連載小説
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超雄の宇宙恐竜 勇者vs救世主
 ――ダークネスフィア――

『余の奥義にして、“この世における最強の一撃”。卑しいその身に受ける栄誉を噛み締め、大いに感謝して逝くがいい!』

 重傷を負って最早動く事もままならぬ竜王バーバラ目掛け、エンペラ一世が投げ落とすは、断罪の一撃【プラネット・デストロイヤー】。

「……ッ!!」

 これだけ傷めつけられた以上、もう逃げる力など残っていない。だが、元々刺し違えてでもこの男を討ち果たす覚悟故、そもそも逃げる気など無い。

「ギュァァァァァァッッ!!!!」

 逃げるも叶わぬ、殺すも叶わぬ、皮肉にも待つのは死のみ。ならば、せめて一矢報いてくれよう。散り様はせめて派手にしてくれよう。
 あの竜は敗れたとはいえ、それは天晴な最期であった。そう後世に語り継がれるような、勇敢な姿を最期に見せよう。
 ――そう覚悟した竜王はその大口を限界まで開ききり、今後の生をかなぐり捨てた、今までで最大の魔力を口内に収束する。

『無駄な真似を……』
「あら、命を懸けた行動を嗤うなんて。かつて世界の大半を手中に収めたという皇帝陛下も意外と無粋なのね」
『ぬ!』
「!」

 突如虚空に響き渡る、艶めかしい女の声。そしてその声に、皇帝も竜王も聞き覚えがあった。

「ひとまず、出力は下げて撃ってちょうだい」
「……ギュイイイイイイアアアアアアアアアアアア!!!!」

 その一言で意図を理解した竜王は、その甲高い咆哮で『了解』と言ったのだろうか。
 相当の大出力には違いないが、生命維持に問題が出ない程度まで威力を下げた光線を上空目がけて放出する。

『やはり生きておったか。もっとも、いくら待てども戻ってこぬから、そのまま無様に逃げ出したのだと思っておったがな』
「ウフフ……ご心配なく。配下を置いて一人おめおめ逃げ帰る真似なんてしやしないわ」

 投げ落とされた光弾、打ち上げられる光線。そしてその狭間、殺し合いの真っ只中に空間転移で現れたのは、ようやく傷を癒やした第四王女デルエラだった。

『成程、一人惨めに逃げ帰るよりは、部下と共に潔く死すのを選ぶと申すか。
 下衆な魔物風情にしてはなかなか殊勝な心がけよ。そこは誉めてやろう』
「残念、死ぬ気は無くてよ!」

 自分は必ず生きて帰る。バーバラも殺させない。
 その意思表示をするかの如く、デルエラはブリリアントカットのダイヤモンドにも似た鏡面結界を展開し、自身の周囲を覆い尽くす。
 そして間髪をいれず、リリムの背後より光線が直撃するも、展開された結界によってそれは吸収されてしまう。

『ほう、潔く死ぬ気かと思っておったが……まさかここで【プラズマ・グレネイド】とはな』
「あら、御存知? じゃあ、私が何をしようとしているのか……分かるわよね?」

 前方より迫る【プラネット・デストロイヤー】もまた、リリムの鏡面結界が同様に吸収し、消滅してしまったのを見た皇帝は、少々残念そうな顔をした。

「まぁ、これ程の魔力なら、この私でも増幅出来る量はたかが知れてるけれどね。でも……」

 そう言いかけたところで、デルエラが大きくその禍々しい配色の目を見開く。それと同時に結界より皇帝に向かって放たれたのは、【プラネット・デストロイヤー】にバーバラの破壊光線を加味し、さらにそれらを二十倍に増幅したという馬鹿げた威力の光線だった。

「それでも貴方が簡単に防げる威力ではなくてよ!」

 とはいえ、そんなものを放っておきながらも、デルエラにはエンペラを殺す気などない。
 彼女の狙いはあくまで皇帝がこの光線を全力で迎撃あるいは防御手段を取り、それによって大きく疲弊させる事にある。
 そして、デルエラは皇帝が攻撃に対して一切の回避行動を取らず、真正面から迎撃する事を確信している。ちなみに、その理由は簡単だ。
 彼は“救世主”としての次元違いの戦闘能力と、皇帝としての矜持を持つが故、自らに立ちはだかる全てのものを見下している。そんな高すぎる自尊心が、敵の攻撃を全て真正面から受け止め、叩き潰すという意外に正直で豪快な戦い方として表れているが、同時に『この程度の攻撃を避けるなど恥』という実に余計な意地を張らせ、いちいち非効率的な戦法を取る事にも繋がっている。

『そうでもない』
「!」

 だが、そう上手く事が運ばないのが現実というもの。リリムの思惑と違い、この程度はまだ皇帝にとって危機でもなんでもなかったのだ。

『目覚めろ!! 【アーマードダークネス】!!』

 伝説のリリムたるデルエラの前でも尚、不自然なほどに沈黙を守っていた暗黒の鎧。だが、主の呼びかけにより、ここでついにその本性を現す。

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』

 暗黒の鎧は金属の軋む音を上げると、今まで封じられていた魔性を解放するかの如く、不気味な赤黒い光を全身より放つ。

『さぁ、吸い尽くせ!!』

 ついに目前へと迫った極太の光線に、皇帝は右掌をかざす。すると、デルエラが吸収した魔力量の凄まじさから二十倍への増幅が精一杯だった破壊光線を、その右手より苦もなく吸い取っていったのである。

「……!!」
「ウソ……」

 その光景を唖然とした様子で見上げるデルエラとバーバラ。
 数十の国家をまとめて滅ぼしかねない一撃、そこへバーバラの光線を加えたものをさらに二十倍へと増幅した光線。魔王とその夫ですら、まともに受けるわけにはいかず、さりとてそう易々とは防げない。
 しかし、あの男はそれを事も無げに右手で掴み、さらには彼の鎧がエネルギーを残らず吸い取ってしまったのだ。

