番外:珈琲のある日常[とある珈琲店]
沼田珈琲店
都会の雑踏に埋もれるように、ひっそりと佇む店。
静かな店内で、美しい夫婦が営む、こじんまりとしたカフェである。
これは、彼ら αを取り巻く日常風景。
***
早朝
「カレン。もう朝だよ。ほら。」
男は隣で未だに寝息をたてる女を起こす。
「んん...あとごふん...」
キノコ柄のベッドに潜り込む女。
「...」
はぁ、と、一息。
正直、意外だった。
彼女は普段、隙というものがまるでない。
だから「朝が弱いんだ」という彼女の申告も、マッドハッター流のジョークかと思っていた。
「カレン。お店の準備、遅れちゃうよ。」
「ん゛〜〜〜〜...」
今日も開店は遅くなりそうだ。
***
「こほん。さて、君たち。今日は喜ばしい話がある。」
いつもの口調で、目の前のリビングドール達に朝礼を行う。
「我々の仲間である"カトリーヌ"が、この度結婚することになった。」
ワァー ステキデスワ オメデトウ!
「店を出ることにはなるが、相手はお得意様だ。度々一緒に来店してくれるだろう。改めて、カトリーヌ、おめでとう。」
パチパチパチ
褐色の健康的な彼女は、照れ臭そうに「ありがとう」と答えた。
田沼珈琲店では現在、リビングドール達が従業員として働いている。
一人のリビングドールが、箱いっぱいの人形が入った箱をいくつも持ってきて、「ここに置いてあげて欲しい」と頼み込んできたのだ。
リビングドール達ははじめこそ大勢いたが、接客をしてもらう内に次々夫を捕まえていった。
"元の持ち主"の願望に強くあてられたのか、彼女達は生まれながらにして『甘やかす』技術に長けていた。
主に、仕事に疲れた男性と相性が良いらしい。
仕事合間に寄る客が多い為、必然的に出会いを斡旋するような結果となったのだ。
『私の妹達ですもの、魅力的なのは当然ですわ!』
彼女らの事を"恋敵"と言いながら、心配で何度も店に来るリビングドールを思い出す。
「エリザベス姉さんも、『安心してトシオさんを独り占めできますわ!』って、喜びますね。」
透き通るような黒髪のリビングドール"お菊"は、優しい目をして微笑んだ。
彼女らは、"姉"の独占欲も、恋敵相手に態々頼み込んでまで居場所を作る優しさも、しっかり理解していた。
「さて、今日も沼田珈琲店、開店だ。」
[Close]
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[Open]
***
カランカラン
「いらっしゃい。」
「こんにちはぁ...」
「本日もお変わり無いようで。」
「お邪魔しますね。」
常連となりつつある三名の客
ドーマウス、ショゴス、キキーモラと...
後ろに見慣れない男が3人いた。
「私の旦那様でぇす...」
「お邪魔しまーす。ヨメがオススメだってんで...。モモカ、眠ったままちゃんと金払えてんの...?」
「ははは。ちゃんと頂いているよ。よろしく。」
「ワタクシのご主人様で御座います。」
「渋谷です。いつもショゴスの妻がお世話になっております。」
「おお、貴方が噂の。」
「アッハハハ!どんな噂か怖くて聞けねぇ」
「旦那様です。」
「安藤です。むしろキキーモラの妻にお世話されてます。」
「世話より悪戯の話をよく聞くのは気のせいかな?」
「可愛い子には意地悪したくなるんですよ。」
かくして、夫婦4組のティータイムは幕を開けた。
***
【昔から】
「カレンちゃんと私はぁ...昔からの友達なの...」
「モモカは昔から、よく眠っていたね。」
「カレンちゃんも、昔からお寝坊さんなの...」
「おいおいモモカ。私はそんなことは」
「よーく知ってますよ。」
「こ、こら礼二」
「あさの口癖はぁ...」
「「あとごふん」」
「礼二!」
〜
〜
【完璧?なメイドたち】
「ショゴスのカリアさんと、キキーモラの安藤さんは、やはり完璧主義なのかい?」
「ワタクシ、ショゴスで御座いますから、家事は勿論」ドヤァ
「キキーモラですから、お掃除も完璧です」ドヤァ
「割った食器を身体で誤魔化すクオリティは完璧ですな!」
「一番汚すのは彼女ですがね。」
「」プルプル
「」プルプル
〜
