連載小説
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第五話:夜明け 年明け



 「もうちょっと続くぞ、良い子達!」
 
 「ニンニン!」

 「何処に向けて話してんですか、アンタ達」

 既に車上の人となっている近江一家と真崎一家。
 車両の中部ほどから後部に掛けて六人は楽に座れそうな車の運転を俊哉の母親である春海が行い、その助手席には息子の俊哉が座っていた。
 中部の座席には助手席背部に有麗夜、真ん中に悠亜、運転席の後ろに二人の母親であるエリスティアが乗り込んでいる。
 俊哉が突っ込みを入れたのは後部座席。
 紅白のニンジャ達は年を越えても健在だった。

 「普通の服も持ってるでしょう。何で着ないんです?」

 「ああ俊哉。それ、罰ゲームなのよ」

 正面を向いて運転しながら、天気の話題でも返すように春海が答えた。
 
 「……何やったんです。アンタ等?」

 首だけ振り返ると、紅白のコスプレニンジャ達が視界に入る。
 表情は金属製のマスクに頭巾、額当てで隠されて全くといっていい程分らないが『恥じるところ無し』と言わんばかりに堂々としていた。
 口を開いたのは赤いニンジャ―――有麗夜と悠亜の父親、真崎 久(まさき ひさし)だった。

 「うむ。実は張り紙の内容に気付かなくてね。朝まで妻とハッスルしていたんだ」

 そう答える久を見た後、俊哉は視線だけでその妻のエリスティアを見た。
 夜の事を思い出しているのか、若干頬を赤らめながら外の景色を無言で見ている。
 久は尚も続けた。

 「いやぁ、背中を引っ掻かれながら吸血されていたから痛くて気持ち良いのか気持ち良くて痛いのかよく分らなかったなぁ。しかも正常位でがっちり僕をホールドしてくるからそのまま何度も子宮にぶちまけちゃって。やっぱり私の妻は世界一可愛いんだな、って実感したよ」

 「仔細な状況説明ありがとうございます、久さん。ご帰宅されたら存分に続きをして下さい。……で、父さん、アンタは何で年甲斐も無いコスプレ続けてるんですか」

 頭を掻きながら照れている赤ニンジャの横でふんぞり返っている白ニンジャ。
 俊哉の父、利秋(としあき)である。
 彼は鷹揚に頷くと両の拳を固く握り、、胸を張って答えた。

 「友である久君一人に恥ずかしい思いをさせる等、僕には出来ん!僕等は仲間……分かち難い運命の仲間なんだっ!!」
 
 「一応恥ずかしいという自覚はあったんですね。意外です」

 「当たり前だろう?誰が好き好んでこんな格好をすると思っているんだ?」

 さも心外だ、とばかりに首を左右に振る利秋。
 心なしか隣の赤い装束を纏っている久が当初よりも大分色褪せたように見える。

 「本音は?」

 俊哉の質問に再び鷹揚に頷いて、胸を張って答える利秋。

 「日の当たる内にこの格好で外出るのってドキドキするな!ちょっと快感だ」

 「母さん、先に病院に行って下さい。手遅れになってしまいます」

 「あら、無駄よ?その人その服を着ると大体そうなるの。時間もあんまり無いし、終わらせて自由時間を楽しみましょう?」

 俊哉よりも慣れているのか、表情を一切崩さず運転を続ける春海の発言に俊哉は頭を抱え―――その後、中部の座席で一番騒がしくなるであろう人物が静かな事に気付いた。

 「そういえば有麗夜、大丈夫か?あんまり寝てないだろ。平気か?」

 体を捻って後ろを見ようとしたところ、悠亜が口元に自分の指を置き静かにするよう仕草で止めてきた。

 「眠ってるよ。かなり熟睡してるから、目的地までは寝かせてやってくれないかな」

 後ろを見ると、有麗夜が悠亜に膝枕をして貰っていた。
 比較的小柄な有麗夜だからこそ出来たのだろうが、見てみると座席からややずり落ちた状態で膝枕をして貰っているようで体勢としてはかなり苦しいのが想像できる。
 が、そんな事はお構いなしなのか有麗夜は至福の表情を浮かべて夢の住人となっていた。