『奥義の一つではあるが、それでも所詮は戯れに放ったもの。たかだか二十倍になったところでは、まだ余の命には届きはせぬ。
 もっとも、余は使える物は出来るだけ使う主義だ。戯れに放った一撃とはいえ、それをわざわざ二十倍にして返してくれるなら願ってもない事。
 せっかくなので、魔力の補充にありがたく利用させてもらった』
「……!」

 デルエラはエンペラ一世だけを見ていたが、それが大間違いであったのを実感する。彼だけでなく、その鎧にもまた注意を払うべきであったのだ。

『だが、戯れに放ったとはいえ、それでも大陸一つでは収まらぬほどの破壊力があった技であるのは事実。それを撃ち返してきたのは意外だった故、そこは評価しよう。
 おかげで、そこの“オオトカゲ”を殺し損なった』

 とどめを刺し損なったがいつでも殺せるほどに弱らせたためか、エンペラ一世の関心はもうバーバラには無い。今彼が注視するは、再び現れた魔王の四女である。

「あら、今度は私にお熱かしら?」

 お強い殿方の熱い視線を受け、ポッと頬を染めるデルエラ。
 このリリム、いや魔物娘にしてみれば、男から熱い視線を注がれる事は願ってもない事。例えそれが悪意や殺意だとしても、どうせ後で性欲に変わり、さらには愛に変わるからだ。
 魔物娘の恋愛事情は人間と比べて特殊だ。即ち、夫婦の馴れ初めが殺し合いである事はよくある話なのである。

『ああ、殺したいぐらいにな』

 けれども、その剣呑な返事からして、残念ながらどんな魔物娘でもこの男相手では恋愛に発展させられそうもない。
 最早魔力も魅了も必要ない、この世のものとは思えぬほど官能的なデルエラを前にしても、この男の顔には冷たく、そして悪辣な笑みが浮かんだままであるからだ。

(…妙だわ。いくら魔力耐性がケタ外れだとしても、人間である以上性欲があるはず)

 初めは嬉しく思ったものの、エンペラ一世の異常なまでに冷めた様子に疑問を覚えるリリム。
 彼はデルエラへ大いに関心を示すが、それは肉欲でなく、あくまで敵意、悪意、殺意である。しかし、リリムを前にしても尚それしかないのは異常に過ぎる。
 確かに彼は魔王と比肩するという“救世主”故、圧倒的な魔力耐性を持つのやもしれぬが、そもそもリリムほどとなれば、もう魔力や魔術など使わずとも、その美貌だけで虜に出来る。故に魔力耐性云々という話自体がナンセンスで、故に問題とすべきは彼の精神、感性だ。
 輝く月も大いに恥じらい、魂まで虜とするようなリリムの美貌。それを前に何の劣情も抱かぬなど、はたして彼は一体どういう精神性の持ち主なのか。

「貴方、男色家なの?」

 そして、似つかわしくない不満気な顔で、デルエラは頭へ真っ先に浮かんだ疑問を晴らすべく、皇帝を問いただす。

『…急に真顔になったと思ったら、いきなりくだらぬ質問だな』
「いいえ、そうでもなければ説明がつかないもの」

 まさかそんな風に疑われるなど思ってもみなかったらしい。皇帝の顔は冷笑から一転、今度は苦虫を噛み潰したような表情へと変わる。

『そういう趣味はない』
「そう、良かったわ」

 皇帝とは逆に安堵したのか、デルエラは大きく溜息をつく。

「ならば、付け入る隙はあるという事だものね」
『悪い女だな』
「?」
『貴様等が惑わすのは、将来夫になるであろう男だけと聞く。そうでない余を惑わして良いのか?』

 しかし、そんな彼女を皇帝は鼻で笑うと、感じていた矛盾点を指摘した。

「そう言われると辛いわね。けど、私自身その気はなくとも、貴方が私達への魅力を気づいていただくきっかけにはなると思って、あえてさせてもらうのよ」
『案ずるな。それはない』

 デルエラがしなを作って微笑みかけるも、エンペラ一世は理性を失わず、さらにきっぱりと断言する。

『余が愛した女はこの世でただ一人。如何に貴様等が媚びを売り、手練手管に長けていようと、これは覆らぬ』
「あら!」

 そして続けられた皇帝の宣言に、デルエラは驚きの声を上げる。

「話には聞いていたけど、まさか本当のことだとはね。
 貴方のような立場の人なら、普通は多くの愛人を囲っているものだから」

 意外や意外、かつて世界の七割を支配し、権勢を欲しいままにした男が愛した女はたった一人だという。
 人類史上、権力者が跡継ぎを絶やさぬため、あるいは自身の性欲を満たすために後宮やハーレムを作るのは最早当たり前にもかかわらず、だ。
 そして皮肉にも、それは彼が敵対するデルエラの両親と同じだった。妙な共通点だが、唯一彼女の親と似通った点だからか、そこだけはデルエラも親しみなり感心なりを覚えた。

「そして、だからこそ気になるわね。貴方にそこまで言わしめるとは、どれほどの美人? それとも余程気立ての良い女なのかしら?」

 エンペラ一世にそこまで言わしめるとは一体何者なのか、このリリムとしては大いに気になるところである。

『貴様に聴かせるつもりはない。在りし日の思い出が穢れる』

 茶化すリリムにそう断りつつも、妻と過ごした日々を思い出してしまったのだろうか。男はどこか悲しげな素振りを見せる。

「……ごめんなさい。無粋な物言いだったわ」

 深い悲しみに満ちたその表情は、まさに心から愛する者を失った顔。それに気づいたデルエラは茶化した事を恥じ、心から詫びたのだった。

『やめろ!』

 だが、謝罪したのはかえってまずかったらしい。同情されたとでも思ったのか、そしてそれが彼のプライドを傷つけたのか、悲しみに満ちた男の顔は憤怒の形相へと変わる。

『貴様等に同情されるほど落ちぶれてはおらぬ!』

 八つ当たりじみた理不尽な怒りを晴らすため、エンペラ一世は血まみれで這いつくばるバーバラとデルエラに双刃槍を向ける。

「…残念だわ。貴方が魔物娘に誘惑されないのは、救世主とか皇帝だからとか、そんな理由じゃない。
 貴方のような人でも、かけがえのない人がいた。そして、その人が亡くなった後でも変わらず愛し続けている。
 だから、その人への愛で満たされた貴方の心には、私達の入り込める隙間など無かったという事」