〜
【嫉妬】
「それにしてもッスよ、噂に違わず...」
「イケメンですなー。」
「いやはや羨ましい。」
「...普通ですよ?」
「もっと言ってやってくれ。彼は自覚が無いんだ。」
「以前お伺いした時も、人間の女性に言い寄られておりましたね。」
「それは知らないな。礼二?」
「ヒッ」
「報連相という言葉を知っているかい?」
「(あっ...)」
「(ワタクシ達と同じ目をしている...)」
「カレンもやきもちさん...むにゅ」
〜
〜
【師弟】
「珈琲豆と茶葉、何時ものところに置いておきますね。」
パタパタ
「あの黒髪の子、リビングドールなんでしたっけ?黒髪美女って言葉がぴったりな感じ。」
「黒いワタクシをご所望ですか?」ゴゴゴ
「いや、いや!リビングドールって西洋人形なイメージだったから熱い熱い!」ジュウウ
「私、元は日本人形だったので!髪もいっぱい伸ばせますよー。」ワサァ
「海藻みたいになってるぅ...」
「将来は"お師匠様"みたいな大和撫子になって、未来の旦那様をこの髪で絡めとって...うふふ」
「あ、これ古谷んとこの奥さんのオーラだわ」
「未来の旦那様にげてー!」
〜
〜
【最速の座】
「ドーマウスって本気出したらどのぐらい速いんだ?」
「んー...わかんなぃ...」
「前に見たけど、モモカさんには、うちのタクシーの全力でも追い付ける気がしないなぁ。」
「...ぁ、あの時はおかげさまでトモヤさんを捕まえられましたぁ...」
「いやいやーアッハハハ!」
「ちょっと待って今聞き捨てならない会話が聞こえた気がするんスけど」
「...」
「カリアさん?なんだか顔が(物理的に)青いですよ?」
「い、いえ...。ご主人様のタクシーは出そうと思えば、停止から時速100kmまで4秒で到達するような仕様なので...それで追い付けないモモカ様は一体...」
「それはどっちに怖がれば良いんだい?」
〜
〜
【板挟み】
「カレンさんは怒ると怖そうですね。」
「恐ろしそうで御座いますね。」
「...んー、昔はぁ...どうだったかなぁ...あ。」
「モモカ。」
「ハッハイィ!?」
「昔馴染みだから、な?...きっと、変なことは言わないな?」
「トテモヤサシイヒトデシタ」
「ヨメの目が死んでるっス...」
「過去に何があったんだ...」
「...(カレンは絶対怒らせないでおこう)」
「モモカ様?ワタクシには、教えてくださいますよね...?」ドロリ
「親友なら教えないよな?」ギラリ
「あわわわわわわ」
「ヨメがネズミ取り喰らったみたいな顔に...」
「板挟みだ...」
〜
〜
【あれ?これは...】
妻との恐怖体験
「タクシーで県越えしても追い付かれる、連続20回以上搾り取られる」
「ナンパして犯した癖にぃ...」
「体液で水浸しになるまで全身汚される」
「キキーモラの習性を利用して悪戯なんてするからです!」
「怒りが爆発すると家が火災現場みたいになる」
「ご主人様がポケットに風俗のカードなどお入れになるからで御座います。」
「君たち自業自得じゃないか。」
「よくぞぉ...!」
「言って!」
「下さいました...」
〜
〜
【相互中毒】
「習性...で、思い出しましたけど。カレンさんは紅茶ではなくて、珈琲が好きなのですね?」
「カレン、昔は苦いの苦手だったのにぃ...」
「ん。礼二が挽いてくれた珈琲限定だけどね。」
「ステキな克服の仕方で御座いますね。」
「カレンに中毒性のある紅茶を、濃度を上げながら飲まされ続けた結果が僕です。もう紅茶はカレンのしか飲めません」ヒソヒソ
「なにそれこわい」ヒソヒソ
「ある意味一番怖い人疑惑」ヒソヒソ
「聞こえているよ?」
***
カランカラン
「ありがとうございました。」
「ありがとう。また来てくれると嬉しいよ。」
***
[open]
[ ]
[close]
「いやぁ。彼女らの"普通"の日常話は、不思議の国に負けず劣らず面白いな。」
「旦那さんも個性的な人たちだったね。」
店じまいをしながら、静かな空間で会話をするのが日常だった。
「ふふ。ところで礼二。」
「うん?」
「女性客に言い寄られてたのは本当かい?」
礼二は拭いているカップを落としそうになった。