 「リクライニングにしたらどうです?後ろの物体Xを許容できれば楽になると思いますが」

 俊哉の提案に苦笑いしながら返答した。

 「お父様や小父様に迷惑が掛かってしまうからね。それに有麗夜も本当に苦しければ自分で起きるだろうし、このままで良いと思うよ」

 その発言に、後部座席の中年達は体を震わせながら静かに叫んでいた。

 「友よ……こんな若い娘に新年早々心配して貰えるなんて、今日はなんていい日なんだ……っ!」

 「私の娘は良く出来た娘だろう……友よ。悠亜、有麗夜もお前も苦しかったらすぐ言うんだぞ?私達はどんな事でも耐えられるからな?」

 有麗夜を気遣ってか小声に切り替える紅白ニンジャ達。
 
 「いいんですよ、小父様、お父様。座席を戻すのも少し手間ですから気にしないで下さい」

 更に無言でテンションを上げる中年達。
 その様子に俊哉は軽い溜息を一つ吐き、正面へ向き直った。






 
 志磨妃古(しまひこ)神社。
 安産、出産、豊穣の神を祀るとされ県外からも多くの参拝客が集まる志磨市でも有数の大規模な敷地を持つ神社である。
 志磨区を整備した時より魔物娘からの提案で外来から力の強い稲荷、龍を神体として祀り住まわせ、魔力的にも人の流れ的にも活性と安定をさせようという試みから始まっている。
 当初は限定区画内で暫定認可された程度の規模だけ大きい社だったのだが、志磨市が市として認可された時に『古い力を持つ新しい神社』として正式に登録された。
 
 駐車場も多く、今回のように参拝客が多くなる時期は臨時に雇われた誘導員が交通の整理を行いバイトとして雇われた巫女達が境内を案内するようになっている。
 必要に応じて巫女の案内は断る事も出来る上神社側もそれを了承済みの為、余程の事がない限り人の流れが滞る事は少なくなっている。
 最も、何かしらの理由で滞る場合は巫女に支給されている転移符で一般の参拝客の邪魔にならないところでの『話し合い』とはなるが。

 「着きましたよ。利秋さん、久さん。降りて下さい」

 目的地である神社の駐車場からも百数mは離れている場所で停車し、春海は降車を促した。
 
 「いや、春海?……まだ着いてないんだけど?」

 寒風吹き荒ぶ中、厚いとはいえ防寒し切れない生地しか纏わぬ状態で車中から放り出されそうになり冷や汗を流しながら抗議する利秋。
 加えて既に多くの参拝客が足を運んでおり、この距離から移動する事は歩く恥晒し以外何物でもなかった。

 「えぇ、罰ゲームですので。お二人はそのまま進んで下さいな。後から私達も追いかけますから」

 笑顔を崩さず死刑宣告する春海に久が続いた。

 「春海さん、せめて防寒着だけでも貰えませんか?正直風が強くて体調を崩しかねない」

 「え?」

 発言の意図が分らない、というように首を傾げる春海に、利秋は食いついた。
 
 「いや!キツイからっ!こんだけビュービュー吹いてたら流石に風邪引くって!!!」

 「でも、さっき『どんな事でも耐えられる』って豪語されてましたし、大丈夫でしょう?」

 「言ったのは僕じゃないよ!?アイツが勝手に……」

 「あ、貴様!困難を共にするという誓いは嘘だったのか!?私だけ売り渡しやがってコノヤロウッ!!!」

 「はっ!所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ!それがジャスティスッ!!僕の生きる意志を舐めるなっ!!!友人なんざダース単位で売り渡してやるわっ!!!!」

 「きぃさあああまあああぁぁぁっ!!!」

 致命的な騒音になる前にエリスティアが防音の魔術を後部座席に掛ける。
 お陰で五月蝿くはないのだが、サイレント映画のような一切音のない喧騒が後部に広がる事となった。
 その光景を尻目にエリスティアが運転席の春海に声を掛ける。

