は彼女の肩に手をかけて押しのけようとしたが入谷さんはそれ以上の力で俺の頭をホールドしてくる。唾液の音に俺と入谷さんの荒い吐息が混じる。
 身体が熱い。まるで、温かなシチューでも食べたかのように身体が内側から温まり、熱を出している。汗すらかき始めていた。キスで息を止めているのもあるが、自然と呼吸が荒くなっていく。
 だが身体の変化はそれだけではない。あまりにエロティックなキスに俺の身体は他の反応を見せる。下半身に向かう血液がさらに増える。入谷さんにホールドされキスされたまま、俺は勃起し始めていた。まだソコに触れられてもいないのに、ズボンの障壁を押しのけて怒張する。
 どれくらいそうして一方的にキスされていただろうか。入谷さんがようやく俺を解放したときには二人とも音に聞こえるほど荒い息遣いだった。
 とろんとした目で入谷さんは俺を見下ろしてくる。俺も似たような顔をしていることだろう。身体に力が入らない。それくらい入谷さんのキスは心地よく、俺を溶けさせた。
 だが、入谷さんはただとろけているだけじゃない。そのとろけた目には狂気にも似た光がギラついている。
「いいよね!? 私の家に上がったんだし、気にする必要ないよね!? 大橋くんもその気みたいだしね!」
 一方的に勢い良く彼女はそう言って俺を押し倒した。倒れ込んだ先はベッド。ケンタウロス族用で大きいぶん、俺の全身はそこに簡単に乗った。起き上がろうとするより先に入谷さんが俺に逆馬乗りになる。そのまま強引に俺の服を剥いでいこうとしてきた。
 男としては間違いなく良い思いができることを確信させる入谷さんの行為。しかし、俺は「どうして?」と思わざるを得なかった。入谷さんとはゴミ捨て場とかでたまに会話する程度だぞ? 夕飯のオカズとか分けてもらったことはあったけど。でもそれだけの男なのに……よっぽど飢えていた?
 いやいや、魔物娘は確かにエロいことは大好きだけど、誰でも良いという訳じゃない。いや、セックスから始まる愛があってうまい具合に互いに歩み寄って上手く行かせるというのもあるらしいけど。
「ずっと……ずっと我慢していたのよ?」
 ついに俺のシャツは全てボタンを外され、アンダーシャツもたくし上げられた。ひんやりとした空気が俺の胸と腹を撫でる。俺はシャツを掻き合わせて冷気を防ぐ。その俺の行動をよそに入谷さんは今度はズボンに手をかけてきた。
「彼女がいると聞いてたから我慢していたけど……もう別れたしね!」
 手早くベルトを外し、チャックを下ろした彼女は、下着ごと俺のズボンを下ろす。ぶるんとキスだけで怒張しきったペニスが現れた。現れたソレを入谷さんは素早く手で包み込んだ。女性の手は冷たい事が多いが、入谷さんの手はとても熱かった。
 ペニスを包み込んだ手はすぐに上下し始めた。その動きは今の入谷さんの勢いと同じくらい激しい。
「あはぁ……すっごくおっきいぃ……」
 熱に浮かされているかのような力が入っていない恍惚とした声で入谷さんは囁く。いや、実際に熱に浮かされているのかもしれない。普段から頬が少し紅潮している彼女だけど、その具合が今はさらに強くなっている。汗もかき始めていた。
「あつい……」
 実際熱かったようだ。名残惜しそうに彼女は一度俺のモノから手を離した。そしてセーターの裾をつかむ。豪快に彼女は裾を持ち上げてセーターを下に来ていたキャミソールごと脱いだ。夜目でも鮮やかな、ピンク地に赤の刺繍が入った可愛らしくも情熱的なブラが彼女の丸くて大きな胸を包んでいた。
 脱いだセーターとキャミソールを畳んだりすることなく彼女は後ろに放り捨てる。そして背中に手を回す。あっという間にホックが外れ、はらりと彼女の胸の前でブラは垂れ下がった。それも彼女は放り捨てる。脱いだ服など興味はない。
「大橋くん……」
