連載小説
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餓竜再び .13
竜の寝床横町を混乱に陥れた一夜が明け、ようやく事態は鎮静化しつつあった。

混乱を引き起こした者のうち、バノッティは竜騎士団のワイバーンに一方的に犯されている所を確保され、ジュリアンはイリーナによって拘束されていた。
最重要人物であるルイーザとルカの姉弟は現場から姿を消していたが、ドラゴニアを挙げての捜索活動が為されている以上、捕まるのは時間の問題である。

一方、レオン一行が受けた損害については、決して軽いものではなかった。
受けた毒がごく微量のピーニャはすぐに回復したものの、大量の毒に加えて出血も伴ったレオンの意識は未だに回復せず、ラスティとエルが医者と共に付き添っているという状態であった。

媚薬を流された事による混乱は、当の住人達は歓迎していたくらいではあったのだが、その動機と結末が明らかになるにつれて、住人達は複雑な感情を抱く事になったのである。

「これで、とりあえず魔法で傷口は塞いだよ」
レオンの治療を続けていたリッチが、静かに告げた。
イリーナは事の次第を報告する為に席を外しており、部屋にはラスティとエル、それにピーニャが付き添っている。
「彼が完全にインキュバスになっていれば、痺れる程度で済んだんだろうけど」
診察したリッチによれば、レオンの身体がインキュバスになりかけていたが故に、毒の効果が出たのにも関わらず、毒に対する抵抗力は足らなかったのだという。
「稀な例だから僕にもどうなるか予測が付かないね」
「・・・ひょっとして、助からないの?」
レオンの傍らでずっと泣き続けていたラスティが、リッチの方を見る。
リッチはもともと感情表現に乏しい種族ではあるが、事態が事態だけにより酷薄に聴こえてしまうのは仕方がない事だった。
「症状だけ見れば五分五分。・・・八分くらいで助かるんじゃないかと思うけどね」
「・・・医者としての直感?」
責任を感じてずっと黙っていたピーニャが耐えきれずに問い掛けた。
「うん、直感」
リッチが即答する。
「ぼくの直感はよく当たるんだ」
彼女は本気とも冗談とも付かない、フラットな口調で断言した。
「それに、これ君達が贈った物でしょ?」
指差した先にはラスティ達が贈った『番いの首飾り』があった。
「・・・このルーンは『無病息災』かな?」
「レオンが危険な仕事に就いてるのは知ってたから〜」
「彼はこのルーンのお陰で命を落とさずに済んだんだよ」
「え・・・」
リッチの意外な言葉に、ラスティが呆気に取られた顔になる。
「『無病息災』のルーンは毒や病気への抵抗力を高めてくれる。いいルーンを選んだね」
リッチの言葉は相変わらず淡々としているが、今度はそれが言葉に信憑性を与えていた。
「だから彼は助かるよ。竜の爪は大切な人を助ける時に一番力を発揮するから」
その言葉に、自分達の爪が必ずレオンを助けてくれるというハーモアの言葉を思い出し、ラスティとエルは再びポロポロと涙を溢した。


同じ頃、ドラゴニア市街から離れた一軒の空き家を、捜索隊の竜騎士達が取り囲んでいた。
彼女達はようやくティカル姉弟の居場所を突き止めたのである。
居場所を突き止めたのは『プリムローゼス』の通称を持つ第三機動部隊。
隊長のエメリッサは小柄で可憐な見た目に反して、職務に厳格なドラゴンとして知られており、隊員達もまた真面目な者が揃っていた。
相手がドラゴンスレイヤーである以上、その突入は危険極まりない物となる。
ワイバーンの隊員は上空から監視を続け、空き家を取り囲む隊員は、全員がドラゴニウム製の武具で完全武装していた。

「姉さん・・・ごめん、姉さん・・・」
空き家の中ではルカが泣き続けていた。
「ううん、謝ること無いわ。なんで謝るの?」
そんなルカの様子を見てルイーザが首を傾げる。
ルイーザの腰はルカの上で動き続けていた。
腰を振り続けるルイーザの頭には僅かに角が見え、その四肢も硬い鱗に覆われつつある。
何よりもその腰からは隠しようもないほど尻尾が生えていた。
互いに何度目かも覚えていない射精を、ルイーザは胎内で受け止める。
ルカの精を受ける度に、ルイーザは竜としての快感にも身を震わせた。
その度にルイーザはドラゴニアの魔力に浸食されていたのである。