「い、いや、そこまででは無かったと思うよ?"普通"に対応したよ。」
「何か要求されたのかい?」
「そんな無茶なことは言われなかったよ。メッセージアプリのIDを教えたぐらい...で...」
彼女の目を見て、言葉を続けられなくなった。
笑顔だが。
瞳にはドス黒い嫉妬の菌糸が蔓延っていた。
「そうかそうか。で、その女性はなんと?」
「ふ、"普通"に会話してるだけで」
「な ん と ?」
「ヒッ!?...『今度飲みに行きませんか』とか...誘われるぐらいで...」
「ほーう。それが、君にとって"普通"と言うわけだ?」
「奥さんがいる自分に、変なちょっかいを出す人なんて"普通"居ないんじゃ...?」
「...」
既に出されている事を、彼は自覚していない。
嫌に甘い湿気が、部屋を支配していた。
「礼二。」
「は、はい!?」
「今夜は君の"普通"を、少しばかり修正しようか。」
「少しばかりで済む顔じゃないけど...」
「何か意見があるのかい?」
「い、いや、ない、です...」
礼二は寝室に引っ張られて行く。
「え、今からするの!?お菊達がまだ起きてるよ!!」
「ん。」
彼女が指を指した先に。
『今日は皆でトシオさんの家にお泊まりします。どうかご無事で お菊』
お菊は空気の読めるリビングドールだった。
「あぁ...」
きっと、自分の"普通"は、今より更に彼女寄りに塗り替えられる。
不思議と、危機感は無かった。
彼にとって"普通"は塗り替えられる物
それが既に、彼の"普通"になっていた。
都会の雑踏に埋もれるように、ひっそりと佇む店。
静かな店内で、美しい夫婦が営む、こじんまりとしたカフェである。
これは、彼ら αを取り巻く日常風景。
***
早朝
「カレン。もう朝だよ。ほら。」
男は隣で未だに寝息をたてる女を起こす。
「んん...あとごふん...」
キノコ柄のベッドに潜り込む女。
「...」
はぁ、と、一息。
正直、意外だった。
彼女は普段、隙というものがまるでない。
だから「朝が弱いんだ」という彼女の申告も、マッドハッター流のジョークかと思っていた。
「カレン。お店の準備、遅れちゃうよ。」
「ん゛〜〜〜〜...」
今日も開店は遅くなりそうだ。
***
「こほん。さて、君たち。今日は喜ばしい話がある。」
いつもの口調で、目の前のリビングドール達に朝礼を行う。
「我々の仲間である"カトリーヌ"が、この度結婚することになった。」
ワァー ステキデスワ オメデトウ!
「店を出ることにはなるが、相手はお得意様だ。度々一緒に来店してくれるだろう。改めて、カトリーヌ、おめでとう。」
パチパチパチ
褐色の健康的な彼女は、照れ臭そうに「ありがとう」と答えた。
田沼珈琲店では現在、リビングドール達が従業員として働いている。
一人のリビングドールが、箱いっぱいの人形が入った箱をいくつも持ってきて、「ここに置いてあげて欲しい」と頼み込んできたのだ。
リビングドール達ははじめこそ大勢いたが、接客をしてもらう内に次々夫を捕まえていった。
"元の持ち主"の願望に強くあてられたのか、彼女達は生まれながらにして『甘やかす』技術に長けていた。
主に、仕事に疲れた男性と相性が良いらしい。
仕事合間に寄る客が多い為、必然的に出会いを斡旋するような結果となったのだ。
『私の妹達ですもの、魅力的なのは当然ですわ!』
彼女らの事を"恋敵"と言いながら、心配で何度も店に来るリビングドールを思い出す。
「エリザベス姉さんも、『安心してトシオさんを独り占めできますわ!』って、喜びますね。」
透き通るような黒髪のリビングドール"お菊"は、優しい目をして微笑んだ。
彼女らは、"姉"の独占欲も、恋敵相手に態々頼み込んでまで居場所を作る優しさも、しっかり理解していた。
「さて、今日も沼田珈琲店、開店だ。」
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カランカラン
「いらっしゃい。」
「こんにちはぁ...」
「本日もお変わり無いようで。」
「お邪魔しますね。」
常連となりつつある三名の客
ドーマウス、ショゴス、キキーモラと...