 「春海さん。夫は私の分まで罰を受けると言ってくれたの。せめて防寒着くらいは渡したいのだけれど、お願い出来ない?」

 その言葉に少し考える様子を見せる春海。
 ややあって、助手席の俊哉に声を掛けた。

 「俊哉、出かける前に持って来て貰ったバッグがあるでしょう?あれをお父さん達に渡して上げて」

 俊哉は言われるがままに足元に置いていたバッグを悠亜を通して渡して貰う。
 渡す前まで子供じみた掴み合いをしていたニンジャ達はそれを受け取ると中を改めた。
 何やら後ろの方でゴソゴソという音をさせたかと思うと中年達は驚嘆の声を上げる。

 「これは……マフラーじゃないか!」

 「本当だ、しかも私と利秋用に赤と白が一本ずつ……これならっ!」

 「そんなもんでいいんですか。アンタ等」

 「喜んで貰えて嬉しいわー」

 それぞれマフラーを手に少年のように目を輝かせる利秋と久。
 それに律儀に突っ込みを入れる俊哉。
 暢気な返答を返す春海。

 各々の心境を他所に、今度はエリスティアが口を開いた。

 「春海さん?私達はどうするの?久さん達と何処で待ち合わせればいいのかしら……」

 「私達は二人を降ろした後で空いている駐車場を探しましょう。その後二人と携帯電話で連絡を取って合流。何かあっても連絡すればいいと思うわ。二人ともそれで構わない?」

 そう返答し、晴海は二人に声を掛けた。
 
 「承知したっ!壱番、ホワイト・ウィンド!出陣っ!!」
 「了解っ!弐番、レッド・ファング!推参っ!」

 「出る時のコールくらい統一して下さい」

 聞くが早いか後部車両のドアを開けると、そのまま文字通り風となって駆けていく紅白のニンジャ達。
 小声だったのは今更な有麗夜への気遣いなのだろうが、その割にはドアが開けっ放しだった。

 「……閉めるくらいしとけ、全く」

 「ふふ、いつまでも元気でいいわね。お父さん達」

 中途半端な優しさに辟易しつつ毒を吐く俊哉と笑いながら手元のボタンで車のドアを閉める春海。
 外気の侵入が収まったところで、折りよく有麗夜が目を開いた。

 「ふぁ……、ここどこ……?」

 腫れぼったい目を擦りながら、起きたばかりの頭で周囲を見回しながら有麗夜は質問する。
 答えたのは姉の悠亜だった。

 「まだ車の中だよ、有麗夜。まだ少し掛かるみたいだし着いたら起こすから寝てていいよ」

 「はー……ぃ」

 姉の膝枕で再び夢の世界へと舞い戻った妹。
 悠亜は有麗夜の頭を愛しげに撫でると顔だけ春海へと向き直った。

 「春海さん、あとどの位で着きそうです?」

 「もう十〜二十分くらいは貰うと思うわ。今日は車で来ている人も多いから誘導員さんも空いてるところへの誘導が難しいみたい」

 「まぁ気長に進みましょう、母さん。境内では参拝者用に甘酒の振る舞いもあると聞いてますし、父さん達も暖を取る事を優先するでしょう。心配要らないと思いますよ」

 平静な声で母親を促す俊哉。
 後半部分は寒空の下奇抜な衣装で練り歩かねばならない大黒柱を心配するエリスティアや悠亜に向けた発言であった。

 「いや……それもあるんだけどね」

 「他に何かあるんですか?」
 
 言い辛そうに口を開く悠亜に俊哉は尋ねる。
 見ると、同じような表情をエリスティアも浮かべていた。

 「お父様ってさ、お酒弱いんだ。好きだけど弱いってタイプでね」

 「……確かに。昨日の惨状から見るとお世辞にも強いとは言えませんね」

 「そういえばお父さんもあんまり強くはないわねー。飲むと何もかもが面白く感じて仕方ないから止められないとは言ってたけど」

 「……お父様も同じような理由ですね。私が言いたいのはお父様は『弱い酒では性質が悪くなる』という事なんだよ、俊哉」

 「どういう意味ですか?」

 「お父様は強い酒ではすぐ寝てしまうんだ。お母様と交わる時は飲まないか極弱い酒しか飲まないんだけど、強いお酒を頂く時もあってね。そういう時は問題ない。大体はお母様か私がベッドに寝かせてる」

