連載小説
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幼き日の夢
幼き日の夢



夕暮れの野の道を目つきの悪い黒髪の男の子が歩いている。

あれは私だ。……私は呪われた血の下に生まれた。ベンジャミン・シュバルツ……それが私の当時の名前だ。兄弟は2人。4歳年上の兄と2歳年下の弟がいる。母親はサラという名前で父親は商業を営んでいて彼はヤーコフと言った。

私は濡れたような黒い髪、浅黒い白色の肌、鉤鼻に黒い目を持っている。信じる宗教も主神教原理主義派と言われるもので、私の家族も隣近所もそうだ。私達はユタ人と呼ばれる中つ国の民族の血を引く。新約聖典の中で伝説の勇者を裏切った民族と言われている。混血が進み血が薄くなり何代経とうがユタ人はユタ人である。そういう訳であらゆる差別を受けてきた。

聖地を追われ、国と土地を持たないユタ人が大切にしたのは知恵と金だ。中つ国地方から西の大陸に流れてきたユタ人は会計技術を持たない西の大陸の人々の富を吸い上げ独占した。そのために、何度も争いが起き、民族間の軋轢を生んだ。要するに我々はつまはじき者なのだ。

時代が流れてもそれは変わらず、ユタ人もしくはユタ系の人々はそれと一目で分かる服装をする、私的財産としての土地を持ってはいけない、農業者や職人になってはいけない、特別な税金を納める、住む場所もユタ人居住区に住まなくてはいけない。など西の大陸では徹底的な差別を受けていた。

私の家族も例に漏れず、知恵と金を大切にしていたのでそれらの教育と父親のヤーコフは商人だったので会計技術を教えられた。

ユタ人なのでひどい目にも合う。父親の商店に石が投げ込まれなかった日は無い。母親が庭に埋めた花も翌朝には踏み躙られる。

私自身も幼い頃はいわれの無い疑いや、暴力にさらされていた。私達がユタ人だからだ。だから、物心つく頃にはすっかり世の中に絶望していた。

そんな私の心に主神が拠り所になった。当時の私は教会で熱心に祈り、偽善者供が吐く綺麗事にのめり込んだ。将来は神学校に行き、司祭になりたいと思うのに時間はかからなかった。

『お前のなりたいものになりなさい。』

恐らく次男坊である事も手伝ったが、そんな私を父親のヤーコフは応援してくれた。現実に私の心は少なくてもこの時点では主神に救われていた。主神に祈れるのならば、安らかな聖女の像の前で泣く事を許されるのであれば、一生主神に尽くしても良いと考えていた。

そして、私は西方主神教に改宗しイスパール王国にあるヨハネス神父学校で司祭になる為の勉強をした。学友と夢を語り合い、また議論をした。

特に仲の良かった学友はノーマン・ビショップという茶髪に緑目の学生だ。彼は討論と聖典の解釈が得意だったが数学がいまいちだったので、私が数学と教会の運営に役に立たつかも知れないので会計技術を教えていた。代わりに彼から聖典の解釈を教わった。

しかし卒業間近になった頃、私の人生は一変した。父親と兄が死んだのだ。父親が流行り病に掛かり、兄が薬を求めて薬屋に行ったのだが、ユタ人に売る薬は無いと言われた為にそれでもと食い下がった兄に対して人々はリンチをした。結局、父親はそのまま死んでしまい、兄はリンチを受けた1週間後に苦しみながら息を引き取ったそうだ。

稼ぎ頭を失った家が困窮するのに時間はかからなかった。しかも2つ下の弟は法律学校に入ったばかりだ。

このまま卒業して司祭になったとしても家族を助けてはいけないだろう。あるのは無償に等しい雀の涙ほどの給金だけだ。

考えたあげく私は審問官になる道を選んだ。審問官……ベルモンテ王国では福音主義派や異教徒に対して徹底的な弾圧を行なっており、審問官は国王直属の王立機関に所属する事が出来き、金銭面において十分な報酬が期待出来る。審問官になるには神父の資格がいる。幸い、成績が良かったので取るのに苦労は無かった。

それに、私はユタ人だ。もし普通の神父になったとしても立身出世は望めないだろう。

審問官の証しである黒衣を纏った私を見た神学校の老神父は、蔑むような表情をしていた。

彼は白い肌、青目を持つクラーヴェ系の生粋の西の大陸人だ。ユタ人の血を引く私とはちがう。

黒衣を纏った私を見た母親は泣きくずれて、どうして?となんども私に聞いた。それきり母親には会っていない。

家族を助ける為に審問官になる事がそんなに悪い事なのだろうか?だとしたら私はどうすれば良いのだろうか?