 戦いは不可避と悟り、目を瞑って大いに嘆息するデルエラ。
 初めこそ彼女はエンペラ一世に魔物娘との婚姻、さらには肉欲にまみれた交わりを勧める気でいた。しかし、彼の心には今も亡き妻が居るのが分かって彼を見直すと共に籠絡は諦めたが、デルエラはそれでも満足し、むしろ称賛すらした。

「私達の誘惑をも跳ね返す、深くて、健気で、綺麗で、美しい愛。それが理由だと分かって嬉しかったのに」

 魔物娘こそ受け入れなかったが、彼が心に秘めた、妻への健気で美しい愛を知ることが出来たのだ。
 そんな彼に後添えを勧めるのはあまりに無粋。残念ながら諦めざるをえなかったが、美しい愛を知り、さらには凶悪で残忍冷酷と思われた彼の中にも人間らしい感情があったのを知れただけでも価値があった。

「確かに私達は敵同士。でも、きっと分かり合えるはずよ」
『心にもない事を申すな。人間と魔物は太古より殺し合ってきた。そして、それはこの先も変わらぬ!』

 しかし、エンペラ一世はその唯一の温かい感情を押し殺し、人と魔物の融和の可能性を断固として否定する。

『だが、その因縁ももうすぐ終わる。魔物が滅びれば、人間が貴様等に惑わされ、虐げられる事も無くなる!』
「でも残念。お互い滅びず、共存共栄する道を私達は見出したのよ?」
『おお、聞き及んでいる。そして、その内容を知り、やはり貴様等とは相容れぬ事が解った!
 人と魔物の統合――確かに斬新で、神と教団に絶望した者からすれば魅力的やもしれぬ。だがしかし、其奴らは取り込まれる事の恐ろしさを解っておらぬ!
 貴様等と交わり、魔力によって取り込まれて作り変えられた者はもう人間ではない。男は肉体も魔力も魔物に近づき、女にいたっては貴様等そのものに変わってしまう。
 それが統合だというのか!? “吸収”の間違いではないのか!!』

 さらに、七戮将達の抱いていたのと同じ疑念をデルエラへと突きつける。

「貴方達にはそう見えるのね…」
『左様。もっとも、かつての貴様等らしくない狡猾なやり方だとは思うがな』

 気に入らぬし許せぬが、上手いやり方ではあるとは皇帝も認めざるをえない。
 魔物が人類を滅ぼそうとした事は数多いが、その度に救世主、あるいは勇者が立ちはだかった。結果、魔物がそれを成し遂げられた事はなく、未だ人類は生き残っている。
 そして、魔物達も力押しでは駄目だとようやく学んだのだろう。今度はやり方を変え、人類を最終的に消し去ろうとしている……と皇帝は考えている。しかし、そんな考えがそのまま透けて見えるのだろうか、デルエラは悲しそうに彼を見つめたのだった。

「……これ以上話をしても無駄なようね。いいでしょう、皇帝陛下の御心のままに」

 最早戦いは避けられない、と覚悟を決めるデルエラ。そして、皇帝はそんなリリムを虚仮にし、手に持つ双刃槍へ魔力を纏わせるのだった。










 一方その頃、デルエラと別行動を取っていた魔物娘達にもまた危機が迫っていた。

「ちょっと! どうにか加勢出来ないのかい!?」
「このままじゃ、うちらは何のために来たのかって事になるじゃん!」
「ええい、ちょっと待て! 今探ってるから!」

 顔にあるその大きな単眼を用いた千里眼の術で主の様子を探るゲイザー。しかし、傍らに立つ同僚の魔物娘達がうるさく急かすため、集中力が乱されていた。

「早く!」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! ぎゃあぎゃあ喚くなぁぁぁぁぁぁ!!」

 あまりに外野がうるさいため、ついに激昂して怒鳴り出すゲイザー。そのまま他の魔物娘に掴みかかり、乱闘を始める。

「フヒヒ、チのケがおおい☆ それじゃぁ、ダンナさまにもアイソつかされそうだねっ☆」

 そんな同僚達を鼻で笑うファミリア。魔術に長けた彼女の種族からしてみれば、周りがうるさい程度で集中力が乱れるなど魔術師としては下の下、見習いも同然である。

「マワリはやくたたず。なら、ここはワタシにオマカセさっ☆」

 殴り合うゲイザーの代わりに千里眼の術を行使するファミリア。彼女の星形の両眼に、主たるデルエラの様子が映し出される。

「うんん? これはマズいマズい☆」
「「「「「「「「なにっ!?」」」」」」」」」

 ファミリアの実況に反応し、苛立っていた魔物娘達は慌てて集まってくる。

「アイツヤバイ。デルエラさまとゴカク☆」
「えっ! デルエラ様とまともに戦えてるってのか!?」

 信じ難い報告をするファミリアに、仲間達は色めき立つ。
 かつてのレスカティエを一夜で陥落させた際も、主たる要因はデルエラ自身の魔力と術だった。そんな彼女相手に精神を乱されず、戦いを挑める者がまだいるというのか。

「いや、“あの男”なら出来る」

 しかし、ふざけた使い魔のふざけた報告を、傍らに立っていたヘルハウンドは神妙な顔で肯定する。

「最初から魔物娘だった世代は実感ねーだろーが、あいつが先代の陛下と互角に戦ったって話はマジだ。
 いくらデルエラ様といえど、本気でかからなきゃマズいだろーな…」
「フヒヒ、でもしんぱいないよ☆ デルエラさまにかてるヤツなんていないのさっ☆」
「そ−そー」

 しかし、実況をしたファミリア本人はケラケラ笑うように、大抵の者はかなり楽観的だった。これはもちろんデルエラへの絶大な信頼あっての事である。
 如何に今が互角であろうとも、皇帝がやがてデルエラに屈するのは最早疑いようがない。