後ろに見慣れない男が3人いた。
「私の旦那様でぇす...」
「お邪魔しまーす。ヨメがオススメだってんで...。モモカ、眠ったままちゃんと金払えてんの...?」
「ははは。ちゃんと頂いているよ。よろしく。」
「ワタクシのご主人様で御座います。」
「渋谷です。いつもショゴスの妻がお世話になっております。」
「おお、貴方が噂の。」
「アッハハハ!どんな噂か怖くて聞けねぇ」
「旦那様です。」
「安藤です。むしろキキーモラの妻にお世話されてます。」
「世話より悪戯の話をよく聞くのは気のせいかな?」
「可愛い子には意地悪したくなるんですよ。」
かくして、夫婦4組のティータイムは幕を開けた。
***
【昔から】
「カレンちゃんと私はぁ...昔からの友達なの...」
「モモカは昔から、よく眠っていたね。」
「カレンちゃんも、昔からお寝坊さんなの...」
「おいおいモモカ。私はそんなことは」
「よーく知ってますよ。」
「こ、こら礼二」
「あさの口癖はぁ...」
「「あとごふん」」
「礼二!」
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【完璧?なメイドたち】
「ショゴスのカリアさんと、キキーモラの安藤さんは、やはり完璧主義なのかい?」
「ワタクシ、ショゴスで御座いますから、家事は勿論」ドヤァ
「キキーモラですから、お掃除も完璧です」ドヤァ
「割った食器を身体で誤魔化すクオリティは完璧ですな!」
「一番汚すのは彼女ですがね。」
「」プルプル
「」プルプル
〜
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【嫉妬】
「それにしてもッスよ、噂に違わず...」
「イケメンですなー。」
「いやはや羨ましい。」
「...普通ですよ?」
「もっと言ってやってくれ。彼は自覚が無いんだ。」
「以前お伺いした時も、人間の女性に言い寄られておりましたね。」
「それは知らないな。礼二?」
「ヒッ」
「報連相という言葉を知っているかい?」
「(あっ...)」
「(ワタクシ達と同じ目をしている...)」
「カレンもやきもちさん...むにゅ」
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【師弟】
「珈琲豆と茶葉、何時ものところに置いておきますね。」
パタパタ
「あの黒髪の子、リビングドールなんでしたっけ?黒髪美女って言葉がぴったりな感じ。」
「黒いワタクシをご所望ですか?」ゴゴゴ
「いや、いや!リビングドールって西洋人形なイメージだったから熱い熱い!」ジュウウ
「私、元は日本人形だったので!髪もいっぱい伸ばせますよー。」ワサァ
「海藻みたいになってるぅ...」
「将来は"お師匠様"みたいな大和撫子になって、未来の旦那様をこの髪で絡めとって...うふふ」
「あ、これ古谷んとこの奥さんのオーラだわ」
「未来の旦那様にげてー!」
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【最速の座】
「ドーマウスって本気出したらどのぐらい速いんだ?」
「んー...わかんなぃ...」
「前に見たけど、モモカさんには、うちのタクシーの全力でも追い付ける気がしないなぁ。」
「...ぁ、あの時はおかげさまでトモヤさんを捕まえられましたぁ...」
「いやいやーアッハハハ!」
「ちょっと待って今聞き捨てならない会話が聞こえた気がするんスけど」
「...」
「カリアさん?なんだか顔が(物理的に)青いですよ?」
「い、いえ...。ご主人様のタクシーは出そうと思えば、停止から時速100kmまで4秒で到達するような仕様なので...それで追い付けないモモカ様は一体...」
「それはどっちに怖がれば良いんだい?」
〜
〜
【板挟み】
「カレンさんは怒ると怖そうですね。」
「恐ろしそうで御座いますね。」