 倒れ込んで俺に密着してきた。彼女の肌はしっとりと汗ばんでおり、そして信じられないくらいに熱い。本当であれば病気なんじゃないかと疑うくらいであるが、彼女はホワイトホーン。性的に興奮すればするほど身体は火照り熱くなる。
「大橋くん……私……」
 片手で俺のペニスを握りまたしごきながら、もう一方の手で入谷さんは俺の手を取った。その手を引いて彼女はスカートの中に俺を導く。その手に、馬体の獣毛が触れるが、その毛はしとどに濡れていた。突然押し倒されこのように責め立てられていることに俺は混乱していたが、入谷さんが俺を求めて濡れているその事実は俺を興奮させた。
「あ、今ぴくってした……興奮した?」
 しごく手を止めないままいたずらっぽく入谷さんは笑う。その笑顔のまま、彼女は俺の耳に口を寄せた。
「もっと触ってもいいよ……」
 許可を出されると止まらない。俺はもう一方の空いている手を、ずっと気になっていた彼女の胸に伸ばした。彼女の胸はふんわりと柔らかく、握ると指が沈み込んだ。でもいい形を保っている通り、張りもある。男にはないその柔らかな感覚に俺は夢中になる。
 そして男にはない器官がもう一つ。獣毛を濡らしている根源に俺は指を這わせる。温泉に浸かったかのようなため息を入谷さんはついた。その気持ちよさそうな声に調子に乗り、俺は指を押し進めようとした。
「あんっ!」
 ふいに入谷さんが声を上げた。痛くしてしまったか。手を俺は引っ込めようとするが、入谷さんはそれを追いかけようとするかのように身体を俺に押し当ててきた。
「だめ……もっとして……」
 一度手淫を中断し、彼女は俺の手を再び取ってソコに這わせようとした。彼女が嫌がっていないことを確認して、俺は濡れた毛をかき分けた。再び茂みを濡らす泉を探り当てる。その孔に俺は指を差し入れた。毛を濡らす液は冷えてしまっていたが、出るそこは信じられないくらい熱かった。まるでマグマのようだ。この中に自分のモノを入れたらどうなるか……想像するだけでどうにかなりそうだ。
 いつまでもそうして触っていたかったが……俺は身も心も高められていた。そしてその高まりには限界という物がある。
「あ、ああ……入谷、さん……」
「なに? イキそう? イッちゃいそう?」
 熱い吐息混じりの声で入谷さんは訊ねてくる。その間も俺をしごく手は止まってくれない。俺は声に出して彼女の質問に答えることができなかった。でも入谷さんは分かってくれたようだ。
「いいよ、イッて……そのまま私の手に精液出して……」
「う、あ、あああっ!」
 その言葉が言霊となったかのようであった。俺は彼女に片腕で抱きしめられたまま、びくびくと身体を震わせ、射精した。夜目にでも、彼女の手や馬の毛がぬめりに濡れたのが見える。
「はふ……こんなにたくさん……大橋くんが、私の手で、こんなに……ん……」
 なんのためらいもなく入谷さんは手についた俺の精液を舐めとっていく。綺麗な入谷さんらしく、丁寧に余すところなく……だが舐めているのは手で舐めとっているのは精液……その様子は、俺を再び勃起させるのに十分であった。
 俺がじっと見ていることと股間を再びいきり立たせているのに気付いた彼女はくすりと妖艶に笑った。そして訊ねてくる。
「……挿れたい?」
 男なんてゲンキンなものだ。そう誘われたらノーと言うはずがない。先程、あんなにキスやハグに抵抗があったくせに。
 スカートもその下の下着も脱いだ彼女は俺の横に身を横たえた。同じように、俺にも横向きに寝るように言ってくる。言われた通り彼女と顔をあわせるように横向きになると、入谷さんは俺の腰に手を回してきた。そうやって固定してペニスの先端に自分の下腹部をあてがい……
「んぁああああ!」
「う、あ!」
 するりと彼女の濡れた膣内に俺の肉棒は入り込んだ。