「んー、まあそれはマジだけど」
「でもさ、それはそれでいいんだけどさ。だったらウチらって何よ?」
「『戦いは数だよ姉貴!』……てのは冗談だけどさ。ぶっちゃけデルエラ様一人だと勝った時に、敵の連中が惨めだし、女が一人しかいないっていうのはダブルで可哀想だろ?
 それに男の分配の時に未婚の連中を改めて呼ばなきゃなんないから結局手間じゃん?」
「まぁ、それもそうか。うちらとパコリたい敵さん待たせんのも悪いしねー」
「しかも相手は世界最大最強と呼ばれたエンペラ帝国軍! 強いオスが選り取りみどり!」
「そんな事言わないで! ここは荒野なのに私のお股の下だけ大洪水になっちゃう!」
「あぁん、考えるだけでクリちゃん勃っちゃう♥」

 ダークネスフィアは外からは割と楽に入る事が出来ても、逆に中からの脱出は困難極まる。
 けれども、それを理解していながら、彼女等は至極楽天的だったが、これもデルエラへの深い信頼があるからこそ成せる事なのだろう。
 …だが、その能天気な空気も――

「ぎゃあぁ!!」

 ――彼女等の内の一人が、見えない何かによって突如細切れに切り刻まれるまでの事だった。

「な…何だァ!?」
「敵襲か!」

 長い間放置されていた故か、つい忘れがちであったがここは敵地。そしてさらに肝に銘じておかねばならぬのが、『敵はエンペラ一世だけではない』ということか。

『キシュシュ! 黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって!』
『グルルルル! クズ以下のクソ下等生物とはいえ、テメェらには危機感ってものがねぇのか!? 敵地でも馬鹿みてぇにくつろぎやがって!』

 そして、犯人はすぐに現れた。凶行から程なくして、空間を叩き割ってやって来たのは“エンペラ帝国軍”。

『キシュシュ! だが、気分がいいから許してやる! なにせ、俺達が一番乗り!!』

 エンペラ帝国軍爆炎軍団・ディノゾール隊隊長
 “無影斬”ディノゾール・リバース

『あぁ。思う存分、戦争(ケンカ)ができるからなァ〜〜っ!!』

 エンペラ帝国軍爆炎軍団・ブラックキング隊隊長
 “悪逆の用心棒”ブラックキング・リルカスタ

『『『『『『『『爆炎軍団、参上!!!! 鏖で夜露死苦ゥ!!!!』』』』』』』』

 それも帝国軍中最大規模を誇った、デスレム配下の燃える喧嘩屋集団“爆炎軍団”であった。

「ようやくお出ましかい! 待ちくたびれたよ!」
「フヒヒ☆ このみのオスがいるといいなっ☆」
「ウヒョー! 入れ食いだぁぁ♥」

 ディノゾール、ブラックキングを筆頭に16隊、総勢は三万人ほど。これはデルエラが連れて来たフリドニア攻略軍と同じぐらいの数である。
 しかし、いつもと違うのは彼等があのエンペラ帝国軍であるという事。なにせ、隊を率いる隊長のいずれもが、戦場でこれでもかというほど悪名を馳せた虐殺者、あるいは“魔物殺し”であるからだ。
 しかし、魔物娘達もまた怯まなかった。それどころか、仮に全員が未婚であろうとまんべんなく行き渡るほどの強者の群れの出現にむしろ興奮し、猛り狂ったのだった。

『グルル……相変わらずふざけたヤツらだぜ! ブッ殺される未来が見えてねぇらしい!』
『キシュシュシュシュ……なぁに、かまやしねぇよ! 死ぬ間際にどうせ後悔する!!』

 同規模の軍勢、それも世界最強と恐れられたエンペラ帝国軍と対峙しても魔物娘達が全く怯まない事にブラックキングは憤るが、ディノゾールは気にしなかった。どうせ、死ぬ時に否が応でも嘆くからである。

『まぁ無駄話はここまでにして……さっさと殺し合おうぜ売女ども!』
『グルルルル! 俺達はお前等を燃やしたくてウズウズしてるんだ!』
「わああああああ!!??」
『『ん!?』』

 対峙する爆炎軍団とフリドニア攻略軍。しかし、油断なく敵の動きを注視していたレスカティエの精鋭の背後より、突如極地の寒波に等しい冷気が吹き荒び、触れた者を悉く凍りつかせたのだった。
 それと同時に、ブラックキングの背後にいた通信兵のモバイルクリスタルが甲高い音を鳴らし始める。

『隊長、通信が入っております!』
『ん、どこの隊だ!?』
『氷刃軍団のマーゴドン補佐からです! これよりお繋ぎします!』

 通信兵がクリスタルを拡声モードへと切り替えると、途端に相手がけたたましい声でがなり立ててくる。

〈パゴオー! 独り占めはさせんぞ!〉
〈そうよー! ここはうちらに譲ってなぁ♥〉

 爆炎軍団の位置の反対側、魔物娘達の軍勢の背後より、そのまますぐに空間を突き破って現れたのは、常にエンペラ帝国軍の先陣を切って戦ってきたグローザム配下の殺戮集団。

〈それに先陣はいつも氷刃軍団が行うのが慣例となっていたはずだ!〉

 エンペラ帝国軍氷刃軍団・軍団長補佐・マーゴドン隊隊長
 “永久凍土の破壊王”マーゴドン・エドマ

〈そうよー! 真っ先に獲物にありついて殺していいのはうちらなのよー!〉

 エンペラ帝国軍氷刃軍団・スノーゴン隊隊長
 “雪山の女怪”スノーゴン・アラス

 無慈悲なる氷の精神を持った“氷刃軍団”である。

『グルルルル! こんな時に…!』
『ああ……』

 氷刃軍団、それも軍団長補佐のマーゴドンが現れたと知った途端、ディノゾールとブラックキングは顔をしかめる。

〈そういうわけで、ここは俺達に譲りな!〉
『『イヤです』』
〈何ィ!〉

 肩書通り、マーゴドンはこの二人より地位は上であるため、後から到着したにもかかわらず理不尽な要求をしてきた。しかし、それが腹に据えかねたのか二人は即座に断ったため、逆上しだす。

(脳筋とオカマが! 横取りはさせねぇ!)
(手柄を挙げちまえばこっちのもんだ!)