 久が飲むのは大体夜であり、夜間であればヴァンパイアとしての怪力が発する為然程問題にならない。
 仮に昼間飲んだとしても魔法でアルコールをある程度中和するか悠亜が久を運べばよいだけなので、彼女達の家ではあまり問題にならないのだ。

 「でも困るのは発泡酒とかカクテルとか、兎に角アルコール度数が低いお酒を飲んだ時さ。あれは私もお母様も手を焼いたんだ」

 「悠亜さん達が!?どういう事です」

 流石にその事実には驚いたのか俊哉は声が上擦ってしまう。
 彼からしてみれば悠亜はあらゆる面で自分よりも上の存在の為、その悠亜が敬愛する母親と二人掛かりで手を焼く存在という物が想像出来なかった。

 「気配を完全に遮断するから、感知系の魔法と身体能力を上げる魔法を使って漸く何とか補足出来るくらいだ。それに兎に角素早い上に一度組み伏せても油断するとこっちが床に倒れてる」

 「お酒が入ると、あの人昔みたいな動きをするから本当に大変なの。昔と違って今は胸とかお尻とかしか触ってこないし、主な標的は私だから私を囮にして悠亜が制圧っていうのが常套手段かしら」

 「捕まえられる時は大体お父様の自爆だけどね。足音立てずに高速移動してこっちの背後を取るのは流石なんだけど、如何せんお酒入ってるから自分の動きで酔っちゃうらしくて。顔が青褪めてバタン、キューって感じなんだ」

 過去繰り広げられた真崎家の惨状に俊哉は目を剥いて驚いた。
 その様子に苦笑いしながら悠亜は補足する。
 
 「意外だったかい?確かに普段は眼鏡を掛けて言動も理知的だからね。私も初めて見た時は俊哉と同じ顔をしたよ」
 
 以前素の状態の久を見た事のある俊哉からしてみればあまりの落差に外見以上に驚くばかりである。
 何処かの大学教授でも通りそうな柔らかい雰囲気の学者然とした格好が多い為、昨日の格好は一時的な気の迷いと思っていたからだ。
 だが冷静に考えれば確かに、俊哉が見た久の動きはインキュバスだとしてもかなり違和感を感じた。
 父親である利秋の動きに慣れていなければ、視界に納める事すら困難だったろう。

 「そういえば俊哉。昨日見た利秋さんの動きもかなり私―――いやお父様に近いものだったんだけど、君は何か知らないかい?」

 「いや。僕は別に――――――」

 ちらりと運転席の母親を見る俊哉。
 先程からあまり会話に入ってこないのは運転に集中しているからかと思ったのだが、何か違和感を感じた。
 春海は普段通りで特に何も起きていないかのような表情なのだが、身に纏う空気が異なるのだ。
 探られたくない事を聞かれるのを恐れるような、そんな緊張感が母から伝わっている。
 
 「母さん……?」

 返答はない。
 ゆっくりと進む車両は誘導員の働きによって、少し歩く以外は困らない位置に停められた。
 エンジンを切り、後は降りるだけ。
 その筈なのに母は動こうとしなかった。

 「―――俊哉」

 真剣な空気を纏ったまま息子へと振り返る春海。
 薄く開いた瞳は剥き身の日本刀のような鋭さと冷たさを備え俊哉を射抜いていた。
 俊哉は普段とは違う母の様子に、表情を動かせないまま固まってしまう。
 沈黙を破る為動く母の口が、酷くゆっくりとした時間の中の出来事のように感じられる