 指で感じたように、彼女の膣内はものすごく熱い。そしてぬめっていて、肉がじんわりとからみついてきて、溶かされてしまいそうだ。その快感に俺は思わず入谷さんにしがみつく。
「ふふ、しがみついちゃうほど気持ちいいの?」
 言われて恥ずかしくなり俺は身体を離そうとするが、それより先に入谷さんの手が背中に回るのが先だった。逃げられない。
「私もすっごく気持ちいいよ……大橋くんのが、中に入っていて……ああ、いい……動く……動くね……」
 一人浮かされたようにいいながら、入谷さんは腰を器用にくねらせ始めた。横向きに寝ているからその動きは決して激しくない。しかし快感はしっかりとあった。ほこほこと熱く柔らかな肉にモノをしごきぬかれる感触……それはオナニーなんかではとても得られないものであった。
 そして動きが穏やかなぶん、俺たちは互いを見つめ合うことができた。柔和でありながらも凛とした氷細工を思わせるような鋭さは快感によってとろけきり、舌すら突き出している。ああ、俺もそんなだらしない顔をしているかもしれない。
「入谷さん……」
「大橋くん……」
 互いを呼ぶ声が寒いはずの室内で絡み合う。けど抱き合っている俺たちは寒くない。互いの呼び声に呼応するかのように、俺たちは顔を近づけた。そのままくちびるが重なる。
 今度は俺にも彼女を受け止める余裕はあった。口を開き、舌を絡め合い受け入れる。口内を蹂躙する彼女の舌を追いかけて絡みつく。逆に彼女の口内に侵入し、その温かな粘膜を舌で撫で回す。
「はぁ、あはあ……大橋くん」
「は、っ、ああ……入谷さ、ん……」
 息継ぎの合間に互いの名を呼び合い、口づけを交わし続ける。互いに抱き合って腰を動かす。始めはされるがままだった俺も慣れ始め、少しずつ動いていた。入谷さんの動きもゆるやかな動きであったが徐々に激しくなっている。
「もっとぐちゃぐちゃにかき混ぜて……おまんこ、切なくておかしくなりそうなの……」
 あの氷細工を思わせるような綺麗な、それでいて親しみやすい雰囲気の入谷さんがこんなにいやらしいことを言っている。そんなふうに言われて動かなきゃ男が廃る。俺は腰の動きを早めた。横向きと言うのは慣れずやりにくかったが、それでも精一杯動かす。俺にしがみついたまま、入谷さんは身体を仰け反らせた。
「あああっ! も……我慢、できないッ!」
 弾かれたように入谷さんも腰の動きが速くなった。ベッドがギシギシと悲鳴を上げ、その激しさを物語る。音だけではない。ただでさえ体温が高いホワイトホーンとそれに抱かれている男……音だけではない。俺と入谷さんの身体から流れる汗も交わりの様子の語り部だ。二人の汗は肌を重ねることで混じりあい、流れ、ベッドのシーツにシミを作る。
「大橋くん、大橋くん、大橋くん……ッ!」
 何度も俺の名前を呼びながら彼女は俺に腰を打ち付けてきた。その動きで俺のペニスは彼女の熱い柔肉でしごき上げられ、高められる。じんわりと腰の奥に、熱とは違う疼きが起こった。
「やめ……入谷さん、また出……」
 中出しへの危機感に俺は彼女から手を離して身体を押しのけようとする。だが汗で滑って上手くいかない。そして入谷さんは、そうはさせじと抱擁をきつくした。
「いいよ、イッて……! 私の中に大橋くんの白いの……一杯ちょうだい……!」
 そうして彼女は腰の動きを続ける。入谷さんが動きを止めないのは俺を射精させるためだけではない。
「私もイク……イキそう……!」
 息を弾ませながら入谷さんは絶頂が近いことを宣言する。彼女の腰振りは彼女の欲望から来るものだった。快感を貪る欲と、精液を求める欲……そこに俺を気遣うと言う要素はない。ほぼ彼女からの逆レイプ。そして俺はそれに屈する。
「うっ、あ……!」
 反射的に汗まみれの入谷さんの身体にしがみつき、俺はその身体にどくどくと種付けをする。さっき手で搾られたというのが信じられないくらいの量の白濁液が、ホワイトホーンの炉のように熱い肉洞に注がれる。