 敵を放置して言い合いになどなれば、手痛い反撃を喰らいかねない。しかも今ちょうど皇帝もこのダークネスフィアにいるため、下手をすればすぐに状況が伝わりかねず、仲間同士の諍いのせいで負けたとなればその怒りを買うのは必至。それだけは避けたいと爆炎の二人は考えていた。
 それに幸い、こういうパワーハラスメントを皇帝は嫌っているので、評定は爆炎の方が有利である。
 即ち、爆炎軍団がマーゴドンの制止を振り切って魔物娘を皆殺しにしたところで、なんら責められるいわれはないという事だ。

『いくぞディノゾール!! 脅されてもここは譲れねぇ!』
『おうおう! 爆炎軍団の喧嘩屋根性、下等生物どもへ見せてやろうぜ!』
『平隊長がナメた真似を! さっさと殺ってこっちの手柄にするぞ、スノーゴン!』
『あいよ〜! みんな氷漬けにして、城に飾るオブジェにしてあげましょうね〜!』

 前門の爆炎、後門の氷刃。しかし、それでも尚魔物娘達は怯まない。

「なにアンタ達が必ず勝つ見たいなこと言っちゃってくれてるワケ?」
「身の程知らずは恐ろしいよねー」
「フヒッ、フヒッ、フヒヒヒヒ☆」

 場に充満するは殺気ではなく、肉欲と魔力である。己等を上回る数の屈強な男達が殺到した事で発情してしまった彼女達の身体からは甘く、濃厚な芳香を漂わせ、さらにはそれと同量の魔力もまた含まれていた。
 そして個々人の態度もまた様々であるが、嫌悪や怒り、悲しみを見せる者はいない。
 先ほどまで殴り合っていたゲイザーは今や殺気を失い、代わりに目玉の付いた触手から多量の黒い粘液を垂らしながら爆炎軍団を凝視している。それだけなら不気味極まりないが、彼等の中に好みの男がいたらしい。股間からは透明な汁を多く滴らせ、大きな単眼を細め、可愛い顔をまるで客に媚びる娼婦の如き淫猥な媚笑へと変えている。
 殴り合うゲイザーの代わりに千里眼の術を行使し、デルエラの行動を実況したファミリアは、星の模様が浮いた瞳を通常時以上に爛々と輝かせて尻尾を振り、息を荒くしながら自らの主人になりえるような好みの男性を探している。
 エンペラ一世の恐ろしさを忠告したヘルハウンドも、今はそんな冷静さを一切感じさせることはない。
 自らが屈服させるに足るオスをただならぬ様子で遠目から探り、さらにはそのオスを無理矢理犯すような破廉恥な妄想をし、口からは大量の涎を、そして膣口からも下に水たまりが出来そうなほどの愛液を垂れ流している。
 そして、他の魔物達も皆同じように男達の匂いに当てられ、各々性欲が前に出だす。ケンタウロス、リザードマン、ラミア、マンティス、ソルジャービートルなど比較的冷静な魔物娘は多少息遣いを荒くし、頬を紅潮させるに留まっているが、オークやミノタウロス、サラマンダーなどは既に好みの男を探し始めるに至るも、それでもまだ貞淑な方だ。なにせサキュバス属などに至っては男達を誘惑するかの如く自慰行為を始める者すらいたからだ。

『キシュシュシュシュ! さすが売女集団、戦場でも破廉恥極まりない!』
『だが、俺達相手には無駄なこった! いつも通り魔物どもの死体の山が出来るのは変わらねぇ!』
『パゴオー! エンペラ帝国軍は嫌々戦わされている、そこらの弱兵どもとはわけが違うぞ!』
『憎しみ! 恨み! 無念! そして夢と理想、誇りと決意! 全てを抱いて四百年以上! アタシ達は絶え間なく己の武器と技を磨き続け、今再びアンタ達を殺しに来た!』

 人間を惑わす魔物娘の色香。彼女等を見て欲情せぬ者はおらぬというほどに、それは強いものだ。けれども、極々稀に例外はある。

『誘惑はせいぜい一時、それじゃあ四百年以上貯めこんだ怨念とは釣り合わないわよ!
 色気で帝国軍を誘惑したいんだったら、その一万倍は持ってらっしゃい!!!!』

 四百年以上も抱き続けた怨念に、如何に官能的といえど、たかが一時の誘惑では心乱される事はない。
 かつての旧魔物時代から彼等が魔物に抱き続けた憤怒、憎悪、怨念はあまりにも強く、沸き上がる一時の肉欲程度では忘れ去る事はないのだ。

『グルルルル! さぁテメェら、楽しい戦争(ケンカ)の始まりだぜ!!』
『キシュシュシュシュ!! 存分に殺してきな!!』
『『『『『『『『うーっす!!!!』』』』』』』』
『パゴオー! さっさと奴等の首を刎ねてこい!!』
『獲った首は凍らせてから全部魔王に送りつけるのよ!!』
『『『『『『『『はっ!!!!』』』』』』』』

 かくして、魔物娘達は一番苦手とする『色香に惑わされない敵』と戦う事となった。










『ふっ。奴らめ、痺れを切らしたようだ』
「くっ、こんな時にもう!」

 重傷を負ったバーバラと交代し、再びエンペラ一世と戦うデルエラ。しかし、配下の魔物娘達が敵の襲撃を受けた事を悟り、集中力が乱され、その美しい顔を顰める。

『貴様の配下もついでに余が始末してやってもいいのだが……可愛い部下どもにも武功を挙げる機会を与えてやらなくてはなァ』
「あらあら残念、私が連れて来たのは魔物娘の中でも精鋭中の精鋭。例えエンペラ帝国軍相手でも遅れを取る娘達ではなくってよ!」