腐敗のブレスを受けた直後、ルカは咄嗟に姉を抱えてその場を逃げ出していた。
なぜ理性を失っても姉と共に逃げ出す事が出来たのかは、ルカにも分からない。
あるいはそれこそが、ルカの内に長年潜んでいた願望であったからかもしれなかった。
そして、ルカが正気を取り戻した時には、ルイーザがルカを組伏せていたのである。
人間離れした力と熱っぽい口づけ。
それだけで、ルカは正気を失った自分が何をしたのか悟った。
もう取り返しが付かない事が許せず、自責の涙と言葉だけが漏れ続ける。
そんな弟を犯し続けながら、それでもルイーザはルカを許し続けてもいた。
「もう泣かないで。私は今までと変わらずにルカの隣に居るから・・・」
涙でクシャクシャになっているルカの頭を、ルイーザは優しく抱き寄せる。
それは、修行の中で弱音を吐いたルカをルイーザが慰める時に、何度も繰り返してきた事だった。
「もう、あなたは竜を殺す修行なんてしなくていいの・・・」
竜殺しの宿命故に訪れた国で、竜殺しの血脈故にその宿命から解き放たれる。
どこかで拗れ続けてきた二人の宿命は、歪な形でようやく二人を解放しようとしていた。

「・・・隊長」
「相手はドラゴンスレイヤーだ。最後まで気を抜くな」
中の様子に気が付いた隊員がエメリッサに問い掛けるが、その表情も判断も変わらない。
「正面扉の破壊と同時に全ての侵入口から突入する。内部がどんな状況にあろうとも、各員冷静にその職責を全うせよ」
エメリッサは全ての扉と窓に隊員を配置し、自身は正面扉の脇に移動した。
「・・・ドラゴニアのあまねく竜に、魔王様と女王陛下の御加護があらん事を」
隊員の無事以外の意味も込めて、そう小さく祈りを呟いた後、エメリッサは部下に扉の破壊を命じた。


「全ては己の未熟が招いた事だ。自分の行いが正しかったとは思わないが、後悔はしていない」
牢に繋がれたジュリアンは、妙にサバサバとした表情で、イリーナの尋問に答えていた。
自分を負かした相手に全てを話したいという、ジュリアン本人の希望でもある。

「・・・結局、私は最後まであなたに勝てなかった」
イリーナが呟く。
「負けたのは私だよ。そうじゃなければ、ここには居ない」
自嘲気味にジュリアンも答える。
「違うっ・・・!」
耐えかねた様にイリーナが叫ぶ。
「私が負けていたのは、私が一番知ってる。あの時、私が勝った原因が、あなたの躊躇だけでしかない事は・・・」
掌に爪が食い込むほど、強く拳を握り締める。
「私はあなたを越えたい。あなたの未熟さに付け入らなくても勝てる様になりたい」
潔癖とも言える執着であったが、それがイリーナの剣を支えてきていた。
「だから・・・だから、また闘ってほしい」
イリーナは身一つで牢に繋がれているジュリアンに対し、静かに頭を下げた。

自分に匹敵する剣客が魔物に居た事も驚きであったが、これほど謙虚な魔物が居た事にも、ジュリアンは驚いていた。
レスカティエから逃げ出した後、自分はここまで自分の弱さを認める事が出来ただろうか。
たとえ勇者でなくても、紛れもなく優秀であると自他共に認めていたからこそ、「仕方無かった」という理由は、より強固さを増した。
ジュリアンは自分を苦しませてきた物が何なのか、目の前に突き付けられた気がした。
結局、本当の自分はもっと出来る奴なんだと、心の奥底でレスカティエでの自分を否定したかったのだ。
彼女が負けたと言う様に、自分も弱かったと素直に認めればいい。
きっとそれだけで今よりも強くなれる。
「・・・分かった、何度でも闘おう。ただし、私も強くなるかもしれないが」
「なら、私ももっと強くなります。そうすれば、互いにずっと強くなれるでしょう?」
本気でそう言い切るイリーナに、どうも自分は大変な事に足を踏み入れたのではないかと、ジュリアンは一瞬だけ思った。