「くぅうううん!」
 甘えた犬の鳴き声のような声を上げて入谷さんも達した。その熱い膣がぎゅっと収縮し、俺からさらに精液を搾り取ろうとする。
 融ける氷のように俺たちは汗にまみれ、繋がったまま互いに抱きしめ合い、絶頂の快感に打ち震えた。そのまま熱で溶け合って一つになるのではないかと錯覚すらしながら……
 


「ごめんなさい……」
 ケンタウロス用の大きなベッドの中で可能な限り小さくなろうと、入谷さんは身体を丸めている。
「そ、そう泣かないでくださいよ、入谷さん……」
「でも、私は大橋くんをメチャクチャに……!」
 顔を上げた彼女の頬は、汗ではなく涙で濡れている。
「あー、まあ確かに……ちょっと驚きましたけど、俺も気持ちよかったですし、気にしてないし、いいじゃないですか……」
「でも……!」
「でも、と言うなら教えてください」
 俺は落ち着けるように入谷さんの両手を取って彼女の目を真っ直ぐに見た。目をうるませながら彼女は俺の言葉を待つ。
「なんで俺相手にここまでしたんですか?」
 クリスマスに独り身が寂しいから俺を家に招いて乱れた……とも考えられなくはないのだけれども、その割には今こうして縮こまってしまっている。
「私ね、不安だったの……」
 突然、入谷さんはうつむいたままぽつんとつぶやき初めた。
「都会の方に出てきても周りは知らない人だらけ。誰に話しかけてもいいか分からない……うぅん、むしろ話しかけられない。そういう意味では私がこっちに来たのは暖かくなり始めた春だと言うのに実家よりずっと寒かった……」
 まあ、よくある話ではある。新天地に一人と言うのは不安な物である。しかし、唐突にその話をされて俺は混乱した。なぜこの話を今……?
「そんな時にね……始めて気さくに話しかけてくれたのが大橋くんだったの」
「俺?」
 眉を寄せて俺はその時のことを思い出そうとする。ああ、思い出した。大きなゴミ袋を片手に一つずつ持って立ちすくんでいた俺が話しかけたんだっけな。ハッとするほど美人だけど見かけない顔……そんなコがゴミを持って困っている様子だったから、ゴミ捨て場が分からないんだろうなと思って。答えは案の定。彼女は何度もお礼を行って、その場を去っていった。そしてすぐに別のゴミ袋を持ってきた。おそらく捨てる場所が分からなかったからアパートに溜め込んでしまっていたのだろう。
 ああ、そんなこともあった。それで互いに自己紹介して名前も知って、それでちょくちょくゴミ捨て場でちょくちょく顔を合わせるようになったんだっけな。
「それで優しい人だなと思って気になって、話しているうちにどんどん意識するようになって……でも……」
 そう、でもだ。その時は俺は彼女がいた。件の、クリスマスに一緒にいられないからと言って今月の頭に別れた人だ。
「それでもう遠慮はいらないと思って……ピザを作って一緒に食べて簡単なクリスマス会になればいいなって、それだけでいいなと思っていたのに……でも、でも寒いから温めようと抱きしめたらもう抑えが効かなくなってきて……」
 そして俺も俺で勃起してしまったから、魔物娘のホワイトホーンとしての本能が暴走を起こし、俺を押し倒して犯した……こういうことだったらしい。
「ごめんなさい……」
「いや、いいよ。それよりさ……」
 最終的な行動はともかく、今彼女は俺への気持ちを吐露した。その気持ちに俺は答えなければいけない。
 俺は……







「はい、カサ・ディ・ソーニョでーす。はい、ピザのデリバリーですね?」
 店に歌うような調子の声が響く。注文を聞いて内容をメモしていく。その口元がにぃっといたずらっぽく笑みを作った。
 電話を切った彼女はこつこつと蹄を鳴らしながら歩き、スタッフの控室に向かう。