 「――――――ビックリした?」

 「は?」

 悪戯が成功した小娘のような表情で息子を見る春海。
 春海の目論見通り、気の抜けた声を出した時息子の目の前で母親は声を抑えて爆笑した。

 「くふ、ふふふ。も、もしかして何かあると思った?例えば自分の父親が何処かの忍で、自分がその血を受け継ぐ末裔とか?くふ、ないわー、全然ないわーそんな事。くっ……ぶふぅ!」

 息をするのも困難なのか、掠れた呼吸音が混ざり始める。
 
 「ふひゅ、ひぃー、ひぃー……くふっ!だ、駄目よ?俊哉。素直なのもいいけど、もう少し人を疑いなさい?くほっ。ふ、ひゅひ……」

 「……悠亜さん、すみませんがご期待には副えないようです。どうやら僕の父親は単に調子のいい酔っ払いなだけと分かりました」

 鉄面皮に青筋を浮かべてシートベルトを外す俊哉。
 隣ではまだ春海が声を殺して笑っていた。

 「母さん、僕は一足先に父さん達の様子を見てきます。連絡はしますので母さんは後から来て下さい」

 俊哉に背を向けて小さく震えている春海は、片手を挙げて了承の意を示す。
 俊哉はそれを確認すると、流石に気分を害したのか大きな音を立てて閉める事はないものの普段よりも強い力でドアを閉める。
 車内に入る風圧は強めのものだった。

 「あ、待ってくれよ俊哉!……ほら、有麗夜着いたよ?起きてくれ」

 「んー……?あ、お花畑は?」
 
 「……次からは完全に横になった状態になるようにね。膝くらいならいくらでも貸すから」

 悠亜は有麗夜のコートを彼女に羽織らせるとそのまま有麗夜の前を移動し先に外に出る。
 エリスティアから自分の上着を受け取るとそれを身に付け、未だに船を漕ぐ妹を引き摺り出して外気に晒す。
 正月の清涼な冷気は一瞬で有麗夜の眠気を奪い去った。

 「あれ、もう神社……?あっ!悠姉、俊哉は!?」

 「俊哉なら先に行ってしまったよ。ほら、駐車場の出口辺りにいるだろう?急ごうか」

 「うんっ!……俊哉ーーーっ!!待ちなさい、何勝手に行ってるのよーーーーーーっ!!!

 「あ、有麗夜!寝起きで走らないで、転ぶよー……ってあぁ、流石俊哉だね。ちゃんと受け止めたか。じゃあ、お母様。先に行ってます」

 「えぇ、分かったわ。何かあったら連絡を頂戴。特に久さんの事ならすぐに飛んでいくから」

 実の娘に微笑み返しながら見送るエリスティア。
 静かに閉じられた車内には二人の母親しか残らなかった。

 




 

 急に静かになった車内。
 だが、笑い声は未だ微かに響き車内の空気を揺らしている。

 「……もう、からかい過ぎよ春海さん。俊哉君怒ってたじゃない」

 「ごめんごめん。でも大丈夫よ?寧ろ本気で怒って欲しかったかしら。あの子ったら私にもあんまり表立って感情的にならないのよ」

 「あら、嫉妬?」

 エリスティアの発言は俊哉の強い感情が自分ではなく俊哉の父親である利秋と、エリスティアの娘である悠亜と有麗夜に向けられている事を指していた。
 
 「まぁねー、エリスの娘なら仕方ないけど。利秋さんを取られちゃったみたいでちょっと、ね」

 「あら、そっちなのね。てっきり利秋さんに俊哉君を取られてしまっていると考えたのだけれど」

 「それもあるけど。やっぱり子供にとって同性の親って壁なのよ。どうしても張り合っちゃって、異性の親は守ってくれる人って見るみたい」

 春海は丸めていた背を伸ばし、間接を鳴らしながら続けた。

 「んー……っ!それとね、エディプス・コンプレックスは心配してないわ。反抗期も特に無し。ただ全力でぶつかって行く壁の方が全力返し過ぎて私を見てくれないのが寂しい、かな?」

