連載小説
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第十五話・アヌビスの一日A
午後、少し気だるい時間の始まり。

おいしいお昼ご飯を食べて、良い具合になったお腹は眠りを求めている。
こればかりは…、いくら理性で駄目だとわかってても…、本能が逆らえない。
あ…、駄目だ。
今、寝てた。
駄目駄目、ハッカ飴舐めて乗り切らないと!
(コロコロコロコロ)
……うん、だいぶ目が覚めてきた。
えっと…、これは今後の行事予定案ですか。
えっと来月のクラス対抗スポーツ大会の予定表…。
……野球、ですか?
は?
教師も全員参加?
何を考えているんですか、発案者!
本当に誰なんですか…、発案者は……『ロウガ』………。
何て素敵な案なんでしょう。
これは無条件で採用ですね…。
よく考えれば、爽やかな汗をかく少年少女も見れるのですし。
………………………うふ♪

予算の件はこれで問題はないでしょう。
後はロウガさんの印鑑を頂いて…、ああ、こっちの件はこうじゃないの!
後でアスク先生に訂正してもらわないと…。
こっちは……、ちょっと予算が多いですね。
でもなかなか良い案なのでアキ先生と話し合って、少し検討してみましょう。
まだまだ、ハッカ飴舐めて頑張らないと…、あれ?
(すか、すか)
…なくなってしまいました、ね。
買い置きもないようですし、仕方ありません。
しかし、私の精神力を以ってすれば問題なく職務を遂行出来るでしょう。
さあ、次の書類を…。
ふむふむ…。
これは、いけませんねぇ…。
もう少し具体的な内容で出していただ……か……。
すー………、ハッ!?
いけないいけない!
少々、油断をしてしまいましたね。
暖かい日差しと満腹のお腹…、座り仕事の最大の敵ですね。
いけませんね、私もまだまだ……で………ハッ!
わ、私としたことが!
し…、仕事に集中しなけれ……。
しゅー……ちゅー………。
すー……、ハッ!?
まだ…、書類が…、残ってるのに…。
チェックして…、それで……、ロウガさ…んに……、持って…いか……。
すー…。
すー…。
すー…。
「おーい、アヌビス…?」
うにゅ…、ロウガひゃん?
「ハハ、アヌビスの寝顔か…。貴重なものを見れたな。」
はじゅかひいれすよ〜。
「ああ、すまんすまん。この書類を持っていけば良いんだな?」
あい〜、おねがいしましゅ〜。
「それじゃあ、これは頂いていくよ。風邪引くなよ。……クックック、ほら、俺の羽織を腹にかけてやるから。」
ありがほ〜ごじゃいましゅ〜。
あ〜、あったかい〜。
「じゃあな、おやすみ。」
はい〜。
すー……。
すー…。
……。

俺は教頭室の扉を閉め、扉の前に『多忙につき、骨休め』の札を置く。
そして、全速力で学園長室に駆け込み鍵をかける。
もう限界だった。
「アーッハッハッハッハッハッハ!!!あのアヌビスが、あのアヌビスが居眠り!!!しかも完全に糸目でよだ…!!涎まで垂らして!!!アーッハッハッハッハッハッハ、いいもんみたぜ!!!!駄目だ、横っ腹いてぇー!!!」
今度、からかっておこうと俺は心に決めるのであった。


―――――――――


何なんですか、今日は!
ロウガさんに寝顔は見られるし、ポカは次々するし…、こんなの私じゃない。
「あれ〜、アヌビス。もう放課後だよ〜?ダイジョブ?」
「ああ…、ルナ先生ですか…。ちょっと自己嫌悪してただけですよ…。」
職員室にある私の机の上に突っ伏していると、セイレーンのルナ先生が声をかけてきた。今日はもう帰るらしく、化粧がいつもより少し濃い。
「…これから、また合コンですか?好きですね…。」
「アタシだって、素敵な彼氏の一人や二人欲しいもん!これからの女はエネルギッシュにパワフルにいかなきゃダメだよ!アヌビスも一緒に行く?」
「私は…、遠慮しておきます。」
「だよね〜、アヌビスは学園長一筋だもんね〜。不倫願望も良いけど、そろそろ現実見詰めないと、マジでイキ遅れるよ?」
「な、何故それを!?」
何故、私がロウガさんが好きなのを知ってるんですか!?
ま、まさか…、セイレーンの魔力はそういう恋愛感情を見透かすのですか!?
「ねえ…、それ、マジで言ってるの?みんな知ってるよ。もしかして、隠してるつもりだったの?」
「完璧に隠してる、つもりでしたが…。」
「見てわかる行動ばかりだよ〜。わからないのは本人と学園長だけ、じゃないかな〜。商店街のおばちゃんなんかよく話題に上らせてるよ〜。」
「………!!」
不覚です。
私としたことが…、アヌビスとしてあってはならないことです。アヌビスはもっと知的でクールでなければいけないのに…。こんなことでは偉大なアヌビスの先達たちに笑われてしまいます。