「オーダー! クリスマス・ピザを一つとサービスのカップケーキ! なお……」
 ここまでは普通の内容。そして注文を取った彼女は息を吸って次の言葉は皆にはっきりと聞こえるように大きめの声でアナウンスする。
「男性からの注文!」
「はい! はい! アタシ行きます!」
「あー! 次は私が行こうと思っていたのに!」
「では間を取って私が」
「「却下!」」
「はいはい、落ち着くの」
 その魔物娘たちのやり取りを見ていた、注文をとっていたケンタウロス族の女性は笑う。彼女の下半身、馬の部分はふさふさとした毛に包まれている。入谷庵奈だ。いや、もう結婚したから大橋庵奈か……

 あれから俺と入谷さん……いや、庵奈は付き合うようになった。それから俺はますます修行を頑張り、3年して暖簾分けさせてもらえた。まあ、修行だけじゃなくて庵奈とデートもして、その……いろいろヤッたけど。今までの彼女とは違い、庵奈は俺の仕事にも理解があり、クリスマスとかは仕事がしやすかった。
 そして独立を機に結婚。今年は独立&結婚して初めて迎えるクリスマスだ。新しい店で俺が始めたサービスはデリバリーサービスだった。庵奈が俺のためにピザを作って店の前まで届けてくれたところから着想を得た。……注文内容から独身男性かどうかをあたりをつけて魔物娘を向かわせるサービスは庵奈が考えたことだけど。魔物娘らしいと言っちゃ魔物娘らしい。

 ぴぴぴぴぴ……
 ピザが焼き上がったことを知らせるタイマーが鳴る。いかんいかん。今こっちはチキンを焼いているところなのに。そっちに飛んでいこうとしたら、誰かがタイマーを切り、窯に木製のヘラを差し入れた。庵奈だった。
「すまん、ありがとう」
「ぜんぜん♪ それにしても忙しいわね」
「そうだな……」
 今日はクリスマス・イブ……俺の店にもクリスマス・ディナーを楽しみに来た人は多い。ニコニコと笑いながらパスタを食べているキューピッドとその彼氏、俺の店には場違いなんじゃないかと思うくらい上品でありながらカジュアルさも兼ね備えているダンピールと彼女を前にして緊張してガチガチになっている彼氏、カップルどころか3人できたスキュラとカリュブディスと男のグループ……いろんな客がいた。
 みんな思い思いにロマンチックなクリスマスを過ごしている。そんな彼らとは別に俺はとっても忙しいクリスマス・イブを過ごしている。だがちっとも羨ましいと言う気持ちは起こらない。そんな彼らに素敵な時間を提供できている俺自身を誇りに思えてるし、何より……
 ちょうどピザを窯から取り出した庵奈と目が合った。ふふっ、と彼女が笑いかけてくる。
 このクソ忙しい聖夜を、この大事なホワイトホーンの女性と一緒に過ごせているのだから……
16/12/22 22:10更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)

■作者メッセージ
ええい、誰か妄想を形にしようという者はおらんの!? https://twitter.com/mousougahara/status/799593177799741441

ここにいるぞ!!
という訳で、妄想が原さんの「クリスマスにピザのデリバリーをしてくれるホワイトホーン」の妄想を具現化しました。「ゴミ捨て場で話す程度のホワイトホーンが」「サプライズでデリバリー」「以後、デリバリーサービスをする」を使わせて頂きました。いかがだったでしょうか?
なんとかクリスマス前に投稿できてよかった……ってか調子乗ってたら17374文字もイッてしまった……
ちょっと急いで書き上げたので、誤字脱字があるかもしれません、申し訳ございません。

みなさんも良いクリスマスを!

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