 「俊哉君が強い感情で利秋さんにぶつかっていって、利秋さんがそれに応える。親としても妻としても置いて行かれて寂しいって事なの?」

 「……そうかもね。私、結構依存しちゃうから。自分の全部を預けたいから相手の全部をこっちに向けて欲しいって感情はまだ有るわ」

 春海の発言にエリスティアは嘆息をつく。

 「困った母親ねぇ。俊哉君がちょっと可哀想だわ」

 「一児の母でも心はまだ女の子残してますぅー。……大体、体の老化だって殆どしてないんだから精神だって中々成熟しないのよ。困った事にね」

 「昔に比べれば随分成長したわよ、貴女。精神の方が特に著しいわ」

 「変化し辛いだけで変わりはするわよ……最も、周りの方が早く変わりすぎちゃうから。分かる人が言ってくれるのは嬉しいわね」

 運転席側のドアを開け、春海は降車する。
 扉を閉める前に彼女はエリスティアを覗き込み、問い掛ける。

 「ねぇ、エリス。エリスはずっと私の友達で居てくれる?面倒だったら別にいいのよ?」

 明日の天気を問いかけるような何の気ない一言。
 その口調は軽く、表情も飄々としている。
 しかしその眼に宿る光は癒せぬ渇きがあるようにも見えた。
 
 「―――馬鹿ね、貴女」

 エリスティアは普段の彼女を知る者からすれば想像できない表情を浮かべた。

 「どんなに腐っても『ただの人間』に私が音を上げると思っているのか?あまり笑わせないで欲しいものだ。お前は、私が最後を見届けてやるという栄誉を下賜した事を忘れたのか?」

 獰猛にして優雅。相手の心の底まで見通して尚、嘲笑っているような笑み。
 愛玩動物の一人遊びを見た時のような、醒めた慈しみを持って向ける視線。
 
 かつて誇り高くあらんとしたヴァンパイア、エリスティアの姿がそこにあった。

 「ほら、行きましょう。マナモードだけど、さっきから電話鳴りっぱなしじゃない」

 そこまで言われて漸く自分の携帯が震えている事に春海は気付いた。
 慌てて通話状態にし連絡してきた息子に応じる。
 会話は短い時間で終わったようで、数分もせずに通話ボタンがオフにされた。

 「久さんと利秋さん、見つかったって。幸いまだアルコールは摂取してないそうよ。今は俊哉達と一緒に私達を待ってるらしいわ」

 「そう、なら行きましょうか。……ちょっと、歩き辛いわよ」

 「いいじゃない♪偶にはこんな気分になるのよねー」

 春海はエリスティアの腕を取ると自分の腕を絡めてきた。
 エリスティアの上着越しに、成熟した女性の豊満な象徴が強く押し当てられる。

 「……わざとかしら?春海さん……?」

 「えー、何の事〜?」

 わざとらしく甘えた声を出す春海に、若干の怒気を孕みエリスティアは呻いた。

 「今に見てなさい、今年こそは久さんに大きくして貰うんだから……」

 「頑張ってー♪」

 不機嫌なエリスティアの腕をより強く抱きながら春海は続けた。

 「―――ありがとね、エリス」

 「……久さんに会うまでだからね」

 注意しなければ聞こえないくらい小さな声を拾えたのか。
 曖昧に濁したまま、二人はお互いを待つ伴侶のところまで歩んでいった。
 
 
14/01/03 23:11更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
何とか滑り込みで宣言通りの更新。十目です。
この度も新年早々のお目汚しにお付き合い頂き、心からの感謝を申し上げます。
さて、見易さ優先とか言って蓋を開けたら8000字オーバー。
新年の抱負が早速破られてしまいました。
どうにも自分が書いてて楽しいものは文字数も増えてしまうようです。
文字数が少なくとも書きたい事が伝わり易い文章を書くのは、今後も改善目標といえるでしょう。

今回は親回と申しましょうか、過去話の複線張りと申しましょうか。
プロットだけは考えていたので、いつか執筆したく考えています。

次話からまた俊哉達の話に戻ります。
更新は最悪今月内ですが、下手すると旧正月まで書いてそうで怖いですね(笑)

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