『情けないぞ、ネフェルティータ!』(アヌビスの母)

ああ、星空に浮かぶ先達たちが…、檄を飛ばしてくれてる。

『大丈夫、私は二つの愛を持ってきた。』(アヌビス・ぞひー)
『フッフッフ、心配することはない。』(初代アヌビス)
『不倫は…、血を吐きながら続ける、悲しいマラソンですよ。』(アヌビス・せぶん)
『どうせ私はダメなアヌビスさ!』(帰ってきたアヌビス)
『やらしさを失わないでくれ…。』(アヌビス・えーす)

ちょっと、何か好き勝手に何か変なこと言ってる!?
と言うより何で6姉妹じゃなくて5姉妹だけで応援に来るの!?
「どうしたの?何か顔色悪いよ?」
「…どうやら私も疲れが溜まっているようです。仕事を残してしまいましたが…、今日はもう帰った方が良さそうですね…。」
「帰りなよ〜。たまには早く帰ったって罰は当たらないって。」
「そうしましょう。ではルナ先生…、御機嫌よう。合コン、うまくいくといいですね。」
「あったりまえよ〜!今日こそいい男をお持ち帰りしてやんよ〜!」
ああ、良いなぁ。
私もいつまでも彼が振り向いてくれるのを待っている訳にもいかないのは…、頭でわかっているのですが、なかなか心の方が付いてこない。
諦めなければ…、わかっているのですが…。
割り切れない心。
我々の造物主というのも、酷なことをしてくれますね…。

『その顔は何だ?
 その目は!その涙は何だ!!
 そのお前の涙で…、お前は諦めが着くか!?』(アヌビス・せぶん)

ちょっと!
まだ引っ張るの!?


――――――――――


「で、何でここで飲んでいるんだ?」
「はぁ…、ちょっと、息抜きをしようかと…。」
ここは発酵酒専門居酒屋「フラン軒」。
早く帰ってさっさと寝てしまおうと思ったが、このまま帰るのももったいないと町の図書館にでも行って有意義な時間を過ごそうと思ったはずなのに、何故か私は大ジョッキでよく冷えたビールと湯豆腐を頂いている。
何故か、アスティアさんも一人で飲んでいた。
彼女はすでに大ジョッキが8つ空になっている。
「…ロウガがね、今日は仕事が終わったら二人で食事して帰ろうなんて言うから一日中楽しみにしていたのに…。娘も今日は友達の家でお泊りだから……、久々に夫婦の時間が持てる…と思ったのに、あいつ……、ルナ先生の合コンに連れて行かれやがった…!」

『人数合わせ、見付かったし〜♪』

何かそんなことを言っていたような気がする。
「…でもロウガさんが好き好んでそういう席に行くとは思えませんが。」
「……他の先生を締め上げて吐かせたら、マロウ先生がルナ先生に何か薬らしきものを渡していたそうだよ。本人を威したらあっさり痺れ薬を渡したと言ってくれたよ。明日ルナ先生に会ったら、それが彼女の命日だ…。」
やばい、完全にキレてデキ上がってる!
「だ、ダメですよ!学園内でそんなことしたら…!!」
「ああ、わかっているよ。私はキチンと冷静だ。死体はバレないように裏山に埋めるし、濃硫酸のプールでで溶かしてしまえば死体も見付からない。」
冷静の方向が間違っている!!
「そ、そんなことより、せっかくですから女同士で飲みましょう!ね!?」
「うん…。」
「ほ、ほら、一緒にカンパ〜イ!」
うう…、安らげない。