 そう皮肉りながら、デルエラは左腕に出現させた数本の粘液を滴らせる黒い触手を鞭のように振り下ろし、それをエンペラ一世が双刃槍の柄で受け止める。

「隙アリ」

 唸りをあげるは、デルエラの右脚。先ほど皇帝を成層圏近くまでかち上げた、暴虐の一撃【成層圏脱出☆デルエラ式サマーソルトキック】がエンペラ一世目がけて迫り来る。

『唸れ! 【エンペラインパクト】!!』

 しかし、先ほどはリリムの実力を確かめるためにわざと受けてやったにすぎない。それを示すかの如く、左手よりの衝撃波を迫る彼女の右脚に叩きこみ、迎撃する。

「〜〜〜〜ッ」
『………………』

 デルエラの右脚とエンペラ一世の左手は全くの互角だったが、それも途中まで。最終的には“男と女の差”というものか、デルエラが押し負ける。

「あうっ!」

 槍に絡ませていた触手が引き千切られ、リリムはそのまま地面に叩きつけられた。

「!」

 しかし、そこでさらに皇帝は追撃を加える。リリムのすぐ真上に跳び上がると、大上段にかまえていた槍をギロチンの如く振り下ろす。

『刎ねろ【ヴァリアブル・スライサー】!!』

 慌てて横に転がるリリムの真隣で、大地が魔力の斬撃によって引き裂かれる。

「イカれてるわ…!」

 上半身を起き上がらせた際に目に入ったのは、地平線の先までものの見事に真っ二つにされた荒野。さらには裂け目の底が見えず、最早これを斬撃と呼ぶべきかすら分からないほどの威力にデルエラは戦慄する。

『そうでもない』
「!!」

 驚愕は僅かな隙を作る。いつの間にか皇帝がデルエラの目前に現れており、その美しい顔を覗き込んでいた。

『最後には“神”を相手取るのだ。それぐらい出来なくてはな』

 そう告げると、その目つきが一層鋭く、そして冷たくなる。

(な、何よ……コレは…)

 その途端、デルエラの全身から力が抜ける。さらには彼女の足が急にもつれ、立っていられなくなって地面にへたり込んでしまう。

(魔術……いえ、呪い……魔眼…?)

 やがて、口も動かなくなる。辛うじて鼻から呼吸が出来るため、窒息こそしないが、全身の筋肉が弛緩し、さらには思考力が低下してぼんやりする。
 例えるなら、脳震盪によって失神する直前の状態に似ていた。

『やり方は単純。その者の姿を思い浮かべ念じれば、このようになる。その者を前にすれば尚やりやすい気はする』

 抽象的なせいか、自身の能力ながら皇帝も詳しく説明が出来ないらしく、あまり要領を得ない。

『面白い事に、脳の構造はリリムも人間とほぼ変わらぬようだな。肉体にはダメージを負っていないのに、脳の一部を刺激されただけでこのザマだ』

 本人も詳細は理解出来ていないが、どうやら脳を刺激する能力のようだ。いくらリリムであっても、さすがに脳まで強靭な物質や構造で出来ているわけではない。
 あるいはデルエラが全身が流動質のスライムや、そもそも物質的な肉体を持たないゴーストであったのなら、こんな醜態は見せなかったのかもしれない。
 しかし、そうであっても結局は別の手段で皇帝に殺されていたのだろうが。

「う……う…」

 呂律が回らず、ひっくり返って震えるばかりのデルエラ。その姿にはかつてレスカティエ教国を一夜で陥落させたリリムの面影はどこにもない。

『こうなってしまっては、さしものデルエラも可愛いものだ』

 エンペラ一世はしゃがむと、デルエラの顔を覗き込む。だが、相変わらずその顔には魔物への嫌悪感と、そして死にゆく愚か者への嘲りが浮かんでいた。

『しかし、貴様は誇りに思っていい。余は普段こんな真似はせぬのだ』

 とはいえ、デルエラに対しては基本的に挑発的・侮辱的なスタンスだったエンペラ一世だが、彼女の戦闘能力だけは内心高く評価していた。
 相性も最悪だと認識しており、まともにやり合えば相当の苦戦は免れなかったであろう。だからこそ、このような騙し討ち同然の手段を用いたのである。

『初めは正面から叩き潰し、己の無力さを嫌というほど分からせて絶望させてから殺そうと思うておったが、なかなか上手くはいかぬ。
 光線だろうと衝撃波だろうと、避けるなり防ぐなりするだろうからな。いくら強力な攻撃であろうと、当たらねば何の意味もない』

 【プラネット・デストロイヤー】すら防いだ、このリリムの能力は脅威であった。他にも奥の手はあるが、部下どもが大挙して押し寄せてきた以上は彼等ごと巻き込みかねず、デルエラの実力的にはまた防がれる可能性がある。
 このように、命中率に不安があった。ならば、多少汚い手段を用いても絶対に躱されないようにすればいい…と皇帝は考えたのだ。

『だったら避けられないように、防がれないようにすればいい。そして、この状態なら簡単に出来よう』

 エンペラ一世は立ち上がると双刃槍を大上段に構え、強力な魔力を纏わせる。

『だが、安堵いたせ。刎ねた首は其の方の親元へ送ってやろう』

 彼なりの最期の慈悲なのか、動けないデルエラにそう告げるエンペラ一世。しかし、デルエラから辛うじて窺えるのは、それに対する感謝は無さそうであろうという事。

『では、さらばだ!』

 それでも首元に振り下ろされる刃に対し、デルエラの出来る事は目を瞑るのみだった。

『ぬ!?』

 しかし、振り下ろされたはずの刃は別の何かに当たって跳ね返される。

「あ〜あ、僕の娘にこんな真似をしてくれて。いくら皇帝とはいえ、御無体が過ぎるのではないかな?」

 デルエラの首が刎ねられる寸前に、双刃槍の柄をロングソードで受け止めた男。そして、その柔和な笑顔はデルエラのよく知る顔だった。

「お……とう……さ…ま」
「娘よ、後は僕に任せておけ」

 現れたのは魔王の夫にしてデルエラの父、勇者エドワード・ニューヘイブンその人であった。

『これはこれは…』

 この精悍な青年との面識はないが、全身より漂う圧倒的なオーラによって誰か分かったらしい。
 警戒した皇帝は飛び退き、間合いを取ったのを見たデルエラは安堵し、気を失った。