私は全てを諦めた。理解されることも、神に救われることも。誰も理解しなくていい。ただ気休めを与えるだけで最終的な救済を行わない主神に救われなくても構わない。拷問手が邪悪な者だと言うのならば、私は邪悪になってみせよう。

私は神学校を出てベルモンテ王国に戻ると、直ぐに王立異端審問局の局員として働いた。王都にあるガスパール監獄の召喚命令に従いそこに行くと、監獄の中は囚人達のうめき声と血の匂いで溢れていた。

案内人に従い、地下にある審問室に行くと空気を裂くような音とさけび声が聴こえる。錆び付いた扉を開けると私と同じ黒衣を纏った壮年の男が鞭を振るっていた。気絶した囚人をよそに男はこちらに目を向ける。

ガラン……

『そうか……お前が、新入りか。それを洗え。お前の仕事はそこからだ。』

男は血のベッタリついた鞭を床に投げ捨てると私にそう言った。男はジェイド神父という。彼は私と同じユタ人の混血であった。

私は彼から審問官たる技術と知識のイロハを教わった。

『審問官はあくまで主神教法皇と国王の命令に従い疑わしきを審問することが目的で、拷問はその手段に過ぎない。従って審問官は拷問で対象を殺してはならない。しかし殺したとしても問題にはならない。それは容認されている事だからな。……だかな?もしお前が審問中に対象を殺す事があったら、俺がお前を殺してやる。』

そうして、その年の終わりの頃初めて人を鞭で打った。

私がその時に感じたのは産まれて初めて味わう優越感と支配する喜びだった。それは不幸であるのかも知れない。命令されれば誰でも、貴族や王族ですら私の下に這い蹲る。自分達を蔑み、罵倒し、軽蔑した者らは、小さく項垂れ、怯え、泣き叫び、許しを請い、床に頭を擦り付け、床を這い回る。これ程気持ちの良いことは無かったように思えた。

しかし、それが終わり、冷静さを取り戻した頭で思うのは酷い後悔と罪悪感だった。

『ベンジャミンよ。拷問手は葛藤を覚えて駆け出しだ。』

とジェイドは言う。

それから、ただ黙々と仕事を続けた。そんなある日のこと、街に買い物に行くと石を当てられた。ふと見ると小さな男の子が、自分に奈落の底のような憎悪の眼差しを向けている。その男の子がもう一度石を投げようとした時に母親と思われる女に腕を引かれて連れられていった。

『ベンジャミンよ。拷問手は恨まれて半人前だ。』

とジェイドは言う。

『では、ジェイド神父。一人前になるにはどうしたら良いでしょうか?』

するとジェイドは笑いながら

『ベンジャミンよ。拷問手は暗殺されて一人前だ。』

と言った。

その半年後にジェイドは主神教福音主義の過激派により暗殺された。

それから、私は彼の死を悲しむまでもなく、ただ黙々と仕事を続けた。喜びと罪悪感で自分自身をただ愚直に塗り替え続け、自分自身が邪悪になっていくのを肌で感じ、もはや引き返せない所まで来た時には出世し、高等審問官となり、王宮に勤め、国王からリヒターという字名を貰い、誰もが恐れる“黒衣の聖者”と呼ばれていた。

母親と弟はどうしているだろうか?今まで見ていた過去の影が消え、母親と弟の顔が浮かんで来た。王立異端審問局に勤めてからずっと給金の20%を名前を明かさずに、先日ベルモンテ王国が滅ぶまでの間、送り続けた。幸せに暮らしているだろうか?

だとしたら……

『どんな夢を見ているのでございましょう?』

夢から覚める頃、ダフネが静かに耳元で囁いた。

『昔の……遠い遠い昔のことだ。』

『左様でございますか……』

従僕はそう言うと背中から生えた大きな翼で私を包んだ。

『旦那様は1人ではございません。従僕が御身の側に付いております。』

東の空が白む頃、私はもう1つの夢を貪ることにした。
17/10/03 05:39更新 / francois
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■作者メッセージ
今回はベンジャミンの過去のお話しです。短めです。何気に『胎の牢』のキャラが出てます。其方もよろしく(露骨なステマ)

彼が邪悪に染まっていく工程を表現出来ればと思いました。しかし、家族の為に悪を成す事が果たして邪悪と言いきれるのでしょうか?はたしてベンジャミンの運命はいかに!?

ではまた!U・x・Uつ

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