「わらひだって〜、わかってるんれすよ〜!いっくらロウガひゃんが好きれも、アスティアひゃんみたいな奥しゃんがいたりゃ、勝ち目がないことくりゃい〜!!れも、好きなんれすよ〜!!!」
「君も若いからね。これからもっと素敵な男性に巡り合えると思うよ。」
完全に酔っ払ってしまったアヌビスと完全に酔いの醒めたアスティア。
今度はアヌビスの愚痴をアスティアが聞く羽目になった。
「君も十分魅力的だと思うよ。」
「魅力的れも振り向いてくれないんじゃ、悲しいらけれすよ〜!!」
空いたジョッキは二人で30を超える。
すでに彼女たちの席の周りにいた客は、彼女たちから離れるように席を移動している。
「わらひだってね〜、女の子なんれすよ〜。毎日ロウガひゃんに見てもらいたくて尻尾の毛繕いひたり、お肌の手入れひたり、肉球のケアひたり〜。でも、あの人が見ているのは、あなたらけなんですよ〜!」
「わ、私だって…、その…、ロウガに見てもらいたいから…、髪の手入れや肌の手入れは…、欠かさないぞ…。」
「結局、わらひってなんなんれすか〜!道化なんれすか〜!!」
うわーん、と子供のように大泣きするアヌビス。
ほとほと困ってしまったアスティアだったが、見捨てる訳にもいかず、彼女の頭を撫でて慰める。
「おい、ねえちゃんたち。女二人で飲むなんか、寂しいだろ。俺と一緒に飲まねえか?」
そこに現れた超KYな下心フルオープンな屈強な男。
客の誰もが『関わるな、ボケェ』という思いを一つにした瞬間だった。
「…私は寂しくないぞ。こう見えても既婚者でな。」
「でも旦那に放りっぱなしにされて、寂しいんじゃねえのかい。」
とゲヘヘと男が笑う。

ビキィッ

アスティアの持つ大ジョッキに亀裂が走る。
「わらひ、男ならられれも良いって訳じゃないんれす。とりあえず、あなたみたいな筋肉ダルマは、頼まれても、世界が滅ぶ瀬戸際れもお断りしまふ。」
「おいおい、ひでぇな。そんなんだから、男に見向きされないんだぜ?」

グワッシャッ

アヌビスの持つ大ジョッキが砕け散る。
次々と店の客たちは席を立つ。
「あ、女将さん、お勘定お願い!」
「俺も!」
「私もー!」
あっという間に店内は従業員と3人を残して、空になった。
「あ、あれ?」
「…貴様、言いたいことはそれだけか?」
「へ?」
「…あなたには、死者の書は身分不相応。安心してアメミットに魂を喰われておしまいなさい!」
ゆらりと立ち上がるアスティア。
その姿には在りし日の狂気が甦っている。
魔力を解放したアヌビス。
その目は金色の瞳に変わり、普段の彼女から想像も出来ない禍々しさ臭わせる。
「な、何だ何だ…。」
アヌビスがその魔力で世界そのものを侵食【アクセス】する。
「そう、あなたの名前はタンドリー・ドップ。9月18日生まれの43歳独身の傭兵。離婚経験が3回、いずれも表向きは妻が出て行ったことになっているけど、3人ともあなたが殺して、家の壁の中ね。戦場でも敵兵はもちろん、非戦闘員まで虐殺して、陵辱した女の数は79人、全員、殺しているわね。魔物も人間もお構いなしの下種野郎。それがあなたのこれまでの人生ね。何て、薄っぺら。…何なら、あなたの性癖、初体験、先祖からご両親までのすべての経歴、生まれてからこれまで犯した大小の罪、もっと詳しく言ってあげましょうか?」
「ひぃ…、何なんだよ、お前!?」
掻い摘んだ経歴をいきなり叩き付けられた男、タンドリーは一歩後擦り去った。
「ほほぅ、それはそれはなかなかの悪党だ。」
大剣ではなく、店から借りた箒をブンッと振るアスティア。
「ええ、素敵な悪党ですよ、彼。アスティアさん、あなたの村を襲撃して通り去った部隊も、彼の傭兵団みたいですし。」
「そうかそうか、それならばたっぷり礼はしなければいけないな。」
「……!!!思い出したぞ、お前、昔、手配書で見たことがある!!復讐鬼エレナか!!」