「お初にお目にかかります皇帝陛下。エドワード・ニューヘイブンと申します、以後お見知り置きを」
『其の方が魔王の夫か。ようこそ、我がダークネスフィアへ』

 恭しく挨拶するエドワードにエンペラも一応の社交辞令で応えるが、両者の間の空気は見事に冷えきっていた。
 もっとも、エドワードからしてみれば娘の首を刎ねようとした者に好意など向けられるはずもなく、エンペラの方にしても処刑を邪魔されたので面白くはないのは当然である。

『で、何用かな?』
「娘への援軍としてやって参りました。そして貴方を倒せれば、なおのこといい」
『ほう…』

 皇帝である己を倒すつもりだというのが腹に据えかねたらしい。エンペラは再び手に持つ双刃槍に強烈な魔力を纏わせる。

『貴様も死に急ぐのか?』
「僕は死なないし、デルエラもバーバラも死なせないさ」
『成程…しかし、余としては貴様に長生きされても困る。なにせ愚かにも、貴様は魔王を妻とし、さらには奴に精液(タネ)を与え、無数の子を孕ませた。
 その愚行、エンペラ帝国の皇帝として、そして“救世主”として見過ごすわけにはいかぬ…』
「僕は妻の手助けをしているだけだ」
『あれが普通の女だったら、余も何も言わぬのだがな。だが、まだ遅くはない。その罪を少しでも贖う方法はある』
「是非お聞かせ願おう。その気はないが、方法が何かは興味がある」

 問答の最中、エンペラはエドワードの人類に対する裏切りを贖わせる方法を知っているとのたまう。勇者もその気はないが、興味はあるのであえて聞いてみる事にした。

『簡単な事だ。余に降れ』
「何だ、そんな事か。わざわざ聞いて損をした」

 しかし、いざ明かされた方法があまりにもお粗末でくだらない。そのため、エドワードは渋い顔で吐き捨てた。

『国の二つ三つぐらいなら任せられると思うたが……興味は無さそうだな』
「当たり前だよ。今の時点で魔王軍は大陸をいくつも制覇している」

 かつてのエンペラ帝国に匹敵する規模で、魔王の勢力は急速に拡大している。
 そんな彼が今更帝国に寝返り、国を二つ三つ得たところで一体何になるというのだ。

「それに君もそんな気は無いだろう?」
『ほう、さすがに分かるか』

 皇帝にはそもそもエドワードを傘下に加える気などさらさら無い。ただ冗談半分で聞いてみただけだが、それはこの勇者も分かっている。

『裏切ると分かっている輩は、いくら強かろうと賢かろうとも要らぬわ。生前、エンディールの奴に叛かれた件で懲りたのでな』
「ごもっともだ。そこは言い返せない」

 苦笑するエドワード。彼は人を裏切り、神を裏切り、魔に寝返った。だからこそ、もう二度と裏切らないと誓っている。

「だからこそ、もう裏切る気はない。妻と娘達の想いを踏みにじる真似は出来ないよ」
『二度裏切ったのだ、三度目も大して変わるまい。
 余の所には行かずとも、また神や人が恋しくなるやもしれぬぞ』
「現在の居場所が、今までで一番居心地がいい。だから、もう離れたくはないのさ」

 このようにエドワードの決意は固かった。いくら誘おうと応じる気配はない。

『やはりな。貴様が余の敵であるという事実は覆せぬようだ』

 故に皇帝は嘆息し、“敵”となったエドワードを改めて見据える。

「お互い譲れぬ立場、そして信念や夢がある。
 しかし君の夢が叶うなら、僕の妻の夢は叶わない。悪いが、全力で妨げよう」
『是非もなし。存分にかかってくるがよかろう』
「だが、その前に二つお願いがある」
『よかろう、申してみよ』

 エンペラ一世は寛大であると自認する男。多少の願いならば、聞いてやる度量はある。

「先ほどのような小細工は使ってくれるな。貴方はエンペラ帝国皇帝、それをわざわざ自ら貶めるようなもので見ていられない。
 そしてもう一つは娘とバーバラ、貴方の部下と交戦している部下達に手を出さない事。その代わり、私も貴方の部下に手を出さない事をここに誓おう」
『成程、お互いに気兼ね無い決闘を望むわけか。だが、貴様等に一方的に有利で余には得ではない』

 しかし、その願いは残念ながら叶う事は無さそうであった。正直、エドワードの申し出はエンペラにとって益は薄い上、逆に勇者の方だけが有利だったからだ。
 まず、仮に今交戦中の氷刃と爆炎軍団が劣勢に陥った時、救援に行けない。エドワードも手を出さないとはのたまうが、あくまで彼だけであってデルエラとバーバラは含まれていないため、彼女等は逆に問題なく手を出せる。
 さらに小細工を使うなというのは一見正論のように聞こえるが、そもそも皇帝は『殺し合いに汚いも何もない』と考えている。
 正々堂々と戦うのは確かに誇り高く素晴らしい事だが、かつて戦っていた魔物どもにそんな真似をする輩は全くいなかった上、使える手段が使えなくなって負けたのでは元も子もない。

『せめて貴様の娘とあのオオトカゲにも手を出させないようにはしてもらわぬとな』
「…承知した」

 エドワードは頷くしかなかった。有利な条件で戦いたかったが、さすがに虫が良すぎたため、エドワードは皇帝の改案を呑まざるをえなかった。

『そして貴様の提案を受け入れた以上、余も小細工は使わぬ。
 皇帝として、今代の救世主として、貴様を正々堂々処刑しよう!』
「貴方らしい言い方なのだろうが……せめて戦いと言って欲しい」

 敵は全て下衆、下郎。故にこれは決闘でなく誅伐、あるいは処刑という表現が相応しい。
 そんな傲岸不遜極まりない宣言にエドワードは気が抜けるが、それでも本気でやらねばならぬ相手であるのは間違いない。