今、バノッティがいる場所は間違いなく牢獄であった。
元々、牢獄には縁がある職業ではある。
実際、何度か捕まりながらも、バノッティはその度に脱獄を繰り返してきたのだ。
身柄を拘束される事は常に覚悟している。
だが、こんな処遇が待ち受けているとは誰が想像し得ただろうか。
牢の中には家具からヌイグルミまで、可愛い意匠のインテリアが詰め込まれ、今や完全に少女趣味のモデルルームの様相を呈していたのである。

パステルピンク色のシーツが張られたベッドの縁に、誰が見ても所在無げという言葉しか浮かばない姿で、バノッティは腰掛けていた。
いっそ寝床も無い様な、冷たい石の牢獄の方が、どれほど気が楽だろうか。
バノッティの困惑を更に深める事に、この少女趣味の牢獄には押しかけ女房まで居たのである。

「・・・重いんだが」
「レディになんて事言うのよ」
「・・・レディはもう少し慎み深いものだと思うんだが」
「ドラゴニアにそんな常識はありませんー」
バノッティの背中にはの一人のワイバーンが、決して離さない様にとピッタリくっついていた。
バノッティの頭の上に顎を乗せ、両翼両足でガッチリと抱きついている。
本来ならバノッティが想像していた様な牢獄を、隅から隅まで少女趣味にしてしまった張本人、ファララ・バンクロフトであった。
言うまでもなく彼女がバノッティを捕らえた、件のワイバーンである。
彼女に犯されている所を拘束され牢に繋がれた時までは、普通の牢獄だったのだ。
それが、しばらくすると目にしみる様な色の家財道具が次々に牢へと運び込まれ、最後にファララ自身が入ってきて、現在の有り様となったのである。

「・・・ここは牢屋なんじゃないのか?」
「竜騎士団の権限でわたしの私物を持ち込ませてもらいましたー」
「何ゆえにそんな事を・・・」
「この部屋が二人の愛の巣だからに決まってるじゃないですかー」
「・・・・・・」
ファララはその少女趣味のせいで、竜騎士団の中でもとりわけ異色な存在だった。
淡いピンクのフリルに包まれた服で飛ぶ姿は、竜騎士団員と言うよりもエロスの信者にしか見えない。
そのくせ飛行技術は抜群に上手く、竜翼通りの上空で高速バレルロールを披露したり、時には建物の間を縫う様に高速飛行したりと、見た目に違わない奔放な行動を取る事もしばしばであった。
そんな彼女が飛行技術を見込まれて、夜の竜の寝床横町を低空で偵察していた所に、バノッティが跳び上がってきたという寸法である。
そして、運命の悪戯と言うべきか、彼女は「いつか非日常的な場所での運命的な出会いが待っている」という、実に少女チックな夢を公言していた竜だったのだ。
媚薬に浮かされたファララの目に、作戦中に飛び出してきたバノッティがどう写ったかは言うまでもない。
ファララにとって盲亀の浮木、優曇華の花とは正しくこの事であった。

ファララが「運命的な出会い」を見つけたという話は、ファララの夢を生暖かい眼差しで見守っていた同僚達の間をごく短期間の間に駆け巡り、一瞬の戸惑いとファララへの祝福、そして、熱烈な支援体勢の構築という反応を引き起こした。
かくしてファララとバノッティの奇妙な愛の巣は、竜騎士団による全面バックアップの下に作られたのである。

いかにバノッティが脱獄のベテランであったとしても、ファララが文字通り四六時中寝起きを共にしてるのでは手も足も出ない。
「ほらほら、足で掴まれるのもいいでしょー?」
バノッティとファララの長い生活はまだ始まったばかりであり、ファララがどれくらいの期間でバノッティを落とせるかという賭けの行方が、目下の竜騎士団での関心事であった。

18/01/09 22:35更新 / ドグスター
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■作者メッセージ
続きを待っていたという奇特な方。(居たらの話ですが・・・)
お待たせして申し訳ありませんでした。
三人の旅ももう少しで終わる予定となっています。
よろしければ、あともう少しお付き合い頂ければ幸いです。

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