ガチャン

男が振り向くと店の女将、ゾンビのアケミが入り口の扉に鍵をかけた。
「…お客さん、女の過去を掘り返すのは野暮ってものですよ。」
と、冷たい瞳で告げる。
そんな昔話を思い出して生きて帰す訳がないじゃないですか、とアケミはニッコリと笑う。
「ヒィィィィッ!?お、お前ら…!!」
「あなたは『魔物を殺したくらいで、何なんだ!』と言う。」
「魔物を殺したくらいで、何なんだ!…ハッ!?」
タンドリーは自分の言った言葉と同時に発したアヌビスの言葉に驚愕する。
「久し振りに見たな。アヌビスの宴会芸、サトリ。」
「学園に就任した時以来ですかね?」
「いや、私とロウガの面接でもやったじゃないか。」
「…忘れてください。」
「こ…この!!!」
タンドリーは腰のショートソードを抜く。
それだけでさっきまでの怯えは消え、自信を取り戻した。
「最後は自分の武力頼みとは嘆かわしい。ロウガさんなら、自分の罪と真正面から向き合いますよ。」
「う、うるせえ!良いか、俺はこう見えても…!」
「千人殺しのタンドリーでしょう?わかってますよ。フフ、非戦闘員で数を稼いだ程度で二つ名を貰えるなんて、人間の社会って楽なものですね。そうでしょう?タンドリー・チキン。こけこっこー。」
「この…殺す!!」
「後は私に任せろ。」
アスティアが前に出る。
「ええ、お任せしますわ。」
タンドリーがショートソードを最短で最速で突きを繰り出す。
だが、アスティアは軽く身を捻り、箒でその腕を叩き上げる。
タンドリーの屈強な腕は曲がってはならない方向に折れ曲がった。
「弱い!」
さらに顔面に箒を振り下ろす。
タンドリーの顔面は箒の柄の形に骨が砕けた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
激痛にタンドリーは転げ回る。
彼が戦場で感じたことのない痛みが彼を襲う。
「お、俺が何をしたってんだ!!俺以外のヤツだって魔物を殺しただろぉぉぉ!!!!」
「その通りだ。だが…。」
「その通りですね。でも…。」
アヌビスとアスティアが仁王立ちで立ち塞がる。
「「乙女の安らぎを踏み躙った!!!」」
「そ…それだけで!?」
「「それだけで十分!!!」」
アヌビスが古えの呪文を唱え、タンドリーの身体に死者の呪いの文様が浮かぶ。
アスティアが見様見真似でロウガの鎧通しを放ち、内臓、肋骨、背骨を完全に粉砕、破壊する。
それでもタンドリーは屈強な身体のおかげで息はあった。
もっとも身体が痛すぎて気絶出来ないまま死を待つだけなのだが…。
「じゃあ、このお客さんの始末、私がしておきますね。」
アケミは男の襟首を掴んで厨房へズルズルと引き摺っていく。
「ああ、よろしく頼むよ。」
「お願いしますわね。後、ビールを大ジョッキで2つと枝豆をお願いしますね。」
「かしこまりました〜。」
「お……おい……、何を……!?」
アケミはニッコリと笑って答えた。
「決まっているじゃないですか、後始末ですよ。後始末♪」
「ヒッ……!い……いやだぁぁぁぁ!!!!」
だが、その叫び声は誰にも聞こえない地下室に響く。
その後、男の姿を見た者はいない。



「すまん、アスティア!やっぱりここにいたか!!やっと薬が切れて合コンから抜け出し…、ってアヌビスも一緒にいたのか?」
「はい、ロウガさん。ご一緒してます。」
「ロウガ…、今日は君のおごりだぞ。」
アスティアが少し頬を染めていた。
…か、可愛い。
「わかってるって。あ、俺、どぶろくお願い。」
「アイ、カシッコマリマッター。」
「おや、珍しいな。女将さん、男のゾンビかい?」
「ええ、今日から働いてもらっているんですよ〜♪」
「イラッタイマッセー。」


―――――――――


「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「ただいま、セト。先に寝てても良かったのに。」
「いえ、主人が帰るのを待つのがお嬢様の侍従の務めですから。」
「ありがとう、でも今日はもうお風呂に入ったら寝ましょうね。」
すでにお風呂を温め直しております、とセトは言って湯加減を見にお風呂場に消える。
今日は色々、あったな…。
でも最後はロウガさんともお酒飲めたし、ちょっと幸せ。
「お嬢様、ちょうど良い湯加減です。」
「ありがとう。セト、今日は一緒に入りましょうか。」
「…わかりました。それでは準備をしてまいりますので。」
今日も明日も明後日も、振り向いてもらえない恋は続くかもしれない。
それでも、こんな日常の中で私は小さな幸せを感じている。
大好きな人が傍にいて、
やっぱりその大好きな人の奥さんも大好きで、
こうやって憂さ晴らしをして、
いろんな人と交わって、
いつも世話をしてくれるセトがいて、
まだまだ失敗もあるけれど、
いつか誇れる私になるために、
あの人たちの傍で明日も頑張ろう。

「セトー、背中流してー♪」
10/10/21 01:25更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
という訳でアヌビスの一日終了です。
途中バトっちゃいましたが、仕様です。
本当は肉球空手奥義とか出そうかと思いましたが、没です。
いつか出そうかな?
次回はサクラの訓練風景です。
更新速度遅めでよろしく、そんな宿利です。
ちなみに、アヌビス5姉妹の台詞はそれぞれウルトラ5兄弟の台詞です。
え、一個違うのが混じってる?
キヅカナカッタナー。

最後に
ここまで読んでいただきありがとうございました。

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