『では、始めるか』
「全力でいかせてもらう。相手は前魔王と渡り合った、伝説の最強戦士。僕如きでは手を抜いて戦えない」
『世辞を申すな。其の方も魔王に並ぶ剛の者と聞く。ならば余も手を抜けまい!』

 エンペラ一世の双刃槍に圧倒的な魔力が収束する。

『万物を滅ぼし尽くせ【レゾリューム・レイ】!!』

 そして、開戦の号砲として放たれる誅神滅魔の極光。対するエドワードは右手に剣を垂直に持ち、左腕を水平に添えて十字を組むと、剣の刃が青く輝き出す。

「【ナイトブレイブシュート】!!」

 次いで垂直の刃より放たれるは、赤黒い【レゾリューム・レイ】とは対照的な、、実に涼やかな水色の光線であった。

「うっ!」
『ぬおっ!』

 そうして光線同士は射線上で激突、“滅殺”と“浄化”という真逆の性質を持っていた故か反応を起こし、やがて大爆発を起こす。

『ぬぅぅぅぅぅぅ……ッッ!!』

 爆発の衝撃で吹き飛びそうになるも、荒野に両足、さらには左手に持った双刃槍を突き刺す事でなんとか踏み止まる。

『逆巻け【ブラックネビュラ】!!』

 地に足が着いたところで第二撃として右手より繰り出すは、暗黒星雲を思わせる魔力の大旋風。猛烈な勢いで灼熱の魔力を撒き散らし、エドワードに向かって進んでいく。

「………………」

 エンペラの怒りを具現化したような巨大な灼熱の竜巻とは対照的に、エドワードの精神は落ち着き払い、静寂そのもの。それを体現するかの如く、その刃と魔力は豊かな水を湛える湖の如く青く透き通っている。

「【エドワードスラッガー】」

 横薙ぎに振った刃より飛び出すは青い三日月型の斬撃。さらにはそれが数十もの数に分裂、各々が竜巻に飛び込んでいく。

『見事!』

 斬撃は各自が竜巻にぶつかっては切り裂いていき、やがて霧散させる。皇帝は技を破られながらも、その光景には感嘆の声をあげた。

『あれは余の自信作だが、こうも易々と破られるものか』

 そう感慨深そうに呟いた直後、振り下ろされた剣を槍の柄で受け止め、皇帝と勇者は互いの得物で真っ向から押し合う。

「大した槍だな! 僕の剣を受け止めてへし折れんとは!」
『この【アーマードダークネス】と同じ“高強度チタン・ミスリル合金”を、同じく余の魔力で長年鍛え上げて造った槍だ!』

 聖剣と妖槍は互いに優位を主張するかの如く、金属音を鳴らしながら火花を散らし合っている。

「だが、これならどうだ!」
『!』
「【ナイトブレイブ・ブレイク】!」

 競り合う剣の刃より大出力の魔力が槍に、さらには伝ってエンペラ一世に流し込まれる。

『ぬっ、ぬおぉぉぉぉぉぉ!!』

 いくら暗黒の鎧ごしとはいえこれは効いたらしく、皇帝は悲鳴をあげるが――

「!?」
『【エンペラインパクト・ナックルボンバー】!!』

 反撃とばかりに皇帝はエドワードの心臓目掛け、強烈過ぎるハートブレイクショットを叩き込む。

「うっ……うおぉぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――ッッ!!」

 エドワードは血を吐きながら絶叫をあげ、連鎖する衝撃によって遥か彼方までぶっ飛んでいった。

『………………』

 しかし、魔王の夫ともあろう者がこの程度で死ぬはずがない。それを皇帝は心底理解していた故、とどめを刺すべく槍先から光線を連射し、無慈悲に追撃したのである。
17/09/23 11:21更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:ジオルゴンとエンディール

 現在五名しかいない七戮将だが、かつてはその名の通り七名いた。メフィラス、グローザム、デスレム、アークボガール、ヤプールに加え、“地殻の寵児”ジオルゴン・エバーナと“暴虐なる統治者”エンディール・ワイコニの二名である。
 ジオルゴンは岩石や金属を自在に変形・変質させ、そしてそれらで構成された大地そのものを操るという恐るべき能力の持ち主であり、また現在は解散した『岩鉄軍団』の軍団長を務めていた。性格は単純で直情径行、短気であったが、エンペラ一世に帝国軍最高幹部として見出されただけあって、軽々と一国の軍隊を殲滅しうる強さを誇った。
 一方、『妖毒軍団』軍団長エンディールは対照的に奸智に長けた狡猾で陰湿な男である。さらに七戮将として選ばれる事となった能力として、あらゆる毒素や強酸、毒ガスを自在に体内で生成、ほぼ無尽蔵に放出するという能力を持ち、対生物においては無類の強さを誇った。
 そんな強力で特異な能力を持った二人だが、共に戦死している。そのすぐ後に帝国が崩壊したため、欠員補充は最後までされなかった。そのため、未だに空席となっている。
 ジオルゴンは首都インペリアル防衛戦の前哨戦で、前魔王率いる魔王軍と激突、魔王との一騎討ちの末に敗れ、その魂を喰われてしまう。そのため、前魔王はジオルゴンの能力を得ることとなった。
 一方エンディールは帝国の末期、自らの統治領で国民に重税と苦役を課す一方、自身は奢侈に耽って政治を停滞させた。当然、不満を持った民衆の反乱が頻発したため、主君にその落ち度を責められてしまう。汚名返上のためにも反乱の鎮圧に臨むが、民衆のエンディールに対する恨みは相当深く、全く止む気配が無い。
 そうして手こずっていたところに『これ以上状況の好転が無いならば領土返還と七戮将除名』という最後通牒を突きつけられ、屈辱に震えるエンディールは逆上、ついに彼自身が反乱を起こしてしまう。しかしその選択は知恵者らしくない短慮だった。
 激怒した皇帝が親征に臨んだ事もあり、彼の直属軍『妖毒軍団』ですら彼について来る者は皆無。皇帝、他の七戮将とその配下、さらには自らの元部下まで敵に回った状況では勝ち目など無く、前魔王の元に逃げられては厄介と、すぐに殺されてしまったのだった。

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