「...んー、昔はぁ...どうだったかなぁ...あ。」
「モモカ。」
「ハッハイィ!?」
「昔馴染みだから、な?...きっと、変なことは言わないな?」
「トテモヤサシイヒトデシタ」
「ヨメの目が死んでるっス...」
「過去に何があったんだ...」
「...(カレンは絶対怒らせないでおこう)」
「モモカ様?ワタクシには、教えてくださいますよね...?」ドロリ
「親友なら教えないよな?」ギラリ
「あわわわわわわ」
「ヨメがネズミ取り喰らったみたいな顔に...」
「板挟みだ...」
〜
〜
【あれ?これは...】
妻との恐怖体験
「タクシーで県越えしても追い付かれる、連続20回以上搾り取られる」
「ナンパして犯した癖にぃ...」
「体液で水浸しになるまで全身汚される」
「キキーモラの習性を利用して悪戯なんてするからです!」
「怒りが爆発すると家が火災現場みたいになる」
「ご主人様がポケットに風俗のカードなどお入れになるからで御座います。」
「君たち自業自得じゃないか。」
「よくぞぉ...!」
「言って!」
「下さいました...」
〜
〜
【相互中毒】
「習性...で、思い出しましたけど。カレンさんは紅茶ではなくて、珈琲が好きなのですね?」
「カレン、昔は苦いの苦手だったのにぃ...」
「ん。礼二が挽いてくれた珈琲限定だけどね。」
「ステキな克服の仕方で御座いますね。」
「カレンに中毒性のある紅茶を、濃度を上げながら飲まされ続けた結果が僕です。もう紅茶はカレンのしか飲めません」ヒソヒソ
「なにそれこわい」ヒソヒソ
「ある意味一番怖い人疑惑」ヒソヒソ
「聞こえているよ?」
***
カランカラン
「ありがとうございました。」
「ありがとう。また来てくれると嬉しいよ。」
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「いやぁ。彼女らの"普通"の日常話は、不思議の国に負けず劣らず面白いな。」
「旦那さんも個性的な人たちだったね。」
店じまいをしながら、静かな空間で会話をするのが日常だった。
「ふふ。ところで礼二。」
「うん?」
「女性客に言い寄られてたのは本当かい?」
礼二は拭いているカップを落としそうになった。
「い、いや、そこまででは無かったと思うよ?"普通"に対応したよ。」
「何か要求されたのかい?」
「そんな無茶なことは言われなかったよ。メッセージアプリのIDを教えたぐらい...で...」
彼女の目を見て、言葉を続けられなくなった。
笑顔だが。
瞳にはドス黒い嫉妬の菌糸が蔓延っていた。
「そうかそうか。で、その女性はなんと?」
「ふ、"普通"に会話してるだけで」
「な ん と ?」
「ヒッ!?...『今度飲みに行きませんか』とか...誘われるぐらいで...」
「ほーう。それが、君にとって"普通"と言うわけだ?」
「奥さんがいる自分に、変なちょっかいを出す人なんて"普通"居ないんじゃ...?」
「...」
既に出されている事を、彼は自覚していない。
嫌に甘い湿気が、部屋を支配していた。
「礼二。」
「は、はい!?」
「今夜は君の"普通"を、少しばかり修正しようか。」
「少しばかりで済む顔じゃないけど...」
「何か意見があるのかい?」
「い、いや、ない、です...」
礼二は寝室に引っ張られて行く。
「え、今からするの!?お菊達がまだ起きてるよ!!」
「ん。」
彼女が指を指した先に。
『今日は皆でトシオさんの家にお泊まりします。どうかご無事で お菊』
お菊は空気の読めるリビングドールだった。
「あぁ...」
きっと、自分の"普通"は、今より更に彼女寄りに塗り替えられる。
不思議と、危機感は無かった。
彼にとって"普通"は塗り替えられる物
それが既に、彼の"普通"になっていた。
19/03/24 09:51更新 / スコッチ
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